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城戸朱理のブログ: Edge

2015年01月10日

Edge及川俊哉篇、座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルで上映!



私が企画・監修をつとめるテレコムスタッフ制作のドキュメンタリー「Edge」の1本として2014年に撮影・放送された
「語りえぬ福島の声を届けるために〜詩人・及川俊哉 現代祝詞をよむ〜」(平田潤子監督)が、
第6回となる座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルで上映されることになった。


福島在住の及川俊哉氏が、東北の歴史を古代からたどりながら、現代祝詞に挑む渾身のドキュメンタリーは、必見。



2015年2月8日 特集〈闘い〉――詩人と震災

13:30〜
Edge Special「語りえね福島の声を届けるために〜詩人・及川俊哉 現代祝詞をよむ〜」上映(60分)

14:30〜
朗読&トークイベント「“ことば”で福島の現状と闘うために」 和合亮一×及川俊哉

チケットは、チケットぴあ又は座・高円寺で。


番組にも出演し、及川俊哉氏を鼓舞した和合亮一氏も、朗読&トークのために駆けつけてくれることになっている。


復興というかけ声だけが木霊する被災地で、詩人に何ができるのか、そして、言葉に何ができるのか。

及川俊哉氏が書き続けている「現代祝詞」を、ぜひ目撃してもらいたい。
posted by 城戸朱理 at 12:05| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月11日

東日本大震災から3年たって



昨日、3月10日は、青山のテレコムスタッフでEdge及川俊哉篇の試写があった。

平田潤子ディレクターのたっての希望で、実現したプログラムなだけに、30分番組の予定だったが切るのが難しく、1時間番組に変更。


東日本大震災以降、及川氏が東北の歴史を貫くように書き続けている壮絶な「現代祝詞」の背景を追っていく。

ロケは、福島市、南相馬、飯館村、それに岩手県花巻市、東京で行われたが、放射線汚染で無人となった飯館村、津波の傷跡が癒えない南相馬の現在は、復興という言葉の空しさを伝えるものとなっているように思われた。


実際、東北地方では資材と人手不足で、復旧がまったく進んでいないエリアが多く、関東以西で風化しつつある大震災の記憶は、記憶ではなく、現実として、いまだに目の前にある。

及川俊哉篇には、和合亮一氏もゲストとして登場するが、和合氏が、そして及川俊哉氏が語るように、
むしろ、これからが東日本大震災のことを語り継いでいく努力が試される時であるのは間違いない。
posted by 城戸朱理 at 09:22| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月25日

明日、放映!

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明日、1月26日、SKYPerfecTV!の216ch(無料)で、「人々の中へ 異端の放浪僧・円空」(制作・テレコムスタッフ)が放送される。

放送時間は、21:30〜22:15。


これは、泰澄、行基に続く「自ら仏を彫る系譜」の第3弾で、江戸時代に日本全国を行脚して仏像を残した円空に迫るドキュメンタリー。

演出は、これまで、Edge吉増剛造篇、ゲーリー・スナイダー篇、ヤン・ローレンス篇などを手がけた伊藤憲、制作は寺島高幸・平島進史、私が監修に入った。


また、Edgeを放送している216ch は、スマートフォンのアプリ「ivy」で視聴できるようになった。

3月から4月にかけて、俳人・関悦史篇、笠井叡・麿赤兒篇も放送されるので、スマートフォンをお持ちの方は、ぜひ試していただきたい。
posted by 城戸朱理 at 10:43| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月08日

Edge Special西脇順三郎篇、完成間近!



ゲーリー・スナイダー、マイケル・パーマー、ヤン・ローレンス、そして田村隆一に続くEdge Specialとして企画された西脇順三郎篇が完成を目前にしており、月曜に青山のテレコムスタッフで試写があった。



西脇順三郎篇はインタビュー篇とドキュメンタリー篇の2部構成。



インタビュー篇では、生前の西脇さんと親交があった新倉俊一、白石かずこ、藤富保男、吉増剛造4氏が、西脇順三郎の思い出を語り、西脇詩から好きな一篇を選んで朗読する。

仮題は「詩人・西脇順三郎 四篇の“宝石”」。


一方、ドキュメンタリー篇は、インタビュー篇の4氏のコメントを折り込みながら、西脇順三郎の生涯と作品を追うもので、
彫刻家、飯田善國が撮影した生前の西脇順三郎が多摩川を散策する8ミリ映像をふんだんに折り込み、西脇自身による自作朗読も聞くことが出来る貴重なものになっている。



ディレクターは、これまで吉増剛造篇、ゲーリー・スナイダー篇などを手がけてきた伊藤憲氏。


トータルで約1時間の西脇順三郎篇、完成が待ち遠しい。
posted by 城戸朱理 at 10:04| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月02日

Edge西脇順三郎篇のために新倉俊一先生のお宅へ

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ホテル缶詰め明けの翌日は、宅急便で送り出したトランクやボストンバックが届いたが、荷物を整理する間もなく、逗子駅でテレコムスタッフの伊藤憲ディレクター、赤池祐介ADと待ち合わせて、タクシーで新倉俊一先生のお宅へ向かった。


Edge 西脇順三郎篇では、生前の西脇先生を知る藤富保男さん、白石かずこさん、吉増剛造さん、そして新倉俊一先生の四氏にインタビューすることになっているのだが、今回は撮影前に、
30年もの間、西脇先生の身近にあって、西脇論のみならず、全集や西脇順三郎コレクションの編集に携わるとともに、『西脇順三郎全詩引喩集成』『評伝 西脇順三郎』の著者でもある新倉先生のお話を、まず伺っておきたいと思ったのだ。


お尋ねしたのは逗子桜山の御自宅ではなく、横須賀のマンション。


このマンションは、西脇関係の資料を置くための部屋だったというが、貴重な資料は、昨秋、慶應義塾大学アートセンターに寄贈されたそうで、今は潔いほど何もない。


窓からは富士山や大島を望むことが出来る。



新倉先生は西脇順三郎が自作を語る西脇ゼミの一員だったが、月一回の西脇ゼミ終了後も毎週、水曜日に西脇先生を訪ね、自作解説を聞いては、引用の出典を確認し『西脇順三郎 詩と詩論』(筑摩書房)の余白に書き留めていったのだとか。

写真がそれだが、そうした7年間の作業があってこそ、あの貴重な『西脇順三郎全詩引喩集成』が成立したのかと思うと感慨深いものがある。


ほかにも、西脇先生は座談の名手、即興の名手だったことなど、愉快な話を伺ったが、こちらは、番組に反映されると思うので、Edge の完成を待っていただきたい。


私はEdge には企画・監修者として携わっているが、個人的には新倉先生のお話はカットせず、テープ起こしをして紹介したいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 14:15| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月27日

Edgeヤン・ローレンス篇と出羽三山の山岳信仰番組



Edgeヤン・ローレンス篇の撮影が始まった。

大脳神経学者であるとともに、オランダ語圏を代表する若き詩人、ヤン・ローレンスの詩的世界がどのように映像化されることになるのか。


これまで、Edgeの吉増剛造篇、ゲーリー・スナイダー篇、マイケル・パーマー篇を手がけてきた伊藤憲ディレクターの構成案は、出来上がりを期待させるものになっており、完成が待たれるところである。


ヤン・ローレンス篇の撮影初日は、日本人の心性の基層を探る山岳信仰シリーズの熊野篇につづく第2弾、出羽三山篇の試写が重なった。


しかも、この日は、私は大阪の国立国際美術館で新国誠一関連イベントに出席しなければならず、急ぎDVDを手配してもらって、翌日、ナレーション原稿案を見ながら番組を確認したのだが、これがなんとも驚きに満ちたものだった。


僧侶が出家した修行者であるのに対して、山伏と呼ばれる修験道の行者は在家の修行者で、江戸時代には、役行者(えんのぎょうじゃ)を開祖とする京都の聖護院に属する本山派と、
空海の孫弟子であり、修験道中興の祖とされる聖宝(しょうぼう)理源大師を開祖とする京都醍醐寺三宝院に属する当山派に統括されるようになった。


つまり、日本の原初的な山岳信仰から発した修験道は、天台宗系の本山派と真言宗系の当山派に分かれ、仏教のなかに位置づけられることになるのだが、出羽三山の修験道は、明らかに神道的な要素を色濃く残している。


しかも、今日においてさえ、山伏が当たり前に存在し、里人たちに受け入れられているのだから、それだけでも驚きではないか。


さらに、本山派・当山派と出羽三山の差異を検討していくと、あるていどまでは、日本の山岳信仰の原型が見えてくるのではないかとも思ったが、この問題は、さらに検討が必要だろう。


山岳信仰シリーズは、私の発案だが、企画者自身、これほどまでに新しい発見があるとは思わなかったというのが本音である。


Edgeと並行して、このシリーズも継続する予定だが、今年は、京都醍醐寺の開山、聖宝理源大師の御遠忌1200年に当たるため、真言密教の大家であるとともに、修験道中興の祖ともされる聖宝に焦点を当てた番組を企画していることをお伝えしておこう。
posted by 城戸朱理 at 09:04| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月26日

Edge、これからのラインナップ



2001年に制作が開始されたアート・ドキュメンタリー、Edgeは、すでにコンテンツが50を超えるアーカイヴとなり、DVD化などを検討中だが、
先日、企画・監修を担当する私と、テレコムスタッフの寺島高幸・清田素嗣プロデューサーとの会議で決まった今後のラインナップを報告しておきたい。


これまで、ゲーリー・スナイダー、マイケル・パーマー、そして田村隆一を番組化してきた「Edge Special」では、現在、世界的な脳神経学者であるとともに、ベルギーを代表する詩人でもあるヤン・ローレンス篇を企画中である。


また、シエラネバダ山麓のゲーリー・スナイダーの自宅、「キットキットディジー」にカメラを入れて、スナイダーの自然との共生、
あるいは禅、そして、再定住といった思想を浮き彫りにするプログラムを実現すべく、これから、スナイダーと交渉することになった。


一方、詩人篇は還暦を迎えて、『現代詩文庫 高岡修詩集』(思潮社)が刊行されるとともに、生前葬(!)をとり行うという鹿児島の高岡修氏の番組制作が急遽、決定。

火山の国を舞台に、希有な詩人の姿を記録に留める。


また、ダンス・パフォーマンスを主体とした「LIVE! Edge」として、黒田育代篇、麿赤兒篇に続く黒澤美香篇も検討に入った。


変わり種としては、古本エッセイで人気の岡崎武志篇に続いて、京都在住の画家で、やはり古本マニアの林哲夫篇を秋に撮影する。

これも愉楽に満ちたプログラムとなることだろう。


さらに、これまで、水原紫苑篇3作、穂村弘篇が制作された歌人篇の展開に合わせて、来期からは俳人篇の制作がスタートする。


もちろん、ヴィジュアル・ポエトリー、そして、フルクサスをめぐるプログラムも機会があるたびに撮影していく予定なので期待していただきたい。


Edgeは、2011年の10周年をひとつの里程標に、視聴率の厳しい制約を受ける地上波では不可能な日本で唯一のアート・ドキュメンタリーとして、次は20周年を目指すことになる。
posted by 城戸朱理 at 09:56| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月18日

Edge Special 新国誠一篇



ゲーリー・スナイダー、マイケル・パーマー、
田村隆一に続くEdge Specialとして、日本のコンクリート・ポエトリー(具体詩)の先駆者、新国誠一を取り上げるプログラムの試写が、先週、青山のテレコムスタッフであった。



ディレクターは、高橋昭八郎篇を手がけた細田英之氏。



本人の映像が、写真以外は残されていない対象の初めての番組化となるだけに、細田ディレクターの苦心は大変なものだったようだが、実に刺激的なプログラムが誕生しつつあることを御報告しておきたい。



コメンターは、新国誠一とともにASA(芸術研究協会)を設立した藤富保男氏、そしてフランスのコンクリート・ポエトリーを研究するうちに新国誠一の作品と出会い、その研究を続けているマリアンヌ・シモン・オイカワ東大准教授。


さらに、新世代のヴィジュアル・ポエット、辻虎志氏がコンピューターと楽器を用いて、スタイリッシュに新国作品の音響化を試み、高橋昭八郎氏が新国作品の朗読に挑む。




高橋昭八郎氏の朗読は、炎天下の唐津の海岸で収録されたが、細田ディレクターは、数回だけ読んでもらって撮影を終えるつもりだったのに、高橋昭八郎さんは、自分の朗読になかなか納得せず、「もう一度お願いします」と言って朗読を繰り返し、その撮影は10回に及んだという。


最後には、高橋昭八郎氏の顔が、強い日差しと意識の集中のため紅潮してきたので、細田ディレクターは撮影を止めたというが、多彩な出演者によって、今は亡き新国誠一の像が浮かび上がるようなプログラムになっている。



このEdge Specialは、間もなくオンエアされる予定である。
posted by 城戸朱理 at 08:57| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月30日

インドから日本へ



Edgeとは別の企画だが、インド哲学・仏教史の領域で画期的な仕事を進める下田正弘東大教授をナビゲーターに、インドで釈尊の足跡を追うスペシャル・プログラムをテレコムスタッフが制作し、私も監修者として参加した。

さらに、チベットの入口、青海省に出かけてチベット仏教の寺院を訪れたのが、きっかけとなって、インドで生まれた仏教が、チベット、中国、韓国、日本と伝来するうちにどれだけ変質しながら生成していったのかを考えることになった。




さっそく設楽実プロデューサーに連絡し、インドのスペシャル・プログラムのあと、チベットから日本に至る仏教の生成を追う番組を提案したのだが、このことは私自身の関心とも一致するので、ぜひ番組化を考えてみたいものである。
posted by 城戸朱理 at 11:09| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月21日

新国誠一没後30年に



日本のコンクリート・ポエトリーの先駆者であり、国内よりも海外で高い評価を受ける新国誠一の今年は、没後30年に当たる。


2年後に予定されている回顧展、さらには全詩集の刊行によって、その全貌が明らかになる日も近いが、今年は、新国誠一とともにASA(芸術研究協会)を設立し、機関誌「ASA」を創刊した藤富保男氏らによって、新国誠一展が開催されるという。


場所は東京、高輪のギャラリー・オキュルス、
会期は、8月23日から29日まで。



また、26日(土曜日)には、六本木の国際文化会館で、14時半から、記念イベントとして、新国誠一をめぐる座談会と松井茂・足立智美両氏による新国作品の朗読が行われる。



一方、テレコムスタッフ制作によるEdgeでは、これまで高橋昭八郎篇を始めとして、Edgeのヴィジュアル・ポエトリー篇を手がけてきた細田英之ディレクターが、新国誠一篇の制作に着手しており、構成案が出来上がりつつある。


本人の映像が残されていないため、これまでとは違うスタイルを模索しなければならないわけだが、生前の新国誠一と親交があった藤富保男氏はもちろん、新国誠一と共同宣言を採択し、コラボレーションも試みているフランスのピエール・ガルニエを研究するうちに、
新国誠一を知り、フランスで新国作品の紹介につとめているマリアンヌ・シモンヌ・オイカワ東大準教授にコメントをお願いするとともに、自らの作品を象形詩であるとともに象音詩として提出した新国作品の朗読を含む画期的なプログラムが生まれつつある。


記念イベントで松井茂・足立智美両氏が朗読を試みるため、番組では別の可能性を探るべく、新世代の視覚詩人、辻虎志氏と、北園克衛率いるVOUの会員でありながら、新国誠一が「ASA」への参加を希望した高橋昭八郎氏が新国作品の朗読を試みることになった。



新国誠一の生前の活動を、藤富保男氏は「孤島で旗を振っているようだった」と語っていたが、その旗は、いまだに高く掲げられていることが、これから次第に明らかになっていくに違いない。


そして、それは、「戦後詩史」の空白だった前衛の在処を示すものになるだろう。
posted by 城戸朱理 at 16:28| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月23日

Edge Special マイケル・パーマー篇



ゲーリー・スナイダー、田村隆一に続く3本目の「Edge Special」として、現在、マイケル・パーマー篇の制作が進行中である。


現代アメリカを代表する詩人、マイケル・パーマーは、「現代詩フェスティヴァル2007〜環太平洋へ」に出演するために、初めて日本を訪れたが、フェスティバル終了後、京都でパーマー篇のロケが行われた。


マイケル・パーマー自身による朗読はもちろん、パーマー詩集『粒子の薔薇』(思潮社)の訳編を担当された山内功一郎静岡大準教授をナビゲーターに、京都の智積院(ちしゃくいん)で長谷川等伯の絵について語る詩人、そして、龍安寺の石庭で、言語とイメージの本質を語る詩人の姿は、貴重な記録となることだろう。


パーマーは、詩について、次のように語っている。



ある意味で、私の気質から言うならば、詩とは、ひとつの支え、おそらくは、揺るぎない支柱であり、支点であり、だからこそ、私の生を支えうる装置であるんだ。
詩は、いつも調子を外しがちな私という楽器を調律してくれる。

詩のおかげで、私は世界や他者と会話出来るんだ。
posted by 城戸朱理 at 08:23| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月21日

日本のダダイズム



先日、佐藤一彦ディレクターから、たいへん興味深い話を聞いた。

戦前、日本のダダイズム運動を主導した村山知義の遺族の方がギャラリーを経営されており、倉庫には村山知義の作品が大量に積まれているというのだ。

村山知義は、1921年に哲学を志して、ベルリンに渡ったが、当時の前衛運動の熱気に触れて美術家に転身し、1924年に創刊された「マヴォ」は日本におけるダダイズムの拠点となった。

その前衛運動は、伏流し、1950年代には具体美術協会、1960年代には世界的なムーヴメントとなった、ネオ・ダダへと展開されていく。


余談だが、NHKの朝のドラマ「あぐり」の吉行エイスケの妻、吉行あぐりの美容院を設計したのも、村山知義だった。

さらに余談だが、ドラマで吉行あぐりを演じた田中美里は、ゴジラ映画史上、初めてゴジラの背ビレに乗った人間となったが、これはダダとは何も関係がないのは言うまでもない。

しかし、関係がないというあたりが、ダダ的である。


ともあれ、村山知義の作品が美術館ではなく、
遺族のもとに残されているということ自体が、
意外であるとともに、日本の美術行政の限界を感じさせる話であったが、

Edgeの番組として、現在、シリーズ化が進められている「フルクサス」や「視覚詩」に先立って、1920年代に前衛運動を主導した村山知義を記録に残すことが出来ないか、現在、検討中である。
posted by 城戸朱理 at 01:13| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月24日

Edgeの課題



これまで、SKYPerfecTV!のアート・ドキュメンタリー・プログラムEdgeは、「Edge〜未来を、探す。」でポエトリー篇(制作/テレコムスタッフ)とシネマトグラフ篇(制作/スタジオ・マラパルテ)から始まって、
ジャンル横断的な「Edge2〜今を、いきる。」、さらに、ライヴ・パフォーマンスを記録する「LIVE! Edge」、より若い世代を対象とする「Edge youth 生きるために、今」とコンテンツが展開されてきた。


さらに「Edge Special」として、
ゲーリー・スナイダー篇と田村隆一篇が制作され、現在も、番組制作が順調に、なおかつ波乱を含みながら進められているところである。




そうしたなかでスタジオ・マラパルテによる
「母モニカ」がロッテルダム国際映画祭を始めとする国際映画祭の正式招待作品となり、

稲川方人監督作品が生まれ、さらにEdgeを発端として吉増剛造のドキュメンタリー映画「島ノ唄」が制作されるなど、
日本各地で展開されているEdgeイベントとともに、オンエアして終わるのではなく、むしろ、そこから始まるものとして、多彩な展開を見せてきたし、
今後も新しい展開を考えていきたいと思っているのだが、ひとつだけ以前から構想しながらも、いまだに実現できていない企画がある。


それは何かというと、物故者を番組化することである。


対象がすでに不在である場合、本人の映像が撮れないので、番組化は極めて難しい。

例外は、本人のインタビュー映像が偶然にもテレコムスタッフに残されていた田村隆一だけで、西脇順三郎や瀧口修造を番組化したいと希望しているディレクターもいるし、
私自身、プランナーとして、西脇順三郎篇、瀧口修造篇はもちろん、エズラ・パウンド篇やアレン・ギンズバーグ篇、ヨーゼフ・ボイス篇に吉岡実篇、そして北園克衛篇、新国誠一篇や土方巽篇と試みてみたいプログラムは少なくないのだが、いまだ、実現には至っていない。



今は亡き芸術家たちを、どのように映像化できるか、それも、またEdgeの大きな課題のひとつだろう。


とりあえず、ベネツィア・ロケから始まるエズラ・パウンド篇や、来年、没後30年を迎える新国誠一篇など、企画を考えてみたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 10:50| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月01日

最終兵器!



最近、重い内容の番組が続いたので、Edgeのトッププロデューサー、寺島さんから要望があった。

「もっと楽しい番組は作れないですかね?」


この場合、「楽しい」とは、気楽に見ていられるという意味である。


それは出演者のキャラクター次第ということになるが、Edgeは、あくまでもアート・ドキュメンタリー・プログラムなのだから、気楽なだけでは、どうしようもない。

真剣なアーティストであるとともに、愉快な人物である必要がある。

そんな人物がいただろうか?

いた!


誰よりも若者らしく、そのくせ誰よりもオヤジっぽい、あの彼である。

いつぞやなぞ、飲み会で「彼」が騒いでいるのを見たら、ネクタイを頭に鉢巻のように巻いていたぞ。

知らない人が見たら、飲み会で炸裂した窓際の課長にしか見えないだろう。


しかし、「彼」はある意味、最終兵器である。


いい番組になるか、番組じたいが壊滅的な状態に陥るのか、私にも見当がつかない。


「最終兵器彼女」と言えば、映画化もされた人気マンガだが、「最終兵器三女」と言えば、矢部3姉妹の三女、矢部美希のグラビアデビューとなるDVDのタイトルである。

このDVDは9月22日にリリースされるので、野村喜和夫さんにメールしておかなければ。

いや、別に野村さんが矢部姉妹のファンというわけではない。

直感で野村さんの好みのような気がしただけである。

どこが? 

三女というところがである(?)。



しかし、「彼」の破壊力も矢部姉妹の三女のDカップに劣るとは思えない。

最終兵器をいつ投入するか。

兵力の逐次投入は、愚劣な指揮官がすることである。

総力でもって一撃離脱、これが正しい。


「Edge 久谷雉篇」をいつ制作するべきか、青山のテレコムスタッフで、真剣に悩み始めた城戸朱理がいた。
posted by 城戸朱理 at 10:18| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月06日

Edgeの新作は、フルクサス・イベント!



先週、試写が行われたEdgeの新作は、「LIVE! Edge アルファベット・マンダラ」と題して、フルクサスの主要アーティストが繰り広げたイベントを、靉嘔やベン・パターソンら、フルクサスのオリジナル・メンバーが再現するものとなっている。


リトアニア出身の「議長」ジョージ・マチューナスを中心に、60年代から80年代にかけて世界的な広がりを見せた前衛運動、フルクサスでは、
イベントやパフォーマンスが大きな比重を占めたことが知られているが、福井県立美術館で開催された靉嘔の回顧展に合わせて、AからZまで26のフルクサス・イベントが再現された、その記録である。


ナム・ジュン・パイク、ヨーコ・オノ、そしてジョージ・マチューナスまで、フルクサスは、日常的な行為を、どのようにしてイベント化したのか。


時代を証言する貴重な番組となっているように思う。


ディレクターは、狩野喜彦。

狩野ディレクターによるEdgeのフルクサス・コレクションは、これで3本目になる。
posted by 城戸朱理 at 00:49| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月23日

新番組「眠りの大地〜詩が舞い降りる場所へ〜」(仮題)




先日、私とテレコムスタッフの清田素嗣プロデューサーが、神田神保町で酔っ払っていたのは、すでに紹介したが、その後、清田さんは京浜東北線に乗り、
駅員に起こされてみると、そこは横浜の桜木町、結局、横浜からタクシーで帰宅することになってしまったそうだ。


私は神保町にホテルを取っていたからよかったようなものの、もし 電車に乗っていたら、小田原あたりで目覚めることになっていたかも知れない。


本当に懲りない人たちである。



しかし、このふたり、まがりなりにもEdgeのプランナーとプロデューサーである。ただ酔っ払っていたわけではない。

先日も清田さんが作製した新番組の企画について話し合っていたのだった。


Edgeとは別枠で企画されている新番組の仮題が、「眠りの大地〜詩が舞い降りる場所へ〜」。


詩人・音楽家・ダンサーなど、さまざまなジャンルのアーティストが、世界のどこかに旅をして、そこで得たインスピレーションによって創作する様子を追うというドキュメンタリーである。




清田さんがとりあえず訪問先の候補として挙げたのは、次の3箇所。



〈1〉トルコ、イェレバタン・サルヌジュ地下宮殿。

6世紀、ビザンチン帝国時代に、貯水槽としてバジリカ聖堂の地下に作られた地下宮殿。

縦140メートル、横70メートル、高さ90メートルの空間が、336本のコリント様式の柱で支えられており、合計最大で8万立方メートルが貯水可能という壮麗な遺跡である。


〈2〉ギリシア、サントリーニ島(ティラ島)。

紀元前15世紀に海底火山の噴火と大地震によって島の中央部が沈み、三日月型になったサントリーニ島は伝説のアトランティス大陸のモデルだという説もある。

アトランティス大陸と、その地で使われている金属オリハルコンについてはプラトンの記述が残されており、私の詩集『地球創世説』のライトモティーフになった。

ミノア文明の姿を今に伝えるアクロティリ遺跡には、吉岡実の名篇「サフラン摘み」そのままの壁画が残されている。


〈3〉ヨルダン、死海。

白亜紀以来、陸のなかに取り残されてしまった海、死海。

ほとりにあるヨルダンの首都アンマンは、バビロニア、ローマ、ビザンチン、アラブ、イスラム王朝と次々に侵略され、長い歴史とはうらはらに、ごくわずかな遺跡しか残されてはいない。



このうち死海は設楽実プロデューサーの発案、サントリーニ島は私の企画である。


この企画が実現したら、さらにタクラマカン砂漠やアンコールワットなどがロケ地になることだろう。

どちらにしろ、最初は私が出演者となって、制作することになっているので、このうち、どこかには行かなければならない。


私はエーゲ海のサントリーニ島に行って、ロケ終了後は自費でイタリアに赴き、ベネチアのザン・ミケーレ島でエズラ・パウンドの墓参りをしてから、ワインを浴びるように飲み、死海には和合亮一氏にぷかぷか浮いてもらうのがいいかも知れないと思っている。
posted by 城戸朱理 at 10:15| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月09日

Edge 塩見允枝子篇!



新たなるEdge、塩見允枝子篇が完成した。


今また、若い世代の注目を集めるフルクサスには、日本人アーティストが数多く参加したが、塩見さんも、そのひとり。

フルクサスの主宰者だった「議長」ジョージ・マチューナスとも親交があり、フルクサスの活動の中心にあって、前衛運動を推進してきた。


とりわけ、その「スペーシャル・ポエム(空間詩)」は、美術と詩の境界を超える「視覚詩」の試みとしても考えることが出来るが、建畠晢氏が指摘するように視覚詩には珍しい「叙事詩的」な世界への展開を感じさせるものでもある。


「空間詩」に関しての詳細は拙稿「フルクサスとは何か」(「現代詩手帖」2005年4月号)を参照されたい。


番組では、塩見さんのこれまでの仕事を紹介するばかりではなく、ヴィデオ・カメラのための「陽光のイヴェント」「落下のイヴェント」、
この番組のためのふたつの新作がアーティストの指示のもと、制作された。



その意味では、この番組じたいがフルクサスの作品であるとも言えるだろう。


塩見さんはフルクサスの歴史を振り返る『フルクサスとは何か』(フィルムアート社)を刊行されたばかりだが、この本も輝かしい前衛の時代の貴重な証言である。



番組のインタビューで塩見さんは次のように語っている。



「当時の作品というのはね、ひとつの作品として完結してしまわない。いくらでも可能性がある。
それを示唆することが、一種の作品としてのレゾン・デートル(存在意義)だったわけですよね。
だから、ひとつで終わるということはないんです。
どんどん続いている。だから、いまだにエンドレスなリレーションが、
まあフルクサスもですし、現代の芸術家とも、すべての方たちとそういうエンドレスなリレーションが続いて、
クリエイティブなこともエンドレスに続いていく。
人間が生きている限り、こういうクリエイティブなことは、絶対になくならない」。
posted by 城戸朱理 at 09:13| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

追悼、ナムジュン・パイク



フルクサクスのアーティストをシリーズ化するドキュメンタリーの第1弾、Edge塩見允枝子篇が完成した矢先にナムジュン・パイク氏の訃報が伝えられた。


昨年から病気療養中であることは伝え聞いていたが、回復とともにEdgeへの御出演をお願いするつもりだったので、残念でならない。



ナムジュン・パイク(白南準)氏は、1932年生まれ。韓国系アメリカ人。東大に学んだのち西ドイツ(当時)に留学、ビデオ・アートの先駆者として世界的な評価を得るとともに、前衛的芸術運動、フルクサクスの中心的メンバーでもあった。



先月、29日にフロリダ州マイアミの自宅で、妻、久保田成子さんに見守られ、逝去したという。享年、73歳。


久保田成子氏もフルクサクスに参加したビデオ・アーティストであり、マルセル・デュシャンと親交があったことが知られている。


新しい世紀を迎えて、ひとつの時代が幕を閉じつつあるのだろう。


果敢に新たなアート・シーンを切り拓いた、偉大な先駆者の御冥福をお祈りしたい。
posted by 城戸朱理 at 11:37| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月25日

死海からインドへ?



今回のミャンマーロケはテレコムスタッフの清田さんのみならず、設楽実プロデューサーも同行しているので、道々、今後の番組の計画を話し合った。


ここで再び話題になったのが、アーティストが海外を訪れ、現地で作品を創造する様子をドキュメンタリーにするという企画である。

手始めに私が砂漠に行って、詩を書くという話になっていたのだが・・・



「砂漠もいいけど、死海っていうのはどうかな?」と設楽プロデューサー。

死海? ということはイスラエルか?

「それで死海にぷかぷか浮きながら、詩を朗読するとか」

「・・・・・・」



いったい、どういう番組なんだ!? 監修者としては、却下したい案である。

しかし、死海に行くこと自体は大いに賛成。というわけで、死海ロケの企画を立てることになった。


その前に私は同行しないが、5月のインドロケがある。



「ミャンマーは、インドのような絶望的な不潔さはないですね」と清田さん。

「カルカッタなんて300年は、誰も掃除しないとああなるという街だよ」と佐藤一彦さん。

「車で何時間走っても同じ景色で、それに、どこに行っても必ず道を人が歩いているんだよな」と設楽くん。

「インドは田舎のほうが人が多いんだよ」と一彦さん。



笑いながら聞いていたら、思いがけない展開になった。



「番組の監修者として、インドロケには城戸さんも同行して下さるんですよね?」

「・・・・・・」



こうして、私は死海のみならず、インドロケにも行くことになってしまったのである。
posted by 城戸朱理 at 21:33| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月27日

Edge 花実篇

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次の「Edge2 今を、いきる。」のオンエアは、花実篇。
花実さんは、現在、CD制作中のシンガーソングライター。
ファンタジックな詩と透明な歌声で、ライブのたびにファンを増やしている。
御本人も写真のように妖精的な容姿の持ち主だが、
キャラクターは「のんびり系」らしい。
何度も音楽をあきらめようとしたが、
捨てよう、捨てようと思っても捨てられないものがあったら、
それは「宝物」なんだと気づいたのだという。
彼女と「宝物」としての音楽の出会いから、
現在までをリハーサルとライブ、インタビューで構成する。
同時に「LIVE! Edge」として、
1時間のライヴ番組も制作される予定である。
花実さんをプロデュースしているのが、
私の旧友でもあるヴァイオリニスト・作曲家の都留教博氏。
都留さんとは、1995年の大イベント「詩の外出」で、私も共演していただいたことがある。
これまで、自身のCDのほかに、
ピアノの中村由利子、辻仁成、X−JAPANのToshiなどのプロデュースも手がけてきた。
花実さんのライヴのときのこと。
都留さんがヴァイオリンを弾き始めると、
カメラがみんな都留さんにパンしてしまうとディレクターの狩野さんが苦笑していた。
みんなが都留さんを撮ったら、カメラを5台も持ち込んだ意味がない。
つまり、それだけ、都留さんの音楽とヴァイオリンは、
人を魅力する力があるということなのだろう。
その都留さんがプロデュースする花実さんのCDは、発売が今から楽しみだ。
花実さんの声は、いちど聞いたら、忘れられないほど、印象深いもの。
ぜひ、番組で、妖精の魅力に触れていただきたいと思う。


posted by 城戸朱理 at 00:01| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする