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城戸朱理のブログ: 仕事

2010年11月30日

夢の自主缶詰め



ここのところ、柳美里さんが、自主缶詰めでホテルを渡り歩きながら、原稿を書き続けているようだ。

ホテルなり旅館なりに籠ると、自宅にいるときのように、あれこれ気が散ったりすることがないので、原稿は、はかどる。

というよりは、原稿を書く以外にやることがないので、原稿を書き続けることになるのだが、持ち込める着替えなどは限度があるので、7〜10日くらいごとに帰宅せざるをえない。

そして、ホテルをチェックアウトしてみて、初めて自分がどれだけ疲れているかに気づくことになる。


柳さんも、かなり疲労が蓄積しているのではないだろうか。


私など、ホテルをチェックアウトしたその日は、まるで使い物にならないのがふつうである。


そんなときに、ふと、以前から考えている企画を思い出すことがある。

週末にホテルに2泊して、古本屋を回り、それをエッセイにするという「勝手に書き下ろし計画」である。


日中は古本屋を回り、夕方に戦利品をホテルの部屋に置いてから、軽く飲みに行く。

そして、夜は、その日買った本を読んで過ごし、就寝前に日記をつけるように、その日のことをエッセイに書くのだ。


こんな自主缶詰めならば、尻尾をパタパタ振りながら、今すぐにでも行きたいくらいだが、しばらくの間、そんな余裕はなさそうだし、この企画は、今、抱えている仕事が一段落したときの、自分への御褒美にすることにしよう。
posted by 城戸朱理 at 13:27| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月04日

「週刊ふるさと百名山 磐梯山 安達太良山」(集英社)





富士山から始まった「週刊ふるさと百名山」の第21巻となる
「磐梯山 安達太良山」が刊行され、書店に並んでいる。

この雑誌は、来春までに全50巻が刊行される予定だが、
ユニークなのは、集英社の出版であるにもかかわらず、山と渓谷社が選んだ百名山であり、
登山の専門書店の山と渓谷社ならではの選り抜きの写真がふんだんに掲載され、
山々の季節ごとの素晴らしい表情を味わうことが出来るようになっているところだろう。


この号に私は、エッセイ「高村光太郎『智恵子抄』と安達太良山」を寄稿したが、
思いがけず、光太郎の詩を再読する機会になったのは収穫だった。


光太郎は、戦時中に戦争協力詩を書いたことを悔い、
戦後、岩手県花巻市郊外の粗末な鉱山小屋で懺悔の暮らしを送ったが、
その高村山荘を私が、両親に連れられて訪れたのは7歳のとき。


そのときの記憶がよみがえったのは、詩篇「ブランデンブルグ」(詩集『典型』所収)を再読したときだった。

「ブランデンブルグ」は光太郎のなかでも、私が愛して止まない詩篇だが、
この詩と高村山荘のことについては、別のエッセイを執筆することに。

こちらが公になるのは、来年のことになる
posted by 城戸朱理 at 10:22| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月12日

「毎日新聞」7月12日夕刊に「落合多武展とコラボレーションして」掲載



今日の「毎日新聞」夕刊に、
ワタリウム美術館で開催されている落合多武展と
アーティストの希望で実現した
ポエトリー・リーディングについて
私が執筆した記事が掲載される予定。


ニューヨークを拠点に活動する落合多武の作品の意義を語るとともに、
作品展示のなかで開催された朗読会の様子を伝えるよう心がけた。


美術と詩に興味のある方は、ぜひ御一読を。
posted by 城戸朱理 at 09:38| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月19日

「身体表出ーその日本的様相の死と知と信」

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日本大学芸術学部の共同研究「身体表出学の構築と発信」の成果が、一冊にまとめられた。


これは、空海の真言宗、法然・親鸞らの念仏門といった日本的な信仰が、どのように身体に影響をおよぼしたか、さらには、土方巽や大野一雄らの舞踏にどのように継承されたかを考察しようとする新たな学際的研究で、テーマが壮大なだけに、結論が簡単に出るようなものではないが、貴重な試みだと思う。


必要があって、昨日、小林秀雄と岡潔の対談「人間の建設」を読み直したのだが、「批評の神様」と「日本数学史上最大の数学者」は、日本人は外国の芸術や文化でも、何でも分かるような気分になっているが、実は分かるものは少ないことを指摘している。


日本は、明治以降、西洋の思想と芸術をひたすら志向してきたわけだが、結局のところ、日本人は日本人であって、日本なるものを理解できないのであれば、たんに西洋かぶれの故郷喪失者になるだけではないか。


その意味でも、「身体表出」の研究は、重要な意味を持っていると言っていい。



この冊子には、私がパネリストとして参加した
シンポジウムも採録されているが、このテーマによる研究が、受け継がれ、さらに深められていくことを期待したい。




ついでに告白しておくと、世界の数学者が挫折した「多変数解析函数論」の3つの大問題を、ひとりで解決した「数学の詩人」、岡潔は、その業績がろくに理解できないくせに、私がもっとも尊敬する人のひとりで、『岡潔著作集』は、20年来の私の愛読書である。
posted by 城戸朱理 at 07:49| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月29日

思考が壁にぶつかったとき

『潜在性の海へ』以降、「洪水の後で」というタイトルで、
書き継いできた詩論の展開を考えていたのだが、
どうしても、最終章の構想だけがまとまらない。

自分では、何を語ろうとしているのか、
分かったつもりになってはいるのだが、
いざ、何を書くのかを考えると、
きちんと焦点を結ばない感じなのだ。

仕方がないので、ヒントを探して、
フッサールを再読していたのだが、

思考は、まるで違う方向にそれてしまう。

ところが、そうした問題を忘れて、
バタイユを開いていたら、
ほぼ同じようなことをラカンが語っていたのを思い出し、
自分が書くべき方向が一気に定まった。

もちろん、バタイユがどうのとか、
ラカンがどうのとか書くつもりは一切ない。

あくまでも、自分の言葉で、
自分が考えたことを語るつもりだが、
こんなふうに、思いがけないところから、
光がさしてくるということがあるものだ。


肝心なのは、どう答えるかではなく、
正しい問いを立てることである。

こうしたことを、私はベルグソンから学んだが、
問題を立てるということは、
すでに、どこに問題となっていることの
所在があるかが分かっているわけだから、
問いを立てたときには、自ずと答えが導きだされる。

しかし、問題の立て方を間違えると、
どのような答えを導き出したとしても、
それは、意味のあるものではない。

偽りの問題提起は、むしろ、真の問題を隠蔽してしまうからだ。


たとえば、「今、詩に何ができるか」といった問いは、
その最たるものだろう。

それは、ジャーナリスティックには
正しい問いなのかも知れないが、
どんな答えを導き出したとしても、
恣意的なものでしかありえない。


まず、正しい問いを立てること。
それが、批評のみならず、
何か物事を考えるうえでのあるべき姿だと、
最近、ますます強く思うようになった。
posted by 城戸朱理 at 01:52| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月14日

執筆の限界は?



柳美里さんと文藝春秋の武藤旬氏が、飲んでいるところに合流したとき、ひと月で、どれくらい原稿が書けるものか話題になった。

「外務省のラスプーチン」として知られるノンフィクション作家、佐藤優氏の月産は、なんと、400字詰め原稿用紙で千枚なのだとか。

柳さんも私も、言葉の正しい意味で絶句したが、これは、トップ屋から作家に転じ、1960〜70年代に、月産千枚以上を書きつづけた梶山季之以来の驚異的な仕事量といえるだろう。


梶山季之は、週刊誌でスクープ記事を連発して、トップ屋としての名を馳せたあと、32歳で作家に転じ、膨大な作品を執筆したが、45歳のとき、取材先の香港で急死した。

やはり、無理な執筆が祟ったのではないだろうか。


「城戸さんなら月に500枚は書けるんじゃないですか?」と柳さん。

どうだろうか。

私のこれまでの最高記録は、せいぜい、月に360枚。

それでも、腰痛や背痛に襲われ、整体に通いながらの執筆になった。

だから、執筆の正味は20日前後、毎日、20数枚を執筆していたので、そのままのペースならば、月に600枚は書けることになるが、
書き出す前に、資料を当たったり、考えをまとめる時間があったわけだから、毎月、そんなことを続けるのは、たとえ数か月でも絶対に無理だと思う。


こと詩に関しては、枚数ばかり語るわけにはいかないが、文筆業で生きていると、あるていどの量の散文を書いていないことには生活が成り立たない。

その意味では、ひと月で250枚くらいまでは、なんとかなるのではないかと思うが、それ以上となると、見当がつかない世界である。

もちろん、梶山季之にしろ、佐藤優にしろ、知的な意味での蓄積があるからこそ、月に千枚も書けるのだろうが、やはり、怪物的な物書きは、いつの時代でもいるものらしい。


私が10代のころまで、梶山季之は文庫本の棚の一画を占有するほどの人気作家だったが、1980年代には、書店から完全に姿を消した。

その後、講談社文庫で古書をめぐるミステリー、『せどり男爵数奇譚』が復刊され、3年前に岩波現代文庫に『族譜・李朝残影』が入ったが、
これなどは、朝鮮半島と日本の関係に興味がある人には、一読をすすめたい小説である。
posted by 城戸朱理 at 03:22| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月07日

「本を書く」ということ

T.S.エリオットは一冊の本も書かなかった。
エリオットの著作は、決して少なくないのに、
そう言われることがある。


それは、エリオットの著作が、雑誌に発表したものや、
講演原稿を編集してまとめたものばかりで、
あらかじめ、一冊の書物として
書き下ろされたものがないことを意味している。


その意味では、私も似たようなものかも知れない。

詩集ならば書き下ろしがあるが、
批評的な仕事としては、『潜在性の海へ』も
『戦後詩を滅ぼすために』も、
骨子となる論考は「手帖時評」として連載したものではあるものの、
全体としては、さまざまな新聞や雑誌に発表した原稿を
まとめたものであって、
現在、入稿作業中の『都市の文書』も同様である。

『討議 戦後詩』と『討議 詩の現在』は、
あらかじめ単行本化する予定で連載したものだが、
これは野村喜和夫氏との共著。

また、『潜在性の海へ』以降、
ゼロ年代後半に発表した詩論を集成する
『アンティ・コスモス』も、
やはり、さまざまな新聞や雑誌に発表した原稿を
まとめるものになるので、
今のところ、私も、
一冊の本も書いたことがないということになりそうだ。


1980年代に詩誌「麒麟」に拠り、
華々しい活躍を始めたころの松浦寿輝氏は、
詩論集『スローモーション』(思潮社)と
評論集『口唇論』(青土社)を立て続けに刊行したときに、
「麒麟」に掲載された座談会で、
「ちゃちな評論集を2、3冊出しても
どうしようもない」と発言したことがある。

そして、それ以降、松浦寿輝氏は周知のように、
旺盛な仕事を展開してきたわけだが、
「麒麟」の発言は、なぜか、私の心に深く刻み込まれた。

ちゃちな評論集を何冊か出したところで、
たしかに、たいしたことはない。

もちろん、ちゃちな評論集さえ
出せないのでは話にならないが、
今でも、松浦さんの言葉がよみがえることがある。

ただし、昨年、松浦さんにお会いしたときに、
そのことをお話ししたら、
御本人は、自分の発言を覚えていなかったのだが(笑)、
その言葉は、私のなかでは生き続けている。
言葉とは、そんなふうに発言者の意向とは
別の命を持つものでもあるわけで、
それはそれで構わないのだが、
たしかに詩をめぐる批評的な仕事は
1、2冊の単行本で満足しては、
どうにもならないものなのだと改めて思う。


西脇順三郎没後30年に当たる年には、
懸案の西脇順三郎論を書き下ろそうと考えているが、
それは、私にとって初めての「本」になる。
posted by 城戸朱理 at 08:31| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月27日

「かまくら春秋」3月号、「わたしのまかない料理」

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全国でも異例の「文芸タウン誌」として
知られる「かまくら春秋」は、
現在でも、村松友視の連載小説「残月遊び」、
養老孟司の連載エッセイ「養老先生の虫メガネ」、
すでに単行本化もされている
三木卓の長寿連載エッセイ「鎌倉その日その日」など、
タウン誌とは思えぬ誌面作りがされているが、
なかほどに必ず、料理のページがある。

昨年までの連載は、堀口葉子「四季彩々 堀口家の`口福´な食卓」。

これは、堀口大學の家庭での
食卓の様子をうかがわせて、楽しい連載だったが、
今年からは、リレー連載「私のまかない料理」が始まった。

これは、自宅でよく作る料理をカラー写真と
短いエッセイで紹介するもので、
3月号には、私が登場することに。


作ったのは、ブイヤベースを
私なりに工夫したオリジナルレシピの
地中海風魚介類のシチュー。

写真は宮川潤一氏で、食器棚から何枚か取り出した皿のうち、
宮川さんが選んだのは、
フランスの1950〜60年代のスープ皿。
さらにイギリスのアンティークの食卓に合わせて、
やはり、20世紀初頭の
英国製スプーンを配した。


ブイヤベースはたしかに美味しいが、
魚介類は加熱が過ぎて旨みを失っている。

そこで、魚介類はぎりぎりの加熱で、美味しく仕上げ、
なおかつスープも美味しいひと皿はできないものか、
考えたあげくに、思いついたのが、このレシピ。
作り方を知りたい方は、「かまくら春秋」をどうぞ。


しかし、料理を作る仕事なんて、
まさか自分がやることになるとは思ってもみなかった。
posted by 城戸朱理 at 11:46| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月26日

詩論集の入稿作業へ

新詩集『世界-海』『幻の母』を入稿し、
『漂流物』の入稿原稿も完成したので、
さらに、詩論集『都市の文書』の入稿作業に入った。


既発表の論考のコピーの束を
ひたすらめくっては、推敲の手を入れていく。


私にとって、最初の詩論集となった『潜在性の海へ』は、
2000年代前半に書いた論考が中心になっており、
続く『戦後詩を滅ぼすために』が
1980年代後半に発表した論考を
集成するものだったのに対して、
今回の『都市の文書』は、
1990年代に執筆した文章で編むことになる。

問題は、現状では分量が多すぎることで、
このままでは、400ページを超える
『戦後詩を滅ぼすために』より
分厚い本になってしまうのは間違いない。

どれを削るか、考えていかなければならないが、
『都市の文書』入稿後は、
2005年以降に書いた詩論も、
すでに『潜在性の海へ』と同じほどの分量に達しているので、
4冊目の詩論集『アンティ・コスモス』を
まとめていこうと思っている。

これは、来年の入稿が目標となるが、
そのかたわらで、茶の湯や骨董・工芸をめぐる随筆、
『日本人の眼』の単行本化も考えていくことになるだろう。
posted by 城戸朱理 at 13:35| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月19日

勝手に書き下ろし計画?



依頼を受けて執筆する以外に、つねに自発的に書きたい原稿というものがあるわけだし、とりわけ、詩集というものはそのようにしてしか出来上がらないものなのだが、
単行本の予定まで、あれこれ立て込んでくると、自分でやってみたいと思っても、着手できない仕事というものが増えてきて、もどかしい思いをするようになる。



仕方がないので、ノートを用意して、やりたいけれどやれない仕事の夢想を書きつけていたら、またもや彼女がパンクなことを言いだした。



「そんなことは簡単だよ!
別に版元が決まってなくてもいいんだよ。

毎年、うまく仕事をやりくりして、
2、3か月時間を空けてね、
書きたいことを書けばいいんじゃないかな?
名づけて、勝手に書き下ろし計画だよ!」



勝手に書き下ろし計画?


たしかに、それは名案である。


詩の仕事はつねに優先するとしても、たしかに、年に2か月ていどならば、時間は取れなくもない。

連載原稿を先回りして済ましておけば、一冊分くらいの原稿は書き上げることができるだろう。

ちなみに、新書本だと400字詰め原稿用紙で約240枚、標準的な詩論集や評論集は、350〜400枚ていどである。
(ただし、私の詩論集『潜在性の海へ』や『戦後詩を滅ぼすために』は、どちらも500枚を越えており、まったく平均的ではないのだが)



それくらいの原稿量ならば、テーマにもよるが
3か月あれば、書き上げることができるだろう。




「かりに出版できなくても、原稿は残るわけだし、
やりたいことをやるんだから、
精神衛生にもいいんじゃないかな」



たしかに、一理ある。


しかし、そう言われて、まず私が計画したのが、古本屋回りのエッセイだったのだから、これでは、どうしようもないか?
posted by 城戸朱理 at 04:15| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月26日

これからの刊行予定など

六本木詩人会の忘年会のときのこと。

参加者の自己紹介の時間があって、
みなさん、自分のこれからの仕事のことや抱負を語られるので、
私も酔った勢いで、つい言ってしまったのだった。


「来年から3年間で、新詩集を含めた
10冊の単行本を刊行します」
(嘘でえーっ!という心の声が・・・)

自分でも信じられない宣言である。

帰宅してから、冷静に考えてみた。


たしかに『世界-海』と『源流考』、
新詩集2冊の原稿はほぼ完成している。

3冊目となる詩論集『都市の文書』は、
入稿原稿をまとめているところだし、
4冊目の詩論集『アンティ・コスモス』は、
来年前半の詩論の短期集中連載で原稿が書き終わる。


詩的テクストの『漂流物』は、ほぼ原稿が完成しているし、
それと対になるエッセイ集『物憑き抄』は、
あと少し書き足せば完成するだろう。


これに詩史をめぐる書き下ろしなど、ほかに予定が2冊。

だが、すでに翻訳を終えた
『海外詩文庫 T.S.エリオット詩集』は、
版元の思潮社の都合で宙に浮いたままだし、
「現代詩手帖」連載の野村喜和夫氏との「討議 近代詩」も、
終われば、『討議 戦後詩』、『討議 詩の現在』に続いて、
単行本化されるはずだが、
これも編集部の都合で今後の展開が決まらず、
宙ぶらりんの状態のため、
とりあえず、野村喜和夫氏と話し合って、
中断もやむなしという結論になった。


こうした宙ぶらりんの仕事はさておき、
「表現者」に連載している、
骨董や工芸、茶の湯をめぐるエッセイ「日本人の眼」は、
再来年あたりには単行本に出来るかも知れない。


しかし、これでは執筆と刊行が、
かりに順調に進んだとしても、
10冊には届かない。

やはり、酔ったうえでの発言は危険である。
posted by 城戸朱理 at 10:29| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月21日

六本木詩人会HPの原稿

酔っていたものだから、
忘年会の席で、つい言ってしまったらしい。


「私も来年から毎月、原稿を出します」


嘘だろう?


六本木詩人会は、ホテルアイビスの支配人、加藤哲章氏から、
「六本木に詩の拠点を」という打診を受けた
和合亮一氏が立ち上げた運動体。

イベントや朗読会ならば、やる気さえあれば誰でも出来るが、
まず、その拠点を作ってしまうあたりは、
和合亮一ならではという気がする。


六本木詩人会は、松本秀文氏を編集長とするHPの
月一回の更新をベースに、
ホテルアイビスでのイベントも積極的に展開している。


面白いのは六本木詩人会と言いながら、
和合くんは福島在住、松本くんは福岡在住で、
そもそも東京在住の会員じたいが多くないところだろう。

あくまでも、六本木のホテルアイビスを
拠点とするグループなのだ。


和合くんから声をかけてもらったので、
私も参加してはみたものの、いちど詩を寄せただけで、
それ以降、寄稿が途絶えていた。

それを来年から毎月、原稿を書くと宣言したのだから、
ちょっと無謀だったかも知れない。


忘年会の翌日、朝食のあと、
ホテルアイビスで和合くんと話していたら、
そこに松本くんから電話が。

松本くんは若手同士、徹夜で詩について語り合ったあと、
飛行機で福岡に帰り、
午後から出勤したというのだから驚く。


「城戸さんも来年から毎月書くっ言ってましたしって、
松本くんが言ってましたぁ」と和合くん。


これは、松本くん、私が酔って忘れたと言えないように、
先手を打ってきたな。
さすが編集長だけのことはある。

詩を出せばいいのだろうか?


「詩でもエッセイでも、
どちらでも結構ですぅ」と和合くん。


どちらにしても、書かなければらないな、これは。


というわけで、少なくとも来年一年は、
六本木詩人会HPに、
毎月、詩かエッセイをを発表することにする。

1月は、吉増剛造のGOZOシネについての
エッセイを発表する予定。
posted by 城戸朱理 at 01:24| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月10日

「この1年 現代詩」(「毎日新聞」2009年12月9日夕刊)

松浦寿輝氏と私の対談による「この1年 現代詩」が、
昨日の「毎日新聞」夕刊に掲載された。


これは、松浦さんが、今年度のベスト5を挙げ、
それと、出来るだけだぶらないように、
私もベスト5を選んでから、
対談に臨んだものだが、
ベテラン詩人の詩集を中心とする松浦さんの選に対して、
私の選んだ5冊は最終的に次のようなものになった。


岡井隆『注解する者』(思潮社)
和合亮一『黄金少年』(思潮社)
岸田将幸『孤絶ー角』(思潮社)
高岡修『火曲』(ジャプラン)
松尾真由美『不完全不響和音』(思潮社)


松浦さんと重複しているのは岡井さんの一冊のみだが、
対談では、17冊の詩集が言及されており、
今年の詩的状況のあらましを
語るものになっていると思う。


しかし、この対談のあとにも、
吉増剛造『静かなアメリカ』や
中尾太一『御世の戦示の木の下で』など、
注目すべき詩書が刊行されていることを書き添えておきたい。
posted by 城戸朱理 at 17:35| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月07日

デジタル化に逆行して

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世間のデジタル化に逆行しているのが、文学館からの依頼である。


展覧会のパンフレットや会報に原稿依頼があると、原稿用紙同封、万年筆書き指定も珍しくないし、
作品の自筆原稿を求められたときには、すでに活字になっている自作を手書きで書き写すことになるのだから、奇妙な気分になるのは否めない。


たしかに、今や、原稿もデータ、連絡はメールだから、文学者の自筆原稿や手紙はなくなっており、
文学館としては、将来、展示するものがなくなるという危機感があるのだろう。


自筆原稿くらいなら、それほど手間は取られないが、色紙を求められると、話は別で、
墨を摩り、慣れぬ筆を取って、書いてはみるのだが、ふだん筆に慣れ親しんでいないものだから、筆がうまくさばけず、立ち往生することになる。


筆に慣れてから、色紙に書いてはみるのだが、5枚に1枚もまともに書けないのが情けない。



写真は、鎌倉文学館に寄贈するために書いた色紙。

詩句は、〈百年前のまぼろし〉(「不来方」)と〈刻むなら「生成」を〉(「産月」)で、
ともに『不来方抄』所収の詩篇からだが、なんとか書き終えて、落款を押したときにはホッとした。


しかし、筆で文字を書くのは、こうやって、ブログの記事を打っているのとは違って、文字の形を改めて確認していくところがあるので、
漢字の生成に思いを馳せることができるあたりが、なかなか面白かったりするのだが。
posted by 城戸朱理 at 09:43| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月01日

「人の話を聞く」ということ



「毎日新聞」のための松浦寿輝さんとの対談のあと、実に興味深い話を聞いた。


松浦さんは、東大で「誰かの話を聞く」という
授業を試みたのだという。


学生は、自分で話を聞いてみたい人を選び、連絡を取り、インタビューをして、それをレポートにまとめるわけだが、次第に受講生が減り、結局、レポートを提出した学生はいなかったのだとか。


松浦さんのお話を聞いて、私はたいへん面白い授業だと思った。


「人の話を聞く」というのは、民俗学や文化人類学のフィールドワークの基本だが、若い学生だと、話を聞きたい人を絞り込むこと自体が、出来ないのかも知れないというのが、松浦さんの推論だった。

たしかに、そうした面もあるのだろう。


あるいは、逆に聞きたい人が多すぎて絞り込めなかったとか、連絡までしたものの断られたというケースもありうるだろうが。


どちらにしろ、たとえレポートは提出できなかったとしても、学生には得難い経験になったと思うし、ウェブはもちろん、書物だけではなく、それ以外にも勉強の仕方があることを知ることができただけでも貴重だと思う。



さらに、松浦さんから重要な御指摘が。




「たとえば、城戸さんなら、吉岡実さんから話を聞いて、それが後で一冊の本になったわけですが、若い詩人で、そういう人はいるんですか?」




たしかに『吉岡実の肖像』(ジャプラン、770部限定)は、吉岡さんからうかがった話をもとに構築した言葉による詩人の肖像である。


吉岡さんが何を語られたか、明確に記憶しているということは、コーヒーを前にした雑談でさえ、私も真剣にお話をうかがっていたということだろう。


しかし、最近、先行詩人から話を聞いて、何か学ぼうという姿勢が明確なのは、和合亮一率いる「ウルトラ」と六本木詩人会くらいしか思いつかない。


私の経験でも、若手といえば、話を聞きたいのではなく、自分の話を聞いてもらいたい人がほとんどである。


若いときは、自分のことで手一杯だから、仕方がないことなのかも知れないが、何かが変わってしまったのも事実のようだ。


一方、私などは最近でも、田村隆一が海軍少尉として、若狭で敗戦を迎えたときに、田村さんの当番兵だったという俳優の阪修さんにテープを回しながら、田村さんの思い出をうかがったり、
鎌倉で田村さんと飲み仲間に出会うと、さまざまな思い出を聞いてはノートを取ったりしているし、田村さんの散歩コースや行きつけの店を書きこんだ田村隆一鎌倉地図も、完成しつつある。


ほかにも、北園克衛の「VOU」グループの会員で、世界的な視覚詩人、高橋昭八郎さんを唐津にお訪ねしてインタビューを取ったり、
昭八郎さんの盟友で、同じく「VOU」の会員だった伊藤元之さんにも、岩手県の北上でインタビューをさせていただいたりと、相変わらず、「聞くこと」を止めていない。


そして、そのいずれもが、まだ十分ではないと思っている。


何を語るかと何を書くかばかりに気を取られると、いささか、忘れがちになるが、語る力は、聞く力を背景にしているし、書く力は、読む力によっている。


その意味では、聞くことは、何かを作り出すことの発端のひとつに他ならない。
posted by 城戸朱理 at 09:24| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月05日

文筆業という仕事

吉田健一のエッセイを読んでいたら、
傑作なパートに出くわした。
書き写しておこう。



 別に何も書くことはない。
併(しか)しこれは文士稼業の常態であって、
書きたいことばかり書いていたら
すぐに種切れになってしまうし、
そういう習慣が現在の日本にはないから、
書いたことの半分も発表出来なくて、
それ故にこの方は何も書くことがないのも同然である。
又一方、こういうものを書いてくれという注文があって書くのは、
注文が来るまではどういうものを
書けばいいのか解らないから、
それを待つ間、頭を空っぽにして置く他ない。
つまり、別に何も書くことはないのである。
併しそれで何も書かずにいるという習慣も現在の日本にはないから、
差し当たり、日頃見たことや聞いたことに
多分にこっちの空想を付け加えて書いて行こうかと思う。



これは『吉田健一随筆集』(垂水書房、1963年)、
「見聞ところどころ」冒頭の一節。


のっけから、「別に何も書くことはない」と来られると、
いかにも吉田健一で、にやりとしてしまうが、
要するに、ここで語られているのは、
文筆業の場合、「書きたい原稿」はあるが、
これは、依頼されたわけではないので、
ろくに発表の場所がなく、
依頼原稿は、依頼されるまで内容が分からないわけだから、
虚心に待っているしかないということを、
吉田健一らしい言い回しで語ったものである。


こんな本質的なことを語る人は少ないだけに、
やはり、印象深いが、この状態は、
吉田健一が生きた時代よりも、
メディアが細分化されている現在、
さらに徹底したものになっており、
本当に書きたいものだけを書いていたら、
発表場所は同人誌しかないというのが本当のところだろう。


それはそれで理想的なあり方だが、
そうなると文筆業は成り立たないし、
世間的には自腹で好きなことを
やっているだけの趣味としか見なされない。


吉田健一は、このあたりのジレンマを言っているわけだが、
この問題には、簡単な解決法はないようだ。
posted by 城戸朱理 at 09:11| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

「鎌倉の大仏」(「日本経済新聞」2009年10月25日)

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「日本経済新聞」文化欄の日曜随筆を執筆した。

題して「鎌倉の大仏」。


鎌倉の大仏から始まって、仏像のことを綴ったエッセイである。


私は、どうしたことか小学校の時分に仏像に熱中し、絵葉書などを集めては眺めていたことがある。


鎌倉の大仏を初めて見たのは、小学5年のとき。


そんな思い出を交えて仏像のことを語ったのだが、こうした文章を書いていると無性に奈良や京都の古寺を訪ねたくなる。
posted by 城戸朱理 at 11:28| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月29日

新雑誌の創刊準備



2001年から、私が企画・監修をつとめているアートドキュメンタリーEdgeと、そのイベントに連動した新雑誌「is.land」の刊行を考えていたのだが、私のスケジュールが、なかなかそれを許さない。

しかし、必ず実現したいとは思っている。


そんなおりに、別の雑誌の企画が立ち上がった。


ライトハウス社が「詩と批評」の新雑誌を企画、私に編集責任の打診があったのだ。


意外な版形と執筆陣で、年に1、2回の刊行を予定している。


この雑誌、一号当たり約50万円の製作費はライトハウスが負担してくれるので、同人誌ではないが、原稿料を出す余裕はないし、書店での流通も考えてはいないので、商業誌というわけでもない。

文化のみならず、あらゆることが地殻変動に見まわれている現在、雑誌もまた、さまざまな形態が試行されるべきであり、そのひとつの実験の場になることができればと思っている。


来年の刊行を目指しているが、詳細は追って、このブログで紹介していく予定である。
posted by 城戸朱理 at 09:13| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月21日

詩人の缶詰め?

書き下ろしの打診があったので、
スケジュールを調整しているのだが、
なにせ、締切まであまり余裕がない。

書かなければならないのは、
400字詰め原稿用紙で、
200〜240枚なので、
好調ならば、2週間もあれば、
書くことができるはずなのだが、
それも執筆だけに専念できる場合のこと。

自宅にいると、どうしても雑用に追われるから、
とても、そんなペースで執筆はできない。

覚悟を決めて、7月あたりに、
ホテルに缶詰めになることにした。

その件を連絡して、ホテル代を出してもらえることになったので、
角川文庫の宮沢賢治の書き下ろしが終わったなら、
すぐに次の中公新書の書き下ろしに突入することになる。

ホテル暮らしは味気ないが、
2週間だけである。

一昨年は、ホテルに年間で100泊しているので、
それに比べれば、何ということもない。

ないはずなのだが、
独房のようなホテルの個室で
半月を過ごすのかと思うと、
やはり気が重いのも事実である。

旅行で訪れるホテルは楽しいが、
仕事で泊まるホテルは、味気ない。

ホテルじたいには何の変わりもないのに、
人間の心理は、かくも認識に
変化を及ぼすものなのである。
posted by 城戸朱理 at 09:19| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月16日

大学入試問題

静岡文化芸術大学の入試問題に、
私のエッセイが出題されたという連絡があった。

推薦・帰国生徒入学試験の小論文の問題で、
私の文章が大学入試に出題されたのは、
2000年の國學院大学から数えて4回目になる。


しかも、今回は「表現者」に連載している
茶の湯や骨董、民芸をめぐるエッセイ
「日本人の眼」からの出題である。

連載の17回目、「幽玄と自然」と題した文章だが、
設問を読んでみると、受験生の自発的な考えなしには、回答できない、
なかなか難しい問題だった。


つくづく、受験生はたいへんだと思う。


こんなふうに、大学入試に出題されると、
旺文社やZ会の問題集などに採録されるたびに、
わずかではあるが、印税が支払われる。

まさか、大学入試の問題集の印税をもらう日がこようとは、
思ってもみなかったので、
振込通知が届くたびに、
奇妙な気分になるのは否めない。
posted by 城戸朱理 at 07:51| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする