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城戸朱理のブログ: エッセイ

2017年11月20日

旅のコート

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旅に出ることが増えると、旅行用品を意識するようになる。


2015年10月19日にアップした記事のトラベラーズ・ジャケットなどは、まさにそれだが、
ほかにも、急に雨に降られたときや、思いがけず冷え込んだときのためのコートやパーカもそうだ。


2年前のベルリンでは、サンダーストームの豪雨に襲われたし、京都だと、春や秋でも、思いがけないほど冷え込むことがある。


そんなときに、薄手のコートが一着あると、まったく違うのだ。


しかも、ナイロンのコートは、たたむとスウェットシャツほどの容量になるので、
かさばらないし、トランクの空きスペースに詰め込むことができる。


旅の必需品である。



今回、トランクに詰め込んで、持っていったのは、ビタミンイエローのナイロンコート。

エンポリオ・アルマーニのもので、首に当たる襟だけ、コットンになっている。



もう一着、着ていったのが、PRADAの黒のパーカである。

こちらは、やや厚手で防風性のみならず、防水性も高い。

しかもフードが付いているので、急に雨に降られたときに重宝する。


10月に岩手県久慈市の小袖海女センターで雨に降られたときも、このパーカのおかげで濡れずに済んだ。


たしか7、8年前に買ったものだが、愛用している一着だ。



ブルーグレーのパーカは、ポリウレタンコーティングを施した完全防水のGUCCIのパーカ。

これ以上の防水性を求めるとなると、登山用のゴアテックス製マウンテンパーカを求めるしかないだろう。


GUCCIは、ブランド隆盛の立役者だったフリーダ・ジャンニーニが、クリエイティブ・ディレクターを2015年に辞任し、後任はアレッサンドロ・ミケーレになった。

ところが、クリエイティブディレクターが変わったとたんにデザインも一変、
異様にポップで、ヤンキー向けとしか思えないコレクションになってしまったので、今や、私が選ぶようなアイテムは、見当たらない。



最後の一着は、コートでもパーカでもないが、やはり旅行用に購入したもので、フリーダ・ジャンニーニ時代のGUCCIのジャケットである。

中綿入りで、ファスナーを完全に閉めると首まですっぽりと覆うデザインになっており、ポケットもサファリジャケット風に4つ。

厚手のセーターのうえに羽織ると、厳寒期以外は、コートなしで動くことが出来る。


こんなふうに機能的な服をGUCCIが作る日は、もうこないのだろうか。



私の場合、コートなどの重衣料は、10年は着られることが選ぶときの条件だが、
こと旅行用に関しては、あくまでも道具であって、機能性で選ぶものであるのが見えてくる。
posted by 城戸朱理 at 09:58| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月16日

散歩用のバッグ

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旅先で散歩するときやホテルで食事に行くとき、財布や文庫本、スマートフォンなどを入れる小さなバッグがあると便利だ。

分かっているのに忘れることが多いのは困ったものだが、今回はPRADAのたすき掛けできる小さなショルダーバッグを持参した。



私が旅先での散歩用に使っているのは、このショルダーバッグとエルメスの小さな革製のリュックタイプのサコッシュ・プール・セルというモデルのふたつ。


廃版になったサコッシュ・プール・セルはサイクリング用のバッグをアレンジしたもので、
ヴォー(雄仔牛の革)をナチュラルに仕上げたヴォー・バレニアが使われており、夏に似合う。



今回、持参したPRADAは、10年以上前に求めたものだが、ナイロンタフタ製なので軽く、
サブバッグにはうってつけで、このバッグに、最小限のものだけ入れて出かけると身軽に動ける。


今回、読書用に持ち歩いていた本は、文庫化された澁澤龍彦『高丘親王航海記』だが、これは澁澤さんのなかでも、とりわけ好きな作品のひとつだ。
posted by 城戸朱理 at 16:05| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月14日

京都で東急ハンズ???

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バンビことパンクな彼女が、友人に「京都に行ったら、どこに行くの?」と尋ねられ、「東急ハンズ!」と答えて笑われたそうだ。


たしかに、わざわざ京都で東急ハンズに行く必要はないが、烏丸四条にあるので、ホテルから移動するときの通り道なものだから、
京都に行ったときは、東急ハンズを覗くのが、バンビと私が動くときのパターンになっている。


おまけに、糸屋ホテルの隣にはタケダ事務機という大きな文房具屋があって、
ここが万年筆やインクから、さまざまな事務用品まで、実に充実しているものだから、
文房具好きのバンビは、京都に行ったら、タケダ事務機と東急ハンズに立ち寄るのを楽しみにしているのだ。


今回は、タケダ事務機を覗いてから、京都国立博物館で「国宝」展を見て四条に戻り、東急ハンズを覗いた。



バンビは細々とした文具を買っていたが、私が惹かれたのは、タケダ事務機で見た万年筆である。



プラチナの新製品、#3776《センチュリー》。


創業1919年、100年の歴史を持つプラチナが、33年ぶりに#3776をリニューアルしたモデルで、♯3776は富士山の標高から取られたフラッグシップモデルである。


ひと目みて、その深いブルーの色調に惹かれたが、これは濃色のスケルトンモデル「シャルトル・ブルー」。



軸の太さを確認するため、いつもペンケースに入れて携帯している
モンブラン・マイスターシュテュック149と146を出してみたら、
146とほぼ同じ太さだったので、長時間の執筆にも耐えられるだろう。


ペン先は、大型の14金で、書き味も申し分ない。


葉書を書くときに使おうと思って、購入することにした。



#3776《センチュリー》の特徴は、なんといってもスリップシール機構だろう。

万年筆は長い間使わないまま放置しておくと、インクが乾いて固まり書けなくなってしまうが、
スリップシール機構によって、その心配がなくなるというのだから画期的である。


万年筆好きのバンビも深みのある赤の「ブルゴーニュ」というモデルに惹かれたようだが、今回は見送ったようだ。


モンブランを始めとするヨーロッパの名だたる万年筆は、ユーロ高の影響もあって、
軒並み、10万近い高値になってしまったのが、
プラチナ#3776は、機能的にも、価格的にも、安心して勧められる万年筆である。
posted by 城戸朱理 at 13:41| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月11日

銀鼠(シルバーグレイ)のスーツ

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男のスーツは、紺とグレイが基本だが、モード系ならば黒もある。


面白いことに、大学生の就職活動のときのスーツも、2003年ごろから黒が主流になり、今や、黒以外のスーツの学生の方が珍しいそうだ。



どちらにしろ、スーツというものは地味なダークカラーが基本なのだが、異色なのはシルバーグレイだろう。

シルバーグレイは、銀色のような光沢を帯びた灰色で、日本では銀鼠と呼ぶ。


江戸時代の流行色でもあり、古くは錫色とも言われたそうだ。



銀鼠の生地で仕立てられたスーツは、地味な中にも花があって、独特の魅力があるが、年を重ねないと似合わないような気がする。


父が、還暦前にダンヒルのシルバーグレイの生地でスーツを仕立てたことがあったので、私には思い入れがあるスーツでもある。


だいぶ前に野村喜和夫さんが、やはりシルバーグレイのスーツを着ていたことがあったが、風格を感じさせていいものだった。

野村さんにどこで求めたのか尋ねたら、ヨーロッパで買ったけど、どこだったかは忘れたという、いかにも野村さんらしい返事が返ってきた。

ヨーロッパのどこかでは、アジアやアフリカやアメリカではないと言っているようなもので、あまりに漠然としているではないか。

曖昧な雲を曖昧に写し出す気象衛星のような答えに、絶句したのを思い出す。



父親がスーツをオーダーしたのと同じ年齢になったら、私も着てみたいと思っていたのだが、このシルバーグレイのスーツは、滅多にお目にかからない。


初めて見つけたのは、4年ほど前のことだった。


どちらもイタリアのもので、ノッチトラペルのものはヴェルサーチ、ピークトラペルのものはエルメネジルド・ゼニアのコレクションである。

私のイメージする銀鼠は、ゼニアのほうが近いが、父が着ていたのも、この生地に似た風合いのものだった。


私が持っている20着ほどのスーツは、いずれも黒か、照明の下だと黒に見えるミッドナイト・ブルーばかりだから、グレイのスーツというだけで異色だが、袖を通すたびに、当時の父のことを思い出す。


父は、スーツもコートもオーダーしたものしか身につけなかったが、あの年代の男性は、みんなそうだったように思う。
posted by 城戸朱理 at 02:59| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月09日

石笛のかすかな音は

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澁澤龍彦に「石笛と亀甲について」というエッセイがある。


一節を書き写してみよう。





じつをいえば、私も一つ石笛を所蔵している。
もう十数年も前に鎌倉の海岸で拾ったもので、やわらかい石に貝が棲みついて、いくつもの貫通孔をうがったものだ。
その孔を指で押さえて吹いてみると、あまりよい音ではないが、たしかに音がすることはする。




澁澤先生が鎌倉の海岸で拾われた石笛は、今でも見つけることができる。

写真は、私が由比ヶ浜で拾ったもの。


たしかに、貫通孔には白い小さな貝殻がいくつも残されていて、貝が孔を開けて棲みついていた様子が分かる。

貝が孔を開けることができるのだから、よほど柔らかい石なのだろう。


指で孔を押さえ、そっと吹いてみると、かすかに音がする。


風の名残りのような音だが、遠い遠い海鳴りのようでもある。
posted by 城戸朱理 at 07:33| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月05日

レインブーツを新調すると

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最近は、お洒落な女性用のレインブーツが増えた。

10年ほど前なら、レインブーツは日本より韓国のほうが洒落たものが多く、
バンビことパンクな彼女は、ソウルでチェックのレインブーツを買って荒天時に愛用していたのだが、さすがにラバーが劣化し、亀裂が生じてしまった。


そこで、バンビに新しいレインブーツを買ってあげるべく、東京でAIGLE(エーグル)のショップを覗いた。

フランスのエーグルは、創業1853年。

職人による手作りのラバーブーツのメーカーである。


ラバーブーツと言えば、エーグル以外では英国王室御用達のHUNTER(ハンター)が有名だが、御国柄なのか、ハンターは武骨で、エーグルのほうがデザインに遊びがある。


あれこれ、試したあげく、バンビが選んだのは、あまりデザインされていないベーシックな膝下丈の「シャンタベル ラバーブーツ」。

これだけステムが長ければ、かなりの豪雨でも大丈夫だろう。


そして台風22号のため、週末は鎌倉も豪雨に見舞われた。


「このブーツなら、いくら雨が降ってもへっちゃらだよ!
さあ、じゃぶじゃぶ歩くぞう!」


バンビは喜んで、雨のなか、出かけていった。

雨は多いし、台風は年々、強力になっているし、今やレインブーツも必須アイテムになってしまったが、
ラバー製だけに雪道にも強いから、北東北から北海道にかけての雪国でも、レインブーツは必須だろう。
posted by 城戸朱理 at 10:21| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月30日

ワカサギ釣りに行ってみたい

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子供のころは、父親や友だちと、よく釣りに行ったものだった。

沼釣り、川釣り、渓流釣り、海釣りとひと通り経験したが、いちばん難しいのは沼釣りで、逆にいちばん簡単なのは海釣り。

海釣りで、いちばんよく釣ったのはアイナメ、そしてサバで、ときどきフグもかかった。

フグは釣り上げられたとたん、ぷうっーと膨れるので、針を外して海に投げても、しばらくぷかぷか浮いているのが愉快だった。


もう釣竿を持つことがなくなって、40年以上になるが、先日、ロケのときに訪れた盛岡市の岩洞湖は、冬場、ワカサギ釣りの名所になるらしい。


まだ父が元気だったころ、今度、ワカサギ釣りに行ってみようと言われたことがあるが、岩洞湖のことだったのだろう。


岩洞湖のある寒川は、本州でいちばん寒くなる所だという。

冬には湖にも氷が張り、そこに穴を開けて、釣り糸を垂らすわけだが、氷上の釣りは、まだやったことがない。

釣り上げたワカサギを天ぷらにして、雪で冷やしたビールを飲んだら、さぞや気分がいいに違いない。


いつか行ってみたいものだ、ワカサギ釣りに。
posted by 城戸朱理 at 13:32| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月29日

なんでも鎌倉???

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鎌倉は小町のよしろう。

夜は飲み屋だが、日中は「甘処 あかね」になる。

名物は「煮あずき」で、白玉入り煮あずきや夏場なら、かき氷もお勧め。

店主は姫田茜さん。

茜さんのお父さんは、戦前から戦後のフランス映画の字幕をほとんどひとりで受け持ち、「字幕スーパーインポーズの神様」と呼ばれた秘田余四郎である。

秘田余四郎は高見順と親交があったので、店内には茜さんが生まれたとき、高見順が贈った書が飾られている。


さて、10年ほど前に、茜さんが北鎌倉の市に出店したときのこと。


「鎌倉、小町の茜の煮あずきですって言うと、みんな立ち止まるのよ。
やっぱり、小町って言わないと駄目みたい」


鎌倉でも「小町」がブランド化したということだろう。


そして、10年前なら、年間800万人ていどだった観光客が、今や2200万人。

観光客が増えるとともに「鎌倉」と冠した商品が増えている。

今度は、鎌倉じたいがブランド化してしまったらしい。


ある日のこと。

バンビことパンクな彼女が「リニューアルしたアンデルセンで、鎌倉あんパンを買ってあげたよ〜」と言って、包みを取り出した。

あんパンのどこが鎌倉なんだ?

「鎌倉っていう焼き印が押してあるんだよ!」
・・・・・・


たしかに、「鎌倉」という焼き印が押してある――


別に鎌倉産の何かを使っているわけではなく、焼き印を押しただけではないか!?

これなら、「鎌倉おにぎり」やら「鎌倉玉子焼き」やら、何でも「鎌倉〜」に出来そうだ。


ちなみに、このあんパン、小豆餡とカスタードクリームが入っており、すこぶる美味しい。

美味しいのだから文句はないが、複雑な気分になった。
posted by 城戸朱理 at 23:50| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月28日

ファストファッションの本当のコスト、その2



バングラデシュのラナプラザ崩壊事故のあと、バングラデシュ政府とファストファッションのメーカーに非難が殺到したが、
働く女性たちの日給が2ドルでは、収入が肉体を維持することさえできない「絶対的貧困」(一日あたりの生活費、1.25ドル)を、わずかに上回っているだけで、
実際のところ、バングラデシュの縫製工場で働く女性たちの月給は、現地で米5キロを買える程度だという。

これでは、フェアトレードとは言えないが、安価な衣類を提供するために、こうしたシステムが作られたわけであり、良識ある人々からはファストファッションの不買運動も起こった。


衣類というものは生活必需品であり、消耗品ではあるが、本来ならば数週間で捨てるような消費材ではない。


もちろん、経済的な理由でファストファッションしか買えない人もいるだろうし、
ファストファッションで十分という人もいるだろうが、そこに流行を持ち込んだとき、負のスパイラルが始まる。


労働力に見合った、それなりの値段の、サスティナブルな衣類を購入することが、いちばん望ましいのは言うまでもないが、とにかく、時代と逆行する大量消費の使い捨て文化と決別することが重要だろう。


使い捨てにされたファストファッションがゴミになるばかりではなく、リサイクルで海外に送られる古着も、90%はゴミになり、大量の売れ残りもゴミになる。

どう考えても異常な超大量消費(ハイパーコンシューマリズム)の申し子たるファストファッションと、どう付き合うかは、私たちひとりひとりの問題にほかならない。
posted by 城戸朱理 at 23:38| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月27日

ファストファッションの本当のコスト



2013年4月24日、バングラデシュの首都ダッカで、縫製工場などが入居する8階建ての商業ビル、ラナプラザが崩壊し、生き埋めとなった1000人以上の労働者が死亡した。

この最悪の産業事故は、世界中で報道されたが、それをきっかけにして制作されたドキュメンタリー映画がある。

アンドリュー・モーガン監督による「ザ・トゥルー・コスト〜ファストファッション 真の代償」である。


この映画は、衝撃的だった。


この20年ほど、安価で、一週間単位のマイクロサイクルの流行を踏まえたファストファッションが、世界的な人気を博している。

ダッカのラナプラザの縫製工場も欧米の大手ファストファッションの縫製を請け負っていたのだが、今日、世界では、約4000万人の労働者が25万もの工場で、毎年、15億着の衣類を縫製しているという。

その工場は、人件費が安いバングラデシュのような貧しい国にあり、そこでは、主に女性が一日2ドルといった安い賃金で長時間の過酷な労働に従事している。

彼女たちが受け取る月給は、約7000円。

開発途上国の女性の労働力を搾取して作られるファストファッションは、先進国で消費されるわけだが、平均すると5週間だけクローゼットに置かれ、捨てられているのだという。

ちなみに、日本だと衣料の廃棄量は年間約100万トン。

およそ、33億着が捨てられていることになるそうだが、1990年に約15兆円だった日本のアパレル産業は、2010年には三分の二規模の11兆円弱まで縮小している。

ところが、衣類の供給量は、1990年の16億着が、2010年には40億着と250%も増加している。

市場が縮小しているのに、供給が増えたのは低価格のファストファッションの流行のためで、しかも2010年だと供給された111万トンに対して、廃棄されたのが94万トン。

実際に使われたのは、なんと17万トン分の衣類だけで、約85%が捨てられていることになる。

ファストファッションは、開発途上国の労働力を搾取して成立するだけではなく、資源の浪費であることも見えてくる。


それだけではない。

ファッション・アパレル産業が排出する二酸化炭素は、石油産業に次いで2位、つまり、衣類の大量生産・大量消費は、環境破壊にもつながっている。

衣類の素材としては、コットンが大量に使われるが、綿花の栽培に使われているのは、世界の耕地面積の5%に満たないのに、そこに全世界で使用されている農薬のなんと20%が散布され、土壌汚染が広がっている。

石油から作られる化学繊維と違って、コットンは天然素材と思われているが、農薬漬けの綿衣料は、廃棄してから200年たっても土には還らないのだという。


ファッション・アパレル産業は、年間210万トンの二酸化炭素ガスを排出し、7000万トンの水を消費する。

洋服の大量消費は、間違いなく環境汚染の原因となっているのだ。


アンドリュー・モーガン監督は「ザ・トゥルー・コスト」を通して、ファストファッションというアパレル産業の大量生産・大量消費のシステムが、権力と貧困、欲望と環境破壊の問題にほかならないことを提起する。



「服を作るのがどれだけ大変か 人は知りません。
ただ買って着るだけ。
でもその服は 私たちの血でできています。
私たちの血で作ったものを
誰にも着て欲しくありません」


映画のなかで、バングラデシュの女性は、涙ながらに語る。


ファストファッションの価格が、誰かの、そして地球の犠牲のうえに成り立っているとしたら、それは本当に「安い」と言えるのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 00:34| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月21日

画一化する世界〜象徴的貧困について



今日のように、人間の処理能力を超えた過剰なまでの情報やイメージが氾濫すると、価値観が多様化するのではなく、むしろ、判断力と想像力が損なわれ、精神的な画一化が進む。

そうした現在の状況を、フランスの哲学者、ベルナール・スティグレールは、「象徴的貧困」と呼んだ。


ところで、スティグレールほど変わった経歴の哲学者も珍しい。


高校を中退し、ジャズ喫茶を始めたのは良かったがが、資金繰りに困ったあげくに銀行強盗をして逮捕され、5年の禁固刑をくらう。

獄中でプラトンに読み耽り、通信教育で学位を取得、出獄してからジャック・デリダの指導のもと、博士論文を書き上げたというのだから。


彼は、ピエール・ブーレーズが組織したIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)の所長をつとめたあと、2006年からポンピドゥーセンターの芸術監督に就任したが、銀行強盗をしたことがある所長や芸術監督は初めてだろう。


スティグレールは、象徴的貧困が、テレビの普及から始まったことを語っているが、ネットの普及によって、それは決定的なものになった。

情報の海へのランダムアクセスを可能にするインターネットは、かつては価値観の多様化を可能にするかのようにも思われた。

そう、エドゥアール・グリッサンの「世界は列島化した」という言葉が実現するのではないか、と。

しかし、ネットのテレビを上回る情報とイメージの洪水は、判断力と想像力の貧困化を生んだだけだったのかも知れない。


スティグレールは、象徴的貧困を資本主義の段階としてとらえており、そこで私たちは、搾取される存在なわけだが、少なからぬ人が夢見たように、あらゆることがネット検索とネット社会のクラウド・ソーシングで解決できるという幻想は今や完全に潰えた感がある。


ネットサーフィンをする人は、自らが見たいものだけを選択して見る。

そこでは、見ないものは存在しないことになるわけだし、裏付けのない聞きかじりの情報やデマが拡散していく。

思考を委ねたはずのネットは、逆に思考を停止させ、画一化するものとして機能し始めたわけで、こうした象徴的貧困のなかで、私たちがどうやって判断力と想像力を回復していくのか、問われているのは余人ではない。

そして、その答えはネットには存在しないだろう。


詩や芸術は、その回答たりうると、私は信じているが、それが簡単ではないことは詩を書き続けてきて、痛感してきたことでもある。

だからこそ、私はさまざまな現場に足を運び、メールではなく手紙を書く。


象徴的貧困のひとつの結果として、たとえば明日の衆院選の結果がどうなるのか、今は注視するしかない。
posted by 城戸朱理 at 09:54| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

機屋でコーヒー&ポストカード

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10月15日(日)。

グランドホテル・アネックスをチェックアウトして、まずは自宅用のコーヒーを買うべく機屋へ。


80年古木ティピカ種のグァテマラが100gだけあったので、それと、珍品だというエチオピア・サンイルガチェフ、それにコロンビア各200gを包んでもらった。


バンビことパンクな彼女は、ロケ中、自分で淹れていたスマトラ・マンデリンを、私はヤンニハラールモカ中深煎りをオーダー。

やはり、お湯の温度に細心の注意を払ったネルドリップだけに、お店で飲むコーヒーは複雑な味わいである。


さらにバンビは、大通りのさわや書店で買った岩手の風景写真のポストカードを取り出し、手紙を書き始めた。

私も勧められたので、30年近く愛用しているモンブランのマイスターシュテュック149を取り出し、友人に葉書を書く。


バンビは、旅先で必ず友人に葉書を書いているが、楽しい習慣だと思う。
posted by 城戸朱理 at 09:53| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月19日

ロケに立ち会うときの靴とスタイル

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久慈の小袖海女センターでのロケは氷雨のなかで、すっかり冷えきってしまったが、私はタートルネックセーターにカシミアのジャケット、さらに防水性の高いパーカにジーンズという重装備で臨んだので、凍えないで済んだ。


柳美里さんに「城戸さんがジーンズって珍しいですね」と言われたが、ロケのときはジーンズとスニーカーが必須である。




今回は、新幹線の車中ではスーツにチャッカブーツ、沿岸のロケのときは、水に強くグリップがいいパラブーツのUチップを履いていたのだが、

フランスのパラブーツは、オイルを染み込ませたリスレザーを使っているので、撥水性が高く、雨雪に強いので、旅やロケの立ち会いのときには重宝する。




チャッカブーツは、1921年創業、イタリアのストール・マンテラッシのもので、フィンランドやニューヨークにも持参した。


ストール・マンテラッシは、イタリアの名優マルチェロ・マストロヤンニが愛用したことが知られているが、

イタリアで長く暮らしたエズラ・パウンドも顧客だったので、私には思い入れがある。




スニーカーはルイ・ヴィトンのハイカットを持ったのだが、これは結局、ホテル内でしか履かなかった。




テクニカル・スタッフはロケのとき、登山用品を愛用している人が多いが、機能性を考えると、それが正しい選択なのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 15:36| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月18日

美里&バンビの腹のさぐり合い???

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柳美里さんとバンビことパンクな彼女が並んで立っている。

すると、柳さんの手がバンビのお腹にそっと伸びていく。

バンビのお腹を確認して、笑顔になる柳さん。

すると、バンビの手が柳さんのお腹に。

今度は、柳さんが固まる。


毎度、恒例、美里&バンビの腹のさぐり合いである。


こうやって相手が、どれくらい太ったかを確認してから、ふたりで何キロ太ったと報告しあって、
来年の夏までにダイエットしてビキニを着ようと盛り上がるのだが、毎年、同じことをしているような気がする。


コーチも交えて毎週走っては、マラソン大会にエントリーしていた2009年には、柳さんもバンビも一気に痩せてしまったが、
その後、柳さんは南相馬に転居してしまったし、ランニングはひとりで走ると味気ないものだから、どうしても運動不足になるのは仕方がない。

だいたい、仕事に追われると、運動する時間を確保するのも難しいのが現実だろう。


バンビは定期的にプールに泳ぎに行く計画を立てていたが、はたして、どうなるか。

来年の夏が楽しみである。


恒例、腹のさぐり合いが終わったところで、記念撮影。

浄土ヶ浜をバックに、ふたりがポーズを決めたところで、井上春生監督の「もっと傘を高く上げて下さい!」という指示が入る。


さすが、井上監督、資生堂のCMを手がけ、北川景子から平祐奈までアイドル映画も手がけてきただけに、スナップでさえ見事なディレクションだった。



(撮影=井上春生)
posted by 城戸朱理 at 16:21| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月09日

土方巽の漬物と大野一雄の鮭



1985年に、私が第一詩集『召喚』を刊行して間もないころ、ひと抱えもある宅急便が届いた。

差出人を確認して、愕然としたのを今でも覚えている。


「アスベスト館 土方巽」


なんと、舞踏の創始者からの宅急便ではないか!


慌てて開けてみると、出てきたのは木桶で、中身は金沢の鰤と蕪の漬物だった。

手紙も何も添えられておらず、届いたのは漬物だけ。

訳も分からぬまま、いつか、土方さんにお会いする日が来たときにお尋ねしようと思ったのたが、翌年、1月21日に、土方巽は世を去った。

あの漬物は何だったのだろうか?


それから、17年後。

あれは、2002年のことだったと思う。

ある日、大きな宅急便の包みが届いた。

差出人は、大野一雄先生である。

大野先生が何を送って下さったのだろうと、急いで包みを開けてみたら、なんと大振りな時鮭が出てきた。

やはり、手紙などは添えられていない。

鮭が一尾。

時鮭がまるごと一尾。

時鮭(ときしらず)は、夏に水揚げされる白鮭で、産卵期ではないため、身に脂が乗っている。

出刃包丁でさばき、絶品の時鮭をいただいたのだが、こちらは翌日、大野先生からお電話があって、先生から問い合わせがあった詩篇が収録されている詩集を私が調べてお伝えしたことへのお礼であることが分かった。


しかし、この二度にわたる突然の贈り物のおかげで、私のなかでは舞踏家のイメージが、鰤と蕪の漬物や時鮭と繋がってしまったのも事実である。

突然、送られてくる発酵食品やまるごとの魚。

それは、土方巽の「舞踏とは命がけで突っ立った死体である」という言葉と響き合うような気がしないでもない。
posted by 城戸朱理 at 15:59| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月06日

デニムの聖地、岡山

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岡山は、デニムの産地として世界的に名高い。


先日、和光大学でパウンド協会の合宿があったとき、遠藤朋之准教授が面白いデザインのジーンズを穿いていた。


聞けば、岡山の児島ジーンズだという。

デニム地とストライプ地が切り返しになったジーンズで、Tシャツには漢字で「次男」というプリントが。

大学の先生とは思えぬユニークなコーディネートだが、よく似合っていた。


遠藤くんは、児島ジーンズの前に、やはり岡山の鬼デニムを購入したそうだ。

鬼デニムはブランド名で、70代の老職人しか扱えない古い織機でデニムを織り上げている。

雑誌等の取材は受けないので、知る人ぞ知るデニム。

なんと、20オンスという極厚のデニムで、遠藤くんによると、馴染むまで半年はかかるらしい。

古い力織機で織られたセルビッチのリーバイスXXデニムでも14オンス、それでも、まるでベニヤ板のようなのだから、それを上回る頑健さだろう。


今や、世界に流通しているジーンズの三分の一は、中国で生産されている。

中国のデニムの産地は新塘(しんたん)で、日産が、なんと80万本。

年間だと2億9200万本で、その40%が、アメリカのウォルマートなどの廉価店に流通している。


それに比べると、岡山デニムは、ごく少量しか生産されておらず、生地、縫製ともに世界最高の品質を誇る。

なにせ、アメリカではセルビッチデニムを織ることが出来る工場は今やコーンミルズにしかないが、岡山ならば、いくつものメーカーが古い力織機を所有しているほどなのだ。


ジョルジオ・アルマーニやラルフ・ローレンが、ハイエンド・ラインのジーンズを岡山に発注するのも納得できるが、鬼デニムは、東京だとアメ横でしか手に入らないらしい。


今度、遠藤くんに連れていってもらおう。

上野で美術館を見て、アメ横に回ったら、さぞや楽しいに違いない。


ジーンズは、かなり持っているが、この何年か穿いていなかったので、久しぶりに引っ張りだした。

数えてみたら、リーバイスが6本(うち3本がXX)、アルマーニが9本、ラルフ・ローレンが3本など、計20本もある。

横浜に行くとき穿いたのは、アルマーニ・ジーンズ。

大腿部にデニムと同色の糸でイーグルが刺繍され、ダメージ加工をほどこした一本で、パラブーツに合わせたが、デニムだとオールデンのコードバンとの相性もいい。


今年の秋は、ジーンズで過ごすことにしよう。
posted by 城戸朱理 at 18:05| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月02日

ウタマロ洗濯石けん

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かつてなら鎌倉の海岸を歩くと、よく目についた桜貝がほとんど見つからなくなってしまった。

桜貝は、汚れた海には棲まないので、水質汚染の目安となるが、それだけ鎌倉の海も状態が悪くなったのだろう。

バンビことパンクな彼女は、桜貝を見つけると拾ってガラス瓶に入れているが、ほとんど増えない。


水質汚染の原因は、家庭排水である。

とりわけ、環境に悪いのは、界面活性剤を使った各種洗剤と食用油だと言われている。


それもあって、わが家では、食器洗いも洗濯も石鹸を使っている。

入浴時もボディソープなどは一切、使用せず石鹸である。


バンビが、浴室に新しい石鹸が出してくれたのだが、ミントが配合されていて、爽快感が夏にふさわしい。

これは、ハワイのノースショアの手作りソープ・ショップで買ったものだったっけ。


シリアのオリーブオイルを主原料とする無添加のアレッポの石鹸は、必ずストックしてあるし、消耗品だから、
旅先でも機会があるたびに石鹸を求めているが、京都の東急ハンズで、石鹸を物色しているとき、写真の「ウタマロ洗濯石けん」なるものを見つけた。


「ウタマロ洗濯石けんなら、昔からあるよ!」とバンビ。


私は知らなかったので、試しに買ってみた。

旅が多い生活を送っているので、入浴時に下着やハンカチなど細かいものを手洗いするのが習慣になっているものだから、浴室に置いて使ってみたのだが、これが実に優秀で、必需品になってしまった。

とりわけ、白い衣類を白く洗い上げるための部分洗いに威力を発揮する。

シャツの襟の汚れは、繊維の奥に入り込んだ皮脂が酸化したものだが、ウタマロを使うと、黄ばみまで消えるのだ。

長寿の商品には、やはり長寿の理由があるらしい。
posted by 城戸朱理 at 22:47| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月01日

レコード、カセット、写ルンです

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あらゆるものがデジタル化され、情報として流通するようになった時代に奇妙なことが起こっている。


カメラ付きが当たり前のスマートフォンとデジタルカメラの普及で、今や誰でも気楽に写真を撮れる時代だが、
カメラ女子と呼ばれる写真好きの女性を中心に、ひそかに「写ルンです」が人気を呼び、雑誌で特集まで組まれた。

若手写真家の奥山由之さんも「写ルンです」を愛用していたりする。


「写ルンです」は、富士フィルムが、1986年に発売した、レンズ付きフィルム。

一般には、使い捨てカメラと思われているが、正しくは「レンズ付きフィルム」である。

絞りもシャッタースピードを気にせず、デジカメと同じように気楽に撮影できるが、現像して紙焼きするまで、どんな写真が撮れたかは分からない。

それだけ、手間がかかるわけだが、若者にはコピーもレタッチも出来ない一回性と、デジカメとは違うフィルムの質感が、逆に新鮮に映るらしく、思いがけないアナログ回帰が起こっている。

「写ルンです」のみならず、やはり富士フィルムのインスタントカメラ、チェキの人気も再燃しているが、同じ理由だろう。

あのライカが、インスタントカメラ「ゾフォート」を発売したのも、そうした流れを汲んだものなのだろうか。

私もライカ「ゾフォート」を発売直後に購入したが、インスタントカメラは、一眼レフとは、また違う楽しさがある。



さらに、今や、CDよりも配信が中心になった音楽業界でも、レコードとカセットが売れるという不思議な現象が起こっている。

20世紀の遺物と思われていたカセットが復権する日がくるとは思ってもみなかったが、ジャスティン・ビーバーが、

アルバム「パーパス」をリリースするとき、カセット版も出したのがきっかけとなって、音楽ファンの間で人気が再燃したらしい。



また、レコードの売上げも、飛躍的に増加しているが、こちらは分からないでもない。

CDは、人間の可聴音域以外の低音域と高音域をカットしているが、レコードには、人間の耳には聞こえない音まで録音されている。

そのため、音に広がりと深みがあり、コアな音楽ファンは、CDの時代になっても「ヴァイナル」と呼ばれたレコードを探して歩き回ったものだった。


その傾向が、最近、世界的に加速し、アメリカでは、アナログ・レコードが、前年比49%アップ、800万枚ものセールスを記録したという。

イギリスではレコードの売上げがデジタルを上回ったほどで、日本でも、2009年に約10万枚と最低を記録したレコードは、2015年には約66万枚と売上げが増加している。


こうした一連の動きは、たんなるアナログ回帰なのではなく、むしろ、身体性に関わるものなのかも知れない。

そして、これは書物はもちろん、実は詩にも関わる問題なのではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 13:39| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月31日

またもや、金魚注意報!!!

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お小遣いをあげたら、バンビことパンクな彼女が、さっそくパタパタと出かけてしまった。

そして、嬉しそうに帰ってきたのだが――


「金魚を買ってきたよ!」
!!!


バンビは、御成通りのペットショップに寄って出目金を買ってきてしまったのである!


「黒いコと赤黒のコと白赤のコの3匹にしたんだよ!」
・・・・・・


「黒いコが、形がシュモクザメっぽいから、シュモクちゃんだよ!」

サメとは、ほど遠いと思うのだが――

「白赤のコは、モヒカンちゃん、赤黒のコは根来ちゃんでどうかな?」

根来!?


紀州の根来寺で使われていた漆器は、黒漆のうえに朱漆を塗り放ったもので、根来塗りと呼ばれる。

使ううちに朱漆が剥げ、下地の黒漆がのぞくようになる。
そうした経年変化を、骨董の世界では珍重するのだが、金魚に漆塗りの名前を付けるのは、やはりヘンである。



しかし、バンビは得意気だから、何を言っても無駄だろう。


とりあえず、白いボウルに出目金を入れて、モミーこと「もみじ」の金魚鉢の隣に置いたのだが、モミーも「なんかいる」といった様子で、ボウルを覗いているのが面白い。


それにしても、増えるのは金魚ばかりとは、これいかに?
posted by 城戸朱理 at 12:44| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自由の意味???

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「んふ」

バンビことパンクな彼女が、情けない声を出している。

どうしたのだろう?


「最近、お小遣いをもらってないんだよ」
!!!

「前はもっと貰えたのに」
・・・

「懐かしのお小遣い」


「郷愁のお小遣い」
!!!


よくもまあ、あれこれ思いつくものである。

あまりに面白いので、500円玉貯金から2万円分をお小遣いにあげることにした。


「やったね!」

「いいコにしてた甲斐があったなあ!」

「いいコ」になるのは、お小遣いをもらうときだけなのである。


「自由に使っていいお金、お小遣い」

お小遣いなのだから、当たり前だが。

「自由の響き、お小遣い」
!!!


どうやら、バンビの頭のなかでは、お小遣い=自由という変換がなされているらしい。


「じゃ、行ってくるよ!」
!!!!!!


そして、どこかにバイクで出かけてしまったのである。


さっそく、お小遣いを使おうという魂胆なのは間違いない。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 12:44| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする