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城戸朱理のブログ: 本

2014年03月21日

古書店の現状、その2



全国的に古書店は減少傾向にあるが、電子書籍が紙の本に取ってかわったというようなことが進行したわけではなく、
単純に読書人口が減少したうえ、住まいに本を置くスペースがないといった現実の制約などが、古本屋から客足を遠のかせているのではないだろうか。


求める人がいなくなれば値下がりするのは市場原理というものだが、この5年ほどの古書の値崩れは驚くべきものがある。

かつては、それなりに高値を呼んだ全集は、10年ほど前から、ごく一部を除いて値崩れが激しかったが、
従来の高値古書も半額ていどまで値下がりしており、私が物心ついて古本屋を覗くようになってから、間違いなく、古書は今がいちばん安い。


具体的に例を挙げると、かつては40万以上した昭和2年刊の川端康成『伊豆の踊子』(金星堂)初版が、今では20万円前後。

安くなったと言っても、やはり高値古書、すぐに手が出せるようなものではないが、半額になったのは事実である。

同様に、かつては7〜8万した古書が今では2〜3万、2〜3万の古書は1万円を切る値付けになっている。


こんな調子だから、以前、数千円だった本は、千円以下で入手できることも少なくない。


その意味では、逆説的だが、読書人と愛書家にとっては、いい時代である。


読みたい本はいくらでもあるが、お金はろくにない二十代のころ、古本屋は、欲しい本を、できるだけ安く入手するための場所でもあった。

1983年に安藤元雄先生によるボードレール『悪の華』の新訳が集英社から出たとき、その現代的で柔軟な訳語に魅了されたものの貼り函入りで3500円という定価だったものだから、簡単には手が出せない。

大卒初任給が10万そこそこの時代だから、今ならば6000円以上の感じだろうか。


どうしても手元に置いて読みたかったので、数ヶ月後に古書店に並び始めるのを待って、早稲田古書店街を歩き回り、見つけるたびに値段を確認して、いちばん安い店で入手したときの嬉しさは忘れられない。

たしか、2300円だったと思う。

そんな思い出がある本は少なくないが、今では古本屋で手にする本は、たいてい予想より安いから、悩む必要がない。

そう考えると、今ほど古本屋を回って報われた気分になる時代はなかったような気がする。


私は、BOOK・OFFで雑本や絶版になった文庫や新書を探すのも嫌いではないが、それ以上に、今は古本屋が面白い。

こと古本に関しては、売ろうとしたら安値だが、買うにはいい時代になったと言えるのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 11:38| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月17日

古書店の現状、その1



日本古書通信社編『古本屋名簿 古本手帖2011』を見ていると、無店舗の古書店が実に増えている。

つまり、店を構えず、ネットだけで販売する業者が圧倒的に多くなったということなのだが、
最近は店舗を持っても、よほど立地がよくないと、家賃分の売り上げも期待できないというのが現実らしい。



鎌倉の游古堂で、永井荷風『墨東綺譚』初版を購入したとき、女性の御主人と、あれこれ最近の古書店事情について話し合ったのだが、やはりネット販売に移行した業者が多いそうだ。


あるアンケートによると、今の学生のうち40%は、まったく本を読まないそうだから、活字離れも深刻だが、本をめぐる状況もまったく変化したのは事実で、私も仕事の資料はネットで購入するようになっている。

アメリカに洋書を注文して数日後に届いたときには驚いたが、国内ならば翌日には届くし、いながらにして必要な本を入手できるのは、流通の革命と言っていいだろう。

リアル古書店が減っていくのも当然だが、必要な本ならば、それで済むものの、逆に、ネットでは自分が探していない本と出会うことはできない。


私は、今でも時間があるときは、よく古本屋を覗くが、それは、自分が存在さえ知らなかった本、今のところ必要とはしていないが、
いつかは自分にとって大きな意味を持つかも知れない本との出会いを期待するからであって、その意味では、探していない本を見つけるためと言ってもいい。



日本全国の新刊書店は、この10年で半減した。

古書店も減り続けているが、一方、BOOK・OFFのようなリサイクル型の新古本屋は増加し、本の流通じたいも変化したのは間違いない。

現在、組合に加盟している古書店は、全国で約二千五百。

それに対して、BOOK・OFF型の新古本屋は、全国で約二千九百軒に達する。

しかし、新刊書店が減り、新刊の流通量が減るにつれて、新古本屋に流れる供給量も減っていくわけだから、
そうなったときには新古本屋も減少傾向を余儀なくされるわけだから、変化は、まだまだ続くことだろう。


はたして、20年後、30年後には、どうなっているのか。

予断を許さぬが、個人的には、古本屋を回る楽しみがある時代に巡り合わせたことは、幸いだったと思っている。

そして、次の時代には、次の時代なりの知的探求の方法があるのだろうし、それは、その時代を生きるひとりひとりが見つけていくものなのだろう。
posted by 城戸朱理 at 08:42| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月12日

松田広子『最後のイタコ』(扶桑社)

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私が恐山を訪れたのは子供のころで、10歳かそこらだったが、強烈な印象を残した。

私は、第一詩集となる『召喚』を24歳から25歳にかけての半年で書き下ろしたが、
そこにも、小学生のときに訪れた恐山の記憶が反映されたパートがあるほどである。


恐山といえば、イタコが思い浮かぶ。

幼少期からイタコに憧れ、19歳でイタコとなってから20余年。

本書は、現役のイタコのうち、最年少のため、「最後のイタコ」と呼ばれる松田広子による半生記。

イタコといえば、死者の口寄せばかりが語られるが、その仕事はお祓いから家庭内のさまざまな相談事に及ぶ。

その意味では、イタコとは、特定の宗派に属さない巫女であるとともに、地域社会のカウンセラーでもあったというべきなのだろう。

貴重な証言であるとともに、東北北部にいまなお息づく習俗を伝える本である。
posted by 城戸朱理 at 10:02| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月04日

盛田隆二さんの新刊

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葉山での瓜南直子画集編集会議には、盛田隆二さんが、
日本経済新聞に連載された新刊『いつの日も泉は湧いている』の見本を持って来られた。

この小説の主人公は、瓜南直子さんをモデルにしており、恋愛小説の名手が、どんな瓜南直子像を造型したのか、期待が高まる。


2枚目の写真は、仏前に捧げられた盛田さんのサイン本。

タイトルの『いつの日も泉は湧いている』、そして扉の識語「枯れることなく湧きつづける」は、ともに瓜南さんの絵のタイトルである。


すでに発売になったので、注文はAmazonへ!
posted by 城戸朱理 at 12:19| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月06日

最近の古書事情



年間8万点。1日200点超。

これが、現在、出版されている新刊の数で、このハイパーインフレーション状態が、十五年ほど続いている。

当然、供給過剰なわけで、売れないから出版点数を増やすという悪循環の結果としての出版不況が言われるようになって久しい。

さらに、古書業界にも影響は及び、古書の値崩れが起こっている。


今や、小説の単行本は、純文学でも値がつかず、文庫化されたとたん、初版でも店頭の均一ワゴン行き。

人文関係で、かつては値を呼んだ本も下落傾向にあり、戦後詩は吉岡実など少数の例外を除いて、やはり均一ワゴン。

かつては、6万5千〜8万5千円の高値を呼んだ田村隆一『四千の日と夜』のようなモニュメンタルな詩集でさえ、神田で3万を切るまで下がっていた。

もちろん、それでも高値古書の部類だが、6〜7割安くなったのだから、以前の値を知る者には割安感がある。


そんなおり、ある大手出版社を辞め、古本屋を始めた旧友と、偶然、鎌倉のヒグラシ文庫で再会した。

彼が言うには、「今は、古本は買うにはいいが、売るのは駄目な時代」とのこと。


神田の裏通りや下北沢、西荻窪あたりのニューウェーブと呼ばれる新世代の古本屋は、独自の価値観で個性的な棚を作り、勢いがあるように見受けられるが、古書業界ぜんたいで見ると、仕入れても売れず、さらに値崩れしているというのが現実らしい。

つまり、今は古書もデフレ傾向のなかにあり、買うには恵まれた時代ということになる。



私自身、本は置き場に悩まされており、年にダンボールで10〜15箱を処分しているが、それでも増えるスピードのほうがはるかに早い。

そうなると買い控えるようになりそうなものだが、現実は逆である。

今ほど、古本を気軽に買うことができる時代は、私が生きてきたなかではなかった。

れだけに、古本屋を見る頻度も、買う冊数も増えている。

見方を変えるなら、今、古本屋ほど面白いところはないような気がする。
posted by 城戸朱理 at 20:05| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月26日

盛岡の古本屋を回って

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盛岡では、東光書店、浅沼書店、キリン書房、3軒の古本屋を回ることができた。

購入したのは、雑誌や文庫も入れて、計19冊。


雑誌は、「歴程」1969年1月号、村上昭夫追悼特集号。

村野四郎や高橋昭八郎らが追悼文を執筆している。

「昔、岩波、今、中公」といって、東京の古書店だと、品切れ・絶版の中公文庫は定価以上の値を呼ぶが、盛岡では、いずれも定価以下、古本文庫の値付けだったので、主に歴史関係の中公文庫を5冊。


鎌倉文士、永井龍男の随筆集が、3冊。

限定1000部の吉田健一『東西文学論』(垂水書房、初版)も含めて、全19冊のうち15冊が1000円以下。

つくづく、古本は安いと思う。


ちなみに、1000円以上の本は、以下の3冊。


庄司浅水『書物の文化史』(雪華社、初版)1500円

永井龍男『夕ごころ』(講談社、初版)1200円


ジョン・エルスナー他編『蒐集』(研究社、初版)、3000円


『蒐集』だけが、やや高いが、これは4600円と定価が高く、新本同様だから当然だろう。


発見だったのは、無名の詩人、加賀谷宏の遺稿詩集『詩片』。

この詩人のことは、別に紹介したい。


そして、キリン書房の御主人と剛力彩芽主演の「ビブリオ古書堂の事件手帖」の話をしながら、会計をしているとき、
目についたのが、ガラスケースのなかに鎮座する宮澤賢治『グスコーブドリの伝記』(羽田書店)、昭和16年刊の初版だった。

戦前の本なのに褪色も少なく、神田ならば15万円前後の高値を呼ぶ本である。

しかし、キリン書房の値付けは良心的で、その半値も行かない。

それでも、一冊の本としては、かなり高価だが、郷里とはいえ、旅先での出会いと思って、購入を決めた。


鎌倉に帰ってからは、『グスコーブドリの伝記』を書斎のデスクに置いて、毎日、開いている。
posted by 城戸朱理 at 09:45| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月09日

『東北のテマヒマ』(マガジンハウス)

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「貴方がたはとくと考えられたことがあるでしょうか、
今も日本が素晴らしい手仕事の国であるということを」。

柳宗悦『手仕事の日本』(岩波文庫)の美しい書き出しである。


この本は戦時中に執筆されたもので、昭和15年ごろの日本の手仕事の状況を伝えるものなのだが、
『東北のテマヒマ』を開くなら、実はいまだに、日本には優れた手仕事が残っていることを確認できるだろう。


本書は、東北の人々の精神とものづくりの力を見つめ直すために開催された二つの展覧会、
「東北の底力、心と光。『衣』」(三宅一生ディレクション)、「テマヒマ展〈東北の食と住〉」(佐藤卓・深澤直人ディレクション)の記録として編まれたもの。


会期中、5万人もの観客が訪れたそうだが、東日本大震災を受けて、短い準備期間で開催された展覧会だったため、公式カタログが刊行されず、記録を求める声が多かった。


時間をかけた手仕事の造型とデザイン性に光を当てることを主眼とする展覧会だっただけに、写真も素晴らしい。


及川卓也「コロカル」編集長が手がけた本だが、貴重な記録が、書籍化されたのは、実に喜ばしいことだと思う。
posted by 城戸朱理 at 09:41| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月20日

呪いの時代に、その2



内田樹は、呪いの言葉が蔓延する背景に、対象の記号化があることを指摘している。

つまり、「近頃の若者はダメだ」とか「アイツは〜だ」というように、対象にレッテルを張り、そうした決めつけの記号化を疑わない姿勢のことである。


内田樹は、「呪いの言葉」の対極に、対象をできるかぎり丁寧に描写していくことを置く。

ひとりの人間でさえ、万言を費やしても、語り尽くすことはできない。

だから、かなうかぎり対象を丁寧に語っていくことが必要とされるわけであり、氏は、これを「祝福の言葉」と呼ぶ。


詩に関する批評も同じだろう。

対象となる詩集の具体的なテクストに言及することなく、
ネガティブに何かを決めつけるのは、批評の名を借りた誹謗中傷にすぎない。

呪いの言葉を吐き散らして、自滅への道を歩むのは勝手だが、最後には自分の生涯の空しさを思い知るだけだろう。


呪いの言葉と祝福の言葉。

どちらを選ぶか問われているのは、余人ではない。
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2012年12月19日

呪いの時代に、その1



内田樹による『呪いの時代』(新潮社)は、今日の荒廃した言論の状況を、鮮やかに指摘する本だ。


ネットには、他者への誹謗中傷が渦巻いている。

たとえ、無名かつ無力な人間であっても、ネットならば、どんな有名人でも誹謗中傷することができる。

それは、誹謗する者に、万能感を覚えさせるが、より強い刺激とより強い万能感を得るために、誹謗中傷は、さらにエスカレートしていくことになる。

それは呪いの言葉であり、必然的に呪いを発した者も傷つけずにはおかない。

そして、疑似的な万能感を得ようとも、誹謗する者が、無名で無力であることは何ら変わりはないのだ。


著者の指摘は、明晰かつ的を得たものだと思う。

作家でロッカーの中原昌也は、ネットの罪悪は、クズのような連中に発言の場を与えたことだと発言したことがあるが、
それも内田樹が指摘したような手合いを言うものなのだろう。


こと、現代詩の世界に限っても、事態は同じで、目立つ存在を批判という名を借りた、たんなる誹謗中傷で貶め、
自分が何者かになったつもりになっている自称詩人を見かけることがある。

ネットであろうと、雑誌であろうと、それも、また呪いの言葉であり、批判の対象となっている人間は、自分の仕事を重ねていくのに対して、
誹謗中傷する側は、最後には自分を傷つけるだけの呪いを重ねていくことになる。


和合亮一の『詩の礫』をめぐって起こったのも、まさにそうした出来事だったと言ってよい。

最終的に、どうなるのかは、自明だろう。

誹謗中傷をもっぱらとする者は、結局、何者にもなることがない。(つづく)
posted by 城戸朱理 at 09:54| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月30日

吉田太一『遺品整理屋は見た!』(扶桑社)

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瓜南直子さんの遺品整理を手伝いしていて、ふだんは忘れている当たり前のことに気づかざるをえなかった。

人間は身体ひとつで生まれてくるが、生きていくうえでは、さまざまな道具や物が必要となる。

そして、ひとりの人間が亡くなると、それらの物は、突然、「遺品」になってしまうのだということを。


そうしたことに思いを巡らしていたとき、ふと、以前、BOOK・OFFで見つけた本のことを思い出した。


著者は、運送業をしているとき、引越しに際して大量の不要品が出るのに注目し、日本初の引越し屋のリサイクルショップを開業、
さらに独居老人が増加し、孤独死が社会問題になるとともに、
遺品整理に困っている遺族が多いことに着目して、これまた日本初の遺品整理専門会社を立ち上げたという起業家だというから、着眼点が鋭い。

その実体験を綴ったのが、『遺品整理屋は見た!』なのだが、これは食事中には決して開いてはならない本である。

遺族が遺品整理を依頼するのは、孤独死のとき。
当然、そこには死後、数日から数週間を経た遺体もあるからだ。


なかには、床はもちろん、天井から壁まで血だらけという殺人現場も。

しかも、遺品処理を依頼した夫は、妻が殺されたというのに、冗談と無駄話ばかり。

それから一週間ほどして、その夫が殺人犯として逮捕されたという小説のような話もある。


あるいは、家財道具や両親の遺骨を置き去りにして、夜逃げした44歳のニート男性。

ゴミ屋敷と化した賃貸マンションは、アニメとフィギュア、そしてアイドルのポスターが。

両親が亡くなって、ニート男性は家賃が払えなくなり夜逃げしたわけだが、結局、ホームレスになるしかないのではないだろうか。

今後、増えそうなケースだが、親がかりのニートは、親が死ぬと生活の術を失うことになる。

ニートのホームレス化は、今後の社会問題になると思う。


著者によると、孤独死する人の3割はクーラーがなく、1割は置き電話も携帯電話も所持していないそうだ。

社会との関わりを絶たれたときの、人間の孤独がどのようなものなのかを、遺品が語っているようにも思えてくる。


また、遺族が遺品として取っておくのは、約1割だという。

つまり、荷物の9割はゴミとなるわけだが、ふと身の回りを見渡してしまった。


人間は、いつかは分からないが、誰もが必ず死のときを迎える。

そのとき、すべての物は、遺品となってしまうのだ。

私たちは、そのことに気づかないふりをして、日々を生きているのかも知れない。
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2011年12月30日

柳美里『ピョンヤンの夏休み』(講談社)

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北朝鮮では金正日が死去、世界に緊張が走った。

金正恩体制も軍事優先を明らかにしているものの、政権が安定するまで、軍事行動には出ないだろうとする有識者が多い。

テレビでも北朝鮮の様子が報道されたが、日本人は、テレビによる独裁政権の報道以外、北朝鮮のことを、ほとんど知らないとというのが現実だろう。


テレビに映らない普通の北朝鮮の人たちは、何を思い、どんな生活を送っているのか。


柳美里さんの新刊『ピョンヤンの夏休み』は、今まで語られたことのない北朝鮮の人々の姿を浮き彫りにするノンフィクション。

今こそ、読みたい一冊と言っていい。


鎌倉駅北口のたらば書房には、著者サイン本も平積みになっている。

鎌倉に初詣のおりには、鎌倉土産に、冬だからこそ(?)『ピョンヤンの夏休み』を。


映画のタイトルにしたいような書名だが、柳美里さんと丈陽くんの表紙の写真も素敵だ。
posted by 城戸朱理 at 14:56| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月26日

静岡の古書店で

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ホテルにチェックインして、トランクの荷物をほどいてから、とりあえず、散歩に出かけた。


静岡は3度目だが、土地勘は、まったくない。

知らない土地は、まず自分の足で歩き回るに限る。


静岡駅から、駿府公園に向かい、さらに静岡浅間神社へ。


骨董屋を見かけては立ち寄ったりしていたのだが、以前、山内功一郎氏の結婚式で静岡を訪れたときに、野村喜和夫氏と行った古本屋は、閉めてしまったようだ。


あのときは、野村さんが金子光晴関係の資料をまとめ買いし、私は永田耕衣『肉体』など、なかなか、いい本を見つけた記憶があるのだが。


今回は、ブックスランドという古本屋を見つけ、あれこれ物色したあげく、平川祐弘『中世の四季』(河出書房新社)と上田三四二『西行・実朝・良寛』(角川書店)の2冊を購入した。
posted by 城戸朱理 at 18:24| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月01日

キャンディーズ写真集(徳間書店)!?

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宅急便の封をとくと、そこから出てきたのは
・・・目に痛いほど、色鮮やかな写真集ではないか!

しかも、キャンディーズ???

書名は『マルベル堂90周年記念企画 キャンディーズ プロマイドから微笑がえし 464カットすべて掲載』と異様に長い。


ブロマイドのマルベル堂90周年記念企画として、
マルベル堂から発売されたキャンディーズのプロマイド464カットをすべて収録、
しかも超特大プロマイドポスター付きの永久保存版である。


マルベル堂社長のインタビューによると、「ブロマイド」ではなく、正しくは「プロマイド」。

歌謡曲の全盛期だった1970〜80年代が黄金期で、
キャンディーズは、そうした時代の立役者だったのだそうだ。


ファン代表12人の熱烈メッセージも収録されている。

顔ぶれは江口寿史、小松政夫、佐野史郎、フィンガー5のAKIRA、
ピンク・レディーのmie、平尾昌晃、なぜか経済アナリストの森永卓郎と多彩なものなのだが、
なぜか、そのなかに私の名前が・・・


そうだった。

徳間書店書籍編集部の加々見正史編集長の求めで、コメントを書いたのだった。

私の名前があると「意外性」があるという理由だけで依頼されたような気がするが、
いざ応えると、いつの間にか「ファン代表」のひとりにされているではないか。

キャンディーズのことは、もちろん覚えているが、
世代的には私より少し上が熱心なファン層になる。

本気のファンに申し訳ない気持でいっぱいになったが、
これだから、優秀な編集者は怖い。


ところで内容は、はちきれそうに健康なラン、スー、ミキが満載で、
衣装にも、ポーズにも昭和の香りが立ち込めている。


プロマイドというジャンルの面白さを改めて確認できる写真集と言えそうだ。
posted by 城戸朱理 at 10:42| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月13日

吉田健一『酒肴酒』(番町書房)

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吉田健一の本は、その人気にもかかわらず、古書値がつくものが、ほとんどない。

それだけに、気楽に求めることが出来るが、だいぶ前に『続 酒肴酒』を古本屋で購入し、続編があるのなら、当然、正編もあるわけだから、いずれ見つけたいものだと思っていたら、思いがけないところにあった。


鎌倉の立ち飲み、ヒグラシ文庫である。

この店、飲み屋なのだが、一画で古本を扱っており、なかなか癖のある選書。

そのなかに紛れていたのだ。


ほかにも『荒川洋治詩集』『続・荒川洋治詩集』『城戸朱理詩集』と、思潮社の現代詩文庫が3冊あったのだが、私のは売れたようで、今は荒川さんの2冊が残っている。

いったい、誰が買ったのだろうか?


『酒肴酒』は、考えつくかぎり、最高の書名で、タイトルを見ているだけでも、酒杯を傾ける合間に、肴をつまみ、また飲む様子が伝わってくる。

ちなみに、魚を「さかな」と読むようになったのは近世のこと。

それ以前は「うお」と読んでいたらしい。

だから、酒菜を肴というのは、魚が、とりわけ酒に合うからなのだろう。


吉田健一『酒肴酒』は、番町書房の「ユーモアエッセイ集」シリーズの一冊で、著者の顔のイラストが表紙。

このシリーズ、吉田健一は、3冊あるようだが、私の購入価格とともに列記すると、以下のようになる。



『酒肴酒』(昭和49年)、600円

『続 酒肴酒』(昭和49年)、200円

『酒に呑まれた頭』(昭和50年)、500円



いずれも新刊の文庫本より安いくらいだが、その楽しさは極上で、なにせ、酒と肴の話しか出てこない。

ユーモアもあるのだが、それだけではなく、確固たる思想がある。

思想というものはイデオロギーとは違うと、吉田健一が『日本に就いて』(ちくま学芸文庫)で書いているが、そういう意味での思想である。
posted by 城戸朱理 at 08:50| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月01日

高原書店で買った本

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年に一度、町田で旧友が集い、高原書店を覗いてから、柿島屋で馬刺しと桜鍋を囲んで飲むというのが、恒例になった。

もともと、私が提案したコースだが、ふだん縁のない街を歩くのも楽しいし、高原書店の充実ぶりが、友人たちにも受けたからだろう。


高原書店は、かつての新宿古書センターの本店で、四国の徳島に倉庫を持ち、200万冊と、大学図書館以上の在庫を誇っている。


ビルひとつが古書店になっているのだが、部屋ごとにジャンル分けがされており、本を探しやすい。


今回は、高原書店に行く前に、町田駅に近い成美堂で、まず次の2冊を買った。



高村光太郎『智恵子抄』(龍星閣、昭和26年、新版第一刷)


高村光太郎『智恵子抄その後』(龍星閣、昭和26年、第二刷)



後者は『智恵子抄』以後の詩と随筆をまとめたもの。

最近、光太郎が岩手での独居していたときのエッセイが気にかかる。




高原書店で購入したのは、以下の6冊。



『回想の西脇順三郎』(三田文学ライブラリー、昭和59年、非売品)


非売品のため、神田だと数万の古書値がつくが、4000円で買えた。

何か、西脇詩の根源を示唆するエピソードや面白い話が拾えればいいのだが。


安井浩司句集『汝と我』(沖積舎、昭和63年、初版)

前衛俳句の第一人者。すでに持っている本だが、友人に贈る分として購入。

ふだんは全句集で読むが、目につくかぎり句集も求めるようにしている。

『赤内楽』は持っているが、第一句集『青年経』は、いまだ未入手。


白石かずこ『わたしの中のカルメン』(文化出版局レモン新書、昭和46年、初版)

白石かずこのエッセイ集。詩からオシャレ、性まで多彩な内容。


文化出版局から「レモン新書」が刊行されていたのは知らなかった。

巻末の広告を見ると、ほかにも富岡多恵子『青春絶望音頭』、田原総一郎編『テレビ公害のうらおもて』、楠本憲吉『和菓子風土記』と、なかなか魅力的なラインナップである。

だが、こういう雑本は逆に見つけるのが難しい。

著者近影もイカしてるし、タイトルが、白石さんらしくて、いいではないか。


高田保『河童ひようろん』(要書房、昭和27年、八版)

表紙の愛らしい河童のイラストでジャケ買い。

高田保は劇作家だが、尾崎士郎『人生劇場』の「吹岡早雄」のモデルにもなった。

軽妙な随筆でも知られ、『ブラリひょうたん』が有名だが、こちらも八刷と、当時は売れたらしい。

タイトルの脱力感が、たまらない。


松本謙治『古書の見方・買い方』(東洋経済新報社、昭和49年、初版)

古書が異常に値上がりし、利殖の対象となりえた70年代ならではの出版物。版元も「東洋経済新報社」と、それらしい。

それだけなら手を出さないが、目次を確認したら、第一章が「ある愛書家詩人の死」とあるではないか。

この詩人とは、立原道造のこと。死後、彼の蔵書は展示・即売され、立原道造全集全三巻刊行費用に当てられたのだという。

このリストが凄かったので、購入を決めた。

立原道造、読書家にして愛書家だったのだなと納得。

それを知ると、立原道造の詩を見る目も変わるかも知れない。


荻原魚雷『古本暮らし』(晶文社、2007年、初版)

高原書店には、本についての本という棚があり、そこで発見。

最近の古本エッセイだが、たしか山内功一郎くんが褒めていたはず。




資料として買ったものもあれば、じっくり読むために買った本もある。

いずれ売る本も出てくるだろうが、書架に収め、繰り返し手にすることになる本もあるに違いない。
posted by 城戸朱理 at 07:05| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月14日

ハワイの書店で

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ハワイでは、バーンズ&ノーブルズにボーダーズ、大手書店を4軒覗いたのだが、6年前に比べると、ずいぶん変わっていた。

小説も含めて文学の棚は、かなり縮小され、かわりに日本のマンガの棚が増えている。


かつては詩書が充実していたボーダーズからは詩の本が消え、かろうじて、バーンズ&ノーブルズには残っていたが、食指が動くほどのものは、ほとんど見当たらない。

前回、行ったときは、ボーダーズで、ディラン・トマスの朗読CDボックスを含む書籍など、300ドル以上も買い物したが、今回は、結局、何も買わずに出てきた。


ただ、ベストセラー詩人、ビリー・コリンズの詩集は数が多く、人気のほどがうかがえたが。



ワイキキの高級住宅地、カハラのカハラモール内にあるバーンズ&ノーブルズが、詩書はいちばん充実していただろうか。

今回、唯一、購入したのが、アレン・ギンズバーグ『吠える』刊行50周年を記念して出版されたエディション。

これは草稿のファクシミリ版を含む、いい編集である。


もちろん、必要なものは、Amazonで注文すればいいわけだが、書店で出会う本が少なくなるのは、やはり寂しいものがある。


ぜんたいとしては、90年代にリブロが、ひたすら一般化していって、特徴のない普通の本屋になっていったのと同じような変化が、アメリカの書店でも起こっているらしい。
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2011年03月01日

田村隆一のエッセイ、その3


『田村隆一全詩集』で書誌と年譜を担当した田野倉康一氏によると、田村さんのエッセイのうち、何冊か見つかりにくいものがあるそうだ。


それは、『あたかも風のごとく』(風濤社、1976)、『もっと詩的に生きてみないか』(PHP研究所、1981)、『ボトルの方へ』(河出書房、1982)、『土人の唄』(青土社、1986)あたりである。


こうした本は古書店でも雑本扱いで、古書値がつかないため、専門店化している神田や早稲田の古書店街では、逆に見つかりにくい。


もちろん、ネットで検索すれば、ほとんど見つかるが、こうした本は、ふらりと入った町の古本屋で見つけるのが楽しい。

急いで田村さんの全エッセイを揃える必要があるわけではないので、私などは、むしろ探すこと自体を楽しんでいるところがあるのだが、
仕事の資料として急ぎ必要な本は、ネットで注文するが、それ以外は、現物を手に取って、後書きや奥付を確認してから買うというのが、習い性になっているせいもあるのだろう。


実際、「日本の古本屋」や「スーパー源氏」のおかげで、ネットで本を探すのは極めて容易になった分、古本屋を回る意味も大きく変わったように思う。


今では、古本屋を回るのは、むしろ探していない本と出会うためで、そのついでに、まだ手元にない田村さんのエッセイを見つけることが出来たら、それはそれで嬉しいではないか。


田村隆一のエッセイ集は、初期のごく一部を除くと、古書値は500〜1000円ていどのものだから、文庫本を買うように気軽に求めることが出来るし、
内容的には、戦前から戦後に至る昭和という時代の雰囲気や香気が封じ込められていて、休日の午後に読み耽るのにふさわしい。


同じネタが多いのに、そのつど読ませるのは、やはり名人芸というところだろう。


そして、ときには、詩人、田村隆一の詩作の秘密を垣間見たりすることもできるのだから、なおさら面白いのだが。
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2011年02月27日

田村隆一のエッセイ、その2

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田村隆一の書誌を確認したとき、誰でもすぐに気づく特徴がある。

それは、『ぼくの〜』というタイトルの本が多いことだ。

具体的には、次のようになる。



『ぼくの遊覧船』(1975)
『ぼくの交響楽』(1976)
『ぼくの憂き世風呂』(1980)
『ぼくの東京遊覧』(1980)
『ぼくの中の都市』(1980)
『ぼくが愛した路地』(1985)
『ぼくのピクニック』(1988)
『ぼくの東京』(1989)
『ぼくの草競馬』(1990)
『ぼくの人生案内』(1998)



ちなみに『ぼくが愛した路地』だけは、「ぼくの〜」ではなく「ぼくが〜」だが、印象はさして違わないような気がする。


全40冊のエッセイのうち、10冊、4分の1が『ぼくの〜』という書名なわけだから、これはもう田村さんの専売特許と言っていい。


『ダンディズムについての個人的意見』というタイトルも、「ぼくの意見」という意味だろうから、この範疇で考えることができるだろう。


この「ぼくの〜」という形容は、垂直的な初期の詩群からイメージされる詩人像にはそぐわないが、
あくまでも個人的な意見であることを表明するとともに、軽妙さも感じさせ、後期田村隆一の詩作品のイメージには、極めて似つかわしいものだと思う。


ちなみに、田村さんがエッセイ集に初めて「ぼくの〜」というタイトルを採用した『ぼくの遊覧船』が刊行されたのが、1975年。

それ以前に刊行されている単行詩集は、『四千の日と夜』『言葉のない世界』『緑の思想』『新年の手紙』の4冊だけで、
エッセイ集に「ぼくの〜」というタイトルが現れるようになってから、ほとんど年次詩集のような多産な時代を田村さんは迎えることになる。


その意味では、「ぼくの〜」という言葉は、田村隆一の詩の本質的な変化に関わる問題であると言ってもいい。


そういえば、『ぼくの海日誌』というタイトルの詩集もあったっけ。


これも素晴らしい詩集である。
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2011年02月24日

田村隆一のエッセイ、その1

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田村隆一はアガサ・クリスティを始めとするミステリーの翻訳などを含めると、生涯に何と180冊もの本を刊行している。


田野倉康一による労作「田村隆一書誌」によると、そのうち、エッセイ集は、没後、刊行された『自伝から始まる八十章』を入れて、40冊になる。

これは対談集や聞き書きなども含めてだが、特徴は、いわゆる詩論や批評が見当たらないことだろう。


もちろん、詩に対する言及はいたるところにあるし、田村さんの最初の散文集であり、文庫化もされた『若い荒地』(1968)のように、貴重な時代の証言はあるのだが、真っ向から詩を論じたものがないのは、いかにも田村さんらしい気がする。



内容的には、早川書房のポケット・ミステリーを創刊した初代編集長で、クリスティーの翻訳者でもあるだけに、『田村隆一のミステリー料理事典』(1984)や『書斎の死体』(1978)、『殺人は面白い』(1991)といったミステリー関係、
あるいは酒仙として知られた詩人だけに、『ウィスキー讃歌』(1979)『ボトルの方へ』(1982)、『酒飲みのちょっと気になる話』(1983)といった酒関係のエッセイも多い。


そして、それ以外は、いわゆる身辺雑記のエッセイ集である。



それだけに、古本屋でも雑本扱いで、ごく初期のものを除くと古書値はつかないが、詩人、田村隆一の変遷や成熟を考えるうえで貴重な資料となるものがあるのも事実だろう。


装幀も洒脱な『詩人のノート』(1976)や『鳥と人間と植物たち』(1979)はとくに重要だと思う。

田村隆一の詩が好きな人は、ぜひ読んでみてもらいたい。



個人的には、『ダンディズムについての個人的意見』(1990)や「新潮45」に連載された晩年の日記、『退屈無想庵』(1993)と『すばらしい新世界』(1996)も好きな本だ。

ところが、どちらも新潮社が版元なのに、後者などは、古本屋でもめったに見かけない。(つづく)
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2011年01月19日

装幀者から贈られた本

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佐賀県は唐津にお住まいの高橋昭八郎さんから、書籍小包が送られてきた。

開けてみると、ジョン・ソルト著『北園克衛の詩と詩学』(思潮社)ではないか。


注文しようと思っていた矢先のことだったので、驚いたが、なぜ、高橋さんがジョン・ソルトの本を送って下さったのか、不思議に思っていたら、高橋さんが装幀を担当されていたことが分かった。


その経緯をジョン・ソルトは「原著者による謝辞」において、次のように語っている。




「本書の英語版が制作されているとき、その英語版の表紙のデザインを
高橋昭八郎にお願いできないものかと編集者に依頼した。
私の意見では、高橋は北園と新国誠一以来の偉大な視覚詩人であり、
しかもVOUの同人であったからだ。
私の願いは拒絶されたが、ハーバード大学アジア・センターには専属のデザイナーがいて、
また、他の出版された本との一貫性を守りたいというのがその理由であったので、私も納得した。
だから、思潮社がーー高橋昭八郎の歴史的な重要性を理解してーー
彼を起用することに同意してくれたときは二重に嬉しかった。
高橋の創造性と美的感受性には脱帽だ」




ジョン・ソルトは北園克衛研究でハーバード大学より博士号を取得、1987年からエドウィン・O・ライシャワー日本研究所研究員をつとめているが、
前衛運動の研究者である彼に偉大な視覚詩人と呼ばれ、北園克衛、新国誠一と並び称されている高橋昭八郎の世界的な評価には、嬉しくなったことを告白しておこう。


書籍が刊行されたときには、装丁幀者は2冊を受け取るはずだが、高橋昭八郎さんは、そのうちの一冊を私に送って下さったのだろう。



かつて、吉岡実氏が『ウンガレッティ詩集』(筑摩書房)の装幀を担当されたとき、装幀者分の2冊から、私に一冊を贈って下さったことがあったが、吉岡さんは自著ではないからと言って、後ろの見返しにサインを入れてくれたことがあった。



高橋昭八郎さんは、献呈札に万年筆でサインをして下さっているが、私にとって、この本は高橋昭八郎さんのおかげで、より貴重なものになったのは間違いない。
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