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城戸朱理のブログ: エッセイ

2018年09月01日

「カメラを止めるな!」(上田慎一郎監督)



8月30日に三田のフレンチに招待されたので、バンビことパンクな彼女と相談し、東京に行く前に、横浜の109CINEMASで、話題の「カメラを止めるな!」(上田慎一郎監督)を見ることにした。

ずっと見たいと思っていたのだが、製作費300万円、しかも内150万円はクラウドファンドで集めたという低予算ながら、今や、全国200館以上で上映され、観客動員100万人を突破した破天荒な記録破りの作品である。


しかも、いきなり37分ものワンカット・ワンシーンのゾンビものサバイバルスリラーから始まる新機軸。

当然、カメラは手持ちだから画面は揺れるし、自主制作っぽいキッチュさがあるのだが、それからが爆笑の渦。

ワンカット・ワンシーンの奇妙な間の種明かしがされていくのだが、前代未聞、一度かぎりの方法が大当たりしたとしか言いようがない。

これはゾンビ映画なのか、それともコメディなのか、はたまた映画愛がテーマなのか。

笑いっぱなしで、お腹が痛くなった。


2度目を見に行ったら、シリアスなはずの前半37分でも、笑いをこらえられないだろう。


ちなみに「幻を見るひと」がモントリオール世界映画祭に招待され、現地入りした井上春生監督は、モントリオールで「カメラを止めるな!」の撮影をした曽根剛さんと意気投合、動画まで送ってくれたが、曽根さんは、よく全力疾走までして37分の撮影をしたものだと感心した。

曽根さんは途中でこけたりもしているのだが、それさえも笑いに転化するアイデアが素晴らしい。


見終わってからもしばらくは、笑いが込み上げてくる作品だった。


ハリウッドでのリメイクが決定している韓国映画「新感染 ファイナル・エクスプレス」(ヨン・サンホ監督)がシリアスなゾンビ映画の新機軸だったとすると、
上田慎一郎監督の「カメラを止めるな!」は、「ショーン・オブ・ザ・デッド」(エドガー・ライト監督)以来のゾンビ・コメディの傑作だろう。


それにしても、ゾンビ映画の裾野の広さには、驚くしかない。

ジョージ・A・ロメロ監督が創造した「生きている死者」は今や映画のみならず、さまざまな領域で、ひとつのジャンルを形成している。

それは、20世紀が生み、21世紀になっても成長を続ける、この時代の「恐怖」の形なのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 13:17| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月28日

シャツより軽いジャケット

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この酷暑でも、仕事となると、スーツはともかく、ジャケットが必要になることがある。

京都に持っていったのは、裏地など副資材をいっさい省いた、シャツより軽いジャケット。

先月、仕事で東京に滞在していたとき、ISETANのEMPORIO ARMANIで、ジャケットの内側にかけてあるブルーグレイのリネンのショーツと一緒に購入したものである。



アルマーニは今年から、アルマーニ・コレツィオーニとアルマーニ・ジーンズをEMPORIO ARMANIに統合し、コレクションラインのGIORGIO ARMANI、セカンドラインのEMPORIO ARMANI、ファストファッションのARMANI EXCHANGEの3ラインにまとめたので、
かつてのアルマーニ・コレツィオーニの売場はEMPORIO ARMANIに、アルマーニ・ジーンズの売場はARMANI EXCHANGEにかわった。


私としては、それを確認するだけでよかったのだが、バンビことパンクな彼女が「たまには自分のものを買うといいんじゃない?」と言うので、いちばん涼しそうなジャケットと短パンを選んだのだった。


日々、やらなければならないことが山積しているので、私もバンビも買い物を目的に出かけることは、まったくと言っていいほどない。

京都に行ったら、四条烏丸の東急ハンズで文具類を、東京に滞在するときはデパートを覗いたり、ヴィヴィアン・ウェストウッドでバンビの買い物をするのだが、このジャケットだけは買っておいてよかったと思う。

たたむと週刊誌よりもかさばらないし、何よりも、この猛暑では少しでも涼感があるほうがありがたい。
posted by 城戸朱理 at 10:26| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月25日

アレン・ギンズバーグのカメラ

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アレン・ギンズバーグは、その晩年に写真展を開催したが、それは紙焼きした写真の下の余白に手書きの言葉を添えたものだった。


ジャーナリズムの世界では、新聞や雑誌に写真を掲載して、何が起こったのか、言葉で説明する手法を「絵解き」と呼ぶ。

写真だけでは、本当は何が起こったのか分からなくても、その写真が何かの事件発生の直前であるとか、事後であるといった記事を読むことで、読者は言葉で納得したことであるのに、写真をその決定的な証拠と思い込んでしまう。

それが、報道の「絵解き」なのだが、ギンズバーグの場合は、まったく違う。

それは写真の説明なのではない。

写真と言葉が一体となって、別の世界が立ち上がっていくのだ。



ギンズバーグの写真はワタリウム美術館の「理由なき反抗」展でも展示されていたが、なかには鏡の前に全裸で立って撮影したセルフ・ポートレートがあった。

当然、そこにはギンズバーグが使っていたカメラも写っているのだが、バンビことパンクな彼女が、写真家だけに機種を確認したらしい。



「ギンズバーグが使っていたカメラは、OLYMPUSだったよ!
バリアをスライドさせるとレンズが出てくるカメラなんだけど、城戸さんが持っているヤツじゃない?」


さっそく出して確認してみたら、まさしくギンズバーグが使っていたOLYMPUS XAだった。

絞りとピントをマニュアルで調整するコンパクトカメラである。

まだ20代だったころ、松尾芭蕉の『奥の細道』をなぞる旅をしたときに使ったりしたカメラだが、30年以上たった今でも使える。


現在のデジタルカメラのように、シャッターを押せば誰にでも写せるというものではないが、フィルムカメラとしては扱いやすく、一時期、愛用したものだった。



「フィルムを入れて、これで漂流物を撮ってみたら、どうかな?」とバンビ。



たしかに、マニュアルのフィルムカメラには、デジタルのようにやり直しが効かないという緊張がある。

しかも現像するまで、どんな写り方をしているのかも分からない。


子供のころ、父が現像をする手伝いをよくしたが、暗室のなかで、印画紙に浮かび上がってくる画像は、新たに世界と出会うような驚きがあった。


このカメラを持って、海辺を歩く日が、いずれ来るのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 10:01| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月24日

京都ロケの靴

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京都駅の八条口に出たとたん、いきなり熱波に襲われた。

鎌倉は暑いといっても最高気温が33℃を記録するていど。

さすがに気温が35℃を超えると、液体を呼吸しているような感覚である。

アスファルトの輻射熱で、実際の気温は40℃超だろうから、お風呂に入っているのと変わらない。


こうなると仕事のとき以外は、ポロシャツと短パンで過ごすしかないし、足元も気楽なものにしたくなる。


ふだんは、今季、よく履いているPRADAのスニーカー。

ロケのときだけは、革靴にしたが、それも20年近く愛用しているGUCCIのアイコン、ビットモカシンで、紐を結ぶ必要がない。


そして、ホテル内ではビーチサンダル。

ついに海でもないのに、ビーチサンダルまで持ち出してしまった。


私が持っている靴でも、もっとも気楽なラインナップだが、こう暑くては、普通の革靴でも履く気にならない。


鎌倉に戻ってから2日ほどは、さわやかな日になったが、またもや猛暑が戻ってきてしまった。

いったい、いつまで、この苛酷な夏は続くのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 13:13| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月15日

こけち銀行???

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外泊が続くと、どうしても出費がかさむ。

すると、バンビことパンクな彼女がーー



「城戸さんにいつも出してもらってるから、次はこけち銀行が出そうか?」


「こけち」はバンビ語で「こけし」のこと。

しかも、銀行と言っているのは、バンビのお財布なのである。


「でも、こけち銀行はちっちゃいからね、あんまり沢山は出せないんだよ!」


当たり前である。

こけち銀行=バンビのお財布に入っているのは、バンビのお小遣いなのだから。


バンビ国は、すぐに財政破綻しそうになるし、こけち銀行は、すぐに残高ゼロになるから、注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 06:57| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月10日

葬儀のアポリア



義父の四十九日を8月3日に執り行うことになった。

義父は自分の葬儀などの希望をノートに書き残しておいてくれたので、葬儀は義父の実家が四百年ほど檀家になっているお寺にお願いしたのだが、自分は無神論者なので、葬儀のあとはいっさい何もしなくていいと義父は書き残していた。

しかし、葬儀をした以上は仮位牌がある。

本来ならば、四十九日の法要で仮位牌から本位牌に御霊を移さなければならない。


義母が迷っていたので、家族だけで四十九日を営み、私がお経を読むことにした。

幸いなことに、仏教を研究する課程で、般若心経や真言は暗記しているし、僧侶の友人もいる。

石田瑞穂くんが真言宗智山派の智山勤行式を送ってくれたし、四十九日に詠む真言宗のお経を友人に教えてもらって、四十九日に臨んだ。



高齢化の影響で、葬儀は小規模・低予算化が進んでいるそうだが、その背景には葬儀社の不透明な価格設定や高すぎる料金に対する遺族の不満がある。

2012年に消費者庁が調査に乗り出してから、行政による葬儀社への警告は活発になったが、パックプランをうたいながら、さまざまなオプションで追加料金が発生するケースが多く、まだまだ不透明なところも多いらしい。

遺族はかなしむ余裕さえないというのが現実で、何のための葬儀か分からなくなる。
posted by 城戸朱理 at 08:45| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月06日

白いシーツと白いタオルと



わが家の洗面所には、厚手の白いタオルが10枚ほどバスケットに入れて置かれている。

無印良品のフェイスタオルで、使ったら、そのまま洗濯機に放り込むのだが、冬にバスタオルをラルフ・ローレンで新調したとき、チェックのフェイスタオルも買ったので、バンビことパンクな彼女が「白いタオルは傷んだら雑巾にして、いずれラルフ・ローレンに交換したらどうかな?」と言い出した。


猛暑日が続くだけに、一日で使うタオルの量も半端ではない。

少しずつ、新しいタオルに交換していったら、気持ちがいいかも知れない。


バンビは白いシーツを一週間分買い込み、頻繁にシーツを交換している。


「この猛暑だから、洗い立てのさらっとしたシーツで、よく眠れるようにするんだよ!
毎日、交換したらどうかな?」


たしかに洗い立てのシーツは気持ちがいいが、今年の記録的な猛暑は、それでも耐え難いものがある。

シーツもタオルも、洗って干すとあっという間に乾いてしまうのが、せめてもの救いだが、そういえばインドのガンジス川中流域を旅したとき、昼食のあとシャツを洗って屋外に干すと30分ほどで乾いたのを思い出した。

今や、日本もインド並みかと思って、インドの気温を確認してみたら、日本のほうが暑いではないか!

日本は熱帯ではなく、超熱帯になってしまったようだ。
posted by 城戸朱理 at 22:14| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月05日

酷暑の熱中症対策

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自然災害レベルの酷暑が続いている。

気象庁気象研究所の荒木健太郎さんのツイートによると、熱中症による死亡者は毎年約500名、今年と同様、記録的な猛暑だった2010年には1745名に達したそうだ。


そうなると、たしかに自然災害としか言いようがない。

例年ならば、熱中症対策は、こまめな水分補給だが、今年は水分だけではなく塩分の補給も呼びかけられている。

発汗によってナトリウムが失われると、体内のナトリウム濃度を一定に保つため、水分が汗として体外に放出されるので、脱水症状を起こし、熱中症になりやすくなるためだが、もうひとつ注意しなければならないのがアルコールの摂取だ。

猛暑のなか、過度の飲酒をすると、アルコールを分解するために体内の水分が使われ、やはり脱水症を起こしやすくなる。


先日、東京の立川駅で、20代、学生とおぼしき若者が熱中症を起こしかけていたのに遭遇した。

様子がおかしいのに気づいたバンビことパンクな彼女は、常時、携帯している梅干しの錠剤を渡し、すぐに駅員を呼びに行った。

若者は、ミネラルウォーターを持っていたので、水を飲むように促し、私が雑誌を団扇がわりにしてあおいでいたら、やはり若い男性と女性が足を止め、扇子で風を送ってくれた。

若者は、昨夜、飲みすぎたと語っていたので、脱水症状になりかけていたのだろう。


体力のある若者でさえ、熱中症になることがあるのだから、高齢者や子供はさらに注意する必要がある。


日傘を持つと、木陰を持って歩いているようなものらしく、だいぶ楽になるそうだが、私もこの数年、かぶることのなかった帽子を外出時にはかぶるようにしている。
posted by 城戸朱理 at 13:27| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

例外的に小さいもの

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鎌倉に帰って、コンビニを覗いているとき、バンビことパンクな彼女が「なんでもちっちゃくてさびしいね〜」と言い出した。

そうなのだ。

ハワイのスーパーに比べるとあらゆるものが小さい。

牛乳も大きい容器だと5リッターほどのものがあるが、肉や魚の切身であれ、あるいはパックされたものでも、とにかく、アメリカでは、すべてが大きいのだ。


そんななか、カパフラ通りのSAFEWAYで、例外的に小さいものを見つけた。

何かというと卵一個分のフライパンである。

これは小さい。

本当に小さい。

あまりに小さくて玉子を焼く以外にはーー使えない。

玉子をきれいな円形に焼くためのリングも一緒に売っていたので買ってみた。


これは単身者向けなのだろうか。

それとも目玉焼きだけは、一個ずつ焼くのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 09:15| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月12日

アラモナア・センターのJ.CREW

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J.CREWは日本から撤退したが、アメリカでは完全に復活し、人気を博している。


この復活劇の立役者は、2008年にクリエイティブ・ディレクターに就任したジェナ・ライオンズ。

彼女は、それまでのベーシックなアメリカン・カジュアル路線から、クオリティを重視するシックなプレッピー・スタイルを打ち出し、J.CREWを全米屈指の人気ブランドに育て上げた。

新生J.CREWは、オバマ前大頭領一家が愛用したせいもあって、一気に勢いづいたが、私もハワイとニューヨークでJ.CREWのコレクションを見て、驚いた記憶がある。

とりわけ、レディースは、ヒップなテイストを上品さに落とし込んだ魅力的なコレクションだった。


J.CREWにはカジュアルなイメージがあるが、メンズでは、イタリアの老舗生地メーカー、カノニコなどの高級素材を使ったラドロー・スーツがファンを獲得した。

皺になりにくいハイツイストの生地を使ったラドロー・トラベラー・スーツも発表されたが、これなど出張の多いビジネスマンには最適だろう。

日本には店舗がないので、オンラインで注文するしかないが、ラドロー・トラベラー・スーツは、私も気になるもののひとつだ。



ジェナ・ライオンズは、昨年、クリエイティブ・ディレクターを退いたが、コレクションを見るかぎり、彼女が作り上げたテイストは踏襲されているようだ。




5月末のハワイは、夏休み直前で、セールの季節。


今回は、アラモナア・センターのJ.CREWで友人へのお土産を物色したのだが、自分のものも何点か購入した。

バンビことパンクな彼女が選んだのは、夏らしい藤を編んだ小さなバッグ、私はマスタード色のコットンのサマーセーターとピンクのフラミンゴが刺繍されたオックスフォード地のボタンダウンシャツ。

セーターは秋口にオリーブ色のパンツと合わせようと思ったのだが、シャツは、ハワイでなければ買わなかったかも知れない。

気になると言いながら、スーツをまったくチェックしなかったのは、やはり南国だからだろう。
posted by 城戸朱理 at 08:27| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月11日

ハワイの日系人

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今回の六泊の滞在では、ハワイの地元新聞「Star Advertiser」を毎日、チェックしていたのだが、連日、キラウェア火山噴火の記事が一面で報道されていた。

そんななか、5月26日付の一面に「GANNENMONO 元年者
150's ANNIVERSARY」という記事が。


総勢153人の日本からの移民が、初めてハワイに渡ったのは、今から150年前の1868年。

慶応4年だが、この年の秋から明治元年にかわるので、彼らは「元年者」と呼ばれる。


日系移民は、その後も増え続け、1920年ごろには、ハワイの総人口32万のうち12万を占めるほどになった。

日本にルーツを持つ人が、これだけ大勢暮らしているのは、ハワイを除けばブラジルだけだろう。


そのために「BENTO」や「MUSUBI」「FURIKAKE」は完全に現地化しているし、「SUSHI」もポピュラーで、ABCストアでも当たり前に売っている。

日本のコンビニで何種類もの寿司を売っていることがないのを思うと、ハワイのほうが、一般化したと言えなくもない。


ただし、寿司もハワイという土地に合わせて、変化している。

カハラモールでは「KuruKuru Sushi」という店があった。

その名の通り、回転寿司だが、メニューは海老と鰻の寿司ケーキ、サーモンとアボカドの寿司ケーキにソフトクリーム、カレーうどんやポケ丼と、日本人が考える寿司屋とは、まるで違う。


アラモアナ・センターにも「HONOLULU SUSHI」という店ができていた。

こちらはハワイ初の手巻き寿司の店だが、ネタは海老の天ぷらや照り焼きチキンと、およそ寿司ネタとは思えないものがある。


ハワイでは、まぐろ・サーモン・海老・アボカドのレインボー寿司がポピュラーだが、これなどは、まだ納得できるほうかも知れない。

まぐろやサーモンの握り、鉄火巻やかっぱ巻も、よく見かけるが、こちらは日本のそれと同じである。


スパムむすびに代表されるハワイのお握りは、俵形が基本だが、フードランドでは、フライドチキンむすびや真っ赤なウィンナソーセージむすびもあった。


三世、四世になると日系人は、日本語を話せない人がほとんどだと聞いたが、寿司やお握りの変容ぶりを見ると、それも分かるような気がする。
posted by 城戸朱理 at 09:11| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旅先のバッグ

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旅先では、もっと小さなバッグも持ってくるんだったと後悔することが多いので、今回はバッグを多めに用意した。


飛行機に搭乗するときと、ドレスコードのあるレストランに行くときは、オリーブのPRADAのレザートートバッグ。

これはハワイで求めた日本未入荷のモデルである。


普段、歩き回るときは、アルマーニ・エクスチェンジのブルーのキャンバス地のトートバッグを使ったのだが、これもハワイで求めたものだから、バッグがふたつも里帰りしたことになる(?)。


もうひとつ、絶対、欠かせないのが小振りの斜めがけできるショルダーバッグ。

これは朝食に行くときに携帯やルームキイを入れたり、散歩するときにはパスポートや財布を携帯するのに、ちょうどいい。

もう10年以上使っているPRADAのものだが、このバッグはロケに立ち会うときにも重宝している。


そして、プールや海に行くときに使うメッシュのリュック。

鎌倉でプールに通っていたときに愛用したエンポリオ・アルマーニだが、これも役に立った。
posted by 城戸朱理 at 09:09| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハワイに持参した靴

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ハワイに持参した靴は三足。

いずれも鎌倉にいるときは、めったに履かない靴である。


飛行機に搭乗するときは、狭いシートでも楽に過ごせるようにストレッチのホワイトジーンズにしたのだが、それに合わせたのが、ボッテガ・ヴェネタのオーストリッチのローファー。


普段はPRADAのホワイト×シルバーのスニーカーで歩き回っていた。



欧米ではドレスコードがあるので、あまりにカジュアルだと入店を断られることもある。

ハワイの場合、高級店は、襟のあるシャツに短パンではなく長いパンツ、足の甲を覆う革靴というのが一般的なドレスコードなので、GIORGIO ARMANIの白のスリッポンも持った。

この靴は薄いシングルソールなので、歩き回るときには役に立たないという間違った買い物だが、いかにもリゾート向きだし、ホテル内では重宝する。


今年の夏は、鎌倉で散歩するときも、PRADAのスニーカーを使おうと思っている。
posted by 城戸朱理 at 09:06| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月05日

シグ・オン・スミスのアロハシャツ

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ハワイで別格の扱いを受けているのが、シグ・ゼーンのアロハシャツ。

シグ・ゼーンは、ハワイの植物をスケッチしては、それをシルクスクリーンで生地にプリントし、アロハシャツを仕立てる。

ひとつのパターンにつき40枚ほどしか作らないため、同じパターンには出会えない。

シルクスクリーンという技法も相まって、アートに近い扱いを受けている。


しかも、夫人が神事である古典フラ(カヒコ)の継承者であり、自らもカヒコを踊り、ハワイの精神性を重視するシグ・ゼーンは、ホノルルの商業主義を嫌い、店舗はハワイ島のヒロのみ。

ちなみにハワイアン航空の制服のアロハシャツやアメニティのポーチは、シグ・ゼーンのデザインだが、それはシグ・ゼーンがハワイのシンボルとして選ばれたということなのだろう。

ハワイではアロハシャツは正装だが、デヴィッド・イゲ・ハワイ州知事が愛用しているのもシグ・ゼーンである。



私は、13年前にハワイ島のキラウェア火山をトレッキングしたとき、ヒロの店舗を訪れ、シグ・ゼーンその人がお店にいたので、ご挨拶したことがある。


ところが、息子のカヒオ・ゼーン氏が、昨年、ついにオアフ島に出店した。

それが、ダウンタウンのスミス通りにあるシグ・オン・スミスで、金曜日のみの営業だが、ようやくホノルルでも、シグ・ゼーンのアロハシャツが入手できるようになったわけである。


入店したとたん、店員さんに「Nice Shrit!」と声をかけられたが、私が着ていたのは、ヒロで求めたシグ・ゼーン。

シグ・ゼーンのアロハシャツはひと目で分かる。


毎週、新作が二点ずつ入荷するそうだが、入荷したばかりという黒地にグレーのアロハと、一点だけ残っていた黒地にブルーのアロハ、2着を購入。


シグ・ゼーンは厚手のコットン地にココナッツボタンが特徴で、ボタンダウンが多い。


お店には、ひっきりなしにお客さんがやってきては、必ず何かしらを求めていく。

しかも観光客ではなく、現地の人がほとんどで、ハワイにおけるシグ・ゼーンの人気を見る思いだった。
posted by 城戸朱理 at 14:04| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マンゴー・シーズン

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ホノルル国際空港は、ダニエル・K・イノウエ国際空港と改称された。

日系二世で、第二次世界大戦に従軍し、戦後、アメリカの下院、上院議員を歴任、ハワイの発展につとめたダニエル・K・イノウエは、地元では知らない人がいないほどの名士である。


5月のハワイは、シャワーツリーが満開の季節と思っていたら、空港からホテルに向かうタクシーのドライバーが「ハワイは、今、マンゴー・シーズン」と言って、民家の軒先にマンゴーがたわわに実っている路地に回り道をしてくれた。


カハラモールにタクシーで向かうときには、やはり不思議な形の果実が実っているのを見かけたので、ドライバーに尋ねたら、グレープフルーツだという。

カハラモールのホールフーズ・マーケットでは、ハワイ産のマンゴーが、やはりハワイ産のバナナやパイナップル、パパイアとともに山積みになっていた。



ハワイは野鳥が多い。

22階のラナイ(ベランダ)にまで鳥が飛んでくる。

野鳥も、あちこちに実っている果実をついばんだりするのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 13:12| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月03日

二日続けて誕生日???

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JALのフライトは、5月23日。

私の誕生日である。


機内で映画を見ていたら、なんとキャビン・アテンダント3人が、お祝いを言いに来てくれた。

JALのマイレージに登録してあるので、誕生日が分かったのだろうが、こんなことは初めてである。


さらに、しばらくしてからチーフパーサーらしき美女が「つまらないものですが」と言って、リボンをかけたプレゼントを持ってきてくれた。

ジャンボジェットのぬいぐるみ(!)と資生堂のチーズケーキだが、ぬいぐるみには手書きのカードまで添えられているではないか!?



日付変更線を超えるので、ハワイに到着すると、またもや5月23日。


パーク・ワイキキにチェックインしてみたら、ここにも支配人からのメッセージとプレゼントのワイキキ・クッキーが。

これはバンビことパンクな彼女が、私の誕生日をコンシェルジュに伝えたためらしいが、こうして私は、生涯三度目の二日続きの誕生日を、ハワイで迎えることになったのだった。
posted by 城戸朱理 at 12:06| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月21日

ジム・ジャームッシュ「 パターソン」レビュー、その2



 それにしても、なんという静けさに満ちた映画だろうか。ニューヨークのミッドタウンならば、街の喧騒は深夜でも変わることはないが、人口十六万の地方都市、パターソンは、バーまで喧騒と無縁である。

 映像もまた、静かだ。ここで私が言う静かとは過剰なものがないということであり、全編を通して、パンは二回、ズームは一回しか使われていない。それだけに印象深いものになっているのだが、どの場面かは、見てもらったほうがいいだろう。
 また、毎日、描かれるのが同じ時間帯の同じ場所であることも、この作品を特徴づけている。朝の室内の光。バスの車窓から見える朝の街。昼のパセイック川とグレート・フォールズ。夜の室内、そして、バー。

 その光の変容が、パターソンの一日を彩る。

 妻のローラも不思議な女性だ。家中をペイントして飾りたてているが、つねに白と黒のモノトーンで、着る服もモノトーン、通販で買ったギターも、カップケーキを焼いても、モノトーンなのだから。

 また、監督の指示通り演技しているとしか思えない愛犬マーヴィンが素晴らしい。カンヌ映画祭でパルム・ドッグを受賞したそうだが、演技するブルドッグを見たら、賞を新設しなくなる気持ちも分かる。そして、この犬が曲者なのだ。

 ローラは、パターソンを詩人として高く評価し、その詩を愛している。ところが、パターソンはノートに書くだけで、発表しようとはしないし、控えもない。ローラはノートのコピーを取るように何度も訴え、パターソンも、ようやく週末にコピーを取ることを約束する。ところが――

 土曜日に、ローラは市場にカップケーキを売りに行くが、これが好評で、二百八十六ドルの売り上げになる。それを祝って、ふたりは、古いホラー映画を見に行くのだが、帰宅してみたら、パターソンの詩のノートが粉々になって床に散乱しているではないか。

 犯人は、マーヴィンである。いつもなら地下の書斎に置いておくノートを、パターソンがソファーに置き忘れ、マーヴィンの遊び道具にされてしまったのだ。

 翌日、失意のパターソンは、散歩に出かけ、パセイック川のほとりのベンチに座っていると、日本人に声をかけられる。この日本の詩人を演じるのが、「ミステリー・トレイン」以来、二十七年ぶりのジャームッシュ作品出演となる永瀬正敏。

 日本人は、パターソンに尋ねる。「偉大な詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズをご存知ですか」と。

 このシーンでのふたりの会話は、実に興味深い。ウィリアムズのみならず、ギンズバーグ、そして、フランク・オハラといった詩人たちのことが話題になる。ちなみに、この映画の作中の詩は、オハラと同じくニューヨーク派の詩人、ロン・パジェットによるもの。
(ロン・パジェットを、この映画に推薦したのは、ジャームッシュと親交がある作家、ポール・オースターだという)

「パターソンの詩人ですか」という日本人の問いに、パターソンは「バスの運転手です。ただの運転手」と答え、自分が詩を書いていることを伏せるが、永瀬正敏演じる日本の詩人は、会話からパターソンが詩人であることに気づき、一冊のノートをプレゼントする。
「白紙のページに可能性が広がることもある」と言って。   

 パターソンのノートは愛犬によって、ボロボロになり、彼の詩は失われた。そして、パターソンは、少女の「詩を書いているの」という問いにも、日本の詩人の「あなたもパターソンの詩人ですか」という問いにも、否定の答えしか返さない。エミリー・ディキンソンがそうであったように、発表することなく、ひそかにノートに詩を書き続けるが、決して詩人とは名乗らず、そして、その詩は失われてしまう。

 それは、たんにシナリオ上の物語なのではなく、言葉にしがたいことまでも言葉にしようとする詩人という存在のメタファーなのではないだろうか。

 また、パターソン市のバス運転手にして詩人、パターソンという構造も重要だと思う。

 ウィリアムズの全五巻から成る長篇詩『パターソン』は、都市パターソンを舞台に、都市自体を擬人化して語る作品だが、この映画も、その構造を受け継いでおり、その意味では、ウィリアムズへのオマージュである以上に、長篇詩『パターソン』の映画化という要素を持っている。

 このジャームッシュの新作を見た人は、たびたび現れる双子を疑問に思うかも知れない。ウィリアムズの『パターソン』には「巨人パターソン」と「ドクター・パターソン」が登場する。それは都市の擬人化であるとともに、ウィリアムズその人の分身でもあるのだが、スクリーンに映し出される双子は、その象徴なのではないだろうか。

 詩から呼び起こされた映像という点では、アンドレイ・タルコフスキーの「鏡」やゴダールの「アワー・ミュージック」のジャームッシュ・ヴァージョンとでも呼ぶべき作品であり、いかにもワーキング・クラスらしい白いTシャツにチェックのシャツ、ネイビーのジャンパー、あるいはカントリー・ミュージックやカップケーキ、平均的なアメリカ人ならば、週に一回は深夜テレビで見るというホラー映画と、アメリカ的な記号をちりばめながら、そこに留まらない。

 言葉と沈黙が、言葉と光が、言葉と映像が測り合うかのような作品である。
posted by 城戸朱理 at 00:25| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジム・ジャームッシュ「パターソン」レビュー、その1



 舞台は、アメリカ東海岸、大西洋に面したニュージャージー州の都市、パターソン。主人公の名前も、パターソン。

 静かな映画だ。パターソン(アダム・ドライバー)は、パターソン市のバス運転手。愛する妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)、そして、ブルドッグのマーヴィン(ネリー)と暮らしている。

 パターソンの一日は、いつも変わらない。シリアルの朝食を取ると、ローラの作ってくれたサンドイッチが入ったランチボックスを持って、市場通りの車庫まで歩いていく。乗務が始まると、乗客のさまざまな会話が聞こえてくる。

 パターソンが昼食を取るのは、パセイック川のグレートフォールズ(大滝)と向かい合うベンチ。ここで、彼はノートを広げて、詩を書く。


 彼が愛するのは、二十世紀のアメリカ詩の方向性を決定したモダニズムの大詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ。ウィリアムズはパターソン市に近いラザフォードで医師として働きながら、詩を書いていたが、その作品と存在は、この映画のライトモティーフとなっている。


 仕事を終えるとパターソンは帰宅して、ローラと夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩に出かける。そして、行きつけのシェープス・バーに立ち寄って、ビールを一杯だけ飲んで帰宅する。
 バーのカウンターには、パターソン市出身の名士を称える「殿堂の壁」があり、そこには第二次世界大戦後のビート・ジェネレーションを代表する『吠える』の詩人、アレン・ギンズバーグの記事が貼られていることにも注意しておこう。
 パターソンは、ビールのうっすらとした匂いをまといながら、ローラの隣で眠りにつく。ローラは、その匂いが好きだった。

 特別なことは何も起こらない。映画は、寄り添って眠るパターソンとローラの俯瞰から毎日始まり、ビール・ジョッキから暗転して終わる一日を淡々と写していく。月曜日からの一週間を。

 だが、この映画が当たり前の日常を描いていると考えるのは間違いだろう。それは、アメリカという国、ひいては欧米社会の常識に関わっている。アメリカでは、バスの運転手のような労働者階級(ワーキング・クラス)の人間が詩を書くというのは、きわめて特殊なことと見なされる。実際、私の知るアメリカの詩人は、父親から、ワーキング・クラスの人間が詩なんか書くんじゃないと厳しくたしなめられ悩んでいる詩人がいることを語ってくれたことがあった。

 劇中、木曜日に、パターソンが詩を書く少女と出会う場面がある。パターソンは、少女の詩に感銘を受けるのだが、十九世紀のアメリカの詩人、エミリー・ディキンソンのことを尋ねられ、「好きな詩人のひとりだ」と応えるパターソンに、「クールね。ディキンソンが好きな運転手さん」と少女が言う、そのセリフの重さは、そうした社会的背景を意識すると、より鮮やかなものになるだろう。

 ジャームッシュが描く、ワーキング・クラスでありながらアーティストであるというパターソンは、その意味では、特異な存在なわけであって、だからこそ、彼は日々の出来事のなかから、豊かな詩を汲み上げていく。つまり、パターソンという詩人にとって、一見、当たり前に見える日常は、事件に満ちたものなのだ。

 さらに、全編のライト・モティーフになっているウィリアムズのことについても語っておこう。
 ウィリアムズは、事物や事象を直接的に表す、言葉によるスナップショットのような短詩を書く詩人としてスタートした。土曜日にローラが好きだというウィリアムズの詩をパターソンが朗読する場面があるが、そこで選ばれた詩「言っておくね」は、初期のウィリアムズの代表作である。

 また、水曜日にマーヴィンを連れて、夜の散歩に出かけたパターソンが、コインランドリーで、ラップ調に詩作をしているメソッド・マン(クリフ・スミス)と出会うが、そこでメソッド・マンが歌う「No ideas, but in things(観念は事物のなかにしかない)」というフレーズは、ウィリアムズが生涯をかけた長篇詩『パターソン』のなかの一節であり、ウィリアムズの詩的命題として知られている。

 いや、もっと象徴的なのは、月曜日にバスに乗り込んできた黒人の子供ふたりの会話かも知れない。

「ハリケーン・カーターは有名なボクサーだ。パターソンに住んでいた」

「デンゼル・ワシントンに似てた」。

 何気ない会話だが、殺人の冤罪で投獄され、19年を獄中で過ごしたボクサー、ルービン・ハリケーン・カーターの半生は、「ザ・ハリケーン」(一九九九、ノーマン・ジェイソン監督)として映画化され、話題を呼んだが、主演をつとめたのがデンゼル・ワシントンで、この演技によって彼は、アカデミー主演男優賞を獲得している。

 その劇中、流れる印象的なテーマ曲が、ボブ・ディランの「ハリケーン」だった。

 アルバム「欲望」(一九七六)に収録されているディランの「ハリケーン」は、まさに、ルービン・カーター事件の冤罪を訴えるプロテスト・ソングだが、このアルバムは、ディランのなかでも特筆すべきもので、ライナーノーツを、詩人、アレン・ギンズバーグが書いている。そして、ギンズバーグは、そのなかで、ウィリアムズについて、次のように語っている。



この近くで、死ぬ前に、医師にして詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズは言った。
「新しい世界とは、新しい精神にほかならない」と。
そして、彼が生涯を生粋のニュージャージー語を取り戻すことに賭けたおかげで、
後続の詩人たちは、「タフな鋼鉄」のような語りのリズムで歌えるようになった。(拙訳)



ここでギンズバーグが語っていることは、きわめて重要である。アメリカの詩は、当然のことながらイギリスの影響下にあったわけだが、ウィリアムズの生涯を賭けた詩的実験によって、アメリカの詩は、英国的な英語、ブリティッシュ・イングリッシュの規範から逃れ、初めて、アメリカ語たるアメリカン・イディオムによる、口語的な語りのリズムの詩が実現したわけであり、黒人の子供の会話は、ウィリアムズからギンズバーグ、そして、ボブ・ディランという二十世紀アメリカ詩の潮流を示すものとなっている。

 それは、ジャームッシュが考える詩史なのだろうし、パターソンが書く詩も、タフで鋼鉄のような口語の語りのリズムを持っている。
 ちなみに、ギンズバーグの『吠える』に「ご婦人がた、ドレスの裾をからげなさい。これから地獄を通るのだ」というセンテンスで終わる名高い序文を寄せたのが、ウィリアムズだった。(つづく)
posted by 城戸朱理 at 00:22| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジム・ジャームッシュ「パターソン」レビュー、オリジナル原稿公開



昨年、公開されたジム・ジャームッシュ監督による「パターソン」は、主人公が詩を書いているバス運転手、彼が愛するのが20世紀アメリカ詩の巨星ウィリアム・カーロス・ウィリアムズという設定で、全編に詩がちりばめられ、詩への愛に満ちた傑作だった。


私は「映画芸術」の依頼で、幸いにもレビューを執筆する機会を得た。

この原稿は、ゲラが出た段階で、字数がオーバーしているのが判明し、出来るかぎり削ったので、掲載された原稿は、オリジナルの三分のニの長さになった。

私が文字量を間違えるのは、きわめて珍しいが、超過してしまったのは、それだけ書きたいことがあったということにほかならない。

本ブログにオリジナルの原稿を掲載するので、アメリカ文化に関心がある人、映画を愛する人、そして、詩を愛する人は、ぜひジャームッシュの「パターソン」を見てもらいたいと思う。
posted by 城戸朱理 at 00:21| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月13日

家庭内埋蔵金???




遺品整理や汚部屋、ゴミ屋敷の清掃業者によると、裕福な家庭では一万円札の束が仏壇から出てきたりするのに対して、低所得の家庭ほど、あちこちから小銭が出てくる傾向があるのだとか。

どちらも家庭内で、その存在を忘れられてしまったお金なわけだが、あるファイナンシャル・プランナーが「家庭内埋蔵金」という言葉を使っていて、のけぞったことがある。

まるで奥州藤原氏の埋蔵金や徳川埋蔵金のお仲間のようだが、もちろん、そんな大袈裟な話ではない。


つい、しまいこんでしまいがちな商品券や小銭貯金などのことだった。


わが家にもあるのだろうかと思って、チェックしてみたところ、たしかにある。


祝い事のために取ってある折り目のないお札と500円玉貯金。

ただし、500円玉は、バンビことパンクな彼女のお小遣いに消えてしまうので埋蔵金とは言えないかも知れない。


だが、失念していたデパートの商品券は、6万円分もあった。

商品券にお札、500円玉貯金に、海外に行ったときのドルやユーロ、元やウォンなどの外貨を合わせると20万くらいにはなるかも知れない。


埋蔵金なら本当に埋めたほうが面白いが、埋めるほどの額でもないし、商品券でバンビことパンクな彼女に何か買ってあげようと思ったら、バンビは「城戸さんがトランクを新調するのに使うといいんじゃない?」と言うではないか。


たしかにトランクは買い換えなければならないが、家庭内埋蔵金がトランクに化けるかと思うと愉快である。
posted by 城戸朱理 at 11:42| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする