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城戸朱理のブログ: 仕事

2010年02月27日

「かまくら春秋」3月号、「わたしのまかない料理」

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全国でも異例の「文芸タウン誌」として
知られる「かまくら春秋」は、
現在でも、村松友視の連載小説「残月遊び」、
養老孟司の連載エッセイ「養老先生の虫メガネ」、
すでに単行本化もされている
三木卓の長寿連載エッセイ「鎌倉その日その日」など、
タウン誌とは思えぬ誌面作りがされているが、
なかほどに必ず、料理のページがある。

昨年までの連載は、堀口葉子「四季彩々 堀口家の`口福´な食卓」。

これは、堀口大學の家庭での
食卓の様子をうかがわせて、楽しい連載だったが、
今年からは、リレー連載「私のまかない料理」が始まった。

これは、自宅でよく作る料理をカラー写真と
短いエッセイで紹介するもので、
3月号には、私が登場することに。


作ったのは、ブイヤベースを
私なりに工夫したオリジナルレシピの
地中海風魚介類のシチュー。

写真は宮川潤一氏で、食器棚から何枚か取り出した皿のうち、
宮川さんが選んだのは、
フランスの1950〜60年代のスープ皿。
さらにイギリスのアンティークの食卓に合わせて、
やはり、20世紀初頭の
英国製スプーンを配した。


ブイヤベースはたしかに美味しいが、
魚介類は加熱が過ぎて旨みを失っている。

そこで、魚介類はぎりぎりの加熱で、美味しく仕上げ、
なおかつスープも美味しいひと皿はできないものか、
考えたあげくに、思いついたのが、このレシピ。
作り方を知りたい方は、「かまくら春秋」をどうぞ。


しかし、料理を作る仕事なんて、
まさか自分がやることになるとは思ってもみなかった。
posted by 城戸朱理 at 11:46| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月26日

詩論集の入稿作業へ

新詩集『世界-海』『幻の母』を入稿し、
『漂流物』の入稿原稿も完成したので、
さらに、詩論集『都市の文書』の入稿作業に入った。


既発表の論考のコピーの束を
ひたすらめくっては、推敲の手を入れていく。


私にとって、最初の詩論集となった『潜在性の海へ』は、
2000年代前半に書いた論考が中心になっており、
続く『戦後詩を滅ぼすために』が
1980年代後半に発表した論考を
集成するものだったのに対して、
今回の『都市の文書』は、
1990年代に執筆した文章で編むことになる。

問題は、現状では分量が多すぎることで、
このままでは、400ページを超える
『戦後詩を滅ぼすために』より
分厚い本になってしまうのは間違いない。

どれを削るか、考えていかなければならないが、
『都市の文書』入稿後は、
2005年以降に書いた詩論も、
すでに『潜在性の海へ』と同じほどの分量に達しているので、
4冊目の詩論集『アンティ・コスモス』を
まとめていこうと思っている。

これは、来年の入稿が目標となるが、
そのかたわらで、茶の湯や骨董・工芸をめぐる随筆、
『日本人の眼』の単行本化も考えていくことになるだろう。
posted by 城戸朱理 at 13:35| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月19日

勝手に書き下ろし計画?

依頼を受けて執筆する以外に、
つねに自発的に書きたい原稿というものがあるわけだし、
とりわけ、詩集というものは、
そのようにしてしか出来上がらないものなのだが、
単行本の予定まで、あれこれ立て込んでくると、
自分でやってみたいと思っても、
着手できない仕事というものが増えてきて、
もどかしい思いをするようになる。


仕方がないので、ノートを用意して、
やりたいけれどやれない仕事の夢想を書きつけていたら、
またもや彼女がパンクなことを言いだした。


「そんなことは簡単だよ!
別に版元が決まってなくてもいいんだよ。
毎年、うまく仕事をやりくりして、
2、3か月時間を空けてね、
書きたいことを書けばいいんじゃないかな?
名づけて、勝手に書き下ろし計画だよ!」


勝手に書き下ろし計画?

たしかに、それは名案である。

詩の仕事はつねに優先するとしても、
たしかに、年に2か月ていどならば、
時間は取れなくもない。

連載原稿を先回りして済ましておけば、
一冊分くらいの原稿は書き上げることができるだろう。

ちなみに、新書本だと400字詰め原稿用紙で約240枚、
標準的な詩論集や評論集は、
350〜400枚ていどである。
(ただし、私の詩論集『潜在性の海へ』や
『戦後詩を滅ぼすために』は、
どちらも500枚を越えており、
まったく平均的ではないのだが。)

それくらいの原稿量ならば、テーマにもよるが
3か月あれば、書き上げることができるだろう。


「かりに出版できなくても、原稿は残るわけだし、
やりたいことをやるんだから、
精神衛生にもいいんじゃないかな」


たしかに、一理ある。

しかし、そう言われて、まず私が計画したのが、
古本屋回りのエッセイだったのだから、
これでは、どうしようもないか?
posted by 城戸朱理 at 04:15| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月26日

これからの刊行予定など

六本木詩人会の忘年会のときのこと。

参加者の自己紹介の時間があって、
みなさん、自分のこれからの仕事のことや抱負を語られるので、
私も酔った勢いで、つい言ってしまったのだった。


「来年から3年間で、新詩集を含めた
10冊の単行本を刊行します」
(嘘でえーっ!という心の声が・・・)

自分でも信じられない宣言である。

帰宅してから、冷静に考えてみた。


たしかに『世界-海』と『源流考』、
新詩集2冊の原稿はほぼ完成している。

3冊目となる詩論集『都市の文書』は、
入稿原稿をまとめているところだし、
4冊目の詩論集『アンティ・コスモス』は、
来年前半の詩論の短期集中連載で原稿が書き終わる。


詩的テクストの『漂流物』は、ほぼ原稿が完成しているし、
それと対になるエッセイ集『物憑き抄』は、
あと少し書き足せば完成するだろう。


これに詩史をめぐる書き下ろしなど、ほかに予定が2冊。

だが、すでに翻訳を終えた
『海外詩文庫 T.S.エリオット詩集』は、
版元の思潮社の都合で宙に浮いたままだし、
「現代詩手帖」連載の野村喜和夫氏との「討議 近代詩」も、
終われば、『討議 戦後詩』、『討議 詩の現在』に続いて、
単行本化されるはずだが、
これも編集部の都合で今後の展開が決まらず、
宙ぶらりんの状態のため、
とりあえず、野村喜和夫氏と話し合って、
中断もやむなしという結論になった。


こうした宙ぶらりんの仕事はさておき、
「表現者」に連載している、
骨董や工芸、茶の湯をめぐるエッセイ「日本人の眼」は、
再来年あたりには単行本に出来るかも知れない。


しかし、これでは執筆と刊行が、
かりに順調に進んだとしても、
10冊には届かない。

やはり、酔ったうえでの発言は危険である。
posted by 城戸朱理 at 10:29| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月21日

六本木詩人会HPの原稿

酔っていたものだから、
忘年会の席で、つい言ってしまったらしい。


「私も来年から毎月、原稿を出します」


嘘だろう?


六本木詩人会は、ホテルアイビスの支配人、加藤哲章氏から、
「六本木に詩の拠点を」という打診を受けた
和合亮一氏が立ち上げた運動体。

イベントや朗読会ならば、やる気さえあれば誰でも出来るが、
まず、その拠点を作ってしまうあたりは、
和合亮一ならではという気がする。


六本木詩人会は、松本秀文氏を編集長とするHPの
月一回の更新をベースに、
ホテルアイビスでのイベントも積極的に展開している。


面白いのは六本木詩人会と言いながら、
和合くんは福島在住、松本くんは福岡在住で、
そもそも東京在住の会員じたいが多くないところだろう。

あくまでも、六本木のホテルアイビスを
拠点とするグループなのだ。


和合くんから声をかけてもらったので、
私も参加してはみたものの、いちど詩を寄せただけで、
それ以降、寄稿が途絶えていた。

それを来年から毎月、原稿を書くと宣言したのだから、
ちょっと無謀だったかも知れない。


忘年会の翌日、朝食のあと、
ホテルアイビスで和合くんと話していたら、
そこに松本くんから電話が。

松本くんは若手同士、徹夜で詩について語り合ったあと、
飛行機で福岡に帰り、
午後から出勤したというのだから驚く。


「城戸さんも来年から毎月書くっ言ってましたしって、
松本くんが言ってましたぁ」と和合くん。


これは、松本くん、私が酔って忘れたと言えないように、
先手を打ってきたな。
さすが編集長だけのことはある。

詩を出せばいいのだろうか?


「詩でもエッセイでも、
どちらでも結構ですぅ」と和合くん。


どちらにしても、書かなければらないな、これは。


というわけで、少なくとも来年一年は、
六本木詩人会HPに、
毎月、詩かエッセイをを発表することにする。

1月は、吉増剛造のGOZOシネについての
エッセイを発表する予定。
posted by 城戸朱理 at 01:24| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月10日

「この1年 現代詩」(「毎日新聞」2009年12月9日夕刊)

松浦寿輝氏と私の対談による「この1年 現代詩」が、
昨日の「毎日新聞」夕刊に掲載された。


これは、松浦さんが、今年度のベスト5を挙げ、
それと、出来るだけだぶらないように、
私もベスト5を選んでから、
対談に臨んだものだが、
ベテラン詩人の詩集を中心とする松浦さんの選に対して、
私の選んだ5冊は最終的に次のようなものになった。


岡井隆『注解する者』(思潮社)
和合亮一『黄金少年』(思潮社)
岸田将幸『孤絶ー角』(思潮社)
高岡修『火曲』(ジャプラン)
松尾真由美『不完全不響和音』(思潮社)


松浦さんと重複しているのは岡井さんの一冊のみだが、
対談では、17冊の詩集が言及されており、
今年の詩的状況のあらましを
語るものになっていると思う。


しかし、この対談のあとにも、
吉増剛造『静かなアメリカ』や
中尾太一『御世の戦示の木の下で』など、
注目すべき詩書が刊行されていることを書き添えておきたい。
posted by 城戸朱理 at 17:35| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月07日

デジタル化に逆行して

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世間のデジタル化に逆行しているのが、文学館からの依頼である。


展覧会のパンフレットや会報に原稿依頼があると、原稿用紙同封、万年筆書き指定も珍しくないし、
作品の自筆原稿を求められたときには、すでに活字になっている自作を手書きで書き写すことになるのだから、奇妙な気分になるのは否めない。


たしかに、今や、原稿もデータ、連絡はメールだから、文学者の自筆原稿や手紙はなくなっており、
文学館としては、将来、展示するものがなくなるという危機感があるのだろう。


自筆原稿くらいなら、それほど手間は取られないが、色紙を求められると、話は別で、
墨を摩り、慣れぬ筆を取って、書いてはみるのだが、ふだん筆に慣れ親しんでいないものだから、筆がうまくさばけず、立ち往生することになる。


筆に慣れてから、色紙に書いてはみるのだが、5枚に1枚もまともに書けないのが情けない。



写真は、鎌倉文学館に寄贈するために書いた色紙。

詩句は、〈百年前のまぼろし〉(「不来方」)と〈刻むなら「生成」を〉(「産月」)で、
ともに『不来方抄』所収の詩篇からだが、なんとか書き終えて、落款を押したときにはホッとした。


しかし、筆で文字を書くのは、こうやって、ブログの記事を打っているのとは違って、文字の形を改めて確認していくところがあるので、
漢字の生成に思いを馳せることができるあたりが、なかなか面白かったりするのだが。
posted by 城戸朱理 at 09:43| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月01日

「人の話を聞く」ということ



「毎日新聞」のための松浦寿輝さんとの対談のあと、実に興味深い話を聞いた。


松浦さんは、東大で「誰かの話を聞く」という
授業を試みたのだという。


学生は、自分で話を聞いてみたい人を選び、連絡を取り、インタビューをして、それをレポートにまとめるわけだが、次第に受講生が減り、結局、レポートを提出した学生はいなかったのだとか。


松浦さんのお話を聞いて、私はたいへん面白い授業だと思った。


「人の話を聞く」というのは、民俗学や文化人類学のフィールドワークの基本だが、若い学生だと、話を聞きたい人を絞り込むこと自体が、出来ないのかも知れないというのが、松浦さんの推論だった。

たしかに、そうした面もあるのだろう。


あるいは、逆に聞きたい人が多すぎて絞り込めなかったとか、連絡までしたものの断られたというケースもありうるだろうが。


どちらにしろ、たとえレポートは提出できなかったとしても、学生には得難い経験になったと思うし、ウェブはもちろん、書物だけではなく、それ以外にも勉強の仕方があることを、知ることができただけでも貴重だと思う。



さらに、松浦さんから重要な御指摘が。




「たとえば、城戸さんなら、
吉岡実さんから話を聞いて、
それが後で一冊の本になったわけですが、
若い詩人で、そういう人はいるんですか?」




たしかに『吉岡実の肖像』(ジャプラン、770部限定)は、吉岡さんからうかがった話をもとに構築した言葉による詩人の肖像である。


吉岡さんが何を語られたか、明確に記憶しているということは、コーヒーを前にした雑談でさえ、私も真剣にお話をうかがっていたということだろう。


しかし、最近、先行詩人から話を聞いて、何か学ぼうという姿勢が明確なのは、和合亮一率いる「ウルトラ」と六本木詩人会くらいしか思いつかない。


私の経験でも、若手といえば、話を聞きたいのではなく、自分の話を聞いてもらいたい人がほとんどである。


若いときは、自分のことで手一杯だから、仕方がないことなのかも知れないが、何かが変わってしまったのも事実のようだ。


一方、私などは最近でも、田村隆一が海軍少尉として、若狭で敗戦を迎えたときに、田村さんの当番兵だったという俳優の阪修さんにテープを回しながら、田村さんの思い出をうかがったり、
鎌倉で田村さんと飲み仲間に出会うと、さまざまな思い出を聞いてはノートを取ったりしているし、田村さんの散歩コースや行きつけの店を書きこんだ田村隆一鎌倉地図も、完成しつつある。


ほかにも、北園克衛の「VOU」グループの会員で、世界的な視覚詩人、高橋昭八郎さんを唐津にお訪ねしてインタビューを取ったり、
昭八郎さんの盟友で、同じく「VOU」の会員だった伊藤元之さんにも、岩手県の北上でインタビューをさせていただいたりと、相変わらず、「聞くこと」を止めていない。


そして、そのいずれもが、まだ十分ではないと思っている。


何を語るかと何を書くかばかりに気を取られると、いささか、忘れがちになるが、語る力は、聞く力を背景にしているし、書く力は、読む力によっている。


その意味では、聞くことは、何かを作り出すことの発端のひとつに他ならない。
posted by 城戸朱理 at 09:24| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月05日

文筆業という仕事

吉田健一のエッセイを読んでいたら、
傑作なパートに出くわした。
書き写しておこう。



 別に何も書くことはない。
併(しか)しこれは文士稼業の常態であって、
書きたいことばかり書いていたら
すぐに種切れになってしまうし、
そういう習慣が現在の日本にはないから、
書いたことの半分も発表出来なくて、
それ故にこの方は何も書くことがないのも同然である。
又一方、こういうものを書いてくれという注文があって書くのは、
注文が来るまではどういうものを
書けばいいのか解らないから、
それを待つ間、頭を空っぽにして置く他ない。
つまり、別に何も書くことはないのである。
併しそれで何も書かずにいるという習慣も現在の日本にはないから、
差し当たり、日頃見たことや聞いたことに
多分にこっちの空想を付け加えて書いて行こうかと思う。



これは『吉田健一随筆集』(垂水書房、1963年)、
「見聞ところどころ」冒頭の一節。


のっけから、「別に何も書くことはない」と来られると、
いかにも吉田健一で、にやりとしてしまうが、
要するに、ここで語られているのは、
文筆業の場合、「書きたい原稿」はあるが、
これは、依頼されたわけではないので、
ろくに発表の場所がなく、
依頼原稿は、依頼されるまで内容が分からないわけだから、
虚心に待っているしかないということを、
吉田健一らしい言い回しで語ったものである。


こんな本質的なことを語る人は少ないだけに、
やはり、印象深いが、この状態は、
吉田健一が生きた時代よりも、
メディアが細分化されている現在、
さらに徹底したものになっており、
本当に書きたいものだけを書いていたら、
発表場所は同人誌しかないというのが本当のところだろう。


それはそれで理想的なあり方だが、
そうなると文筆業は成り立たないし、
世間的には自腹で好きなことを
やっているだけの趣味としか見なされない。


吉田健一は、このあたりのジレンマを言っているわけだが、
この問題には、簡単な解決法はないようだ。
posted by 城戸朱理 at 09:11| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

「鎌倉の大仏」(「日本経済新聞」2009年10月25日)

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「日本経済新聞」文化欄の日曜随筆を執筆した。

題して「鎌倉の大仏」。


鎌倉の大仏から始まって、
仏像のことを綴ったエッセイである。


私は、どうしたことか、
小学校の時分に仏像に熱中し、
絵葉書などを集めては、眺めていたことがある。


鎌倉の大仏を初めて見たのは、小学5年のとき。


そんな思い出を交えて、
仏像のことを語ったのだが、
こうした文章を書いていると、
無性に奈良や京都に古寺を訪ねたくなる。
posted by 城戸朱理 at 11:28| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

新雑誌の創刊準備

2001年から、私が企画・監修をつとめている
アートドキュメンタリーEdgeと、
そのイベントに連動した新雑誌
「is.land」の刊行を考えていたのだが、
私のスケジュールが、なかなかそれを許さない。

しかし、必ず実現したいとは思っている。


そんなおりに、別の雑誌の企画が立ち上がった。


ライトハウス社が「詩と批評」の新雑誌を企画、
私に編集責任の打診があったのだ。


意外な版形と執筆陣で、年に1、2回の刊行を予定している。

この雑誌、一号当たり約50万円の製作費は
ライトハウスが負担してくれるので、同人誌ではないが、
原稿料を出す余裕はないし、
書店での流通も考えてはいないので、
商業誌というわけでもない。

文化のみならず、あらゆることが
地殻変動に見まわれている現在、
雑誌もまた、さまざまな形態が試行されるべきであり、
そのひとつの実験の場になることができればと思っている。


来年の刊行を目指しているが、
詳細は追って、このブログで紹介していく予定である。
posted by 城戸朱理 at 09:13| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月21日

詩人の缶詰め?

書き下ろしの打診があったので、
スケジュールを調整しているのだが、
なにせ、締切まであまり余裕がない。

書かなければならないのは、
400字詰め原稿用紙で、
200〜240枚なので、
好調ならば、2週間もあれば、
書くことができるはずなのだが、
それも執筆だけに専念できる場合のこと。

自宅にいると、どうしても雑用に追われるから、
とても、そんなペースで執筆はできない。

覚悟を決めて、7月あたりに、
ホテルに缶詰めになることにした。

その件を連絡して、ホテル代を出してもらえることになったので、
角川文庫の宮沢賢治の書き下ろしが終わったなら、
すぐに次の中公新書の書き下ろしに突入することになる。

ホテル暮らしは味気ないが、
2週間だけである。

一昨年は、ホテルに年間で100泊しているので、
それに比べれば、何ということもない。

ないはずなのだが、
独房のようなホテルの個室で
半月を過ごすのかと思うと、
やはり気が重いのも事実である。

旅行で訪れるホテルは楽しいが、
仕事で泊まるホテルは、味気ない。

ホテルじたいには何の変わりもないのに、
人間の心理は、かくも認識に
変化を及ぼすものなのである。
posted by 城戸朱理 at 09:19| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月16日

大学入試問題

静岡文化芸術大学の入試問題に、
私のエッセイが出題されたという連絡があった。

推薦・帰国生徒入学試験の小論文の問題で、
私の文章が大学入試に出題されたのは、
2000年の國學院大学から数えて4回目になる。


しかも、今回は「表現者」に連載している
茶の湯や骨董、民芸をめぐるエッセイ
「日本人の眼」からの出題である。

連載の17回目、「幽玄と自然」と題した文章だが、
設問を読んでみると、受験生の自発的な考えなしには、回答できない、
なかなか難しい問題だった。


つくづく、受験生はたいへんだと思う。


こんなふうに、大学入試に出題されると、
旺文社やZ会の問題集などに採録されるたびに、
わずかではあるが、印税が支払われる。

まさか、大学入試の問題集の印税をもらう日がこようとは、
思ってもみなかったので、
振込通知が届くたびに、
奇妙な気分になるのは否めない。
posted by 城戸朱理 at 07:51| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月06日

締切のことなど

私の場合、ひと月の締切が25本を超えると、
ほとんど、休みなしで、
執筆に追われることになる。

締切というものは、原稿を送れば、
それで終わりというわけではなく、
依頼の段階で、打ち合わせを伴うこともあるし、
ゲラもチェックしなければならない。

つまり、25本の締切は、
25回のゲラのチェックを伴うことになる。

原稿じたいは、短いものならば、
1日で何本かを書き上げることもあるが、
20枚、30枚の原稿となると、
数日かかることもあるわけだから、
そうなると、毎日、ひたすら原稿に
向かい合わなければならない。

ところで、最近はどうかというと、
ひと月の締切は、連載だけだと、
多い月でも10本弱、
ほぼ3日に一度のペースだから、
比較的、余裕があると言ってもいい。

もちろん、原稿は連載ばかりではないから、
単発の依頼を引き受けているうちに、
ひと月の締切が、15本前後になることも珍しくない。

そのうえに、原稿だけではなく、
講演や朗読、大学での講義、
さらにはEdgeなど、
テレビプログラムの企画・監修にともなう会議や試写など、
ほかにも仕事はあるわけだから、
締切が10本ていどでも、そうそう休みがあるわけではない。

問題は、こうした状態だと、
単行本の入稿や書き下ろしなど、
腰を据えなければ、できない仕事に、
なかなか着手できないことだが、
それでも、やるべきことはやらなければならないのが、
文筆業という仕事の現実である。

そして、文筆業という「仕事」以上に、
やらなければならないと思うのが、
何よりも、まず「詩」であり、
そして、詩をめぐる仕事なのだが、
時間というものは、作ろうと思えば、
作れるものでもあることも、
やはり、長年の経験が教えるところのものであり、
結局は意志の問題なのだということになるのだろう。
posted by 城戸朱理 at 12:00| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

「岩手日報」詩の投稿欄選者に

「岩手日報」は、私の郷里の新聞だが、
詩の投稿欄の選者を、
これまで20年にわたって担当されてきた
吉野弘氏にかわって
4月から、私がつとめることになった。

「岩手日報」の投稿欄といえば、
かつて村野四郎が選者をつとめ、
『動物哀歌』一冊を残して夭折した
詩人、村上昭夫を見いだしたことでも知られている。

一回につき2篇を選んで、
選評とともに、月2回掲載されることになるという。

土曜日には、打ち合わせのために、
一戸彦太郎学芸部長が鎌倉まで来て下さったのだが、
鎌倉で、故郷のことを語り合うのは、
なかなか不思議な感覚だった。

新しい才能の登場を期待したい。
posted by 城戸朱理 at 09:48| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月09日

東奔西走と書斎の孤独と

私の日々を「東奔西走」と評した人がいるのだが、
たしかに、仕事で日本中を駆け回っているのは事実で、
あわただしいのも間違いない。

だが、そうしたことにかまけていては、
原稿は書けなくなってしまう。

ここ数か月というもの、執筆じたいは好調で、
「現代詩手帖」に寄稿した分だけでも、
11月号の萩原朔太郎のレポートが30枚、
12月号の詩論「洪水の後で」が、30枚、
3月号、西脇順三郎のレポートが33枚と、
百枚近いし、さらに『現代詩文庫 高岡修詩集』解説23枚、
國米隆弘詩集の解説12枚、
「びーぐる」に寄せた北園克衛・藤富保男論14枚を足すと、
詩に関するものだけでも150枚近くなる。

私の執筆の最高記録は、一か月で360枚というものだが、
「手帖時評」のような連載を持っているときならともかく、
書評やエッセイの連載、そして講演やシンポジウム、
Edgeを始めとするテレビ・プログラムの
企画・監修かたわらで、
これだけ詩について書いているというのは、
私にとっても、なかなかあるものではないだけに、
充実感を覚えるのも事実だ。

未入稿の新詩集の原稿2冊分を抱えているものだから、
散文に集中できるというところはあるが、
原稿を書くには、とにかく、
ひとりでデスクに向かっているしかないわけであって、
その意味では、執筆というものは、
このうえなく孤独な作業である。

しかし、これからは、
もっと、そうした時間を
増やしていきたいとも思っている。

「知命」の年を迎えて、
自分がなすべきことが、それなりに、
姿を見せてきたということなのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 10:28| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月29日

2009年の仕事

アメリカ発の金融危機から
百年に一度とまで言われる世界同時不況へ。

2008年は、あまりに激動の年になった。

しかも、この不況は今のところ出口がまったく見えない。

しかも来年は、さらに不況が本格化するだろうことが予測されているし、
そうなると失業者は今よりも増加し、
世相は、さらに荒むことになりかねない。

つまり、その意味では2008年は、
激動の始まりの年ということになる。


個人的には、今年は鬱病の年だった。

それだけに予定していた仕事を順調に進めることができなかったが、
これも「天の声」というものだろう。

来年は、年明けとともに新詩集『世界-海』と『源流考』をまとめ、
3冊目の詩論集『都市の文書』を入稿するとともに、
角川ソフィア文庫の宮沢賢治についての書き下ろしを
書きあげたいと思っている。

さらに「討議 近代詩」も展開を待っているし、
4冊目の詩論集『アンティ・コスモス』の
中心になる詩論「洪水の後で」も
来年のうちに完成させたいものである。

「現代詩手帖」10月号に発表した
和合亮一氏との対詩もさらに展開されることになっているし、
完成間近の『漂流物』のテキストも書きついでいきたい。

新たに書き始めた詩篇「失題」の連作は、
まだ展開が見えないだけに私自身楽しみだし、
さらに別の新詩集も構想している最中である。

また、鬱病のために休載が続いている「表現者」の
骨董や工芸に関する連載は再開するつもりだが、
この連載エッセイは、いずれ単行本にまとめることになるだろう。

すでに訳出を終えて4年前に思潮社に託した
T.S.エリオットも刊行したいと思っているし、
プロジェクト・アララットや
Edgeイベントも再開する予定である。

もちろん、私がプランナーをつとめるアートドキュメンタリー、
Edgeの番組制作も続く。

そして、Edgeと並行して、
日本人の心性を探る山岳信仰の番組も
熊野を皮切りにスタートし、
現在は出羽三山の撮影を進めているところである。

ささやかな雑誌の創刊も構想しているが、
はたして、どれだけ実現できるだろうか?
posted by 城戸朱理 at 07:14| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月07日

『吉本隆明詩全集T 初期詩篇』(思潮社)

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『吉本隆明全詩集』(思潮社)の分冊として、
刊行されてきた『吉本隆明詩全集』全7巻が完結した。

最終配本は、第1巻『吉本隆明詩全集 初期詩篇』で、
解説『「失楽園」から』を私が執筆している。

『吉本隆明全集』が刊行されたとき、人々を驚かせたのは、
吉本隆明が詩人として出発し、広く知られるようになった
『定本詩集』以前の『初期詩篇』と『日時計篇』と題された
若き日の習作群の膨大さだった。

実際、『詩全集』全7巻のうち、半分以上の1〜4巻は、
習作が占めており、それは、昭和という時代に大きな足跡を残した、
ひとりの詩人が、どのような決意でもって、
詩人たらんとしたかを物語るとともに、
吉本隆明という詩人の意外なまでに古典的で、
前衛の精神や実験性とは無縁の
抒情詩人としての姿を示すものでもあるのだろう。

この詩全集をひもとくと、昭和という時代が、
いかに遠いものになったのかを痛感せざるをえない。
posted by 城戸朱理 at 18:50| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月15日

困難な原稿



1998年から2000年まで、
足かけ3年に渡って週刊誌「アサヒ芸能」に
書評の連載を持っていたのだが、
同じころ、作家の畏友、藤沢周氏も同誌に連載を持っていた。

そのとき、ふたりで、
もっとも難しい原稿は何かという点で
意見が一致したのが、アダルトビデオ評である。
なにせ、アダルトビデオというものは、
監督が違おうと、女優が違おうと、
やっていることに大差はない。
だから、内容を語ろうとすると、
誰が書いても、どのビデオでも、
さして違わないものになってしまう。

困難だとなると、逆にやってみたくなるもので、
担当の加々見正史氏に書かせてくれと
ふたりで言い出したことがある。
もちろん、別の連載を持っているのだから、
実現するはずはないが、
藤沢さんが、あのシャープな文体で、
ビデオ評を書いたら、さぞやスリリングな
ものになったに違いない。

あるいは、女性の作家が、
こんなのはありえないという視点から、
批判的に書く評も面白そうだ。

私の知るかぎり、アメリカのポルノ映画の
「男優」について論じることが出来るのは、
広瀬大志氏ただひとりだが(?)、
高橋源一郎氏も、その方面の業界を描いた『あだると』の作者だけに、事情通で、
いちど、鎌倉の割烹で、源一郎さんと
アダルトビデオの監督論を語り合ったことがある。
これも面白いテーマかも知れない。

もし、私が書くとしたら、
たとえば、セリフだけを抽出し、
あとは出来るだけ、即物的に語る村上龍風か、
何をやっているのかは、
ほとんど語らず、女優の表情の変化だけを
古井由吉風に描写してみたいところである。
しかし、結局は、読者には意味をなさず、
書くほうは、やたらと
手間ばかりかかって、
元が取れない原稿になりそうだ。

いずれにしろ、難しい原稿で
あることは間違いない。
もっとも、その方面は、
専門のライターがいるので、
依頼がくることもありえないわけだから、
心配する必要もないのだが。
posted by 城戸朱理 at 11:52| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月05日

詩論集3部作とその後

私の場合、批評など散文の執筆量は、
決して少なくないものの、
これまでは、詩集の刊行ばかりに気を取られ、
詩論集をまとめるのが遅れてきたところがある。

そのうち、もっとも新しい2000年代前半の仕事が、
まず『潜在性の海へ』(2006)として刊行され、
続けて、1980年代後半に執筆したものを中心に、
『戦後詩を滅ぼすために』が、じき刊行されるわけだが、
次に、90年代の仕事を集成する
『都市の文書』をまとめると、
詩論3部作が完結することになる。

現在、『都市の文書』の構成を考えている最中だが、
それと並行して、『潜在性の海へ』以降に
執筆した詩論を確認したところ、
すでに250枚を超えていることが判明した。

3部作完結のあとは、間をあけずに
「洪水の後で」を中心とする
新しい詩論集の刊行を心がけたいと思っている。

この詩論集のタイトルは
『アンティ・コスモス』となる予定である。
posted by 城戸朱理 at 07:48| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする