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城戸朱理のブログ: 日記

2017年02月02日

素敵な道案内???

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鎌倉に住んでいながら、この何年か、鎌倉を散策する余裕もなかった。

バンビことパンクな彼女が、「小鹿をお散歩に連れていって!」と騒ぎ出したのは、1月28日(土)のこと。


ちょうど、私が常楽寺の普賢菩薩像について書いた随筆が掲載された「かまくら春秋」が届いたばかりだったので、バンビの提案通り、大仏ハイキングコースを通って、北鎌倉に抜け、大船方向に歩いて、常楽寺まで散歩することにした。

どれくらいかかるんだろう?


「バンビくんにお任せだよ!
Googleさんに聞いてみたら、1時間ほどのコースだから、お散歩にちょうどいいんだよ!」


というわけで、バンビを連れて出かけたのだが、ハイキングコースは、険しい山道。

葛原岡神社に出るころには、ふたりとも汗だくに。

梶原では、眺望が開け、海が見えるスポットもあって、風に吹かれているのも心地よい。

しかし、そこから、北鎌倉に下り、浄智寺に出るころには、疲れはてていた。


ようやく、常楽寺に着いたのだが、所要時間は、なんと2時間40分。

またもや、バンビに騙されたのである!


鎌倉幕府第三代執権、北条泰時開基の常楽寺は、臨済宗建長寺派。

鎌倉三大名鐘に数えられる鎌倉最古の梵鐘は、国の重要文化財に指定されている。

本尊は阿弥陀如来で、仏殿には狩野雪信による龍の天井画が。

鎌倉後期の普賢菩薩は秘仏なので、ふだんは拝見できないのが残念。

禅寺だけに塵ひとつない境内で、しばし、静けさに浸った。
posted by 城戸朱理 at 10:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月30日

講演会の打ち合わせ

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1月25日(水)。

出光美術館で開催される古唐津展で、講演をすることになり、打ち合わせのために学芸員の柏木麻里さんが鎌倉まで来てくれた。

柏木さんと言えば、私にとって、まず何よりも『音楽、日の、』『蜜の根のひびくかぎりに』の詩人であり、出光美術館の学芸員をされているのを知ったのは、最近のこと。

これまで「三代山田常山」展、「板谷波山の夢みたもの」展、「仁清・乾山と京の工芸」展などの展覧会を企画されてきたそうだ。

今回、担当されている「古唐津――大いなるやきものの時代」展(2月11日〜3月26日)は、出光美術館開館50周年の展覧会となる。


待ち合わせは、クルベル・キャン。

最初に古唐津展図録のカラーコピーを拝見しながら、展示品の説明をうかがい、古唐津の魅力について、語り合う。


専門家でもない私に、あえて講演を依頼されたのは、言葉と器物の関係を再考するためだろうか。


柏木さんは、ひとりでも多くの人に陶磁器を好きになってもらいたいという想いから、誰もが入りやすい「かわいい」という切り口で、『かわいいやきもの』(東京美術)という著書まである。

とにかく、焼き物に対する柏木さんの愛情が熱いくらいで、打ち合わせと言いながらも、楽しい時間だった。


私の講演は、一般向けではなく、出光美術館の会員のみ参加できる形式だが、後日、館報に内容が紹介される予定である。
posted by 城戸朱理 at 14:32| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月25日

吉増剛造さんと、かまくら春秋社へ

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1月22日は、10時から、かまくら春秋社で「詩とファンタジー」選考会だった。

刊行が年2回になったため、蜂飼耳さん、平岡淳子さんとお会いするのも半年ぶりである。

終了後は、鎌倉彫会館の倶利で昼食。

私は、飛び込みで美容室ユアーズに入り、カットとヘッドスパをしてもらって、元町ユニオンで買い物をして帰宅した。

それから詩作の時間。

夜は、バンビことパンクな彼女と山田洋次監督「たそがれ清兵衛」を見る。


23日は、吉増剛造さんが「かまくら春秋」誌の対談のため、鎌倉にいらっしゃったので、バンビと一緒に吉増さんを迎えに行った。

吉増さんは、若宮大路に建つ四階建てのかまくら春秋社ビルを見て、驚かれている。


伊藤玄二郎代表との対談は、4時から。

先日、私が原稿を渡したのは「新・鎌倉のみほとけ」だが、1974〜79年にかけて連載された「鎌倉のみほとけ」では、田村隆一さんも吉増さんも原稿を寄せている。

田村さんは吉増さんの仲人だし、酔っ払っては、かまくら春秋社のソファーで、よく寝ていただけに、伊藤代表も親しかったので、対談は田村さんの思い出話から始まった。


バンビは写真担当、私はオブザーバーで、山本太平編集長も同席したのだが、滅多に聞けない吉増さんの詩に対する、もっともラディカルな考えを、吉増さん自身の言葉で聞くことができる貴重な対談になった。

山本太平編集長も興奮気味だったが、掲載時には、思潮社や友人にも送らなければ。


終了後は、由比ヶ浜通りの鰻の「つるや」で御馳走になりつつ、歓談。

伊藤代表から思いがけない提案があって、今度は、吉増さんと私が、いささか興奮することになった。
posted by 城戸朱理 at 09:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月22日

新連詩、スタート!



高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一・城戸朱理による連詩は、大志くん出題の「謎」に続いて、田野倉くん出題の「夷狄」が完成し、高貝くんが出題した「夢十二夜」が、始まった。


出来るだけ実際に見た夢を題材にするというのが、高貝くんからのリクエスト。

高貝くんの素晴らしい書き出しで始まった連詩を大志くんがどう受けるか期待していたら、こんな強烈な夢を見るのでは、寝ていても休まらないだろうという、恐い夢が繰り広げられた。

これは夢なのか、それとも夕張ファンタスティック映画祭なのか?

それにしても、見る夢までホラーとは、大志くんも徹底している――


はたして、自分はどんな夢を見て、十二夜で、どんな四人の夢が紡がれていくのか。


連詩は、さらに続いていく。
posted by 城戸朱理 at 09:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月15日

及川俊哉氏の「詩と思想 新人賞」贈呈式へ

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及川俊哉氏による現代祝詞「水蛭子(ひるこ)の神に戦を防ぐ為に戻り出でますことを請ひ願ふ詞」の朗読は、会場の空気を一変させた。

憲法九条を含むこの詩は、まさに現在への祈念として響きわたったと言ってもいい。


それにしても、及川俊哉氏の第25回「詩と思想 新人賞」受賞の知らせには意表を突かれた。

この賞は、刊行詩集2冊までの新人を対象とするもので、公募制。

受賞者は、「詩と思想」の版元である土曜美術社出版販売から、3年以内に詩集を刊行してもらえるそうだ。


贈呈式は1月9日(月)の「詩と思想 新年会」の最初に行われた。

会場は、九段のホテル・グランドパレス。

私は初めて参加させていただいたが、一色真理さんの開会の言葉で新年会が始まり、来賓挨拶のあと「詩と思想 新人賞」贈呈式。

選考経過は実に面白く、最初、及川作品を押した選考委員は高良留美子さんひとりだけだったが、論議を重ねるにつれて評価が高まり、最終的に授賞作に選ばれたとのことだった。


及川さんが編集長をつとめる「ウルトラ」同人の渡辺めぐみさんが、受賞者紹介のスピーチをされたのだが、これが第一詩集『ハワイアン弁財天』から近作の現代祝詞まで、及川さんの作品世界を読み解く素晴らしいものだった。

そして、及川俊哉氏による朗読となったのだが、会場を圧する朗読と、そのあとの、あまりに控え目な受賞者挨拶のギャップに、腰がくだけそうになる。


及川さんの恩師である澤正宏福島大学名誉教授(写真2枚目)ともお会いできたが、澤先生は和合亮一氏の恩師でもある。

和合さんによると、澤先生の指導によって、西脇順三郎や吉岡実の詩と出会ったそうだが、澤先生によると、和合さんは、詩人になりたいと言って訪ねてきた初めての学生だったそうだ。

さらに、及川さんは、三島由紀夫を読んでいると寝食を忘れるような青年だったのだとか。

和合亮一氏も駆けつけ、「ウルトラ」の初代編集長と二代編集長が揃ったが、福島ならともかく、東京でふたりが並んでいるのは珍しいのではないだろうか。


バンビことパンクな彼女は、愛機オリンパスOM-Dで、記念撮影していたのだが、会場で「バンビさんですか?」と声をかけられたと言っていたっけ。


私が選者をしている「岩手日報」投稿欄の常連で、甲府からいらした佐々木貴子さんともお会いできた。


会場はなごやかな雰囲気だったが、福島第一原発事故以降、頻発している天災・人災と、世界的に揺らぎ始めた状勢を反映して、危機感をたたえたスピーチが多かったのが印象深い。

及川俊哉氏の受賞作もまた、そうした危機の時代に向けた詩だったと思う。

現代祝詞が、詩集になる日が待ち遠しい。
posted by 城戸朱理 at 13:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

新年会とiPhone7



7日(土)も、鎌倉は人出が多かった。

日中は、アンケートの回答など郵便物を処理し、夕方、若宮大路のauショップでのiPhone7+ を購入。


マガジンハウスの「コロカル」編集長、及川卓也氏から、女子美大学院の受講生との新年会のお誘いがあったので、6時過ぎにクルベル・キャンへ。

及川さんも、女子美大学院とフェリス女学院大学に出講している。

去年は、仕事の出張が多く、鎌倉に寄る機会もなかったそうだ。

今になると、よく鎌倉で一緒に飲んでいたころが懐かしい。


修士の院生3人とも半年ぶりに再会、2年生は無事、就職も決まったという。


8日(日)は、バンビことパンクな彼女が、iPhone7+を使えるように、クラウドからデータをダウンロードしてくれたのだが、これが異様に時間がかかる。

しかも、バンビは、私のiPhone用ケースを、すでに用意していたのだが、またもやリラックマが付いているではないか――


この日は、出光美術館から講演の依頼があったのだが、詳細は、近いうちに報告したい。
posted by 城戸朱理 at 11:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月09日

今年の初原稿



5日は、書斎の片付けを続け、新しいデロンギのオイルヒーターを導入。

それから、高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一くんとの連詩を別にするならば、今年、初めての原稿となる「かまくら春秋」のリレー連載「新・鎌倉のみほとけ」を執筆した。

当初、編集部から依頼があったのは、浄智寺の韋駄天像だったのだが、天部の諸神は、民間信仰の神々が護法神として仏教に取り入れられたものなので、民間信仰と関わりが深く、執筆には時間を要する。

変更を打診したところ、私は常楽寺の文殊菩薩像について書くことになった。

鎌倉時代後期の端正な御像である。


6日は、先月のうちに選考を終えていた「岩手日報」投稿欄の選評2回分を書き上げてメールし、入選作を宅急便で手配してから、
昨日、書いた「新・鎌倉のみほとけ」の原稿を見直し、若干書き足してメールする。

連詩のおかげで、脳が活性化しているらしく、原稿も順調に進む。

このまま、新詩集書き下ろしに入りたいものだ。


午後は、バンビことパンクな彼女と、藤沢経由で辻堂の湘南テラスモールへ。

109シネマズで、「ローグ・ワン/スターウォーズ・ストーリー」(ギャレス・エドワーズ監督)の3Dヴァージョンを観た。

最初は、新海誠の「君の名は。」に続いて、話題を呼んでいる片渕須直監督のアニメ「この世界の片隅に」を観ようかと思っていたのだが、バンビが3D映画を観てみたいと言い出したのである。

「吉増剛造先生も3Dって、どんなかなと気にしていたんだよ!」

なるほど、吉増さんに感想を伝える気らしい。

3Dなら、スターウォーズが最適だろう。

しかし、問題がひとつある。

バンビは、スターウォーズ・シリーズを一本も観たことがないのである!

今回の「ローグ・ワン」は、時間軸では、エピソード3とエピソード4の間に位置するスピンオフだから、前後のおおまかなストーリーをバンビに教えてから、映画館に行くことになった。


映画のあとは、湘南テラスモールで日用品の買い物をしてから藤沢に戻り、台湾小皿料理の店で、台湾ビールと紹興酒のボトルをもらって、映画の興奮を冷ましつつ、夕食。

タクシーで帰宅したら、思潮社の遠藤みどりさんから、FAXが入っていた。

「現代詩手帖」3月号の原稿の相談と『現代詩文庫 和合亮一詩集』解説の原稿依頼である。

ついに和合亮一氏の現代詩文庫が刊行されることに。

感無量だった。
posted by 城戸朱理 at 08:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

いかれバンビ、放し飼い!?

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「八幡さまに行って、露店をハシゴするんだよ!」
・・・

バンビことパンクな彼女が気勢を挙げている。

そして、嬉しそうにお財布に五百円玉を何枚も詰めているではないか。

「これだけあれば、なんでも買い食いできちゃうんだなあ!」
・・・

「期待が高まっちゃうね!」
・・・

「わくわくする買い食い!」
・・・

「楽しい買い食い!」
・・・・・・


近年、衛生問題に神経質になるあまり、屋台の食品を避ける人も増えているようだが、バンビは、パンクなうえに野生児だから、露店の買い食いが大好きである。

なにせ、パキスタンに行ったときも、あれこれ食べたのに、バンビだけはお腹を壊さなかったのである!

かくして、八幡さまにお詣りしたあとのバンビは、放し飼い状態になってしまった。

放し飼いは、平飼いともいう。


「まずは、おでんで熱燗をちゅーっと飲むんだよ!」

寒風のなか、味が染みた大根で飲む熱燗は、思わずほっとする温かさである。

それにしても、新年の露店も、ずいぶんと減った。

リーマンショックで、露店が半減したときは驚いたが、それ以来、毎年、少しずつ減っているような気がする。

鶴岡八幡宮の参拝客も、リーマンショック以前に比べると、かなり少なくなったように思う。


「次は、いつものドイツ屋台に行くよ!」

毎年、立ち寄るホットワインとドイツ直輸入のソーセージの露店である。

ドイツ人の奥さんがやっているのだが、聞けば宇都宮のドイツ酒場ミュンヘンの屋台なのだとか。

大好物のソーセージを食べながら、ホットワインで温まって、バンビは、ますます御機嫌である。

「もうお腹がぽんぽんだよ!」


しかし、参道に戻ると、今度はわたあめに目をつけたのだった。

「五百円ちょうだい!」

すでに、お小遣いを使い果たしたらしい。

得意気に、キティちゃんの袋のわたあめを持って、もう満足したかと思ったら――

「たこ焼きがあるよ!」
・・・

「買ってあげて!」
・・・・・・

たこ焼きもバンビの大好物である。

たこ焼きは2パックを持ち帰り用に包んでもらった。

ところが――

いい匂いがするものだから、一個だけと言ってパックを開けたバンビは、段葛を歩いている間に、熱々のたこ焼き1パックを全部、食べてしまったのである!

「もう、お腹がはちきれそうだよ!」
・・・・・・


そして、帰宅すると、バンビは、パタッと寝てしまったのだった。

パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 00:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

鶴岡八幡宮

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4日は、仕事始め。

私も休んでいた木刀の素振りを再開した。

まずは300回からである。


バンビことパンクな彼女は、吉増剛造さんとFAXをやり取りして、今月の鎌倉ミーティングの打ち合わせをしていたが、
私は、「詩とファンタジー」選考会の日程を確認してから、原稿依頼を受けた「かまくら春秋」のリレー連載「新・鎌倉のみほとけ」の件で、編集部の山本太平さんと連絡を取った。


夕方、バンビと一緒に歩いて、鶴岡八幡宮へ。

鎌倉に住まいしているわけだし、近江源氏の末裔としては、新年に源氏の守り神たる八幡さまにお詣りしないわけにはいかない。


しかし、バンビには、ほかの企みがあったのである!
posted by 城戸朱理 at 10:53| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月04日

寝正月から目覚めると



元旦は、常盤の八雲神社に初詣。

小学一年と五年の姪っ子には、ひと足早く大晦日にお年玉を渡したが、バンビことパンクな彼女にもお年玉を。

「3万円もあるよ!
これだけあったら、鶴岡八幡宮の露店で、買い食いして、金魚すくいががたっぷり出来ちゃうなあ!
次々に金魚をすくって、ちびっこをギャフンと言わせるんだよ!」
・・・・・・

ギャフンと言わせなくてもいいのである。

以前も、バンビが次々と金魚をすくってしまって、伝説(?)になったことがあったっけ。


2日には、天使館の鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)、野口泉両氏が、江の島での初詣の帰りに鎌倉に寄るという連絡があったので、クルベル・キャンで待ち合わせる。

クルベル・キャンは、先月で開店7周年。

お年始に、日本初のジン、京都の「季の美」が発売時に招待客に配ったボトルを持参した。


鯨井くんと泉さんが到着してから、プロセッコで新年を祝って乾杯し、各自の抱負を語り合う。

鯨井くんが、朝、シャワーを浴びているときに思いついたという抱負を聞いて、いかにも彼らしいと思った。

踊りのコンテクストを躯でもって、すべて振り払うこと。

いかにも鯨井くんらしい考えで、興奮を禁じえない。

鯨井謙太郎・定方まことによる「親愛なるアルトーさんへ」公演のあと、カニエ・ナハさんが、感極まって、
「まだ言葉に出来ません。昔、土方巽を見た人たちもこんな感じだったのでしょうね」と頬を上気させていたのを思い出す。


頼んだ料理は、スモークサーモンのサラダ、アンチョビ風味のポテトのフリット、ピザはクワトロフォルマッジ、パスタはフレッシュトリュフのカルボナーラ。

赤ワインにかえてから、鶏肉の石窯グリルに、和牛A5ランクのステーキを。


3日の夕方には、バンビが、ポケモンGOのサンタピカチュウを捕まえるべく散歩に出かけたので、私が夕食の準備をする 。


三賀日で観た映画は、「男はつらいよ」(山田洋次)から始まって、「忠臣蔵」(渡辺邦夫)、「四十七人の刺客」(市川崑)に、「スタートレック」(J.J.エイブラムス)。

長谷川一夫を主演に、勝新太郎、鶴田浩二、京マチ子、山本富士子、若尾文子とオールスターキャストで、1958年に制作された「忠臣蔵」をバンビが大いに気に入ったので、「四十七人の刺客」も見たのだが、こちらは解釈が現代的すぎて、逆につまらなかった。


かくして、飲んでは寝てばかりいた寝正月は終わった。

目覚めねば。
posted by 城戸朱理 at 14:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

年末年始のピカチュウ!?

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バンビことパンクな彼女が鎌倉中を歩き回り、次々とサンタピカチュウを捕獲。

28日の段階で、サンタピカチュウは、15匹になった。


「ハワイで捕まえた普通のピカチュウも一匹いるんだよ!


つまり、ピカチュウをこれまで全部で16匹、捕まえたことになる。

「英語を話すんだよ!」
・・・・・・

嘘である。

ポケモンGOのポケモンは何も話さないから、ハワイで捕まえても英語を話すわけではない。


サンタピカチュウが出現するのは、29日までだったはずなのだが、大晦日の朝のこと――


「まだ、サンタピカチュウがいるよ!」
!!!!!!

「大好評につき、延期したのかな?」

まさか、そんなはずはないと思うのだが?

「口をへの字にして、ジャンプする、ピカチュウ!」

バンビからLINEで写真が送られてきた。

「ジャンプして、回転する、ピカチュウ!」

本当だ・・・

「おじぎする、ピカチュウ!」

こうして見ると、やはり面白い。

かくして、バンビは自宅にいながら、16匹目のサンタピカチュウを捕獲。


調べてみたら、新年の1月3日まで、赤いサンタ帽をかぶったピカチュウが出没するらしい。


かくして、お正月もバンビのサンタピカチュウ探しは続くことになったのだった。
posted by 城戸朱理 at 14:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あけましておめでとうございます



大晦日は、吉増剛造さんからの「来年も、みんなで一緒に、新しい光を作りましょう」という電話で終わった。

私は、バンビことパンクな彼女の北鎌倉の実家で、年越し蕎麦をいただき、ふたりの姪の成長ぶりに驚いたりしていたのだが、
その間も、高貝弘也・田野倉康一・広瀬大志くんとの連詩は進行し、2006年のうちに、三作目となる連詩が完成した。


そして、新年も連詩とともに始まる。

新年の連詩は、ランボーを踏まえた「海と空〜つがいになった」がテーマで、これまでのように、四人で一連ずつを書いていくのではなく、ひとり一連ずつを担当することになっている。

除夜の鐘が終わると同時に、私が書き出しとなる第一連を、みんなにメールした。


詩で始まった新年だけに、今年は新詩集を書き下ろしたいものだ。


みなさんにとって、新たな年が、平穏で実り多いものでありますように。
posted by 城戸朱理 at 14:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月31日

年末の連詩



「木挽町 大野」で茶懐石のあとは、お坊さんがやっているボウズ・バーへ。

作務衣姿のお坊さんが働いており、肴も豆腐や生麩、大徳寺納豆と精進料理。

お坊さんによる人生相談の時間もあり、ふた組の新婚カップルが、結婚生活の心得を尋ねていた。

阿弥陀如来が祀られていたから、浄土宗か浄土真宗のお坊さんがやっているのだろう。

たんなる忘年会ではなく、来年度の打ち合わせもできたのでよかった。


気づくと終電を逃し、タクシーで四谷から鎌倉に帰宅した。


そして、29〜30日は、片付けと大掃除である。


そうしている間にも、高貝弘也・田野倉康一・広瀬大志くんらとの連詩第三弾は進み、第三連へ。

連詩は、田野倉くんが自分の番なのを失念して止まり、高貝くんの後を受けた大志くんが、わずか3分で書き上げてメールするなど、緩急が激しいが、脳が沸き立つ感覚が続いている。

このまま、新年の連詩に突入することになりそうだ。
posted by 城戸朱理 at 08:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

みなさん、よいお年を!



世界の安全保証が揺らぎ始めるなか、日本は年末まで糸魚川市の大火、震度6弱の巨大地震と、揺らぎのなかにあるかのような一年でした。

来年は、さらに危機の水位が高まっていくことでしょう。

そうしたなかでも、現在を問われているのは余人ではないことを肝に命じて、自分の仕事に向かい合っていきたいと思っています。

来年も、よろしくお願いいたします。


それでは、みなさん、よいお年を!
posted by 城戸朱理 at 08:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月30日

神田古書店街で

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12月28日(水)は、ホテル・モントレ半蔵門をチェックアウトして、神保町に向かった。

年末の神田古書店街を歩き、13時半に天使館の鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)氏と、三省堂書店で待ち合わせる。

神田の老舗蕎麦屋、まつやに移動し、バンビことパンクな彼女も合流。

今年、定方まこと氏とのコルヴスの公演「親愛なるアルトーさんへ」で圧巻のダンスを見せたあと、初めてのソロ公演「灰のオホカミ」を成功させ、イッセイ・ミヤケのモデルまでつとめた鯨井謙太郎氏だが、
正月2日に初詣で鎌倉に来る予定なのに、年内にも会いたいという連絡を受けたので、まつやで語り合うことにしたのだ。


鯨井くんも蕎麦好きだが、まつやは初めてだという。

検事だったお祖父さんが、まつやを好きで、贔屓にしていたそうだ。


わさび芋、ウニ、焼鳥をもらってビールで乾杯し、大きな海老天2本の天種をもらって、熱燗に変える。


鯨井くんは、言語における形・音・義が、オイリュトミー的身体においてはどうなるのかを考えていたようで、刺激的な話をしながら、杯を傾けた。

まつやならではの天とじの抜き(海老天2本を玉子とじにした天とじ蕎麦の蕎麦抜き)をもらって、それを肴に飲み、締めは、せいろと鴨せいろ。

鯨井くんは、大海老の天ぷらを4本も平らげて、嬉しそうだったが、きっとお祖父さんも、海老天で飲み、蕎麦をたぐったに違いない。


昼から、しこたま飲んだので、3人で古書店を回り、夕方まで一緒に過ごした。
posted by 城戸朱理 at 11:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月25日

サンタピカチュウ、次々に!?

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ポケモンGOのクリスマスヴァージョン、サンタピカチュウ。

10匹捕まえるのを目標にしたバンビことパンクな彼女は、毎日、ピカチュウ探しに余念がない。


10月22日には、日中、鎌倉駅周辺で2匹を捕獲して、くるくる踊りながら帰ってきた。


この日の夕食は、ステーキと寄せ鍋。

食後、入浴していたバンビからLINEで、写真が送られてきた。

これは――サンタピカチュウではないか!


「おふろにピカチュウがきたよ!」

わが家のお風呂に、サンタピカチュウが出現したらしい!?

バンビは、ポケモンが喜ぶ「ズリのみ」をあげてから、強力な「ハイパーボール」でピカチュウを捕獲。


しばらくすると、またもやLINEでピカチュウの写真が。

「ピカチュウが、鍋を食べにきたよ!」

見ると、食卓の鍋のうえで、サンタピカチュウが跳ねているではないか。

「楽しそうなピカチュウ!」

このピカチュウも捕まえ、この日一日で、バンビは4匹のピカチュウ捕獲に成功した。

サンタピカチュウが出るのは、今月の29日まで。

目標の10匹まで、あと4匹――
posted by 城戸朱理 at 11:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

フェリス女学院大学、日本文学研究会で講演



フェリス女学院大学では、学生が自発的に組織した日本文学研究会があって、熱心に活動している。

発表会には、教授も参加するのだが、この熱気な何だろう?


会長の奥村七海さんと、いつか私も講義に行く約束をしていたのだが、12月20日に実現した。

講義は、18時半から。

テクストは、宮沢賢治の詩二篇をコピーで配布し、言葉とは何か、世界の諸言語を貫く特性とは何かから語り始め、賢治の詩について、一時間語った。

学生のみなさんは、熱心にノートを取りながら、聴講してくれたが、フェリスらしい華やかな学生諸君の文学愛には、いつも心地よいギャップを覚える。


終了後は、駅前の居酒屋で打ち上げになったのだが、私の郷里のIBC(岩手放送)のアナウンサー枠で就職が決まった学生がいて、驚いた。

アナウンサー枠も含めて、新卒採用3人という狭き門である。


島村輝先生とタクシーで東戸塚駅に出て、横須賀線で鎌倉に戻り、クルベル・キャンで、カクテル。

この日は、同僚と忘年会だったバンビことパンクな彼女も合流した。
posted by 城戸朱理 at 11:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月22日

サンタピカチュウを探して???

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ポケモンGOが、クリスマス・ヴァージョンになった。

喜んだのは、バンビことパンクな彼女である。


「サンタピカチュウを捕まえたよ!」


送られてきた写真を見たら、ピカチュウがサンタ帽をかぶっているではないか。

ふだん、鎌倉にはピカチュウは出ないので、クリスマスのサービスなのだろう。

ところが、それ以来、夕食時でも近所にピカチュウが出ると、バンビはパタパタと出かけてしまうようになってしまった。

鎌倉の夜は暗いので、私も付いていかざるをえない。


だが、ピカチュウならハワイで捕まえて、さらに鎌倉の紀伊国屋でサンタピカチュウを捕まえたではないか。


「10匹くらい捕まえるんだよ!
ピカチュウは、かわいいからね!」
・・・・・・


バンビが捕まえたピカチュウは、今のところ3匹。

あと7匹捕まえるまで、夜間の外出は続くことになるらしい――


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 10:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

泣きっ面に蜂?



ローライ同盟撮影会の翌日、13日(月)は完全に二日酔いで、バンビことパンクな彼女は、夕方まで起きられなかった。

しかも、私は風邪までひいたらしい。

こうなると、泣きっ面に蜂というヤツだが、とにかく横になっているしかない。


だが、14日は締切があるので、起きて仕事をした。

元旦の朝刊に掲載される「岩手日報」新年文芸の選評を書き上げて、メールし、入選作を宅急便で手配し、さらに「現代詩手帖」1月号、作品特集のゲラを戻す。

さらに余勢をかって、高貝弘也・田野倉康一・広瀬大志くんと進めている連詩、第二連の最初のパートを書き上げてメールした。


日曜日に帰宅してから何にも手をつけられずにいたので、衣類を片付け、洗い物を。

さらに、風邪のひきかけのときは、スパイスが効くので、クミンシードとショウガを炒め、ドライカレーを仕込んで食事してから、ようやく横になったのだが、幸い熱はないので、悪化することはないだろう。

熱にうかされているわけではないので、本も読める。


この日のうちに、「思い出の一冊」から始まった連詩は、高貝弘也、広瀬大志くんまで進んだ。
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2016年12月18日

ローライ同盟・赤ちゃん撮影会?@鎌倉文学館

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12月11日(日)は、ローライ同盟の第2回総会、そして第1回の撮影会があった。


吉増剛造名誉会長から鎌倉でという希望があったので、鎌倉文学館で撮影会をすることに。

吉増さんは、例によって鎌倉に一泊することになった。


バンビことパンクな彼女と、午後2時に鎌倉駅西口のホテル・ニューカマクラに吉増さんを迎えに行き、そのままタクシーで鎌倉文学館へ。

本当ならば、富岡幸一郎館長が、案内してくれることになっていたのだが、富岡さんは、札幌で講演したあと、大雪のために飛行機が欠航し、千歳空港で足止めをくらっているという電話が前日に入った。

いまだに、人類のテクノロジーは、自然にはかなうべくもない。


だが、ローライ同盟のメンバーは、先約があった石田瑞穂、カニエ・ナハ両氏を除いて参集。


さらに、吉増名誉会長が、「ローライフレックスは、女優さんを撮ってきたカメラだから、モデルがいるといいな。赤ちゃんのモデル」と言い出したものだから、バンビ幹事長が連絡を取り、編集者の友人が生後七ヵ月の光ちゃんを連れてきてくれた。


そのうえ、メキシコの大学の招待で個展をして帰国したばかりの写真家、今道子さんもローライフレックス持参で参加。


かくして、ローライ同盟赤ちゃん撮影会(!)が始まった。

まったく、ヘンな人たちである(笑)。



光ちゃんは、七ヵ月だからハイハイするのかと思いきや、見事なモデルぶりで座ったまま、ほとんど動かない。

逆に菊井崇史さんが、ハイハイするように芝生に突っ伏して撮影していたりする。

装幀家の井原靖章さんもローライフレックスを購入、ローライ同盟は、ローライフレックス4台、シーガル1台、計5台の二眼レフで、赤ちゃん撮影に熱中することに。

遠藤朋之氏など、光ちゃんの可愛さに、夢中でシャッターを切ったものの、ピントを合わせていなかったそうで、どんな写真になるのか楽しみである。


私は、今道子さんが、赤ちゃんを撮影している様子にも感動していた。

今道子さんといえば、1991年に第一写真集『EAT』で第16回木村伊兵衛賞を受賞して以来、生魚で自作したオブジェを撮り続け、悪夢のようでもあり、幻想が現実になったかのような、まったく独創的な作品が、海外の美術館にも収蔵されている写真家である。

その今さんが、赤ちゃんを撮っているのだから。


撮影会終了後は、学芸員の山田雅子さんが文学館を案内して下さったのだが、相模湾の彼方、大島を望み、田村隆一さんの詩を思い出して、感銘を深めた。

そういえば、吉増さんとマリリアさんが結婚式の仲人は、田村隆一さんだったっけ。


4時すぎに鎌倉文学館を辞し、由比ヶ浜通りを歩いて、途中の古本屋、公文堂書店に寄り、5時から、予約していた御成通りのビストロ・オランジェで忘年会。

フランスの郷土料理をあれこれ頼み、スパークリングワインで乾杯してから、赤ワインをボトルでもらって、写真や美術談義が続いた。

吉増さんは、中西夏之さんが亡くなられたのを御存知なかったので、ショックを受けられ、ローライ同盟全員で、中西さんを偲んで献杯する。

土方巽が、あるいは大野一雄が、どれだけ中西夏之から影響を受けたのか、誰かが書いておく必要がある、城戸さんが書くべきだと吉増さんは強調されていたことを記憶に留めておかなければ。

そして、土方巽や大野一雄がかつてそうであったように、今このときも新たな芸術の息吹きが生まれ続けていることを忘れずにいたい。


ローライ同盟は、午後8時に散会。

翌日、吉増さんは電話で「ローライ会、こんなに楽しくって、どうしよう! 困っちゃうね!」とバンビに話していたそうだ。


散会後、私とバンビは、遠藤朋之氏とクルベル・キャンに寄ろうとしたら貸し切りだったので、席についていた藤沢周氏に挨拶して、鎌倉の老舗バー、マイクスに行った。

マイクさんが名付け親のカクテル、ブルドッグを飲みながら、語り合い、飲みすぎて、翌日は完全な二日酔いになってしまったのだが。
posted by 城戸朱理 at 08:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする