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城戸朱理のブログ: 仕事

2017年09月12日

第5回芝不器男俳句新人賞



芝不器男俳句新人賞実行委員会から第5回芝不器男俳句新人賞の選考委員就任依頼が来たので、お引き受けした。


応募は、今年、2017年10月〜12月10日の予定。

これまで通り、名前・年齢を伏せての公開審査になるが、選考会は、来年3月を予定している。


芝不器男俳句新人賞では、本賞のほかに選考委員の名前を冠した奨励賞もあるので、本賞ひとりと奨励賞5人が受賞者となる。


冨田拓也・杉山久子・御中虫・曽根毅といった本賞受賞者のみならず、
関悦史・神野紗希・佐藤文香・九堂夜想・岡田一実・堀田季何・西村麒麟ら、これまでの奨励賞受賞者の活躍によって、
俳壇の登竜門となった感がある芝不器男俳句新人賞だが、百句競作という難関に、ぜひチャレンジしてもらいたい。
posted by 城戸朱理 at 09:04| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月27日

「詩と思想」座談会



「詩と思想」編集委員の小川英晴さんから声をかけていただき、今年も座談会に出席することになった。

顔ぶれは、去年と同じく、ジャーナリストの徳山喜雄さんに私、司会が小川さんである。


おふたりの希望で、7月24日に、鎌倉で収録することになったのだが、暑い日だった。

菅村睦郎さんにお願いして、北鎌倉の侘助を早めに開けてもらい、風が吹きぬける奥のテーブルに着席する。

小津安二郎監督邸の床材を使ったテーブルを囲んで、座談会は始まった。


テーマは「ネット詩と現代詩の行方」。


ただし、個別論は原稿依頼をしてあるので、この座談会では、もっと広い視座から、インターネットと文明の変容について語り合うことになった。

そうなると、徳山さんが欠かせない。


徳山さんは去年の段階では、朝日新聞の記事審査室幹事をされていたが、会社を辞められ、今は立正大学で先生をされている。

私が、今年の3月11日に、盛岡で対談したジャーナリスト・作家の外岡秀俊さんは、朝日新聞時代の尊敬する先輩だったそうだ。


1990年代以降のネットの普及で、高度情報化社会が到来したが、同時に私たちは、旧来のアナログ・メディアよりデジタル・メディアのほうが寿命が短いという奇妙な逆説を前にしている。

和紙に筆書きならば、1000年の耐用年数があるが、CD-RやDVDの耐用年数は、20〜30年。

ネットには、情報があふれているが、フェイクニュースも多く、Wikipediaも間違いが目につく。

この混乱のなかで、詩の言葉は、どこに向かおうとしているのか。


スリリングな座談会になったと思う。

掲載は「詩と思想」11月号。

興味のある方は、ぜひ手にとってもらいたい。
posted by 城戸朱理 at 10:54| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月19日

原稿を一気に仕上げて



鎌倉ペンクラブが、来年の明治150年を前に、今秋、鎌倉と縁のあった明治時代の文学者をめぐる講演会を企画、私に島崎藤村についての講演依頼があったので、お引き受けすることにした。

「詩と思想」からも、11月号の特集座談会への出席の依頼があったが、こちらは夏のうちに収録することになっている。


吉増剛造さんのドキュメンタリー映画のことで、ニューヨークのジョナス・メカスと連絡を取ることになったのだが、この案件も順調に運んでいる旨、井上春生監督から連絡があった。


あれこれ、日程調整をしつつ、岩手日報随筆賞授賞式のために盛岡入りする前に急ぎの原稿を仕上げねばならなくなり、7月13日は、まず「映画芸術」誌のためのジム・ジャームッシュ「パターソン」評を執筆。

今年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品された「パターソン」は、アメリカ、ニュージャージー州の小都市パターソンを舞台に、詩を書くバス運転手、パターソンを主人公とする詩へのオマージュ。

この映画については、いずれ、別にアップしたい。


午後は、Edge公式ホームページのために、吉増剛造、前田英樹、鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)など5本の番組を見直し、紹介文を書く。

夕方、5本の原稿を書き上げ、ひと息ついたのだが――

「映画芸術」から夕方、ゲラが来たところ、規定の文字量を大幅に超過し、約三分の一を削らなければならないのが判明。

とりあえず、削れるだけ削って、夜には再校が出たのだが、まだ14行のはみ出しが。

途方に暮れていたら、バンビことパンクな彼女が、いつの間にか手を入れ、見事に14行分を削ってくれた。

このあたりは、さすが編集歴20年のプロフェッショナルである。

それにしても、私が文字量を間違えることなんて、滅多にないので、ジャームッシュの映画に、それだけ書くことを促す力があったということだろうか。

いや、そうではなくて、たんに私の不注意なのだが。


翌朝は、Edge公式ホームページの紹介文5本を見直してから、テレコムスタッフの平田潤子ディレクターにメールで送り、着替えをトランクにパッキングして宅急便で送り出す。

あわただしく10時半にタクシーで鎌倉駅に向かったのだが、猛暑のせいもあって、新幹線に乗る前に私もバンビも疲れはてていた。
posted by 城戸朱理 at 07:39| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月29日

年内最後の締切



12月26日(月)に、『火山系』からの一篇、「悪い土地」が掲載されている「現代詩手帖」1月号作品特集が届いた。

10年前に比べると、執筆陣の顔ぶれは、だいぶ変わった。

年を重ねて、いよいよ先鋭な詩人もいるが、全体的には、伸びていくさまざまな力と、衰えていく力が交錯する場となった感がある。

それは、そのまま「戦後詩」との距離にほかならないのだろう。


この日は、年内最後の締切となる原稿を執筆。

「現代詩手帖」2月号、ボブ・ディラン特集のためのエッセイである。

私が初めて買ったディランのレコード(CDにあらず!)は、1976年にリリースされた「激しい雨」と「欲望」だから、もう、40年も前のことになる。

昼すぎに書き終え、事実関係を確認してから編集部にメールし、さらに依頼されたコメントを書いた。

夕方から、久しぶりに居間に積み上げてあった本を整理したのだが、書斎は手つかずのままだし、寝室も本が山脈を成している。

どうにかしなくては。


27日(火)は、エッセイを寄稿した「東日本大震災復興支援文集 SYMPHONY 交響曲」が届いた。

寄稿者は、瀬戸内寂聴、梅原猛、山折哲雄、阿刀田高、内舘牧子氏ら、被災地と何らかの関わりがある方々で、「るろうに剣心」の大友啓之監督も執筆されている。

この文集は、高校に無料で配布されるもの。

編集の八重樫久美子先生、そして、編集委員会のみなさん、ご苦労さまでした。


夕方から、テレコムスタッフの平田潤子、熊田草平両氏と今後のEdgeのコンテンツを確認してから、打ち上げとなる。

場所は銀座、数寄屋橋のバードランド。

暁方ミセイさん、暁方篇の音楽を作曲してくれた小鹿紡さんを招いて、過酷な中国雲南省ロケの慰労会をした。

若いときに日参した店だけに、店主の和田利弘氏が出てきてくれる。

和田さんと私が話していたら、「よく、いらっしゃるんですか?」と暁方さん。

「ぜんぜん、来ない」(笑)と和田さん。

さらに「昔は、うちが週6日、営業していると、5日は来て飲んでた」と私の過去を暴露(笑)。

そう、あのころは、店を閉めてから、よく和田さんと飲みに行ったっけ。

あげくのはてに、バードランドに戻って、さらに飲んだりしたが、なにせ、酒は売るほどある。

ふたりで酔いつぶれ、椅子を並べて寝てしまったこともあった。

高貝弘也くんも、よくバードランドで酔いつぶれていたものである。


今や、和田さんのお弟子さんたちが次々と独立し、銀座バードランドのみならず、千住のバードコートもミシュランガイドで星を獲得している。

奥久慈軍鶏の焼鳥から、締めの親子丼、鴨御飯、デザートのプリンとライスプディングまで、相変わらず見事なコースだった。

バードランドのあとは、資生堂のバーSで、カクテル。


翌日も東京で所用があったので、私は、ホテル・モントレ半蔵門に泊まった。
posted by 城戸朱理 at 21:51| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

誰にも言わない仕事を



吉増剛造さんは、編集者はもちろん、誰にも言わずに続ける仕事をひとつは持つべきだと語っていた。


それは、もはや世間で言うところの「仕事」ではないだろう。

私などは、ジョン・ラスキンや瀧口修造を思い出すのだが、ふと思い立って、止むに止まれず、ひそかに継続する仕事、と言えばいいだろうか。

そして、その「仕事」とは、原稿を書くことでさえないのかも知れない。


私も、かねてから夢想している仕事がある。

来年は、その「ひそかな仕事」を始めるのが、私の目標である。

もちろん、誰にも言わずに。
posted by 城戸朱理 at 10:57| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月07日

静かな仕事



最近、「静かな仕事」をしたいという想いが強くなった。


ひそやかに、誰にも伝えず、毎日、少しずつ進めていくような仕事である。


もちろん、文筆業で生きている以上、新聞社や出版社の原稿依頼には、これからも積極的に応えていくし、ブログも更新していくことだろう。

しかし、そうした顕在化しやすい仕事だけではなく、静かな仕事もひそかに続けていきたいと思う。


思えば、私にとって『漂流物』は「静かな仕事」だった。

鎌倉の海岸を歩き、打ち寄せられた漂流物を、ひたすら撮影する。

当時は、デジタルカメラを使っていなかったので、ライカで写した写真は紙焼きし、それを書斎で眺めているうちに、言葉を添えるようになった。

一冊にまとめることも考えていなかったし、発表する予定もなかったのに、私は、その仕事に熱中していたのを思い出す。


そんなふうに、静かな仕事にも打ち込みたいと思うのだ。



今年は、詩に関していえば、吉増剛造の年だったといえるだろう。

竹橋の国立近代美術館で開催された「声ノマ 全身詩人、吉増剛造」展と、それに合わせて刊行された『我が詩的自伝』(講談社現代新書)、『怪物君』(みすず書房)を始めとする9冊もの新刊は、やはり、圧倒的だった。

竹橋の展示では、東日本大震災以降、吉増さんが書き(描き?)続けた600枚を超える「詩の傍らで」が、目を引いたが、同時に、40年にわたって書き続けられた日記や、声のメモとしての1000本を超えるカセットテープに圧倒された人も少なくないだろう。

それは、日常を非常時として生き抜いてきた詩人の航跡であり、その波紋は、いまだに広がり続けている。

そして、吉増さんが続けてこられたのも、まさに「静かな仕事」だったのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 08:17| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月29日

「毎日新聞」詩の月評「詩の遠景・近景」最終回



今日、3月29日の「毎日新聞」夕刊に、5年間続いた月評「詩の遠景・近景」最終回が掲載される。


2年間、月評を担当された松浦寿輝さんの後を受けて、私が連載を始めたのは、2011年4月から。

それは、東日本大震災、原発事故から始まって、世界の安全保証が揺らぐ激動の5年間でもあり、不安の時代の始まりでもあった。


それだけに、詩の変化も目覚ましいものがあり、大きな揺らぎに対峙し続けた5年間でもあったように思う。


今回、取り上げたのは次の4冊。



和合亮一『昨日ヨリ優シクナリタイ』(徳間書店)

和合亮一『生と死を巡って』(イースト・プレス)

久谷雉『影法師』(ミッドナイト・プレス)

八柳梨花『Cliche』(七月堂)



担当を始めとする関係者各位とお付き合い下さった方々に感謝したい。
posted by 城戸朱理 at 07:56| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

先月の「毎日新聞」詩の月評



ブログで告知しなかったが、「毎日新聞」2月23日夕刊に掲載された月評「詩の遠景・近景」は、
危機というキイワードで、鮎川信夫賞の受賞が決まった山内功一郎氏の卓越したモノグラフ『マイケル・パーマー』から語り起こして、次の4冊を取り上げた。


佐峰存『対岸へ』

森本孝徳『零余子回報』

松本秀文『環境』

平田詩織『歌う人』



若い世代の仕事が目立つようになったのは、ここ数年の特徴だが、1990年代からゼロ年代にかけての若い世代の詩が、世界のなかで自己を模索する傾向が目立ったのに対して、
東日本大震災以後は、亀裂だらけの世界に、やはり引き裂かれた自己が対峙する作品が増えているように思う。

マイケル・パーマーが、そうであるように、詩とは危機のクロニクルなのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 07:20| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月19日

座談会「アメリカとは何か」(「表現者」第64号)

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「表現者」の最新刊、第64号に私も参加した座談会「アメリカとは何か」が掲載されている。

出席者は、『江藤淳』等の著作がある文芸評論家、田中和生氏、『福田恆存 思想の〈かたち〉 イロニー・演戯・言葉』等を刊行されている文芸評論家の浜崎洋介氏、それに西部邁先生が参加され、司会を文芸評論家で「表現者」編集長の富岡幸一郎氏がされている。


この座談会は、日本の戦後の文学者と作品を通じ、日本にとってのアメリカとは何であったかを考えるために企画されたもので、いわば文学がとらえたアメリカから戦後70年を経た日本の現在を考えるものと言えるだろうか。


私は、「表現者」に「保守主義者T.S.エリオット」を連載していたが、2012年に父が倒れたときから、うまく時間が作れず、休載が続いている。

この連載に関しては、問い合わせが多く、来年には、ぜひ再開したいと思っているのだが。
posted by 城戸朱理 at 08:57| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月15日

今日の「毎日新聞」夕刊に「現代詩 この1年」が掲載



今日、12月15日付「毎日新聞」夕刊に年間回顧「現代詩 この1年」が掲載される。

TOLTA(河野聡子、山田亮太、佐次田哲、関口文子)による『現代詩100周年』の紹介から始まって、取り上げたのは、次の5冊。



谷川俊太郎『詩に就いて』(思潮社)

石田瑞穂『耳の笹舟』(思潮社)

三角みづ紀『舵を弾く』(思潮社)

カニエ・ナハ『用意された食卓』(密林社)

岡本啓『グラフィティ』(思潮社)



今年は、11月に入ってから、注目すべき詩集が次々と刊行され、今年度の月評で扱うことができなかった。

それらに関しては、2016年最初の月評に期したい。


興味のある方は、御一読を。
posted by 城戸朱理 at 09:45| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月24日

今日の「毎日新聞」夕刊に詩の月評が掲載



今日、11月24日の「毎日新聞」夕刊に月評「詩の遠景・近景」が掲載される。

今回、取り上げたのは次の5冊。


蜂飼耳『顔をあらう水』(思潮社)

日和聡子『砂文』(思潮社)

石田瑞穂『耳の笹船』(思潮社)

平田俊子『戯れ言の自由』(思潮社)

安藤元雄『樹下』(書肆山田)


このひと月ほど、見逃すことができない詩集が、次々と刊行され、選んだ詩集すべてに言及することが出来なかった。

それらについては、来年、1月の月評で取り上げたいと思っている。


来月は月評は休載で、年間回顧「詩、この一年」が掲載されることになる。
posted by 城戸朱理 at 10:16| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月30日

「詩と思想」11月号・特集「究極の一冊、一篇の詩」

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特集「究極の一冊、一篇の詩」を組む「詩と思想」11月号が刊行された。

私も、特集の巻頭座談会に参加している。

メンバーは高岡修(詩人・俳人)、森潮(俳人・画家・写真家)、司会が小川英晴の三氏。


高岡修氏は「究極の一篇」として吉岡実と石原吉郎を挙げ、小川英晴氏は田村隆一と蔵原伸二郎についてエッセイも寄せている。

森潮氏は、画家として立ったが、俳人である父、森澄雄夫氏の俳誌「杉」を継承して俳人となったため、絵画についての話が多かった。


この座談会の出席を打診され、「究極の一冊」というテーマを聞いたき、私がまず思い浮かべたのは詩集ではなく、折口信夫の『死者の書』だったが、それは、ちょうど鈴木大拙『日本的霊性』を読み直していたからだろうか。


それぞれの詩との出会いから始まって、西脇順三郎、蔵原伸二郎、吉岡実、田村隆一、石原吉郎らについて、さらには俳句と詩について、さまざまなことが語られている。


興味のある方は御一読を。
posted by 城戸朱理 at 06:56| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月28日

「表現者」座談会「アメリカとは何か」

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10月24日(土曜日)は、成城の西部邁先生の事務所で「表現者」第64号のための座談会に参加した。

西部邁事務所がある成城のマンションにたどり着き、まずは、そのたたずまいに圧倒される。


座談会のテーマは「アメリカとは何か」。

メンバーは、西部邁先生、気鋭の文芸評論家、田中和生氏と浜崎洋介氏、司会が「表現者」編集長の富岡幸一郎氏。


小島信夫、江藤淳から村上春樹まで、あるいは鮎川信夫から飯島耕一まで、戦後の文学は、アメリカをどのように受容したのか、そして、アメリカとは何なのかを縦横に語り合った。


私と富岡さんは同世代だが、田中和生さんは1974年生まれ、浜崎洋介さんは1978年生まれ。

わずか4年の差でも、田中さんには先行世代と同じくアメリカへの憧憬がまだあったが、浜崎さんは、むしろアメリカという国家は蔑視の対象でしかなかったという。

この落差は何なのだろうか。

また、理念としてのアメリカと現実のアメリカ合衆国との差異は、さらに突き詰めて論じる必要を感じた。


西部邁先生は、矛盾を内包しうる文学の力を評価されていたが、重要な指摘だと思う。
posted by 城戸朱理 at 07:14| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月27日

今日の「毎日新聞」夕刊に詩の月評が掲載



今日、10月27日の「毎日新聞」夕刊に月評「詩の遠景・近景」が掲載される。

今回は、次の3冊を取り上げた。


カニエ・ナハ『用意された食卓』(密林社)

岬多可子『飛びたたせなかったほうの蝶々』(書肆山田)

松本邦吉『しずかな人 春の海』(思潮社)



先鋭の詩法で生成する言語、その行方は?

興味のある方は、御一読を!
posted by 城戸朱理 at 06:32| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月29日

今日の「毎日新聞」夕刊に詩の月評が掲載



今日、9月29日の「毎日新聞」夕刊に月評「詩の遠景・近景」が掲載された。

今回、取り上げたのは、以下の4冊。


沓掛良彦『黄金の竪琴』

三角みづ紀『舵を弾く』

川口晴美『Tiger is here 』

寳玉義彦『Picnic』


碩学、沓掛良彦先生による西欧古典から近代に至る詩華集から、福島第一原発事故で避難生活を余儀なくされた若い詩人の第一詩集まで。

降り積もる歴史性を負荷された言葉の現在を見る。


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2015年07月31日

「鎌倉ペンクラブ」会報 第13号

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鎌倉ペンクラブの会報、13号が刊行された。

里見クや久米正雄らを長老に、まだ若い小林秀雄や川端康成、深田久弥らが、第一次鎌倉ペンクラブを発足させたのは、昭和8年のこと。


昭和36年にいったん解散したが、第二次鎌倉ペンクラブが発足してから、もう10年になる。

私は、発足当時は、まだ鎌倉在住ではなかったのに、なぜか、鎌倉の飲み屋に詳しいという理由で誘われ(?)、最初から会員だったが、鎌倉プリンスホテルで開催された設立総会でお目にかかった井上ひさしさん、二代目の会長をされた早乙女貢さんも、すでに亡くなられ、会報も13冊になるのかと思うと感慨深いものがある。


会報では、城戸朱理特集を組んでもらったこともあるが、今号の特集は、俳句。


鎌倉に最初に移住した文学者は高浜虚子だけに、鎌倉で俳句と言えば、「ホトトギス」系というイメージがあったが、
今回の特集では、「未定」の高原耕治氏、「天為」編集長の天野小石氏らが俳句とエッセイを寄せており、私も「白猫記」というタイトルで6句を寄稿した。

鎌倉駅東口、若宮大路の島森書店などで扱っているので、興味のある方は、鎌倉散策の途中で覗いてみて下さい。
posted by 城戸朱理 at 14:44| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月28日

今日の「毎日新聞」夕刊に詩の月評が掲載



今日、7月28日の「毎日新聞」夕刊に月評「詩の遠景・近景」が掲載される。

今回、取り上げたのは、次の3冊。


八潮れん『ル・鳩 良い子ぶる』(思潮社)

佐藤勇介「夕末文章」(七月堂)

広田修『zero』(思潮社)


若い世代の現代詩は、どこに向かおうとしているのか。

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2015年03月24日

今日の「毎日新聞」夕刊に詩の月評が掲載



今日、3月24日の「毎日新聞」夕刊に月評「詩の近景・遠景」が掲載される。

今回は、ビート・ジェネレーションを代表する詩人であり、アメリカ西海岸の禅の指導者でもあるゲーリー・スナイダー『奥の国』と、
スウェーデンのノーベル賞詩人、ハリー・マーティンソンのSF的叙事詩『アニアーラ』、2冊の翻訳詩集を取り上げた。


スナイダーの『奥の国』は松尾芭蕉の『奥の細道』をエピグラフに掲げ、アメリカ版では宮澤賢治の訳詩のセクションがあって、賢治を英語圏に知らしめた詩集でもある。

マーティンソンの『アニアーラ』は、放射能汚染された地球から人類がアニアーラ号で飛び立ち、宇宙をさまよう物語。


興味のある方は御一読を!
posted by 城戸朱理 at 11:31| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月26日

「毎日新聞」詩の月評



2月24日(火)の「毎日新聞」に月評「詩の近景・遠景」が掲載された。

今回、取り上げたのは、以下の4冊。


岸田将幸『亀裂のオントロギー』(思潮社)

高岡修『火口の鳥』(ジャプラン)

岡本啓『グラフィティ』(思潮社)

河津聖恵『闇より黒い光のうたを』(藤原書店)


河津さんの著作だけは詩人論だが、いずれも、大地性さえ揺らぐ、
火山列島である日本における詩的言語を探求する詩的探求と言えるのではないだろうか。

興味のある方は御一読を!
posted by 城戸朱理 at 21:46| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月18日

今日の「毎日新聞」夕刊に「現代詩 この一年」が掲載



今日、12月18日の「毎日新聞」夕刊に、年間回顧「現代詩 この一年」が掲載される。

今年も残すところ、あと13日。


一年があっという間に過ぎてしまった気がするが、今年は詩集が豊作で、しかも世代交代を感じさせる年になった。


興味のある方は、御一読を!
posted by 城戸朱理 at 16:30| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする