サーチ:
キーワード:
Amazon.co.jp のロゴ
城戸朱理のブログ: 詩

2017年12月14日

詩が生まれるとき



気がついてみたら、ここしばらくの間に書いた詩が、20篇を超えている。

12月3日に「現代詩手帖」1月号作品特集のために新詩篇「新しい心」を書いたのだが、その4日後から、いきなり詩に見舞われるようになった。

7日に3篇の新作を書いたのだが、それ以来、毎日、詩を書く日が続き、11日には5篇、12日には7篇を書いている。


これは一週間ほどで『地球創世説』や『世界-海』を書き切ったときのペースに近いが、詩想が沸き上がるままに書き留めた草稿である。

しかも、いくつも並行して手がけている連作のうち、最初の一行で、これは『火山系』の一篇、これは『白鳥伝説』、または『水都』の一篇と方向性が定まるようだ。



年末進行の締切も山を越えたが、それでも書かなければならない原稿はある。

10日も、日曜日なのに夜の10時までかかって、私が監修するCS放送の構成台本を書いていたのだが、締切があろうが、なかろうが、詩が浮かんだときは、まず書き止めるようにしている。



目下のところ、いちばん急がなければならない原稿は、『現代詩文庫 和合亮一詩集』の解説。

思うところがあって、レイモン・ルーセルのことを調べている。


そして、次の締切は俳誌「鬣」に寄稿する西躰かずよし句集『窓の海光』書評。


さらに年明け締切の「表現者」のT.S.エリオットについての評論が20枚なので、年内のうちに準備に入らなければならないだろう。


また、高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一くんとの連詩も続いており、高貝くんが出題した各自が短歌一首を選んで、オマージュを書くという連詩が、まもなく完成するところである。



そうした仕事を縫って、どれだけ新詩篇が生まれるのか。

今は詩神に身を委ねるばかりである。
posted by 城戸朱理 at 10:35| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月05日

言葉を構成するものと詩の関係について



言葉というものは、最初に音声があって、意味が共有されるようなり、さらに時代が下って文字に象られたわけだが、その成り立ちを考えるまでもなく、言葉は、文字という形象と音声と意味、つまりは形・音・義の複合によって成立している。


詩もまた、言葉によって作られるわけだから、「20世紀のオデュッセウス」エズラ・パウンドは、言葉の構成要素に着目して、詩を次の三つに分類した。




フェノポエイア、言葉の形象性による詩。



メロポエイア、言葉の音楽性による詩。



ロゴポエイア、言葉の意味によって構築された詩。




パウンドによるこの分類が、言葉の形・音・義に即したものであることは言うまでもないだろう。




「何よりも、まず音楽を」と語ったヴェルレーヌを思い出すまでもなく、言葉の音楽性を無視した詩はありえないが、
メロポエイアの優れた例としては、アメリカの言語派の詩人たちにニュー・クラシックとみなされたルイ・ズーコフスキーの長篇詩『A』や那珂太郎の『音楽』を挙げることが出来る。


西脇順三郎の長篇詩『失われた時』の終幕も卓越したメロポエイアだろうし、吉増剛造の近年の作品も音に導かれたものではないだろうか。



それに対して、フェノポエイアは、文字の視覚的要素を重視するわけだから、アポリネールの作品や萩原恭次郎の『死刑宣告』などが思い浮かぶ。

フェノポエイアが徹底すると新国誠一のようなコンクリート・ポエトリーに、さらに言葉を内在させたまま美術に越境するとヴィジュアル・ポエトリーになるわけだが、こちらも北園克衛を嚆矢として、高橋昭八郎、伊藤元之ら、世界的に高い評価を得る詩人たちがいる。

また、吉増剛造はメロポエイアだけではなく、フェノポエイアの要素も合わせ持っていることも指摘しておくべきだろう。



ロゴポエイアに関しては、言葉の意味によって構築される作品であるので、直喩や暗喩、引喩や換喩は、この領域の方法ということになる。

ただし、パウンドはロゴポエイアを知性のダンスと語っており、たんに喩だけで詩が成立するわけではないことに注意しよう。

意味を伝えるだけならば散文でも構わないわけであって、それが詩であるためには、ダンスという律動が必要なのだ。




今の若い世代には信じられないことかも知れないが、半世紀ほど前までは狭義の戦後詩が暗喩を主な方法としていたため、詩=暗喩と考えられた時代もあった。

もちろん、それは錯誤である以上に、詩の権能の矮小化でしかなかったわけだが、詩が暗喩だけで成り立つはずもなく、優れた詩とは、フェノポエイア、メロポエイア、ロゴポエイアの複数の要素を合わせ持っている。



パウンドの『詩篇』もまさにそうで、卓越した音楽性と表意文字である漢字をちりばめた視覚性、そして、歴史と現在を対置して隆起する意味性が錯綜しながら、巨大な翻訳空間を作り上げる。


パウンドは、漢字において、「日」と「月」といった別の意味をもった言葉が組合わさったとき「明」という新たな意味を生成させることに注目し、
イメージとイメージが並置、衝突することで新たな意味を生成させるイディオグラマティック・メソッド、表意文字的手法を創案した。


これは、西脇順三郎がシュルレアリムの要諦として語った「遠いものの連結」に通低するところがあるが、俳句における「二物衝撃」にも通じる方法論だろう。


そして、そうした方法によって、メタファーでもシンボルでもない詩を創造し、象徴主義を過去のものにしたところに、パウンドの卓越がある。


その試行を水源として、W.C.ウィリアムズの言葉のスナップショットのような即物的な詩が、さらにはアレン・ギンズバーグら、ビート・ジェネレーションの詩が生まれていったことを思うならば、私たちが目指す方位も自ずと姿を現してくるのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 10:53| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月04日

藤富保男論を執筆して



ゲーリー・スナイダーが、「詩は難解だと言われるが、どう思うか」という問いに対して、「それは日本の現代詩がフランスの象徴主義の影響を受けたからで、ナナオサカキのような詩もある」と答えたことがある。


たしかに、狭義の戦後詩の発端となった鮎川信夫や田村隆一、北村太郎ら「荒地」の詩人たちは、その誌名からして、T.S.エリオットの『荒地』を借用したものであり、エリオット経由でフランスの象徴主義の影響を受けることになった。


ちなみにエリオットがもっとも影響を受けた象徴主義の詩人は、ランボーと並んで目覚ましい自由詩を創始したジュール・ラフォルグである。



そして、キリスト教的な単一神を頂点とする位階構造を持たない日本のような神なき国では、象徴主義は、暗喩とならざるをえない。


それは日本の戦後詩を特徴づけるものとなったが、あくまでも、それは狭義の戦後詩の特徴であって、スナイダーが語るようにシンボルにもメタファーにも頼らない詩も存在する。


エズラ・パウンドの2万7千行に及ぶ『詩篇』はまさにその例だし、北園克衛や新国誠一を暗喩というコンテクストで語ることは出来ないことを考えるならば、それは自明のことだろう。



藤富保男もまた、そうした詩人のひとりだ。


その詩の方法論は、抽象絵画やマルセル・デュシャンから始まるコンセプチャル・アートと並行するものであり、「笑い」を装置として世界を虚数化するようでもある。


私はこれまで『藤富保男詩集全景』(2008)の栞と「びーぐる」第2号(2009)の特集「モダニズム・異端の系譜 北園克衛から藤富保男へ」、2本の藤富保男論を発表しているが、「びーぐる」次号追悼特集のために、新たに藤富保男論を起筆した。


所定の12枚では、詳述できないところもあったが、『藤富保男詩集全景』をひもとくのは、何とも楽しく、爆笑してしまうこともあったことを告白しておこう。


たとえば、次のような詩である。




ビルの上から
雨のかわりに傘がふってきて一人が驚いた
もう一人は 傘という字に
四人の人がかくれていると言って さらに
驚いた
次の一人は驚くふりをして
顔の皺を引っぱって驚く真似をした

今日は低気圧が西日本一帯をおおい
裏日本でも各地で 昼すぎから
ところによっては 猫がでるでしょう




これは、詩人78歳のときの詩集『逆説祭』に収録されている「連鎖」という作品だが、この一篇を読んだあとだと、たんなる天気予報さえ、まともに聞いていられなくなる。

また、この詩は非-意味を志向しているため、当然のように暗喩も見あたらず、言葉の像自体が詩の目的となっていると言ってもいいだろう。


戦後詩のかたわらで、こうした試みがなされていたことをは忘れるべきではない。


藤富保男の詩とは、そのユーモラスな見かけとはうらはらに、言葉の意味性を疑うところから始まるものであり、近代的人間性の解体を生きるものなのだ。
posted by 城戸朱理 at 16:47| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月15日

吉増剛造さんの書き下ろし詩篇

IMG_87000001.jpg


吉増剛造さんのイベントでは、「裸のメモ」のカラーコピーが、「お土産」として配布されるのが恒例となっているが、
特別先行試写会「燃えあがる映画小屋〜京都編」で配布された「お土産」は、なんと書き下ろしの新作詩篇のカラーコピーだった。

これまた、異例である。


会場運営に当たったくれた同志社大学の学生の方々が、エディションナンバーを入れてくれたのだが、
西原多朱さんによると、まず100部を作り、観客の入りを見て、追加コピーを取ることにしたのだという。


私は、エディションナンバー1〜5の5部をいただいたので、4部は、詩友へのお土産である。


作品は、カリスマ的ピアニスト、ヴァレリー・アファナシエフとの対談に天啓を得たもので、
文学・思想に造詣が深く、詩人・作家でもあるピアニストとの対話は、吉増さんにとって、あまりに刺激的なものだったらしい。


上映前の楽屋では、ずっと、アファナシエフのことを話されていた。



タイトルは「石蹴り遊び」。


「子供っぽいのだけれども 映画館で配られるビラみたいな詩を一ヶ書きましたのでお土産に……」という前書きがある。



「世界を切り別けようよ、思想も、生活も、笹竹のようにさ」



連続する時間のうちにある世界を分節すること、ここでは、吉増さんの時間に対する新しい考えが、立ち上がりつつあるようだ。
posted by 城戸朱理 at 11:22| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月08日

漂流物

IMG_8576.jpgIMG_8575.jpgIMG_8578.jpgIMG_8571.jpgIMG_8569.jpg



連休だけに、鎌倉の海岸は、観光客が多かった。

自撮りに励んでいる若者が目立ったが、インスタグラムに投稿するのだろうか。


10月22日夜から23日にかけて列島を縦断した台風21号は、江ノ島に甚大な被害をもたらしたが、
鎌倉でも大波で大量のゴミが打ち寄せられ、海岸沿いの国道134号線が通行止めになったほどである。


しかも29日には台風22号が上陸したので、由比ヶ浜から材木座にかけて、根こそぎ打ち寄せられた海藻が小さな半島や島のように堆積していた。



海鳥の羽根、子どもの玩具、空き缶やペットボトル、誰かの足跡――


忘れられたものが、何かをささやき返すような響きが海辺に満ち、さまよい歩くうちに、空が夕暮れに染まり始める。
posted by 城戸朱理 at 07:51| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月25日

詩のイベントの変容〜TOLTA「人間関数―トルタ・オーディオブック」について



アメリカでは、ビート・ジェネレーションが、20世紀後半のポスト・モダン・ポエトリーの嚆矢となったが、
アレン・ギンズバーグが初めて『吠える』を朗読した伝説的なシックス・ギャラリーでの朗読会からビートが勃興したせいもあって、ポエトリー・リーディングが、きわめて盛んである。


ニューヨークだと、マンハッタンだけで月間100もの朗読会が催され、かつては詩の朗読会の無料のカレンダーが、書店に置かれていたほどだった。


一方、日本も、東京のみならず、全国で朗読会は珍しいものではなくなったが、これは、この20年ほどのことで、1980年代から90年代なかばまでは、朗読が下火になったことがある。


日本の戦後詩において、独自の朗読を展開してきた詩人といえば、白石かずこと吉増剛造が思い浮かぶが、白石さんとお話していたとき、90年代前半は、白石さんが朗読会を開いても、観客が数人ということも珍しくなかったそうだ。



それが一気に変化したのは、1995年、野村喜和夫・眞理子夫妻のアトリエ・エルスールが主催した「詩の外出」からだった。

天王洲アイル、スフィアメックスを舞台に、毎週末、ひと月にわたって開催された「詩の外出」は、連日、立ち見まで出る盛況で、新聞でも取り上げられた。

このイベントは、詩人がダンサーやミュージシャンとコラボレートして、自作を読むというもので、自らも出演者であった吉増剛造さんが「20年に一度の大イベント」と評したことを思い出す。



「詩の外出」を境に状況は変化し、「詩のボクシング」の流行もあって、朗読会は一般的なものになったが、
そうなると、今度は、出演者がたんに自作を朗読するだけでは、ありきたりのものになってしまうから、なかなか足を運ぶ気にはならない。



ところが、今年は瞠目すべき朗読会が開催された。

私は、先約があって行くことが出来なかったが、7月9日に開催されたTOLTAの「人間関数―トルタオーディオブック」である。


2階は元ボウリング場、地下は元銭湯という北千住の廃墟を舞台に、TOLTAの山田亮太・関口文子・河野聡子・佐次田哲の4人と10人のゲストパフォーマーが詩を朗読するというイベントで、
ゲストの広瀬大志、川口晴美さんらによると、詩人は指定された場所に立って朗読をし、観客は会場を巡りながら、その朗読を聞くという趣向だったらしい。

しかも、朗読者から観客は見えず、暗闇に向けて言葉を発することになったようだ。

ここでは、旧来の出演者と観客という構造のかわりに、廃墟という、かつては何かであり、今は何でもない、場所ではない場所に朗読者は固定され、観客も、声を巡る行為の主体になっている。

まさに、詩の言葉を場所と人間の関係性に還元した先鋭なイベントであり、フルクサス的あるいはネオダダ的な試みであったと言っていい。


たが、TOLTAはヴァーバル・アート・ユニットと称するだけあって、アートに傾斜する試みであっても、決して言葉を手放さない。

だからこそ、それは詩の朗読会なのであり、「オーディオブック」というタイトルも、空間と人間の関係性と声としての言葉を「書物」として提示するという意識がはっきりと表明されており、刺激的だ。



こうして、振り返ってみると、現場に立ち会うことが出来なかったのは残念でならないが、わが盟友、ダンサー&オイリュトミスト、鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)氏の新作コレオグラフ「桃」の公演と重なってしまったので致し方ない。


今は、TOLTAの先鋭な実験が重なっていったとき、どんな詩の言葉が現れるのかを注視しようと思う。
posted by 城戸朱理 at 10:03| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月28日

「田野倉康一×広瀬大志 80s⇔2010s」イベント、「現代詩手帖」に

IMG_7108.jpg



昨年の10月29日に、田野倉康一・広瀬大志両君の「現代詩文庫」刊行を記念して開催されたイベント「田野倉康一×広瀬大志 80s⇔2010s」でのトークと、このイベントをきっかけに始まった連詩の一部が「現代詩手帖」7月号に掲載されている。


レビューは、中家菜津子さんが書いて下さった。


イベント後の打ち上げの席で、高貝弘也、暁方ミセイ両氏が「静岡連詩」に参加することになっていたものだから、連詩の話になり、田野倉康一くんが「いいなあ。連詩、やったことがないんだ」と言うものだから、さっそく4人でメールをやり取りして、連詩を始めることになったのだが、これまで完成した連詩は、10篇。

今回、掲載されたのは最初の2篇で、「航海」は、イベント・トークで各自が語った原風景を織り込むのが条件、2篇目の「書物」は、忘年会のときに各自が持参した「思い出の古本」の書名を織り込んで書かれたものである。


6月4日(日)に、思潮社の遠藤みどりさんが鎌倉まで打ち合わせに来てくれたとき、全10篇をプリントアウトして渡し、選択を遠藤さんにお任せしたのだが、残りの8篇は未発表のまま、来月から連詩を再開することになっている。


吉増剛造さんから、トークについて「若いころのことをあんなに楽しく語るなんて、本当に素敵でした。ああいう呼吸を出していかなくてはと思った」という感想を、お電話でいただいた。

中家菜津子さんも、レビューで「空気や重さを持つもののエネルギーの交歓は、時を経ても眩耀としてSNS時代とは違う魅力に満ちている」と感想を語られているが、たしかに、1980年代と今日を比較すると、その変化の激しさは、目眩がするほどだ。
posted by 城戸朱理 at 14:01| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月15日

田野倉康一・広瀬大志・高貝弘也・城戸朱理による連詩



毎回、テーマを決めて、4人で展開してきた連詩は、「萩原朔太郎」をテーマとする10篇目が完成したところで、小休止。

全10篇をプリントアウトしたものを全員に送り、各自、校正中だが、そのうちの2篇が「現代詩手帖」7月号に掲載される予定である。


この連詩は、4人で一連を書き、四連で構成されるものが多いが、2人で一連、あるいは1人で一連を担当したものもあり、毎回、交替でテーマを出題するので、脳髄に他者が入り込んでくるような刺激がある。


全員が顔合わせをして再開する予定だが、年内に、あと10篇の完成を目指したい。
posted by 城戸朱理 at 09:27| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月09日

詩の容器

IMG_693500010001.jpg



フランスのロディアのメモ帳をよく携帯している。

耐水ペーパーだから、雨にも強く、旅行のときは欠かせない。

ミシン目があって切り離せるのも便利だが、逆に、せっかくのメモが散逸してしまうこともある。

そこで、書きとめた詩のメモを、蓋付きのガラス瓶に入れておくことにした。

この戦前のガラス瓶は、京都、寺町の古家具を主に扱うクラフト・キャンディ・ジョイで見つけたもので、吹きガラスだけに気泡が入り、味わい深い。

ここに詩のメモを投げ込んでいくと、ガラス容器じたいが、書物とは違った詩の器になっていくようでもある。


そこで、ふと思い出したのが、子供のころの憧れだった「おもちゃの缶詰め」のこと。

そう、森永チョコボールを買って、金のくちばしなら1枚で、銀のくちばしなら5枚でもらえた、あの「おもちゃの缶詰め」である。

もらった人と会ったことがないので、どんなおもちゃが入っていたのかは分からないが、おもちゃが缶詰めになっているというところが、子供には魅力で、憧れの的だった。

人間には袋であれ、缶であれ、箱であれ、何かしらの容器に入ったものに惹かれる習性があるのかも知れない。

マルセル・デュシャンの代表作のミニチュアを詰めたトランクは、ボックス・アートの先駆的作品だが、その制作をジョセフ・コーネルも手伝っている。

コーネルもまた、ひたすら箱のなかに世界を作ろうとしたアーティストだった。


「詩のガラス瓶」は、別に作品ではなく、あくまでも詩作のための準備だが、それでも、ボックス・アートと同じような欲求が潜んでいるのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 18:37| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月06日

ヴィジュアル・ポエトリー、飛来す

IMG_5679.jpg



北園克衛が率いた「VOU」後期を、そして、わが国のヴィジュアル・ポエトリーを代表する存在である高橋昭八郎さんを、唐津にお訪ねして、私が、さまざまなことをお聞きしたカセット・テープがある。

バンビことパンクな彼女が、このテープをダビングして、高橋昭八郎さんの親友であり、やはり、日本を代表する視覚詩人、伊藤元之さんにお送りするとともに、テープ起こしを始めた。


伊藤元之さんも、VOUのメンバーだったが、あえて誰も来ない山奥での個展を企画したり、北上川の流れのなかに作品を展示することを考えたり、今なお、揺るぎない前衛の姿勢を貫かれている。


高橋昭八郎さんと伊藤元之さんは、つねにお互いが刺激し合うような関係だったのだろう。


その伊藤元之さんから、お葉書をいただいた。

一瞬、絵葉書かと思ったのだが、そこには互いを打ち消し、あるいは互いに溶け合うように「word」と「world」が印刷されている。

これは、伊藤元之さんのヴィジュアル・ポエトリーか!?


わずか「l」の一語の違いが生む、この意味の広がり。

世界を言葉で象り、言葉によって生成する世界に、世界と拮抗する言葉を探す。


この贈り物に脳髄が痺れたが、詩とは、これほどまでに無償のものであり、賭けにほかならないことを、たった一枚の紙片が語っているかのようだ。
posted by 城戸朱理 at 10:12| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月25日

清水基吉の句碑

IMG_5600.jpg



海蔵寺の山門を入って、すぐの左手に清水基吉(もとよし)さんの句碑があった。



侘び住めば八方の蟲四方の露



鎌倉に住まっていると、「八方の蟲、四方の露」というのは、実感にほかならないのだが、いい句だと思う。


清水基吉は、石田波郷門下で、「火矢」を主宰した俳人である。

太平洋戦争のさなか、昭和20年(1945)に、「雁立」で芥川賞を受賞、この年から亡くなるまでを鎌倉で過ごした。


戦後は、俳句に専念、鎌倉文学館の設立にも関わり、館長もつとめられたが、バンビことパンクな彼女は、仕事で清水先生のお宅にうかがうたびに、お菓子や果物を御馳走になったそうだ。


海蔵寺のあたりは、鎌倉駅から歩いて20分ほどだが、山のなかのような気配で、「侘び住めば」という上五も、そのまま、うなずけるところがある。
posted by 城戸朱理 at 09:11| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月12日

連詩「句/オマージュ」



高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一・城戸朱理による連詩は、九篇目。

今回は、広瀬大志くんから、各連の書き出しを担当する人が、俳句を一句選び、そのオマージュを展開するという魅力的な出題がなされた。


大志くんが選んだ一句は、「満月光 液体は呼吸する」富澤赤黄男。

第二連は、高貝くんで赤尾兜子が来るかと思ったら、意表を突いて東鷹女の「なめくぢのことが頭を離れぬなり」だった。

私が高貝くんを受けたのだが、三番目の大志くんでホラー化し、最後の田野倉くんで「なめくじの自殺」という爆笑の展開に。

やはり、危険な句だったとしか言いようがない。


第三連は、田野倉くんが選んだ永田耕衣の「天心にして脇見せり春の雁」。

これだと、ホラーにはなりようがないはずなので、ひと安心。


私も危険を避けて、西東三鬼の「広島や卵食ふとき口ひらく」を選んだのだが、はたして、どこに着地するのか。


四人による連詩は、異様な熱気のまま、続いている。

どこまで行くのかは、誰にも分からないし、発表予定もない。
posted by 城戸朱理 at 22:43| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月08日

モーツァルトと連詩の関係



「航海2016」から始まった高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一・城戸朱理による連詩は、広瀬出題「謎」、田野倉出題「夷狄」、高貝出題「夢十二夜」の七篇までが、きわめて順調に完成した。

ところが――

八篇目として、私が出題したのは、モーツァルト交響曲第40番ト短調を各自が聞いてから、連詩を試みるというもので、いざ、始めてみたら、全員から「難しい」という声が。

たしかに、音楽に言葉を添わせるのが、こんなに難しいとは思わなかった。

詩もまた、音楽と同じく時間芸術だからだろうか。


モーツァルトの交響曲は、第41番「ジュピター」までの全41曲。

モーツァルトの全626曲を時系列で整理して目録にしたルートビッヒ・フォン・ケッヘルによれば、シンフォニー・ナンバーのないものまで含めると、モーツァルトの交響曲は全49曲で、今では、モーツァルトの作ではないとされているものもある。

そして、そのうち、短調は、第25番k183と第40番k550の2曲だけ。

ともにト短調なので、小ト短調、大ト短調とも呼ばれる。


この2曲、私は特別な思い入れがある。


まだ、私が赤ちゃんでハイハイしていたころ(!)、モーツァルトが好きだった父親がよく聴いていたのが、40番。

父の愛聴盤は、カール・ベーム指揮ベルリンフィルだった。

この演奏、異様にテンポが遅いのが特徴で、「モルト・アレグロ」という指示がある第一楽章など、普通ならば第一ヴァイオリンによる第一主題から始まるようにしか聞こえないのに、ベーム盤だと、第一主題の前にビオラの音が聞こえるほど。


ともあれ、おかげで中学生になって、初めて意識的に40番を聴いたとき、全曲をすでに知っていたのに、自分でも驚いたものだった。

名曲だけに名演も多いが、私にとって、もっとも忘れがたい演奏は、ブルーノ・ワルター指揮ウィーンフィルの1952年のライヴ盤。

カール・シューリヒト指揮パリ・オペラ座管弦楽団の40番もよく聴いたが、1949年、ヴィースバーデンでのウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリンフィルの40番も、鬼気迫るものがあった。

ヴィースバーデンのライヴ盤は、20年ほど前にフランスでリリースされたときに、すぐに取り寄せたが、録音は悪いものの、ブラームスの交響曲第4番も、あの奇跡のようなH音で始まるEMI盤と並ぶほど素晴らしい演奏だったように記憶している。

昨年、ターラ・レーベルから、高音質のCDがリリースされたので、ぜひ聴いてみなくては。

25番の感情を切り裂くようなシンコペーションの第一主題も、初めて聴いたときに、ショックを受けたが、こちらは、やはりワルター指揮ウィーンフィルのライヴ盤で聴くことが多い。


難航しながらも、モーツァルトに寄せる八番目の連詩は、第四連に突入。


昨日、私が第四連の最後を書き上げ、ようやく完成したが、全編を見直したとき、はたして、そこにト短調が鳴り響いているか。

怖くもあり、楽しみでもある。
posted by 城戸朱理 at 08:37| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一・城戸朱理の連詩、暴走状態?



昨年末に始まった4人による連詩は、さらにペースを上げ、続いている。

新年の連詩が完成してからは、広瀬大志出題による「謎」が1月10日に完成し、翌日から田野倉康一出題による「夷狄」が始まった。

これは連詩の六篇目となるが、歴史マニアの田野倉くんらしく、古事記、日本書記を踏まえた書き出しを、大志くんがロジャー・ゼラズニィ風のハードSF調の詩行で受け、なんともシュールな展開に。

第二連は高貝くんと私の担当だが、どう進むのか、まるで見当がつかない。

それが、他者の言葉と向かい合う醍醐味でもあるのだが。
posted by 城戸朱理 at 12:09| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月06日

高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一・城戸朱理による連詩、佳境へ



昨年暮れから始まった高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一氏らと私による連詩は、いよいよペースを早め、進行中である。


新年のテーマは「海と空〜つがいになった」。

第一連を、私が書いて新年を迎えた1月1日、0時ジャストに送信。

その夜、高貝弘也くんから「新年そうそう、渾身の一作」と本人が語る第二連が届いた。

「渾身の一作の次はきつい」と言いながらも、田野倉康一くんが持ち時間の2日をフルに使って、3日夜に第三連が届いたのだが、これも力作。

翌朝、通勤電車で書き上げたという広瀬大志くんの、これまた本人曰く「渾身の作」、第四連が届いて、新年の連詩は完成した。

渾身だらけ(?)の力作である。


次は、広瀬大志くん出題の「謎」がテーマ。

なんと大志くんは、4日の昼休みに書き上げ、それを高貝くんが受け、大志くんが繋ぎ、高貝くんがまとめて4日夜に第一連が完成してしまった。

高貝くんまでホラーなトーンを湛えて、大志くんが大いに喜ぶ。

資質とは違った書き方を求められたり、自ら試みたりするのも、連詩の醍醐味だろう。

5日朝には、田野倉康一くんから始まる第二連がスタート。


「謎」は、4人による連詩としては五篇目になるが、この調子だと、今月中に十篇、春までには三十篇を突破するのではないだろうか。

ちなみに、発表予定はない(!?)。
posted by 城戸朱理 at 13:00| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

書物をめぐる連詩、完成!



高貝弘也、田野倉康一、広瀬大志、城戸朱理による連詩、第二弾が12月22日に完成した。

この連詩は、忘年会のときに「古本屋で求めた思い出の一冊」を持ち寄ったところから始まったものだが、
田野倉康一くんが、竹橋の国立近代美術館で開催されている山田正亮展のギャラリートーク出演のため、数日、執筆の時間が取れず、
若干、ペースダウンしたものの、結果としてはクリスマスまでという予定より早く完成することになった。


第三弾は、新年から始めることにしていたのだが、ここまで続くと連詩の催促がないのは淋しいという声があがり、結局、第三弾を始めることに。

今度は、全員の詩集タイトルをリスト化、詩集名を織り込んだ連詩を試みることにして、23日に広瀬大志くんからスタートした。

目標は、年内の完成である。
posted by 城戸朱理 at 11:08| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月15日

「思い出の一冊」から始まる連詩、第二弾!



ランチョンでの忘年会の席上で、古本屋で買った「思い出の一冊」を各自が発表、大いに盛り上がり、そのまま、私の提案で、連詩の第二作を始めることにした。

連詩の第一作「航海2016」では、10月19日のイベント「田野倉康一×広瀬大志 80s⇔2010s」のトークで、各自が語ったそれぞれの「原風景」を織り込むのが条件だったが、今回は、みんなが持参した「思い出の一冊」の書名を、どこかに織り込むのが条件である。


原稿用紙を広げる余裕はないので、携帯で打って、バンビことパンクな彼女のPCに送信し、バンビが、PCで行切りなどを整え、CCで全員に送信するという方法で始めた。


ビールを前に、書き出しは田野倉康一くん。

それを受けた広瀬大志くんが、「田野倉くん、これは掟破りだ」と笑い出す。

なんと、田野倉くんは、全書名をつなげて書いてしまったのである。

それでも連詩は続き、大志くんのあとを高貝くんが受けて、見事な展開となった連詩が私に回ってきた。

私は、数分で第一連の最後のパートを書き上げ、また、大志くんが驚く。


さすがに、午後2時から詩のことばかり考えていたので、みんな疲労の色が濃い。

しかし、心地よい疲れで、続きはメールをやり取りして書いていくことにして、この日の連詩は終わった。


どうも、このメンバーによる連詩は、しばらく続きそうな気配である。
posted by 城戸朱理 at 08:19| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月14日

田野倉康一・広瀬大志・高貝弘也・城戸朱理による連詩「航海2016」完成!

Attachment-10001.jpg



12月10日(土)は、連詩のため、午後2時に、神田古書店街は書泉グランデ裏手のラドリオに集合した。

すでに、連詩「航海2016」は、メールのやり取りで、第三連まで書き上げていたので、結びの第四連を、顔を合わせて書くことになったのだ。

連詩の場に選んだのは、かつて、同人誌「洗濯船」を刊行していた若き日に、吉岡実さんと待ち合わせたラドリオである。

そのとき、ラドリオは満席で、結局、向かいのミロンガに席を移して、吉岡さんとお会いしたのだった。


ラドリオは、店舗奥の左側に、四人席と壁に向かって、ひとりだけ掛けられる席があるので、そこに陣取り、吉岡さんも愛したウィンナコーヒーを頼んで、執筆に入る。

第四連の書き出しは、私から。

続けて、大志くん、田野倉くんが、ひとり席で辛吟し、高貝くんが締めくくった。

バンビことパンクな彼女が、編集者兼スチールで立ち会い、写真を撮りまくる。


ちなみに、私は万年筆で執筆、大志くんは筆記具を忘れ、私のモンブランで、万年筆を使わない田野倉くんはボールペンで、高貝くんは持参のモンブランで執筆した。

同じモンブランでも、私は、いちばん太いマイスターシュテュック149、高貝くんは、少し細い146と微妙に違う。


私は、頭のなかで構築してから、下書きなしで原稿用紙に直接書き出し、大志くんと田野倉くんは、原稿用紙に下書きをしてから清書、高貝くんは愛用の半透明の紙のレターパッドに下書きしてから清書するといった具合に、それぞれの作法や、やり方があるのが面白い。


4時には、第四連が完成し、ひと息ついたのだが、それから忘年会の時間まで、みんなで古本屋を回った。
posted by 城戸朱理 at 09:04| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月11日

『火山系』連作



岩手県で刊行される東日本大震災復興支援文集「シンフォニー」に寄稿したエッセイのゲラをチェックし、田野倉康一、広瀬大志、高貝弘也くんとの連詩を進めるかたわらで、
『火山系』連作の詩を書いていたのだが、そのうちの一篇、「悪い土地」を「現代詩手帖」一月号作品特集のために思潮社に送った。

『火山系』は、『不来方抄(こずかたしょう)』『幻の母』と書き継いできた起源を巡る三部作の最終章となる『白鳥伝説』、非在の故郷を主題にした『不来方抄』と対をなし、

実在の故郷を題材とする『水都』とともに、現在、私が書き進めている詩篇だが、これは私の仕事としては『世界-海』の系譜に連なるものになるかも知れない。


日本のみならず、世界で地震が多発し、地球が地殻運動の活動期に入った今、私の『火山系』も、また、詩の言葉がたぎるマグマとともに目覚めつつあるのを感じる。

近いうちに、私は『火山系』を一気に書き下ろすことになるだろう。
posted by 城戸朱理 at 11:14| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月09日

快調、連詩「航海2016」!



田野倉康一・広瀬大志・高貝弘也・城戸朱理による連詩「航海2016」が、順調に進み、12月8日には第三連に突入した。

この連詩は全四連で、第三連までをメールのやり取りで進め、第四連を実際に会って完成させることになっていたのだが、進行の詳細を決めておかなかったため、一時は停滞してしまった。

やはり、編集者が必要なのかと思っていたら、隣にいたのである、編集・校正はもちろん、デザイン・レイアウト・色指定まで出来るプロの編集者が。

そう、バンビことパンクな彼女である!


「お手々に、たっぷりお小遣いをのせてくれるなら、やってもいいよ〜」
・・・・・・


どうせ、やってもらわなくても、お小遣いはあげることになるのだから、ここはやってもらったほうがいい。

仕切り直して、バンビが編集を担当、各自が書いた詩をバンビのメールアドレスに送り、バンビが取りまとめて次の順番の人に連絡するようにしたら、なんと2日ほどで、第二連まで出来上がり、第三連に突入してしまった。

半日ていどで、自分の番が来てしまうので、日常のなかでも詩を意識せざるをえない。

これが、なかなか刺激的で、自分の詩作も進んだ。

そう考えると、連詩には、やり方によっては、別の効用もあることになる。


今後は、ときにゲストを迎えながら、同じメンバーで、機会があるたびに連詩を試みてみるのも面白いかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 07:52| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする