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城戸朱理のブログ: 日記

2017年04月18日

海北友松展@京都国立博物館

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ロケが終わり、井上春生監督は奈良の実家へ。

私とバンビことパンクな彼女は、別件の打ち合わせがあったので、延泊した。

打ち合わせは、12日だったので、11日は、京都国立博物館の開館120周年記念特別展覧会「海北友松」へ。


浅井家の家臣の家に生まれながら武士を捨て、晩年は画業に専念した海北友松は桃山時代の巨匠だが、最初は狩野派に学んだ。

だが、次第に狩野派の色合いは消え、友松独自の画境を開いていく。

それが、よく分かる展示で、省略が多く、余白に広々とした空間が開けていく減筆法は、画の世界の中に誘われているかのようだった。


建仁寺を始めとする障壁画の迫力たるや、尋常ではない。

今回は、友松の最高傑作とされるアメリカのネルソン・アトキンズ美術館所蔵の「月下渓流図屏風」も展示されていたが、その静けさは、時を忘れるほどだった。


京都国立博物館の広い前に庭は、桜が満開。

海北友松展をゆっくり観たあとは、桜を見ながら散策した。
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2017年04月17日

俳句披露

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最後に、この2日間で書いた俳句を、高柳克弘さん、神野紗希さんが披露し、批評しあう様子を撮影した。

互いに講評しあうわけだが、神野さんによると、普段は夫婦間て批評しあうことはないので、新鮮なのだとか。


どちらかというと、神野さんが高柳さんの評をうかがうという感じになるのだが、この場面は、毎回、面白いので、番組担当の平島進史さん、松浦梓さんも楽しみにしていたらしい。


場所は、かつて川端康成が滞在して『古都』を執筆した観月亭。

それぞれ、3句ずつを披露してくれたのだが、ふたりとも「眠る子」を題材にした句を詠んでいるあたりに、母であり、父であることの姿が見えるような気がした。
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白妙桜の下で

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午後は、高柳克弘さんと神野紗希さんが別行動。

高柳さんは、部屋にこもって句作、神野さんは、また庭を散策しながら句作する。


流響院に桜の木は少ないが、山桜と染井吉野が満開。

白妙桜も紅を掃いたような蕾をふくらませ、一、二輪だけ咲いていた。


神野さんのインタビューを撮影して、庭の撮影は終了。
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神野紗希さんの好きな場所

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流響院の池には、琵琶湖疎水の水が引かれている。

そして、茶室なら蹲(つくばい)の水音が、庭の奥なら小川のせせらぎが、母屋の前なら滝音が、というように、場所によって聞こえる水音が違う。

滝は二段になっているが、その前に斜めになった松が配され、滝そのものは見えない。

唯一、滝を見ることができるのは、池の飛び石からで、気づくと神野紗希さんが、その位置の飛び石に座っていた。


神野さんが、流響院で、いちばん好きな場所だというが、滝を見ながら、どんな句を考えているのだろうか。
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親子で流響院へ

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京都の南禅寺別荘群のなかにある真澄寺別院・流響院を舞台とするコンテンツ「H(アッシュ)」の高柳克弘・神野紗希篇は、2015年の初夏に始まり、秋篇を撮ったあとで、神野さんの妊娠されたことが分かった。

妊娠中にもかかわらず冬篇を撮影して、2016年の2月に出産されたので、最後の春篇の撮影を今年に延期することにしたのだが、なんと、番組撮影中に家族が増えるというドラマチックな展開に。

4月10日(月)は、親子3人の姿をカメラに収めるべく、一歳になったばかりの純くんも流響院に来てもらった。

純くんの世話をするため、神野さんの御両親も来て下さったので、心強い。


「近代庭園の祖」七代目小川治兵衛による池泉回遊式庭園を3人で歩いてもらう。

純くんは、砂利が気に入った様子だったが、普段、触れることがないからだろう。

高柳さんの表情も、父親のそれである。
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2017年04月16日

愛媛あるある?

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京都ロケのときは、ヘアメイクは、有路涼子さんにお願いしているが、今回は有路さんが映画撮影でスケジュールが合わなかったため、先輩の立花美香さんを紹介してくれた。

有路さんの先輩だけあって、立花さんも上手い。

この立花さんが、神野紗希さんと同じく愛媛出身であることが分かり、江戸川では「愛媛あるある」で異様に盛り上がることに。


「別に相手を否定するわけじゃないんだけど、相手の話が終わる前にかぶせて話し始めてしまうんですよね」と紗希ちゃん。

「そう、そう」と立花さん。


ふたりに挟まれて、苦笑する高柳さんが、あまりに面白かった。
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下鴨神社から糺の森へ

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昼食のあとは、下鴨神社へ。

高柳さんと神野さんは、満開の山桜の前にしばらく佇んでいたが、どんな句が生まれるだろうか。

下鴨神社では、何組も結婚式があったようで、新郎新婦が記念撮影をしていた。


下鴨神社にお詣りしてから、糺(ただす)の森で、高柳さん、神野さんが別れて、吟行へ。

正岡子規の没後に、京都を訪れた夏目漱石は、糺の森で、「春寒の社頭に鶴を夢みけり」と詠んだが、高柳さんは、この句が気になっていたらしい。

「鶴」とは、子規のことだろうか。

それとも、未来の自分なのだろうか。


漱石は「京に着ける夕」という随筆で、かつて子規と訪れた京都をひとりで旅しながら、子規に想いを馳せたが、「京都はよくよく人を寒がらせる所だと思う」と書いている。


この日も、まさに「春寒」の、寒い一日だった。
posted by 城戸朱理 at 08:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鞍馬寺吟行

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4月9日(日)。

高柳克弘さん、神野紗希さんの撮影は、鞍馬寺から始まった。

仁王門前の阿吽の虎を、まずは神野さんが撮影。

虎は、鞍馬寺の本尊、毘沙門天の使いである。


鞍馬寺といえば、牛若丸(源義経)が修行したところとして名高いが、不思議な寺だ。

日本仏教は、13宗56派を数えるが、かつては天台宗に属していた鞍馬寺は、独立して、鞍馬弘教の総本山。

山上の本殿金堂には、毘沙門天、千手観音、護法魔王尊が祀られ、この三尊を一体とみなして「尊天」と呼び、本尊とする。

護法魔王尊は、鞍馬寺固有の尊格ではないだろうか。

ケーブルカーで中腹まで行ってから、長い登りが続いたが、古代には修験の山であったに違いない。

そこから、天狗の伝承も生まれたのだろう。

句材を探して、高柳さん、神野さんは、あちこちで立ち止まり、メモを取ったりしていた。
posted by 城戸朱理 at 08:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月14日

水原紫苑さんのノート

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桜の季節の京都を舞台に、水原紫苑さんが短歌を詠むドキュメンタリー「H(アッシュ)」は、今年で3本目になる。

水原さんは、毎回、新しいノートを用意して吟行に臨むが、今回は着物によく映える桜色のノートだった。

ロケの2日間に生まれた短歌は、なんと50首近い。

これから取捨選択して、推敲もされるわけだから、最終的には30首ほどになるのかも知れないが、短歌を書き始める、まさにその瞬間、水原さんは中空を見つめ静止する。

それから、おもむろに筆を取り、短歌を書き始めるのだが、その姿は、憑代(よりしろ)のようでもある。


磐座(いわくら)や神籬(ひもろぎ)に降り立ちながらも、すぐさま世界の背後に退く神が、水原さんの身体を借りて残したものが、水原紫苑の短歌なのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 12:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大原、三千院

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京都、北東山の大原にある三千院は、青蓮院、妙法院と並ぶ天台宗の三門跡寺院。

門跡とは皇族や公家が住職をつとめた寺院で、その住職や寺格も指す。

開基は伝教大師・最澄、本尊は薬師如来。


水原紫苑さんは、お母様が亡くなられる前に、三千院の極楽往生院の阿弥陀三尊像を、桜が散るころに訪れ、お堂のなかに散り敷く桜の花びらを見て、母の死の予兆としか思えない歌を詠んだことがあるそうだ。


三千院では、まずお抹茶をいただきながら、庭を見る水原さんを撮影し、さらに極楽往生院で作歌する水原さん、さらにインタビューを撮影した。


思い出深い場所に立って、水原さんが詠んだ歌は、透明でありながら、異界に誘われるかのような怖さもあって、私は、ひどく遠いところに来てしまったように思った。

それは、この世に生をうけたならば、必ずや、いつか至る場所でもあるのだが。
posted by 城戸朱理 at 12:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

留守番犬???

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鴨川べりで撮影したあとは、大原の三千院に向かった。

この日は、カメラ2台、カメラマン2人の2カメ。

井上監督とカメラの安田さん、おおしまさんがロケハンする間、水原紫苑さんには駐車場で待機してもらった。

三千院の駐車場にいたのが、留守番の芝犬。

愛犬家の水原紫苑さんが喜んでいたが、張り紙が、あまりに面白かった。
posted by 城戸朱理 at 07:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

目立ちすぎる男

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この日の井上春生監督の出で立ちは、フランスのル・マンで買った赤のブルゾンと台湾ロケのときに買ったフランスはパラディウムの赤のスニーカー。

日本人離れした風貌と相まって、とにかく目立つ。


「監督、日本人に見えないなあ」と水原紫苑さんは笑う。

たしかに、イタリア人と言っても通りそうだ。


バンビことパンクな彼女は「このチームは男のほうが派手で目立つね!」と面白がっている。


私は、ごく当たり前にネイビーのジャケットだったのだが、イエローのビタミンカラーのトレンチコートを羽織っていたからだ。

アルマーニのものだが、光沢のあるナイロンだから、余計に目立つ。


ロケのときは、井上監督とカメラの安田さん、制作の赤塚さんがトランシーバーで連絡を取りながら進めるのだが、誰がどこにいるか、ひと目で分かるように目立つ格好のほうが、便利だったりするのだ。
posted by 城戸朱理 at 07:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

満開の桜の下で

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撮影は、いつも朝早くから始まる。

とくに女性が出演者の場合は、ヘアメイクに一時間はかかるし、水原紫苑さんの場合は、着物だから、着付けの先生に出張してもらって、メイクのあとに着付けをしてもらうため、出発の2時間前から、準備をしなければならないからだ。


4月8日(土)に、準備が整って、最初に向かったのは、鴨川べり。

桜は満開だった。


この日の水原さんは、結城紬。

帯は昨日と同じ龍村美術織物のものだが、まったく違って見える。

傘は、宮内庁御用達の前原光榮商店のものだが、これは一昨年のロケのとき、雨に備えて井上春生監督が選んで水原さんに贈ったもので、着物によく合っている。


ここでも、次々と短歌が生まれた。

「戀」という言葉が、たびたび詠み込まれているのが特徴で、それは現身(うつしみ)の恋であることを超えて、現世と幽世(かくりょ)を結ぶものであるようにも思われた。


それは、今までの水原さんの短歌にはなかった、新しいフェーズを示すものではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 06:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月12日

流響院の庭をめぐって

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昼食のあとは、水原紫苑さんに流響院の庭を歩いてもらい、歌を詠んでもらう。

流響院の池泉回遊式庭園には花が少ないが、花曇りのなか、水原さん自身が花のようにも見える。


驚いたのは、庭の裏手に桜を見つけたとき。

まだ二、三分の開花だったが、歓声を挙げて水原さんが走っていった。

水原さん、走れたんだ!?


結局、2時間ほどのロケの間に生まれた歌は、21首。

ほとんど、5分に1首のペースである。


今回の水原さんの歌は、これまでと何かが決定的に違う気がしたが、それが何かは、翌日、明らかになった。
posted by 城戸朱理 at 09:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

水原紫苑さん、流響院へ

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京都に向かう新幹線の車中で、「俳句」に寄稿した関悦司『花咲く機械状独身者たちの活き造り』書評のゲラをチェックし、
さらに「岩手日報」投稿欄の選評2回分を書き上げ、翌朝、若干、推敲してメール。

ほかにも持ってきた仕事はあるが、4月7日(金)から、撮影が始まった。

水原紫苑さんは、緑に映える着物姿で、昼前に真澄寺別院・流響院に到着。


井上春生監督らクルーは、9時から、すでに庭の撮影に入っていた。

昼食を取ってから、本格的な撮影となったのだが、水原さんは今回も凄かった。

次々と短歌が生まれていく。
posted by 城戸朱理 at 08:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月11日

京都、糸屋ホテル

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京都に到着して、烏丸松原の糸屋ホテルにチェックイン、まずは荷物を解いて、明日からのロケに備える。

着替えを始めとする荷物は出来るだけ少なめにしたが、7泊8日の予定だけに、それなりの量になるのは仕方がない。


糸屋ホテルは、この数年、京都の常宿になっているので、備品も分かっているし、スタッフも親切で、快適に過ごすことができる。


お風呂とトイレと洗面所が別になっているのが特徴で、お風呂はバスタブと洗い場が別になっているため、きわめて使い勝手がいい。


吉増剛造さんは、糸屋ホテルだとデスクが広いので、仕事ができるとおっしゃっていたっけ。

番組の企画・監修者という私の立場だと、寝に帰るだけになってしまうのだが。
posted by 城戸朱理 at 09:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月07日

鎌倉の桜

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気づくと、鎌倉は道端にも、あれこれ、花が咲いていた。

桜は、今週末が見頃になるようだ。


例年なら、ソメイヨシノが散るころ、山桜が満開となり、その後で紅が濃いエドヒガンザクラが開くのだが、今年は、ソメイヨシノより先に山桜が開花した。

この時季になると、鎌倉の山々は、あちこちが桜の花で白くけぶるようになる。
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2017年04月04日

澁澤龍彦邸でのパーティー、その3

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澁澤邸では、澁澤龍彦先生のコレクションが至るところに飾られている。

それは、まるで澁澤龍彦という文学者の思考が、外在化したようでもあり、心地よい緊張がある。


ミニマリストとは真逆のありようだが、それが、いかにも澁澤龍彦にふさわしい。


シャンパンやワイン、8本が空き、最後は新保夫妻が持ってきてくれたイチゴを。

新保智子さんが、イチゴをアカシアの蜂蜜で和えてくれた。

龍子さんが、日本酒も出してくれたので、私は、小山冨士夫さんのぐい呑みをリクエスト。

以前は、小山さんから贈られたという古唐津の盃を使わせてもらったことがあるが、今回は、小山さん自作の色絵盃である。


澁澤龍彦先生はウィスキー派だったそうだが、龍子さんはワイン派。

それでも、必ず、ビールと日本酒も用意して下さっているのが、嬉しい。
posted by 城戸朱理 at 14:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

澁澤龍彦邸でのパーティー、その2

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澁澤龍子さんが乾杯のために出して下さったのは、モエ・エ・シャンドン。

新保智子さんは、シャンパンで乾杯すると、幸せな気分になるとおっしゃっていたが、まったく同感である。


そして、龍子さんの手料理が並ぶ。

タコのマリネ、鶏肉のゼリー寄せ、海苔で覆われているのが、マグロとアボカドのマリネ。

山菜のうるいと浅蜊のむき身のヌタ。

写真は撮り忘れたが、つくしもあった。

澁澤邸でのパーティーも恒例になっているので、龍子さんのつくし料理をいただくと、春になったのだなと思う。


龍子さんの手料理のあとは、私の担当である。

まずは、ミスティカンツァにホタルイカと空豆のアンチョビ風味を出し、続いてコッコ・バン(鶏の赤ワイン煮)。

ミスティカンツァは智子さんに好評で、コッコ・バンは、酒井忠康さんが「感動的な味だ」とおっしゃって下さった。


メンバーがメンバーだけに、美術から音楽、そして文学と話題は尽きない。

笑い声が絶えないパーティーになった。


コッコ・バンのあとは、パルミジャーノ・レッジャーノを大量にすり下ろしてスパゲッティ・カルボナーラを作り、さらに和牛ミスジ肉のステーキを焼く。

ステーキには自宅で作ってきた赤ワインソースを添えた。
posted by 城戸朱理 at 09:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

澁澤龍彦邸でのパーティー、その1

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澁澤龍子さんから、春のホームパーティーのお誘いがあったのは、ひと月ほど前のこと。

今回は、政治学者の御厨貴夫妻をお招きして、文芸評論家の新保祐司夫妻が集うということだったので、バンビことパンクな彼女が龍子さんと相談して、4月1日に決まった。

ところが、御厨先生が急なお仕事で都合がつかなくなったため、前夜に龍子さんと手分けして、別の方に声をかけてみることになり、私はフェリスの島村輝教授をお誘いした。

幸いにも島村先生が参加してくれることになったので、北鎌倉の侘助で待ち合わせて、澁澤邸に向かう。


山を背負った澁澤邸は、いつもと変わらず、澁澤龍彦先生がいらしたときのまま。


龍子さんが、お誘いしたのは英文学者の富士川義之さんと世田谷美術館館長の酒井忠康さん。

新保祐司さんと智子さんが4時すぎに到着し、総勢8人のパーティーが始まった。
posted by 城戸朱理 at 09:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする