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城戸朱理のブログ: 詩

2018年02月23日

連詩第三弾、完成



高貝弘也、広瀬大志、田野倉康一、城戸朱理による連詩第三弾は、「現代詩手帖」1月号作品特集に各自が発表した詩のタイトルから始まるものだったが、新年会を前に「新しい心」(城戸)、「TUKISARA」(田野倉)が完成。

2月19日に「塔との闘い」(広瀬)、20日に「半色/紙背の子」(高貝)が完成し、全四篇が書き終わった。


これで四人による連詩は24篇になったが、プリントアウトしてみたところ、予想外のボリュームで大志くんが驚くほど。


連詩の最中は、詩の言葉に向けて前傾姿勢でいるため、田野倉くんは連詩が引き金となって昨秋、1200行に及ぶ新作を書き上げたという。


本人によると12年ぶりの詩の訪れだったそうだが、私も昨年の12月8日から発火した詩作が今月まで続き、170篇に達した。

私の場合は、自分の詩作のかたわらで14篇の連詩に参加したことになるが、連詩によって新たな詩の言葉が生起するところもあったのかも知れない。
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2018年02月13日

詩集を編むために



昨年の12月8日に発火した詩作は、2月8日の段階で164篇に達したが、ついに一篇も書かない日がやってきた。

2月9日がその日で、詩の噴火は、二ヵ月続いたことになる。


これからは目次立てを考えながら、『火山系』『水都』『白鳥伝説』三冊の詩集の入稿原稿を完成させるのが目標となる。


清書のため、浅草の満寿屋に原稿用紙1000枚を注文した。

推敲しながら清書をしていくだけで500枚ほどは使ってしまうだろうから、今年のなかばに、また1000枚注文しなければならなくなるかも知れない。


とりあえず、160篇を超える草稿はある。

しかし、詩を書いただけで、一冊の詩集が立ち上がるわけではない。

立ち上がった言葉が、詩語として、あるいは詩行として光を放ち、濃い影を落とすためには、熱い構造が必要となる。


鉄を打つように、さらに詩を書く日が近づいているようだ。
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2018年01月29日

書き下ろし詩篇、150篇に



昨年の12月8日から書き始めた詩篇は、12月27日に100篇に達し、一段落したつもりでいたのだが、その後も沸き上がるままに書き止めた草稿が増え続け、1月28日には150篇を超えた。


カウントはしていないが、おそらく総行数は、4000行を超えているのではないだろうか。

もちろん、草稿なので破棄するものもあるだろうし、改稿するものもあるだろうが、これだけ集中して詩作と向かい合えたことに自分でも驚いている。


この草稿群は『火山系』『水都』『白鳥伝説』三冊の新詩集を構成するものとなるのだが、私さえ気づかぬうちに別の新詩集が始まっているのかも知れない。


2月からは、構想している長詩の書き下ろしを始めるとともに、鉄を打つように三冊の詩集の形を作っていきたいと思っている。
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2018年01月19日

空の色が変わっていく

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今年はラニーニャ現象の影響で、積雪も多いし寒さも厳しい。

降雪こそ、いまだにないものの、鎌倉でも昨年とは比較にならない寒さが続いている。


だが、1 月16日は、やや寒気がゆるんだ。


年が明けてから、何度も海岸に足を運び、漂流物を撮影していたが、紙焼きを整理をするかわたらで、ときおり、耳を澄ますことがある。

まだ、どんなささやきも書き留めてはいないのだが。


夕方、長谷から由比ヶ浜に出て、漂流物を探したり、貝殻を拾ったりしていたのだが、澁澤龍彦さんが石笛と呼んだ穴のある石が、目についた。

小さな貝が棲みついて、穴を開けた石である。


海辺の夕暮れの空の変化は、日によってまったく違う。

そして、空の色が昼から夜へと移り変わっていく夕暮れ時は、波が引いた水面にまで空が映り、夢幻のような景色が現れる。


どんなに寒い日でも、海岸には海を眺めている人がいるが、誰もがただ立ち尽くす時間。

思わずカメラを向けることもあるが、その景色はすぐに消えてしまう。



自分でも何を考えているのか分からない。

むしろ、言葉まで海風にさらわれてしまったような時間を過ごしているのかも知れない。
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2018年01月15日

高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一・城戸朱理による連詩、第二弾完成!



年明けから加速した連詩は、高貝くん出題の「滝」に続いて、大志くん出題の「予言」が1月14日に完成し、全10篇となった。

去年、書いた連詩と合わせると、20篇になる。


この連詩はメールで進められ、バンビことパンクな彼女がPCで原稿をまとめてくれているのだが、連日、詩が行き交うものだから、バンビも音を上げるほど。

これから四人で、どういう形態で発表するか相談することになるが、他者の詩を受けて、新たな詩を考えるのは、スリリングな経験だった。


一方、昨年の12月8日から始まった私自身の詩作も、ペースは落ちたものの、いまだに続いており130篇を超えた。


2月には新たな書き下ろしとともに、『火山系』『水都』『白鳥伝説』三冊の新詩集の入稿原稿を完成させたいと思っている。
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2018年01月14日

激しい海風のなかで

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前夜から強風が吹き荒れていた1月10日。


私が『漂流物』にまとめたテクストを最初に書き始めたのは、台風の翌日に由比ヶ浜から材木座海岸に打ち寄せられた漂流物を見てからだったので、
こんなに風が強い日は、たくさん漂流物が打ち寄せられているかも知れないと思って海岸に行ってみた。


潮が引いた海は、いつもより砂浜が広く、風紋を変化させながら、砂が舞っている。


波が次々と押し寄せ、すべてをさらっていったようで、由比ヶ浜には漂流物は、ほとんど見あたらなかった。


吹き飛ばされそうな強風のなかを歩き回ったおかげで、体熱を激しく奪われ消耗したが、密着した牡蠣の貝殻が目についた。

見たこともない巨大な牡蠣で、見慣れたサイズの5倍以上はある。

海の底で10年、20年と静かに大きくなっていったのだろう。
posted by 城戸朱理 at 09:56| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月12日

由比ヶ浜を散策しては

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1月7日もカメラを持って海岸に出かけた。

いつもと違う道を通ると、民家のなかに新しいパン屋で出来ていたりするのが、鎌倉らしいところだろう。


寒さは厳しいが、由比ヶ浜には若い観光客が多く、夢中で貝殻を拾っているカップルが目についた。


私は漂流物を見つけるとカメラに収め、バンビことパンクな彼女は、空や波の様子を撮影している。

貝殻に混じって、江戸時代の古伊万里の欠片があったりして、海辺は過去の暮らしの名残りが感じられた。

現像に出し、紙焼きを眺めながら、漂流物のささやきに耳を傾けては、それを書き記す日が、いつか、また来るのだろうか。


この日は、水平線に接する空が優しい色の層を作り、春の気配を少しだけ感じることができた。
posted by 城戸朱理 at 09:02| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

ひと月間の詩作



12月8日から書き始めた詩は100篇に達したところで、いったん止めたのだが、その後も、詩が湧出するものだから、書き留めていたら、ちょうどひと月たった1月8日の段階で120篇を超えた。

いつまで続くのか、私にも分からない。



一方、高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一3氏との連詩は、現在、田野倉くん出題の「鉄道」が進行中で、
これが完成すると、あと2篇で10篇となるので、昨年の10篇と合わせて、何らかの形にしようと思っている。
posted by 城戸朱理 at 19:24| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月06日

漂流物を探して

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1月2日と3日は、長谷から由比ヶ浜に出て、漂流物を探して歩いた。


海風は冷たいが、海岸は、若いカップルや犬を散歩させる人で賑わっている。



穏やかな天気が続いたので、東南アジアや中国からの漂流物は見あたらなかったが、
それでも江戸時代の古伊万里の欠片や子供の小さな靴など、生活の名残りが聞こえるものが、打ち寄せられていた。


海は満潮で、砂浜には海水のプールができて、見たことのない景色が広がっている。


雲が夕焼けに染まり、刻々と変化していく様が、あまりに美しかった。
posted by 城戸朱理 at 12:36| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月05日

連詩で始まった新年



昨年と同じく、元旦から詩が行き交う新年となった。


高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一・城戸朱理による連詩は、元旦に短歌をめぐる連詩が完成、さらに私が新年連詩として出題した神社をテーマとする連詩も、元旦のうちに出来上がったのだが、なんと田野倉くんの出題は「日本正教会」。



私たちは、キリスト教というと、ローマ法王を頂点とするカトリックとプロテスタントのふたつの宗門を連想するが、正確には世界のキリスト教会は、ローマン・カトリック、プロテスタント、英国国教会、東方教会の四つに大別される。


東方教会はギリシャ正教とも呼ばれるが、ギリシャ、中東、東ヨーロッパの諸教会を指し、日本正教は、その流れを汲む教会で、お茶の水のニコライ堂が名高い。



しかし、この連詩も2日には完成し、次は高貝くん出題による「生 食 性」と、またまた難しいテーマに、連詩はさらに発火。


高貝くんが「肉がめっきり食べられなくなった/あんなに鶏肉が好きだったのに」と本音を吐露したりして、これは私たちの老いをテーマとするものにもなった。


4日からは、大志くん出題による「そして生きる」の連作が続いている。



連詩のかたわらで、自分自身の詩作も続いており、詩とともに始まる年となった。
posted by 城戸朱理 at 10:17| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月30日

同人誌「金枝篇 THE GOLDEN BOUGH」創刊に向けて



和合亮一氏から提案され、この数年の間、暖めていた企画がある。



和合亮一氏が同人誌をやりましょうと言いだしたのは、東日本大震災の年の12月のことだった。


それは、今にして思うと、大震災がもたらした日常の亀裂から噴出した危機に促されたものだったのだろう。


その後、機会があるたびに打ち合わせを重ね、今年の10月に一緒に宮城県の被災地を訪ねたあと、私の提案で誌名が決まった。

「金枝篇 THE GOLDEN BOUGH」という誌名には、かりに都市が崩壊したとしても、新生を担う民俗社会のエネルギーを汲み上げていきたいという意図がこめられている。

それは和合氏なり、私なりの、これからの詩の方位を示すものでもあるのだろう。


実は、和合くんと同人誌をやることになったと松尾真由美さんに言ったところ、「何を今さら」と本気で笑われたが、この想いは切実なものがあって、
ジャーナリズムでは決して明らかになりえない諸問題を避けることなく、詩と向かい合うためには、どうしても「金枝篇 THE GOLDEN BOUGH」という場が必要だったというしかない。

「現代詩手帖」の前編集長だった亀岡大助氏が、編集協力に名乗りをあげてくれたので、心強い。


現在、和合氏も私も創刊号に向けて、長篇詩などの準備をしているところだが、来年のうちに「金枝篇」は実現することになるだろう。
posted by 城戸朱理 at 08:48| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月28日

書き下ろし詩篇、百篇に



12月27日に、今月8日から書き続けてきた新詩篇が、ついに100篇を超えた。

「現代詩手帖」作品特集に寄せた新作「新しい心」と合わせると、今月だけで102篇の詩を書いたことになる。

101篇の書き下ろしは、あくまでも草稿だから、これから推敲を重ねていくことになるが、『火山系』『水都』『白鳥伝説』は少なからぬ既発表作品もある。


今回の書き下ろしと合わせると、3000行を超え、4000行に近づいているだろうから、詩集に向けての準備が整ったのは間違いない。


年が明けたら、清書しながら構成を考え、さらに長篇の新作を書き足して、入稿原稿を完成させたいと思っている。


そして、この三冊の原稿が完成したら、今度は『書物』(仮)の書き下ろしに着手することになるだろう。
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2017年12月25日

詩の噴火!



脳が沸騰している。

12月8日から書き始めた詩篇は、24日に80篇を超えた。

毎日、詩作に向けて前傾姿勢でいるものだから、疲れ方も尋常ではない。


身体は別に異常はないのだが、脳が疲れているのを感じる。


とりわけ、批評や随筆、あるいはメールなど散文を並行して書くと、さらに疲労感が深くなるようだ。


だが、止まらない。


『火山系』の諸篇を書いているからというわけでもあるまいが、詩が噴火している感じなのだ。


とりあえず、百篇を目指してみようと思ったら、バンビことパンクな彼女が、



「限定する必要はないんだよ!
この際、千日書き続けてみたらどうかな?
詩の千日回峰だよ!」
!!!!!!


千日といったら、ほぼ3年ではないか!

一瞬、気が遠くなったが、千日書き続けてみたらどうなるのか、ひそかに試してみたい気もする。
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2017年12月22日

詩を書き続けるとき



ロケに立ち会う間も、途切れることなく詩を書き続けていた。


今回は原稿用紙ではなく、iPhoneのアプリ「iライターズ」で、沸き上がるままに草稿を書き、それをPCに送っている。

順次、プリントアウトしているが、これを原稿用紙に推敲しながら手書きして、最終的な原稿にすることになる。


書けるうちは、ひたすら新作と向かい合っていくことになるだろう。


今回、詩を書き始めたのは12月8日のことだったが、18日には50篇を超えた。

行数までは確認していないが、1300〜1500行に達しているのではないだろうか。


通常ならば、すでに一冊の詩集を編むのに充分な量だが、今回は『火山系』『水都』『白鳥伝説』三冊の詩篇が生まれており、詩想が沸き続けるかぎり、書き続けたい。


また、iライターズだと原稿用紙のような通覧性に欠けるため、長篇は原稿用紙と向かい合って完成させることになる。



18日以降も、変わらぬペースで書いているので、年末までには100篇に達するかも知れない。

それから、新しい仕事が始まるのだが、私自身、『地球創世説』や『世界-海』を一気に書き下ろしたときのような高揚のなかにいる。
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2017年12月14日

詩が生まれるとき



気がついてみたら、ここしばらくの間に書いた詩が、20篇を超えている。

12月3日に「現代詩手帖」1月号作品特集のために新詩篇「新しい心」を書いたのだが、その4日後から、いきなり詩に見舞われるようになった。

7日に3篇の新作を書いたのだが、それ以来、毎日、詩を書く日が続き、11日には5篇、12日には7篇を書いている。


これは一週間ほどで『地球創世説』や『世界-海』を書き切ったときのペースに近いが、詩想が沸き上がるままに書き留めた草稿である。

しかも、いくつも並行して手がけている連作のうち、最初の一行で、これは『火山系』の一篇、これは『白鳥伝説』、または『水都』の一篇と方向性が定まるようだ。



年末進行の締切も山を越えたが、それでも書かなければならない原稿はある。

10日も、日曜日なのに夜の10時までかかって、私が監修するCS放送の構成台本を書いていたのだが、締切があろうが、なかろうが、詩が浮かんだときは、まず書き止めるようにしている。



目下のところ、いちばん急がなければならない原稿は、『現代詩文庫 和合亮一詩集』の解説。

思うところがあって、レイモン・ルーセルのことを調べている。


そして、次の締切は俳誌「鬣」に寄稿する西躰かずよし句集『窓の海光』書評。


さらに年明け締切の「表現者」のT.S.エリオットについての評論が20枚なので、年内のうちに準備に入らなければならないだろう。


また、高貝弘也・広瀬大志・田野倉康一くんとの連詩も続いており、高貝くんが出題した各自が短歌一首を選んで、オマージュを書くという連詩が、まもなく完成するところである。



そうした仕事を縫って、どれだけ新詩篇が生まれるのか。

今は詩神に身を委ねるばかりである。
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2017年12月05日

言葉を構成するものと詩の関係について



言葉というものは、最初に音声があって、意味が共有されるようなり、さらに時代が下って文字に象られたわけだが、その成り立ちを考えるまでもなく、言葉は、文字という形象と音声と意味、つまりは形・音・義の複合によって成立している。


詩もまた、言葉によって作られるわけだから、「20世紀のオデュッセウス」エズラ・パウンドは、言葉の構成要素に着目して、詩を次の三つに分類した。




フェノポエイア、言葉の形象性による詩。



メロポエイア、言葉の音楽性による詩。



ロゴポエイア、言葉の意味によって構築された詩。




パウンドによるこの分類が、言葉の形・音・義に即したものであることは言うまでもないだろう。




「何よりも、まず音楽を」と語ったヴェルレーヌを思い出すまでもなく、言葉の音楽性を無視した詩はありえないが、
メロポエイアの優れた例としては、アメリカの言語派の詩人たちにニュー・クラシックとみなされたルイ・ズーコフスキーの長篇詩『A』や那珂太郎の『音楽』を挙げることが出来る。


西脇順三郎の長篇詩『失われた時』の終幕も卓越したメロポエイアだろうし、吉増剛造の近年の作品も音に導かれたものではないだろうか。



それに対して、フェノポエイアは、文字の視覚的要素を重視するわけだから、アポリネールの作品や萩原恭次郎の『死刑宣告』などが思い浮かぶ。

フェノポエイアが徹底すると新国誠一のようなコンクリート・ポエトリーに、さらに言葉を内在させたまま美術に越境するとヴィジュアル・ポエトリーになるわけだが、こちらも北園克衛を嚆矢として、高橋昭八郎、伊藤元之ら、世界的に高い評価を得る詩人たちがいる。

また、吉増剛造はメロポエイアだけではなく、フェノポエイアの要素も合わせ持っていることも指摘しておくべきだろう。



ロゴポエイアに関しては、言葉の意味によって構築される作品であるので、直喩や暗喩、引喩や換喩は、この領域の方法ということになる。

ただし、パウンドはロゴポエイアを知性のダンスと語っており、たんに喩だけで詩が成立するわけではないことに注意しよう。

意味を伝えるだけならば散文でも構わないわけであって、それが詩であるためには、ダンスという律動が必要なのだ。




今の若い世代には信じられないことかも知れないが、半世紀ほど前までは狭義の戦後詩が暗喩を主な方法としていたため、詩=暗喩と考えられた時代もあった。

もちろん、それは錯誤である以上に、詩の権能の矮小化でしかなかったわけだが、詩が暗喩だけで成り立つはずもなく、優れた詩とは、フェノポエイア、メロポエイア、ロゴポエイアの複数の要素を合わせ持っている。



パウンドの『詩篇』もまさにそうで、卓越した音楽性と表意文字である漢字をちりばめた視覚性、そして、歴史と現在を対置して隆起する意味性が錯綜しながら、巨大な翻訳空間を作り上げる。


パウンドは、漢字において、「日」と「月」といった別の意味をもった言葉が組合わさったとき「明」という新たな意味を生成させることに注目し、
イメージとイメージが並置、衝突することで新たな意味を生成させるイディオグラマティック・メソッド、表意文字的手法を創案した。


これは、西脇順三郎がシュルレアリムの要諦として語った「遠いものの連結」に通低するところがあるが、俳句における「二物衝撃」にも通じる方法論だろう。


そして、そうした方法によって、メタファーでもシンボルでもない詩を創造し、象徴主義を過去のものにしたところに、パウンドの卓越がある。


その試行を水源として、W.C.ウィリアムズの言葉のスナップショットのような即物的な詩が、さらにはアレン・ギンズバーグら、ビート・ジェネレーションの詩が生まれていったことを思うならば、私たちが目指す方位も自ずと姿を現してくるのではないだろうか。
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2017年12月04日

藤富保男論を執筆して



ゲーリー・スナイダーが、「詩は難解だと言われるが、どう思うか」という問いに対して、「それは日本の現代詩がフランスの象徴主義の影響を受けたからで、ナナオサカキのような詩もある」と答えたことがある。


たしかに、狭義の戦後詩の発端となった鮎川信夫や田村隆一、北村太郎ら「荒地」の詩人たちは、その誌名からして、T.S.エリオットの『荒地』を借用したものであり、エリオット経由でフランスの象徴主義の影響を受けることになった。


ちなみにエリオットがもっとも影響を受けた象徴主義の詩人は、ランボーと並んで目覚ましい自由詩を創始したジュール・ラフォルグである。



そして、キリスト教的な単一神を頂点とする位階構造を持たない日本のような神なき国では、象徴主義は、暗喩とならざるをえない。


それは日本の戦後詩を特徴づけるものとなったが、あくまでも、それは狭義の戦後詩の特徴であって、スナイダーが語るようにシンボルにもメタファーにも頼らない詩も存在する。


エズラ・パウンドの2万7千行に及ぶ『詩篇』はまさにその例だし、北園克衛や新国誠一を暗喩というコンテクストで語ることは出来ないことを考えるならば、それは自明のことだろう。



藤富保男もまた、そうした詩人のひとりだ。


その詩の方法論は、抽象絵画やマルセル・デュシャンから始まるコンセプチャル・アートと並行するものであり、「笑い」を装置として世界を虚数化するようでもある。


私はこれまで『藤富保男詩集全景』(2008)の栞と「びーぐる」第2号(2009)の特集「モダニズム・異端の系譜 北園克衛から藤富保男へ」、2本の藤富保男論を発表しているが、「びーぐる」次号追悼特集のために、新たに藤富保男論を起筆した。


所定の12枚では、詳述できないところもあったが、『藤富保男詩集全景』をひもとくのは、何とも楽しく、爆笑してしまうこともあったことを告白しておこう。


たとえば、次のような詩である。




ビルの上から
雨のかわりに傘がふってきて一人が驚いた
もう一人は 傘という字に
四人の人がかくれていると言って さらに
驚いた
次の一人は驚くふりをして
顔の皺を引っぱって驚く真似をした

今日は低気圧が西日本一帯をおおい
裏日本でも各地で 昼すぎから
ところによっては 猫がでるでしょう




これは、詩人78歳のときの詩集『逆説祭』に収録されている「連鎖」という作品だが、この一篇を読んだあとだと、たんなる天気予報さえ、まともに聞いていられなくなる。

また、この詩は非-意味を志向しているため、当然のように暗喩も見あたらず、言葉の像自体が詩の目的となっていると言ってもいいだろう。


戦後詩のかたわらで、こうした試みがなされていたことをは忘れるべきではない。


藤富保男の詩とは、そのユーモラスな見かけとはうらはらに、言葉の意味性を疑うところから始まるものであり、近代的人間性の解体を生きるものなのだ。
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2017年11月15日

吉増剛造さんの書き下ろし詩篇

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吉増剛造さんのイベントでは、「裸のメモ」のカラーコピーが、「お土産」として配布されるのが恒例となっているが、
特別先行試写会「燃えあがる映画小屋〜京都編」で配布された「お土産」は、なんと書き下ろしの新作詩篇のカラーコピーだった。

これまた、異例である。


会場運営に当たったくれた同志社大学の学生の方々が、エディションナンバーを入れてくれたのだが、
西原多朱さんによると、まず100部を作り、観客の入りを見て、追加コピーを取ることにしたのだという。


私は、エディションナンバー1〜5の5部をいただいたので、4部は、詩友へのお土産である。


作品は、カリスマ的ピアニスト、ヴァレリー・アファナシエフとの対談に天啓を得たもので、
文学・思想に造詣が深く、詩人・作家でもあるピアニストとの対話は、吉増さんにとって、あまりに刺激的なものだったらしい。


上映前の楽屋では、ずっと、アファナシエフのことを話されていた。



タイトルは「石蹴り遊び」。


「子供っぽいのだけれども 映画館で配られるビラみたいな詩を一ヶ書きましたのでお土産に……」という前書きがある。



「世界を切り別けようよ、思想も、生活も、笹竹のようにさ」



連続する時間のうちにある世界を分節すること、ここでは、吉増さんの時間に対する新しい考えが、立ち上がりつつあるようだ。
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2017年11月08日

漂流物

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連休だけに、鎌倉の海岸は、観光客が多かった。

自撮りに励んでいる若者が目立ったが、インスタグラムに投稿するのだろうか。


10月22日夜から23日にかけて列島を縦断した台風21号は、江ノ島に甚大な被害をもたらしたが、
鎌倉でも大波で大量のゴミが打ち寄せられ、海岸沿いの国道134号線が通行止めになったほどである。


しかも29日には台風22号が上陸したので、由比ヶ浜から材木座にかけて、根こそぎ打ち寄せられた海藻が小さな半島や島のように堆積していた。



海鳥の羽根、子どもの玩具、空き缶やペットボトル、誰かの足跡――


忘れられたものが、何かをささやき返すような響きが海辺に満ち、さまよい歩くうちに、空が夕暮れに染まり始める。
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2017年10月25日

詩のイベントの変容〜TOLTA「人間関数―トルタ・オーディオブック」について



アメリカでは、ビート・ジェネレーションが、20世紀後半のポスト・モダン・ポエトリーの嚆矢となったが、
アレン・ギンズバーグが初めて『吠える』を朗読した伝説的なシックス・ギャラリーでの朗読会からビートが勃興したせいもあって、ポエトリー・リーディングが、きわめて盛んである。


ニューヨークだと、マンハッタンだけで月間100もの朗読会が催され、かつては詩の朗読会の無料のカレンダーが、書店に置かれていたほどだった。


一方、日本も、東京のみならず、全国で朗読会は珍しいものではなくなったが、これは、この20年ほどのことで、1980年代から90年代なかばまでは、朗読が下火になったことがある。


日本の戦後詩において、独自の朗読を展開してきた詩人といえば、白石かずこと吉増剛造が思い浮かぶが、白石さんとお話していたとき、90年代前半は、白石さんが朗読会を開いても、観客が数人ということも珍しくなかったそうだ。



それが一気に変化したのは、1995年、野村喜和夫・眞理子夫妻のアトリエ・エルスールが主催した「詩の外出」からだった。

天王洲アイル、スフィアメックスを舞台に、毎週末、ひと月にわたって開催された「詩の外出」は、連日、立ち見まで出る盛況で、新聞でも取り上げられた。

このイベントは、詩人がダンサーやミュージシャンとコラボレートして、自作を読むというもので、自らも出演者であった吉増剛造さんが「20年に一度の大イベント」と評したことを思い出す。



「詩の外出」を境に状況は変化し、「詩のボクシング」の流行もあって、朗読会は一般的なものになったが、
そうなると、今度は、出演者がたんに自作を朗読するだけでは、ありきたりのものになってしまうから、なかなか足を運ぶ気にはならない。



ところが、今年は瞠目すべき朗読会が開催された。

私は、先約があって行くことが出来なかったが、7月9日に開催されたTOLTAの「人間関数―トルタオーディオブック」である。


2階は元ボウリング場、地下は元銭湯という北千住の廃墟を舞台に、TOLTAの山田亮太・関口文子・河野聡子・佐次田哲の4人と10人のゲストパフォーマーが詩を朗読するというイベントで、
ゲストの広瀬大志、川口晴美さんらによると、詩人は指定された場所に立って朗読をし、観客は会場を巡りながら、その朗読を聞くという趣向だったらしい。

しかも、朗読者から観客は見えず、暗闇に向けて言葉を発することになったようだ。

ここでは、旧来の出演者と観客という構造のかわりに、廃墟という、かつては何かであり、今は何でもない、場所ではない場所に朗読者は固定され、観客も、声を巡る行為の主体になっている。

まさに、詩の言葉を場所と人間の関係性に還元した先鋭なイベントであり、フルクサス的あるいはネオダダ的な試みであったと言っていい。


たが、TOLTAはヴァーバル・アート・ユニットと称するだけあって、アートに傾斜する試みであっても、決して言葉を手放さない。

だからこそ、それは詩の朗読会なのであり、「オーディオブック」というタイトルも、空間と人間の関係性と声としての言葉を「書物」として提示するという意識がはっきりと表明されており、刺激的だ。



こうして、振り返ってみると、現場に立ち会うことが出来なかったのは残念でならないが、わが盟友、ダンサー&オイリュトミスト、鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)氏の新作コレオグラフ「桃」の公演と重なってしまったので致し方ない。


今は、TOLTAの先鋭な実験が重なっていったとき、どんな詩の言葉が現れるのかを注視しようと思う。
posted by 城戸朱理 at 10:03| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする