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城戸朱理のブログ: 詩

2010年08月08日

新詩集の構想

私にとって第七詩集になる『幻の母』と、
第八詩集『世界-海』の再校を戻し、
思潮社の亀岡大助編集長と装丁案を打ち合わせしたので、
あとは、装丁の見本を待つだけとなった。

現在の進行だと、9月中には、刊行される予定である。


この2冊と同時に原稿を完成させた『漂流物』は、
年明けに入稿する予定だが、
「源流考」連作として書きついでいた『幻の母』と並行して
2000年代初頭に発表していた『世界の果て World on the Edge』の
既発表分を確認してコピーしたところ、13篇に達することが分かった。


改めて読んでみると、方向性を模索しながら書き進めていた様子が明らかで、
語法も統一されていないが、
今後は、現在の視点から既発表分を改作し、
さらに新たな詩篇を書きついでいこうと思っている。


刊行は来年になるか、再来年になるか、まだ未定だが、
ここしばらくは、単行本をまとめる仕事と
書き下ろしの仕事を並行して進めていくことになりそうだ。
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2010年04月19日

田村隆一の全集と吉岡実の全散文集

喜ばしいことに、田村隆一の全集が河出書房新社から
刊行されることになった。


田村さんの詩篇は、『田村隆一全詩集』(思潮社)で
通読することができるが、
少なからぬエッセイ集は、
そのすべてを集めるのが難しい。

私も、これまで目につくかぎりは買い求めてきたが、
古本屋でもネットでも、
どうしても見つからないものが何冊かある。

『田村隆一全詩集』で「年譜・書誌」を担当した
詩友、田野倉康一くんの話でも、
入手困難なものが数冊あるとのことだった。

今のところ、『全詩集』未収録の詩篇は、
初出・掲載誌不明の「鍬・機雷」一篇しか見つかってはいないが、
これも、今度の全集には収録されるそうだから、
文字通り、田村隆一の全貌が、
書籍の電子化を目前にして、
紙の本として後世に残されるのを喜びたい。


一方、吉岡実の『全散文集』も刊行が進められていると聞く。

吉岡さんの場合、田村さんと違って、
執筆量は、決して多くないので、
すでに刊行されている『吉岡実全詩集』(筑摩書房)と
今回の『全散文集』で、実質的な全集となるわけだが、
生前に単行本として刊行された
『「死児」という絵』(思潮社、増補改訂版・筑摩書房)と
『土方巽頌』と『うまやはし日記』以外の単行本未収録原稿も、
吉岡実の書誌を研究されている小林一郎氏によって、
すでにまとめられているので、
いずれは、全3冊ていどの『吉岡実全集』として、
まとまることを期待したいところである。


深刻な出版不況が語られるなか、
田村隆一の全集や、吉岡実の全散文集が企画されたということは、
出版業界の良心というものだろうが、
同時に「戦後詩」の時代が、
それだけ過去のものになったということでもあるわけで、
21世紀に吉岡実と田村隆一という戦後詩の巨星が、
どのように読みつがれていくのかは、
これから若い世代に託されることになる。

もちろん、若くないとはいえ、
私も機会があるたびに語っていきたいとは思っているが。
posted by 城戸朱理 at 18:26| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月25日

詩が書けるとき、詩が書けないとき

手元に抱えていた詩集原稿、
『世界-海』と『幻の母』を入稿し、
さらに『漂流物』の原稿も思潮社に託したが、
そのあとで、たいへんなことに気がついた。

この3冊が刊行されてしまうと、
私の手元には未発表原稿がなくなることになる。

思えば、昨年、一昨年は、詩の依頼があっても、
手元の原稿から、どれかを選んで送ればよかったわけで、
意識することはなかったものの、
詩の締切という重圧とは無縁だったのだ。


本来、詩とは締切などとは関わりなく、
内発的なものに促されて書くものであるわけだが、
未発表作がない場合は、
依頼のたびに、新たに書き下ろさなければならない。

その意味では、締切も詩を書くための、
ひとつの契機とは言えるわけだが、
いざ、白紙を前にして、詩を書こうとすると、
とんでもない状態に陥ることがある。

詩とは、どうやって書くものなのか、
それがまったく分からなくなることがあるのだ。


これほど、不思議なことはない。
詩が書けるときは、それこそ、一週間からひと月で、
詩集一冊分の詩篇を書き下ろすことさえあるのに、
書けないとなると、何日かけても、
一篇すらまともに形を成さないのだから。


そして、おそらくは、白紙を前にして、
詩はどうやって書くのかと自問することは、
詩とは何なのかという問いを生き直すことにほかならず、
そのようにしてしか始まらないのが、
俳句や短歌のような定型詩ではない、
「自由詩」の「自由」である理由なのだろうし、
になうべき運命なのだと思う。


ともあれ、詩集が続けて刊行されたら、
私は、また、新たな詩を模索しなければならない。

おぼろげに姿を現しつつあるいくつかの詩のうち、
どれが立ち上がってくるのか、
それは作者にも、まだ分からないのだが。
posted by 城戸朱理 at 11:39| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

パンダの詩

以前、「まんぼう」の詩を書いたことがある。

しかも、活字印刷で小冊子まで作ってしまった。

それ以来、次はパンダの詩を書こうと思っていたのだが、
いまだに実現していない。

タイトルは「Blanc et Noir」。

ブロンク・エ・ノワール。
フランス語で「白と黒」(笑)。


なぜ、フランス語なのか?
深い意味はない(笑)。


ただ「黒白(こくびゃく)」だと池波正太郎の時代小説のタイトルだし、
「白黒」だと、何やら、はっきりしろと言われているようで、
パンダ感(?)に乏しい。

英語でブラック&ホワイトだとスコッチ・ウィスキーだし、
そこで、ブロンク・エ・ノワール。


詩論集の入稿作業が終わったら、
絶対に書くのだ、パンダの詩を。

完成しても誰にも見せないぞ(笑)。
いや、希望者にだけ、こっそり配ろうかな?
posted by 城戸朱理 at 11:55| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月24日

もういちど『世界の果て』へ

2冊の新詩集、『世界-海』と『幻の母』の 入稿を終えたので、
来年は、『漂流物』を刊行したいと考えている。

これは、鎌倉の海岸に漂着した
さまざまな漂流物の写真を撮って、
その写真に「散文の裂け目から詩が覗くように」言葉を添えた
散文詩もしくは詩的テクストとでも言うべきもので、
「ユリイカ」2002年10月と
「現代詩手帖」2007年1月の2回しか公にはしていないものの、
原稿じたいは、ほぼ完成している。

ほかに、近年、私が発表しているのは、
「失題」の連作だが、今回、新詩集の入稿を終えてから、
ある詩篇が気になりだした。
それは、「世界の果て」の連作である。

2000年に『千の名前』を刊行したあと、
私が書き始めたのが「世界の果て」だったが、
「現代詩手帖」「文學界」「湘南文学」などに、
数篇を発表しただけで、
2002年からは、『幻の母』『漂流物』に着手、
さらに、その翌年に刊行することになる
『地球創世説』の諸篇にみまわれて、
「世界の果て」は中断することになってしまった。

おそらく、それは、「世界の果て」を書き始めたときに、
切実だったことが、私にとって
過去のものになったように思えたからなのかも知れない。


しかし、ここに至って、また、
「世界の果て」に内在する主題が、
私にとって切実さを増しているように思う。


今のところ、「失題」のほかにも構想している詩集はある。

『不来方抄』『幻の母』に続く起源をめぐる三部作の最終章、
あるいは、『地球創世説』の後を受ける詩篇群、
さらには、今まで試みたことがない
日常的に取材した作品も、
書いてみたい欲求が高まっている。
そう、後期田村隆一のような(!)。


だが、今は、もういちど「世界の果て」に
向かいあってみるべきなのかも知れない。
もし、また「世界の果て」を書き始めるならば、
10年の中断の意味も、
自ずと明らかになることだろう。
posted by 城戸朱理 at 20:30| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月29日

和語と漢語

英語の単語には、アングロ・サクソン起源のものと、
ラテン系言語に由来するものがある。

そのどちらに比重があるかによって、
詩の印象も変わるのだが、
T.S.エリオットのように
アングロ・サクソン起源の単語が多いと、
硬質な感覚が強くなると指摘されている。

これは、日本語の場合は、
漢語と和語の違いに似ているかも知れない。


和歌と漢詩が共存してきたのが、
日本の詩歌の歴史なわけだが、
興味深いことに、西欧の詩の影響から生まれた、
明治の新体詩は、やはり漢語調であり、
日本起源ではない詩歌は、まず外来種的なものとして、
漢語的なものになるというところがあるのではないだろうか。


そして、萩原朔太郎であれ、宮澤賢治であれ、
和語から始まった詩人が、
最後は漢語調に回帰するのも、
検討が必要な問題だろう。


こうした傾向は、戦後詩とそれ以降の現代詩にも言えるところがあって、
西欧の詩の影響から始まった詩人は、
漢語的な傾向が見受けられる場合が少なくない。


私の場合は、漢語的な印象が強いかも知れないが、
実は、『不来方抄』や『千の名前』は、
無意識的なものであるにしろ、
実は、際立って和語的なコンテクストによっている。

この問題は、詩を書くうえで、
今後、さらに意識していきたいことのひとつである。
posted by 城戸朱理 at 08:30| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月27日

今日付けの「日本経済新聞」に「詩壇回顧」掲載

12月27日、今日の「日本経済新聞」に、
今年の詩的状況について語る記事、
「混沌の時代、根源的に問う」が掲載される。

「現代詩手帖」12月号に予定していた原稿を
来年の詩論の短期集中連載まで伸ばしてもらったので、
今年の回顧としては、「ダカーポ特別編集 最高の本2010」、
そして、「毎日新聞」12月9日夕刊の松浦寿輝氏との対談に続く、
私の最後の原稿となる。

取り上げた詩集は12冊。

そのなかから、どんな潮流が見えてくるのか?

激動の時代に、詩が問われていることと、
詩が問おうとしていることを考えてみた。

興味のある方は、御一読を。
posted by 城戸朱理 at 09:44| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月28日

高橋昭八郎「わが五十音図」、新作!

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高橋昭八郎の「わが五十音図」といえば、
世界を震撼させた視覚詩(ヴィジュアル・ポエトリー)の名作であり、
国際展の図録の表紙を飾ったこともあるが、
高橋昭八郎さんに一点お願いしたところ、
思いがけず「新作を作ります」というお返事が。


文学よりは美術の領域で
語られることが多かった視覚詩だが、
美術のようにオリジナルという概念は希薄で、
昭八郎さんも写真にサインを入れて、
展覧会に出品することが多い。

私としては、写真で構わないので、
身近に昭八郎さんの作品を飾っておきたいと思ったのだが、
思いがけない展開で「わが五十音図」は、
新作が制作されることになったのだった。


昭八郎さんから、荷物が届いたのは、
昨日、10月27日のこと。


しかも、なかから出てきたのは、3点もの新作だった!


モニュメンタルな「わが五十音図」に
新作が加わったことも喜ばしいが、
額装したら、いずれ公開する機会を持ちたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 11:34| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月22日

太宰治「散華」の詩人、太田循司

今年は太宰治生誕百年だが、
奇しくも、その年に太宰治の未発表書簡4通が、
岩手県花巻市で新たに発見された。


しかも、その葉書は、
太宰が敗戦の前年の昭和19年(1944年)に、
「新若人」(旺文社)3月号に発表した短篇「散華」に
実名で登場する詩人、三田循司に
宛てられたものだったのである。


三田循司は、1917年、
宮沢賢治と同じ花巻市に生まれた。

東京帝国大学在学中に太宰を訪ねて、
交友が始まったが、
昭和17年に臨時召集され、
18年5月、アッツ島でアメリカ軍の攻撃を受け、玉砕。

26歳の若さで世を去った。


太宰は「散華」で、三田循司を真の詩人として賞賛しているのだが、
「散華」は、表層的な読み方をすると、
戦争と玉砕を賛美するもののようにも読めるため、
戦後、真っ向から語られることはなかった。


しかし、この作品は太宰の人生観を
ストレートに語るところがあり、
さらに、晩年の私小説的な要素が強い
あの名作「ヴィヨンの妻」において、
主人公が詩人という設定になっていることの
理由を解き明かすものであるようにも思われる。

(それにしても、「ヴィヨンの妻」の最後のあの妻のセリフ、
「私たちは、生きていさえすればいいのよ」の凄さよ!)


一方、太宰の書簡の発見によって、
北上の日本現代詩歌文学館では、
10月11日から11月30日にかけて、
「三田循司資料特別公開」展を予定しており、
これまで知られることがなかった三田循司の
詩作品も紹介されることになった。


残されているのは、作品10余篇と断片のみだが、
その作品には、宮沢賢治と村上昭夫を繋ぐかのような
可能性を見いだすことができると思う。


三田循司の遺作は、詩歌文学館の企画展に合わせて
刊行されるパンフレットに集成されることになっており、
私もエッセイを寄稿している。

日本現代詩歌文学館の展示は、
知られざる幻の詩人に触れる
貴重な機会となることだろう。
posted by 城戸朱理 at 07:15| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月01日

読者一億人の文芸雑誌、賞金五千万円の文学賞

「NHK テレビで中国語」に連載された
日中漢俳リレーが、中国で紹介された。

漢俳とは、中国語の俳句のことで、
俳句の5・7・5という音数律に対して、
5・7・5、17文字の漢字で構成される。


しかも、三十六歌仙にちなんで、
中国と日本、それぞれ18人によるリレーとなったのだが、
これが温家宝総理から始まって、
村山富市元総理で終わる国家的(?)なもの。


詩人・作家であり、日中文化交流協会会長の辻井喬さん、
東大総長・文部大臣などを歴任し、
現在、国際俳句交流協会会長の有馬朗人さんと、
肩書きが名刺の片面では
収まりきれないような方々が名前を連ねている。


俳人ではほかに金子兜太氏、歌人では佐佐木幸綱氏、
画家ならば平山郁夫氏、
詩人は谷川俊太郎氏に大岡信氏と錚々たる顔ぶれである。


しかし、なぜか、何の間違いか、
そこに私も入っているのだ。

場違いな感は否めないが、
不思議な気持ちになった。


しかも、この日中漢俳リレーが紹介されたのは、
中国でもっとも権威があるとされる「人民文学」誌。

なんと、読者一億人と言われる文芸雑誌で、
しかも、その巻頭特集である。


西側諸国では発行部数一千万部の「読売新聞」が、
世界最大のメディアだが、
やはり、中国はすべてに規模が違うらしい。


翻訳は日本側は湯田美代子さんが担当し、
田原さんが校閲されたようだが、
田原さんの序文によると、
全体の解説を担当した西村我尼吾氏は、
2010年の上海万博で賞金50万ドル(5千万円!)の
李白短詩賞の創設を計画中だという。


日本にいると、読者一億人も
賞金五千万円も絵空事としか思えないが、
どちらも桁外れで、実感は持てないものの、
それだけに痛快である。
posted by 城戸朱理 at 08:48| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月10日

短歌、俳句、自由詩

Edge穂村弘篇を久しぶりに見直したのだが、
穂村弘氏によると、歌人を特徴づけるのは、
自己肯定感の強さと、
羞恥心のなさなのだとか。


たとえば、与謝野晶子ならば、
「あなたが好き」と何千回も言う。

斎藤茂吉ならは「鰻がうまい」と何千回も言う。

恥も外聞もない。

もう分かったよという気になるが、
それを超えて、さらに同じことを言われ続けると、
誰もが納得せざるをえない。


穂村さんは、こうしたところにこそ、
短歌というジャンルの
際立った特徴があるのだと語っていた。


なるほど、そこには「私はこう」「俺はこう」と
言い切ってやまないような、
羞恥心を払いのけるかのごとき強烈な自我があることになる。


たしかに、歌人の集まりは、いちばん華やかだが、
歌人とは、美味しいものが好きで、
お洒落するのが好きで、
恋愛が好きで、要するに、生きていることを
謳歌するようなメンタリティの人が多いらしい。


もちろん、何事にも例外はあるのだろうが、
話を聞いたときには、面白すぎると思ったものだった。


これが、俳人となると、
自己肯定よりも、自分の外の世界を
まず肯定するところから始まるのだろうし、
詩人となると、自己も世界も疑うところからしか、
始まらないような気がする。


短歌や俳句のような伝統的な定型詩と違って、
定型を持たない自由詩は、
まず、「詩とは何か」と
自問するところからしか始まらないし、
その問いは、必然的に
自己と世界を問い直すことを要求するからだ。

こうしたことは、詩論集『潜在性の海へ』(思潮社)で、
すでに語ったので、ここでは繰り返さないが、
歌人と俳人と詩人というものは、
同じ日本語で、詩作をするのに、
これほどまでに違うものらしい。
posted by 城戸朱理 at 08:41| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月23日

危機に光増す「戦後詩」(「日本経済新聞」2009年3月21日)

「日本経済新聞」の文化欄に、
「戦後詩」をめぐる記事が掲載された。

同社文化部の舘野信治記者による署名記事で、
ひと月以上の取材期間を費やし、
7人のコメントによって、
戦後詩の現在にこおける意義を
明らかにしようとするものなのだだが、
戦後詩といって、すぐに連想される「荒地」と
その周辺の詩人たちばかりではなく、
「前衛詩の再発見」と題して、記事の3分の2が、
新国誠一と藤富保男にさかれているのが特徴だろう。

その意味では、狭義の戦後詩の枠を超えて、
多角的な検討が進んでいるのが、
現在なのだということになる。

私も取材を受け、コメントを寄せているが、
旧来の戦後詩の再評価ばかりではなく、
前衛詩の評価と検討は、
これからの課題だと思う。
posted by 城戸朱理 at 10:43| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月25日

「岩手日報」の詩の投稿欄について

「岩手日報」の日報文芸「詩」の選者を
20年にわたってつとめてこられた吉野弘氏の後任として、
4月から、私が選者をつとめることになった。

この欄は、かつて、村野四郎が選者だったときに、
『動物哀歌』の詩人、村上昭夫を見いだしたことでも知られている。

『動物哀歌』は、序文・村野四郎、
装丁及び編集・高橋昭八郎によって、
1967年に刊行され、同年に土井晩翠賞、
翌年にH氏賞を受賞、脚光を浴びるが、
その半年後、わずか41歳で村上昭夫は死去した。

存在の深みを問いつづけた、
この夭折の詩人については、
これからも語り直していかなければならないだろう。

選者交代の記事は、「岩手日報」2月24日夕刊に掲載されたので、
詳細は、紙面で確認していただきたい。

岩手日報の日報文芸「詩」の欄は、
県外からも投稿可で、隔週の火曜日夕刊に掲載される。

詩は、原稿用紙2枚以内。

送付先は、下記の通り。


〒020ー8622
岩手県盛岡市内丸3ー7
岩手日報社 日報文芸「詩」係


和合亮一氏から、自分も投稿していいのかという
問い合わせがあったが、
もちろん、大歓迎である(?)。

岩手県内はもちろん、
広く県外からも、投稿していただきたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 00:46| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

西脇順三郎のこと、その3

つまりは、西脇順三郎の詩論とは、
当時の西洋の最新の思潮と向かい合いなからも、
まったく、独自のものであったと言うことができると思う。

西脇が繰り返し語っているのは、
詩というものは、あくまでも
現実に根ざしていなければならないということ、
しかし、現実のままでは詩にならないということで、
それ自体は、つまらないものである現実を
異化したところに詩が生まれるというものだが、
このように単純化して語ると、
誤解を招きやすいのも事実であって、
このことは、きちんと論じたいと思っている。

ともあれ、西脇順三郎の膨大な詩論を前にしていると、
自分の仕事も、まだ始まったばかりなのだという
思いを抱かざるをえない。
posted by 城戸朱理 at 00:20| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月09日

西脇順三郎のこと、その2

西脇順三郎の詩論を再読していると、
ギリシア以来の西洋の詩と詩論に、
彼がどれだけ通暁しているのかは、驚くばかりだが、
詩人自身、50歳まで、主だった詩と詩論を通史的に読んで、
勉強したことを述懐している。

たとえば、数学や物理学を勉強する場合、
定理をひととおり、勉強するだけで、
30年はかかると言われているが、
これは、詩に関しても同じなのかも知れない。

私も今年で50歳になるが、
ようやく、詩については、
通史的な理解ができるようにはなったものの、
いまだに勉強不足を痛感することがあるのは否めない。

きっと、こうしたことは、死ぬまで続くのだろうし、
それはそれで、慶賀すべきことなのだと思ったりもする。

さて、西脇順三郎だが、
しかし、こと近代となると、
西脇の立場ははっきりしたもので、
19世紀では、フランス象徴主義、
とりわけ、ボードレールとマラルメを重視している。

ボードレールは近代的な詩的思考の始まりであり、
詩において、それを完成させたのはマラルメであるというのが、
西脇の評価なのだが、
フランス文学者であれば、
マラルメの先の展開にシュルレアリスムを見るのに対して、
西脇はマラルメ的な詩の完成を
ジェームズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』に見ており、
このあたりは、さすがに卓見といえそうだ。

西脇はフランスのシュルレアリスムの紹介者として、
当初、知られたわけだが、
もちろん、英語文化圏のモダニズム運動も、
十全に理解していたのは言うまでもない。

ただし、シュルレアリスムには、
当初から「人生の廃墟」という批判をして、
距離を取っているし、
エリオットを始めとするモダニズムには、
自分も同時代を生き、同じていどの
仕事をしているという自負があったようで、
直接的な影響のあとは見られないように思う。
posted by 城戸朱理 at 10:24| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月07日

西脇順三郎のこと、その1

「討議 近代詩」のために、西脇順三郎を読み直していて、
あらためて気づいたことがある。

西脇といえば、戦前の『超現実主義詩論』や
晩年の『詩學』など、
時代を画した詩論の書き手でもあったわけだが、
詩論集と銘打たれているものだけでも、前掲の2冊以外に、
『純粋な鶯』『梨の女』『斜塔の迷信』と計5冊を数える。

しかも、それ以外のエッセイは、
英文学者としての著作を含めて、
10冊以上があるのだが、
『輪のある世界』『居酒屋の文学論』
『メモリとヴィジョン』といった著作でも、
詩に対する言及は、きわめて多い。

それにしても、詩集のみならず、
西脇は、詩論集やエッセイ集のタイトルも
本当に素晴らしいが、
とにかく、膨大と言ってもいい量の詩論を、
執筆していたことになる。

このことを私は失念していたわけだが、、
討議が終わってからも、
機会があるたびに読み直しているところで、
新たな発見が続いている。

これは、以前、読んだときは、
その意味を正しく理解できなかったことが、
今になると、自分のなかで、
明確なかたちを結ぶように
なったということなのかも知れないが、
討議のためのレポートは、私にとっては、
いずれ、書き下ろすであろうモノグラフの
骨格が浮かび上がってくるようなものになった。

一冊の西脇順三郎論を、書き下ろすのは、
若い時分から、私の夢だったが、
どうやら、その時期が近づいてきているようだ。
posted by 城戸朱理 at 10:26| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月07日

高まる前衛運動再評価の気運

第二次世界大戦後、1950年代から60年代にかけて、
ヨーロッパ・南米・日本で、同時多発的に勃興し、
国際的な運動になったコンクリート・ポエトリー(具体詩)は、
文字の形象じたいに「詩」を見いだそうとするものだったが、
70年代には、言葉から写真やコラージュ、オブジェなど、
美術の素材を用いるヴィジュアル・ポエトリー(視覚詩)へと展開した。

ところが、海外に比べて日本では、この前衛運動は、
もっぱら美術の領域だけで問題にされ、
文学、ひいて詩の問題として検討されたことは、
これまで、ほとんどなかった。

しかし、21世紀を迎えて、
わが国のコンクリート・ポエトリーの創始者、
新国誠一の大規模な回顧展が国立国際美術館で開催されるとともに、
幻の詩集『0音』を含む実質的な全作品集が刊行されるなど、
具体詩と視覚詩をめぐる再評価の気運が高まっている。


新国誠一の「ASA」とともに、
日本のヴィジュアル・ポエトリーの牙城となったのは、
北園克衛率いる「VOU」だったが、
新国誠一とASA(芸術研究協会)を設立した藤富保男の全詩集、
『藤富保男詩集全景』(沖積舎)も刊行され、
その特異な世界の全貌が明らかになるとともに、
日本現代詩歌文学館では、3月14日から
「詩の姿〜藤富保男線描展」が開催されることになっているし、
新たな商業詩誌として出発した「びーぐる」第2号は、
特集「北園克衛と藤富保男」を企画している。


後期「VOU」を代表する伝説の視覚詩人、
高橋昭八郎は、代表作を集成する
作品集『第一語の暗箱』(2004)に続いて、
新詩集『ペ/ージ論』(思潮社)を準備中であり、
この新詩集の刊行も、ひとつの事件と言っていい。


さらに支倉隆子、ヤリタミサコと
視覚詩に積極的な詩人も健在だし、
作品数こそ少ないものの
卓越したセンスに支えられた
伊武トーマの視覚詩も、忘れがたい。

より若い世代の松井茂は、
コンクリート・ポエトリーの新世紀の継承者として
旺盛な活動を繰り広げており、
ヴィジュアル・ポエトリーの
新たな展開を担うと目される
辻虎志のような詩人も現れている。

その意味では、具体詩・視覚詩とは、
決して過去の前衛運動なのではなく、
現在進行形の問題でもあるわけで、
それは、私たちにとって、
詩と言語という問題を問い直す契機となることだろう。
posted by 城戸朱理 at 09:32| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月22日

『源流考』、最後の一篇へ

この何日か、外出するときは、
『源流考』のためのノートと原稿用紙を持ち歩いては、
『源流考』の最後の一篇となる詩篇に取り組んでいる。

この一篇が書き上がったら、
全体の構成を再び検討してから、
入稿することになるわけだが、
すでに書き終えた『世界-海』とともに、

来年の出版に向けて作業を続けていきたい。
posted by 城戸朱理 at 09:29| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月12日

「世界-海」、最後の一篇

12月10日に、新しい詩篇「疑問符のように」を書き上げ、
ほかの未発表の2篇とともに、
思潮社編集部に送った。

「現代詩手帖」1月号の作品特集のための原稿だが、
「疑問符のように」をもって『世界-海』は完成したことになる。

総行数は1250行ていどだろうか。


年明けには詩集原稿を入稿する予定なので、
『世界-海』は、私にとって、7冊目の単行詩集となるだろう。

前後して、『源流考』もまとめることになるが、
2冊とも来年中には刊行したいと思っている。
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2008年09月15日

ベルギーの日本現代詩特集!

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ベルギーで30年もの歴史を誇る
文芸誌「リヴォルヴァー」2007年12月号で、
日本現代詩の特集が組まれ、
欧米で高い評価を得ているアーティスト、森万里子や
写真家、杉本博司の作品とともに
日本の現代詩が翻訳・紹介された。

作品が紹介されているのは、
白石かずこ、吉増剛造、藤井貞和、
伊藤比呂美、野村喜和夫から高貝弘也、和合亮一など12人。

私の作品も『地球創世説』からの
詩篇を始めとする4篇が紹介されているが、
私にとっては、韓国語、英語、イタリア語、
そして、昨年の中国語訳に続く海外での紹介になる。

この特集はネットでも公開され、話題を呼んでいるというが、
イギリスやフランスと違って、
ベルギーやオランダのようなヨーロッパの周辺の国々は、
異文化への関心が高いらしい。

そうした国々は、大国ならではの中華思想と無縁で、
それゆえに知的好奇心も旺盛なのかも知れない。
その意味では、日本と似ているところがあるのだろうか。

たんに詩人が行き来して交流するよりも、
作品をきちんと翻訳・紹介する、こうした交流は、
意義深いものだと思うし、
一方通行で終わらせない努力が
日本の側にも必要だろう。
posted by 城戸朱理 at 00:50| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする