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城戸朱理のブログ: 本

2016年04月28日

「星座」にローライ同盟の記事掲載

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尾崎左永子さんが主筆をされている歌誌「星座」のリレー連載「ことばのヨ・シ・ミ」に、われらがローライ同盟が紹介されている。


ローライ同盟は、吉増剛造さんが若いときから憧れていたドイツの二眼レフカメラ、ローライフレックスで写真を撮ろうという集団だから、「ことばのヨ・シ・ミ」ではなく、正しくは「カメラのヨ・シ・ミ」なのだが。


ローライ同盟結成までの経緯を執筆したのは、同盟幹事の小野田桂子。

写真を撮るといいながら、集まっては飲んでいるだけという気がしないでもな、それはそれでいいのである(?)。

ちなみに結成までの流れは、次のようになる。




2015年4月1日/京都祇園・梨吉にてローライ同盟発会(吉増・城戸・小野田・井上春生)

吉増さんと小野田が提唱、城戸が巻き込まれる。


2015年10月11日/鎌倉・つるやにてローライ同盟設立幹部会(吉増・井上・城戸・小野田)


吉増名誉会長、城戸会長、小野田幹事長、井上顧問を決定。幹事長以外、内実はほとんどない? 
小野田幹事長を編集長とする機関紙「ローライ同盟新聞」刊行を決める。


2015年11月29日/京都・ごだん宮ざわにて幹部会(吉増・城戸・小野田・井上)

活動内容打ち合わせのつもりが、発足目前だけに、祝杯を上げただけで終わった。


2015年12月6日/鎌倉・神奈川県立近代美術館にて、第一回撮影会。

その後、ビストロ・オランジュで発足パーティー。ゲストに文芸評論家・富岡幸一郎、写真家・今道子氏。


なぜか、話題はカメラではなく三島由紀夫と川端康成。楽しい飲み会だった(?)。




現在は、機関紙「ローライ同盟新聞」第1号を制作中で、第2回目の撮影会も予定している。

これからも飲んでばかりなのか、それとも写真展までたどりつくことが出来るのか、展開が楽しみだ。
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2016年01月07日

書斎についての本

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私が若いころ、男性誌で「書斎」の特集をすれば、必ず売上が伸びると出版業界では言われていた。

いつかは書斎を持つという夢が、世の男性に共有されていたのだろうが、その傾向は、2000年ごろまでは続いていたような気がする。

雑誌の特集のみならず、知的生産を主題とする新書などでも、必ず、書斎の作り方に章がさかれていたものだった。


それがパソコンの普及、さらには電子書籍の登場によって、書斎という空間自体の必要性が薄れるとともに姿を消していき、近年では、まったくと言っていいほど見かけない。


ときおり、古本屋の棚に、そうした本を見かけると、懐かしさもあって手に取ってみるのだが、たしかに昔日の感がある。


エッセイスト、林望さんによる『書斎の造りかた』も、そんな一冊。

光文社のカッパ・ブックスで、初版は2000年2月29日の刊行。

3月30日には2刷が出ているので、それなりに売れたのだろう。


「知のための空間・時間・道具」という副題からも分かるように、まずは空間の確保、時間の使い方から始まって、書くノウハウや文章の技術などにまで及ぶ内容なのだが、
「パソコンの使いかた」という一章があり、「これからの書斎は、まずパソコンありき」と林望先生が宣言していることからして、パソコンの普及期であったことを改めて確認することになる。


林望先生の書斎観の特徴は、「書斎=男の城」という旧来の思考法を否定し、合理主義に徹しているところだろう。

その意味ではプロの書斎術を明かすものなのだが、思わず膝を打ったのは、「名著は捨て、稀少本だけとっておく」というくだりだった。

岩波文庫に入るような名著は、いつでも手に入るが、雑本や雑誌は残らないし、あとで探しても見つからないことが多い。

だから、片々たるものこそ取っておくべきだという主張なのだが、このあたりは古書の達人たちが指摘するところでもある。


菅原道真の『菅家三代集』に収められた菅公自身の詩文集『菅家文草』のなかに「書斎記」という文章がある。

京都、左京五条高辻の菅公の屋敷の西南、広さはわずか「一丈餘」、およそ四畳半ほどの小部屋が、菅原道真の書斎「山陰亭」だったのだとか。


要は、何をするか、何をなしたかであって、目的によって、書斎は自ずから形を成していくものなのだろう。
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2015年12月29日

贅沢な本

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鎌倉の小町通りの書店で新刊の文庫本をチェックし、3冊を購入した。

レジで支払いをしていたとき、目についたのが、レジ後方の棚の山田和『夢境 北大路魯山人の作品と軌跡』(淡行社)である。

今年の8月に京都国立近代美術館で「魯山人の美 和食の天才」展を見たとき、この本が刊行されることを知って楽しみにしていたのだが、1000点を超える図版とともに魯山人の作品が紹介されており、圧巻。

これまでも魯山人に関する本はかなりの数が出版されているが、生涯で18万点とも言われる作品を残した魯山人の作品を編年体で紹介する初めての本である。

しかも、決定版とも言うべき伝記『知られざる魯山人』の著者、山田和によるものだから、作品集としても、望みうる最良のものと言えそうだ。


その隣にあったのが、林屋晴三『名碗は語る』(世界文化社)。

茶の湯の文化の体系化に功績が大きい林屋晴三が、茶の湯の名碗に解説を寄せたもので、青磁の銘「馬蝗絆(ばこうはん)」、喜左衛門井戸、小井戸の銘「老僧」といった唐物や高麗茶碗の名品から長次郎の銘「無一物」「大黒(おおぐろ)」、光悦の銘「富士山」「毘沙門堂」あるいは志野の銘「卯花墻」、奥高麗の銘「深山路」「菖蒲刀」といった国焼きまで、名高い名碗が並ぶ。

戦前ならば名家に秘蔵され、見ることもかなわなかったような名碗が、写真とはいえ拝見できるのだから、時代の変化というものは、私たちが漠然と思っているよりも激しいのかも知れない。


どちらも図版がメインの大判の美術書だから、一般書より値は張るが、自分への御褒美に購入することにした。


年末年始にじっくりと読み、かつ眺めたいと思ったのだが、贅沢な時間を約束してくれそうな本だけに、重さまで心地よかった。
posted by 城戸朱理 at 13:16| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月18日

コンビニで買った文庫本

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コンビニには、雑誌のほかに若干の文庫本も置かれている。

私が興味を引かれるようなものは滅多にないが、先日、なんと白洲正子『なんでもないもの』(角川ソフィア文庫)が平積みになっていた。

コンビニで白洲正子とは、さすがに驚かざるえない。

しかも、内容は青柳恵介篇による骨董エッセイ。

はたして、コンビニで売れるような本だろうかと思ったが、これは鎌倉ならではの選択なのだろうか?

内容的には、読んだことがあるエッセイがほとんどだったが、こうしてまとまってみると、また別の発見があるものだ。


ちなみに、白洲さんの隣にあったのは、木下半太『GPS:鎌倉市役所 消えた大仏』(PHP文芸文庫)。

こちらは、心霊現象をモチーフにしたエンターテイメントで、京都と鎌倉の市役所だけにある心霊相談課の職員が主人公。

もちろん、鎌倉市役所にそんな部署は存在しない。

心霊相談課は、幽霊が出るという噂で困っている不動産屋や心霊商法にひっかかった市民などの苦情相談を引き受ける部署という設定になっていて、いかにも幽霊が出そうな古都(?)ということで、京都と鎌倉が選ばれたのだろう。

京都と鎌倉は、たしかに幽霊話が多いのは事実だが――。


第一作の『GPS:京都市役所 魔性の花嫁』は、京都、太秦の東映撮影所をモデルにした映画撮影所が舞台。

第二作は舞台が鎌倉になったので、コンビニにまで並んだのだろうが、白洲正子との取り合わせが何とも珍妙で、面白かった。

白洲さんのエッセイとともに買ってきて読んだうえに、GPSシリーズの第一作も読んでみたのだが、コンビニのおかげで、不思議な読書をすることになった。
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2015年12月02日

百鬼園先生曰く、「美味なるものは、常用にあたわず」

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内田百聞(ただしくは、門構えに月)の最後の著作となった『日没閉門』(新潮社)を久しぶりに読み直した。

以前、鎌倉駅に近い古書店、游古洞で買ったのだが、貼り函入り、クロース装の美しい本である。


夏目漱石門下の名随筆家、百鬼園先生こと内田百聞は、借金の達人としても名高い。

借金を楽しんだ節さえあるが、百聞という号も「借金の語呂合わせさ」とうそぶいていたという。


「春夏秋冬日没閉門」という札が掲げられた自宅は、三畳間が三つ横並びになった三畳御殿。

百聞は目覚めると、布団のなかで、まず夕食の献立を考えたという。

考えるだけではなく、毎日の献立を書いたメモも残されている。


朝食はアルファベット形をした英字ビスケットと牛乳のみ、昼食は決まって、出前のもり蕎麦。

ひたすら夕食を楽しみに、原稿を書く。

そのかわり、夕食は珍味の口取りから始まって、お刺身紅白、煮物、焼物と、毎晩、十数品が並ばないと気がすまなかったというのだから、家人は大変だったろう。

もっとも、こうした食事は、お酒なしでは成立しない。

その意味では、酒好きならではの献立と言えるし、下戸には理解できない世界かも知れない。


百鬼園先生は、戦後、食糧難の昭和21年(1941年)に、なんと食べ物の話ばかりを集めた随筆集『御馳走帳』を出版し、これが、ベストセラーとなった。

文庫化もされているが、偏屈だったり、まっとうだったり、実に面白い本である。

百鬼園先生には「美味なるものは、常用にあたわず」という哲学があって、それを徹底しているところが要だろう。

美味しすぎるものは、毎日は食べられないということだが、これはまったく、うなずける話だ。


以前、エッセイストの平松洋子さんに、東中野の面白い店で御馳走になったことがある。

メニューは「肴 3800円」のみ。

それで、野菜や豆料理、締めた青魚や豆腐など、十二品ほどが出る。

豆腐は美味しかったし、締め鯖やどんこの糟汁で飲む酒は悪くなかった。

店を出て、私が「いい店だね」と言うと、「美味しすぎないところがいいよね」と平松さん。

まさに、百鬼園先生の言葉と同じ答えが帰ってきた。

美味なるものは、常用にあたわず。

美味しすぎないからこそ、毎日でも通える店、毎日でも食べられる肴になるわけだが、百鬼園先生、鰻がお好きで、東京でも老舗の鰻屋、秋本から、なんと29日間も出前を取って食べ続けたという記録がある。

鰻は常用に耐えたわけだが、では、鰻は「美味なるもの」ではなかったのだろうか?


百聞は、借金をしてまで、毎年正月に東京ステーションホテルに友人や弟子を招き、御慶の会を開いた。

「無駄な事に使ふお金なら惜しくない」という、これまた彼一流の哲学には、やはり、脱帽せざるをえない。
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2015年10月29日

『現代詩100周年』(TOLTA)、その2

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TOLTAによる『現代詩100周年』の特徴のひとつは寄稿者の人選にある。

寄稿者の顔ぶれは、谷川俊太郎、北川透といった大家から、長尾早苗、あるいは和合大地といった「現代詩手帖」投稿欄の常連的な書き手にまで及んでいる。

これは、商業出版のジャーナリズムには決してなしえない人選だろう。


つまり、『現代詩100周年』は、TOLTAのメンバー、河野聡子、山田亮太、佐次田哲、関口文子が、年齢やキャリアを考慮することなく、今日、アクチャリティを認めた詩人に依頼することによって成立しており、そこにこそ、現代性を映す稀有な衝突や交響が起こっているのではないだろうか。

もちろん、寄稿者は100人近いだけに、依頼を受けながら、何らかの事情で参加しなかった人もいることだろう。


だが、私自身に関して言えば、河野聡子さんから、山村暮鳥『聖三稜玻璃』を現代詩の起点として、その100年目に編むアンソロジーという依頼をいただいたときに、すぐに寄稿を決意した。

こうした「大きな」問題提起に、どうして応えずにいられるだろうか。


その意味では、『現代詩100周年』は、依頼に応えるかどうかが、すでにアクチャリティを問われるような出来事だったと言えるかも知れない。

こうした仕掛け自体も、TOLTAならではという気がする。


これだけの内容となると編集作業も大変だったろうが、2015年の現代詩と今日の言語のカタログとも言うべき労作である。


『現代詩100周年』は頒価2000円。

問い合わせは、下記、TOLTA(河野聡子)アドレスまで。


okokotosan@yahoo.co.jp
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2015年10月28日

『現代詩100周年』(TOLTA)

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先鋭な企画で詩の新たな地平を切り開くヴァーバル・アート・ユニット、TOLTA(河野聡子・山田亮太・佐次田哲・関口文子)が、驚くべきアンソロジーを刊行した。

題して『現代詩100周年』。

河野聡子は、その序文で次のように語っている。



「私たちTOLTAは、今年二0一五年を、現在書かれているような日本の無定形・口語の自由詩の成立から百年目であると宣言します」



ここでは、山村暮鳥『聖三稜玻璃』が刊行された1915年に、現代詩の起点が据えられているのだが、まず『聖三稜玻璃』という選択が斬新だ。

その2年後には口語自由詩の先駆とされる萩原朔太郎『月に吠える』が刊行されているわけで、現代詩100年という宣言も、たしかにうなずけるところがある。


河野聡子はさらに、次のようにも語っている。



「無定形の現代詩は、それぞれの詩人が自分だけの定型、自分だけのリズムをつくり、言葉を見い出すことをそのつどそのつど行います。そしてこれこそが、そもそも詩が〈現代〉を名のるゆえんだと言えるかもしれません。ここには本質的に歴史はありません」



かくして、逆説を孕みながら、百年前の『聖三稜玻璃』を自分たちが受け取ったように、次の百年後の誰かに向けて編まれたのが本書なのだという。



このアンソロジーには、100人近い詩人が、いずれも書き下ろしの新作で参加しており、谷川俊太郎から始まって、北川透、瀬尾育生、和合亮一から三角みづ紀、小笠原鳥類ら「新しい詩人」の世代、さらには暁方ミセイ、文月悠光、そして和合大地と、執筆者は10代から80代まで及んでいる。


私にとっては、学生時代からの詩友である広瀬大志、高貝弘也といった詩人も参加しており、力作揃いの圧巻だ。

しかも、TOLTAのメンバーは編集に徹し、作品を発表しないという徹底ぶりには、思わず唸ってしまった。

本音を言うとTOLTAのメンバーの作品も読んでみたかったが、自分の作品を発表するメディアとしてではなく、詩の状況じたいを創出しようとする姿勢は、きわめて重要だと思う。


画期的なアンソロジーの誕生を喜びたい。
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2015年10月05日

ニューヨーク・アートブック・フェア

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ニューヨーク・アートブック・フェアは、新作のアーティストブックや画集、そして古書も並ぶ。

ところどころに詩集も潜み、アート作品もあったりするのが面白い。


アレン・ギンズバーグ『吠える』の初版は、2500ドル。


2枚目の写真には、ジャスパー・ジョーンズのマルチプルが。

オノ・ヨーコのマルチプルは、500ドルだったが、これはいくらだったのだろう。


ヨーゼフ・ボイス関係も充実していたが、値段は高い。


マルセル・デュシャンの「View」まであるのだから、興奮してしまう。


アンディ・ウォーホールとバスキアのポスターは、バスキアのサイン入りで、なんと9000ドル、約100万円だった。
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2015年09月18日

吉増剛造さんからいただいた本

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今回の京都・流響院ロケで、何か準備することはないか吉増剛造さんから連絡があったので、私は漢詩を意識して欲しいと返信した。

今年になって、中国からの訪日観光客の増加が話題になっているが、「爆買い」のみならず、
私が注目したのは、日本に唐の文化が残っている、あるいは、唐を見たければ日本に行けと語る中国の識者がいることだった。

中国の建築家リアン・スーチョンは、「京都の建築は唐の様式をもっともよく受け継いでいる」と語ったが、
建築や毛筆、お香など、現代の中国が失って久しい唐代の文化を日本に見出す中国人がいるわけだから面白い。


吉増さんは、私の提案を容れて、愛読書でもある小杉放庵の『唐詩及唐詩人』上巻を持ってきて下さったのだが、撮影が終わると私にプレゼントしてくれた。

奥付の前ページには、吉井勇の祇園を詠んだ短歌とともに、「慶応義塾大学国文科 吉増剛造」という署名が!

すると、これは吉増さんが学生時代に求められた本ということになる。


貴重な本をいただいたので、サインをお願いしたら、吉増さんが扉に書いて下さったのは――



「城戸朱理先生のご本になる倖せな日々。15. 8. 21 京都
五十六年間 剛造が連れ添った書物をつつしんで献じます」

結びの「ます」は、□に\。

これは、吉増さんのFAXでも特徴的な記述。


今のところ、この本は私の枕元に置いてあるが、いずれ、どこかに寄贈しなければと思っている。
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2015年09月16日

下鴨納涼古本まつりで買った本

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下鴨納涼古本まつりでは、長らく探していた空海関係の本が、すでに老紳士が選んだものだったり、会場が広すぎて、チェックした本が見つからなくなったりしたが、旅先だけに、かさばるものには手が出ない。


結局、購入したのは、まず内田魯庵「芭蕉庵桃青傳」(立命館出版部、昭和17年)。


松尾芭蕉の伝記だが、この内田魯庵の著述が現れて、芭蕉研究は新たな局面を迎えることになった。



太平洋戦争のさなか、1942年に刊行された本だが、和綴じ、箱入りの贅沢な造本になっている。これが、1000円。



シャガールの画集は、1977年刊、「デリエール・ル・ミロワール」の一冊。


「デリエール・ル・ミロワール」は、パリで刊行された豪華版画集で、必ずオリジナル・リトグラフが収録されてている。


この画集では、3枚目の写真がオリジナル・リトグラフ。


1980年代までは神田の古書店で、ときどき見かけたが、最近は見なくなった。



シャガールは5000円だったが、掘り出し物と言えそうだ。



最後の二枚は、ヨーロッパの版画を扱う店で見つけたターナーのエッチングである。



19世紀のものだが、こうしたものを見つけるのも、古本市ならではの楽しみという気がする。
posted by 城戸朱理 at 14:35| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

下鴨納涼古本まつり

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京都の古書市といえば、春の古書大即売会(京都市勧業館)、夏の下鴨納涼古本まつり(下鴨神社糺の森)、秋の古本まつり(百萬遍知恩寺)だが、これまで私が行ったことがあるのは、秋の知恩寺だけだった。

今回は、幸いにも下鴨納涼古本まつりの会期に当たったので、初めて夏の古本市を覗くことができた。


猛暑のなかの古本市だけに、団扇を配っていたが、これが役に立ったのは言うまでもない。



会場は広く、書架が山脈のように続く。

値付けも安く、本気で探して買い始めたらダンボール何箱にもなりそうだった。


意外だったのは、学生らしき若者の姿が多かったこと。

みんな、戦利品を入れるリュックやデイパックを背に、熱心に本の背を目で追っている。

カップルで、本を探す若者も目についた。


京都は、人口の10%が学生と大学関係者という文京都市でもあるわけだが、若い人が熱心に本を探している姿は、活字離れが言われて久しいだけに、心強いものがある。
posted by 城戸朱理 at 14:34| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月30日

柳美里『貧乏の神様 芥川賞作家困窮生活記』(双葉社)

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柳美里さんの新刊が出たが、これは大いに話題を呼びそうだ。

題して『貧乏の神様 芥川賞作家困窮生活記』。


世間の小説家のイメージといえば、印税で優雅に暮らしながら創作にいそしむというといったところだろうが、現実はそんな甘いものではない。

というよりは、作家専業であるかぎり、借金を頼む手紙を残していない小説家のほうが珍しいのではないだろうか。

「大谷崎」と呼ばれた文豪、谷崎潤一郎でさえ借金を頼む手紙が残っているほどなのだから。


帯の「作家とは、日雇い労働者そのものである」という一行が、重い。


注意したいのは「貧乏」と「貧困」は違うということだ。

「貧困」は、もともとは官僚の用語だったらしいが、こちらが生存に関わるものなのに対して、貧乏は違う。

『びんぼう自慢』の著書もある昭和の大看板、古今亭志ん生は、「貧乏はするもんじゃありませんな、味わうものです」という名言を残したが、本書にもそんな趣きがある。


帯裏に引用されている柳美里さんの言葉を紹介しておこう。


「でも、だいじょうぶ。
わたしには神様がついているから。
それは貧乏神という神様です。
貧乏神でも、神様であることには変わりないので、
精一杯のおもてなしをしてきました。
たぶん、わたしに小説を書かせてくれているのは、
この神様です。
貧乏の神様、ありがとう。」


貧乏神は、江戸時代の曲亭馬琴らによる奇談集『兎園小説』や井原西鶴の『日本永代蔵』などに登場するが、貧乏神をこんなふうに語ったのは、柳さんが初めてだろう。

読み始めたら止まらない一冊だ。
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2015年03月25日

「俳壇」3月号、「詩人100人100句」



「俳壇」3月号に八木忠栄氏選で、北村透谷、島崎藤村、宮澤賢治、北原白秋、萩原朔太郎から現代まで、詩人100人の俳句を1句ずつ100句集成するユニークな企画「詩人100人100句」が掲載されている。

こうして見ると、句作に手を染めたことがある詩人が少なくないことに驚くが、俳句となると本人のイメージを裏切るものも多く、興味が尽きない。


この山に鶯の春いつまでぞ(北村透谷)

大根のひくには惜しきしげりかな(宮澤賢治)

枯菊や日々に覚めゆく憤り(萩原朔太郎)


賢治には農業に従事した人のたしかな目があるし、朔太郎は、俳句でも憤っていたりするのが面白い。


横笛にわれは墨する後の月(北園克衛)

ふる郷は波に打たるる月夜かな(吉田一穂)

黄金の木の実落つる坂の宿(西脇順三郎)

鎌いたち稲妻だけを借着して(瀧口修造)


モダニズムの巨人たちの俳句は、その詩と通底するものがあるようだ。

「黄金の木の実」など、いかにも西脇らしいではないか。


湯殿より人死にながら山を見る(吉岡実)

行く末は入り日にまかせ年の暮(谷川俊太郎)

ワルソーの凍てつく宿の林檎かな(白石かずこ)


吉岡さんは、俳句を愛し、句集もよく読まれていたが、谷川さんの俳句は意外。

白石さんの俳句も初めて見た。


個人的にもっとも俳味を感じたのは次の一句。


全身の色揚げ了り蛇の衣(アーサー・ビナード)


私の一句も紹介しておこう。


白壁に染まりて白猫のままで居る(城戸朱理)


これは、和蝋燭の産地で、漆喰の白壁が続く伊予の内子町に行ったときに詠んだ句である。


実は、私には、200句ほどの習作を書きとめた俳句のノートがあるのだが、探してみたのに見つからない。

そのうち、ちゃんと探してみなければ。
posted by 城戸朱理 at 10:43| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月19日

高知県物部村に伝わる「いざなぎ流」

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10月28日にアップした「新詩集に向けて」という記事のなかで、高知県物部村(現香美市)だけに伝わる民間信仰「いざなぎ流」について触れたところ、20年来の友人である遠藤朋之和光大准教授から思いがけない連絡があった。


陰陽道の要素が強く見られる「いざなぎ流」が、なぜ物部村にだけ伝承されてきたのか。

私は「これは民俗学の興味深いテーマになりそうだ」と記事に書いたのだが、和光大の山本ひろ子先生は、なんと12年も物部村に通い、「いざなぎ流」の研究を続けておられるのだという。

まさか、こんな身近なところに「いざなぎ流」を研究されている方がいるとは思っていなかったので驚いたが、
私が「いざなぎ流」に関心を持っていることを知った山本ひろ子先生に託されて、遠藤くんが送ってくれたのが、写真の「いざなぎ流研究の現在と物部フィールドワークの12年資料集」である。


和光大の学生のフィールドワークの様子から始まって、小松和彦・斎藤英喜・梅野光興・山本ひろ子諸氏の論考が収録され、いざなぎ流研究の成果が一望できる構成になっている。


斎藤英喜佛教大教授は、いざなぎ流が、その祭祀・儀礼・呪法に陰陽道の伝統が息づいているとしながらも、修験道や中世後期に成立した三輪流神道や御流神道、近世の吉田神道、さらには巫女信仰とさまざまな要素が垣間見えることを指摘しており、
こうしたエクレクティックな要素の核となっているものが何なのかは、私なりに考えてみたいと思わせられるところがあった。


未知のものだった「いざなぎ流」が一気に身近なものになった気がしたが、私も物部村を訪れて、実際に祭祀を見る機会を作りたいものだ。
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2014年11月01日

一冊の古本から〜高橋昭八郎の初期作品

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古書店で、背が日に焼けて読めなくなった本や中綴じの冊子を見かけると、必ず引っ張り出して、著者や書名を確認しなければ気がすまないのは古本好きの性のようなものだが、そんなふうにして思いがけない本と出会うことがある。


北川冬彦・桜井勝美による『新しい世代の詩』(宝文館、1954年刊)も、そんな一冊だった。

これは、なんと全国の高校生の詩を集めて、解説・指導の評を添えるというもの。

今日ならば、絶対、通らない企画だが、戦後まもなくは、文芸も熱気があったのだろう。

収録されている作品は『原爆の子』『山びこ学校』といった単行本や全国の高校文芸部の機関誌から選ばれたというが、興味深いのは詩の分類の仕方である。

目次を書き写してみよう。



(1)自然スケッチの詩
(2)身辺生活詩
(3)抒情詩
(4)リアリズムの詩〈A〉現実をみつめた詩
(5)リアリズムの詩〈B〉勤労の詩
(6)リアリズムの詩〈C〉社会批判・抵抗詩
(7)リアリズムの詩〈D〉社会批判・諷刺詩
(8)モダニズム、アブストラクトの詩
(9)ネオ・リアリズムの詩
(10)国語教科書のなかの詩



北川冬彦の解説によると1〜3が「抒情詩の系統」、4〜7が「社会派」であり「リアリズムの系統」、8の「モダニズム、アブストラクトの詩」が「芸術至上修行の系統」ということになる。

9の「ネオ・リアリズム」は北川冬彦自身が提唱したもので、北川冬彦は、これを社会派の詩と超現実主義・抽象的主義といった芸術至上主義を融合、発展を目指すものと考えていた。


今では、社会派といった区分はリアリティを持たないし、北川冬彦の言うネオ・リアリズムも、「荒地」の詩人たちによって実践され、戦後詩の主流となった感があるので、説得力はない。

隔世の感があるが、面白いのは高校生の作品のみならず、実例として先達の詩もときおり収録されていることで、とくに「モダニズム、アブストラクトの詩」は、難解だという配慮からか、高校生の作品の前に堀口大學、近藤東、北園克衛、藤富保男4人の作品が掲載されている。

そして、その次に載っているのが、岩手県黒沢尻高校3年の高橋昭八郎の作品だったのである。

タイトルは「消えて行くものへ」。

高校時代の高橋昭八郎さんの習作を紹介しておこう。



月は
ぴっちりとはまった
丸釦(スイッチ)です

親指で押すと
星がはみ出てきらめき出し
深い童話のように青い
大空です

藍色の光波の中で
丸釦(スイッチ)
ぼくの思考(パンセ)は
自在に操り

やがては
手を伸ばし
その明るさを
覆って見たりするのです



初々しさのなかに、宮澤賢治のエコーが聞こえるようなところもあるが、高橋昭八郎が、その詩的出発から生粋のモダニストであったことを示すような作品ではないだろうか。

編者は「着想の巧妙さ」は褒めつつも「詩としての深みにはとぼしい」と苦言を呈しているが、高橋昭八郎は自らの道を変えることなく、終生、貫き通した。

先鋭的な作品で出発しながら、晩年には凡庸な抒情詩に堕する詩人が多いなか、やはり、稀有なことだと思う。



また、『新しい世代の詩』の序文や解説、そして後書には、「現代詩」「戦後の新詩」といった言い方は出てくるが、「戦後詩」という表現はない。

この本が刊行されたのは、敗戦から9年後の昭和29年(1954)だが、その時点では「戦後詩」という呼称はなかったことが分かる。

「戦後詩」という言い方は、1955年の「詩学」臨時増刊で鮎川信夫が初めて使ったと鮎川信夫自身言っていたということを田村隆一さんからうかがったことがあるが、その「詩学」を入手してみたところ、「戦後詩」ではなく「戦後の詩」という発言しか確認することができなかった。

ともあれ、「戦後詩」という呼び方は、戦後10年を経てから生まれたもののようだ。

ささやかな発見だが、こんなことが分かるのも古本の余得というものだろう。
posted by 城戸朱理 at 15:23| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月30日

「ゴング」復刊!

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あのプロレス誌「ゴング」が、なんと7年半ぶり復活、徳間書店から刊行されることになった。

プロレスファンならば、感涙にむせぶこと間違いない(?)。


東京ドームで興行が打てるほど人気が加熱している新日本プロレス、あるいはアイドル化するレスラーが目立つ女子プロなど、
近年のプロレス・ブームを背景にするものだろうが、まずは表紙の中邑真輔の狂気を孕んだ表情に圧倒される。


巻頭は、新日本プロレスの人気を牽引するオカダカズチカ、中邑真輔、棚橋弘至、そしてIWGP王者・AJスタイルズらのインタビュー。

この写真が以前の「ゴング」とは違って、妙にお洒落だったりする。


金沢克彦編集長は、大胆にも「編集戦略」を公表、たとえば「ゴングの経営戦略」その1は――


「近年、増加傾向にある女性ファンを編集部のバイトとしてプロレス業界にひきずり込みます」
???

「金沢編集長に親切丁寧に、仕事のノウハウを伝授していただき、美人女性記者を育成します」
!?

「プロレスラー達がゴングの取材を受けたくて仕方ないという状況を作り出します」
・・・

「もちろん、男性編集スタッフのモチベーションも高まります」
・・・・・・


といった具合で、大丈夫なのか、これで? と思わざるをえないものなのだが、うまくいって欲しいものである。

個人的には各プロレス団体の月間興行の予定を付けてもらえると、嬉しいのだが。
posted by 城戸朱理 at 10:06| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月23日

八王子古本まつりで買った本

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10月11日に、今回の東京行きの目的だった会議に出席し、翌日、八王子古本まつりで買い込んだ本をトランクに詰めて宅急便で送り出して、鎌倉に帰った。

今回の会議は、新設の博物館に関するもので、私はオブザーバーとして出席したのだが、詳細は書くことができない。

こうした場に立ち会ってみると、世の中の重要な案件や情報は、本当はネット上にはなく、個別に話し合われているのだという想いを強くする。


それにしても、八王子古本まつりに行けたのは、ありがたかった。


打ち合わせや会議の前に会場を歩き回り、結局、購入したのは以下の16冊。


青木正美『古本探偵追跡簿』(マルジュ社)


古書市場で仕入れた無名の少年の日記に登場する破天荒な詩人、ドン・ザッキー。

著者は、大正期に戦闘的なダダイストとして芸術革命運動を展開したドン・ザッキーについて調べるうちに、それが、高松堂書店を経営していた同業者、都崎友雄であったことを知る。

ひとりの先鋭な詩人は、なぜ、筆を折って古本屋になったのか。

私小説的な記述もあって、ミステリーを読むような面白さがある。

これが第一話【ある「詩人古本屋」伝】。


なお、同じ著者で『ある「詩人古本屋」伝 風雲児ドン・ザッキーを探せ』(築摩書房)も刊行されている。


ほかに中公文庫が3冊。

金子民雄『ヘディン伝 偉大なシルクロードの探検者』
佐藤健『マンダラ探検 チベット仏教踏査』
萩原葉子『父・萩原朔太郎』



そして、出口和明『実録 出口王仁三郎伝 大地の母』全12巻(あいぜん出版)。


高橋和巳『邪宗門』が先ごろ、河出文庫で刊行されたが、そのモデルになったのが、戦前2度の国家による弾圧を受けた教派神道の新宗教「大本」だった。

出口なおを開祖とする大本は、戦前、日本有数の教団だったが、王仁三郎は、開祖の養子であり、教団では「聖師」と呼ばれる。

王仁三郎の焼いた茶碗や書画は、古美術の世界で高く評価されているが、膨大な量の短歌も残しており、近代の巨人と言っていい。


私が出口王仁三郎を意識したのは、四方田犬彦『叙事詩の権能』で論じられているのを読んでからだが、大本の聖典たる王仁三郎の『霊界物語』を叙事詩として読むという着想に驚いたものだった。

宗教者にして芸術家、そして、ある意味では国家が怖れた男。

個人的には、出口王仁三郎とは、教義持たない日本の神道に、初めて教義を作ろうとした宗教者ではなかったかと思っている。

著者は、王仁三郎の孫に当たる。


以上、16冊で7200円。

値崩れを起こしているだけに、古書は本当に安い。


さらにBOOK・OFFに寄って、百円均一の文庫の棚から、北方謙三『悪党の裔』上下(中公文庫)と『黒龍の柩』上下(幻冬社文庫)の計4冊を選ぶ。

前者は南北朝、後者は幕末が舞台の歴史小説。

北方謙三の『水滸伝』『楊令伝』『岳飛伝』から成る水滸三部作は、わが国の大衆小説の傑作だが、著者が最初に書いた歴史小説は、南北朝を舞台とする『武王の門』だった。

北方謙三の歴史小説は、過去を俯瞰する視点ではなく、まず場所が設定され、事件が起こるという現在進行形の展開が切迫感を生み、ほかに類を見ない歴史小説になっている。

北方謙三の4冊は、すぐに読んでしまったが、いずれ別の形で紹介することにしたい。
posted by 城戸朱理 at 11:07| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月29日

神田古書店街で岡崎武志さんと遭遇!

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9月は、12日がホテル泊まり、うち9日が東京だった。

かなり無理をしているのが分かっているので、まっすぐ帰宅することが多かったのだが、3泊してチェックアウトした22日だけは、神田古書店街に立ち寄った。

もっと余裕をもって古本屋回りをしたりしたいものだと思いながら、それでも、久しぶりの古書店街だから浮き立つような気分で歩いていたら、なんと、古本エッセイ・ブームの立役者、岡崎武志さんに遭遇。


なんとも似つかわしい街で、似つかわしい人と出会ったものである。

岡崎さんの誘いで、神田ぶらじるでコーヒーを飲みながら、歓談のひとときを過ごすことができたのも何よりで、古書店巡りは、こうでなくてはと思わせる午後に。


岡崎さんは、書庫にうってつけの21畳の地下室があるお住まいに暮らしているが、増殖する本は、ダンボールに入れて本棚の前に積み上げられているそうで、今や、本棚の本を取り出そうとしたら、シジフォスのようにダンボールを延々と移動させなければならないそうだ。

岡崎さんの著書『蔵書の苦しみ』が思い浮かぶ。

中沢けいさんも、本がが部屋中にあふれて、もう、どうしようもないと言っていたっけ。


話題は、当然、本のことばかり。

最近の古書の値崩れがは凄いが、「そうなると、買ってしまうんですよ」と岡崎さん。

気持ちは分かる。

痛いほど分かる。

若いときには手が出なかった本が、手が届くところにあるのだから、買うしかないではないか。

最近、私もその傾向が強い。


私などより、はるかに古書事情にくわしい岡崎師匠の話は、切実で、なんとも楽しかった。

岡崎さんは、9月30日から、毎週火曜日の夜7時に放送されるニッポン放送の新番組「大人のパラダイス」にレギュラーでコーナーを持たれるそうだから、久しぶりにラジオを聞いてみよう。


別れ際に、『昭和三十年代の匂い』(ちくま文庫)をいただいた。

「あの頃はまだ戦後だった」「科学の未来が明るかった時代」「お誕生日は不二家のお子様ランチ」と、
私の年代ならば、懐かしさにむせび泣くような本で(?)、帰りの横須賀線の車中で読みふけっていたのだが、今、思うと、サインしてもらえばよかったな。
posted by 城戸朱理 at 15:59| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月09日

竜田一人『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記(1)』(講談社)

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竜田一人(たつた・かずと)という漫画家の名前は、これまで聞いたことがなかった。

それもそのはず、著者は大学卒業後、さまざまな職を転々としながら、売れない漫画を書いていたのだという。

そして、事故後の福島第一原発で年間被曝限度量に達するまで半年間働き、自分の目で見た原発の現実を描いて注目を浴びることになった。

それが本書なのだが、実体験に即した漫画による福島第一原発のルポルタージュと言えるだろう。


これが、読んでみると意外なほどドラマチックなことが起こらない。

むしろ、なごやかな原発作業員の日常が淡々と描かれている。

作業員も元公務員、元自衛官とさまざまで、話題はギャンブルに下ネタと、実に当たり前。


発注元の東京電力から6次下請けで日給8000円は、危険な仕事なのに安すぎるのではないかと思うが、
読んでいくと特殊な職場でありながらも、原発には原発ならではの日常というものがあることが分かってくる。

そう、ここで描かれているのは、非日常の日常なのだ。


さたざまな情報が錯綜するなか、現場の現実を伝える漫画が登場したのは貴重なことだと思う。
posted by 城戸朱理 at 08:05| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月28日

神田古書店街で買った本

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文筆を仕事にしていると、本はまず何よりも資料であって、どの版であっても読めればいいという姿勢になってくる。

実際、日々、増え続ける本を整理するのさえ苦労するようになるので、初版本や稀覯本に手を出す気はなくなるが、そんなふうに実務のなかに沈み込んでしまうのも味気ない。


磯田光一は、『萩原朔太郎』を書くとき、『月に吠える』無削除版から始まって、朔太郎の著作を初版で揃えたというが、
巻末の広告を始めとして、オリジナルだからこそ見えてくる時代の空気を肌で感じることが、批評に血を通わせるといったことがあるのだろう。

『月に吠える』無削除版となると、当時でも300万円はしたのではないかと思うが、採算など考えたら詩人も文士もやっていられない。

磯田さんの姿勢には、学ぶところがあると思っている。


私は、気になるものに関しては、初版本を求めることがいまだにあるが、今回の短い神田滞在では、思い切って何冊かの本を求めた。

まずは、萩原朔太郎『猫町』(昭和10年、版画荘)、そして朔太郎最後の詩集となった『氷島』(昭和9年)である。


「散文詩風な小説(ロマン)」という副題を持つ『猫町』は、好きな作品だが、川上澄夫の装幀も素晴らしい。

これは玉英堂書店で見つけたが、コンディションがきわめてよい美本だったので、思い切って求めることにした。

朔太郎が漢語調に回帰した『氷島』は、朔太郎自身による自装。

伊藤信吉によると、医師だった朔太郎の父の蔵書の医学書の装幀をモデルにしたものらしい。

『氷島』の再版は、シュルレアリスムの画家、阿部金剛による装幀にかわる。

朔太郎自身は、再版の装幀のほうを好んでいたそうだが、初版の著者自装のほうが内容に合っているように思う。

『氷島』は、ボヘミアンズ・ギルドで求めたが、20年前なら10数万はした本が、今だと半値以下で入手できる。


田村書店で見つけたのはA.M.BUTTERWORTH『WILLIAM BLAKE, MYSTIC A STUDY』(1921年、LIVERPOOL BOOKSELLERS. CO. LTD)。

ウィリアム・ブレイクに関する初期の研究書で、巻頭にブレイク作品のエッチングが収められている。

これは、かなり安く求めることができたのだが、おかげで次の2冊に目が行った。


『BLAKE'S POETRY&PROSE』(1927年、NONESUCH)、
そしてLAURENCE BINYONによる『THE DRAWINGS ENGRAVINGS OF WILLIAM BLAKE 』(1922年、THE STUDIO MAGAZINE』で、これは崇文荘で見つけた。

前者のノンサッチ版ブレイク作品集は、GEOFFREY KEYNESによる編纂。

私は、ブレイクの作品を、おもに1904年のオックスフォード大学版で読んでいたが、これだとテクスト・クリチックは厳密ではなので、ノンサッチ版を入手できたのは嬉しい。

緋色のヴェラム革装による美しい本である。


ブレイクのドローイングと版画を収めた大判の画集は、背革装で、コロタイプ印刷によるカラー図版を貼り込んだページもある。

コロタイプはアートプレスとも呼ばれ、今日ならば、版画作品の扱いになる。

コロタイプによる古い画集を探すのは、古本の楽しみのひとつだ。


田村書店でブレイクの研究書に出会ったものだから、ブレイクの作品集と画集を買うことになったが、古本は、こんなふうに最初に買った一冊が、次の本を呼びよせることがあるようだ。
posted by 城戸朱理 at 10:05| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする