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城戸朱理のブログ: 日記

2016年11月19日

「灰のオホカミ」を観て

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11月12日。

鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)初ソロとなるダンス公演「灰のオホカミ」は、中野、テルプシコールで、午後3時から。


バンビことパンクな彼女は、撮影のために最前列中央に陣取り、私は、最前列左側に座った。

客席には、写真家の高木由利子さん、女優の鶴田真由さんの姿も。


終了後、打ち上げまで2時間ほどあったので、上海家庭料理の名店、蔡々食堂へ。

和光大の遠藤朋之先生、渡辺めぐみさん、「ろちこさん」こと斎藤千尋さんにバンビと、昨夜の歴程祭でも一緒だった顔ぶれだったのだが、誰もが「灰のオホカミ」に圧倒され、言葉がなかった。


蔡々食堂の蔡さんと奥さんとも久しぶりだが、料理は相変わらず素晴らしい。

ちなみに、旧友だけに、蔡さんも奥さんも、平松洋子さんや藤沢周氏と同じく、私のことを「しゅりあん」と呼ぶ。

それを、遠藤くんやろちこさんが面白がっていた。


打ち上げは、7時から樽屋という居酒屋で。

鎌倉に帰ったのは、11時すぎ。

いささか興奮していたのか、バンビと「灰のオホカミ」のことを語り合い、気づいたら午前3時になっていた。
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2016年11月15日

歴程祭へ

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「週刊 現代」の書評ゲラを戻し、カニエ・ナハさんから打診があった東京都現代美術館の松尾芭蕉をめぐるイベントについてキュレーターと連絡を取り、さらに今年度分のCS放送番組の追加企画書を書き上げてメールし、一段落したところに、アメリカ合衆国大統領選で、トランプ候補勝利の激震が走った。

これは、グローバリズム終焉の始まりになるのだろうか。


しかし、嬉しいこともある。

今年は、山内功一郎氏の鮎川信夫賞受賞、高岡修氏の現代俳句協会賞受賞と、友人の受賞が続いたが、さらに、石田瑞穂氏の『耳の笹舟』が第54回藤村記念歴程賞に決まった。

しかも、同時受賞は、岩佐なを氏。

岩佐さんは、詩と銅版画の全業績による受賞である。

さらに第27回歴程新鋭賞は、平田詩織さん、河口夏実さんに。


贈賞式を兼ねた歴程祭は、11月11日に、ホテル・メトロポリタン・エドモントで行われた。


司会は、川口晴美さんで、新藤涼子さんの挨拶から歴程祭はスタート。

選考委員長の野村喜和夫氏が、渋滞に巻き込まれ、遅刻するという、いかにも「歴程」らしい一幕も。


石田瑞穂氏についてのスピーチは、恩師の原成吉獨協大教授。

石田瑞穂くんが、学生時代、W.C.ウィリアムズの研究に没頭し、ウィリアムズの詩に影響された短篇映画を制作、学生映画祭で入賞したという知られざるエピソードを紹介してくれた。

アメリカ詩が専門で、ゲーリー・スナイダーと親交が深い原先生は、ノーベル文学賞受賞が決まったボブ・ディランの研究者でもあり、メディアからの取材に忙殺されている。

この日も、NHKの収録のあと、駆けつけられたそうだ。

会場には、遠藤朋之、山内功一郎、山中章子さんと、大学で教鞭をとる原ゼミ出身のメンバーも結集。


さらに平田詩織さんについては、吉田文憲さんが、河口夏実さんについては、稲川方人さんがスピーチした。


私は、当日0時に新藤涼子さんから電話で依頼され、乾杯の挨拶を。


受賞者が異例の4人だけに、たいへんな盛会で、バンビことパンクな彼女は、写真を撮るのに夢中だったが、田野倉康一氏もバンビと並んで、まるでカメラマンのように写真を撮りまくっていたのが面白い。


二次会は、ホテル2階の宴会場で。


さらに原先生と石田瑞穂くんを囲んで、三次会まであったので、この日はお茶の水のホテルに泊まった。
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2016年11月11日

冬を迎えて



朝晩は、ずいぶん冷え込むようになった。

鎌倉では、いきなり、冬を迎えたような空気が張り詰めている。


芸術選奨と読売文学賞の推薦依頼も届いているし、「週刊文春」の「ミステリー・ベストテン」のアンケートも届き、年の瀬という気分も強くなってきた。


11月5日は、「岩手日報」投稿欄の入選作品を選び、2回分の選評を執筆。

翌日は、入選作品を宅急便で送り出し、真保裕一『脇坂副署長の長い一日』(集英社)を再読、講談社の「週刊 現代」に依頼された書評を書く。


夜は、ローライ同盟の次回、撮影会の打ち合わせで、バンビことパンクな彼女が吉増剛造さんに電話したのだが、私も、久しぶりに吉増さんの声を聞いた。

吉増さんは、ロサンゼルスでマイケル・パーマー夫妻に会ったとのこと。

パーマー氏は、山内功一郎氏が『マイケル・パーマー』で、鮎川信夫賞を受賞したことをたいへん喜ばれていたそうだ。

それから、ニューヨークに移動した吉増さんは、ジョナス・メカスと再会。

「メカスは、ばんばん映画を撮ってたよ。
われわれもあきらめちゃいけないね」と吉増さん。

ジョナス・メカス、94歳にして、いまだ現役とは!

来年、春夏秋冬、京都で4回、吉増さんと私が対談するという企画が実現しそうなので、それをお伝えしたら、「夢が叶ったねえ」と吉増さんも喜ばれていた。

翌朝、喜びの声を記したFAXが、届いたほどである。


ローライ同盟の撮影会の件で、鎌倉文学館館長の富岡幸一郎さんに連絡したら、快諾してくれたので、次の撮影会は、鎌倉文学館が起点ということになりそうだ。

ちなみに、吉増さんから提案があったローライ同盟の次回のテーマは、「自分の今年一年を振り返る」である。


7日は、書評原稿を見直し、文字数を調整してメールしてから、「現代詩手帖」12月号「年鑑アンソロジー」のための詩篇をFAXし、スーツに着替えて、青山のテレコムスタッフに向かった。


4時から「Edge 暁方ミセイ篇」の試写。

撮影は、横浜で、富士の樹海で、さらには中国、雲南省で行われた。

雲南省の省都、昆明から南下して、ベトナムとの国境の元陽に向かい、そして、元陽から夜行列車で10時間、850km離れた少数民族ナシ族の古都、麗江に向かうという過酷なスケジュール。

さらに、ナシ族が崇拝する神々の山、玉龍雪山に登る。

5596mの山頂は、いまだに未踏峰だが、暁方ミセイさんと平田潤子ディレクターは、なんと標高4680m(!)の展望台まで登ったという。

暁方さんは、高山病でふらふらになりながらも健闘し、帰国してから七篇もの新作詩を書き上げてくれた。

もっとも、雲南省は、暁方さん自身の希望で、私が提案したのは、韓国の慶州、平田ディレクターが提案したのはタイのバンコクだったのだが。


「Edge 暁方ミセイ篇」の音楽は、今のところ、平田ディレクターが愛してやまない武満徹の楽曲を当ててあるが、著作権の関係上、使うことができない。

幸運にも、暁方さんの第一詩集『ウィルスちゃん』からの愛読者だという作曲家、大友清心(きよみ)さんが作曲してくれることになり、平田ディレクターが連絡を取りながら進めているところである。


試写終了後は南青山のしまだで打ち上げ。

しまだは、一時期、テレコムスタッフの社員食堂化していたが、Edgeのプロデューサーでテレコムスタッフ社長の寺島高幸さんも久しぶりだという。

「世界の車窓」からを立ち上げ、近年は「世界の街道をゆく」の撮影のため、一年の大半を海外ロケに過ごす狩野喜彦ディレクターと、宮内撮影監督とも久しぶりに再会した。
posted by 城戸朱理 at 15:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月10日

クリント・イーストウッド監督「ハドソン川の奇跡」へ



平塚市美術館のあとは、辻堂のテラスモール湘南へ。

全10スクリーンを有するシネマ・コンプレックス、109シネマズで、クリント・イーストウッド監督の「ハドソン川の奇跡」を観るため、ウェブで予約していたのだが、上映まで時間があったので、ユニクロを覗いた。


昨年から今年にかけて、ユニクロは、エルメスのクリエイティブ・ディレクターだったクリストフ・ルメールとのコラボレーション「ユニクロ・ルメール」で、大いに話題を呼んだ。

当初は、2015年の秋冬物と16年の春夏物のみの予定だったが、ルメールがユニクロのパリR&Dセンターのアーティスティック・ディレクターに就任、今年の秋冬物から、パリ発の新ライン「ユニクロU」が発売されることに。

バンビことパンクな彼女は、すでに銀座のユニクロで、ユニクロUをチェック、セーターやワンピースを買って、部屋着にしているが、私は初見である。

ルメールらしいミニマルで、微妙な色彩のコレクションだったが、辻堂では取り扱い商品が少なかった。


「ハドソン川の奇跡」は、2009年1月 15日、バードストライクによって両エンジンが停止、推力を失ったUSエアウェイ1549便が、機長の判断でニューヨークのハドソン川に着水、乗客155人全員が生還した実話を元にしている。

サリー・サレンバーガー機長を演じたのは、トム・ハンクス。

ちなみに、原題は「サリー」である。


以前、松浦寿輝さんが、クリント・イーストウッドのことを、「ハワード・ホークスなど歴史的な名監督に肩を並べる人」と語っていたが、まったく同感。

私は、中学生のころからイーストウッドのファンだが、「ハドソン川の奇跡」も、素晴らしかった。

イーストウッド、86歳にして現役。

しかも、次回作の企画もあるという。
posted by 城戸朱理 at 09:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月05日

京都で美術館巡り

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翌日は、まず京都市美術館のダリ展へ。

圧倒的な画力とシュルレアリスティックな奇想を存分に鑑賞してから、ミュージアムショップで、カダケスのダリ美術館の「溶ける時計」を購入。

あのダリの溶ける時計を実際に時計に仕立てたもので、これはダリの「ポルト・リガトの聖母」をこよなく愛する鹿児島の高岡修さんに、現代俳句協会賞受賞のお祝いにお送りした。


さらに、京都市立美術館向かいの京都国立近代美術館で「アンフォルメルと日本の美術」展を見る。

今や、現代美術のクラシックとなった感もある戦後美術の熱気に興奮した。


遅い昼食を京都国立近代美術館のカフェで取ることにして、頼んだのは、カルボナーラ・リゾットやビーフシチュー・スパゲッティ。

バンビことパンクな彼女とシェアしたのだが、このカフェのメニューは、ユニークで面白い。
posted by 城戸朱理 at 12:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都の夏休み



2013年の春に、宗教学者の山折哲雄先生との対談するために訪れてから、仕事で京都を訪れる機会が増えた。

今年の春まで、3年間で16回も行っているのだから、行きすぎの感もあるが、撮影の立ち会いだと、午前5時、6時起きも珍しくないし、湯船にゆっくり浸かる余裕もない。

そこで、バンビことパンクな彼女が、たまにはプライベートで京都に行こうと言い出した。


「京都で、鮎と鱧を食べて、日本酒でじんわりするのは、どうかな?」

名案である。

「ダリ展も見たいね!」

京都は移動が楽なうえに、東京ほど美術館が混雑していないので、展覧会を見て回るのに向いている。


かくして、私とバンビは、8月16日から3泊4日で、短い京都旅行に行くことになったのだった。
posted by 城戸朱理 at 10:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月01日

試写と打ち合わせへ



帰国した翌日は、荷物を整理して終わった。

24、25日は、来年度のCS放送番組「Edge」「H(アッシュ)」ほかの企画書を作り、26日は、試写と打ち合わせのため東京に向かう。


試写は、午後2時から。

出演は柳美里さん、南相馬と会津の只見を舞台とするコンテンツ。

バンビことパンクな彼女も、アシスタント・プロデューサーとして参加した。

試写終了後、私は、番組プロデューサーの平島進史、西森基文氏らに来期番組の企画案を説明。


その後、場所をかえて、5時から井上春生監督と秋の京都ロケの打ち合わせ。

そして、私が仕上げたシナリオをめぐって、映画の構想を聞いたのだが、なぜかラストシーンの湯河原が、アイスランド・ロケに変更しようという展開になって盛り上がる。


さらに、6時半から、Edgeを立ち上げたプロデューサーでもある設楽実氏と打ち合わせである。

気づいたときには、終電を逃し、ホテル・メッツに泊まることになってしまった。
posted by 城戸朱理 at 16:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月29日

虹が消えるまで

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目覚めたら、水平線の手前に虹がかかっていた。

虹が消えるまで見ていたのだが、それは一瞬のようにも、とても長い時間のようにも、感じられた。


虹が消えると、青空が、明度を上げていく。
posted by 城戸朱理 at 10:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ワイキキに戻って

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ノースショアからは、オアフ島の東の海岸沿いの道をドライブして、ワイキキに向かった。

ところが、カーナビの指示通りに走っていたはずなのに、なぜかワイキキの西に出てしまったではないか。

なんとか、ワイキキに帰り着き、私ひとりが、ホテルで降りて、荷物を部屋に運んで、待機する。

バンビことパンクな彼女が運転して、レンタカーを返しに行ったのだが、またもや、ひと騒動。

日本と違って、レンタカーは、ガソリンを満タンにして返さなければならないのに、レンタカー屋の目の前のガソリンスタンドが閉まっていたため、ガソリンスタンドを探して、ワイキキを走り回ることになってしまったらしい。


私は、部屋で連絡をまっていたのだが、夕焼けが素晴らしかった。
posted by 城戸朱理 at 07:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

海亀が遊びにくるビーチ

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ハレイワから近いラケニアビーチは、海亀が甲羅干しに来るビーチ。

車を止めると、バンビことパンクな彼女は「さあ、海亀と遊ぶぞう!」と言って、カメラを手に飛びだした。


残念なことに海亀には出会えなかったが、美しいビーチだった。
posted by 城戸朱理 at 06:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

レンタカーでオアフ島一周へ

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翌日は、早朝からバンビとお母さんが、レンタカーを借りに行った。

かねてから、自分で運転してハワイ島を一周したいと言っていた、お母さんのためである。

ところが、カーナビが不調で、交換してもらったりと出発が遅れ、11時半に、ようやくワイキキを出発、北上して、ノースショアを目指す。

さらに、間違ったところでフリーウェイを降りてしまったらしく、気がついたら、パールハーバーに出てしまった。


しかし、結局、13時前には、ノースショアの街、ハレイワに無事、到着。


途中、流水のなかで、さらに散水している畑があったが、何を栽培しているのだろう?
posted by 城戸朱理 at 06:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月28日

レインボー・ステート

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ダイアモンドヘッドから、ワイキキ・パークホテルに戻ると、虹が出ていた。

虹を見ながら、プールサイドでコーヒーを飲む。

ハワイでは、短い滞在であっても虹を見ないということはない。

二重、三重に虹が出ることもあるそうだ。


部屋に戻って、シャワーを浴び、小憩。


雲間から洋上に注ぐ日の光。

そして、日が暮れていく。
posted by 城戸朱理 at 13:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野鳥とシェーブアイス

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ダイアモンドヘッド登山は1時間弱、当然のことながら、下りは登りより楽で、あっという間にクレーターに着いた。

ハワイにしては珍しく湿度が高かったものだから、汗だくになったが、シェーブアイスがとても美味しく感じられる。

シェーブアイスはレインボーとパイナップルをもらった。


ハワイは野鳥が多い。

赤い冠をかぶったような鳥は、何という名なのだろう?
posted by 城戸朱理 at 12:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ダイアモンドヘッドに登る

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ハワイ3日目は、ダイアモンドヘッド登山。

クレーターまでタクシーで行き、ゆるやかな登り道を歩いた。

登るにつれて、眺望が開けていく。


きついのは、最後の急勾配の階段だけで、百段ほどを登りきると、さらに百段ほどの螺旋階段が。

しかし、そこを過ぎれば、ダイアモンドヘッドの頂上で、いきなりワイキキビーチを一望することができる。

私は二度目だが、頂上で風に吹かれる爽快さは、何ものにもかえがたい。
posted by 城戸朱理 at 12:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月26日

ワイキキ散策

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ホテルで荷物をほどいてから、まずはビーチへ。


それから、買い物に出かけた。


まずは、1901年にオープンしたワイキキ最古のホテル、モアナサーフライダーのヴィヴィアン・ウエストウッドへ。

バンビことパンクな彼女は、ヴィヴィアンのミルキーウェイ柄のワンピースを着ていたので、やはり、ミルキーウェイ柄のTシャツを着ていた店員さんと盛り上がる。

結局、バンビはワイキキ店限定のTシャツをゲット。

さらにお母さんは、探していたバッグをPRADAで購入。


私のお目当ては、何よりもビールとバーボンである。

ABCストアで、ロングボード・ラガー半ダースとジャックダニエルズを買った。

ABCストアは、ワイキキのあちこちにあるが、品揃えは店によって、だいぶ違う。

ワイキキ・パーク・ホテルに近いABCストアは、近所にコンドミニアムが多いせいか、デリまであった。

デリは、各種サンドイッチから、クラムチャウダーやチキンヌードルスープ、マグロのポケ、フライドチキン、さらにはステーキまで目の前で焼いてくれるという充実ぶりで、便利だった。

昼食を食べていなかったので、サンドイッチとフルーツも購入。
posted by 城戸朱理 at 10:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ホテル到着

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ホノルル国際空港に到着したのは、午前11時15分。

バンビことパンクな彼女が、あらかじめ予約しておいたチャーリーズタクシーでワイキキに向かう。

通常ならワイキキまで、55〜60ドルはかかるが、チャーリーズタクシーは、チップなしで35ドルの定額なのだとか。


今回は、いつものパークショア・ワイキキではなく、ハレクラニの姉妹ホテル、ワイキキ・パーク・ホテル。


部屋は18階で、オーシャンビュー。

ハレクラニのプールも見える。


シャツと肌の間を通り抜けていく風を感じながら、ラナイで飲むビールは、このうえなく美味い。
posted by 城戸朱理 at 07:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月25日

JALのSAKURAラウンジで

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航空券を予約してからも、バンビことパンクな彼女は、毎日、PCで空き座席を確認し、機内で動きやすい通路側の座席を確保。

さらに、私とお母さんには、ビジネスクラスを予約したというではないか!?

ハワイ往復のビジネスクラスの正規料金は、75万9550円。

大丈夫なのだろうか?

「マイレージが18万マイルも貯まっていたから、大丈夫だよ!
城戸さんが払うのは燃料サーチャージ代の1万円弱だけなんだよ!」


なんと!

それで、バンビはどうするんだ?


「バンビくんはちっちゃいから、エコノミーで大丈夫だよ〜」


かくして、私はハワイまで、ゆったりとビジネスクラスで行けることになったのだった。


ビジネスクラスだと、空港のラウンジも使えるので、フライト前はJALのSUKURAラウンジで過ごすことに。


ラウンジでは軽食も飲み物も無料。

軽食は、ハンバーグやペンネグラタン、点心にスープ、うどんに海老の手鞠寿司、ビーフカレー、中華丼などが用意されていた。

私は、有名なJAL特製ビーフカレーとトマトクリームスープをもらって、スパークリングワインを。

アルコールが無料とは、天国のようなところである(?)。
posted by 城戸朱理 at 16:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

遅い夏休み

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9月は、晴天を見た日が1日か2日しかないほど、長雨が続いた。

さすがに憂鬱になったが、そんなとき、バンビことパンクな彼女が、お母さんとふたりでハワイ旅行を計画していたので、私も便乗して、ハワイで遅い夏休みを過ごすことにした。

及川俊哉『ハワイアン弁財天』のあの一行「そうだ、ハワイが足りないんだ」というわけである(?)。


幸い、マイレージが18万マイル超も貯まっていたので、渡航費はかからない。

ホテル代はお母さんが持ってくれるというので、私が現地での食費を負担することにした。


そのため、京都から戻った翌日、10月17日は、朝から荷物のパッキング。

私は着替えを詰めるだけだから、30分ほどで済んだが、コーディネーター役のバンビはパッキングも大変で、数時間もかかっている。

もっとも、バンビは、ひと月以上前から、航空券の手配、ホテルやレストランの予約で連日、PCに向かっていたのだが。


やはり、旅立つ前は、あわただしい。
posted by 城戸朱理 at 16:07| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月17日

ブログ更新お休みのお知らせ



多忙をきわめた昨年から、ブログの更新もままならぬ状態になっていましたが、ようやく、落ち着いてきました。

今後は、以前と変わらぬペースで更新できると思います。


ただ、都合により、本日から一週間ほどお休みをいただいて、10月24日(火)から更新を再開する予定です。

再開のおりには、また、お付き合い下さいますよう、お願い申し上げます。
posted by 城戸朱理 at 21:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界が抱える問題

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世界の宗教者によるセッションの会場は、南禅寺別荘群の真澄寺別院・流響院。

9時に会場入りし、9時半からセッションが始まった。

まずは、設楽実氏の挨拶。

メンバーは、2000年の国連サミットのときに、初めて世界宗教者会議を企画したディーナ・メリアンさん。

ディーナさんの父親は、アメリカの大手広告代理店、ルダーフィンの創業者で、キッシンジャー元国務長官を始めとして、歴代の合衆国大統領の外交問題にも関わってきたデーヴィト・フィン氏。

ディーナさん自身は、ヒンドゥー教の修行者である。

ディーナさんが立ち上げた団体がGPIWで、その事務局長的な立場にあるマリアンヌ・マスタードさんは、在家のチベット仏教修行者で、最近はスーフィー(イスラム教)の修行もされているという。

それに、「TIME」の「世界でもっとも影響力のある100人」にも選ばれたキリスト教福音派のリチャード・サイズウィック師。

シリア生まれのスーフィー(イスラム教)のイマーム・アラファット師。

トラウマについての研究もされているセリーヌ・ジョーンズさん。

私だけが特定の信仰を持っていない立場だけに、どんなセッションになるか緊張したが、世界は深く病んでおり、私たちは大きな時代の転換期を生きているというのが、セッションから私が得た結論だった。

イマーム師が語るシリアの現状と難民の現実の重さ。

アメリカ社会を、私たちの想像以上に蝕んでいるドラッグと女性への性的虐待。

出席者のなかには、息子さんを23歳という若さで、ドラッグで失ったという方もいた。

ニューヨークでは、25〜40歳の男性の死亡率が高いことを「ニューヨーク・タイムズ」が報じたそうだが、死因はドラッグによるものだという。


興味深かったのは、セリーヌさんが、コネチカットで性的虐待を受けた女性グループのセッションをしたときの話で、
3か月、セッションを続けても誰も何も語らなかった女性たちが、ある日、一冊の自由詩の詩集をきっかけに、みんなが語り始めたというものだった。

詩には、そういう力があるのだろう。


途中、昼食の時間を挟み、セッションは夕方まで続いた。

途中、同時通訳が聞こえなくなることもあって、英語のなかに一日中いたものだから、問題の重さと相まって、終わったときには、異様な疲労感を覚えた。
posted by 城戸朱理 at 09:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする