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城戸朱理のブログ: 詩

2018年12月11日

追悼 入沢康夫先生



「幻を見るひと」のロードショーも終わりに近づいた11月29日に野村喜和夫さんからメールで、
さらには田野倉康一くんから電話で、入沢康夫さんが亡くなられたという連絡があった。


入沢さんが亡くなったのは、10月15日。

ご家族だけで密葬を済ませてから、連絡をとられたらしい。


その日のうちに「現代詩手帖」から追悼特集の原稿依頼が、翌日には、共同通信と毎日新聞から追悼原稿の依頼があった。


12月2日は、「幻を見るひと」ロードショーの最終日で、私は上映後のトークに出演しなければならなかったが、
午前中に共同通信の追悼原稿を書き上げてメールし、
さらに恵比寿ガーデンプレイスの東京都写真美術館に向かう湘南新宿ラインの車中で、
「岩手日報」元日朝刊に掲載される「日報文芸」の選評を執筆。

翌日、共同通信のゲラをチェックし、先週、配信された。


わが家には、入沢康夫さんの手製本がある。

これは、『死者たちの群がる風景』を、入沢さん自身が、理想とする組み方で編んだもので、限定一部の私家版。

30年ほど前に、入沢さんのお宅にうかがったときにいただいたものだが、この私家版のことは、「現代詩手帖」に詳しく書きたいと思っている。



御冥福をお祈りいたします。
posted by 城戸朱理 at 17:16| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月03日

新詩集に向けて



昨年末から今年初めにかけて、噴火するかのように書き下ろした170余篇の詩篇を少しずつ見直しては、推敲の手を入れ始めた。

来月なかばからは、まとまった時間が取れるので、かねてから準備していた長篇詩の書き下ろしにも着手できるだろう。


それらの詩篇は『火山系』『水都』『白鳥伝説』の三冊に揺らぎながら結実していくはずなのだが、版元も決まり、装幀に思いがけない美術家を提案された。

どんな造本になるのか、私自身、夢を見るような気持ちでいるが、しばらくは、推敲をしながら清書をして、詩に没頭したい。
posted by 城戸朱理 at 00:42| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月17日

「詩とファンタジー」別冊・まるごと林家木久扇

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故やなせたかし氏の監修のもと、抒情詩とイラストレーションを組合わせた誌面で刊行されてきた「詩とファンタジー」の別冊として林家木久扇師匠の特集が刊行された。


題して「まるごと林家木久扇」。


巻頭の「木久扇の落語十選」は、なんと木久扇師匠が選んだ十の演目を、谷川俊太郎さん、吉増剛造さん、三木卓さん、荒川洋治さんらが詩にするというもので、「詩とファンタジー」投稿作品の選考に当たってきた蜂飼耳さんと私も参加している。


さらには木久扇師匠による「わたしの出会った名人たち」や師匠と漫画家のちばてつやさん、女優の水野真紀さんとの対談など盛りだくさんの内容。


落語好きなら必携の一冊だ。
posted by 城戸朱理 at 08:34| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月13日

鋼鉄のようなリズムで、その2

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昨年末から今年初めにかけて、一気に書き下ろした170余篇の詩を、推敲しながら清書して詩集にまとめる作業をしなければならないが、一方で、まったく違う詩を考え始めている。


ジム・ジャームッシュ「パターソン」のレビューのオリジナル原稿を、このブログにアップしたのがきっかけとなって、原成吉訳編『海外詩文庫 ウィリアムズ詩集』を渡航前に再読していたせいもあるだろう。

ハワイに着いてから、「タフな鋼鉄」のような語りで成り立つ詩を夢想し始めた。


そんなとき、ささやかだが、思いがけない出合いがあった。

カハラモールの「THE REFINERY」という雑貨屋で、ユニコーンが表紙になったクロース張りで背革、三方金の、まるで書物のようなノートを見つけたのだ。

言うまでもなく、ユニコーンは、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの長篇詩『パターソン』の重要なライト・モティーフのひとつである。

私には天啓だった。


詩集をまとめるかたわらで、このノートに、具体的な日常から汲み上げた「タフな鋼鉄」のようなリズムの詩を書いてみよう、突然、そう思ったのだ。

たんなる偶然が、こんなふうに意味を持つこともある。


アラモナアセンターに行くたびに必ず立ち寄るパピルスという店がある。

ここは、凝ったカードやレターセットなどの文具を扱う店なのだが、パピルスでもクロース張りでユニコーン柄のノートを見つけた。

こうなると、偶然とは思えない。


日本語には抑揚はあるが、英語のようなアクセントが織り成すリズムは存在しない。

私の考えている詩が、どんな形を取るのか、まだ分からないし、今はまだ、頭のなかで、いくつかのフレーズが反響しているだけだが、このノートで詩作を試みてみたいものだ。
posted by 城戸朱理 at 08:49| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月12日

鋼鉄のようなリズムで、その1

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メインランドとは違う独自性を持つとはいえ、ハワイもアメリカである。

メディアには、作られた楽園のイメージばかりが氾濫しているが、リゾートホテルが林立するワイキキ・ビーチをわずかに離れるだけで、ホームレスの多さに驚かされることになる。

ドラッグをやっているとしか思えない危ない人間も目についたが、私の滞在中にも日本人観光客が襲われる事件があった。


5月28日、アメリカのメモリアルデイ(戦没者追悼記念日)。

ウォールアートで知られるカカアコは、SNS映えするので、観光客に人気だが、日本人観光客が公園のトイレに入ったところで、違法薬物を使用していた四人の男と行き合わせ、歯が折れるほど殴打されたうえ、首を絞められて気絶し、重体になった。

ニューヨークなら地下鉄のトイレなど危なくて入れないのが現地の常識だが、ワイキキのような世界的観光地でさえ、一歩、裏道に入ったら何が起こるか分からない。

ハワイもまた南国の光のうちに、病んだアメリカを抱えてもいるのだ。


生活空間にスティールが目につくのも特徴で、いかにも頑丈そうなうえにゴツい。

横断歩道の歩行者信号用のボタンもスティールならば、灰皿ポッドもスティールである。


こうしたものに接しながら暮らしていると、話し言葉もタフなものになるのかも知れない。

ふと、アレン・ギンズバーグがウィリアム・カーロス・ウィリアムズの詩に触れながら語った「タフな鋼鉄」のような話し言葉のリズムというフレーズを思い出した。
posted by 城戸朱理 at 08:35| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月05日

落語を詩に???



かまくら春秋社の伊藤玄二郎社長が、「詩とファンタジー」別冊・林屋木久扇特集で、師匠が選んだ八つの落語を詩にする「落語を詩で読む」というページを企画した。

面白いが、いざ落語を詩で書くとなったら、大変かも知れない。


吉増剛造さんへの打診を頼まれたので、FAXしたところ、吉増さんが選んだ演目は「まんじゅうこわい」。


谷川俊太郎さんは「初天神」、三木卓さんは「鮑のし」と早々に演目を選ばれたが、先輩詩人のみなさんが、落語に親しまれているのは、意外だが楽しかった。


詩は、自らの内なる声にしたがって書くものだが、こうした依頼は、思いがけない新たな言葉の扉を開くことがある。


ところが、今回の落語詩の執筆者のうち、私が最年少。

伊藤さんに「城戸さんは、最後に残った演目をお願いします」と言われていたのだが、案の定、最後に残ったのは、これがいちばん難しいだろうと思っていた「たがや」だった。


江戸時代から続く演目だが、噺家によって結末が違う。

舞台は両国、夏の花火大会。

花火が上がるように、最後に宙に舞う首は、武士のものなのか、それとも町人のものなのか。


立川談志師匠の「たがや」の結末がオリジナルだとも言われている。


ひさしぶりに落語を聞こうと思って、「昭和の大看板」古今亭志ん生のCDを出し、「火焔太鼓」を聞いて笑っていたら、いつの間にか「たがや」のことは、すっかり失念していた。

いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 20:30| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月07日

執筆開始!

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3月1日に、浅草の満寿屋に注文した原稿用紙1000枚が届いた。

万年筆と相性がいい長期乾燥の中性紙、罫はグリーンを指定した。


これから、この原稿用紙に、170篇に達した草稿を推敲しながら清書するとともに、構想している長詩の書き下ろしを試みることになる。


おそらく、『火山系』『水都』『白鳥伝説』とかねてから書き継いできた三冊の新詩集とともに、四冊目となる新たな詩集が立ち上がりつつあるのかも知れない。


今はまだ、静かな興奮のなかにいるので、自分でも定かではないが、清書を始めるのが楽しみだ。
posted by 城戸朱理 at 12:03| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月23日

連詩第三弾、完成



高貝弘也、広瀬大志、田野倉康一、城戸朱理による連詩第三弾は、「現代詩手帖」1月号作品特集に各自が発表した詩のタイトルから始まるものだったが、新年会を前に「新しい心」(城戸)、「TUKISARA」(田野倉)が完成。

2月19日に「塔との闘い」(広瀬)、20日に「半色/紙背の子」(高貝)が完成し、全四篇が書き終わった。


これで四人による連詩は24篇になったが、プリントアウトしてみたところ、予想外のボリュームで大志くんが驚くほど。


連詩の最中は、詩の言葉に向けて前傾姿勢でいるため、田野倉くんは連詩が引き金となって昨秋、1200行に及ぶ新作を書き上げたという。


本人によると12年ぶりの詩の訪れだったそうだが、私も昨年の12月8日から発火した詩作が今月まで続き、170篇に達した。

私の場合は、自分の詩作のかたわらで14篇の連詩に参加したことになるが、連詩によって新たな詩の言葉が生起するところもあったのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 11:08| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月13日

詩集を編むために



昨年の12月8日に発火した詩作は、2月8日の段階で164篇に達したが、ついに一篇も書かない日がやってきた。

2月9日がその日で、詩の噴火は、二ヵ月続いたことになる。


これからは目次立てを考えながら、『火山系』『水都』『白鳥伝説』三冊の詩集の入稿原稿を完成させるのが目標となる。


清書のため、浅草の満寿屋に原稿用紙1000枚を注文した。

推敲しながら清書をしていくだけで500枚ほどは使ってしまうだろうから、今年のなかばに、また1000枚注文しなければならなくなるかも知れない。


とりあえず、160篇を超える草稿はある。

しかし、詩を書いただけで、一冊の詩集が立ち上がるわけではない。

立ち上がった言葉が、詩語として、あるいは詩行として光を放ち、濃い影を落とすためには、熱い構造が必要となる。


鉄を打つように、さらに詩を書く日が近づいているようだ。
posted by 城戸朱理 at 10:30| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月29日

書き下ろし詩篇、150篇に



昨年の12月8日から書き始めた詩篇は、12月27日に100篇に達し、一段落したつもりでいたのだが、その後も沸き上がるままに書き止めた草稿が増え続け、1月28日には150篇を超えた。


カウントはしていないが、おそらく総行数は、4000行を超えているのではないだろうか。

もちろん、草稿なので破棄するものもあるだろうし、改稿するものもあるだろうが、これだけ集中して詩作と向かい合えたことに自分でも驚いている。


この草稿群は『火山系』『水都』『白鳥伝説』三冊の新詩集を構成するものとなるのだが、私さえ気づかぬうちに別の新詩集が始まっているのかも知れない。


2月からは、構想している長詩の書き下ろしを始めるとともに、鉄を打つように三冊の詩集の形を作っていきたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 08:21| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月19日

空の色が変わっていく

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今年はラニーニャ現象の影響で、積雪も多いし寒さも厳しい。

降雪こそ、いまだにないものの、鎌倉でも昨年とは比較にならない寒さが続いている。


だが、1 月16日は、やや寒気がゆるんだ。


年が明けてから、何度も海岸に足を運び、漂流物を撮影していたが、紙焼きを整理をするかわたらで、ときおり、耳を澄ますことがある。

まだ、どんなささやきも書き留めてはいないのだが。


夕方、長谷から由比ヶ浜に出て、漂流物を探したり、貝殻を拾ったりしていたのだが、澁澤龍彦さんが石笛と呼んだ穴のある石が、目についた。

小さな貝が棲みついて、穴を開けた石である。


海辺の夕暮れの空の変化は、日によってまったく違う。

そして、空の色が昼から夜へと移り変わっていく夕暮れ時は、波が引いた水面にまで空が映り、夢幻のような景色が現れる。


どんなに寒い日でも、海岸には海を眺めている人がいるが、誰もがただ立ち尽くす時間。

思わずカメラを向けることもあるが、その景色はすぐに消えてしまう。



自分でも何を考えているのか分からない。

むしろ、言葉まで海風にさらわれてしまったような時間を過ごしているのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 10:32| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月15日

高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一・城戸朱理による連詩、第二弾完成!



年明けから加速した連詩は、高貝くん出題の「滝」に続いて、大志くん出題の「予言」が1月14日に完成し、全10篇となった。

去年、書いた連詩と合わせると、20篇になる。


この連詩はメールで進められ、バンビことパンクな彼女がPCで原稿をまとめてくれているのだが、連日、詩が行き交うものだから、バンビも音を上げるほど。

これから四人で、どういう形態で発表するか相談することになるが、他者の詩を受けて、新たな詩を考えるのは、スリリングな経験だった。


一方、昨年の12月8日から始まった私自身の詩作も、ペースは落ちたものの、いまだに続いており130篇を超えた。


2月には新たな書き下ろしとともに、『火山系』『水都』『白鳥伝説』三冊の新詩集の入稿原稿を完成させたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 11:59| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月14日

激しい海風のなかで

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前夜から強風が吹き荒れていた1月10日。


私が『漂流物』にまとめたテクストを最初に書き始めたのは、台風の翌日に由比ヶ浜から材木座海岸に打ち寄せられた漂流物を見てからだったので、
こんなに風が強い日は、たくさん漂流物が打ち寄せられているかも知れないと思って海岸に行ってみた。


潮が引いた海は、いつもより砂浜が広く、風紋を変化させながら、砂が舞っている。


波が次々と押し寄せ、すべてをさらっていったようで、由比ヶ浜には漂流物は、ほとんど見あたらなかった。


吹き飛ばされそうな強風のなかを歩き回ったおかげで、体熱を激しく奪われ消耗したが、密着した牡蠣の貝殻が目についた。

見たこともない巨大な牡蠣で、見慣れたサイズの5倍以上はある。

海の底で10年、20年と静かに大きくなっていったのだろう。
posted by 城戸朱理 at 09:56| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月12日

由比ヶ浜を散策しては

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1月7日もカメラを持って海岸に出かけた。

いつもと違う道を通ると、民家のなかに新しいパン屋で出来ていたりするのが、鎌倉らしいところだろう。


寒さは厳しいが、由比ヶ浜には若い観光客が多く、夢中で貝殻を拾っているカップルが目についた。


私は漂流物を見つけるとカメラに収め、バンビことパンクな彼女は、空や波の様子を撮影している。

貝殻に混じって、江戸時代の古伊万里の欠片があったりして、海辺は過去の暮らしの名残りが感じられた。

現像に出し、紙焼きを眺めながら、漂流物のささやきに耳を傾けては、それを書き記す日が、いつか、また来るのだろうか。


この日は、水平線に接する空が優しい色の層を作り、春の気配を少しだけ感じることができた。
posted by 城戸朱理 at 09:02| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

ひと月間の詩作



12月8日から書き始めた詩は100篇に達したところで、いったん止めたのだが、その後も、詩が湧出するものだから、書き留めていたら、ちょうどひと月たった1月8日の段階で120篇を超えた。

いつまで続くのか、私にも分からない。



一方、高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一3氏との連詩は、現在、田野倉くん出題の「鉄道」が進行中で、
これが完成すると、あと2篇で10篇となるので、昨年の10篇と合わせて、何らかの形にしようと思っている。
posted by 城戸朱理 at 19:24| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月06日

漂流物を探して

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1月2日と3日は、長谷から由比ヶ浜に出て、漂流物を探して歩いた。


海風は冷たいが、海岸は、若いカップルや犬を散歩させる人で賑わっている。



穏やかな天気が続いたので、東南アジアや中国からの漂流物は見あたらなかったが、
それでも江戸時代の古伊万里の欠片や子供の小さな靴など、生活の名残りが聞こえるものが、打ち寄せられていた。


海は満潮で、砂浜には海水のプールができて、見たことのない景色が広がっている。


雲が夕焼けに染まり、刻々と変化していく様が、あまりに美しかった。
posted by 城戸朱理 at 12:36| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月05日

連詩で始まった新年



昨年と同じく、元旦から詩が行き交う新年となった。


高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一・城戸朱理による連詩は、元旦に短歌をめぐる連詩が完成、さらに私が新年連詩として出題した神社をテーマとする連詩も、元旦のうちに出来上がったのだが、なんと田野倉くんの出題は「日本正教会」。



私たちは、キリスト教というと、ローマ法王を頂点とするカトリックとプロテスタントのふたつの宗門を連想するが、正確には世界のキリスト教会は、ローマン・カトリック、プロテスタント、英国国教会、東方教会の四つに大別される。


東方教会はギリシャ正教とも呼ばれるが、ギリシャ、中東、東ヨーロッパの諸教会を指し、日本正教は、その流れを汲む教会で、お茶の水のニコライ堂が名高い。



しかし、この連詩も2日には完成し、次は高貝くん出題による「生 食 性」と、またまた難しいテーマに、連詩はさらに発火。


高貝くんが「肉がめっきり食べられなくなった/あんなに鶏肉が好きだったのに」と本音を吐露したりして、これは私たちの老いをテーマとするものにもなった。


4日からは、大志くん出題による「そして生きる」の連作が続いている。



連詩のかたわらで、自分自身の詩作も続いており、詩とともに始まる年となった。
posted by 城戸朱理 at 10:17| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月30日

同人誌「金枝篇 THE GOLDEN BOUGH」創刊に向けて



和合亮一氏から提案され、この数年の間、暖めていた企画がある。



和合亮一氏が同人誌をやりましょうと言いだしたのは、東日本大震災の年の12月のことだった。


それは、今にして思うと、大震災がもたらした日常の亀裂から噴出した危機に促されたものだったのだろう。


その後、機会があるたびに打ち合わせを重ね、今年の10月に一緒に宮城県の被災地を訪ねたあと、私の提案で誌名が決まった。

「金枝篇 THE GOLDEN BOUGH」という誌名には、かりに都市が崩壊したとしても、新生を担う民俗社会のエネルギーを汲み上げていきたいという意図がこめられている。

それは和合氏なり、私なりの、これからの詩の方位を示すものでもあるのだろう。


実は、和合くんと同人誌をやることになったと松尾真由美さんに言ったところ、「何を今さら」と本気で笑われたが、この想いは切実なものがあって、
ジャーナリズムでは決して明らかになりえない諸問題を避けることなく、詩と向かい合うためには、どうしても「金枝篇 THE GOLDEN BOUGH」という場が必要だったというしかない。

「現代詩手帖」の前編集長だった亀岡大助氏が、編集協力に名乗りをあげてくれたので、心強い。


現在、和合氏も私も創刊号に向けて、長篇詩などの準備をしているところだが、来年のうちに「金枝篇」は実現することになるだろう。
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2017年12月28日

書き下ろし詩篇、百篇に



12月27日に、今月8日から書き続けてきた新詩篇が、ついに100篇を超えた。

「現代詩手帖」作品特集に寄せた新作「新しい心」と合わせると、今月だけで102篇の詩を書いたことになる。

101篇の書き下ろしは、あくまでも草稿だから、これから推敲を重ねていくことになるが、『火山系』『水都』『白鳥伝説』は少なからぬ既発表作品もある。


今回の書き下ろしと合わせると、3000行を超え、4000行に近づいているだろうから、詩集に向けての準備が整ったのは間違いない。


年が明けたら、清書しながら構成を考え、さらに長篇の新作を書き足して、入稿原稿を完成させたいと思っている。


そして、この三冊の原稿が完成したら、今度は『書物』(仮)の書き下ろしに着手することになるだろう。
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2017年12月25日

詩の噴火!



脳が沸騰している。

12月8日から書き始めた詩篇は、24日に80篇を超えた。

毎日、詩作に向けて前傾姿勢でいるものだから、疲れ方も尋常ではない。


身体は別に異常はないのだが、脳が疲れているのを感じる。


とりわけ、批評や随筆、あるいはメールなど散文を並行して書くと、さらに疲労感が深くなるようだ。


だが、止まらない。


『火山系』の諸篇を書いているからというわけでもあるまいが、詩が噴火している感じなのだ。


とりあえず、百篇を目指してみようと思ったら、バンビことパンクな彼女が、



「限定する必要はないんだよ!
この際、千日書き続けてみたらどうかな?
詩の千日回峰だよ!」
!!!!!!


千日といったら、ほぼ3年ではないか!

一瞬、気が遠くなったが、千日書き続けてみたらどうなるのか、ひそかに試してみたい気もする。
posted by 城戸朱理 at 11:24| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする