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城戸朱理のブログ: 日記

2017年01月04日

寝正月から目覚めると



元旦は、常盤の八雲神社に初詣。

小学一年と五年の姪っ子には、ひと足早く大晦日にお年玉を渡したが、バンビことパンクな彼女にもお年玉を。

「3万円もあるよ!
これだけあったら、鶴岡八幡宮の露店で、買い食いして、金魚すくいががたっぷり出来ちゃうなあ!
次々に金魚をすくって、ちびっこをギャフンと言わせるんだよ!」
・・・・・・

ギャフンと言わせなくてもいいのである。

以前も、バンビが次々と金魚をすくってしまって、伝説(?)になったことがあったっけ。


2日には、天使館の鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)、野口泉両氏が、江の島での初詣の帰りに鎌倉に寄るという連絡があったので、クルベル・キャンで待ち合わせる。

クルベル・キャンは、先月で開店7周年。

お年始に、日本初のジン、京都の「季の美」が発売時に招待客に配ったボトルを持参した。


鯨井くんと泉さんが到着してから、プロセッコで新年を祝って乾杯し、各自の抱負を語り合う。

鯨井くんが、朝、シャワーを浴びているときに思いついたという抱負を聞いて、いかにも彼らしいと思った。

踊りのコンテクストを躯でもって、すべて振り払うこと。

いかにも鯨井くんらしい考えで、興奮を禁じえない。

鯨井謙太郎・定方まことによる「親愛なるアルトーさんへ」公演のあと、カニエ・ナハさんが、感極まって、
「まだ言葉に出来ません。昔、土方巽を見た人たちもこんな感じだったのでしょうね」と頬を上気させていたのを思い出す。


頼んだ料理は、スモークサーモンのサラダ、アンチョビ風味のポテトのフリット、ピザはクワトロフォルマッジ、パスタはフレッシュトリュフのカルボナーラ。

赤ワインにかえてから、鶏肉の石窯グリルに、和牛A5ランクのステーキを。


3日の夕方には、バンビが、ポケモンGOのサンタピカチュウを捕まえるべく散歩に出かけたので、私が夕食の準備をする 。


三賀日で観た映画は、「男はつらいよ」(山田洋次)から始まって、「忠臣蔵」(渡辺邦夫)、「四十七人の刺客」(市川崑)に、「スタートレック」(J.J.エイブラムス)。

長谷川一夫を主演に、勝新太郎、鶴田浩二、京マチ子、山本富士子、若尾文子とオールスターキャストで、1958年に制作された「忠臣蔵」をバンビが大いに気に入ったので、「四十七人の刺客」も見たのだが、こちらは解釈が現代的すぎて、逆につまらなかった。


かくして、飲んでは寝てばかりいた寝正月は終わった。

目覚めねば。
posted by 城戸朱理 at 14:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

年末年始のピカチュウ!?

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バンビことパンクな彼女が鎌倉中を歩き回り、次々とサンタピカチュウを捕獲。

28日の段階で、サンタピカチュウは、15匹になった。


「ハワイで捕まえた普通のピカチュウも一匹いるんだよ!


つまり、ピカチュウをこれまで全部で16匹、捕まえたことになる。

「英語を話すんだよ!」
・・・・・・

嘘である。

ポケモンGOのポケモンは何も話さないから、ハワイで捕まえても英語を話すわけではない。


サンタピカチュウが出現するのは、29日までだったはずなのだが、大晦日の朝のこと――


「まだ、サンタピカチュウがいるよ!」
!!!!!!

「大好評につき、延期したのかな?」

まさか、そんなはずはないと思うのだが?

「口をへの字にして、ジャンプする、ピカチュウ!」

バンビからLINEで写真が送られてきた。

「ジャンプして、回転する、ピカチュウ!」

本当だ・・・

「おじぎする、ピカチュウ!」

こうして見ると、やはり面白い。

かくして、バンビは自宅にいながら、16匹目のサンタピカチュウを捕獲。


調べてみたら、新年の1月3日まで、赤いサンタ帽をかぶったピカチュウが出没するらしい。


かくして、お正月もバンビのサンタピカチュウ探しは続くことになったのだった。
posted by 城戸朱理 at 14:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あけましておめでとうございます



大晦日は、吉増剛造さんからの「来年も、みんなで一緒に、新しい光を作りましょう」という電話で終わった。

私は、バンビことパンクな彼女の北鎌倉の実家で、年越し蕎麦をいただき、ふたりの姪の成長ぶりに驚いたりしていたのだが、
その間も、高貝弘也・田野倉康一・広瀬大志くんとの連詩は進行し、2006年のうちに、三作目となる連詩が完成した。


そして、新年も連詩とともに始まる。

新年の連詩は、ランボーを踏まえた「海と空〜つがいになった」がテーマで、これまでのように、四人で一連ずつを書いていくのではなく、ひとり一連ずつを担当することになっている。

除夜の鐘が終わると同時に、私が書き出しとなる第一連を、みんなにメールした。


詩で始まった新年だけに、今年は新詩集を書き下ろしたいものだ。


みなさんにとって、新たな年が、平穏で実り多いものでありますように。
posted by 城戸朱理 at 14:33| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月31日

年末の連詩



「木挽町 大野」で茶懐石のあとは、お坊さんがやっているボウズ・バーへ。

作務衣姿のお坊さんが働いており、肴も豆腐や生麩、大徳寺納豆と精進料理。

お坊さんによる人生相談の時間もあり、ふた組の新婚カップルが、結婚生活の心得を尋ねていた。

阿弥陀如来が祀られていたから、浄土宗か浄土真宗のお坊さんがやっているのだろう。

たんなる忘年会ではなく、来年度の打ち合わせもできたのでよかった。


気づくと終電を逃し、タクシーで四谷から鎌倉に帰宅した。


そして、29〜30日は、片付けと大掃除である。


そうしている間にも、高貝弘也・田野倉康一・広瀬大志くんらとの連詩第三弾は進み、第三連へ。

連詩は、田野倉くんが自分の番なのを失念して止まり、高貝くんの後を受けた大志くんが、わずか3分で書き上げてメールするなど、緩急が激しいが、脳が沸き立つ感覚が続いている。

このまま、新年の連詩に突入することになりそうだ。
posted by 城戸朱理 at 08:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

みなさん、よいお年を!



世界の安全保証が揺らぎ始めるなか、日本は年末まで糸魚川市の大火、震度6弱の巨大地震と、揺らぎのなかにあるかのような一年でした。

来年は、さらに危機の水位が高まっていくことでしょう。

そうしたなかでも、現在を問われているのは余人ではないことを肝に命じて、自分の仕事に向かい合っていきたいと思っています。

来年も、よろしくお願いいたします。


それでは、みなさん、よいお年を!
posted by 城戸朱理 at 08:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月30日

神田古書店街で

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12月28日(水)は、ホテル・モントレ半蔵門をチェックアウトして、神保町に向かった。

年末の神田古書店街を歩き、13時半に天使館の鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)氏と、三省堂書店で待ち合わせる。

神田の老舗蕎麦屋、まつやに移動し、バンビことパンクな彼女も合流。

今年、定方まこと氏とのコルヴスの公演「親愛なるアルトーさんへ」で圧巻のダンスを見せたあと、初めてのソロ公演「灰のオホカミ」を成功させ、イッセイ・ミヤケのモデルまでつとめた鯨井謙太郎氏だが、
正月2日に初詣で鎌倉に来る予定なのに、年内にも会いたいという連絡を受けたので、まつやで語り合うことにしたのだ。


鯨井くんも蕎麦好きだが、まつやは初めてだという。

検事だったお祖父さんが、まつやを好きで、贔屓にしていたそうだ。


わさび芋、ウニ、焼鳥をもらってビールで乾杯し、大きな海老天2本の天種をもらって、熱燗に変える。


鯨井くんは、言語における形・音・義が、オイリュトミー的身体においてはどうなるのかを考えていたようで、刺激的な話をしながら、杯を傾けた。

まつやならではの天とじの抜き(海老天2本を玉子とじにした天とじ蕎麦の蕎麦抜き)をもらって、それを肴に飲み、締めは、せいろと鴨せいろ。

鯨井くんは、大海老の天ぷらを4本も平らげて、嬉しそうだったが、きっとお祖父さんも、海老天で飲み、蕎麦をたぐったに違いない。


昼から、しこたま飲んだので、3人で古書店を回り、夕方まで一緒に過ごした。
posted by 城戸朱理 at 11:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月25日

サンタピカチュウ、次々に!?

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ポケモンGOのクリスマスヴァージョン、サンタピカチュウ。

10匹捕まえるのを目標にしたバンビことパンクな彼女は、毎日、ピカチュウ探しに余念がない。


10月22日には、日中、鎌倉駅周辺で2匹を捕獲して、くるくる踊りながら帰ってきた。


この日の夕食は、ステーキと寄せ鍋。

食後、入浴していたバンビからLINEで、写真が送られてきた。

これは――サンタピカチュウではないか!


「おふろにピカチュウがきたよ!」

わが家のお風呂に、サンタピカチュウが出現したらしい!?

バンビは、ポケモンが喜ぶ「ズリのみ」をあげてから、強力な「ハイパーボール」でピカチュウを捕獲。


しばらくすると、またもやLINEでピカチュウの写真が。

「ピカチュウが、鍋を食べにきたよ!」

見ると、食卓の鍋のうえで、サンタピカチュウが跳ねているではないか。

「楽しそうなピカチュウ!」

このピカチュウも捕まえ、この日一日で、バンビは4匹のピカチュウ捕獲に成功した。

サンタピカチュウが出るのは、今月の29日まで。

目標の10匹まで、あと4匹――
posted by 城戸朱理 at 11:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

フェリス女学院大学、日本文学研究会で講演



フェリス女学院大学では、学生が自発的に組織した日本文学研究会があって、熱心に活動している。

発表会には、教授も参加するのだが、この熱気な何だろう?


会長の奥村七海さんと、いつか私も講義に行く約束をしていたのだが、12月20日に実現した。

講義は、18時半から。

テクストは、宮沢賢治の詩二篇をコピーで配布し、言葉とは何か、世界の諸言語を貫く特性とは何かから語り始め、賢治の詩について、一時間語った。

学生のみなさんは、熱心にノートを取りながら、聴講してくれたが、フェリスらしい華やかな学生諸君の文学愛には、いつも心地よいギャップを覚える。


終了後は、駅前の居酒屋で打ち上げになったのだが、私の郷里のIBC(岩手放送)のアナウンサー枠で就職が決まった学生がいて、驚いた。

アナウンサー枠も含めて、新卒採用3人という狭き門である。


島村輝先生とタクシーで東戸塚駅に出て、横須賀線で鎌倉に戻り、クルベル・キャンで、カクテル。

この日は、同僚と忘年会だったバンビことパンクな彼女も合流した。
posted by 城戸朱理 at 11:02| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月22日

サンタピカチュウを探して???

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ポケモンGOが、クリスマス・ヴァージョンになった。

喜んだのは、バンビことパンクな彼女である。


「サンタピカチュウを捕まえたよ!」


送られてきた写真を見たら、ピカチュウがサンタ帽をかぶっているではないか。

ふだん、鎌倉にはピカチュウは出ないので、クリスマスのサービスなのだろう。

ところが、それ以来、夕食時でも近所にピカチュウが出ると、バンビはパタパタと出かけてしまうようになってしまった。

鎌倉の夜は暗いので、私も付いていかざるをえない。


だが、ピカチュウならハワイで捕まえて、さらに鎌倉の紀伊国屋でサンタピカチュウを捕まえたではないか。


「10匹くらい捕まえるんだよ!
ピカチュウは、かわいいからね!」
・・・・・・


バンビが捕まえたピカチュウは、今のところ3匹。

あと7匹捕まえるまで、夜間の外出は続くことになるらしい――


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 10:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

泣きっ面に蜂?



ローライ同盟撮影会の翌日、13日(月)は完全に二日酔いで、バンビことパンクな彼女は、夕方まで起きられなかった。

しかも、私は風邪までひいたらしい。

こうなると、泣きっ面に蜂というヤツだが、とにかく横になっているしかない。


だが、14日は締切があるので、起きて仕事をした。

元旦の朝刊に掲載される「岩手日報」新年文芸の選評を書き上げて、メールし、入選作を宅急便で手配し、さらに「現代詩手帖」1月号、作品特集のゲラを戻す。

さらに余勢をかって、高貝弘也・田野倉康一・広瀬大志くんと進めている連詩、第二連の最初のパートを書き上げてメールした。


日曜日に帰宅してから何にも手をつけられずにいたので、衣類を片付け、洗い物を。

さらに、風邪のひきかけのときは、スパイスが効くので、クミンシードとショウガを炒め、ドライカレーを仕込んで食事してから、ようやく横になったのだが、幸い熱はないので、悪化することはないだろう。

熱にうかされているわけではないので、本も読める。


この日のうちに、「思い出の一冊」から始まった連詩は、高貝弘也、広瀬大志くんまで進んだ。
posted by 城戸朱理 at 00:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月18日

ローライ同盟・赤ちゃん撮影会?@鎌倉文学館

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12月11日(日)は、ローライ同盟の第2回総会、そして第1回の撮影会があった。


吉増剛造名誉会長から鎌倉でという希望があったので、鎌倉文学館で撮影会をすることに。

吉増さんは、例によって鎌倉に一泊することになった。


バンビことパンクな彼女と、午後2時に鎌倉駅西口のホテル・ニューカマクラに吉増さんを迎えに行き、そのままタクシーで鎌倉文学館へ。

本当ならば、富岡幸一郎館長が、案内してくれることになっていたのだが、富岡さんは、札幌で講演したあと、大雪のために飛行機が欠航し、千歳空港で足止めをくらっているという電話が前日に入った。

いまだに、人類のテクノロジーは、自然にはかなうべくもない。


だが、ローライ同盟のメンバーは、先約があった石田瑞穂、カニエ・ナハ両氏を除いて参集。


さらに、吉増名誉会長が、「ローライフレックスは、女優さんを撮ってきたカメラだから、モデルがいるといいな。赤ちゃんのモデル」と言い出したものだから、バンビ幹事長が連絡を取り、編集者の友人が生後七ヵ月の光ちゃんを連れてきてくれた。


そのうえ、メキシコの大学の招待で個展をして帰国したばかりの写真家、今道子さんもローライフレックス持参で参加。


かくして、ローライ同盟赤ちゃん撮影会(!)が始まった。

まったく、ヘンな人たちである(笑)。



光ちゃんは、七ヵ月だからハイハイするのかと思いきや、見事なモデルぶりで座ったまま、ほとんど動かない。

逆に菊井崇史さんが、ハイハイするように芝生に突っ伏して撮影していたりする。

装幀家の井原靖章さんもローライフレックスを購入、ローライ同盟は、ローライフレックス4台、シーガル1台、計5台の二眼レフで、赤ちゃん撮影に熱中することに。

遠藤朋之氏など、光ちゃんの可愛さに、夢中でシャッターを切ったものの、ピントを合わせていなかったそうで、どんな写真になるのか楽しみである。


私は、今道子さんが、赤ちゃんを撮影している様子にも感動していた。

今道子さんといえば、1991年に第一写真集『EAT』で第16回木村伊兵衛賞を受賞して以来、生魚で自作したオブジェを撮り続け、悪夢のようでもあり、幻想が現実になったかのような、まったく独創的な作品が、海外の美術館にも収蔵されている写真家である。

その今さんが、赤ちゃんを撮っているのだから。


撮影会終了後は、学芸員の山田雅子さんが文学館を案内して下さったのだが、相模湾の彼方、大島を望み、田村隆一さんの詩を思い出して、感銘を深めた。

そういえば、吉増さんとマリリアさんが結婚式の仲人は、田村隆一さんだったっけ。


4時すぎに鎌倉文学館を辞し、由比ヶ浜通りを歩いて、途中の古本屋、公文堂書店に寄り、5時から、予約していた御成通りのビストロ・オランジェで忘年会。

フランスの郷土料理をあれこれ頼み、スパークリングワインで乾杯してから、赤ワインをボトルでもらって、写真や美術談義が続いた。

吉増さんは、中西夏之さんが亡くなられたのを御存知なかったので、ショックを受けられ、ローライ同盟全員で、中西さんを偲んで献杯する。

土方巽が、あるいは大野一雄が、どれだけ中西夏之から影響を受けたのか、誰かが書いておく必要がある、城戸さんが書くべきだと吉増さんは強調されていたことを記憶に留めておかなければ。

そして、土方巽や大野一雄がかつてそうであったように、今このときも新たな芸術の息吹きが生まれ続けていることを忘れずにいたい。


ローライ同盟は、午後8時に散会。

翌日、吉増さんは電話で「ローライ会、こんなに楽しくって、どうしよう! 困っちゃうね!」とバンビに話していたそうだ。


散会後、私とバンビは、遠藤朋之氏とクルベル・キャンに寄ろうとしたら貸し切りだったので、席についていた藤沢周氏に挨拶して、鎌倉の老舗バー、マイクスに行った。

マイクさんが名付け親のカクテル、ブルドッグを飲みながら、語り合い、飲みすぎて、翌日は完全な二日酔いになってしまったのだが。
posted by 城戸朱理 at 08:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月15日

ラドリオの連詩とランチョンの忘年会

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高貝弘也、田野倉康一、広瀬大志くんは、私にとって学生時代からの詩友だが、全員が揃うことは、めったにない。

年に一度、あるかないかだろうか。


ただし、今年は田野倉・広瀬両君の「現代詩文庫」が刊行されたせいで、例年より顔を合わせる機会が多かった。

野村喜和夫さんからの提案もあって、ごく内輪の出版記念をしたのが、9月19日(月)。

場所は、神保町のイタリア食堂、イル・ヴィゴーレ。

この店は、豚バラ肉を巻いた「ポルケッタ」(写真)や丸鶏の「ロティサリーチキン」が名物なのだが、メニューを見るなり、高貝くんが、「城戸さん、これを頼みましょう」とロティサリーチキンを指さした。

稀代の鶏肉好き(?)、高貝くんなら、そう言うに違いないと思って、ポルケッタとともにロティサリーチキンも一羽、注文してあったのだが。

高貝くんは、鶏料理を前にすると、よく「究極の料理です!」と言い出すが、もし、鶏を放し飼いにしている飼育場に行ったら、究極の食材が、あちこちでパタパタしているということになるのだろうか?


この出版記念会には、野村喜和夫さんのみならず、「現代詩文庫」の編集を担当した思潮社の高木真史総編集長に遠藤みどりさんも参加してくれた。



次は、10月29日(金)に開催された「現代詩文庫」刊行記念のトーク&リーディング・イベント。

思潮社が企画してくれたこのイベントは、全員が出席者だったため、今年、二度目の集まりとなり、その二次会で、連詩をやることに。


そして、今回、12月10日(土)の、連詩「航海2016」と忘年会である。


連詩を執筆するときのそれぞれの様子は、愉快だった。

詩を考えるときは、やたらとハードボイルドな大志くん。

みんなが、コーヒーをおかわりするなか、ひとりクリームソーダを頼み、書き始めたと思っても、すぐ、みんなのほうを向いて、おしゃべりを始めてしまうのは田野倉くんである。

それが、度重なるものだから、

「おしゃべりしてないで、早く書け!」と私。

「僕は、こうやって、しゃべりながら考えてるんだ」と田野倉くん。

そして、高貝くんがメモを取り始めると、田野倉くんが、それを覗き込んで、

「高貝くんが、すらすら書いてるぞ!」

「でも、行数は増えてないが」と私。

いちいち、横槍が入るので、集中するのが大変である。


私が下書きなしで、数分で書き上げたら、大志くんが驚き、「すげえ、モーツァルトを前にしたサリエリの気分だね!」。

たとえが大げさなのが、大志くんらしい(笑)。


忘年会でも様子は変わらない。

ランチョンでの忘年会には、野村喜和夫さん、思潮社の藤井一乃「現代詩手帖」編集長、遠藤みどりさんも参加してくれたのだが、
基本的には、田野倉くんが、ずっとしゃべっていて、高貝くんは黙ったまま、ときどき、大志くんと私が会話するというパターンである。


今回は、私が、古本屋で買った「思い出の一冊」を持ち寄ろうと提案したのだが、これが盛り上がり、出てくる本、出てくる本に、藤井さんも遠藤さんも歓声を挙げていた。

「思い出の一冊」の詳細については、別にアップしよう。


ランチョンでは、スモークサーモンにトマトサラダ、ビーフパイ、メンチカツに海老クリームコロッケ、アイスバインとピザなどを頼み、ビールで乾杯してから、ワインをボトルでもらって歓談したのだが、傑作だったのは、混浴の温泉が話題になったときのことである。


ある温泉について、「若い女の子が普通に入ってくるんだよな」と田野倉くん。

「うそー!
混浴って、女性はお婆さんばっかりでしょ?」と野村さん。

「私ものんびり混浴の温泉に浸かっていたら、若い20代前半の女性、しかも凄い美人がいきなり入ってきて、慌てたことがありますよ」と私も大沢温泉での経験を語ったら、

「うそだーっ!」

そう叫びながらも、次第に、野村さんの目の色が変わってくる。

トドメを刺したのは、バンビことパンクな彼女だった。

「本当ですよ〜
入ってきちゃうんですよ〜」

息を呑む野村さん。

「本当なら、僕は温泉に潜っちゃうよ!」

野村さんが、いきなり下した決断が、これである。

いいのだろうか、これで?

「シュノーケルはつけないで下さいね」と田野倉くんが、冷静に諭す。


もし、野村さんが捕まったら、知らない人のふりをするか、それとも、そんなことをする人とは思えませんでしたと、よくある弁護をするか、はたまた、いつかやると思っていましたと正直に証言するか、みんなで考えたが、答えは出なかった。
posted by 城戸朱理 at 07:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月13日

現代詩花椿賞贈賞式からマリーンへ

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12月9日(金)は、勝烈庵で昼食を取ってから、銀座へ。

余裕があったので、銀座松屋を覗き、資生堂パーラーでチョコレートなどを買って、資生堂パーラー最上階のバーSで、時間までカクテルを飲む。


第34回現代詩花椿賞贈賞式は、資生堂本社で6時半から。

今回の受賞者は、伊藤悠子さんで、詩集は『まだ空はじゅうぶん明るいのに』(思潮社)。

伊藤さん、おめでとうございます。


伊藤悠子さんは、歴程新鋭賞を受賞された河口夏実さんと同じく、稲川方人さん、吉田文憲さんの詩作のカルチャースクールの生徒さんだったという。

生徒さんだけに、稲川さんもスピーチに立たれたが、稲川さんが、こういう席にいらっしゃるのは珍しい。

そう言ったところ、「城戸さんも珍しいですね」と稲川さん。

たしかに、私もめったに詩の会には顔を出さないが、真木優さん始め、はお世話になった資生堂の方々に御挨拶するべく、うかがうことにしたのだった。


現代詩花椿賞の贈賞式は、資生堂だけあって、いつも華やかだが、今回は、サプライズゲストで、女優の杏さんが登場。

伊藤悠子さんと対話してから、受賞作を朗読された。


版元が思潮社だけに、小田啓之社長、小田康之専務を始めとして、思潮社も総出だったのではないだろうか。

田野倉康一、高貝弘也両君とも会えたし、暁方ミセイ、文月悠光さんら、若い世代の顔も。


贈賞式の料理は、資生堂パーラーなので、カレーとクリームコロッケが名物。

バンビことパンクな彼女は、なんとコロッケカレーを作って、得意気に撮影していた。


贈賞式終了後は、山口眞理子さんのマリーンに、バンビと一緒に顔を出す。

眞理子さんとゆっくり話すことができたのは嬉しい。


この日は、ホテル・モントレ半蔵門を予約していたので、東京泊まりになった。
posted by 城戸朱理 at 20:17| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月08日

「若冲の京都 KYOTOの若冲」展@京都市美術館

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12月2日は、鎌倉に帰るだけなので、トランクを宅急便で手配し、チェックアウトを済ませ、岡崎の京都市美術館に「若冲の京都、KYOTOの若冲」展を観に行った。

京都の展覧会にしては、異様な混雑ぶりで、最近の若冲人気を改めて思い知ったが、展示は期待を裏切らぬ面白さ、鶏を始めとして動物に注がれる絵師の目が、画幅から反射されているかのようだった。

白象を始めとして、さまざまな動物を描いた「樹花鳥獣図屏風」や仔犬をたくさん描いた「百犬図」など、あまりに楽しく、立ち去りがたいものが。


「石峰寺図」にも興味を引かれた。

錦の青物問屋に生まれた若冲は、40のとき家督を弟に譲ったが、天明の大火で焼け出され、晩年は、伏見の石峰寺の門前に住んだという。

黄檗宗・石峰寺には、若冲の意匠による五百羅漢の石像が残されており、一度見てみたいと思っていたからである。

来年も、京都で、吉増剛造さんと連続対談の予定があるし、撮影で行く機会もある。

もしスケジュールが許せば、吉増さんと訪れてみたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 07:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月07日

いよいよ師走

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12月1日。

いよいよ、今年も師走を迎えた。

中国臨済宗の開祖、臨済義玄の言葉に「無事是貴人(ふじこれきにん)」というものがある。

何事にもとらわれることなく日々を過ごすことの尊さを語るものだが、こんなに難しいことはない。

とらわれのなかで、日々に追われているうちに一年が過ぎようとしているのに気づいて、慄然とする。


しかし、今回も無事に京都での撮影を終えることができたので、よしとしよう。


10時にロビーで、石田瑞穂・みう夫妻と待ち合わせたのだが、なんと二人は、昨日の清明神社に続いて、早朝から、またもや神社にお詣りに行っていたらしい。

みうさんは、フランス語の翻訳家なのに、なぜか大の神社好き。

どこか行きたいところはないか尋ねたら、「八坂神社」という答えが帰ってきた。

そんなに好きだったのか、神社が――


というわけで、石田夫妻と八坂神社へ。

スサノオノミコトを祀った悪王子神社にもお詣りする。


それから、瑞穂くんの希望で、骨董屋が軒を連ねる新門前通りへ。

李朝ものを扱う天平堂を始めとして、骨董屋を覗いて歩いた。


昼食は、みうさんが昨夜、テレビで観たという名前のないラーメン屋へ。


名前がないのだから、看板もない。

ただし、高瀬川ぞいに大きな窓があって、木屋町を歩いていると、カウンターに並んでラーメンを前にした客が見えるので、ラーメン屋と分かるという趣向になっているのだとか。

意外と簡単にたどり着いたのだが、炭火で焼いたチャーシュー、プチトマト、ネギのトッピング、ごぼうを練り込んだ麺、無化調のスープと、独創的かつ本格派のラーメンだった。


イノダコーヒ三条店で小憩、イノダのコーヒーを、そして渋谷TOPのコーヒーを、こよなく愛した吉岡実氏のことを語り合う。

石田夫妻を京都駅まで送って、今回のロケは終了。

ホテルに戻って、入浴し、夕方まで本を読んで過ごした。
posted by 城戸朱理 at 08:51| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月06日

ごだん宮ざわで撮影

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11月30日は、12時半に、石田瑞穂・みう夫妻が、ごだん宮ざわに入って撮影することになっていた。

午前中は、クルーが、仕込み風景を撮影していたのだが、井上春生監督から、急遽、料理と器のブツ撮りを始めるという連絡が入ったので、私も立ち会うべく、ごだん宮ざわへ。

Edgeを始めとする番組のプロデューサーである平島進史氏も到着し、宮澤政人さんに挨拶する。


石田夫妻は、清明神社にお詣りして、予定の時間に到着、撮影が始まった。

宮澤さんの料理は、あらかじめいただいていた献立通りだったが、、器は、博物館級の絵替わり双魚文色絵皿を始めとする北大路魯山人の器を使ったものに変更され、料理と相まって素晴らしいものだった。

宮澤さんがまた役者のようで、流れるような所作も美しく、実に絵になる。


石田夫妻との話も弾み、撮影は3時に終了。


毎回、こんなふうにスムースだと楽なのだが、そうはいかないのが現場というものだったりする。
posted by 城戸朱理 at 09:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月05日

京都ロケ、スタート

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11月29日は、「H(アッシュ)」の撮影初日である。

今回は、春篇に続いて、ごだん宮ざわの店主にして料理長、宮澤政人さんの料理を、石田瑞穂・みう夫妻がいただきながら、宮澤さんの話を聞くという秋篇のロケ。


昨日に引き続き、急ぎの原稿執筆を終えてから、アシスタント・プロデューサー&スチールのバンビことパンクな彼女と京都駅に石田夫妻を迎えに行った。


そのまま、タクシーで岡崎の真澄寺別院・流響院へ。

すぐに、ヘアメイクの有路涼子さんが、みうさんのメイクに入り、それから、ロケ弁当の昼食をとって、撮影となる。


紅葉が残る流響院の庭園を散策する石田瑞穂・みう夫妻を撮影し、さらに瑞穂くんの自作詩朗読を撮って、小憩。

「近代庭園の祖」七代小川治兵衛による池泉回遊式庭園を散策する石田夫妻を見て、「皇室アルバムみたいだなあ」と喜んでいたのはバンビである。


3時半に宮澤政人さんが到着し、数カットだけ撮影してから、宮澤さんがよく覗くという祇園は新門前骨董街の南明堂に移動して、今度は、御主人と宮澤さん、瑞穂くんのやり取りを撮影する。

宮澤さんの器愛に圧倒されたが、瑞穂くんも骨董好きだし、仕事とはいえ楽しい時間だった。

南明堂では宮澤さんも私も買い物をしたが、これは別にアップしよう。


6時に撮影が終わり、ホテルに戻って、夕食は、ごだん宮ざわへ。

私は2日続けてのごだん宮ざわである。
posted by 城戸朱理 at 13:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

新保祐司さんの新著を祝う集い@銀座ライオン

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文芸評論家で都留文化大学副学長の新保祐司さんの新著『「海道東征」への道』(藤原書店)と『散文詩集 鬼火』(港の人)の出版を祝う会が、11月17日に、銀座ライオンで催された。


新保さんが、詩を書いていたのは知らなかったが、『散文詩集 鬼火』は、22〜23歳のとき、新保さんの東大時代の作品だという。


パーティーは、作家、辻原登さんの挨拶から始まった。

「百年後に残る作品は、叙事詩だけです」と辻原さんは、新保さんの仕事の叙事詩性を讃えたが、
「叙事詩」の例として挙げられたのが、大佛次郎『天皇の世紀』で、辻原さんは、詩そのものではなく、作品の叙事詩性に着目されていることになる。


評論家、川本三郎さんの洒脱なスピーチのあと、評論家、西尾幹二さんも挨拶に立たれたが、西尾先生の世代にとって、小林秀雄は触れることがタブー視されるほど、巨大な存在だったことが、印象深かった。


会場には、澁澤龍子さんや富岡幸一郎さん、芦澤泰偉さん、倉和男さん、石川洋一さん、ジャズシンガーの阿川泰子さんなど鎌倉組の顔ぶれも。

やはり、鎌倉在住の政治学者の御厨貴さんの姿もあったが、斗夜子夫人とも初めてお会いした。


ふだんのパーティーとは顔ぶれも違うし、年齢層も高い。

いささか緊張する会だったが、御主人の著作をまったく読んだことがないという新保智子夫人が、「みなさんのお話を聞いて、新保が、どんな仕事をしていたのか分かりました」と感銘を受けられていた様子が素敵だった。
posted by 城戸朱理 at 11:14| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月20日

東京、2泊3日



11月は、イベントやパーティー、打ち合わせなどで、どうしても外出する機会が増える。

鎌倉から東京に出るのは、往復で3時間前後はかかるため、用事が続くときは、ホテルに泊まるしかない。


先週も、2泊3日で、東京泊まりになった。


15日は、3時から立川で「H(アッシュ)詩人 吉増剛造 幻をみるひと」秋篇、冬篇の試写。

これで、京都を舞台とする吉増さんの番組、春夏秋冬が完成、井上春生監督は、映画版「詩人 吉増剛造 幻をみるひと」の編集に入ることになる。

試写が終わってから、ワシントンホテルにチェックイン、7時からCS放送担当の平島進史、西森基文両氏と紋屋で会食しながら、来年度の番組編成の打ち合わせをした。

バンビことパンクな彼女も、アシスタント・プロデューサーとして参加。

この日は、読売文学賞の推薦の締切だったのに気づき、FAXで推薦状を送る。


翌日は、番組のための資料探しをしてから、バンビとISETANを覗き、さらにヴィヴィアン・ウエストウッドへ。

夜は、初ソロ公演を終え、誕生日を迎えた鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)氏を招待して、焼肉をご馳走することに。

天使館の定方まこと、野口泉さん、バンビと私の5人で、焼肉・暖家(だんけ)のテーブルを囲んだ。


17日は、ホテルをチェックアウトして、上野に向かい、東京国立博物館で「禅――心をかたちに」展と「平安の秘仏――滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」展を観る。

そして、銀座に移動して、和光裏手のイッセイ・ミヤケへ。

今季のイッセイ・ミヤケのモデルは、なんと鯨井謙太郎氏。

鯨井くんの巨大な写真パネルが店内に飾られており、バンビはショップ・スタッフに「このモデルさん、友だちなんです」と自慢。


そして、6時半から銀座ライオンの「新保祐司さんの新著を祝う集い」に出席。

このパーティーのことは、別にアップしたい。


鎌倉に戻ったのは、10時すぎ。

長い一日だった。
posted by 城戸朱理 at 15:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月19日

KENTARO KUJIRAI ソロ公演「灰のオホカミ」

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それは、身体と言語が交錯する未知の領域の踊りだった。


鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)の初ソロとなるダンス公演「灰のオホカミ」は。


始まりは、むしろ静かで、照明のなかに浮かびあがるダンサーの肉体は、さらに研ぎ澄まされ、長髪のせいもあって、舞踏神・土方巽の姿がだぶる。


鯨井謙太郎が、笠井叡の天使館の門を叩いてから、14年。

オイリュトミーで作られた身体による彼のダンスは、新たな局面に達したようだ。


たとえば、スサノオを踊る鯨井謙太郎は、たしかに鬼神の姿だった。

しかし、「灰のオホカミ」で、彼は激しさだけではなく、苦悩を踊った。

北欧神話を語りながら、世界の創世を。

さらには、ラグナロック、神々の黄昏を前にして、現れる狼を。


それは、世界が終わりを迎えようとするときの、肉体的な表現にほかならなかったのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 12:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする