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城戸朱理のブログ: 仕事

2011年10月21日

「毎日新聞」に詩の月評が掲載

昨日の「毎日新聞」10月20日夕刊に詩の月評「詩の近景・遠景」が掲載された。


今回、取り上げたのは、次の3作。


和合亮一「詩の礫」(「思想地図beta」第2号、contectures)

粒来哲蔵『蛾を吐く』(花神社)

吉増剛造『裸のメモ』(書肆山田)


和合亮一の「詩の礫」は、ツイッター発表時のドキュメンタルな要素を排し、
長篇詩として再構成した雄篇である。


詩は、潜在的に危機を内包している。

その実例として、3人の詩人の作品を検証した。


興味のある方は、御一読を。

城戸朱理
posted by 城戸朱理 at 10:52| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月22日

今日の「毎日新聞」夕刊に詩の月評が掲載



今日、9月22日の「毎日新聞」夕刊に月評「詩の近景・遠景」が掲載される。

今回は、

江夏名枝『海は近い』(思潮社)
福間健二『青い家』

の2冊を中心に論じ、
藤井貞和『うた』(書肆山田)
宋敏鎬『真心を差し出されてその包装を開いてゆく処』(青土社)
の2冊にも論及した。

この危機の時代に向かい合う言葉は、どこにあるのか。

興味のある方は、御一読を。
posted by 城戸朱理 at 14:35| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月24日

今日の「毎日新聞」夕刊に詩の月評が掲載



今日の「毎日新聞」夕刊に、月評「詩の近景・遠景」が掲載される。

今回、取り上げたのは次の4冊。



橘丈『YES(or YES) 』

森川雅美『夜明け前に斜めから陽が射している』

天沢退二郎『アリス・アマテラス 螺旋と変奏』

北川透『海の古文書』



例年ならば、夏枯れで出版物も少なく、時評も休載となる8月だが、
今年は、今回、取り上げた詩集の後にも、
すでに藤井貞和、福間健二氏らの新詩集まで刊行されており、
担当の大井浩一編集委員と相談のうえ、8月も時評を掲載することになった。


大震災以後、変化した詩のリアリティーとは。

国家が、岐路に立っているとき、詩の言葉は、どのように変化していくのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 09:34| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月21日

「毎日新聞」今日の夕刊に詩の月評が

今日の「毎日新聞」夕刊に月評「詩の近景・遠景」が掲載される。

今回、取り上げたのは、次の4冊。


廿楽順治『化車』(思潮社)

枡野浩一『くじけな』(文藝春秋)

河津聖恵『ハッキョへの道』(土曜美術出版販売)

嶋岡晨『愛する日日のレクイエム』(書肆青樹社)


「日常」から何を汲み取るのか。

東日本大震災で、日常の意味が変化した今、それは詩の言葉にとって、大きな問いとなった。

興味のある方は、御一読を。
posted by 城戸朱理 at 18:37| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月22日

今日、6月22日、「毎日新聞」夕刊に、詩の月評が

今日の「毎日新聞」夕刊に、月評「詩の近景・遠景」が掲載される。

今回、取り上げたのは、和合亮一『詩の礫』(徳間書店)、
多田富雄『寛容』(藤原書店)、
文屋順『仕舞い』(思潮社)、
関中子『愛する町』(思潮社)の4冊。


東日本大震災の象徴的な存在となった感がある和合亮一を始めとして、
震災によって変容しつつある詩の言葉の方位などを語った。

興味のある方は、御一読を。
posted by 城戸朱理 at 09:20| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月07日

「Free&Easy」7月号に取材記事4ページ掲載

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質実剛健、古き良き時代のアメリカのファッションと
ライフスタイルの牙城となった感があるのが、雑誌「Free&Easy」。

NYタイムズ紙が、今年の3月24日付けで、同誌を紹介、
「ラルフ・ローレンはFree&Easyからインスピレーションを受けている」とか、
アメリカ人のデザイナーが「アメリカのヴィンテージを集めるのに
必要なことは全て日本から学んだ」といった記事が掲載されるほど、
日本のみならずアメリカにまで、絶大な影響力を誇っている。


日本人のアメリカ文化への憧れが形となった雑誌が、
今度は、逆にアメリカ人をインスパイアすることになったわけだから、
文化というもののあり方は、つねに双方向性を帯びていることの実例と言えそうだ。


私も「Free&Easy」は、定番のブーツ特集など、ときおり求めるが、
ハワイから帰ったら、出立前に取材を受けた記事が掲載されている7月号が届いていた。


今回の特集は、東日本大震災以後の生き方を探るための「本物回帰」。


私が出ているのは、特集のpart2「プロの調理器具を使う男の手料理」で、
「ヌキテパ」オーナーシェフの田辺年男さんと、
後には、料理研究家のケンタロウさんにはさまれて私のページがある。

調理器具の取材を受け、実際に料理を作ったのだが、
日本酒に合う料理、鎌倉野菜を使った料理といったリクエストが、編集部からあったので、
真鯛の昆布締め、鎌倉野菜のカポナータ、鰹の手こね寿司の3品を作った。


興味のある方は、ぜひ書店で手にしていただきたい。
posted by 城戸朱理 at 10:44| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月26日

「週刊ふるさと百名山 岩手山・白神岳」(集英社)

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集英社から刊行されている「週刊ふるさと百名山」の第38巻として、
「岩手山 白神岳」が刊行された。


このシリーズは、登山の専門書店である山と渓谷社がふんだんに写真を提供し、
日本の新百名山を、四季おりおりの表情とともに紹介するものだが、
私もエッセイ「石川啄木と宮澤賢治」を寄稿している。


「週刊ふるさと百名山」の21巻、「磐梯山 安達太良山」にも、
エッセイ「高村光太郎と『智恵子抄』」を執筆したが、
とにかく、どの巻も写真が素晴らしい。


岩手も福島も東日本大震災で甚大な被害を被ったが、
山の姿は変わらぬままだろう。

今は、誰にとっても、「ふるさと」が失われないことを祈るしかない。
posted by 城戸朱理 at 06:38| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月25日

「第八回日本文学国際会議 近現代詩の可能性」(フェリス女子学院大学)

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昨秋、世界の日本近現代詩の研究者を集めて開催されたフェリス女子学院大学の
第八回日本文学国際会議の全容が冊子となった。


国際会議は2日にわたって開催され、
初日には私がシンポジウムのパネリストとして参加したあと、1時間の講演と朗読を、
2日目には、伊藤比呂美さんが講演と朗読をされたのだが、
すべてテープ起こしをして、全文が掲載されている。


ちなみに英語ではパネリストが正しいが、パネラーという和製英語も、
『広辞苑』に収録されており、今では間違いではなくなったのが面白い。


一般の書店では扱っていないが、残部はあるそうなので、
御希望の方は、フェリス女子学院大学に問い合わせてもらいたい。
posted by 城戸朱理 at 12:43| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日、5月25日「毎日新聞」夕刊に詩の月評が掲載

今日の「毎日新聞」夕刊に、月評「詩の遠景・近景」が掲載される。


今回は、和合亮一「詩の礫」から語り起こして、
一方井亜稀『疾走光』、手塚敦史『トンボ消息』、石井辰彦『詩を奔て去って』、
それに野村喜和夫のエッセイ集『移動と律動と眩暈と』を取り上げた。


新たな「戦後」のなかで、詩の言葉は、どうように変わりつつあるのか。



また、今日の「公明新聞」には、芸術選奨授賞式での受賞者のコメントが掲載される予定。

私のコメントもあるので、興味のある方は御一読を。
posted by 城戸朱理 at 11:09| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月29日

「日報文芸」詩選評未掲載分、その2

【入選】佐々木貴子「心の扉」(山梨県甲府市)
    菊田朋美「名前」(大阪府大阪市)





【選評】
詩が生まれるきっかけは、どこにでもある。
道端で咲いている花、流れていく雲。「詩」
とは、素晴らしいものに与えられた、もうひ
とつの名前なのだと語ったのは作家、吉田健
一だった。
たとえば、自分の心を覗き込むだけでも、
詩が生まれることがある。佐々木貴子さんの
「心の扉」は、そんな一篇。
閉ざされた心を開くのは、結局、誰かの働
きかけであり、どんなに孤独を感じても、人
間はひとりで生きているわけではないことを
素直な言葉で綴る。
それに対して、菊田朋美さんの「名前」は、
自己という存在を深く見つめるところから生
まれた作品ということが出来るだろう。
ここで語られているのは、自分が自分であ
ることに違和感であり、今の自分に感じてい
る齟齬にほかならない。
「曖昧な、二人のようなわたし」という詩行
が、それを示しているが、かろうじて自分を
保証しているのは「名前」だけなのだ。
存在の不安を語る卓越した作品である。
「テーブルは夜明けと離婚する」という一行
も素晴らしい。
posted by 城戸朱理 at 09:59| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「日報文芸」詩選評未掲載分、その1

【入選】小川一未「石鹸」(岩手県盛岡市)
    野村慶子「美しい君へ」(山口県山口市)




【選評】
日本では、孤独死する人が、年間三万人以
上もいるのだとか。 地縁や血縁といった
関係性が薄れ、単身者が孤立しやすくなった
ためだが、この背景には、共同体、とりわけ
家族の崩壊があるのは言うまでもないだろう。
一緒に暮らしていると、なかなか分からな
いのが家族の有り難さだが、それを上手くと
らえたのが、小川一未さんの「石鹸」だ。
小さく薄くなった石鹸。もう使えないと思
って、排水口に置いておいたら、また石鹸箱
に。次にお風呂に入ると、小さく薄くなった
石鹸はなくなっている。その場にはいない夫
の存在を石鹸に託して語る和やかな作品であ
る。
一方、野村慶子さんの「美しい君」は、子
供への想いを語って印象深い。
まだ喋ることは出来ない幼子。いったい、
どんな声で話すようになるのか、まだ分から
ない。話せないから、幼子は用があるたびに
「僕」の手を引く。
純真で無垢な存在を前にした畏怖や愛情が
静かに語られている。
夫がいて、子供がいて、家族があるという
温もり。単純だが、これほど大切なことはな
い。
posted by 城戸朱理 at 09:59| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「岩手日報」の投稿欄、日報文芸について

私が選者をつとめている「岩手日報」の投稿欄、日報文芸「詩」が、
東日本大震災のため一時、休載となり、
震災後の投稿作品を対象に来月から再開されることになった。


現在、作品を読んでいる最中だが、
被災され御家族を亡くされた方の痛切な作品もあって、
身を切られるような思いを禁じえない。

これも被災地からの声なのだと重く受け止めている。


未掲載となった2回分だが、入選作品の原稿は、
岩手日報学芸部に送ってしまったため、紹介できないが、
投稿して下さった方々のために、選評だけでもブログにアップすることにしたい。


県外からの投稿も増えており、広く作品を募集しているので、
投稿したい方は下記まで、原稿を送っていただきたいと思う。


〒020-8622
岩手県盛岡市内丸3-7
岩手日報社 編集局学芸部 日報文芸「詩」係


作品は400字詰め原稿用紙2枚以内。ワープロ原稿可。

住所・氏名・電話番号明記のこと。

なお、原稿の返却には応じられないので、必要な方は、投稿前にコピーを。


21世紀にふさわしい新しい言葉による新しい作品を期待したい。

それが喜びを語るものだとしても、
あるいは、悲しみを語るものでさえ。
posted by 城戸朱理 at 09:59| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月27日

「毎日新聞」4月26日夕刊に詩の月評掲載

3年間、「毎日新聞」の詩の月評を担当された松浦寿輝さんにかわって、
今年から、私が月評を担当することになり、
昨日、火曜日夕刊に、第一回目が掲載された。


タイトルは「詩の遠景・近景」。


月一回、毎月第四火曜日夕刊に掲載される予定だが、
今回は和合亮一氏の「詩の礫」や東野正氏の5冊同時刊行された詩集について論及している。


興味のある方は御一読を。
posted by 城戸朱理 at 17:06| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月30日

夢の自主缶詰め

ここのところ、柳美里さんが、自主缶詰めでホテルを渡り歩きながら、原稿を書き続けているようだ。

ホテルなり旅館なりに籠ると、自宅にいるときのように、
あれこれ気が散ったりすることがないので、原稿は、はかどる。

というよりは、原稿を書く以外にやることがないので、
原稿を書き続けることになるのだが、持ち込める着替えなどは限度があるので、
7〜10日くらいごとに帰宅せざるをえない。

そして、ホテルをチェックアウトしてみて、初めて自分がどれだけ疲れているかに気づくことになる。


柳さんも、かなり疲労が蓄積しているのではないだろうか。


私など、ホテルをチェックアウトしたその日は、
まるで使い物にならないのがふつうである。


そんなときに、ふと、以前から考えている企画を思い出すことが。

週末にホテルに2泊して、古本屋を回り、それをエッセイにするという「勝手に書き下ろし計画」である。


日中は古本屋を回り、夕方に戦利品をホテルの部屋に置いてから、軽く飲みに行く。

そして、夜は、その日買った本を読んで過ごし、
就寝前に日記をつけるように、その日のことをエッセイに書くのだ。


こんな自主缶詰めならば、尻尾をパタパタ振りながら、今すぐにでも行きたいくらいだが、
しばらくの間、そんな余裕はなさそうだし、
この企画は、今、抱えている仕事が一段落したときの、自分への御褒美にすることにしよう。
posted by 城戸朱理 at 13:27| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月04日

「週刊ふるさと百名山 磐梯山 安達太良山」(集英社)





富士山から始まった「週刊ふるさと百名山」の第21巻となる
「磐梯山 安達太良山」が刊行され、書店に並んでいる。

この雑誌は、来春までに全50巻が刊行される予定だが、
ユニークなのは、集英社の出版であるにもかかわらず、山と渓谷社が選んだ百名山であり、
登山の専門書店の山と渓谷社ならではの選り抜きの写真がふんだんに掲載され、
山々の季節ごとの素晴らしい表情を味わうことが出来るようになっているところだろう。


この号に私は、エッセイ「高村光太郎『智恵子抄』と安達太良山」を寄稿したが、
思いがけず、光太郎の詩を再読する機会になったのは収穫だった。


光太郎は、戦時中に戦争協力詩を書いたことを悔い、
戦後、岩手県花巻市郊外の粗末な鉱山小屋で懺悔の暮らしを送ったが、
その高村山荘を私が、両親に連れられて訪れたのは7歳のとき。


そのときの記憶がよみがえったのは、詩篇「ブランデンブルグ」(詩集『典型』所収)を再読したときだった。

「ブランデンブルグ」は光太郎のなかでも、私が愛して止まない詩篇だが、
この詩と高村山荘のことについては、別のエッセイを執筆することに。

こちらが公になるのは、来年のことになる
posted by 城戸朱理 at 10:22| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月12日

「毎日新聞」7月12日夕刊に「落合多武展とコラボレーションして」掲載



今日の「毎日新聞」夕刊に、
ワタリウム美術館で開催されている落合多武展と
アーティストの希望で実現した
ポエトリー・リーディングについて
私が執筆した記事が掲載される予定。


ニューヨークを拠点に活動する落合多武の作品の意義を語るとともに、
作品展示のなかで開催された朗読会の様子を伝えるよう心がけた。


美術と詩に興味のある方は、ぜひ御一読を。
posted by 城戸朱理 at 09:38| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月19日

「身体表出ーその日本的様相の死と知と信」

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日本大学芸術学部の共同研究
「身体表出学の構築と発信」の成果が、一冊にまとめられた。


これは、空海の真言宗、法然・親鸞らの念仏門といった
日本的な信仰が、どのように身体に影響をおよぼしたか、
さらには、土方巽や大野一雄らの舞踏に
どのように継承されたかを考察しようとする
新たな学際的研究で、
テーマが壮大なだけに、
結論が簡単に出るようなものではないが、
貴重な試みだと思う。


必要があって、昨日、小林秀雄と岡潔の対談「人間の建設」を読み直したのだが、
「批評の神様」と「日本数学史上最大の数学者」は、
日本人は外国の芸術や文化でも、
何でも分かるような気分になっているが、
実は分かるものは少ないことを指摘している。

日本は、明治以降、西洋の思想と芸術を
ひたすら志向してきたわけだが、
結局のところ、日本人は日本人であって、
日本なるものを理解できないのであれば、
たんに西洋かぶれの故郷喪失者になるだけではないか。


その意味でも、「身体表出」の研究は、
重要な意味を持っていると言っていい。


この冊子には、私がパネリストとして参加した
シンポジウムも採録されているが、
このテーマによる研究が、受け継がれ、
さらに深められていくことを期待したい。



(ついでに告白しておくと、
世界の数学者が挫折した
「多変数解析函数論」の3つの大問題を、
ひとりで解決した「数学の詩人」、岡潔は、
その業績がろくに理解できないくせに、
私がもっとも尊敬する人のひとりで、
『岡潔著作集』は、20年来の私の愛読書である。)
posted by 城戸朱理 at 07:49| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月29日

思考が壁にぶつかったとき

『潜在性の海へ』以降、「洪水の後で」というタイトルで、
書き継いできた詩論の展開を考えていたのだが、
どうしても、最終章の構想だけがまとまらない。

自分では、何を語ろうとしているのか、
分かったつもりになってはいるのだが、
いざ、何を書くのかを考えると、
きちんと焦点を結ばない感じなのだ。

仕方がないので、ヒントを探して、
フッサールを再読していたのだが、

思考は、まるで違う方向にそれてしまう。

ところが、そうした問題を忘れて、
バタイユを開いていたら、
ほぼ同じようなことをラカンが語っていたのを思い出し、
自分が書くべき方向が一気に定まった。

もちろん、バタイユがどうのとか、
ラカンがどうのとか書くつもりは一切ない。

あくまでも、自分の言葉で、
自分が考えたことを語るつもりだが、
こんなふうに、思いがけないところから、
光がさしてくるということがあるものだ。


肝心なのは、どう答えるかではなく、
正しい問いを立てることである。

こうしたことを、私はベルグソンから学んだが、
問題を立てるということは、
すでに、どこに問題となっていることの
所在があるかが分かっているわけだから、
問いを立てたときには、自ずと答えが導きだされる。

しかし、問題の立て方を間違えると、
どのような答えを導き出したとしても、
それは、意味のあるものではない。

偽りの問題提起は、むしろ、真の問題を隠蔽してしまうからだ。


たとえば、「今、詩に何ができるか」といった問いは、
その最たるものだろう。

それは、ジャーナリスティックには
正しい問いなのかも知れないが、
どんな答えを導き出したとしても、
恣意的なものでしかありえない。


まず、正しい問いを立てること。
それが、批評のみならず、
何か物事を考えるうえでのあるべき姿だと、
最近、ますます強く思うようになった。
posted by 城戸朱理 at 01:52| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月14日

執筆の限界は?



柳美里さんと文藝春秋の武藤旬氏が、飲んでいるところに合流したとき、ひと月で、どれくらい原稿が書けるものか話題になった。

「外務省のラスプーチン」として知られるノンフィクション作家、佐藤優氏の月産は、なんと、400字詰め原稿用紙で千枚なのだとか。

柳さんも私も、言葉の正しい意味で絶句したが、これは、トップ屋から作家に転じ、1960〜70年代に、月産千枚以上を書きつづけた梶山季之以来の驚異的な仕事量といえるだろう。


梶山季之は、週刊誌でスクープ記事を連発して、トップ屋としての名を馳せたあと、32歳で作家に転じ、膨大な作品を執筆したが、45歳のとき、取材先の香港で急死した。

やはり、無理な執筆が祟ったのではないだろうか。


「城戸さんなら月に500枚は書けるんじゃないですか?」と柳さん。

どうだろうか。

私のこれまでの最高記録は、せいぜい、月に360枚。

それでも、腰痛や背痛に襲われ、整体に通いながらの執筆になった。

だから、執筆の正味は20日前後、毎日、20数枚を執筆していたので、そのままのペースならば、月に600枚は書けることになるが、
書き出す前に、資料を当たったり、考えをまとめる時間があったわけだから、毎月、そんなことを続けるのは、たとえ数か月でも絶対に無理だと思う。


こと詩に関しては、枚数ばかり語るわけにはいかないが、文筆業で生きていると、あるていどの量の散文を書いていないことには生活が成り立たない。

その意味では、ひと月で250枚くらいまでは、なんとかなるのではないかと思うが、それ以上となると、見当がつかない世界である。

もちろん、梶山季之にしろ、佐藤優にしろ、知的な意味での蓄積があるからこそ、月に千枚も書けるのだろうが、やはり、怪物的な物書きは、いつの時代でもいるものらしい。


私が10代のころまで、梶山季之は文庫本の棚の一画を占有するほどの人気作家だったが、1980年代には、書店から完全に姿を消した。

その後、講談社文庫で古書をめぐるミステリー、『せどり男爵数奇譚』が復刊され、3年前に岩波現代文庫に『族譜・李朝残影』が入ったが、
これなどは、朝鮮半島と日本の関係に興味がある人には、一読をすすめたい小説である。
posted by 城戸朱理 at 03:22| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月07日

「本を書く」ということ

T.S.エリオットは一冊の本も書かなかった。
エリオットの著作は、決して少なくないのに、
そう言われることがある。


それは、エリオットの著作が、雑誌に発表したものや、
講演原稿を編集してまとめたものばかりで、
あらかじめ、一冊の書物として
書き下ろされたものがないことを意味している。


その意味では、私も似たようなものかも知れない。

詩集ならば書き下ろしがあるが、
批評的な仕事としては、『潜在性の海へ』も
『戦後詩を滅ぼすために』も、
骨子となる論考は「手帖時評」として連載したものではあるものの、
全体としては、さまざまな新聞や雑誌に発表した原稿を
まとめたものであって、
現在、入稿作業中の『都市の文書』も同様である。

『討議 戦後詩』と『討議 詩の現在』は、
あらかじめ単行本化する予定で連載したものだが、
これは野村喜和夫氏との共著。

また、『潜在性の海へ』以降、
ゼロ年代後半に発表した詩論を集成する
『アンティ・コスモス』も、
やはり、さまざまな新聞や雑誌に発表した原稿を
まとめるものになるので、
今のところ、私も、
一冊の本も書いたことがないということになりそうだ。


1980年代に詩誌「麒麟」に拠り、
華々しい活躍を始めたころの松浦寿輝氏は、
詩論集『スローモーション』(思潮社)と
評論集『口唇論』(青土社)を立て続けに刊行したときに、
「麒麟」に掲載された座談会で、
「ちゃちな評論集を2、3冊出しても
どうしようもない」と発言したことがある。

そして、それ以降、松浦寿輝氏は周知のように、
旺盛な仕事を展開してきたわけだが、
「麒麟」の発言は、なぜか、私の心に深く刻み込まれた。

ちゃちな評論集を何冊か出したところで、
たしかに、たいしたことはない。

もちろん、ちゃちな評論集さえ
出せないのでは話にならないが、
今でも、松浦さんの言葉がよみがえることがある。

ただし、昨年、松浦さんにお会いしたときに、
そのことをお話ししたら、
御本人は、自分の発言を覚えていなかったのだが(笑)、
その言葉は、私のなかでは生き続けている。
言葉とは、そんなふうに発言者の意向とは
別の命を持つものでもあるわけで、
それはそれで構わないのだが、
たしかに詩をめぐる批評的な仕事は
1、2冊の単行本で満足しては、
どうにもならないものなのだと改めて思う。


西脇順三郎没後30年に当たる年には、
懸案の西脇順三郎論を書き下ろそうと考えているが、
それは、私にとって初めての「本」になる。
posted by 城戸朱理 at 08:31| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする