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城戸朱理のブログ: 詩

2020年05月05日

韓国の季刊文芸誌「ASIA」で詩三篇が翻訳、紹介されました

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韓国で刊行されている季刊文芸誌「ASIA」に、私の詩、三篇の翻訳が掲載された。

新型コロナウイルスのパンデミックのさなかだけに、刊行が遅れるのではないかと思っていたのだが、韓国はコロナ封じ込めに成功し、すでに経済活動を再開、コロナ対策の世界的な規範として仰がれているだけに、出版も遅延なく進んでいるようだ。

「ASIA」誌は、裏表紙が本文紙をくるむ形の凝った装幀で、本文にも写真を地に敷くなど、実に洗練された造本になっている。

私の詩が韓国で紹介されるのは、これで三回目になるが、今回は、光栄なことに、表紙にも私の写真やプロフィールが配されており、いささか驚いた。


翻訳されたのは、「漂鳥」(『幻の母』所収)、「凍った空」(「現代詩手帖」2013年1月号)、「国境」(「現代詩手帖」2020年1月号)の3篇。

作品はハングルだが、プロフィールなどはハングルと英語併記になっており、日本よりはるかに世界を意識しているあたりが、文学も含めた韓流の特長だろう。


私の詩が海外で紹介されるのは、近年ではドイツで『漂流物』が部分的に翻訳、紹介され、フィンランドで『幻の母』が全訳、単行本化されて以来だが、自分の書いた作品が、異国語へと越境していくのは、不思議な興奮があるのは否めない。

次は、アメリカで刊行される選詩集になるが、こちらも遠藤朋之和光大准教授が翻訳を進めてくれており、実現を待っているところだ。

アメリカのいくつかの大学で講演する予定があったのだが、これはコロナ禍で実現しそうもない。

実現できないという障害があるならば、実現できることに向かい会えばいいわけだから、迷いはないが、
世界が、目に見えないウイルスのせいで、ここまで変わってしまったということは、人類の文明の黄昏を感じさせるものがある。
posted by 城戸朱理 at 22:19| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月17日

原成吉先生、待望の単行本『アメリカ現代詩入門』刊行間近!



京都にいるとき、獨協大学の原成吉教授から電話で嬉しい知らせがあった。

これまでゲイリー・スナイダーを中心に、もっぱら翻訳を手がけてきた原成吉先生が、書き下ろしの『アメリカ現代詩入門』を出版されるというのだ。


光栄なことに帯の推薦文の依頼をいただいたので、PDFで送っていただいた本文を、いち早く読ませていただく機会を得た。


パウンド、W.C.ウィリアムズ、T.S.エリオット、e.e.カミングズといったモダニズムの巨匠から、ギンズバーグ、スナイダー、そしてボブ・ディランまで、20世紀アメリカ詩の概要を通覧できる素晴らしい内容で、一章ずつ、ひとりの詩人を扱い、その生涯を簡潔に語るとともに、代表作をバイリンガルで収録、原先生ならではの読解と解説が付されている。


これ以上はないと思わせる人選もさすがだが、解説がまた素晴らしい。

推薦文を書くために通読して、今は、ゆっくりと読み直しているところである。


決定版とも言うべきアメリカ現代詩入門、刊行が待ち遠しい。
posted by 城戸朱理 at 11:47| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月14日

焼鳥盛り合わせ詩篇、誕生まで?





二〇一七年の暮れから、私の内なる火山が噴火するように詩が生まれ、翌年の一月末には、百七十余篇に達していた。

その後も書き続け、二百に及ぼうかという草稿を、今年の3月から、ひたすら推敲、清書して、ようやく新詩集の編纂に着手したところである。


二百篇近くなった書き下ろしは、かねてから構想していた新詩集『火山系』『水都』『白鳥伝説』の諸篇となるはずだったが、それを超えて、私は新しい領域に突入していたのかも知れない。



二〇一八年、一月五日のこと。

私はマッド・バンビことパンクな家内と映画を見たあと、藤沢のビオワインと焼鳥の店に入った。

そこでバンビに「焼鳥の詩も書けるのかな?」と言われて、その場で書き下ろしたのが、思いがけない連作の発端になってしまったようだ。

その詩篇を読んだバンビからLINEで次のようなメッセージが届いたのである。




「城戸朱理は焼鳥盛り合わせの詩を書いてあげてね!


レバー(たれ)
かわ(たれ)
つくね(月見)
ぼんじり(しお)
手羽(しお)
にんにく(しお)
砂肝(しお)

とりあえず七本盛りで!


マッド・バンビ」




なんたることか、「たれ」か「しお」の指定まである注文が来てしまったのである!


それを知った松尾真由美さんは「ナイス・オーダー!」とバンビを褒めたらしいが、違うだろう、松尾さん! 


かくして生まれたのが「焼鳥盛り合わせ七本」の詩篇だった。


それを読んだバンビは、「七本だとちょっと足りないかな。あと三本書いて十本盛り合わせにしてあげて!」
・・・・・・


結局、ネギマ、ササミのわさび焼き、正肉の三本を書き足し、「焼鳥盛り合わせ十本」詩篇が完成、発端の一篇と合わせると十一篇になったのだが、なんでこんなことになったのか。


パンクなだけに油断大敵、注意が必要である。


しかし、この連作の数篇を読んだ松尾真由美さん、広瀬大志くんには好評だったので、いや、厳密に言うと大いに受けたので、カニエ・ナハさんに造本をお願いして小冊子を作ろうかと考えている。


作ってどうするのかって?

もちろん、何も考えてないよ。
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2019年11月18日

民衆詩派について思うこと



去年あたりから、大正時代の民衆詩派について考えることがある。

きっかけは些細な疑問だった。

私の郷里である岩手県では、ここのところ、盛岡市在住の沼田真佑さん、遠野市出身の若竹千佐子さんの芥川賞受賞、さらには盛岡に御実家がある木村紅美さんが芥川賞候補になるなど、文学隆盛を謳っているが、なんと言っても、戦前の石川啄木、宮沢賢治の存在が大きい。

昭和もなかばまでは啄木の人気が高かったが、1990年代以降は賢治の評価がますます高まり、賢治にゆかりがあるものなら、なんであれ観光資源になってしまった感がある。


啄木と賢治は、私にとって高校の先輩に当たるため、若いときから意識はしていたが、戦前の岩手出身の詩人は啄木と賢治だけではない。

大正デモクラシーを背景に一時代を築いた富田砕花も盛岡出身なのだが、なぜか、語る人もいないし、ほとんど忘れられている。

富田砕花といえば、白鳥省吾や福田正夫とともに、大正期の民衆詩派を代表する詩人であり、歴史的な存在ではあるのだが、岩手に限らず、現代の詩人にも読まれている気配はないし、再評価の気運もない。

これは、なぜなのだろうか。


少なくとも、同時代においては重要視された民衆詩派は、北原白秋、日夏耿之介らの激しい批判もあって、昭和を迎えるとともに激しく失速していく。

平明な言葉で、労働者や農民の生活に寄り添う詩を目指したのが民衆詩派だが、その作品は弛緩して、あまりに散文的であると北原白秋に痛烈に批判され、芸術的な価値を否定された。

日夏耿之介の『明治大正詩史』における民衆詩派への評価は、さらに低い。


それで、逆に気になったのだが、このことをきちんと考えるためには、大正デモクラシーについて、あるいは富田砕花や白鳥省吾が翻訳を手がけたウォルト・ホイットマンの受容についての考察が必要となるだろう。


そして、もう一点、私が気になっているのは、今日、書かれている詩のうち、少なからぬ作品が、大正期の民衆詩派と似かよったものになっているのではないかということだ。

近年、にわかに平明な言葉で、生活者である自分を語る詩が目立つようになったが、そうした詩人たちは後世、平成・令和の民衆詩派と呼ばれることになるのだろうか。

いずれ、民衆詩派、とりわけ富田砕花の作品を、系統立てて読んでみる日が来るのかも知れない。

今や、後世などあるのか分からない時代に生きているだけに、それは、ある種の苦さを伴う経験になるような気がする。
posted by 城戸朱理 at 17:09| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月25日

パリで開催されるヴィジュアル・ポエトリー展に出品準備中



パリのGalerie SATELLITEで、11月16日から12月7日まで開催されるPoesie visuelle japonaise「日本のヴィジュアル・ポエトリー」展に参加することになった。

この展覧会には、日本のコンクリート・ポエトリーの創始者、新国誠一やヴィジュアル・ポエトリーの先駆者、北園克衛、伝説のヴィジュアル・ポエット、高橋昭八郎、藤冨保男といった先人の作品が展示されるとともに、
河津聖恵、ヤリタミサコ、大園由美子、北爪満喜、そして石田瑞穂、望月遊馬といった現代詩人の新作が出展されることになる。


ヴィジュアル・ポエトリーは、フルクサスやネオ・ダダと連動する20世紀後半の前衛運動だが、欧米ではニュー・クラシックとして評価が定まっている。

言語が持つ文字の形象性を再考するためにも、ヴィジュアル・ポエトリーへの考察は続けられるべきだろう。


父親から譲られた一眼レフカメラに、50年前、小学生だった私が入れたフィルムを見つけたのだが、
バンビことパンクな彼女が、わが国の音楽写真の第一人者、菅野秀夫先生に相談したところ、
菅野先生がプロ・ラボで現像して下さり、未使用のフィルムから50年間の光が浮かび上がることになった。

このフィルムを生かして、ヴィジュアル・ポエトリーの作品を作ってみようと考えている。
posted by 城戸朱理 at 15:28| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月21日

新詩集に向けて

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2017年の暮れから翌年の始めにかけて、書き下ろした170余篇の詩の草稿を、今年の3月から、ひと月以上をかけて推敲しながら清書していた。

その後も新しい作品を書き続けていたので、今では、200篇近い未発表の原稿を抱えていることになる。



今年の3月2日に北上の日本現代詩歌文学館で映画「幻を見るひと」の上映、吉増剛造さんと私のトークのイベントが開催された。

写真は北上駅に到着した吉増さん、吉増さんの傍らにピカチュウを配したのはバンビことパンクな彼女である。


このイベントには、福島から和合亮一さんや及川俊哉夫妻も駆けつけてくれたが、上映会は、立ち見まで出る盛会となった。

主任学芸員の豊泉豪さんを始めとする関係者の方々に感謝するしかない。

このイベントで「幻を見るひと」のエグゼクティブプロデューサー(製作総指揮)としての私の責務は一段落したので、イベント翌日の3日から、大沢温泉に8泊したのだが、
宮澤賢治の墓参りをして、羅須地人協会の跡地や賢治の生家を訪ねたあと、私は大沢温泉で、持参した原稿用紙を広げ、清書を始めた。


帰宅してからも、推敲と清書を続け、今では400字詰め原稿用紙で500枚近い詩の原稿が手元にある。

これは、かねてから書き続けてきた『火山系』『水都』『白鳥伝説』の諸篇となるはずだったのだが、書き進むうちに、私はさらに新たな詩集に着手することになったのに気づくことになった。

これから編集作業に入るわけだが、自分自身が未知の世界に分け入るかのようで、興奮を禁じえない。
posted by 城戸朱理 at 12:30| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月11日

追悼 入沢康夫先生



「幻を見るひと」のロードショーも終わりに近づいた11月29日に野村喜和夫さんからメールで、
さらには田野倉康一くんから電話で、入沢康夫さんが亡くなられたという連絡があった。


入沢さんが亡くなったのは、10月15日。

ご家族だけで密葬を済ませてから、連絡をとられたらしい。


その日のうちに「現代詩手帖」から追悼特集の原稿依頼が、翌日には、共同通信と毎日新聞から追悼原稿の依頼があった。


12月2日は、「幻を見るひと」ロードショーの最終日で、私は上映後のトークに出演しなければならなかったが、午前中に共同通信の追悼原稿を書き上げてメールし、
さらに恵比寿ガーデンプレイスの東京都写真美術館に向かう湘南新宿ラインの車中で、「岩手日報」元日朝刊に掲載される「日報文芸」の選評を執筆。

翌日、共同通信のゲラをチェックし、先週、配信された。


わが家には、入沢康夫さんの手製本がある。

これは、『死者たちの群がる風景』を、入沢さん自身が、理想とする組み方で編んだもので、限定一部の私家版。

30年ほど前に、入沢さんのお宅にうかがったときにいただいたものだが、この私家版のことは、「現代詩手帖」に詳しく書きたいと思っている。



御冥福をお祈りいたします。
posted by 城戸朱理 at 17:16| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月03日

新詩集に向けて



昨年末から今年初めにかけて、噴火するかのように書き下ろした170余篇の詩篇を少しずつ見直しては、推敲の手を入れ始めた。

来月なかばからは、まとまった時間が取れるので、かねてから準備していた長篇詩の書き下ろしにも着手できるだろう。


それらの詩篇は『火山系』『水都』『白鳥伝説』の三冊に揺らぎながら結実していくはずなのだが、版元も決まり、装幀に思いがけない美術家を提案された。

どんな造本になるのか、私自身、夢を見るような気持ちでいるが、しばらくは、推敲をしながら清書をして、詩に没頭したい。
posted by 城戸朱理 at 00:42| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月17日

「詩とファンタジー」別冊・まるごと林家木久扇

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故やなせたかし氏の監修のもと、抒情詩とイラストレーションを組合わせた誌面で刊行されてきた「詩とファンタジー」の別冊として林家木久扇師匠の特集が刊行された。


題して「まるごと林家木久扇」。


巻頭の「木久扇の落語十選」は、なんと木久扇師匠が選んだ十の演目を、谷川俊太郎さん、吉増剛造さん、三木卓さん、荒川洋治さんらが詩にするというもので、「詩とファンタジー」投稿作品の選考に当たってきた蜂飼耳さんと私も参加している。


さらには木久扇師匠による「わたしの出会った名人たち」や師匠と漫画家のちばてつやさん、女優の水野真紀さんとの対談など盛りだくさんの内容。


落語好きなら必携の一冊だ。
posted by 城戸朱理 at 08:34| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月13日

鋼鉄のようなリズムで、その2

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昨年末から今年初めにかけて、一気に書き下ろした170余篇の詩を、推敲しながら清書して詩集にまとめる作業をしなければならないが、一方で、まったく違う詩を考え始めている。


ジム・ジャームッシュ「パターソン」のレビューのオリジナル原稿を、このブログにアップしたのがきっかけとなって、原成吉訳編『海外詩文庫 ウィリアムズ詩集』を渡航前に再読していたせいもあるだろう。

ハワイに着いてから、「タフな鋼鉄」のような語りで成り立つ詩を夢想し始めた。


そんなとき、ささやかだが、思いがけない出合いがあった。

カハラモールの「THE REFINERY」という雑貨屋で、ユニコーンが表紙になったクロース張りで背革、三方金の、まるで書物のようなノートを見つけたのだ。

言うまでもなく、ユニコーンは、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの長篇詩『パターソン』の重要なライト・モティーフのひとつである。

私には天啓だった。


詩集をまとめるかたわらで、このノートに、具体的な日常から汲み上げた「タフな鋼鉄」のようなリズムの詩を書いてみよう、突然、そう思ったのだ。

たんなる偶然が、こんなふうに意味を持つこともある。


アラモナアセンターに行くたびに必ず立ち寄るパピルスという店がある。

ここは、凝ったカードやレターセットなどの文具を扱う店なのだが、パピルスでもクロース張りでユニコーン柄のノートを見つけた。

こうなると、偶然とは思えない。


日本語には抑揚はあるが、英語のようなアクセントが織り成すリズムは存在しない。

私の考えている詩が、どんな形を取るのか、まだ分からないし、今はまだ、頭のなかで、いくつかのフレーズが反響しているだけだが、このノートで詩作を試みてみたいものだ。
posted by 城戸朱理 at 08:49| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月12日

鋼鉄のようなリズムで、その1

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メインランドとは違う独自性を持つとはいえ、ハワイもアメリカである。

メディアには、作られた楽園のイメージばかりが氾濫しているが、リゾートホテルが林立するワイキキ・ビーチをわずかに離れるだけで、ホームレスの多さに驚かされることになる。

ドラッグをやっているとしか思えない危ない人間も目についたが、私の滞在中にも日本人観光客が襲われる事件があった。


5月28日、アメリカのメモリアルデイ(戦没者追悼記念日)。

ウォールアートで知られるカカアコは、SNS映えするので、観光客に人気だが、日本人観光客が公園のトイレに入ったところで、違法薬物を使用していた四人の男と行き合わせ、歯が折れるほど殴打されたうえ、首を絞められて気絶し、重体になった。

ニューヨークなら地下鉄のトイレなど危なくて入れないのが現地の常識だが、ワイキキのような世界的観光地でさえ、一歩、裏道に入ったら何が起こるか分からない。

ハワイもまた南国の光のうちに、病んだアメリカを抱えてもいるのだ。


生活空間にスティールが目につくのも特徴で、いかにも頑丈そうなうえにゴツい。

横断歩道の歩行者信号用のボタンもスティールならば、灰皿ポッドもスティールである。


こうしたものに接しながら暮らしていると、話し言葉もタフなものになるのかも知れない。

ふと、アレン・ギンズバーグがウィリアム・カーロス・ウィリアムズの詩に触れながら語った「タフな鋼鉄」のような話し言葉のリズムというフレーズを思い出した。
posted by 城戸朱理 at 08:35| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月05日

落語を詩に???



かまくら春秋社の伊藤玄二郎社長が、「詩とファンタジー」別冊・林屋木久扇特集で、師匠が選んだ八つの落語を詩にする「落語を詩で読む」というページを企画した。

面白いが、いざ落語を詩で書くとなったら、大変かも知れない。


吉増剛造さんへの打診を頼まれたので、FAXしたところ、吉増さんが選んだ演目は「まんじゅうこわい」。


谷川俊太郎さんは「初天神」、三木卓さんは「鮑のし」と早々に演目を選ばれたが、先輩詩人のみなさんが、落語に親しまれているのは、意外だが楽しかった。


詩は、自らの内なる声にしたがって書くものだが、こうした依頼は、思いがけない新たな言葉の扉を開くことがある。


ところが、今回の落語詩の執筆者のうち、私が最年少。

伊藤さんに「城戸さんは、最後に残った演目をお願いします」と言われていたのだが、案の定、最後に残ったのは、これがいちばん難しいだろうと思っていた「たがや」だった。


江戸時代から続く演目だが、噺家によって結末が違う。

舞台は両国、夏の花火大会。

花火が上がるように、最後に宙に舞う首は、武士のものなのか、それとも町人のものなのか。


立川談志師匠の「たがや」の結末がオリジナルだとも言われている。


ひさしぶりに落語を聞こうと思って、「昭和の大看板」古今亭志ん生のCDを出し、「火焔太鼓」を聞いて笑っていたら、いつの間にか「たがや」のことは、すっかり失念していた。

いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 20:30| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月07日

執筆開始!

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3月1日に、浅草の満寿屋に注文した原稿用紙1000枚が届いた。

万年筆と相性がいい長期乾燥の中性紙、罫はグリーンを指定した。


これから、この原稿用紙に、170篇に達した草稿を推敲しながら清書するとともに、構想している長詩の書き下ろしを試みることになる。


おそらく、『火山系』『水都』『白鳥伝説』とかねてから書き継いできた三冊の新詩集とともに、四冊目となる新たな詩集が立ち上がりつつあるのかも知れない。


今はまだ、静かな興奮のなかにいるので、自分でも定かではないが、清書を始めるのが楽しみだ。
posted by 城戸朱理 at 12:03| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月23日

連詩第三弾、完成



高貝弘也、広瀬大志、田野倉康一、城戸朱理による連詩第三弾は、「現代詩手帖」1月号作品特集に各自が発表した詩のタイトルから始まるものだったが、新年会を前に「新しい心」(城戸)、「TUKISARA」(田野倉)が完成。

2月19日に「塔との闘い」(広瀬)、20日に「半色/紙背の子」(高貝)が完成し、全四篇が書き終わった。


これで四人による連詩は24篇になったが、プリントアウトしてみたところ、予想外のボリュームで大志くんが驚くほど。


連詩の最中は、詩の言葉に向けて前傾姿勢でいるため、田野倉くんは連詩が引き金となって昨秋、1200行に及ぶ新作を書き上げたという。


本人によると12年ぶりの詩の訪れだったそうだが、私も昨年の12月8日から発火した詩作が今月まで続き、170篇に達した。

私の場合は、自分の詩作のかたわらで14篇の連詩に参加したことになるが、連詩によって新たな詩の言葉が生起するところもあったのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 11:08| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月13日

詩集を編むために



昨年の12月8日に発火した詩作は、2月8日の段階で164篇に達したが、ついに一篇も書かない日がやってきた。

2月9日がその日で、詩の噴火は、二ヵ月続いたことになる。


これからは目次立てを考えながら、『火山系』『水都』『白鳥伝説』三冊の詩集の入稿原稿を完成させるのが目標となる。


清書のため、浅草の満寿屋に原稿用紙1000枚を注文した。

推敲しながら清書をしていくだけで500枚ほどは使ってしまうだろうから、今年のなかばに、また1000枚注文しなければならなくなるかも知れない。


とりあえず、160篇を超える草稿はある。

しかし、詩を書いただけで、一冊の詩集が立ち上がるわけではない。

立ち上がった言葉が、詩語として、あるいは詩行として光を放ち、濃い影を落とすためには、熱い構造が必要となる。


鉄を打つように、さらに詩を書く日が近づいているようだ。
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2018年01月29日

書き下ろし詩篇、150篇に



昨年の12月8日から書き始めた詩篇は、12月27日に100篇に達し、一段落したつもりでいたのだが、その後も沸き上がるままに書き止めた草稿が増え続け、1月28日には150篇を超えた。


カウントはしていないが、おそらく総行数は、4000行を超えているのではないだろうか。

もちろん、草稿なので破棄するものもあるだろうし、改稿するものもあるだろうが、これだけ集中して詩作と向かい合えたことに自分でも驚いている。


この草稿群は『火山系』『水都』『白鳥伝説』三冊の新詩集を構成するものとなるのだが、私さえ気づかぬうちに別の新詩集が始まっているのかも知れない。


2月からは、構想している長詩の書き下ろしを始めるとともに、鉄を打つように三冊の詩集の形を作っていきたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 08:21| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月19日

空の色が変わっていく

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今年はラニーニャ現象の影響で、積雪も多いし寒さも厳しい。

降雪こそ、いまだにないものの、鎌倉でも昨年とは比較にならない寒さが続いている。


だが、1 月16日は、やや寒気がゆるんだ。


年が明けてから、何度も海岸に足を運び、漂流物を撮影していたが、紙焼きを整理をするかわたらで、ときおり、耳を澄ますことがある。

まだ、どんなささやきも書き留めてはいないのだが。


夕方、長谷から由比ヶ浜に出て、漂流物を探したり、貝殻を拾ったりしていたのだが、澁澤龍彦さんが石笛と呼んだ穴のある石が、目についた。

小さな貝が棲みついて、穴を開けた石である。


海辺の夕暮れの空の変化は、日によってまったく違う。

そして、空の色が昼から夜へと移り変わっていく夕暮れ時は、波が引いた水面にまで空が映り、夢幻のような景色が現れる。


どんなに寒い日でも、海岸には海を眺めている人がいるが、誰もがただ立ち尽くす時間。

思わずカメラを向けることもあるが、その景色はすぐに消えてしまう。



自分でも何を考えているのか分からない。

むしろ、言葉まで海風にさらわれてしまったような時間を過ごしているのかも知れない。
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2018年01月15日

高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一・城戸朱理による連詩、第二弾完成!



年明けから加速した連詩は、高貝くん出題の「滝」に続いて、大志くん出題の「予言」が1月14日に完成し、全10篇となった。

去年、書いた連詩と合わせると、20篇になる。


この連詩はメールで進められ、バンビことパンクな彼女がPCで原稿をまとめてくれているのだが、連日、詩が行き交うものだから、バンビも音を上げるほど。

これから四人で、どういう形態で発表するか相談することになるが、他者の詩を受けて、新たな詩を考えるのは、スリリングな経験だった。


一方、昨年の12月8日から始まった私自身の詩作も、ペースは落ちたものの、いまだに続いており130篇を超えた。


2月には新たな書き下ろしとともに、『火山系』『水都』『白鳥伝説』三冊の新詩集の入稿原稿を完成させたいと思っている。
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2018年01月14日

激しい海風のなかで

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前夜から強風が吹き荒れていた1月10日。


私が『漂流物』にまとめたテクストを最初に書き始めたのは、台風の翌日に由比ヶ浜から材木座海岸に打ち寄せられた漂流物を見てからだったので、
こんなに風が強い日は、たくさん漂流物が打ち寄せられているかも知れないと思って海岸に行ってみた。


潮が引いた海は、いつもより砂浜が広く、風紋を変化させながら、砂が舞っている。


波が次々と押し寄せ、すべてをさらっていったようで、由比ヶ浜には漂流物は、ほとんど見あたらなかった。


吹き飛ばされそうな強風のなかを歩き回ったおかげで、体熱を激しく奪われ消耗したが、密着した牡蠣の貝殻が目についた。

見たこともない巨大な牡蠣で、見慣れたサイズの5倍以上はある。

海の底で10年、20年と静かに大きくなっていったのだろう。
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2018年01月12日

由比ヶ浜を散策しては

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1月7日もカメラを持って海岸に出かけた。

いつもと違う道を通ると、民家のなかに新しいパン屋で出来ていたりするのが、鎌倉らしいところだろう。


寒さは厳しいが、由比ヶ浜には若い観光客が多く、夢中で貝殻を拾っているカップルが目についた。


私は漂流物を見つけるとカメラに収め、バンビことパンクな彼女は、空や波の様子を撮影している。

貝殻に混じって、江戸時代の古伊万里の欠片があったりして、海辺は過去の暮らしの名残りが感じられた。

現像に出し、紙焼きを眺めながら、漂流物のささやきに耳を傾けては、それを書き記す日が、いつか、また来るのだろうか。


この日は、水平線に接する空が優しい色の層を作り、春の気配を少しだけ感じることができた。
posted by 城戸朱理 at 09:02| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする