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城戸朱理のブログ: 仕事

2012年01月11日

ノートの取り方、その1(再掲載)

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気鋭の現代思想研究者、千葉雅也氏がツイッターで、ノートの取り方について語っていたのが面白かった。

千葉さんは、綺麗にノートを取るよりも、ジャンル横断的に、気になったことをランダムに、字も速記風に書いたノートのほうが、

思いがけないアイデアが生まれることがあることをツイートしていたのだが、これは、まったく同感で、私も気になったことを何でもメモするノートをいつも用意している。


メモ帳やレポート用紙だと散逸してしまうし、あとで整理するのは二度手間になるので、肝心なのは、一冊に綴じられたノートを使うことだろう。


私の場合、詩想をメモする創作ノートと、シュルレアリスムやフルクサス、視覚詩や田村隆一など、とくに関心のある項目は、ジャンルごとにノートを用意しているが、

気になったことをランダムにメモするノートが、結局、いちばん仕事の役に立っているかも知れない。


ノートは、使いきることを考えて、薄手のものを選ぶようにしている。

別に特別なものではなく、いちばんよく使っているのは無印良品のノートで、表紙にラベルシールを貼り、何のノートか項目を書いておくだけなのだが、
いつでも新しいノートが用意できるように、無印良品のノートは、ストックを切らさないようにしている。


今年、使おうと思っているのが、写真のエルメスのブロックノート。

エルメス・オレンジの箱に、薄い10冊のノートがセットされており、免税店で求めても1万5千円ほどしたが、ノートはノート、使わないことには意味がない。

このノートに、どんな詩想やアイデアを書くことになるのか、楽しみだ。



松浦弥太郎「暮らしの手帖」編集長の『日々の100』で紹介されていたエルメスの革表紙のロールノートも持ち歩くのによさそうなので、探しているのだが、日本でも海外でも、見つからない。

もう製造中止になったのだろうか?



無印良品で、万年筆でも書ける上質紙のノートを見つけたので、これも2冊、購入してみた。

私は、長時間乾燥の手作り中性紙の満寿屋の原稿用紙を使っているのだが、満寿屋がノートを作り始めたので、これも試してみたいもののひとつ。


携帯のメモ機能を利用することもあるが、若い千葉さんでも、ノートに手書きするという昔ながらの方法が、発想の元になるというのだから、
やはり、どんなにPCが普及しても、紙以上の記録媒体を、人類は、いまだに持ちえていないということなのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 12:10| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月10日

今年の仕事



今年は、連載原稿だけで、年間の締切が120本ほどになる。

これは、私としては平均的な本数だが、すでに思潮社に次の詩集『漂流物』と3冊目の詩論集の原稿を入稿してあるし、「現代詩手帖」の詩論「洪水の後で」短期集中連載が終われば、
『潜在性の海へ』以降の詩論をまとめる4冊目の詩論集の原稿も完成することになるので、それ以外は、骨董・工芸をめぐる随筆『日本人の眼』をまとめるのと、『空海』と『西脇順三郎』の書き下ろしに専念したいと思っている。


テレコムスタッフ制作のアート・ドキュメンタリーEdgeの企画・監修、フェリス女学院大学、早稲田大学、女子美術大学大学院への出講もあるが、どちかと言えば、ゆるやかな、単行本を中心にした年になるのではないだろうか。


もちろん、予定は未定だが、それでも予定を立てないわけにはいかない。

何が起こるかは、分からないとしても。
posted by 城戸朱理 at 11:38| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月05日

ノートの取り方、その1

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気鋭の現代思想研究者、千葉雅也氏がツイッターで、ノートの取り方について語っていたのが面白かった。

千葉さんは、綺麗にノートを取るよりも、ジャンル横断的に、気になったことをランダムに、字も速記風に書いたノートのほうが、
思いがけないアイデアが生まれることがあることをツイートしていたのだが、これは、まったく同感で、私も気になったことを何でもメモするノートをいつも用意している。


メモ帳やレポート用紙だと散逸してしまうし、あとで整理するのは二度手間になるので、肝心なのは、一冊に綴じられたノートを使うことだろう。


私の場合、詩想をメモする創作ノートと、シュルレアリスムやフルクサス、視覚詩や田村隆一など、とくに関心のある項目は、ジャンルごとにノートを用意しているが、
気になったことをランダムにメモするノートが、結局、いちばん仕事の役に立っているかも知れない。


ノートは、使いきることを考えて、薄手のものを選ぶようにしている。

別に特別なものではなく、いちばんよく使っているのは無印良品のノートで、これはストックを切らさないようにしている。


今年、使おうと思っているのが、写真のエルメスのブロックノート。

エルメス・オレンジの箱に、薄い10冊のノートがセットされている。

免税店で求めても1万5千円ほどしたが、ノートはノート、使わないことには意味がない。

このノートに、どんな詩想やアイデアを書くことになるのか、楽しみだ。



松浦弥太郎「暮らしの手帖」編集長の『日々の100』で紹介されていたエルメスの革表紙のロールノートも持ち歩くのによさそうで、探しているのだが、日本でも海外でも、見つからない。

もう製造中止になったのだろうか?


無印良品で、万年筆でも書ける上質紙のノートを見つけたので、これも2冊、購入してみた。

私は、長時間乾燥の手作り中性紙の満寿屋の原稿用紙を使っているのだが、満寿屋がノートを作り始めたので、これも試してみたいもののひとつ。


携帯のメモ機能を利用することもあるが、若い千葉さんでも、ノートに手書きするという昔ながらの方法が、発想の元になるというのだから、
やはり、どんなにPCが普及しても、紙以上の記録媒体を、人類は、いまだに持ちえていないということなのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 10:42| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

「Prelude 前奏曲〜東日本大震災復興支援文集2011」(東日本大震災復興支援文集編集委員会)

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岩手県高等学校文化連盟文芸専門部の呼びかけによる「東日本大震災復興支援文集2011」が完成した。


B5版64ページ、この冊子は被災地の高校に無料で配布されるもので、岩手県出身の作家や有名人、また東北に縁がある方々の寄稿で構成されている。


執筆陣は瀬戸内寂聴、山折哲雄、高橋克彦、新井満、伊集院静、内館牧子といった諸氏から、「ドラゴン桜」の漫画家、桜木健二氏まで、実にユニーク。


私もエッセイ「決して奪われないもの」を寄稿している。


編集長は岩手県立不来方高校の八重樫久美子教諭が担当された。


一般に頒布しているのかは分からないが、興味のある方は、下記までお問い合わせを。

川口印刷工業
TEL019-632-2211
posted by 城戸朱理 at 11:33| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月19日

12月19日、今日の「毎日新聞」夕刊に「今年の詩」掲載

今月は「毎日新聞」の月評「詩の近景・詩の遠景」は休載。

かわりに、今年一年の詩を回顧する「今年の詩」が、今日の夕刊に掲載される。


東日本大震災以後の震災詩の双璧、
和合亮一『詩の礫』(徳間書店)と
辺見庸『眼の海』(毎日新聞社)
詩壇の話題を呼んだ福間健二『青い家』(思潮社)、
それに吉増剛造『裸のメモ』(書肆山田)、
渡辺玄英『破れた世界と啼くカナリア』(思潮社)、
以上5作を、今年の際立った詩集として取り上げて紹介した。

興味のある方は、御一読を。
posted by 城戸朱理 at 13:06| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月12日

書き下ろしの西脇順三郎論、版元決まる



来年は、西脇順三郎没後30年。

かねてから、時間を取って西脇論を一冊、書き下ろすつもりでいたが、ありがたいことに出版社が決まった。

しかし、版元が決まっても、まだ1枚も書いてはいないのだが。


懸案の仕事を終えたら、来年の後半に、この仕事をしたいと思っている。

刊行は書き終わり次第なので、早ければ来年中、遅くとも再来年には形にすることが出来ると思う。


また、「表現者」に連載した骨董や工芸、そして茶の湯をめぐるエッセイ「日本人の眼」も、
版元が決まり、出版の形態をこれから相談することになるが、こちらは軽便な版での刊行が似合うかも知れないと考えている。



ほかの単行本は、『漂流物』、そして詩論集『都市の文書』(仮)が、すでに原稿を思潮社に預けてあるが、「現代詩手帖」短期集中連載の詩論「洪水のあとで」が終わり次第、
『潜在性の海へ』以降に書いた詩論を集成する
『アンティ・コスモス』の入稿原稿をまとめるつもりなので、こちらも、来年なかばには思潮社に原稿を渡すことになる予定である。
posted by 城戸朱理 at 11:36| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月12日

今日の「日本経済新聞」にコメント掲載

「日本経済新聞」11月12日朝刊、文化欄に
「欧米古典詩 新訳に新味」という記事が掲載されている。


アルチュール・ランボーについて、鈴村和成氏が、
トリスタン・ツァラについて塚原史氏が、
そして、T.S.エリオットについて、私が語っているのだが、
詩の翻訳の意味を考えるうえで、重要な示唆を孕む記事になっている。


興味のある方は、御一読を。
posted by 城戸朱理 at 12:10| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月21日

「毎日新聞」に詩の月評が掲載

昨日の「毎日新聞」10月20日夕刊に詩の月評「詩の近景・遠景」が掲載された。


今回、取り上げたのは、次の3作。


和合亮一「詩の礫」(「思想地図beta」第2号、contectures)

粒来哲蔵『蛾を吐く』(花神社)

吉増剛造『裸のメモ』(書肆山田)


和合亮一の「詩の礫」は、ツイッター発表時のドキュメンタルな要素を排し、
長篇詩として再構成した雄篇である。


詩は、潜在的に危機を内包している。

その実例として、3人の詩人の作品を検証した。


興味のある方は、御一読を。

城戸朱理
posted by 城戸朱理 at 10:52| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月22日

今日の「毎日新聞」夕刊に詩の月評が掲載



今日、9月22日の「毎日新聞」夕刊に月評「詩の近景・遠景」が掲載される。

今回は、

江夏名枝『海は近い』(思潮社)
福間健二『青い家』

の2冊を中心に論じ、
藤井貞和『うた』(書肆山田)
宋敏鎬『真心を差し出されてその包装を開いてゆく処』(青土社)
の2冊にも論及した。

この危機の時代に向かい合う言葉は、どこにあるのか。

興味のある方は、御一読を。
posted by 城戸朱理 at 14:35| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月24日

今日の「毎日新聞」夕刊に詩の月評が掲載



今日の「毎日新聞」夕刊に、月評「詩の近景・遠景」が掲載される。

今回、取り上げたのは次の4冊。



橘丈『YES(or YES) 』

森川雅美『夜明け前に斜めから陽が射している』

天沢退二郎『アリス・アマテラス 螺旋と変奏』

北川透『海の古文書』



例年ならば、夏枯れで出版物も少なく、時評も休載となる8月だが、
今年は、今回、取り上げた詩集の後にも、
すでに藤井貞和、福間健二氏らの新詩集まで刊行されており、
担当の大井浩一編集委員と相談のうえ、8月も時評を掲載することになった。


大震災以後、変化した詩のリアリティーとは。

国家が、岐路に立っているとき、詩の言葉は、どのように変化していくのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 09:34| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月21日

「毎日新聞」今日の夕刊に詩の月評が



今日の「毎日新聞」夕刊に月評「詩の近景・遠景」が掲載される。

今回、取り上げたのは、次の4冊。


廿楽順治『化車』(思潮社)

枡野浩一『くじけな』(文藝春秋)

河津聖恵『ハッキョへの道』(土曜美術出版販売)

嶋岡晨『愛する日日のレクイエム』(書肆青樹社)


「日常」から何を汲み取るのか。

東日本大震災で、日常の意味が変化した今、それは詩の言葉にとって、大きな問いとなった。

興味のある方は、御一読を。
posted by 城戸朱理 at 18:37| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月22日

今日、6月22日、「毎日新聞」夕刊に、詩の月評が



今日の「毎日新聞」夕刊に、月評「詩の近景・遠景」が掲載される。

今回、取り上げたのは、和合亮一『詩の礫』(徳間書店)、
多田富雄『寛容』(藤原書店)、
文屋順『仕舞い』(思潮社)、
関中子『愛する町』(思潮社)の4冊。


東日本大震災の象徴的な存在となった感がある和合亮一を始めとして、震災によって変容しつつある詩の言葉の方位などを語った。

興味のある方は、御一読を。
posted by 城戸朱理 at 09:20| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月07日

「Free&Easy」7月号に取材記事4ページ掲載

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質実剛健、古き良き時代のアメリカのファッションとライフスタイルの牙城となった感があるのが、雑誌「Free&Easy」。

NYタイムズ紙が、今年の3月24日付けで、同誌を紹介、「ラルフ・ローレンはFree&Easyからインスピレーションを受けている」とか、
アメリカ人のデザイナーが「アメリカのヴィンテージを集めるのに必要なことは全て日本から学んだ」といった記事が掲載されるほど、日本のみならずアメリカにまで、絶大な影響力を誇っている。


日本人のアメリカ文化への憧れが形となった雑誌が、今度は、逆にアメリカ人をインスパイアすることになったわけだから、文化というもののあり方は、つねに双方向性を帯びていることの実例と言えそうだ。


私も「Free&Easy」は、定番のブーツ特集など、ときおり求めるが、ハワイから帰ったら、出立前に取材を受けた記事が掲載されている7月号が届いていた。


今回の特集は、東日本大震災以後の生き方を探るための「本物回帰」。


私が出ているのは、特集のpart2「プロの調理器具を使う男の手料理」で、「ヌキテパ」オーナーシェフの田辺年男さんと、後には、料理研究家のケンタロウさんにはさまれて私のページがある。

調理器具の取材を受け、実際に料理を作ったのだが、日本酒に合う料理、鎌倉野菜を使った料理といったリクエストが、編集部からあったので、真鯛の昆布締め、鎌倉野菜のカポナータ、鰹の手こね寿司の3品を作った。


興味のある方は、ぜひ書店で手にしていただきたい。
posted by 城戸朱理 at 10:44| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月26日

「週刊ふるさと百名山 岩手山・白神岳」(集英社)

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集英社から刊行されている「週刊ふるさと百名山」の第38巻として「岩手山 白神岳」が刊行された。


このシリーズは、登山の専門書店である山と渓谷社がふんだんに写真を提供し、日本の新百名山を、四季おりおりの表情とともに紹介するものだが、私もエッセイ「石川啄木と宮澤賢治」を寄稿している。


「週刊ふるさと百名山」の21巻「磐梯山 安達太良山」にも、エッセイ「高村光太郎と『智恵子抄』」を執筆したが、とにかく、どの巻も写真が素晴らしい。


岩手も福島も東日本大震災で甚大な被害を被ったが、山の姿は変わらぬままだろう。


今は、誰にとっても、「ふるさと」が失われないことを祈るしかない。
posted by 城戸朱理 at 06:38| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月25日

「第八回日本文学国際会議 近現代詩の可能性」(フェリス女子学院大学)

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昨秋、世界の日本近現代詩の研究者を集めて開催されたフェリス女子学院大学の第八回日本文学国際会議の全容が冊子となった。


国際会議は2日にわたって開催され、初日には私がシンポジウムのパネリストとして参加したあと、1時間の講演と朗読を、2日目には、伊藤比呂美さんが講演と朗読をされたのだが、すべてテープ起こしをして、全文が掲載されている。


ちなみに英語ではパネリストが正しいが、パネラーという和製英語も、『広辞苑』に収録されており、今では間違いではなくなったのが面白い。


一般の書店では扱っていないが、残部はあるそうなので、御希望の方は、フェリス女学院大学に問い合わせてもらいたい。
posted by 城戸朱理 at 12:43| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日、5月25日「毎日新聞」夕刊に詩の月評が掲載



今日の「毎日新聞」夕刊に、月評「詩の遠景・近景」が掲載される。


今回は、和合亮一「詩の礫」から語り起こして、一方井亜稀『疾走光』、手塚敦史『トンボ消息』、石井辰彦『詩を奔て去って』、それに野村喜和夫のエッセイ集『移動と律動と眩暈と』を取り上げた。


新たな「戦後」のなかで、詩の言葉は、どうように変わりつつあるのか。



また、今日の「公明新聞」には、芸術選奨授賞式での受賞者のコメントが掲載される予定。

私のコメントもあるので、興味のある方は御一読を。
posted by 城戸朱理 at 11:09| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月29日

「日報文芸」詩選評未掲載分、その2

【入選】佐々木貴子「心の扉」(山梨県甲府市)
    菊田朋美「名前」(大阪府大阪市)





【選評】
詩が生まれるきっかけは、どこにでもある。
道端で咲いている花、流れていく雲。「詩」
とは、素晴らしいものに与えられた、もうひ
とつの名前なのだと語ったのは作家、吉田健
一だった。
たとえば、自分の心を覗き込むだけでも、
詩が生まれることがある。佐々木貴子さんの
「心の扉」は、そんな一篇。
閉ざされた心を開くのは、結局、誰かの働
きかけであり、どんなに孤独を感じても、人
間はひとりで生きているわけではないことを
素直な言葉で綴る。
それに対して、菊田朋美さんの「名前」は、
自己という存在を深く見つめるところから生
まれた作品ということが出来るだろう。
ここで語られているのは、自分が自分であ
ることに違和感であり、今の自分に感じてい
る齟齬にほかならない。
「曖昧な、二人のようなわたし」という詩行
が、それを示しているが、かろうじて自分を
保証しているのは「名前」だけなのだ。
存在の不安を語る卓越した作品である。
「テーブルは夜明けと離婚する」という一行
も素晴らしい。
posted by 城戸朱理 at 09:59| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「日報文芸」詩選評未掲載分、その1

【入選】小川一未「石鹸」(岩手県盛岡市)
    野村慶子「美しい君へ」(山口県山口市)




【選評】
日本では、孤独死する人が、年間三万人以
上もいるのだとか。 地縁や血縁といった
関係性が薄れ、単身者が孤立しやすくなった
ためだが、この背景には、共同体、とりわけ
家族の崩壊があるのは言うまでもないだろう。
一緒に暮らしていると、なかなか分からな
いのが家族の有り難さだが、それを上手くと
らえたのが、小川一未さんの「石鹸」だ。
小さく薄くなった石鹸。もう使えないと思
って、排水口に置いておいたら、また石鹸箱
に。次にお風呂に入ると、小さく薄くなった
石鹸はなくなっている。その場にはいない夫
の存在を石鹸に託して語る和やかな作品であ
る。
一方、野村慶子さんの「美しい君」は、子
供への想いを語って印象深い。
まだ喋ることは出来ない幼子。いったい、
どんな声で話すようになるのか、まだ分から
ない。話せないから、幼子は用があるたびに
「僕」の手を引く。
純真で無垢な存在を前にした畏怖や愛情が
静かに語られている。
夫がいて、子供がいて、家族があるという
温もり。単純だが、これほど大切なことはな
い。
posted by 城戸朱理 at 09:59| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「岩手日報」の投稿欄、日報文芸について



私が選者をつとめている「岩手日報」の投稿欄、日報文芸「詩」が、東日本大震災のため一時、休載となり、震災後の投稿作品を対象に来月から再開されることになった。


現在、作品を読んでいる最中だが、被災され御家族を亡くされた方の痛切な作品もあって、身を切られるような思いを禁じえない。


これも被災地からの声なのだと重く受け止めている。


未掲載となった2回分だが、入選作品の原稿は、岩手日報学芸部に送ってしまったため、紹介できないが、投稿して下さった方々のために、選評だけでもブログにアップすることにしたい。


県外からの投稿も増えており、広く作品を募集しているので、投稿したい方は下記まで、原稿を送っていただきたいと思う。



〒020-8622
岩手県盛岡市内丸3-7
岩手日報社 編集局学芸部 日報文芸「詩」係


作品は400字詰め原稿用紙2枚以内。ワープロ原稿可。

住所・氏名・電話番号明記のこと。

なお、原稿の返却には応じられないので、必要な方は、投稿前にコピーを。



21世紀にふさわしい新しい言葉による新しい作品を期待したい。

それが喜びを語るものだとしても、あるいは、悲しみを語るものでさえ。
posted by 城戸朱理 at 09:59| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月27日

「毎日新聞」4月26日夕刊に詩の月評掲載



3年間、「毎日新聞」の詩の月評を担当された松浦寿輝さんにかわって、今年から、私が月評を担当することになり、昨日、火曜日夕刊に、第一回目が掲載された。



タイトルは「詩の遠景・近景」。


月一回、毎月第四火曜日夕刊に掲載される予定だが、今回は和合亮一氏の「詩の礫」や東野正氏の5冊同時刊行された詩集について論及している。


興味のある方は御一読を。
posted by 城戸朱理 at 17:06| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする