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城戸朱理のブログ: 詩

2015年10月12日

薪能から生まれた詩篇




私の第二詩集『不来方抄(こずかたしょう)』に、「写本」という詩篇がある。

「不来方」は、私の故郷、盛岡の古名。

二度と来ないところという意味だが、「写本」には、故里のイメージに加えて、平泉、中尊寺で見た薪能のことを書いた一節がある。



(盛夏の一夜、その舞いはあるはずだった
ほんとうの夜のくらさのうちに
あなたの顔は紙のように冷えて
物差しほどの蜻蛉が
目の高さに浮かんでは すい、と
盛んな篝火に吸い込まれていく
それをあなたは喜んだ
「天鼓」と名のる
他界の少年の舞いには決して
目をやらぬまま
舞いを、その舞いを、)



このときの中尊寺薪能の演目は、半能「天鼓」。

シテは、喜多流の友枝昭世だった。


友枝昭世は、老いて盲いてから稀代の名人と称えられた友枝喜久夫の長男で、平泉の薪能のあと、東京でも何度か見たことがある。

その舞いは、早世の天才、観世寿夫の芸風を継承するものと評されるが、父とは別の意味で、稀代の名人であり、2008年には人間国宝の指定を受けている。

友枝昭世が舞う「歌占」を見たいというのは、私の念願でもある。


中尊寺での薪能は、暗闇の記憶とともに、忘れがたいものとなったのだが、詩のなかに織り込まれたとき、それは別の記憶を生成させていくかのようで、悩ましい。
posted by 城戸朱理 at 07:41| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月16日

「群像」2015年10月号、特集「個人的な詩集」

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「群像」10月号に特集「個人的な詩集」が掲載されている。


編者は吉増剛造・山田詠美・島田雅彦の四氏。


吉増さんは「獣語」と題して、松尾芭蕉・大手拓次・黒田喜夫らから動物が登場する詩を、山田詠美さんは「性的ヒーリングワーズ」というタイトルで、性をテーマにした詩と詞を、島田雅彦さんは、「都市生活者には牧歌が足りない」と題して、ウィリアム・ブレイク、ヘルダーリンら海外の詩人の作品を選んでいる。


長野まゆみさんは、「あの時代、港で」と題して、高貝弘也・田野倉幸一・城戸朱理・吉増剛造の四篇を。

私の詩は「非鉄」が採られている。


いずれも独自の視点から編まれているだけに、編者のエッセイも楽しい。


興味のある方は、御一読を。
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2015年05月18日

吉増剛造さんからGOZO CINE新作が届く

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4月25日に、吉増剛造さんから、私とバンビことパンクな彼女宛てにDVDが届いた。

吉増さんが撮り続けている実験的な映画、GOZO CINEの新作である。


タイトルは、「ダイゴジカクメイ キセキノダイゴジ」。

「醍醐寺革命 奇跡の醍醐寺」!?


醍醐寺では丸1日がロケで、吉増さんが動画を撮る余裕はなかったはずだが。


さっそく、観てみたのだが、これは、醍醐寺で罫線を引いた「詩の傍らで」を御自宅で完成させる様子を撮影したものだった。


原稿用紙に時間が堆積していくかのように、上書きされていく言葉、飛び散るインク。


なんということだろうか。

吉増さんは、醍醐寺でドキュメンタリーの出演者となるだけではなく、撮影中も「詩の傍らで」の制作を続けていたが、それが完成する様子もまた、GOZO CINEの新作として生成させたことになる。

生きている時間のすべてで、ポイエーシス(創造)に向かい合う、その姿勢は、圧倒的としか言いようがない。
posted by 城戸朱理 at 13:55| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月26日

フィンランド語訳・城戸朱理詩集『幻の母』

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フィンランドは不思議な国だ。

人口は、約530万人と決して大きな国ではないが、福祉は充実し、幼稚園から大学院まで教育が、すべて無料。

人材育成こそ、国力だという考え方があるのだろう。


意外だったのは、隣国スウェーデンとの出版事情の違いである。

昨秋、講演のためスウェーデンに行った柳美里さんによると、スウェーデンでは、純文学が読者を失い、刊行される小説はミステリーのみ。

純文学を発表しようとしたら、ネットか自費出版するしかないのが現状らしい。

小説でもそうなのだから、詩となると、もっと難しいだろうことは推測に難くない。


ところが、フィンランドだと詩集も刊行されている。

しかも、翻訳詩集も。


私の『幻の母』は、昨夏、マユ・サーリッツア訳によって刊行された。

同時期に日本の詩歌だと、良寛詩集も出版されていたが、『幻の母』は、初版8000部、印税は16.3%の契約。

日本なら芥川賞受賞作家レベルの部数が刊行されるのだから驚くが、印税も日本よりはるかに高い。


『幻の母』は、幸いにも好評で、私がアメリカのアン・ウォルドマンととめに招待されたアンニッキ・ポエトリー・フェスティバルでも版元が用意していた百部があっという間に売り切れた。

『源氏物語』等の翻訳を手がけた日本古典文学の権威、カイ・ニエミネン先生も訳詩を賞賛していたし、高い評価を受けているノンフィクション作家、ピルッコ・リンドベリさんも、たいへん気に入って下さり、
何冊も買い込んで、友人にプレゼントしているというので、マユ・サーリッツアによる翻訳はよほどうまくいっているのだろう。

マユさんの父親は、フィンランドを代表する詩人であるとともに、ガルシア・マルケスらラテンアメリカ文学をフィンランドで紹介した翻訳家としても知られるペンッティ・サーリッツア氏である。

マユさんの言語能力も遺伝なのだろうか。


私の詩はこれまで、アメリカ、イタリア、ドイツ、中国、韓国で翻訳・紹介されてきたが、単行詩集はフィンランド語訳が初めてなので、私にとっては記念すべき一冊である。
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『漂流物』、ドイツ語訳

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『漂流物』の部分をドイツで紹介したいという連絡をいただいて、了承したのを忘れていたら、先週、分厚い本が届いた。

ドイツ語なので、何が書いてあるのか皆目、分からない。

最初は、日本文学を紹介する本かと思ったのだが、巻末の人名索引を見ると、安倍晋三首相が頻出しているし、
文学者ではない名前も散見するので、日本と日本文化を紹介する本なのかも知れない。


詩歌のページには、岡井隆、角川春樹氏の名前もあるので、現代詩のみならず、短歌と俳句を含めた日本の詩歌を紹介するもののようだ。


詩は、私の『漂流物』のほかに、加島祥造、辻井喬から、若手は文月悠光まで、8人の作品が紹介されている。
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2014年11月01日

「現代詩手帖」11月号、高橋昭八郎追悼小特集から



「現代詩手帖」11月号で、高橋昭八郎追悼小特集が組まれている。

金澤一志さんが、私とのトークで、世界的な視覚詩人として知られる高橋昭八郎に、視覚詩作品ではなく、隠れキリシタンを主題とする言葉による連作があることを語っている。

これは昭八郎さんの仕事のなかでも、きわめて重要なものなのだが、13篇あるはずの連作のうち、最後の1篇が行方不明になっているため、刊行できないままになっているという。

いずれ、金澤さんが探し出すことを期待するしかないが、御存知の方は、ぜひ御教示いただきたい。


この詩集が刊行されると、卓越したセンスの持ち主だった昭八郎さんの
郷土への想いや土着性といった別の面に光が当たることになるのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 13:45| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月04日

「elements〜私の作詩法」

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鯨井謙太郎(正しくは良偏に邑)氏から「コエの未来は、未来のカラダ」への参加を求められ、快諾したものの、当初は、どんなものになるのか見当がつかなかった。

打ち合わせのときに、鯨井くんから、『現代詩文庫 吉岡実詩集』に収録されている吉岡さんの「私の作詩法」のようなものが書けないか、打診があり、こうした困難な仕事は、困難だからこそ引き受けるべきだと思ったのだが、いざ着手してみると、やはり、なかなか進まなかったのも事実である。


当たり前のことだが、吉岡さんのようなものではなく、結局は自分だけのものを書くしかない。

『幻の母』と現在進行形の『水都』を念頭に置いて、まずは、川をめぐって書き進めていくうちに、次第に全体の姿が見えてきて、最終的には、水・風・土・火とエレメンツに即した4部構成、400字詰め原稿用紙12枚の草稿が完成した。


リハーサルを重ねるなかで、私のテクストのうち、「水」と「火」のパートを使うことに決め、本番では、あらかじめ録音しておいた私の朗読を加工して流したのだが、
「火」のパートは、上代の火山の噴火にまつわる記述をもとにしたもので、公演当日、戦後最大の被害を出すことになる御嶽山噴火のニュースに触れて、鯨井、定方両氏とともに、そのシンクロに慄然たるものを覚えざるをえなかった。


「elements〜私の作詩法」は、来年2月の神楽坂セッションハウスでの公演まで、加筆と推敲を重ねて、決定稿にするつもりだが、その生成のプロセスじたいが、鯨井謙太郎、定方まこと両氏のダンスの時間と重なり合うものとなることだろう。
posted by 城戸朱理 at 13:25| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月25日

マイナビ「ことばのかたち 日々が紙から飛び出して」連載詩「誰でも明日のことは考える」更新



マイナビの詩歌ブログ「ことばのかたち 日々が紙から飛び出して〈SEASON2〉」の連載詩「誰でも明日のことは考える」第15回目がアップされた。

タイトルは、「もし罪にも名があるのなら」。


マイナビ・ブログのアドレスは下記の通り。


URLhttp://book.mynavi.jp/blog/poem/


この連載詩も、いよいよ次回で最終回になる。

これまで、火がついたように一冊の詩集を一気に書き下ろしたことは何度かあるし、週刊誌にも足かけ7年、連載を持っていたので、
毎週、締切が来ることにも慣れてはいるのだが、詩を毎週一篇ずつ書くとなると、やはり使う力が圧倒的に違うのを痛感し続けた4か月だった。

最終回の原稿もすでに書き上げたので、あとは見直してから送るだけになっている。


興味のある方は、御一読を。
posted by 城戸朱理 at 14:49| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月12日

高橋昭八郎さんのこと

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日本では無名に等しいまま、世界を震撼させた視覚詩人、高橋昭八郎の仕事を、日本で初めて本格的に紹介したのは、金澤一志氏だった。

氏は、高橋昭八郎のヴィジュアル・ポエトリーの代表作を集成する『第一語の暗箱』(私家版)、言語による詩をまとめた『ペ/ージ論』(思潮社)の構成・編集を担当したが、
『第一語の暗箱』の解説「詩よりはむしろ詩について」も、高橋昭八郎の本質を語る素晴らしいものである。

そこで、金澤一志氏は、「まるでビジュアルポエトリイの総体が高橋昭八郎に歩をあわせているかのようだ」と語っているのだが、たしかに『第一語の暗箱』を開くたびに、その感を強くする。


北園克衛は、昭八郎さんに「君もヘンなことを考えるね」と語ったことを昭八郎さん御本人から聞いたことがあるが、
高橋昭八郎の発想は、たしかに世界のヴィジュアル・ポエトリーのなかにあっても、群を抜くものだったし、
それが卓越した造型センスに支えられて、作品化されていたと言うしかない。

また、北園克衛は昭八郎さんの肩を叩いて「勇気だよ、勇気」と励ましたというが、昭八郎さんは、それを「黙殺に耐える勇気」だと陽気に語られていたのが、忘れられない。

黙殺もまた、前衛であるがゆえの宿命なわけだが、高橋昭八郎は、その勇気を終生、貫いた詩人だった。


先月の神田・小宮山書店の古書目録では、『第一語の暗箱』は、すでに1万2千円の高値が付けられていたが、『ペ/ージ論』は、まだ思潮社に在庫があるのではないかと思う。

未見の方は、ぜひ手にしてもらいたい一冊だ。


写真は日本現代詩歌文学館での告別の会「おかえりなさい 高橋昭八郎」で、スクリーンに映し出された昭八郎さん。

この写真は、私の企画・監修により、ワタリウム美術館のオン・サンデーズで、2004年に開催された「翼ある詩〜高橋昭八郎展」のパンフレットの
プロフィール用に昭八郎さんが送ってくれたものだが、昭八郎さんは「S」にも「8」にも見えるポーズを取っている。

プロフィール用の写真まで、ヴィジュアル・ポエトリー的な遊び心に満ちているのが愉しいが、盟友・伊藤元之さんの「あの写真しかない」という意見があって、追善供養と告別の会の遺影に、この写真が使われることになった。


高橋昭八郎さんが岩手県の盛岡から佐賀県の唐津に転居されたのは、1997年のこと。

実は、昭八郎さんの盛岡のお宅は、私の実家から100mほどしか離れていなかったのに、唐津に転居してから、わざわざ九州まで、お訪ねすることになったのも、今になると面白い。


私の手元には、公表されていない作品、「わが五十音図」3点(2009年制作)と、2004年の唐津での昭八郎さんへのインタビュー、さらに、昨年、2013年に、昭八郎さんが私の10の質問に応えてくれたテープがあるが、これらは、機会を見て発表したいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 10:03| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月11日

追悼・高橋昭八郎

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今日、8月11日の「毎日新聞」夕刊に、私の追悼原稿〈絶えざる革新の意志 「視覚詩人」高橋昭八郎氏の軌跡〉が掲載される。

これは、「岩手日報」8月6日に掲載された〈高橋昭八郎氏をしのぶ 前衛生きる勇気貫く〉に続く私の2本目の追悼原稿になる。


高橋昭八郎(1933〜2014)は、北園克衛が率いたVOUクラブ後期を代表する存在であり、日本よりも、むしろ海外を中心に活動した。

言語からアートに越境じさらに言語に再帰するヴィジュアル・ポエトリー(視覚詩)は、「見る詩」であるという性格上、雑誌などよりも展覧会を主要な発表場所とすることになる。

高橋昭八郎さんは、第1回の個展こそ、やはりVOUクラブのメンバーだった盟友・伊藤元之氏が経営者する北上市の喫茶店「山小屋」で開催したものの、
この1961年の個展以降、なんと43年にわたって日本では個展を開催していない。

彼の個展は、ミラノのチェントロ・ツール画廊、あるいはシュトゥットガルトのセナトーレ画廊、そしてアメリカはハーバード大学図書館附属ギャラリーなどで開催され、日本を代表する世界的なヴィジュアル・ポェットとしての地位を確立していく。

ジョージ・マチューナスを議長とし、ヨーゼフ・ボイス、ジョン・ケージ、オノ・ヨーコらが参加したフルクサスにも関わりを持ったことも特筆すべきだろう。


その作品は、今や、世界的にヴィジュアル・ポエトリーの古典と目されているが、日本では、いまだに海外での評価に追いついていないというのが現実である。


高橋昭八郎の作品は、金澤一志氏の構成・編集によって『第一語の暗箱』(私家版)、『ペ/ージ論』(思潮社)に集成されているが、それは、いまだに未来に向けて開かれている書物なのだと言ってもいい。


黒沢尻町(現北上市)に生まれ、28歳で盛岡に転居した昭八郎さんは、長らく盛岡を活動の拠点としていたが、64歳で佐賀県唐津市に転居し、唐津で天寿を全うし、今は、北上市の染黒寺に眠っている。


生前最後の作品となったのは、「gui」101号に発表された「詩/の水平線」4作。

表紙の構成も昭八郎さんによるものである。

ブルーのパンフレットは、7月27日に北上市の日本現代詩歌文学館で催された告別の会「おかえりなさい 高橋昭八郎」の会場で配布されたもので、見事なデザインは、金澤一志氏によるもの。

このパンフレットには、藤冨保男氏が「懐かしい声が聞こえて仕方ない――高橋昭八郎さんの帰郷に際して」を、私が「高橋昭八郎頌」を寄稿している。


アメリカのエドウィン・O・ライシャワー研究所の研究員であり、「gui」の同人でもあるジョン・ソルト氏は、高橋昭八郎を「前衛の人間国宝」と呼んだが、その言語の極限に迫る作品は、これから読み解かれていくことになるのだろう。


RIP. 高橋昭八郎――
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2014年07月14日

マイナビ・詩歌ブログ連載詩「誰でも明日のことは考える」



マイナビの詩歌ブログ「日々が紙から飛び出して〈SEASON2〉」の連載詩「誰でも明日のことは考える」第10回目、「それをしも詩と呼ぶならば」がアップされた。




マイナビ・ブログのアドレスは下記の通り。


URLhttp://book.mynavi.jp/blog/poem/


この連載詩も、後半にさしかかった。

移動中の車中で、携帯で打つという書き方をしているが、その意味では、喧騒のなかで、何を聞き取るのかが、私にとってはテーマのひとつとなっている。


興味のある方は、御一読を。
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2014年07月08日

マイナビ・詩歌ブログ連載詩「誰でも明日のことは考える」



マイナビの詩歌ブログ「日々が紙から飛び出して〈SEASON2〉」の連載詩「誰でも明日のことは考える」第9回目がアップされた。

今回の一篇、「戦争が降ってくる」。


マイナビ・ブログのアドレスは下記の通り。


URLhttp://book.mynavi.jp/blog/poem/


この連載詩も、あと7篇。

つまり、今後も7週間は毎週、締切があるわけだが、どこに収束していくのかは、いまだに見えない。

それだけに、私も未知と出会うことになる。

興味のある方は、御一読を。
posted by 城戸朱理 at 09:53| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月01日

漂流物

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稲村ヶ崎へ。

できるだけ波打ち際を歩いた。

打ち寄せられた漂流物は、私に何をささやくのだろうか。

私は、また、しずかに耳を澄ます時間を送ることだろう。


思いがけずも『漂流物』は、一冊にまとまったが、それは、決して書物になることを目標にして始まったものではなく、ひそやかな仕事だった。


波が寄せるところをたゆたっていたイカの甲は、大きな波にさらわれて、再び海に還っていった。

私もまた、ひそやかな時間のなかに、還っていくことになるのだろう。
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2014年06月30日

マイナビ・詩歌ブログ連載詩「誰でも明日のことは考える」



マイナビの詩歌ブログ「日々が紙から飛び出して〈SEASON2〉」の連載詩「誰でも明日のことは考える」第8回目がアップされた。

タイトルは、「真紅のグロスしか似合わない国」。


マイナビ・ブログのアドレスは下記の通り。


URLhttp://book.mynavi.jp/blog/poem/


この連載詩も、全16回の折り返し地点に達した。

あと8篇だが、どんな展開になるのかは私にも分からないし、その緊張が日々に張り詰めている。

興味のある方は、御一読を。
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2014年06月23日

マイナビ・詩歌ブログ連載詩「誰でも明日のことは考える」



マイナビの詩歌ブログ「日々が紙から飛び出して〈SEASON2〉」の連載詩「誰でも明日のことは考える」第7回目がアップされた。

タイトルは、「アスピリンが必要な夜」。


マイナビ・ブログのアドレスは下記の通り。


URLhttp://book.mynavi.jp/blog/poem/


この連載詩は、4か月全16回の予定なので、次回が折り返し点になる。

週刊誌の連載は、足かけ7年やったことがあるので、毎週、締切が来るのには慣れているが、詩となると話が違う。

毎週、新作を書くという企画は、魅力的でもあり、ストレスでもあるが、悩む間もなくやってくる締切と向かい合っているのは、私にとって貴重な経験になりつつある。

興味のある方は、御一読を。
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2014年05月20日

マイナビ・詩歌ブログ連載詩「誰でも明日のことは考える」



マイナビの詩歌ブログ「日々が紙から飛び出して〈SEASON2〉」の連載詩「誰でも明日のことは考える」第2回目がアップされた。

タイトルは、「ヒステリックな内面」。


マイナビ・ブログのアドレスは下記の通り。


URLhttp://book.mynavi.jp/blog/poem/


この連載詩は、携帯で打ち、推敲してから送っている。

私の場合、詩作は手書きが原則なので、異例となるが、それが作品にも反映されているかも知れない。

興味のある方は、御一読を。
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2014年05月12日

マイナビ・詩歌ブログ連載詩「誰でも明日のことは考える」



三角みづ紀さんの誘いで、マイナビの詩歌ブログ「日々が紙から飛び出して〈SEASON2〉」に、毎週、詩を発表することになった。

私の担当は、月曜日。

「誰でも明日のことは考える」というタイトルで、毎週更新していくことになるわけだが、あえて主題を決めずに、言葉の流路に従って、生成していくものを書いていきたいと思っている。


マイナビ・ブログのアドレスは下記の通り。


URLhttp://book.mynavi.jp/blog/poem/


今日、5月12日が始まりになる。


ところで、毎週更新なんて、本当に大丈夫なんだろうか???
posted by 城戸朱理 at 12:09| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月04日

新詩集に向けて



年末に亀岡大助「現代詩手帖」編集長が、鎌倉まで単行本の打ち合わせに来てくれたとき、私は、今年中に新詩集2冊を書き下ろすと宣言した。


私が、現在、書き継いでいる連作は、『世界の果て World on the Edge 』と『失題』、
『不来方抄』『幻の母』とともに起源をめぐる三部作の最終章となる『白鳥伝説』だが、
それに加えて、『非鉄』『地球創世説』『世界-海』の系譜に連なる『火山系』、非在の故郷を描いた『不来方抄』と対を成す、
実在の故郷をめぐる連作『水都』、そして、書物という概念を詩的に考察する『書物』(仮)を構想している。


『火山系』は、「現代詩手帖」2012年11月号と同年の『現代詩花椿賞30回記念アンソロジー』に、
『水都』は「読売新聞」2013年1月19日夕刊と「現代詩手帖」同年1月号、「文藝春秋」同年2月号に発表したが、
「現代詩手帖」2014年1月号には、『書物』の一篇となる「火の起源」が掲載されたので、構想中の詩集は、すべて着手したことになる。


今年、書き下ろすのは『水都』と『書物』になると思うが、これを完成させたら、『火山系』と『白鳥伝説』にかかり、
同時に、すでに既発表分が500行になる『世界の果て World on the Edge 』の構成を考えていきたい。


『失題』は、数千行の長篇を考えているので、簡単には終わらないだろうが、歩き続けていくしかないだろう。

昨年、一昨年は、あまりにあわただしく、生活をする余裕さえないという感じだったが、書いても、書かなくても、人生は、いつかは終わる。

若いときには想像もつかなかったことだが、それは明日かも知れないし、もっと先なのかも知れない。

それだけは間違いないことであって、書くか、書かないかを問われているのは余人ではないのだから。
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2013年11月08日

北上川と岩手山を望む

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北上川に架かる開運橋から、はるか青くけぶる岩手山を望む。

盛岡市内を流れる川と橋は、私の第3詩集『不来方抄』のモチーフとなったが、
北上川は、川の源を訪ねる幻の詩的旅誌として編んだ第7詩集『幻の母』の主題系を成している。


帰省すると、必ず一度は開運橋を渡り、北上川と岩手山を望むのは、私の癖のようなものだが、
郷里を離れてから30年以上がたつ今、私は、そこに何を見ようとしているのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 13:41| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月12日

新しい詩誌創刊に向けて



先日、鎌倉で和合亮一氏と話し合い、私と和合くんが、同じ危機感を抱いていることを確認することになった。

和合くんからの提案もあって、その危機に対応すべく、和合くんと私で、新たに詩誌を創刊することに。

参加同人としては、私が最年長の詩誌になると思う。


誌名、創刊の時期、ともに未定だが、和合くんと打ち合わせを重ね、準備していきたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 09:50| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする