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城戸朱理のブログ: エッセイ

2018年06月18日

例外的に小さいもの

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鎌倉に帰って、コンビニを覗いているとき、バンビことパンクな彼女が「なんでもちっちゃくてさびしいね〜」と言い出した。

そうなのだ。

ハワイのスーパーに比べるとあらゆるものが小さい。

牛乳も大きい容器だと5リッターほどのものがあるが、肉や魚の切身であれ、あるいはパックされたものでも、とにかく、アメリカでは、すべてが大きいのだ。


そんななか、カパフラ通りのSAFEWAYで、例外的に小さいものを見つけた。

何かというと卵一個分のフライパンである。

これは小さい。

本当に小さい。

あまりに小さくて玉子を焼く以外にはーー使えない。

玉子をきれいな円形に焼くためのリングも一緒に売っていたので買ってみた。


これは単身者向けなのだろうか。

それとも目玉焼きだけは、一個ずつ焼くのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 09:15| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月12日

アラモナア・センターのJ.CREW

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J.CREWは日本から撤退したが、アメリカでは完全に復活し、人気を博している。


この復活劇の立役者は、2008年にクリエイティブ・ディレクターに就任したジェナ・ライオンズ。

彼女は、それまでのベーシックなアメリカン・カジュアル路線から、クオリティを重視するシックなプレッピー・スタイルを打ち出し、J.CREWを全米屈指の人気ブランドに育て上げた。

新生J.CREWは、オバマ前大頭領一家が愛用したせいもあって、一気に勢いづいたが、私もハワイとニューヨークでJ.CREWのコレクションを見て、驚いた記憶がある。

とりわけ、レディースは、ヒップなテイストを上品さに落とし込んだ魅力的なコレクションだった。


J.CREWにはカジュアルなイメージがあるが、メンズでは、イタリアの老舗生地メーカー、カノニコなどの高級素材を使ったラドロー・スーツがファンを獲得した。

皺になりにくいハイツイストの生地を使ったラドロー・トラベラー・スーツも発表されたが、これなど出張の多いビジネスマンには最適だろう。

日本には店舗がないので、オンラインで注文するしかないが、ラドロー・トラベラー・スーツは、私も気になるもののひとつだ。



ジェナ・ライオンズは、昨年、クリエイティブ・ディレクターを退いたが、コレクションを見るかぎり、彼女が作り上げたテイストは踏襲されているようだ。




5月末のハワイは、夏休み直前で、セールの季節。


今回は、アラモナア・センターのJ.CREWで友人へのお土産を物色したのだが、自分のものも何点か購入した。

バンビことパンクな彼女が選んだのは、夏らしい藤を編んだ小さなバッグ、私はマスタード色のコットンのサマーセーターとピンクのフラミンゴが刺繍されたオックスフォード地のボタンダウンシャツ。

セーターは秋口にオリーブ色のパンツと合わせようと思ったのだが、シャツは、ハワイでなければ買わなかったかも知れない。

気になると言いながら、スーツをまったくチェックしなかったのは、やはり南国だからだろう。
posted by 城戸朱理 at 08:27| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月11日

ハワイの日系人

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今回の六泊の滞在では、ハワイの地元新聞「Star Advertiser」を毎日、チェックしていたのだが、連日、キラウェア火山噴火の記事が一面で報道されていた。

そんななか、5月26日付の一面に「GANNENMONO 元年者
150's ANNIVERSARY」という記事が。


総勢153人の日本からの移民が、初めてハワイに渡ったのは、今から150年前の1868年。

慶応4年だが、この年の秋から明治元年にかわるので、彼らは「元年者」と呼ばれる。


日系移民は、その後も増え続け、1920年ごろには、ハワイの総人口32万のうち12万を占めるほどになった。

日本にルーツを持つ人が、これだけ大勢暮らしているのは、ハワイを除けばブラジルだけだろう。


そのために「BENTO」や「MUSUBI」「FURIKAKE」は完全に現地化しているし、「SUSHI」もポピュラーで、ABCストアでも当たり前に売っている。

日本のコンビニで何種類もの寿司を売っていることがないのを思うと、ハワイのほうが、一般化したと言えなくもない。


ただし、寿司もハワイという土地に合わせて、変化している。

カハラモールでは「KuruKuru Sushi」という店があった。

その名の通り、回転寿司だが、メニューは海老と鰻の寿司ケーキ、サーモンとアボカドの寿司ケーキにソフトクリーム、カレーうどんやポケ丼と、日本人が考える寿司屋とは、まるで違う。


アラモアナ・センターにも「HONOLULU SUSHI」という店ができていた。

こちらはハワイ初の手巻き寿司の店だが、ネタは海老の天ぷらや照り焼きチキンと、およそ寿司ネタとは思えないものがある。


ハワイでは、まぐろ・サーモン・海老・アボカドのレインボー寿司がポピュラーだが、これなどは、まだ納得できるほうかも知れない。

まぐろやサーモンの握り、鉄火巻やかっぱ巻も、よく見かけるが、こちらは日本のそれと同じである。


スパムむすびに代表されるハワイのお握りは、俵形が基本だが、フードランドでは、フライドチキンむすびや真っ赤なウィンナソーセージむすびもあった。


三世、四世になると日系人は、日本語を話せない人がほとんどだと聞いたが、寿司やお握りの変容ぶりを見ると、それも分かるような気がする。
posted by 城戸朱理 at 09:11| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旅先のバッグ

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旅先では、もっと小さなバッグも持ってくるんだったと後悔することが多いので、今回はバッグを多めに用意した。


飛行機に搭乗するときと、ドレスコードのあるレストランに行くときは、オリーブのPRADAのレザートートバッグ。

これはハワイで求めた日本未入荷のモデルである。


普段、歩き回るときは、アルマーニ・エクスチェンジのブルーのキャンバス地のトートバッグを使ったのだが、これもハワイで求めたものだから、バッグがふたつも里帰りしたことになる(?)。


もうひとつ、絶対、欠かせないのが小振りの斜めがけできるショルダーバッグ。

これは朝食に行くときに携帯やルームキイを入れたり、散歩するときにはパスポートや財布を携帯するのに、ちょうどいい。

もう10年以上使っているPRADAのものだが、このバッグはロケに立ち会うときにも重宝している。


そして、プールや海に行くときに使うメッシュのリュック。

鎌倉でプールに通っていたときに愛用したエンポリオ・アルマーニだが、これも役に立った。
posted by 城戸朱理 at 09:09| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハワイに持参した靴

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ハワイに持参した靴は三足。

いずれも鎌倉にいるときは、めったに履かない靴である。


飛行機に搭乗するときは、狭いシートでも楽に過ごせるようにストレッチのホワイトジーンズにしたのだが、それに合わせたのが、ボッテガ・ヴェネタのオーストリッチのローファー。


普段はPRADAのホワイト×シルバーのスニーカーで歩き回っていた。



欧米ではドレスコードがあるので、あまりにカジュアルだと入店を断られることもある。

ハワイの場合、高級店は、襟のあるシャツに短パンではなく長いパンツ、足の甲を覆う革靴というのが一般的なドレスコードなので、GIORGIO ARMANIの白のスリッポンも持った。

この靴は薄いシングルソールなので、歩き回るときには役に立たないという間違った買い物だが、いかにもリゾート向きだし、ホテル内では重宝する。


今年の夏は、鎌倉で散歩するときも、PRADAのスニーカーを使おうと思っている。
posted by 城戸朱理 at 09:06| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月05日

シグ・オン・スミスのアロハシャツ

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ハワイで別格の扱いを受けているのが、シグ・ゼーンのアロハシャツ。

シグ・ゼーンは、ハワイ特有の植物をスケッチしては、それをシルクスクリーンで生地にプリントし、アロハシャツを仕立てる。

ひとつのパターンにつき40枚ほどしか作らないため、同じパターンには出会えない。

シルクスクリーンという技法も相まって、アートに近い扱いを受けている。


しかも、夫人が神事である古典フラ(カヒコ)の継承者であり、自らもカヒコを踊り、ハワイの精神性を重視するシグ・ゼーンは、ホノルルの商業主義を嫌い、店舗はハワイ島のヒロのみ。

ちなみにハワイアン航空の制服のアロハシャツやアメニティのポーチは、シグ・ゼーンのデザインだが、それはシグ・ゼーンが、ハワイのシンボルとして選ばれたということなのだろう。

ハワイではアロハシャツは正装だが、デヴィッド・イゲ・ハワイ州知事が愛用しているのもシグ・ゼーンである。



私は、13年前にハワイ島のキラウェア火山をトレッキングしたとき、ヒロの店舗を訪れ、シグ・ゼーンその人がお店にいたので、ご挨拶したことがある。


ところが、息子のカヒオ・ゼーン氏が、昨年、ついにオアフ島に出店した。

それが、ダウンタウンのスミス通りにあるシグ・オン・スミスで、金曜日のみの営業だが、ようやくホノルルでも、シグ・ゼーンのアロハシャツが入手できるようになったわけである。


入店したとたん、店員さんに「Nice Shrit!」と声をかけられたが、私が着ていたのは、ヒロで求めたシグ・ゼーン。

シグ・ゼーンのアロハシャツはひと目で分かる。


毎週、新作が二点ずつ入荷するそうだが、入荷したばかりという黒地にグレーのアロハと、一点だけ残っていた黒地にブルーのアロハ、2着を購入。


シグ・ゼーンは厚手のコットン地にココナッツボタンが特徴で、ボタンダウンが多い。


お店には、ひっきりなしにお客さんがやってきては、必ず何かしらを求めていく。

しかも観光客ではなく、現地の人がほとんどで、ハワイにおけるシグ・ゼーンの人気を見る思いだった。
posted by 城戸朱理 at 14:04| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マンゴー・シーズン

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ホノルル国際空港は、ダニエル・K・イノウエ国際空港と改称された。

日系二世で、第二次世界大戦に従軍し、戦後、アメリカの下院、上院議員を歴任、ハワイの発展につとめたダニエル・K・イノウエは、地元では知らない人がいないほどの名士である。


5月のハワイは、シャワーツリーが満開の季節と思っていたら、空港からホテルに向かうタクシーのドライバーが「ハワイは、今、マンゴー・シーズン」と言って、民家の軒先にマンゴーがたわわに実っている路地に回り道をしてくれた。


カハラモールにタクシーで向かうときには、やはり不思議な形の果実が実っているのを見かけたので、ドライバーに尋ねたら、グレープフルーツだという。

カハラモールのホールフーズ・マーケットでは、ハワイ産のマンゴーが、やはりハワイ産のバナナやパイナップル、パパイアとともに山積みになっていた。



ハワイは野鳥が多い。

22階のラナイ(ベランダ)にまで鳥が飛んでくる。

野鳥も、あちこちに実っている果実をついばんだりするのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 13:12| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月03日

二日続けて誕生日???

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JALのフライトは、5月23日。

私の誕生日である。


機内で映画を見ていたら、なんとキャビン・アテンダント3人が、お祝いを言いに来てくれた。

JALのマイレージに登録してあるので、誕生日が分かったのだろうが、こんなことは初めてである。


さらに、しばらくしてからチーフパーサーらしき美女が「つまらないものですが」と言って、リボンをかけたプレゼントを持ってきてくれた。

ジャンボジェットのぬいぐるみ(!)と資生堂のチーズケーキだが、ぬいぐるみには手書きのカードまで添えられているではないか!?



日付変更線を超えるので、ハワイに到着すると、またもや5月23日。


パーク・ワイキキにチェックインしてみたら、ここにも支配人からのメッセージとプレゼントのワイキキ・クッキーが。

これはバンビことパンクな彼女が、私の誕生日をコンシェルジュに伝えたためらしいが、こうして私は、生涯三度目の二日続きの誕生日を、ハワイで迎えることになったのだった。
posted by 城戸朱理 at 12:06| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月21日

ジム・ジャームッシュ「 パターソン」レビュー、その2



 それにしても、なんという静けさに満ちた映画だろうか。ニューヨークのミッドタウンならば、街の喧騒は深夜でも変わることはないが、人口十六万の地方都市、パターソンは、バーまで喧騒と無縁である。

 映像もまた、静かだ。ここで私が言う静かとは過剰なものがないということであり、全編を通して、パンとズームは、それぞれ一回ずつしか使われていない。それだけに印象深いものになっているのだが、どの場面かは、見てもらったほうがいいだろう。
 また、毎日、描かれるのが同じ時間帯の同じ場所であることも、この作品を特徴づけている。朝の室内の光。バスの車窓から見える朝の街。昼のパセイック川とグレート・フォールズ。夜の室内、そして、バー。

 その光の変容が、パターソンの一日を彩る。

 妻のローラも不思議な女性だ。家中をペイントして飾りたてているが、つねに白と黒のモノトーンで、着る服もモノトーン、通販で買ったギターも、カップケーキを焼いても、モノトーンなのだから。

 また、監督の指示通り演技しているとしか思えない愛犬マーヴィンが素晴らしい。カンヌ映画祭でパルム・ドッグを受賞したそうだが、演技するブルドッグを見たら、賞を新設しなくなる気持ちも分かる。そして、この犬が曲者なのだ。

 ローラは、パターソンを詩人として高く評価し、その詩を愛している。ところが、パターソンはノートに書くだけで、発表しようとはしないし、控えもない。ローラはノートのコピーを取るように何度も訴え、パターソンも、ようやく週末にコピーを取ることを約束する。ところが――

 土曜日に、ローラは市場にカップケーキを売りに行くが、これが好評で、二百八十六ドルの売り上げになる。それを祝って、ふたりは、古いホラー映画を見に行くのだが、帰宅してみたら、パターソンの詩のノートが粉々になって床に散乱しているではないか。

 犯人は、マーヴィンである。いつもなら地下の書斎に置いておくノートを、パターソンがソファーに置き忘れ、マーヴィンの遊び道具にされてしまったのだ。

 翌日、失意のパターソンは、散歩に出かけ、パセイック川のほとりのベンチに座っていると、日本人に声をかけられる。この日本の詩人を演じるのが、「ミステリー・トレイン」以来、二十七年ぶりのジャームッシュ作品出演となる永瀬正敏。

 日本人は、パターソンに尋ねる。「偉大な詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズをご存知ですか」と。

 このシーンでのふたりの会話は、実に興味深い。ウィリアムズのみならず、ギンズバーグ、そして、フランク・オハラといった詩人たちのことが話題になる。ちなみに、この映画の作中の詩は、オハラと同じくニューヨーク派の詩人、ロン・パジェットによるもの。
(ロン・パジェットを、この映画に推薦したのは、ジャームッシュと親交がある作家、ポール・オースターだという)

「パターソンの詩人ですか」という日本人の問いに、パターソンは「バスの運転手です。ただの運転手」と答え、自分が詩を書いていることを伏せるが、永瀬正敏演じる日本の詩人は、会話からパターソンが詩人であることに気づき、一冊のノートをプレゼントする。
「白紙のページに可能性が広がることもある」と言って。   

 パターソンのノートは愛犬によって、ボロボロになり、彼の詩は失われた。そして、パターソンは、少女の「詩を書いているの」という問いにも、日本の詩人の「あなたもパターソンの詩人ですか」という問いにも、否定の答えしか返さない。エミリー・ディキンソンがそうであったように、発表することなく、ひそかにノートに詩を書き続けるが、決して詩人とは名乗らず、そして、その詩は失われてしまう。

 それは、たんにシナリオ上の物語なのではなく、言葉にしがたいことまでも言葉にしようとする詩人という存在のメタファーなのではないだろうか。

 また、パターソン市のバス運転手にして詩人、パターソンという構造も重要だと思う。

 ウィリアムズの全五巻から成る長篇詩『パターソン』は、都市パターソンを舞台に、都市自体を擬人化して語る作品だが、この映画も、その構造を受け継いでおり、その意味では、ウィリアムズへのオマージュである以上に、長篇詩『パターソン』の映画化という要素を持っている。

 このジャームッシュの新作を見た人は、たびたび現れる双子を疑問に思うかも知れない。ウィリアムズの『パターソン』には「巨人パターソン」と「ドクター・パターソン」が登場する。それは都市の擬人化であるとともに、ウィリアムズその人の分身でもあるのだが、スクリーンに映し出される双子は、その象徴なのではないだろうか。

 詩から呼び起こされた映像という点では、アンドレイ・タルコフスキーの「鏡」やゴダールの「アワー・ミュージック」のジャームッシュ・ヴァージョンとでも呼ぶべき作品であり、いかにもワーキング・クラスらしい白いTシャツにチェックのシャツ、ネイビーのジャンパー、あるいはカントリー・ミュージックやカップケーキ、平均的なアメリカ人ならば、週に一回は深夜テレビで見るというホラー映画と、アメリカ的な記号をちりばめながら、そこに留まらない。

 言葉と沈黙が、言葉と光が、言葉と映像が測り合うかのような作品である。
posted by 城戸朱理 at 00:25| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジム・ジャームッシュ「パターソン」レビュー、その1



 舞台は、アメリカ東海岸、大西洋に面したニュージャージー州の都市、パターソン。主人公の名前も、パターソン。

 静かな映画だ。パターソン(アダム・ドライバー)は、パターソン市のバス運転手。愛する妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)、そして、ブルドッグのマーヴィン(ネリー)と暮らしている。

 パターソンの一日は、いつも変わらない。シリアルの朝食を取ると、ローラの作ってくれたサンドイッチが入ったランチボックスを持って、市場通りの車庫まで歩いていく。乗務が始まると、乗客のさまざまな会話が聞こえてくる。

 パターソンが昼食を取るのは、パセイック川のグレートフォールズ(大滝)と向かい合うベンチ。ここで、彼はノートを広げて、詩を書く。


 彼が愛するのは、二十世紀のアメリカ詩の方向性を決定したモダニズムの大詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ。ウィリアムズはパターソン市に近いラザフォードで医師として働きながら、詩を書いていたが、その作品と存在は、この映画のライトモティーフとなっている。


 仕事を終えるとパターソンは帰宅して、ローラと夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩に出かける。そして、行きつけのシェープス・バーに立ち寄って、ビールを一杯だけ飲んで帰宅する。
 バーのカウンターには、パターソン市出身の名士を称える「殿堂の壁」があり、そこには第二次世界大戦後のビート・ジェネレーションを代表する『吠える』の詩人、アレン・ギンズバーグの記事が貼られていることにも注意しておこう。
 パターソンは、ビールのうっすらとした匂いをまといながら、ローラの隣で眠りにつく。ローラは、その匂いが好きだった。

 特別なことは何も起こらない。映画は、寄り添って眠るパターソンとローラの俯瞰から毎日始まり、ビール・ジョッキから暗転して終わる一日を淡々と写していく。月曜日からの一週間を。

 だが、この映画が当たり前の日常を描いていると考えるのは間違いだろう。それは、アメリカという国、ひいては欧米社会の常識に関わっている。アメリカでは、バスの運転手のような労働者階級(ワーキング・クラス)の人間が詩を書くというのは、きわめて特殊なことと見なされる。実際、私の知るアメリカの詩人は、父親から、ワーキング・クラスの人間が詩なんか書くんじゃないと厳しくたしなめられ悩んでいる詩人がいることを語ってくれたことがあった。

 劇中、木曜日に、パターソンが詩を書く少女と出会う場面がある。パターソンは、少女の詩に感銘を受けるのだが、十九世紀のアメリカの詩人、エミリー・ディキンソンのことを尋ねられ、「好きな詩人のひとりだ」と応えるパターソンに、「クールね。ディキンソンが好きな運転手さん」と少女が言う、そのセリフの重さは、そうした社会的背景を意識すると、より鮮やかなものになるだろう。

 ジャームッシュが描く、ワーキング・クラスでありながらアーティストであるというパターソンは、その意味では、特異な存在なわけであって、だからこそ、彼は日々の出来事のなかから、豊かな詩を汲み上げていく。つまり、パターソンという詩人にとって、一見、当たり前に見える日常は、事件に満ちたものなのだ。

 さらに、全編のライト・モティーフになっているウィリアムズのことについても語っておこう。
 ウィリアムズは、事物や事象を直接的に表す、言葉によるスナップショットのような短詩を書く詩人としてスタートした。土曜日にローラが好きだというウィリアムズの詩をパターソンが朗読する場面があるが、そこで選ばれた詩「言っておくね」は、初期のウィリアムズの代表作である。

 また、水曜日にマーヴィンを連れて、夜の散歩に出かけたパターソンが、コインランドリーで、ラップ調に詩作をしているメソッド・マン(クリフ・スミス)と出会うが、そこでメソッド・マンが歌う「No ideas, but in things(観念は事物のなかにしかない)」というフレーズは、ウィリアムズが生涯をかけた長篇詩『パターソン』のなかの一節であり、ウィリアムズの詩的命題として知られている。

 いや、もっと象徴的なのは、月曜日にバスに乗り込んできた黒人の子供ふたりの会話かも知れない。

「ハリケーン・カーターは有名なボクサーだ。パターソンに住んでいた」

「デンゼル・ワシントンに似てた」。

 何気ない会話だが、殺人の冤罪で投獄され、19年を獄中で過ごしたボクサー、ルービン・ハリケーン・カーターの半生は、「ザ・ハリケーン」(一九九九、ノーマン・ジェイソン監督)として映画化され、話題を呼んだが、主演をつとめたのがデンゼル・ワシントンで、この演技によって彼は、アカデミー主演男優賞を獲得している。

 その劇中、流れる印象的なテーマ曲が、ボブ・ディランの「ハリケーン」だった。

 アルバム「欲望」(一九七六)に収録されているディランの「ハリケーン」は、まさに、ルービン・カーター事件の冤罪を訴えるプロテスト・ソングだが、このアルバムは、ディランのなかでも特筆すべきもので、ライナーノーツを、詩人、アレン・ギンズバーグが書いている。そして、ギンズバーグは、そのなかで、ウィリアムズについて、次のように語っている。



この近くで、死ぬ前に、医師にして詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズは言った。
「新しい世界とは、新しい精神にほかならない」と。
そして、彼が生涯を生粋のニュージャージー語を取り戻すことに賭けたおかげで、
後続の詩人たちは、「タフな鋼鉄」のような語りのリズムで歌えるようになった。(拙訳)



ここでギンズバーグが語っていることは、きわめて重要である。アメリカの詩は、当然のことながらイギリスの影響下にあったわけだが、ウィリアムズの生涯を賭けた詩的実験によって、アメリカの詩は、英国的な英語、ブリティッシュ・イングリッシュの規範から逃れ、初めて、アメリカ語たるアメリカン・イディオムによる、口語的な語りのリズムの詩が実現したわけであり、黒人の子供の会話は、ウィリアムズからギンズバーグ、そして、ボブ・ディランという二十世紀アメリカ詩の潮流を示すものとなっている。

 それは、ジャームッシュが考える詩史なのだろうし、パターソンが書く詩も、タフで鋼鉄のような口語の語りのリズムを持っている。
 ちなみに、ギンズバーグの『吠える』に「ご婦人がた、ドレスの裾をからげなさい。これから地獄を通るのだ」というセンテンスで終わる名高い序文を寄せたのが、ウィリアムズだった。(つづく)
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ジム・ジャームッシュ「パターソン」レビュー、オリジナル原稿公開



昨年、公開されたジム・ジャームッシュ監督による「パターソン」は、主人公が詩を書いているバス運転手、彼が愛するのが20世紀アメリカ詩の巨星ウィリアム・カーロス・ウィリアムズという設定で、全編に詩がちりばめられ、詩への愛に満ちた傑作だった。


私は「映画芸術」の依頼で、幸いにもレビューを執筆する機会を得た。

この原稿は、ゲラが出た段階で、字数がオーバーしているのが判明し、出来るかぎり削ったので、掲載された原稿は、オリジナルの三分のニの長さになった。

私が文字量を間違えるのは、きわめて珍しいが、超過してしまったのは、それだけ書きたいことがあったということにほかならない。

本ブログにオリジナルの原稿を掲載するので、アメリカ文化に関心がある人、映画を愛する人、そして、詩を愛する人は、ぜひジャームッシュの「パターソン」を見てもらいたいと思う。
posted by 城戸朱理 at 00:21| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月13日

家庭内埋蔵金???




遺品整理や汚部屋、ゴミ屋敷の清掃業者によると、裕福な家庭では一万円札の束が仏壇から出てきたりするのに対して、低所得の家庭ほど、あちこちから小銭が出てくる傾向があるのだとか。

どちらも家庭内で、その存在を忘れられてしまったお金なわけだが、あるファイナンシャル・プランナーが「家庭内埋蔵金」という言葉を使っていて、のけぞったことがある。

まるで奥州藤原氏の埋蔵金や徳川埋蔵金のお仲間のようだが、もちろん、そんな大袈裟な話ではない。


つい、しまいこんでしまいがちな商品券や小銭貯金などのことだった。


わが家にもあるのだろうかと思って、チェックしてみたところ、たしかにある。


祝い事のために取ってある折り目のないお札と500円玉貯金。

ただし、500円玉は、バンビことパンクな彼女のお小遣いに消えてしまうので埋蔵金とは言えないかも知れない。


だが、失念していたデパートの商品券は、6万円分もあった。

商品券にお札、500円玉貯金に、海外に行ったときのドルやユーロ、元やウォンなどの外貨を合わせると20万くらいにはなるかも知れない。


埋蔵金なら本当に埋めたほうが面白いが、埋めるほどの額でもないし、商品券でバンビことパンクな彼女に何か買ってあげようと思ったら、バンビは「城戸さんがトランクを新調するのに使うといいんじゃない?」と言うではないか。


たしかにトランクは買い換えなければならないが、家庭内埋蔵金がトランクに化けるかと思うと愉快である。
posted by 城戸朱理 at 11:42| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月02日

bambi in Vivienne Westwood!?

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ここのところ、あれこれと出費がかさんでいるのを知っているバンビことパンクな彼女が「ヴィヴィアンを買ってくれなくてもいいよ。我慢のコだよー」と言い出した。

バンビなりの心配りはありがたいが、夏物は洗濯の頻度が高いので痛みやすい。

以前から補充してあげようと思っていたので、盛岡でヴィヴィアン・ウェストウッドを覗いたとき、涼しげなプリント・ワンピースを買ってあげることにした。

今期のS&Sコレクションのカタログの表紙になっているワンピースである。

ワンピースに合わせて、何とも微妙な色合いのブルーのカーディガンも購入。

カーディガンは、インポートのイタリア製である。



今回の東京滞在中にヴィヴィアン・ウェストウッドに寄ったのは、プリント・ワンピースと同じデザインの黒のワンピースがお目当てだったのだが、
ほかにも目を引くものがあったので、あれこれ試着してみて、ドレープが美しい黒のワンピースとウサギがプリントされたワンピース、計3着を購入することにした。

これで、今年の夏もバンビはパンクなヴィヴィアン暮らしが送れることだろう。



「いいコにしてたら、いいものをたくさん買ってもらえたなあ!」



こういうときだけ「いいコ」になるのはバンビの得意技だが、体調もようやく回復してきたし、新しいヴィヴィアンを着て、バンビは、前衛活動(?)にいそしむことになるのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 14:23| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月01日

変な買い物、その2〜タータンチェックの風呂敷

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イギリスから来た友人が帰国するとき、お土産に風呂敷を渡そうと、ISETANの呉服売場を見ていたら、思いっきり、場違いなオーラを放っている風呂敷を見つけた。

タータンチェックの風呂敷、しかもISETANの紙袋の柄ではないか!?


風呂敷は、講演会のときに資料や本をまとめたり、トランクに衣類をパッキングするときにも重宝するので、わが家では使用頻度が高い。


バンビことパンクな彼女が面白がって購入したのだが、これで包むと、何でもISETANで買ってきたように見えてしまうという奇妙な風呂敷である。
posted by 城戸朱理 at 17:54| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月29日

変な買い物、その1〜漢字のTシャツ

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欧米人は、なぜか漢字好きが多い。

画数の多い不思議な形に東洋へのエキゾティズムを感じるのだろうか。


フランスで庵野秀明監督「新世紀エヴァンゲリオン」が受けた理由のひとつに、スタイリッシュな漢字の処理があったそうだ。



先月、京都で脚に「お母さん」とタトゥーを入れたドイツ人を見かけた。

意味が分かって入れているのだろうが、日本人の感覚には馴染まない。


ハワイのアラモアナ・ビーチの駐車場では、首に「畜生」というタトゥーを入れた青年がいたが、こちらは、そんな卑下しなくてもと同情してしまった。


もっとも、日本人も、とんでもない英語をプリントしたTシャツを着ていることがあるので、異文化の理解とは、誤解のうえに成り立っているのかも知れない。



バンビことパンクな彼女はカナダ在住の友人からプレゼントされた傑作なプリントTシャツを持っている。

漢字で「定休日」とプリントされたヤツで、これを着ていると、誰もが「この人は今日、休みなんだ」と思わず納得してしまうという優れ物(?)である。


一方、私が部屋着にしているTシャツは「召喚」とプリントされている。

私が第一詩集『召喚』を刊行したとき記念に作ったもの、ではなくて、盛岡のアメカジと古着を扱う店の店頭にディスプレイされていたのだ。


つまり、偶然の一致なのだが、買わないわけにはいかない。

いや、別に買わなくてもいいのだが、ついふらふらと買ってしまったのだ。


困ったものである。
posted by 城戸朱理 at 12:53| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月26日

他人の悪口ばかり言っている人と出会ったら



どうしたことか、口を開くと、他人の悪口ばかり言う人がいる。

これが、話の途中で、そうした話が出るというのならともかく、30分、一時間と悪口が続くと、もはや病的で、聞いているだけでも胸が悪くなる。


人間の感情や本能を司る古い大脳皮質は、文章の主語を理解できないので、悪口や批判ばかりを口にしていると、脳は自分のことを悪く言われているように錯覚し、海馬が萎縮するため、
悪口や批判ばかり口にしている人は、そうでない人に比べると、認知症になる比率が圧倒的に高いそうだ。


自分で自分を傷つけているようなものだが、聞いているほうも不快このうえない。


そうしたことは、個人の性癖のようなものかと思っていたら、精神医学では病例とされるケースもあることを知った。



それが、自己愛性人格障害である。

これは幼少期に何らかの欠落感、家庭なりジェンダーなりに、人間として何かが欠けているという劣等感を抱いた人間が陥るものらしく、コンプレックスの裏返しとして、自分は特別な存在だと思い込もうとする。


ところが、その優越感には、何の根拠もない。

そこで自己愛性人格障害は、他者の悪口を執拗にいい続けることで、相対的に自己評価を高めようとする。

心理学では、他者の悪口ばかり言う人は、自分に自信がなく、誰かを貶めることで自己を保とうとしているとされているが、自己愛性人格障害は、コンプレックスの裏返しであるにもかかわらず、
自分が正しく、才能があると思い込んでいるものだから、過去の記憶も自分に都合がいいように改竄し、自己正当化のためなら平気で嘘をつく傾向があるという。

劣等感から他者からの評価に敏感で、嫉妬深く、他人が自分に従うべきだという特権意識から、他人を自分の意のままにコントロールしようとするが、他者への共感は薄い。


もちろん、こんな人間が好感を持たれるはずはなく、迷惑なだけだが、本人自身が自分の異常性に気づくことはないというのだから始末におえない。


自己愛性人格障害は、自信に満ち、尊大で、一見、魅力的に見えるケースが多いという。

すべてはコンプレックスから始まっているのに、特別でも何でもない人間が、自分は特別だと思い込む悲劇。

問題なのは、誰にとって悲劇かということだ。


自己愛性人格障害にとって、その行動はすべて自分のため、自分の利益のためであり、他人はその実現のための道具にすぎない。

迷惑を被るのは、たまたま自己愛性人格障害と出会ってしまった人である。


自己愛性人格障害は、特定のターゲットを決め、悪口雑言を言い続ける傾向があるという。


正論めいたことを口にするわりには、もっぱら誰かの悪口ばかり言っている人と出会ったら、自己愛性人格障害を疑う必要がある。


そして、そうした人とは関わりを持たないのが、正解だろう。
posted by 城戸朱理 at 11:50| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月21日

ホテルの備品について

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日本のホテルなら、お湯を沸かす電気ポットは必ずあるが、海外のホテルだと、ポットがないことも珍しくない。

そこで海外に行くときは、どの国でも使える電気ポットを持参するようにしているのだが、逆に海外、とりわけ欧米のホテルでは部屋ごとにあるのに、日本ではあまりお目にかからないのが、アイロンとアイロン台である。


日本では洋服ブラシ、靴べら、近年では消臭剤が常備されているが、海外では消臭剤は見かけたことがない。


ちなみにアメリカのホテルだと、備品を勝手に持ち帰る宿泊客があまりに多いので、出来るだけ何も置かないようにしているところもあるそうだ。


日本のホテルは、1、2泊であれば不自由を感じることはないが、一週間以上の滞在となると、靴のメンテナンスに問題が生じる。

行く場所によっては、埃まみれになることもあるし、雨に降られて濡らしてしまうこともあるからだ。


そこで、最近は最小限のメンテナンスの道具を持つことにしている。

埃をはらう馬毛のブラシとモウブレイのアニリン・カーフクリーム、それに靴磨き用の布である。

基本的にはブラッシングとから拭きだけで充分だが、必要に応じてクリームを使う。


今回はスーツに合わせるルイ・ヴィトンのストレートチップ、ほかにはPRADAのローファーとスニーカーを持参した。

ローファーはジャケット用、スニーカーは室内用である。


話は違うが、こうしたヨーロッパのメゾンの靴は、デザインの面白さはあるものの、価格とのバランスを考えると、割高感があるのは否めない。


若い人が革靴を買う場合は、まず専業メーカーの靴を買うのをおすすめする。

イギリスやイタリアでは職人技が息づく良質な靴が作られているが、幸いにも日本には、堅牢なグッドイヤー製法の靴を作り続けているREGALのようなメーカーがある。

日本のビジネスマンの足元を支えてきたメーカーだが、グッドイヤーの靴を、当たり前のように大量に供給しているメーカーは世界でも例がないのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 22:13| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月20日

お小遣いの行方?

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芝不器男俳句新人賞の選考委員の謝礼を現金でいただいたので、ホテルの部屋で改めていたところ、後ろに異様な気配を感じた。

バンビことパンクな彼女が、お小遣いがもらえるかも知れないと思って、「はーはー」興奮していたのである。

仕方がないので、2万円だけあげることにした。



「んふ!
お小遣いがもらえるかなあと期待していたら、ホントにもらえたよ!」



バンビは大喜びで、パタパタと出かけたのだが、さっそく雑貨屋で奇妙なものを買い込んできたではないか。


何なんだ、このロボットみたいなヤツは?


「これは電池を入れるとLEDで光るロボットなんだよ!」
・・・

「ひとつあげようか?」
・・・・・・

その前に置いてあるウサギと猿は?

「ゼンマイで動く動物のオモチャだよ!
不気味に可愛いから連れて帰ってきたんだよ!」
・・・

「あと、不気味なセルロイドの人形もたくさん買ったんだよ!」
・・・・・・


何に使う気かは分からないが、何やら使途不明、かつ不気味なオモチャばかり買い込んできたのである。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 16:52| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月15日

一週間のワードローブ

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今回の京都は、六泊七日。

一週間分の着替えを持たなけれならないが、バンビことパンクな彼女に、身軽に動けるように、少なめの荷物にしようと言われたので、私も着替えを減らし、ジャケット1着とスーツ2着を持つことにした。

スーツを着て京都に向かうわけだから、トランクにパッキングするのはスーツとジャケット各一着ということになる。



持参したのは、花冷えに備えてGIORGIO ARMANIの黒のカシミアジャケット。

これには、オークル色のウールパンツを会わせる。


スーツは、黒のGIORGIO ARMANIとチャーコール・グレイのブリオーニ。

熟練した職人の手縫いとアイロンワークで作られるクラシコ・イタリアの最高峰、ブリオーニのスーツは、super150'sで、やや薄手になる。


ほかにアルマーニのチノパンツとデニム、白のドレスシャツを5枚持ち、適宜、クリーニングに出していたのだが、今回は天候に悩まされた。


京都に着いてから2日間は、25℃超の夏日で、夏物が必要な暑さだったし、最後の2日間は寒の戻りで氷雨も降り、コートやニットが必要な寒さ。


春先の旅は、着るものが難しい。

今年は暖かくなるのが早かったものだから、油断したのが失敗で、この時期は、念のために夏物ひと揃いとコートも持つべきだった。


花の季節を京都で過ごすのは今年で6年目になるが、いまだに万全とは行かないようだ。
posted by 城戸朱理 at 08:35| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月04日

盛岡の光原社

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盛岡の光原社は、私にとって、もっとも懐かしい店のひとつだ。

宮澤賢治が命名した光原社は、賢治の同級生だった及川四郎が創業した民芸店で、漆器の自社工房を持ち、棟方志功や芹澤_介らが足しげく通って作品を残している。

また、賢治の『注文の多い料理店』を刊行したのも光原社で、中庭には記念碑がある。


光原社では、日本のみならずアンティークも含む世界の民芸品を扱っており、私の両親は毎週のように通っては、気に入ったものを求めていたので、実家の食器を始めとする什器は、そのほとんどが光原社で求めたものだった。


私も椀や茶托、文箱など光原社の漆器を手元に置いて使っている。

今回はバンビことパンクな彼女が、同僚に贈る記念品を探していたのだが、結局、光原社で刺し子の小風呂敷を選んだ。


私は、本店で晩酌のときの酒器用に自社工房製の三色盆を求め、さらに北ホテル一階にある支店の「北の光原社」で、実にいい形の角盆を求めた。

光原社での買い物は、いずれ紹介したい。


本店中庭の可否館で、バンビとコーヒーを飲みながら小憩したのだが、欠けたコーヒーカップや割れたシュガーポットも、丁寧に金継ぎして使い続けている。

こんなふうに長く使えるものだけを身近に置いて暮らせたら、それがもっとも好ましいことなのではないだろうか。


本店では先代の奥さまと、北の光原社では吉田さんとお話したのだが、私が名乗っただけで、おふたりとも私の両親の思い出を語ってくれたのが嬉しかった。
posted by 城戸朱理 at 18:01| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする