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城戸朱理のブログ: Edge

2007年09月18日

Edge Special 新国誠一篇



ゲーリー・スナイダー、マイケル・パーマー、
田村隆一に続くEdge Specialとして、日本のコンクリート・ポエトリー(具体詩)の先駆者、新国誠一を取り上げるプログラムの試写が、先週、青山のテレコムスタッフであった。



ディレクターは、高橋昭八郎篇を手がけた細田英之氏。



本人の映像が、写真以外は残されていない対象の初めての番組化となるだけに、細田ディレクターの苦心は大変なものだったようだが、実に刺激的なプログラムが誕生しつつあることを御報告しておきたい。



コメンターは、新国誠一とともにASA(芸術研究協会)を設立した藤富保男氏、そしてフランスのコンクリート・ポエトリーを研究するうちに新国誠一の作品と出会い、その研究を続けているマリアンヌ・シモン・オイカワ東大准教授。


さらに、新世代のヴィジュアル・ポエット、辻虎志氏がコンピューターと楽器を用いて、スタイリッシュに新国作品の音響化を試み、高橋昭八郎氏が新国作品の朗読に挑む。




高橋昭八郎氏の朗読は、炎天下の唐津の海岸で収録されたが、細田ディレクターは、数回だけ読んでもらって撮影を終えるつもりだったのに、高橋昭八郎さんは、自分の朗読になかなか納得せず、「もう一度お願いします」と言って朗読を繰り返し、その撮影は10回に及んだという。


最後には、高橋昭八郎氏の顔が、強い日差しと意識の集中のため紅潮してきたので、細田ディレクターは撮影を止めたというが、多彩な出演者によって、今は亡き新国誠一の像が浮かび上がるようなプログラムになっている。



このEdge Specialは、間もなくオンエアされる予定である。
posted by 城戸朱理 at 08:57| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月30日

インドから日本へ



Edgeとは別の企画だが、インド哲学・仏教史の領域で画期的な仕事を進める下田正弘東大教授をナビゲーターに、インドで釈尊の足跡を追うスペシャル・プログラムをテレコムスタッフが制作し、私も監修者として参加した。

さらに、チベットの入口、青海省に出かけてチベット仏教の寺院を訪れたのが、きっかけとなって、インドで生まれた仏教が、チベット、中国、韓国、日本と伝来するうちにどれだけ変質しながら生成していったのかを考えることになった。




さっそく設楽実プロデューサーに連絡し、インドのスペシャル・プログラムのあと、チベットから日本に至る仏教の生成を追う番組を提案したのだが、このことは私自身の関心とも一致するので、ぜひ番組化を考えてみたいものである。
posted by 城戸朱理 at 11:09| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月21日

新国誠一没後30年に



日本のコンクリート・ポエトリーの先駆者であり、国内よりも海外で高い評価を受ける新国誠一の今年は、没後30年に当たる。


2年後に予定されている回顧展、さらには全詩集の刊行によって、その全貌が明らかになる日も近いが、今年は、新国誠一とともにASA(芸術研究協会)を設立し、機関誌「ASA」を創刊した藤富保男氏らによって、新国誠一展が開催されるという。


場所は東京、高輪のギャラリー・オキュルス、
会期は、8月23日から29日まで。



また、26日(土曜日)には、六本木の国際文化会館で、14時半から、記念イベントとして、新国誠一をめぐる座談会と松井茂・足立智美両氏による新国作品の朗読が行われる。



一方、テレコムスタッフ制作によるEdgeでは、これまで高橋昭八郎篇を始めとして、Edgeのヴィジュアル・ポエトリー篇を手がけてきた細田英之ディレクターが、新国誠一篇の制作に着手しており、構成案が出来上がりつつある。


本人の映像が残されていないため、これまでとは違うスタイルを模索しなければならないわけだが、生前の新国誠一と親交があった藤富保男氏はもちろん、新国誠一と共同宣言を採択し、コラボレーションも試みているフランスのピエール・ガルニエを研究するうちに、
新国誠一を知り、フランスで新国作品の紹介につとめているマリアンヌ・シモンヌ・オイカワ東大準教授にコメントをお願いするとともに、自らの作品を象形詩であるとともに象音詩として提出した新国作品の朗読を含む画期的なプログラムが生まれつつある。


記念イベントで松井茂・足立智美両氏が朗読を試みるため、番組では別の可能性を探るべく、新世代の視覚詩人、辻虎志氏と、北園克衛率いるVOUの会員でありながら、新国誠一が「ASA」への参加を希望した高橋昭八郎氏が新国作品の朗読を試みることになった。



新国誠一の生前の活動を、藤富保男氏は「孤島で旗を振っているようだった」と語っていたが、その旗は、いまだに高く掲げられていることが、これから次第に明らかになっていくに違いない。


そして、それは、「戦後詩史」の空白だった前衛の在処を示すものになるだろう。
posted by 城戸朱理 at 16:28| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月23日

Edge Special マイケル・パーマー篇



ゲーリー・スナイダー、田村隆一に続く3本目の「Edge Special」として、現在、マイケル・パーマー篇の制作が進行中である。


現代アメリカを代表する詩人、マイケル・パーマーは、「現代詩フェスティヴァル2007〜環太平洋へ」に出演するために、初めて日本を訪れたが、フェスティバル終了後、京都でパーマー篇のロケが行われた。


マイケル・パーマー自身による朗読はもちろん、パーマー詩集『粒子の薔薇』(思潮社)の訳編を担当された山内功一郎静岡大準教授をナビゲーターに、京都の智積院(ちしゃくいん)で長谷川等伯の絵について語る詩人、そして、龍安寺の石庭で、言語とイメージの本質を語る詩人の姿は、貴重な記録となることだろう。


パーマーは、詩について、次のように語っている。



ある意味で、私の気質から言うならば、詩とは、ひとつの支え、おそらくは、揺るぎない支柱であり、支点であり、だからこそ、私の生を支えうる装置であるんだ。
詩は、いつも調子を外しがちな私という楽器を調律してくれる。

詩のおかげで、私は世界や他者と会話出来るんだ。
posted by 城戸朱理 at 08:23| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月21日

日本のダダイズム



先日、佐藤一彦ディレクターから、たいへん興味深い話を聞いた。

戦前、日本のダダイズム運動を主導した村山知義の遺族の方がギャラリーを経営されており、倉庫には村山知義の作品が大量に積まれているというのだ。

村山知義は、1921年に哲学を志して、ベルリンに渡ったが、当時の前衛運動の熱気に触れて美術家に転身し、1924年に創刊された「マヴォ」は日本におけるダダイズムの拠点となった。

その前衛運動は、伏流し、1950年代には具体美術協会、1960年代には世界的なムーヴメントとなった、ネオ・ダダへと展開されていく。


余談だが、NHKの朝のドラマ「あぐり」の吉行エイスケの妻、吉行あぐりの美容院を設計したのも、村山知義だった。

さらに余談だが、ドラマで吉行あぐりを演じた田中美里は、ゴジラ映画史上、初めてゴジラの背ビレに乗った人間となったが、これはダダとは何も関係がないのは言うまでもない。

しかし、関係がないというあたりが、ダダ的である。


ともあれ、村山知義の作品が美術館ではなく、
遺族のもとに残されているということ自体が、
意外であるとともに、日本の美術行政の限界を感じさせる話であったが、

Edgeの番組として、現在、シリーズ化が進められている「フルクサス」や「視覚詩」に先立って、1920年代に前衛運動を主導した村山知義を記録に残すことが出来ないか、現在、検討中である。
posted by 城戸朱理 at 01:13| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月24日

Edgeの課題



これまで、SKYPerfecTV!のアート・ドキュメンタリー・プログラムEdgeは、「Edge〜未来を、探す。」でポエトリー篇(制作/テレコムスタッフ)とシネマトグラフ篇(制作/スタジオ・マラパルテ)から始まって、
ジャンル横断的な「Edge2〜今を、いきる。」、さらに、ライヴ・パフォーマンスを記録する「LIVE! Edge」、より若い世代を対象とする「Edge youth 生きるために、今」とコンテンツが展開されてきた。


さらに「Edge Special」として、
ゲーリー・スナイダー篇と田村隆一篇が制作され、現在も、番組制作が順調に、なおかつ波乱を含みながら進められているところである。




そうしたなかでスタジオ・マラパルテによる
「母モニカ」がロッテルダム国際映画祭を始めとする国際映画祭の正式招待作品となり、

稲川方人監督作品が生まれ、さらにEdgeを発端として吉増剛造のドキュメンタリー映画「島ノ唄」が制作されるなど、
日本各地で展開されているEdgeイベントとともに、オンエアして終わるのではなく、むしろ、そこから始まるものとして、多彩な展開を見せてきたし、
今後も新しい展開を考えていきたいと思っているのだが、ひとつだけ以前から構想しながらも、いまだに実現できていない企画がある。


それは何かというと、物故者を番組化することである。


対象がすでに不在である場合、本人の映像が撮れないので、番組化は極めて難しい。

例外は、本人のインタビュー映像が偶然にもテレコムスタッフに残されていた田村隆一だけで、西脇順三郎や瀧口修造を番組化したいと希望しているディレクターもいるし、
私自身、プランナーとして、西脇順三郎篇、瀧口修造篇はもちろん、エズラ・パウンド篇やアレン・ギンズバーグ篇、ヨーゼフ・ボイス篇に吉岡実篇、そして北園克衛篇、新国誠一篇や土方巽篇と試みてみたいプログラムは少なくないのだが、いまだ、実現には至っていない。



今は亡き芸術家たちを、どのように映像化できるか、それも、またEdgeの大きな課題のひとつだろう。


とりあえず、ベネツィア・ロケから始まるエズラ・パウンド篇や、来年、没後30年を迎える新国誠一篇など、企画を考えてみたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 10:50| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月01日

最終兵器!



最近、重い内容の番組が続いたので、Edgeのトッププロデューサー、寺島さんから要望があった。

「もっと楽しい番組は作れないですかね?」


この場合、「楽しい」とは、気楽に見ていられるという意味である。


それは出演者のキャラクター次第ということになるが、Edgeは、あくまでもアート・ドキュメンタリー・プログラムなのだから、気楽なだけでは、どうしようもない。

真剣なアーティストであるとともに、愉快な人物である必要がある。

そんな人物がいただろうか?

いた!


誰よりも若者らしく、そのくせ誰よりもオヤジっぽい、あの彼である。

いつぞやなぞ、飲み会で「彼」が騒いでいるのを見たら、ネクタイを頭に鉢巻のように巻いていたぞ。

知らない人が見たら、飲み会で炸裂した窓際の課長にしか見えないだろう。


しかし、「彼」はある意味、最終兵器である。


いい番組になるか、番組じたいが壊滅的な状態に陥るのか、私にも見当がつかない。


「最終兵器彼女」と言えば、映画化もされた人気マンガだが、「最終兵器三女」と言えば、矢部3姉妹の三女、矢部美希のグラビアデビューとなるDVDのタイトルである。

このDVDは9月22日にリリースされるので、野村喜和夫さんにメールしておかなければ。

いや、別に野村さんが矢部姉妹のファンというわけではない。

直感で野村さんの好みのような気がしただけである。

どこが? 

三女というところがである(?)。



しかし、「彼」の破壊力も矢部姉妹の三女のDカップに劣るとは思えない。

最終兵器をいつ投入するか。

兵力の逐次投入は、愚劣な指揮官がすることである。

総力でもって一撃離脱、これが正しい。


「Edge 久谷雉篇」をいつ制作するべきか、青山のテレコムスタッフで、真剣に悩み始めた城戸朱理がいた。
posted by 城戸朱理 at 10:18| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月06日

Edgeの新作は、フルクサス・イベント!



先週、試写が行われたEdgeの新作は、「LIVE! Edge アルファベット・マンダラ」と題して、フルクサスの主要アーティストが繰り広げたイベントを、靉嘔やベン・パターソンら、フルクサスのオリジナル・メンバーが再現するものとなっている。


リトアニア出身の「議長」ジョージ・マチューナスを中心に、60年代から80年代にかけて世界的な広がりを見せた前衛運動、フルクサスでは、
イベントやパフォーマンスが大きな比重を占めたことが知られているが、福井県立美術館で開催された靉嘔の回顧展に合わせて、AからZまで26のフルクサス・イベントが再現された、その記録である。


ナム・ジュン・パイク、ヨーコ・オノ、そしてジョージ・マチューナスまで、フルクサスは、日常的な行為を、どのようにしてイベント化したのか。


時代を証言する貴重な番組となっているように思う。


ディレクターは、狩野喜彦。

狩野ディレクターによるEdgeのフルクサス・コレクションは、これで3本目になる。
posted by 城戸朱理 at 00:49| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月23日

新番組「眠りの大地〜詩が舞い降りる場所へ〜」(仮題)




先日、私とテレコムスタッフの清田素嗣プロデューサーが、神田神保町で酔っ払っていたのは、すでに紹介したが、その後、清田さんは京浜東北線に乗り、
駅員に起こされてみると、そこは横浜の桜木町、結局、横浜からタクシーで帰宅することになってしまったそうだ。


私は神保町にホテルを取っていたからよかったようなものの、もし 電車に乗っていたら、小田原あたりで目覚めることになっていたかも知れない。


本当に懲りない人たちである。



しかし、このふたり、まがりなりにもEdgeのプランナーとプロデューサーである。ただ酔っ払っていたわけではない。

先日も清田さんが作製した新番組の企画について話し合っていたのだった。


Edgeとは別枠で企画されている新番組の仮題が、「眠りの大地〜詩が舞い降りる場所へ〜」。


詩人・音楽家・ダンサーなど、さまざまなジャンルのアーティストが、世界のどこかに旅をして、そこで得たインスピレーションによって創作する様子を追うというドキュメンタリーである。




清田さんがとりあえず訪問先の候補として挙げたのは、次の3箇所。



〈1〉トルコ、イェレバタン・サルヌジュ地下宮殿。

6世紀、ビザンチン帝国時代に、貯水槽としてバジリカ聖堂の地下に作られた地下宮殿。

縦140メートル、横70メートル、高さ90メートルの空間が、336本のコリント様式の柱で支えられており、合計最大で8万立方メートルが貯水可能という壮麗な遺跡である。


〈2〉ギリシア、サントリーニ島(ティラ島)。

紀元前15世紀に海底火山の噴火と大地震によって島の中央部が沈み、三日月型になったサントリーニ島は伝説のアトランティス大陸のモデルだという説もある。

アトランティス大陸と、その地で使われている金属オリハルコンについてはプラトンの記述が残されており、私の詩集『地球創世説』のライトモティーフになった。

ミノア文明の姿を今に伝えるアクロティリ遺跡には、吉岡実の名篇「サフラン摘み」そのままの壁画が残されている。


〈3〉ヨルダン、死海。

白亜紀以来、陸のなかに取り残されてしまった海、死海。

ほとりにあるヨルダンの首都アンマンは、バビロニア、ローマ、ビザンチン、アラブ、イスラム王朝と次々に侵略され、長い歴史とはうらはらに、ごくわずかな遺跡しか残されてはいない。



このうち死海は設楽実プロデューサーの発案、サントリーニ島は私の企画である。


この企画が実現したら、さらにタクラマカン砂漠やアンコールワットなどがロケ地になることだろう。

どちらにしろ、最初は私が出演者となって、制作することになっているので、このうち、どこかには行かなければならない。


私はエーゲ海のサントリーニ島に行って、ロケ終了後は自費でイタリアに赴き、ベネチアのザン・ミケーレ島でエズラ・パウンドの墓参りをしてから、ワインを浴びるように飲み、死海には和合亮一氏にぷかぷか浮いてもらうのがいいかも知れないと思っている。
posted by 城戸朱理 at 10:15| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月09日

Edge 塩見允枝子篇!



新たなるEdge、塩見允枝子篇が完成した。


今また、若い世代の注目を集めるフルクサスには、日本人アーティストが数多く参加したが、塩見さんも、そのひとり。

フルクサスの主宰者だった「議長」ジョージ・マチューナスとも親交があり、フルクサスの活動の中心にあって、前衛運動を推進してきた。


とりわけ、その「スペーシャル・ポエム(空間詩)」は、美術と詩の境界を超える「視覚詩」の試みとしても考えることが出来るが、建畠晢氏が指摘するように視覚詩には珍しい「叙事詩的」な世界への展開を感じさせるものでもある。


「空間詩」に関しての詳細は拙稿「フルクサスとは何か」(「現代詩手帖」2005年4月号)を参照されたい。


番組では、塩見さんのこれまでの仕事を紹介するばかりではなく、ヴィデオ・カメラのための「陽光のイヴェント」「落下のイヴェント」、
この番組のためのふたつの新作がアーティストの指示のもと、制作された。



その意味では、この番組じたいがフルクサスの作品であるとも言えるだろう。


塩見さんはフルクサスの歴史を振り返る『フルクサスとは何か』(フィルムアート社)を刊行されたばかりだが、この本も輝かしい前衛の時代の貴重な証言である。



番組のインタビューで塩見さんは次のように語っている。



「当時の作品というのはね、ひとつの作品として完結してしまわない。いくらでも可能性がある。
それを示唆することが、一種の作品としてのレゾン・デートル(存在意義)だったわけですよね。
だから、ひとつで終わるということはないんです。
どんどん続いている。だから、いまだにエンドレスなリレーションが、
まあフルクサスもですし、現代の芸術家とも、すべての方たちとそういうエンドレスなリレーションが続いて、
クリエイティブなこともエンドレスに続いていく。
人間が生きている限り、こういうクリエイティブなことは、絶対になくならない」。
posted by 城戸朱理 at 09:13| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

追悼、ナムジュン・パイク



フルクサクスのアーティストをシリーズ化するドキュメンタリーの第1弾、Edge塩見允枝子篇が完成した矢先にナムジュン・パイク氏の訃報が伝えられた。


昨年から病気療養中であることは伝え聞いていたが、回復とともにEdgeへの御出演をお願いするつもりだったので、残念でならない。



ナムジュン・パイク(白南準)氏は、1932年生まれ。韓国系アメリカ人。東大に学んだのち西ドイツ(当時)に留学、ビデオ・アートの先駆者として世界的な評価を得るとともに、前衛的芸術運動、フルクサクスの中心的メンバーでもあった。



先月、29日にフロリダ州マイアミの自宅で、妻、久保田成子さんに見守られ、逝去したという。享年、73歳。


久保田成子氏もフルクサクスに参加したビデオ・アーティストであり、マルセル・デュシャンと親交があったことが知られている。


新しい世紀を迎えて、ひとつの時代が幕を閉じつつあるのだろう。


果敢に新たなアート・シーンを切り拓いた、偉大な先駆者の御冥福をお祈りしたい。
posted by 城戸朱理 at 11:37| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月25日

死海からインドへ?



今回のミャンマーロケはテレコムスタッフの清田さんのみならず、設楽実プロデューサーも同行しているので、道々、今後の番組の計画を話し合った。


ここで再び話題になったのが、アーティストが海外を訪れ、現地で作品を創造する様子をドキュメンタリーにするという企画である。

手始めに私が砂漠に行って、詩を書くという話になっていたのだが・・・



「砂漠もいいけど、死海っていうのはどうかな?」と設楽プロデューサー。

死海? ということはイスラエルか?

「それで死海にぷかぷか浮きながら、詩を朗読するとか」

「・・・・・・」



いったい、どういう番組なんだ!? 監修者としては、却下したい案である。

しかし、死海に行くこと自体は大いに賛成。というわけで、死海ロケの企画を立てることになった。


その前に私は同行しないが、5月のインドロケがある。



「ミャンマーは、インドのような絶望的な不潔さはないですね」と清田さん。

「カルカッタなんて300年は、誰も掃除しないとああなるという街だよ」と佐藤一彦さん。

「車で何時間走っても同じ景色で、それに、どこに行っても必ず道を人が歩いているんだよな」と設楽くん。

「インドは田舎のほうが人が多いんだよ」と一彦さん。



笑いながら聞いていたら、思いがけない展開になった。



「番組の監修者として、インドロケには城戸さんも同行して下さるんですよね?」

「・・・・・・」



こうして、私は死海のみならず、インドロケにも行くことになってしまったのである。
posted by 城戸朱理 at 21:33| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月27日

Edge 花実篇

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次の「Edge2 今を、いきる。」のオンエアは、花実篇。
花実さんは、現在、CD制作中のシンガーソングライター。
ファンタジックな詩と透明な歌声で、ライブのたびにファンを増やしている。
御本人も写真のように妖精的な容姿の持ち主だが、
キャラクターは「のんびり系」らしい。
何度も音楽をあきらめようとしたが、
捨てよう、捨てようと思っても捨てられないものがあったら、
それは「宝物」なんだと気づいたのだという。
彼女と「宝物」としての音楽の出会いから、
現在までをリハーサルとライブ、インタビューで構成する。
同時に「LIVE! Edge」として、
1時間のライヴ番組も制作される予定である。
花実さんをプロデュースしているのが、
私の旧友でもあるヴァイオリニスト・作曲家の都留教博氏。
都留さんとは、1995年の大イベント「詩の外出」で、私も共演していただいたことがある。
これまで、自身のCDのほかに、
ピアノの中村由利子、辻仁成、X−JAPANのToshiなどのプロデュースも手がけてきた。
花実さんのライヴのときのこと。
都留さんがヴァイオリンを弾き始めると、
カメラがみんな都留さんにパンしてしまうとディレクターの狩野さんが苦笑していた。
みんなが都留さんを撮ったら、カメラを5台も持ち込んだ意味がない。
つまり、それだけ、都留さんの音楽とヴァイオリンは、
人を魅力する力があるということなのだろう。
その都留さんがプロデュースする花実さんのCDは、発売が今から楽しみだ。
花実さんの声は、いちど聞いたら、忘れられないほど、印象深いもの。
ぜひ、番組で、妖精の魅力に触れていただきたいと思う。


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2005年10月21日

Edge史上初! グラビアで水着になった出演者!!!



コンビニで雑誌の棚に目をやったとき、一瞬、わが目を疑った。

なんと、20歳の記念の水着とやらで見覚えのあるアイドルが男性誌の表紙を飾っているではないか!


「仮面ライダー アギト」のヒロイン、秋山莉奈である。

ちなみにアギトを演じたのは賀集利樹だった。


実は莉奈ちゃんは、Edge高橋源一郎篇の出演者。

「読書する少女」という役で、高橋源一郎作品を朗読するとともに、鎌倉ロケの全編に渡って、源一郎さんに寄り添うように、可憐な姿で番組に花を添えてくれた。


彼女がEdgeに出演してくれたのは、打ち合わせのときに、私が、なぜか平成の仮面ライダーシリーズの世界観を熱く語っていたのを聞いた、ディレクターの長嶋甲兵氏が、それでは、仮面ライダーのヒロインを、ということで出演をお願いしたもの。


試写を見ながら、「仮面ライダー クウガ」のオダギリジョーと共演できないだろうかと本気で考えていたのは、プランナーの私である。


コンビニの棚の前で、しみじみとEdgeもついに男性誌のグラビアまで進出したかと感慨を深くしたが、
もちろん、これは勘違いもいいところで、Edgeとは何も関係がない秋山莉奈のアイドルとしての展開である。
posted by 城戸朱理 at 13:27| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月15日

フルクサスとEdge

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私が打ち合わせのために栃木県立美術館の「前衛の女性たち1950〜75」展に、フルクサスのアーティスト、塩見允枝子氏をお訪ねしたのは、すでに御報告した通り。

その日から、Edge塩見篇の撮影も開始された。


伝説的視覚詩人、高橋昭八郎氏から、紹介していただいたのだが、当初、塩見さんは、番組出演には積極的ではなかったという。


その理由が、素晴らしい。


同じことは繰り返したくないし、Edgeに出演して新しい何が出来るか、考えがまとまらなかったためだというのだ。


つねに新しいことに挑み続ける姿勢じたいが、フルクサス的ではないか。


塩見さんが、われわれに提示したのは、新しいふたつのプロジェクトだった。


ひとつは、フォーリング・イベント。

これは、提示された紙で紙飛行機を折って、飛ばしそれが落下する様子をカメラで捉えるというもの。


もうひとつが、陽光のイベント。

指定された秒数で、太陽を見たり、目を閉じたりして、視神経の変化と視覚の変化を体験するというイベントを、カメラの目で構成するというもの。


どちらのイベントも、1963年から塩見さんが、続けてきた試みではあるが、今回は、初めてのテレビカメラのためのヴァージョンであり、番組が完成したときには、番組中で塩見さんの2005年の新作が発表されることになる。


これは、塩見さんにとっても、Edgeにとっても初めての試みなだけに、打ち合わせは、熱気を帯びたものになった。


塩見さんは、フルクサスを回想する『フルクサスを翔(かけ)る』(仮題、フィルムアート社)の執筆も終えられたばかり。

近年、若い世代の注目を集める前衛運動、フルクサスの展開を知ることができる一冊になるだろう。
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2005年08月23日

Edge Special 田村隆一篇再放送!



ゲーリー・スナイダー篇に続くEdge Special 田村隆一篇制作の経緯についてはすでに、このブログでお伝えしたが、
SKYPerfecTV! 216ch(無料チャンネル)で、来たる9月10日(土)深夜0時から、つまり、正確には11日(日)の0時から、田村隆一篇が再放送される。


貴重な生前のインタビューを含む、この番組は、英国ロケと、鎌倉でのロケによって構成されており、田村隆一の大きな人柄が、背景に浮かび上がってくるような番組になっている。


ディレクターは狩野喜彦、カメラは中村健。

番組タイトルは「Edge Special 死よ、おごるなかれ 田村隆一絶筆」。



田村隆一といえば、まず何よりも「酒」が思い浮かぶが、ときおり入院しては、アルコールを抜き、それなりに健康に気を使っていた詩人は、食道癌の宣告を受けたとき、
「しまった。肝臓は気をつけていたのに、食道とは」と苦笑し、いっさいの延命処置を拒否、静かに、そして決然と死を迎えたのだという。


死の床にあった田村隆一は、悦子夫人に紙とペンを求めた。

そして、詩人が記したのが、英国の形而上詩人、ジョン・ダンの「死よ、おごるなかれ」という言葉だった。


「あなた、これは何ですか?」という悦子夫人の問いに、田村さんは「次の詩集のタイトルだ」と答え、その言葉を最後に、世を去ったのだという。

これだけ、見事な死は、めったにあるものではないが、


見事な死というものがあるとしたら、それは見事な生の結実にほかならないことを、田村隆一は示してみせたのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 16:09| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月20日

シリーズ化されたEdge、水原紫苑篇(夏休み特別企画)



2001年にスタートしたアート・ドキュメンタリーEdgeは、詩人を扱うポエトリー篇と映画作家を扱うシネマトグラフ篇に続いて、
翌年から、さまざまなジャンルの創作者を対象とする「Edge 今を、いきる。」へと展開されたが、シリーズ化された番組もある。



そのひとつが水原紫苑篇だ。





さくらさくら桜生みたる父母を
わが父母といつかおもへる



あまりにも日本的な季題「桜」を現代において真っ向から歌い上げる歌人、水原紫苑。


自らが目指すものを「和歌を志向する短歌」と語る水原氏は、今日的な風俗のなかにではなく、伝統のうえに立って、現在の短歌を模索する歌人なのだと言えるだろう。


最初の水原紫苑篇は、2002年に吉野山で撮影された。ディレクターは井上春生氏である。

桜をこよなく愛した西行法師が、かつて庵を結んだという奥千本のあたり。


雨のなか、カメラを意に介することなく、現場で桜の歌を詠んでいく水原紫苑の姿は、この上なく、創作の現場をドキュメンタルに映し出すものになった。


プランナーである私は、すぐに井上氏をディレクターとする水原紫苑篇のシリーズ化を決定、
翌2003年は、水原氏の希望で北国の桜を訪ねた。


弘前城から函館の五稜郭へ。このロケは、飛行機で青森に飛び、南下して弘前城に向かい、撮影終了後、北上して青森市に一泊、翌朝、フェリーで津軽海峡を渡って函館に向かうという強行軍で、トラピスト修道院のように夜明け前に始まる撮影もあった。


函館は私にとっては、高校の先輩である石川啄木と友人の作家、辻仁成ゆかりの土地だが、観光している余裕はない。

帰りは函館から飛行機で東京に戻った。



水原紫苑が桜を訪ねる3部作の最後の1篇は、去年、撮影された。

いずれも樹齢千年を超える名木「日本三大桜」を訪ねる旅である。

岐阜は根尾谷の薄墨桜、山梨の山高、神代桜、そして福島は三春の滝桜へ。


西行さえ、妖気を感じ、とってかえしたという伝説がある薄墨桜を前に立って現代の歌人は、どんな言葉を紡ぎだすことが出来るのだろうか?


その道行きは、いずれ開催される予定の「Edge水原紫苑篇 桜三部作」上映会で見ていただきたい。
posted by 城戸朱理 at 08:47| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月13日

Edge 藤田理麻篇



今月、放送される「Edge 今を、いきる」の新作は、NY在住の画家、藤田理麻篇となる。


10代で両親とともにNYに渡り、両親が帰国後も、そのままアメリカに。

「コスモポリタン」や「インファッション」のイラストで脚光を浴びた彼女は、ある日、夢で「いますぐあなたに出来ることでいいから、チベットのために何かしなさい」という声を聞く。


それが、藤田にとっての転機となった。


第2次世界大戦で中国の侵略を受け、故郷を失ったチベットの人々は、北インド、ダラムサラに亡命チベット政権を樹立し、チベットの象徴的存在、ダライラマ14世を精神的な支柱に、祖国が解放される日を待ち続けている。


NYの亡命チベット人は、約7000人。


藤田はチベットの失われつつある民話を採集し、絵本を作る。祖国を失った子供たちが、自分たちの文化に触れることが出来るように。


それは、アメリカに暮らし、かつてはヨーロッパに憧れた日本人が、チベットを経由して、東洋人としてのアイデンティティを発見する旅だったのかも知れない。

ディレクター、狩野喜彦。
posted by 城戸朱理 at 18:29| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月28日

来るべきEdge



すでに、「現代詩手帖」(2003年5月号)掲載のエッセイ「言葉、言葉、言葉〜Edgeの現在」で予告したが、Edgeの来るべき特別番組として、
ストリート系、ネット系の詩人も交え、老若男女を問わず、詩を朗読してもらって番組化し、今日の日本語の詩の多様性のカタログとなるような記録を作りたいと考えている。


題して「Edge  Island of Poetry〜詩の列島」。


この企画にそったイベントを開催して、ライブ番組にするか、あるいはスタジオで撮影するか、人選はどうするか、考えなければならならない問題は多く、

すぐに実現できるわけではないが、プランナーとしては、再来年の実現を期しており、ストリート系、ネット系、さまざまな詩の領域で、積極的な活動を展開されている方々の御意見をうかがっていきたいと思っている。


詳細や経緯は適宜、このブログで報告していきたい。
posted by 城戸朱理 at 13:03| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月12日

Edgeの新シリーズ、フルクサス!



1960年代から70年代にかけて世界的なムーブメントとなった前衛芸術運動、フルクサス。

フルクサスとはラテン語で「流動」を意味し、美術や音楽といったジャンルを超えて、様々な実験的パフォーマンスを繰り広げた。


フルクサスには、「議長」ジョージ・マチューナスを中心に、ジョン・ケージ、ヨーゼフ・ボイス、ナム・ジュン・パイク、さらにはオノ・ヨーコを始めとする多くの日本人アーティストも参加し、中心的役割を果たした。



フルクサスは開かれた運動体だっただけに、思いがけない人も参加しており、すでにEdgeに登場し、大きな反響を呼んだ伝説的視覚詩人、高橋昭八郎氏もそのひとりである。


さらには60年代の日本現代美術に大きな足跡を残した「ハイ・レッド・センター」(高松次郎・赤瀬川原平・中西夏之)もフルクサスと連動した活動を展開している。


これまで日本では、ワタリウム美術館での「フルクサス展」(1994)、国立国際美術館での「ドイツにおけるフルクサス」(2001)とその活動が紹介されてきたが、
昨年末から今年にかけての、うらわ美術館での「フルクサス展」、今夏の栃木県立美術館での「前衛の女性展」と、フルクサスの再検討と再評価の気運が高まっているのは、たんなるノスタルジーではないだろう。


フルクサスとは何だったのか?


この問題を検討すべく、Edgeは「Spatial Poem」(空間詩)の試みでも知られるフルクサスのアーティスト、塩見允枝子篇から始まるプログラムを計画している。

塩見さんからは、すでに出演の了解をいただいたので、来年にはオンエア出来ると思う。


その後、年一作のペースで「Edge フルクサス篇」を制作していく予定で、日本人アーティストはもちろん、いずれはオノ・ヨーコ篇、ナム・ジュン・パイク篇の制作も検討中である。
posted by 城戸朱理 at 19:24| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする