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城戸朱理のブログ: 本

2015年10月28日

『現代詩100周年』(TOLTA)

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先鋭な企画で詩の新たな地平を切り開くヴァーバル・アート・ユニット、TOLTA(河野聡子・山田亮太・佐次田哲・関口文子)が、驚くべきアンソロジーを刊行した。

題して『現代詩100周年』。

河野聡子は、その序文で次のように語っている。



「私たちTOLTAは、今年二0一五年を、現在書かれているような日本の無定形・口語の自由詩の成立から百年目であると宣言します」



ここでは、山村暮鳥『聖三稜玻璃』が刊行された1915年に、現代詩の起点が据えられているのだが、まず『聖三稜玻璃』という選択が斬新だ。

その2年後には口語自由詩の先駆とされる萩原朔太郎『月に吠える』が刊行されているわけで、現代詩100年という宣言も、たしかにうなずけるところがある。


河野聡子はさらに、次のようにも語っている。



「無定形の現代詩は、それぞれの詩人が自分だけの定型、自分だけのリズムをつくり、言葉を見い出すことをそのつどそのつど行います。そしてこれこそが、そもそも詩が〈現代〉を名のるゆえんだと言えるかもしれません。ここには本質的に歴史はありません」



かくして、逆説を孕みながら、百年前の『聖三稜玻璃』を自分たちが受け取ったように、次の百年後の誰かに向けて編まれたのが、本書なのだという。



このアンソロジーには、100人近い詩人が、いずれも書き下ろしの新作で参加しており、谷川俊太郎から始まって、北川透、瀬尾育生、和合亮一から三角みづ紀、小笠原鳥類ら「新しい詩人」の世代、さらには暁方ミセイ、文月悠光、そして和合大地と、執筆者は10代から80代まで及んでいる。


私にとっては、学生時代からの詩友である広瀬大志、高貝弘也といった詩人も参加しており、力作揃いの圧巻だ。

しかも、TOLTAのメンバーは編集に徹し、作品を発表しないという徹底ぶりには、思わず唸ってしまった。

本音を言うと、TOLTAのメンバーの作品も読んでみたかったが、自分の作品を発表するメディアとしてではなく、詩の状況じたいを創出しようとする姿勢は、きわめて重要だと思う。


画期的なアンソロジーの誕生を喜びたい。
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2015年10月05日

ニューヨーク・アートブック・フェア

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ニューヨーク・アートブック・フェアは、新作のアーティストブックや画集、そして古書も並ぶ。

ところどころに詩集も潜み、アート作品もあったりするのが面白い。


アレン・ギンズバーグ『吠える』の初版は、2500ドル。


2枚目の写真には、ジャスパー・ジョーンズのマルチプルが。

オノ・ヨーコのマルチプルは、500ドルだったが、これはいくらだったのだろう。


ヨーゼフ・ボイス関係も充実していたが、値段は高い。


マルセル・デュシャンの「View」まであるのだから、興奮してしまう。


アンディ・ウォーホールとバスキアのポスターは、バスキアのサイン入りで、なんと9000ドル、約100万円だった。
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2015年09月18日

吉増剛造さんからいただいた本

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今回の京都・流響院ロケで、何か準備することはないか吉増剛造さんから連絡があったので、私は漢詩を意識して欲しいと返信した。

今年になって、中国からの訪日観光客の増加が話題になっているが、「爆買い」のみならず、
私が注目したのは、日本に唐の文化が残っている、あるいは、唐を見たければ日本に行けと語る中国の識者がいることだった。

中国の建築家リアン・スーチョンは、「京都の建築は唐の様式をもっともよく受け継いでいる」と語ったが、
建築や毛筆、お香など、現代の中国が失って久しい唐代の文化を日本に見出す中国人がいるわけだから面白い。


吉増さんは、私の提案を容れて、愛読書でもある小杉放庵の『唐詩及唐詩人』上巻を持ってきて下さったのだが、撮影が終わると私にプレゼントしてくれた。

奥付の前ページには、吉井勇の祇園を詠んだ短歌とともに、「慶応義塾大学国文科 吉増剛造」という署名が!

すると、これは吉増さんが学生時代に求められた本ということになる。


貴重な本をいただいたので、サインをお願いしたら、吉増さんが扉に書いて下さったのは――



「城戸朱理先生のご本になる倖せな日々。15. 8. 21 京都
五十六年間 剛造が連れ添った書物をつつしんで献じます」

結びの「ます」は、□に\。

これは、吉増さんのFAXでも特徴的な記述。


今のところ、この本は私の枕元に置いてあるが、いずれ、どこかに寄贈しなければと思っている。
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2015年09月16日

下鴨納涼古本まつりで買った本

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下鴨納涼古本まつりでは、長らく探していた空海関係の本が、すでに老紳士が選んだものだったり、会場が広すぎて、チェックした本が見つからなくなったりしたが、旅先だけに、かさばるものには手が出ない。


結局、購入したのは、まず内田魯庵「芭蕉庵桃青傳」(立命館出版部、昭和17年)。

松尾芭蕉の伝記だが、この内田魯庵の著述が現れて、芭蕉研究は新たな局面を迎えることになった。

太平洋戦争のさなか、1942年に刊行された本だが、和綴じ、箱入りの贅沢な造本になっている。

これが、1000円。


シャガールの画集は、1977年刊、「デリエール・ル・ミロワール」の一冊。

「デリエール・ル・ミロワール」は、パリで刊行された豪華版画集で、必ずオリジナル・リトグラフが収録されてている。

この画集では、3枚目の写真がオリジナル・リトグラフ。

1980年代までは神田の古書店で、ときどき見かけたが、最近は見なくなった。

シャガールは5000円だったが、掘り出し物の感がある。


最後の二枚は、ヨーロッパの版画を扱う店で見つけたターナーのエッチング。

19世紀のものだが、こうしたものを見つけるのも、古本市ならではの楽しみという気がする。
posted by 城戸朱理 at 14:35| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

下鴨納涼古本まつり

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京都の古書市といえば、春の古書大即売会(京都市勧業館)、夏の下鴨納涼古本まつり(下鴨神社糺の森)、秋の古本まつり(百萬遍知恩寺)だが、これまで私が行ったことがあるのは、秋の知恩寺だけだった。

今回は、幸いにも下鴨納涼古本まつりの会期に当たったので、初めて夏の古本市を覗くことができた。


猛暑のなかの古本市だけに、団扇を配っていたが、これが役に立ったのは言うまでもない。



会場は広く、書架が山脈のように続く。

値付けも安く、本気で探して買い始めたらダンボール何箱にもなりそうだった。


意外だったのは、学生らしき若者の姿が多かったこと。

みんな、戦利品を入れるリュックやデイパックを背に、熱心に本の背を目で追っている。

カップルで、本を探す若者も目についた。


京都は、人口の10%が学生と大学関係者という文京都市でもあるわけだが、若い人が熱心に本を探している姿は、活字離れが言われて久しいだけに、心強いものがある。
posted by 城戸朱理 at 14:34| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月30日

柳美里『貧乏の神様 芥川賞作家困窮生活記』(双葉社)

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柳美里さんの新刊が出たが、これは大いに話題を呼びそうだ。

題して『貧乏の神様 芥川賞作家困窮生活記』。


世間の小説家のイメージといえば、印税で優雅に暮らしながら創作にいそしむというといったところだろうが、現実はそんな甘いものではない。

というよりは、作家専業であるかぎり、借金を頼む手紙を残していない小説家のほうが珍しいのではないだろうか。

「大谷崎」と呼ばれた文豪、谷崎潤一郎でさえ借金を頼む手紙が残っているほどなのだから。


帯の「作家とは、日雇い労働者そのものである」という一行が、重い。


注意したいのは「貧乏」と「貧困」は違うということだ。

「貧困」は、もともとは官僚の用語だったらしいが、こちらが生存に関わるものなのに対して、貧乏は違う。

『びんぼう自慢』の著書もある昭和の大看板、古今亭志ん生は、「貧乏はするもんじゃありませんな、味わうものです」という名言を残したが、本書にもそんな趣きがある。


帯裏に引用されている柳美里さんの言葉を紹介しておこう。


「でも、だいじょうぶ。
わたしには神様がついているから。
それは貧乏神という神様です。
貧乏神でも、神様であることには変わりないので、
精一杯のおもてなしをしてきました。
たぶん、わたしに小説を書かせてくれているのは、
この神様です。
貧乏の神様、ありがとう。」


貧乏神は、江戸時代の曲亭馬琴らによる奇談集『兎園小説』や井原西鶴の『日本永代蔵』などに登場するが、貧乏神をこんなふうに語ったのは、柳さんが初めてだろう。

読み始めたら止まらない一冊だ。
posted by 城戸朱理 at 17:26| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月25日

「俳壇」3月号、「詩人100人100句」



「俳壇」3月号に八木忠栄氏選で、北村透谷、島崎藤村、宮澤賢治、北原白秋、萩原朔太郎から現代まで、詩人100人の俳句を1句ずつ100句集成するユニークな企画「詩人100人100句」が掲載されている。

こうして見ると、句作に手を染めたことがある詩人が少なくないことに驚くが、俳句となると本人のイメージを裏切るものも多く、興味が尽きない。


この山に鶯の春いつまでぞ(北村透谷)

大根のひくには惜しきしげりかな(宮澤賢治)

枯菊や日々に覚めゆく憤り(萩原朔太郎)


賢治には農業に従事した人のたしかな目があるし、朔太郎は、俳句でも憤っていたりするのが面白い。


横笛にわれは墨する後の月(北園克衛)

ふる郷は波に打たるる月夜かな(吉田一穂)

黄金の木の実落つる坂の宿(西脇順三郎)

鎌いつ稲妻だけを借着して(瀧口修造)


モダニズムの巨人たちの俳句は、その詩と通底するものがあるようだ。

「黄金の木の実」など、いかにも西脇らしいではないか。


湯殿より人死にながら山を見る(吉岡実)

行く末は入り日にまかせ年の暮(谷川俊太郎)

ワルソーの凍てつく宿の林檎かな(白石かずこ)


吉岡さんは、俳句を愛し、句集もよく読まれていたが、谷川さんの俳句は意外。

白石さんの俳句も初めて見た。


個人的にもっとも俳味を感じたのは次の一句。


全身の色揚げ了り蛇の衣(アーサー・ビナード)


私の一句も紹介しておこう。


白壁に染まりて白猫のままで居る(城戸朱理)


これは、和蝋燭の産地で、漆喰の白壁が続く伊予の内子町に行ったときに詠んだ句である。


実は、私には、200句ほどの習作を書きとめた俳句のノートがあるのだが、探してみたのに見つからない。

そのうち、ちゃんと探してみなければ。
posted by 城戸朱理 at 10:43| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月19日

高知県物部村に伝わる「いざなぎ流」

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10月28日にアップした「新詩集に向けて」という記事のなかで、高知県物部村(現香美市)だけに伝わる民間信仰「いざなぎ流」について触れたところ、20年来の友人である遠藤朋之和光大准教授から思いがけない連絡があった。


陰陽道の要素が強く見られる「いざなぎ流」が、なぜ物部村にだけ伝承されてきたのか。

私は「これは民俗学の興味深いテーマになりそうだ」と記事に書いたのだが、和光大の山本ひろ子先生は、なんと12年も物部村に通い、「いざなぎ流」の研究を続けておられるのだという。

まさか、こんな身近なところに「いざなぎ流」を研究されている方がいるとは思っていなかったので驚いたが、
私が「いざなぎ流」に関心を持っていることを知った山本ひろ子先生に託されて、遠藤くんが送ってくれたのが、写真の「いざなぎ流研究の現在と物部フィールドワークの12年資料集」である。


和光大の学生のフィールドワークの様子から始まって、小松和彦・斎藤英喜・梅野光興・山本ひろ子諸氏の論考が収録され、いざなぎ流研究の成果が一望できる構成になっている。


斎藤英喜佛教大教授は、いざなぎ流が、その祭祀・儀礼・呪法に陰陽道の伝統が息づいているとしながらも、修験道や中世後期に成立した三輪流神道や御流神道、近世の吉田神道、さらには巫女信仰とさまざまな要素が垣間見えることを指摘しており、
こうしたエクレクティックな要素の核となっているものが何なのかは、私なりに考えてみたいと思わせられるところがあった。


未知のものだった「いざなぎ流」が一気に身近なものになった気がしたが、私も物部村を訪れて、実際に祭祀を見る機会を作りたいものだ。
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2014年11月01日

一冊の古本から〜高橋昭八郎の初期作品

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古書店で、背が日に焼けて読めなくなった本や中綴じの冊子を見かけると、必ず引っ張り出して、著者や書名を確認しなければ気がすまないのは、古本好きの性のようなものだが、そんなふうにして思いがけない本と出会うことがある。


北川冬彦・桜井勝美による『新しい世代の詩』(宝文館、1954年刊)も、そんな一冊だった。

これは、なんと全国の高校生の詩を集めて、解説・指導の評を添えるというもの。

今日ならば、絶対、通らない企画だが、戦後まもなくは、文芸も熱気があったのだろう。

収録されている作品は、『原爆の子』『山びこ学校』といった単行本や全国の高校文芸部の機関誌から選ばれたというが、興味深いのは、詩の分類の仕方である。

目次を書き写してみよう。



(1)自然スケッチの詩
(2)身辺生活詩
(3)抒情詩
(4)リアリズムの詩〈A〉現実をみつめた詩
(5)リアリズムの詩〈B〉勤労の詩
(6)リアリズムの詩〈C〉社会批判・抵抗詩
(7)リアリズムの詩〈D〉社会批判・諷刺詩
(8)モダニズム、アブストラクトの詩
(9)ネオ・リアリズムの詩
(10)国語教科書のなかの詩



北川冬彦の解説によると1〜3が「抒情詩の系統」、4〜7が「社会派」であり「リアリズムの系統」、8の「モダニズム、アブストラクトの詩」が「芸術至上修行の系統」ということになる。

9の「ネオ・リアリズム」は北川冬彦自身が提唱したもので、北川冬彦は、これを社会派の詩と超現実主義・抽象的主義といった芸術至上主義を融合、発展を目指すものと考えていた。


今では、社会派といった区分はリアリティを持たないし、北川冬彦の言うネオ・リアリズムも、「荒地」の詩人たちによって実践され、戦後詩の主流となった感があるので、説得力はない。

隔世の感があるが、面白いのは、高校生の作品のみならず、実例として先達の詩もときおり収録されていることで、とくに「モダニズム、アブストラクトの詩」は、難解だという配慮からか、高校生の作品の前に、堀口大學、近藤東、北園克衛、藤富保男4人の作品が掲載されている。

そして、その次に載っているのが、岩手県黒沢尻高校3年の高橋昭八郎の作品だったのである。

タイトルは「消えて行くものへ」。

高校時代の高橋昭八郎さんの習作を紹介しておこう。



月は
ぴっちりとはまった
丸釦(スイッチ)です

親指で押すと
星がはみ出てきらめき出し
深い童話のように青い
大空です

藍色の光波の中で
丸釦(スイッチ)
ぼくの思考(パンセ)は
自在に操り

やがては
手を伸ばし
その明るさを
覆って見たりするのです



初々しさのなかに、宮澤賢治のエコーが聞こえるようなところもあるが、高橋昭八郎が、その詩的出発から生粋のモダニストであったことを示すような作品ではないだろうか。

編者は「着想の巧妙さ」は褒めつつも「詩としての深みにはとぼしい」と苦言を呈しているが、高橋昭八郎は、自らの道を変えることなく、終生、貫き通した。

先鋭的な作品で出発しながら、晩年には凡庸な抒情詩に堕する詩人が多いなか、やはり、稀有なことだと思う。



また、『新しい世代の詩』の序文や解説、そして後書には、「現代詩」「戦後の新詩」といった言い方は出てくるが、「戦後詩」という表現はない。

この本が刊行されたのは、敗戦から9年後の昭和29年(1954)だが、その時点では「戦後詩」という呼称はなかったことが分かる。

「戦後詩」という言い方は、1955年の「詩学」臨時増刊で鮎川信夫が初めて使ったと鮎川信夫自身言っていたということを田村隆一さんからうかがったことがあるが、その「詩学」を入手してみたところ、「戦後詩」ではなく「戦後の詩」という発言しか確認することができなかった。

ともあれ、「戦後詩」という呼び方は、戦後10年を経てから生まれたもののようだ。

ささやかな発見だが、こんなことが分かるのも、古本の余得というものだろう。
posted by 城戸朱理 at 15:23| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月30日

「ゴング」復刊!

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あのプロレス誌「ゴング」が、なんと7年半ぶり復活、徳間書店から刊行されることになった。

プロレスファンならば、感涙にむせぶこと間違いない(?)。


東京ドームで興行が打てるほど人気が加熱している新日本プロレス、あるいはアイドル化するレスラーが目立つ女子プロなど、
近年のプロレス・ブームを背景にするものだろうが、まずは表紙の中邑真輔の狂気を孕んだ表情に圧倒される。


巻頭は、新日本プロレスの人気を牽引するオカダカズチカ、中邑真輔、棚橋弘至、そしてIWGP王者・AJスタイルズらのインタビュー。

この写真が以前の「ゴング」とは違って、妙にお洒落だったりする。


金沢克彦編集長は、大胆にも「編集戦略」を公表、たとえば「ゴングの経営戦略」その1は――


「近年、増加傾向にある女性ファンを編集部のバイトとしてプロレス業界にひきずり込みます」
???

「金沢編集長に親切丁寧に、仕事のノウハウを伝授していただき、美人女性記者を育成します」
!?

「プロレスラー達がゴングの取材を受けたくて仕方ないという状況を作り出します」
・・・

「もちろん、男性編集スタッフのモチベーションも高まります」
・・・・・・


といった具合で、大丈夫なのか、これで? と思わざるをえないものなのだが、うまくいって欲しいものである。

個人的には各プロレス団体の月間興行の予定を付けてもらえると、嬉しいのだが。
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2014年05月09日

竜田一人『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(1)』(講談社)

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竜田一人(たつた・かずと)という漫画家の名前は、これまで聞いたことがなかった。

それもそのはず、著者は大学卒業後、さまざまな職を転々としながら、売れない漫画を書いていたのだという。

そして、事故後の福島第一原発で年間被曝限度量に達するまで半年間働き、自分の目で見た原発の現実を描いて注目を浴びることになった。

それが本書なのだが、実体験に即した、漫画による福島第一原発のルポルタージュと言えるだろう。


これが、読んでみると、意外なほど、ドラマチックなことが起こらない。

むしろ、なごやかな原発作業員の日常が、淡々と描かれている。

作業員も、元公務員、元自衛官とさまざまで、話題は、ギャンブルに下ネタと、実に当たり前。


発注元の東京電力から、6次下請けで日給8000円は、危険な仕事なのに安すぎるのではないかと思うが、
読んでいくと、特殊な職場でありながらも、原発には原発ならではの日常というものがあることが分かってくる。

そう、ここで描かれているのは、非日常の日常なのだ。


さたざまな情報が錯綜するなか、現場の現実を伝える漫画が登場したのは、貴重なことだと思う。
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2014年04月28日

神田古書店街で買った本

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文筆を仕事にしていると、本はまず何よりも資料であって、どの版であっても、読めればいいという姿勢になってくる。

実際、日々、増え続ける本を整理するのさえ苦労するようになるので、
初版本や稀覯本に手を出す気はなくなるが、そんなふうに実務のなかに沈み込んでしまうのも味気ない。


磯田光一は、『萩原朔太郎』を書くとき、『月に吠える』無削除版から始まって、朔太郎の著作を初版で揃えたというが、
巻末の広告を始めとして、オリジナルだからこそ見えてくる時代の空気を肌で感じることが、批評に血を通わせるといったことがあるのだろう。

『月に吠える』無削除版となると、当時でも300万円近くしたのではないかと思うが、採算など考えたら、詩人も文士もやっていられない。

磯田さんの姿勢には、学ぶところがあると思っている。


私は、気になるものに関しては、初版本を求めることがいまだにあるが、今回の短い神田滞在では、思い切って何冊かの本を求めた。

まずは、萩原朔太郎『猫町』(昭和10年、版画荘)、そして朔太郎最後の詩集となった『氷島』(昭和9年)である。


「散文詩風な小説(ロマン)」という副題を持つ『猫町』は、好きな作品だが、川上澄夫の装幀も素晴らしい。

これは玉英堂書店で見つけたが、コンディションがきわめてよい美本だったので、思い切って求めることにした。

朔太郎が漢語調に回帰した『氷島』は、朔太郎自身による自装。

伊藤信吉によると、医師だった朔太郎の父の蔵書の医学書の装幀をモデルにしたものらしい。

『氷島』の再版は、シュルレアリスムの画家、阿部金剛による装幀にかわる。

朔太郎自身は、再版の装幀のほうを好んでいたそうだが、初版の著者自装のほうが内容に合っているように思う。

『氷島』は、ボヘミアンズ・ギルドで求めたが、20年前なら10数万はした本が、今だと半値以下で入手できる。


田村書店で見つけたのはA.M.BUTTERWORTH『WILLIAM BLAKE, MYSTIC A STUDY』(1921年、LIVERPOOL BOOKSELLERS. CO. LTD)。

ウィリアム・ブレイクに関する初期の研究書で、巻頭にブレイク作品のエッチングが収められている。

これは、かなり安く求めることができたのだが、おかげで次の2冊に目が行った。


『BLAKE'S POETRY&PROSE』(1927年、NONESUCH)、
そしてLAURENCE BINYONによる『THE DRAWINGS ENGRAVINGS OF WILLIAM BLAKE 』(1922年、THE STUDIO MAGAZINE』で、これは崇文荘で見つけた。

前者のノンサッチ版ブレイク作品集は、GEOFFREY KEYNESによる編纂。

私は、ブレイクの作品を、おもに1904年のオックスフォード大学版で読んでいたが、これだとテクスト・クリチックは厳密ではなので、ノンサッチ版を入手できたのは嬉しい。

緋色のヴェラム革装による美しい本である。


ブレイクのドローイングと版画を収めた大判の画集は、背革装で、コロタイプ印刷によるカラー図版のを貼り込んだページもある。

コロタイプはアートプレスとも呼ばれ、今日ならば、版画作品の扱いになる。

コロタイプによる古い画集を探すのは、古本の楽しみのひとつだ。


田村書店でブレイクの研究書に出会ったものだから、ブレイクの作品集と画集を買うことになったが、
古本は、こんなふうに最初に買った一冊が、次の本を呼びよせることがある。
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2013年12月12日

松田広子『最後のイタコ』(扶桑社)

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私が恐山を訪れたのは子供のころで、10歳かそこらだったが、強烈な印象を残した。

私は、第一詩集となる『召喚』を24歳から25歳にかけての半年で書き下ろしたが、
そこにも、小学生のときに訪れた恐山の記憶が反映されたパートがあるほどである。


恐山といえば、イタコが思い浮かぶ。

幼少期からイタコに憧れ、19歳でイタコとなってから20余年。

本書は、現役のイタコのうち、最年少のため、「最後のイタコ」と呼ばれる松田広子による半生記。

イタコといえば、死者の口寄せばかりが語られるが、その仕事はお祓いから家庭内のさまざまな相談事に及ぶ。

その意味では、イタコとは、特定の宗派に属さない巫女であるとともに、地域社会のカウンセラーでもあったというべきなのだろう。

貴重な証言であるとともに、東北北部にいまなお息づく習俗を伝える本である。
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2013年11月04日

盛田隆二さんの新刊

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葉山での瓜南直子画集編集会議には、盛田隆二さんが、
日本経済新聞に連載された新刊『いつの日も泉は湧いている』の見本を持って来られた。

この小説の主人公は、瓜南直子さんをモデルにしており、恋愛小説の名手が、どんな瓜南直子像を造型したのか、期待が高まる。


2枚目の写真は、仏前に捧げられた盛田さんのサイン本。

タイトルの『いつの日も泉は湧いている』、そして扉の識語「枯れることなく湧きつづける」は、ともに瓜南さんの絵のタイトルである。


すでに発売になったので、注文はAmazonへ!
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2013年03月06日

最近の古書事情

年間8万点。1日200点超。

これが、現在、出版されている新刊の数で、このハイパーインフレーション状態が、十五年ほど続いている。

当然、供給過剰なわけで、売れないから出版点数を増やすという悪循環の結果としての出版不況が言われるようになって久しい。

さらに、古書業界にも影響は及び、古書の値崩れが起こっている。


今や、小説の単行本は、純文学でも値がつかず、文庫化されたとたん、初版でも店頭の均一ワゴン行き。

人文関係で、かつては値を呼んだ本も下落傾向にあり、戦後詩は吉岡実など少数の例外を除いて、やはり均一ワゴン。

かつては、6万5千〜8万5千円の高値を呼んだ田村隆一『四千の日と夜』のようなモニュメンタルな詩集でさえ、神田で3万を切るまで下がっていた。

もちろん、それでも高値古書の部類だが、6〜7割安くなったのだから、以前の値を知る者には割安感がある。


そんなおり、ある大手出版社を辞め、古本屋を始めた旧友と、偶然、鎌倉のヒグラシ文庫で再会した。

彼が言うには、「今は、古本は買うにはいいが、売るのは駄目な時代」とのこと。


神田の裏通りや下北沢、西荻窪あたりのニューウェーブと呼ばれる新世代の古本屋は、
独自の価値観で個性的な棚を作り、勢いがあるように見受けられるが、
古書業界ぜんたいで見ると、仕入れても売れず、さらに値崩れしているというのが現実らしい。

つまり、今は古書もデフレ傾向のなかにあり、買うには恵まれた時代ということになる。

私自身、本は置き場に悩まされており、年にダンボールで10〜15箱を処分しているが、
それでも増えるスピードのほうがはるかに早い。

そうなると買い控えるようになりそうなものだが、現実は逆である。

今ほど、古本を気軽に買うことができる時代は、私が生きてきたなかではなかった。

れだけに、古本屋を見る頻度も、買う冊数も増えている。

見方を変えるなら、今、古本屋ほど面白いところはないような気がする。
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2013年02月26日

盛岡の古本屋を回って

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盛岡では、東光書店、浅沼書店、キリン書房、3軒の古本屋を回ることができた。

購入したのは、雑誌や文庫も入れて、計19冊。


雑誌は、「歴程」1969年1月号、村上昭夫追悼特集号。
村野四郎や高橋昭八郎らが追悼文を執筆している。

「昔、岩波、今、中公」といって、東京の古書店だと、品切れ・絶版の中公文庫は定価以上の値を呼ぶが、
盛岡では、いずれも定価以下、古本文庫の値付けだったので、主に歴史関係の中公文庫を5冊。


鎌倉文士、永井龍雄の随筆集が、3冊。

限定1000部の吉田健一『東西文学論』(垂水書房、初版)も含めて、全19冊のうち15冊が1000円以下。

つくづく、古本は安いと思う。


ちなみに、1000円以上の本は、以下の3冊。


庄司浅水『書物の文化史』(雪華社、初版)1500円

永井龍雄『夕ごころ』(講談社、初版)1200円


ジョン・エルスナー他編『蒐集』(研究社、初版)、3000円


『蒐集』だけが、やや高いが、これは4600円と定価が高く、新本同様だから当然だろう。


発見だったのは、無名の詩人、加賀谷宏の遺稿詩集『詩片』。

この詩人のことは、別に紹介したい。


そして、キリン書房の御主人と剛力彩芽主演の「ビブリオ古書堂の事件手帖」の話をしながら、会計をしているとき、
目についたのが、ガラスケースのなかに鎮座する宮澤賢治『グスコーブドリの伝記』(羽田書店)、昭和16年刊の初版だった。

戦前の本なのに褪色も少なく、神田ならば15万円前後の高値を呼ぶ本である。

しかし、キリン書房の値付けは良心的で、その半値も行かない。

それでも、一冊の本としては、かなり高価だが、郷里とはいえ、旅先での出会いと思って、購入を決めた。


鎌倉に帰ってからは、『グスコーブドリの伝記』を書斎のデスクに置いて、毎日、開いている。
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2013年01月21日

『現代詩花椿賞 30回記念アンソロジー』(資生堂)

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紀元前一世紀。

ローマ史上、もっとも名高い将軍、ユリウス・カエサル(英語読みでジュリアス・シーザー)が暗殺で倒れたあと、
カエサルの法定相続人、オクタヴィアヌスと副官だったアントニウスが争い、勝利を収めたオクタヴィアヌスがローマの元首となった。

帝政ローマの始まりだが、オクタヴィアヌスを有り余る財力で支援したのがエトルリア系の貴族、ガイウス・マエケーナスだった。

同時に彼は、その財力でもって、同時代の芸術家も支援した。

ローマ建国の叙事詩『アエネーイス』を書いたウェルギリウス、ローマの桂冠詩人、ホラティウス、大胆な恋愛詩を残したプロペルティウス――

マエケーナスの庇護のもと、盛期ラテン文学が花開いため、後世、彼の名は、ヨーロッパ諸国で、「学術と文芸の庇護者」を意味する普通名詞「メセナ」の語源となった。

このことは、私の訳編による『パウンド長詩集成』(思潮社)の「解説」に詳しく書いたので、興味のある方は参照していただきたいが、言葉というものは面白い。

私たちが普通に使っている言葉の起源が、紀元前のローマにあったりするのだから。


20年に及ぶ不況でメセナも期待できないのが日本の現実だが、例外的に、資生堂の現代詩花椿賞が昨年で第30回を迎えた。


31年前に現代詩花椿賞が創設されたとき、資生堂が現代詩を支援するということに、まず驚きを覚えたが、
第2回に吉増剛造『オシリス、石ノ神』が受賞し、話題を呼んだことを思い出す。


現代詩花椿賞は受賞作が決まるまで候補作の発表はないが、第2回では吉岡実『薬玉』も候補に上がったことを吉岡さん御自身からうかがったことがある。

選考委員の誰か、おそらく親友の飯島耕一氏から教えられたのではないかと思うが、吉岡さんは、その段階で辞退されたのだという。

吉岡さんは、第1回目が受賞が、安西均『暗喩の夏』だったので、もし、自分がもらうことになったら、
老人がもらう賞になってしまうという理由で辞退されたのだとおっしゃっていた。

それだけに、吉岡さんも吉増さんの受賞をたいへん喜ばれていたし、『オシリス、石ノ神』は、当時、異例の売れ行きを記録した。

29年前の話である。


それから、現代詩花椿賞は、さらに歴史を重ねてきたわけだが、第30回を記念して、これまでの受賞者による書き下ろし作品を含むアンソロジーが刊行された。

発売は思潮社。


受賞者による書き下ろし作品のほかに、第21回の野村喜和夫『ニュー・インスピレーション』から第30回の私までの受賞作、選評、受賞の言葉の再録など多彩な内容。


私も新作「火山系」を寄稿している。


興味のある方は、ぜひ手に取ってもらいたい。
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2013年01月09日

『東北のテマヒマ』(マガジンハウス)

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「貴方がたはとくと考えられたことがあるでしょうか、
今も日本が素晴らしい手仕事の国であるということを」。

柳宗悦『手仕事の日本』(岩波文庫)の美しい書き出しである。


この本は戦時中に執筆されたもので、昭和15年ごろの日本の手仕事の状況を伝えるものなのだが、
『東北のテマヒマ』を開くなら、実はいまだに、日本には優れた手仕事が残っていることを確認できるだろう。


本書は、東北の人々の精神とものづくりの力を見つめ直すために開催された二つの展覧会、
「東北の底力、心と光。『衣』」(三宅一生ディレクション)、「テマヒマ展〈東北の食と住〉」(佐藤卓・深澤直人ディレクション)の記録として編まれたもの。


会期中、5万人もの観客が訪れたが、東日本大震災を受けて、短い準備期間で開催された展覧会だったため、公式カタログが刊行されず、記録を求める声が多かった。


時間をかけた手仕事の造型とデザイン性に光を当てることを主眼とする展覧会だっただけに、写真も素晴らしい。


及川卓也「コロカル」編集長が手がけた本だが、貴重な記録が、書籍化されたのは、実に喜ばしいことだと思う。
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2012年12月20日

呪いの時代に、その2

内田樹は、呪いの言葉が蔓延する背景に、対象の記号化があることを指摘している。

つまり、「近頃の若者はダメだ」とか「アイツは〜だ」というように、対象にレッテルを張り、そうした決めつけの記号化を疑わない姿勢のことである。


内田樹は、「呪いの言葉」の対極に、対象をできるかぎり丁寧に描写していくことを置く。

ひとりの人間でさえ、万言を費やしても、語り尽くすことはできない。

だから、かなうかぎり対象を丁寧に語っていくことが必要とされるわけであり、氏は、これを「祝福の言葉」と呼ぶ。


詩に関する批評も同じだろう。

対象となる詩集の具体的なテクストに言及することなく、
ネガティブに何かを決めつけるのは、批評の名を借りた誹謗中傷にすぎない。

呪いの言葉を吐き散らして、自滅への道を歩むのは勝手だが、最後には自分の生涯の空しさを思い知るだけだろう。


呪いの言葉と祝福の言葉。

どちらを選ぶか問われているのは、余人ではない。
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2012年12月19日

呪いの時代に、その1

内田樹による『呪いの時代』(新潮社)は、今日の荒廃した言論の状況を、鮮やかに指摘する本だ。


ネットには、他者への誹謗中傷が渦巻いている。

たとえ、無名かつ無力な人間であっても、ネットならば、どんな有名人でも誹謗中傷することができる。

それは、誹謗する者に、万能感を覚えさせるが、より強い刺激とより強い万能感を得るために、誹謗中傷は、さらにエスカレートしていくことになる。

それは呪いの言葉であり、必然的に呪いを発した者も傷つけずにはおかない。

そして、疑似的な万能感を得ようとも、誹謗する者が、無名で無力であることは何ら変わりはないのだ。


著者の指摘は、明晰かつ的を得たものだと思う。

作家でロッカーの中原昌也は、ネットの罪悪は、クズのような連中に発言の場を与えたことだと発言したことがあるが、
それも内田樹が指摘したような手合いを言うものなのだろう。


こと、現代詩の世界に限っても、事態は同じで、目立つ存在を批判という名を借りた、たんなる誹謗中傷で貶め、
自分が何者かになったつもりになっている自称詩人を見かけることがある。

ネットであろうと、雑誌であろうと、それも、また呪いの言葉であり、批判の対象となっている人間は、自分の仕事を重ねていくのに対して、
誹謗中傷する側は、最後には自分を傷つけるだけの呪いを重ねていくことになる。


和合亮一の『詩の礫』をめぐって起こったのも、まさにそうした出来事だったと言ってよい。

最終的に、どうなるのかは、自明だろう。

誹謗中傷をもっぱらとする者は、結局、何者にもなることがない。(つづく)
posted by 城戸朱理 at 09:54| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする