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城戸朱理のブログ: エッセイ

2019年11月12日

『万葉集』と仙覚律師



織田百合子さんによる講演「仙覚律師の生涯~京・鎌倉の文化交流」は、ミステリーのようにスリリングで、知的興奮に満ちていた。

そもそも、仙覚律師とは誰なのか、そして、何をした人なのか。


織田さんのお話を、ごく簡単に要約してみると、以下のようになる。


『万葉集』は漢字を音に当てた万葉仮名で書かれているため、訓点をつけなければ読むことができなかった。

『万葉集』に収録されているのは、約4500首。

このうち、平安時代中期に村上天皇の命で源順らが4000首以上を訓読、
それ以降も、藤原道長から藤原俊成・定家らによって訓点が付けられたが、152首が訓点を付けられずに残されていた。

鎌倉時代の人、仙覚は、残された歌に訓点を付け、厳密な校訂をほどこした。

今日、出版されている『万葉集』は、すべて『西本願寺本万葉集』を底本としている。

この『西本願寺本万葉集』は、仙覚の『万葉集』を底本としており、今日、私たちが『万葉集』に触れることができるのは仙覚の功績によるところが大きい。


ところが、仙覚の功績は明らかなのに、仙覚とは誰なのかは、まったく分かっていない。

織田さんによると、仙覚がついて分かっているのは、次の4点のみ。


(1)建仁3年(1208)の生まれであること。
(2)比企氏にゆかりがあること。
(3)天台宗の僧侶であったこと。
(4)「あづまの道の果て」の生まれであること。


建仁3年は「比企能員の変」、すなわち鎌倉幕府第二代将軍・源頼家の外戚として権勢を誇った比企能員(ひき・よしかず)と比企一族が、北条時政の謀略によって滅ぼされた年である。

織田さんは、ここから作家的な想像力によって、仙覚とは誰かを同定し、その生涯を明らかにしていったのだが、これが実に説得力に満ちた仮説で、私などは納得してしまった。

その答えは、織田さんが研究書としてではなく、より一般に開いた小説として書かれるそうなので、その刊行を待っていただきたい。



仙覚律師は、妙本寺がある比企谷(ひきがやつ)の新釈迦堂で『万葉集』の校訂をしたそうだが、新釈迦堂は、田村隆一さんのお墓があるあたりにあったらしい。



鎌倉市では、市政80周年の事業として、わが国の古典の研究拠点を目指すことを決め、鎌倉市中央図書館に「鎌倉仙覚文庫」を開設したが、これも織田百合子さんの研究があって仙覚を知る人が増えたから、実現したものではないだろうか。


歴史の空白のなかから、ひとりの人物が浮かび上がっていく。
posted by 城戸朱理 at 11:07| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月08日

来年の手帳

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気づくと11月。

今年もあとふた月を残すのみになった。

3月から4月にかけては170余篇もの詩の草稿を推敲しつつ清書し、さらに新作の詩篇を書き下ろしたので、200篇近い未発表詩篇を抱え、
それを詩集にまとめようと思っていたのだが、夏があまりに暑すぎて、何かに集中することが出来なかった。

結局、7月から9月までの3ヵ月を酷暑にあえいで過ごしただけで、何も進まなかったが、もう夏には仕事をするのはあきらめるか、北海道のオホーツク海沿岸の街に滞在するしかないのかも知れない。


この時期になると、文具好きのバンビことパンクな彼女が来年の手帳を検討し始めるのだが、私の手帳もイギリスに注文してくれた。

スマイソンの手帳である。



革表紙は、好みの色と刻印を選べるので、今年は赤に椰子の樹の刻印にしたのだが、来年の手帳は緑の表紙にユニコーンを配してもらうことにした。

革製品は、どうしても黒を選ぶことが多い。

手帳まで黒い表紙のものにすると、鞄のなかが黒一色になってしまう。

カラフルな表紙の手帳だと鞄のなかでも目立つので、すぐに取り出すことができる。

日本には入荷していない縦長のモデルである。


130年もの歴史を持つスマイソン・オブ・ボンドストリートは、英国王室御用達の「ロイヤルワラント」を戴く老舗文具店だけに、本文紙は薄いのにペン書きしても裏に透けず、吸い付くような革表紙の手触りが、なんとも心地よい。


現時点でも、すでに来年11月のトーク、さらに再来年2月のシンポジウムの依頼を受けているが、再来年の分はともかく、来年の予定を書き込み始めた。

もっとも、私の場合、手帳を持っていてもメモすることを忘れてしまうことが多く、十全に活用しているとは言いがたいのだが。
posted by 城戸朱理 at 00:19| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月04日

誰がための散歩???

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「今日はお散歩に行くのかな?」

なぜか、今年の新年から、バンビことパンクな彼女がやたらと散歩に行きたがるようになった。

初詣に行った鶴岡八幡宮で、バンビは「お神酒をちゅーっと飲むんだよ!」と、お神酒をいただいていたが、初詣でさえ、主たる目的は「ポケモンGO」。

それ以来、歩き回ってポケモンを捕まえ、「たまご」を孵化させ、さらにジムでバトルするために、私が散歩に連れ出されるようになっとしまった。

私の後ろを歩いていれば、安全にポケモンGOに熱中できるからである。

困ったものだが、散歩は私の日課なので仕方がない。


バンビはイーブイを進化させたシャワーズやブースターをジムに置いて戦わせていたのだが、どちらも小さい。

丸々としたカビゴンを捕まえたかったのだが、カビゴンはレアなポケモン、滅多に出てこないから捕まえられないのがバンビの悩みだった。

ようやくハワイで一匹捕まえて喜んでいたところ、その後、日本でも大発生したので、捕まえまくり、今度はカビゴンだらけになってしまった。

しかも、カビゴンに「鎌倉文士」という名前をつけて、ジムで戦わせているではないか。


ここまで書いたところで、隣室から「ピカチュウ!」というバンビの声が。

ハロウィーンの時期は、仮装したピカチュウが出るので、最近はピカチュウばかり捕まえている気配がある。

パンクだから仕方がないが、より厳重な注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 14:43| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月02日

ライフラインが絶たれると



ノーベル賞を受賞した生物学者の利根川進博士によると、現代の日本人の生活は奴隷50人にかしずかれているようなもので、それを生物の基礎代謝に換算するなら、体重20トンの中型恐竜に相当するそうだ。

たしかに、冷蔵庫や洗濯機、掃除機にエアコンと、私たちの生活は電化され、便利なものになった。


冷蔵庫に炊飯器、電子レンジや食洗機といった家電がなければ、炊事の手間はたいへんなものになるし、洗濯機がなくて、すべて手洗いしなければならないとしたら、私たちの生活は、仕事と家事に追われ、余暇などまるでなくなるのは言うまでもない。

しかし、それだけに、地震や台風、豪雨といった天災で停電に見舞われると、暮らし自体が、まったく成り立たなくなる。

断水していなかったとしても、3階以上の建物なら、電動のポンプで屋上のタンクに汲み上げてから各部屋に回す仕組みなので、水道が使えない。

炊事や入浴はもちろん、トイレまで使えなくなる。


現代的な設備の家ほど、災害に弱く、ライフラインが絶たれると不便になってしまうという逆説のなかに、私たちの生活はある。


戦前であれば、都市部を除いて、井戸で水を汲み、薪で煮炊きをしていたわけだから、災害時の復旧は、今より早かったのではないだろうか。


東日本大震災のときは、鎌倉も停電したが、鎌倉は都市ガスではなくプロパンガスなので、ガスは点検のあと、すぐ使えるようになった。

都市ガスだとしたら、配管のチェックで、ひと月はガスも使えなかっただろう。


地球上の地殻エネルギーの10%が集中する地震大国のうえに、台風や豪雨といった天災に絶え間なく見舞われる日本のような国では、ライフラインをありようも考え直す必要があると思う。
posted by 城戸朱理 at 12:37| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月29日

しまい洗いと衣替え

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10月も後半になって、ようやく衣替えをすることになった。

洗濯済みの衣類も、黄ばみや虫喰いを防ぐために、クリーニングに出すか、しまい洗いをしてから収納することになる。

台風と水害で、なんとも落ち着かない日々が続くが、そんななかでも日常が続いていくことが不思議に思えるのは、私だけだろうか。



今年の夏も過酷な暑さだった。

熱中症による救急搬送や死亡のニュースが絶えなかったが、私は毎日、散歩に出かけて汗をかくことで、なんとかやり過ごすことができた。


私の場合、最高気温25℃まではスーツを、それ以上になったらノータイでジャケットを着用するが、服に汗を吸わせるためのような暑さでは、何を着ていたところで暑い。


それでも、仕事によってはスーツやジャケットが必要になる場合があるのが、なんとも悩ましい。



今夏、愛用したジャケットがクリーニングから戻ってきたので収納したのだが、涼感があるブルー系のものばかり着用していた。


いちばん涼しかったのは、ARMANI COLLEZIONIのシルク・ウール混紡のシアサッカーのジャケット。

シアサッカーは生地に凹凸があるため、肌に触れる面積が少ない。


ブルー系のチェックのジャケットもARMANI COLLEZIONIだが、これもシルク・ウールでシアサッカー・ジャケットよりもウールの比率が高い。

シルクの比率が高いほうが、少しは涼しい気がする。

どうしてもスーツを着なければならないときは、GIORGIO ARMANIのリネンとコットンのスーツ2着に頼りっぱなしだったが、リネンやコットンよりも薄手のウールか、シルク・ウール混紡のほうが、実は涼しいように思う。

シアサッカーのジャケットは3年前、チェックのジャケットは2年前に求めたものだが、ARMANI
COLLEZIONIは去年、EMPORIO ARMANIに統合されたので、今はない。



最後のジャケットは、5月にハワイに行ったときに購入した。

ニューヨークの高級デパート、Saks Fifth Avenueのオリジナルで、生地はイタリアのロロピアーナ社のウール・リネン・シルク混紡。

縫製もイタリアだが、ファクトリーはベルベストあたりだろうか。

夏物のジャケットを5着処分したあとだったので、目についたのだが、こんな調子で、持ち物を減らしていきたいものだ。


まだコートや厚手のセーターは出していないが、衣替えを終えて、今年も残すところ、あと二ヶ月ほどなのに呆然としている。
posted by 城戸朱理 at 10:00| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月28日

素敵なおもてなし???

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西部邁先生が自裁されてから1年以上が過ぎた。

今の日本をありさまを、西部先生ならどう思うだろうか。

ときどき、バンビことパンクな彼女と西部先生の思い出を語り合うことがあるのだが、西部先生を囲むパーティーでバンビが大活躍したことがあった。


あれは5年前、2014年4月28日のこと。


奥さまを見送られた西部先生を励ます会がアルカディア市ヶ谷で催されたのだが、西部先生の会だけに、バンビは最年少、「みなさんをおもてなししなくっちゃ!」と、はりきっていたのである。


いざパーティーが始まって、乾杯が終わっても、私たちのテーブルの壁際で立ったまま、飲み物さえ手にしていない男性がいた。


それに気づいたバンビは「何かお注ぎしましょうか?」

「結構です」

「ビールはいかがですか?」ともうひと押しするバンビ。

「結構です」

さらに「じゃあ烏龍茶でも」とバンビは、これでもかとダメ押しする。

「勤務中ですから」


そこで初めて、バンビは男性の耳のインカムに気がついた。

そう、その男性はパーティーに出席していた参議院議長を護衛するSPだったのである!

なんとバンビは、おもてなし精神を発揮して、SPにお酒やら飲み物やらをせっせと勧めていたわけで、断られるのも当たり前。

おもてなしは大事だが、これでは、「おもてなし」ではなく仕事の「お邪魔」である。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 09:13| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月27日

終末までの時間



宮城県石巻市にロケに行った井上春生監督が、そのまま北上して岩手県の沿岸部の被災情況を連絡してくれた。

東日本大震災の大津波で三陸海岸は甚大な被害を受けたが、NHKの朝の連続ドラマ「あまちゃん」のモデルになった三陸鉄道は、先月の台風15号の影響で再び不通になっている区間があるそうだ。


台風15号は千葉県に大変な被害をもたらしたが、今月の台風19号が追い討ちをかけ、さらには台風21号の影響による10月25日の大雨でますます被害が拡大している。

度重なる水害で、すでに死者・行方不明者は100名を超えてしまった。

この国の治水事業が至らなかったのか、それとも台風と豪雨が強力すぎたのか、昨年、大阪に上陸した台風21号と同じように、信じがたい映像がSNSに次々とアップされていく。


今年も去年と同じように生命にかかわるほどの酷暑だったが、台風も年々、勢力を増している。

これから、毎年、夏は酷暑にあえぎ、秋には強大な台風が列島を襲うとしたら、被災地は、さらに増え続けることになる。

まるで終末の眺めのようだ。



2018年に亡くなった理論物理学者のスティーヴン・ホーキング博士は、その晩年、人類の絶滅までの時間をわずか100年に修正した。

そして、アメリカの科学者たちが、核戦争や環境破壊などの脅威を考慮して人類滅亡までの時間を象徴的に示す世界終末時計は、今年、過去最悪の「2分前」のまま変わらなかった。

私たちに残された時間は、あとどれくらいなのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 11:49| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月26日

もう靴は買わない〜JOHN LOBBのフルブローグとスニーカー

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5月25日から一週間ほど、仕事でハワイに行っていた。

ホテルは、ダイアモンドヘッドを望むことができるパークショア・ワイキキ。

取材をして現地で原稿を書きあげなければならなかったので、泳ぐ余裕さえなかったが、それでも景色を眺めているだけで、晴れやかな気分になる。


27日の日中は余裕があったので、ロイヤル・ハワイアンセンターのフードコートで簡単に昼食を済ませ、バンビことパンクな彼女にそそのかされて、高級紳士靴店として名高いレザーソウルを覗いてみることにした。

レザーソウルは、オールデンの正規代理店だから、コードバンの靴目当ての観光客でいつも賑わっている。

オールデンのコードバンの靴なら、すでに5足ほど持っているので、私は見るだけのつもりだった。

ところがーーー

なんと英国靴の最高峰として知られる「キング・オブ・シューズ」ジョン・ロブのモデルがいくつか、セールになっているではないか。

しかも、私のサイズがある。

試しに履いてみたのは、外羽根のフルブローグ、HAYLE。

黒のミュージアムカーフで、ラストは8695。

レザーソールではなく、ラバーのオクトーバーソールが搭載されており、メンテナンスは革底より手軽である。


「せっかくだから買ったほうがいいよ〜。
これを履いて鎌倉をお散歩したらいいんじゃないかな」


日本だと20万以上する靴だが、バンビにそそのかされて気持ちが傾く。

そこにスタッフが「こちらもセールになっています。お客さまのサイズですよ」とスニーカーまで持ってきた。

スエードでダブルモンクストラップのデザイン、これはたしか昨年発表されたHOLMEというモデル。

ダブルモンクストラップは、ジョン・ロブが稀代の洒落者、英国王エドワード8世(後のウィンザー公)のためにデザイン、製作したもので、現在でもウィリアムIIとして作られており、私も愛用している。

それをスニーカーに落とし込んだあたりは、さすがジョン・ロブだが、またもやバンビがーー


「このスニーカーを履いてお散歩したら、きっと気分がいいよ!」


そんなに散歩ばかりしているわけにはいかないが、二足購入しても日本で一足を買うより安いくらいだったので、結局、買ってしまったのだった。

もう靴は買わないと言いながら、旅先だと、こういう買い物をしてしまうことがある。

困ったことである。
posted by 城戸朱理 at 02:00| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月23日

もう靴は買わない〜MOTOのフルブローグ

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chausserと並んで気になっていた国産靴が、MOTO。

MOTOは1971年にレザー製品の工房として誕生し、1997年に創業者、本池秀夫の息子である大介、作人兄弟が引き継いで、
シルバーアクセサリーとレザー製品を扱うようになったというから、靴の専業メーカーというわけではない。

しかし、MOTOの靴は、素材選びが秀逸なうえ、職人の手技が生きていて、なんとも雰囲気がある。


革は、職人が一足、一足、刷毛で手染めした、むら感のあるハンドダイが中心で、艶が命のコードバンでさえ、グレージング(艶だしの工程)をはぶいたマットな仕上がり。

いずれもエイジングが期待できる靴だが、新品の段階で皺入れがしてあり、履き込んだような顔をしている。


私が購入したウィングチップは、頑健なグッドイヤーウェルト製法で、アッパーはシカゴの老舗タンナー、ホーウィン社のクロムエクセル。

クロムエクセルは、ワークブーツによく使われるが、オイルをたっぷりと浸透させたレザーで、雨に強い。

傷がつきやすいが、ブラッシングだけで傷が消えるのが特徴である。

しかも、360度グッドイヤー、アッパーとソールの継ぎ目から雨水の浸透を防ぐストームウェルトと、完璧な荒天仕様。


クロムエクセルを使っているからか、このモデルには皺入れされていなかったが、やや青みを帯びた黒のアッパーに、茶色のコバ、オリーブ色の蝋引き平紐と、カジュアル寄りのデザインで、スーツ以外なら何でも合わせられる。


もう靴はいらないと思いながらも、スペックに惚れ込んで購入してしまったが、天候を気にせず履けるので、雨の日には重宝する。

日本は雨が多い。

東京ならば、年間120日ほどは雨だから、雨用の靴は欠かせない。

やはり雨に強いフランスのパラブーツとともに梅雨どきにはヘビロテしていた。

荒天に強い靴は、旅行にも向いているのは言うまでもないだろう。
posted by 城戸朱理 at 12:56| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月22日

もう靴は買わない〜chausserのナチュラル・コードバンのブーツ

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吉増剛造さんが四季の京都を旅するドキュメンタリー映画「幻を見るひと」(井上春生監督)は、
昨年の11月24日から12月2日に、恵比寿ガーデンプレイスの東京都写真美術館ホールで7日間限定ロードショー公開されたが、
配給プロデューサーのバンビことパンクな彼女は連日、会場入りしていた。

谷川俊太郎さんがいらしたり、作家の長野まゆみさん、ミュージシャンの佐野元春さんが見えられたりと客席も多彩だった。

そして、私もトークに出演するために恵比寿ガーデンプレイスに通うことになった。


せっかく恵比寿まで行くのだから、ぜひ覗きたいと思っていたのがchausser(ショセ)、
靴職人を父に持つデザイナー、前田洋一によるドメスティック・ブランドである。

日本の職人によって丁寧に作られた靴は、奇をてらわないノスタルジックなフォルムで、実に魅力がある。


ショセが靴好きに注目されるようになったのは、染色していないナチュラル・コードバンを使った靴によってだった。

コードバンは農耕馬の臀部の革で、強靭なうえに透明感のある光沢を持ち、生産量が極めて少ないため「革のダイアモンド」とも呼ばれる。

コードバンを生産しているタンナーはアメリカのホーウィンと日本の新喜皮革など数えるほどしかなく、アメリカ靴として熱狂的なファンを持つオールデンの魅力もホーウィンのコードバンに負うところが大きい。

ショセは、そのコードバンを、なんと染色せず使って、贅沢な靴を作り上げたのだ。

新喜皮革製のナチュラル・コードバンは履き込むにつれて、肌色から奥深い光沢を持つ飴色に変化していく。

エイジングを楽しむ一足だが、コードバンは雨の日には履けないので、コストパフォーマンスは極めて悪い。

完全に趣味の靴だが、せっかくの機会だから、購入することにした。


ここ数年、バンビは、フランスの女優ブリジッド・バルドーのリクエストで生まれたパリのRepettoのフラットなバレエシューズ「サンドリオン」を4、5足買い込んで普段履きにしていた。

バルドーが1956年の映画「素直な悪女」(ロジェ・ヴァディム監督)で着用して以来、
Repettoのサンドリオンはファッショニスタに欠かせない靴となったが、ソールが薄いため、長時間歩いたりするのには向いていない。

ショセでバンビの靴も2足買ってあげたら、歩きやすいので喜んで愛用してる。

靴はたくさんあるので、私の靴はもういらないが、これからバンビの普段履きは、ショセで選ぶことになりそうだ。
posted by 城戸朱理 at 12:54| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月01日

「カメラを止めるな!」(上田慎一郎監督)



8月30日に三田のフレンチに招待されたので、バンビことパンクな彼女と相談し、東京に行く前に、横浜の109CINEMASで、話題の「カメラを止めるな!」(上田慎一郎監督)を見ることにした。

ずっと見たいと思っていたのだが、製作費300万円、しかも内150万円はクラウドファンドで集めたという低予算ながら、今や、全国200館以上で上映され、観客動員100万人を突破した破天荒な記録破りの作品である。


しかも、いきなり37分ものワンカット・ワンシーンのゾンビものサバイバルスリラーから始まる新機軸。

当然、カメラは手持ちだから画面は揺れるし、自主制作っぽいキッチュさがあるのだが、それからが爆笑の渦。

ワンカット・ワンシーンの奇妙な間の種明かしがされていくのだが、前代未聞、一度かぎりの方法が大当たりしたとしか言いようがない。

これはゾンビ映画なのか、それともコメディなのか、はたまた映画愛がテーマなのか。

笑いっぱなしで、お腹が痛くなった。


2度目を見に行ったら、シリアスなはずの前半37分でも、笑いをこらえられないだろう。


ちなみに「幻を見るひと」がモントリオール世界映画祭に招待され、現地入りした井上春生監督は、モントリオールで「カメラを止めるな!」の撮影をした曽根剛さんと意気投合、動画まで送ってくれたが、曽根さんは、よく全力疾走までして37分の撮影をしたものだと感心した。

曽根さんは途中でこけたりもしているのだが、それさえも笑いに転化するアイデアが素晴らしい。


見終わってからもしばらくは、笑いが込み上げてくる作品だった。


ハリウッドでのリメイクが決定している韓国映画「新感染 ファイナル・エクスプレス」(ヨン・サンホ監督)がシリアスなゾンビ映画の新機軸だったとすると、
上田慎一郎監督の「カメラを止めるな!」は、「ショーン・オブ・ザ・デッド」(エドガー・ライト監督)以来のゾンビ・コメディの傑作だろう。


それにしても、ゾンビ映画の裾野の広さには、驚くしかない。

ジョージ・A・ロメロ監督が創造した「生きている死者」は今や映画のみならず、さまざまな領域で、ひとつのジャンルを形成している。

それは、20世紀が生み、21世紀になっても成長を続ける、この時代の「恐怖」の形なのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 13:17| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月28日

シャツより軽いジャケット

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この酷暑でも、仕事となると、スーツはともかく、ジャケットが必要になることがある。

京都に持っていったのは、裏地など副資材をいっさい省いた、シャツより軽いジャケット。

先月、仕事で東京に滞在していたとき、ISETANのEMPORIO ARMANIで、ジャケットの内側にかけてあるブルーグレイのリネンのショーツと一緒に購入したものである。



アルマーニは今年から、アルマーニ・コレツィオーニとアルマーニ・ジーンズをEMPORIO ARMANIに統合し、コレクションラインのGIORGIO ARMANI、セカンドラインのEMPORIO ARMANI、ファストファッションのARMANI EXCHANGEの3ラインにまとめたので、
かつてのアルマーニ・コレツィオーニの売場はEMPORIO ARMANIに、アルマーニ・ジーンズの売場はARMANI EXCHANGEにかわった。


私としては、それを確認するだけでよかったのだが、バンビことパンクな彼女が「たまには自分のものを買うといいんじゃない?」と言うので、いちばん涼しそうなジャケットと短パンを選んだのだった。


日々、やらなければならないことが山積しているので、私もバンビも買い物を目的に出かけることは、まったくと言っていいほどない。

京都に行ったら、四条烏丸の東急ハンズで文具類を、東京に滞在するときはデパートを覗いたり、ヴィヴィアン・ウェストウッドでバンビの買い物をするのだが、このジャケットだけは買っておいてよかったと思う。

たたむと週刊誌よりもかさばらないし、何よりも、この猛暑では少しでも涼感があるほうがありがたい。
posted by 城戸朱理 at 10:26| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月25日

アレン・ギンズバーグのカメラ

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アレン・ギンズバーグは、その晩年に写真展を開催したが、それは紙焼きした写真の下の余白に手書きの言葉を添えたものだった。


ジャーナリズムの世界では、新聞や雑誌に写真を掲載して、何が起こったのか、言葉で説明する手法を「絵解き」と呼ぶ。

写真だけでは、本当は何が起こったのか分からなくても、その写真が何かの事件発生の直前であるとか、事後であるといった記事を読むことで、読者は言葉で納得したことであるのに、写真をその決定的な証拠と思い込んでしまう。

それが、報道の「絵解き」なのだが、ギンズバーグの場合は、まったく違う。

それは写真の説明なのではない。

写真と言葉が一体となって、別の世界が立ち上がっていくのだ。



ギンズバーグの写真はワタリウム美術館の「理由なき反抗」展でも展示されていたが、なかには鏡の前に全裸で立って撮影したセルフ・ポートレートがあった。

当然、そこにはギンズバーグが使っていたカメラも写っているのだが、バンビことパンクな彼女が、写真家だけに機種を確認したらしい。



「ギンズバーグが使っていたカメラは、OLYMPUSだったよ!
バリアをスライドさせるとレンズが出てくるカメラなんだけど、城戸さんが持っているヤツじゃない?」


さっそく出して確認してみたら、まさしくギンズバーグが使っていたOLYMPUS XAだった。

絞りとピントをマニュアルで調整するコンパクトカメラである。

まだ20代だったころ、松尾芭蕉の『奥の細道』をなぞる旅をしたときに使ったりしたカメラだが、30年以上たった今でも使える。


現在のデジタルカメラのように、シャッターを押せば誰にでも写せるというものではないが、フィルムカメラとしては扱いやすく、一時期、愛用したものだった。



「フィルムを入れて、これで漂流物を撮ってみたら、どうかな?」とバンビ。



たしかに、マニュアルのフィルムカメラには、デジタルのようにやり直しが効かないという緊張がある。

しかも現像するまで、どんな写り方をしているのかも分からない。


子供のころ、父が現像をする手伝いをよくしたが、暗室のなかで、印画紙に浮かび上がってくる画像は、新たに世界と出会うような驚きがあった。


このカメラを持って、海辺を歩く日が、いずれ来るのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 10:01| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月24日

京都ロケの靴

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京都駅の八条口に出たとたん、いきなり熱波に襲われた。

鎌倉は暑いといっても最高気温が33℃を記録するていど。

さすがに気温が35℃を超えると、液体を呼吸しているような感覚である。

アスファルトの輻射熱で、実際の気温は40℃超だろうから、お風呂に入っているのと変わらない。


こうなると仕事のとき以外は、ポロシャツと短パンで過ごすしかないし、足元も気楽なものにしたくなる。


ふだんは、今季、よく履いているPRADAのスニーカー。

ロケのときだけは革靴にしたが、それも20年近く愛用しているGUCCIのアイコン、ビットモカシンで、紐を結ぶ必要がない。


そして、ホテル内ではビーチサンダル。

ついに海でもないのにビーチサンダルまで持ち出してしまった。


私が持っている靴でも、もっとも気楽なラインナップだが、こう暑くては普通の革靴でも履く気にならない。


鎌倉に戻ってから2日ほどは、さわやかな日になったが、またもや猛暑が戻ってきてしまった。

いったい、いつまで、この苛酷な夏は続くのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 13:13| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月15日

こけち銀行???

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外泊が続くと、どうしても出費がかさむ。

すると、バンビことパンクな彼女がーー



「城戸さんにいつも出してもらってるから、次はこけち銀行が出そうか?」


「こけち」はバンビ語で「こけし」のこと。

しかも、銀行と言っているのは、バンビのお財布なのである。


「でも、こけち銀行はちっちゃいからね、あんまり沢山は出せないんだよ!」


当たり前である。

こけち銀行=バンビのお財布に入っているのは、バンビのお小遣いなのだから。


バンビ国は、すぐに財政破綻しそうになるし、こけち銀行は、すぐに残高ゼロになるから、注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 06:57| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月06日

白いシーツと白いタオルと



わが家の洗面所には、厚手の白いタオルが10枚ほどバスケットに入れて置かれている。

無印良品のフェイスタオルで、使ったら、そのまま洗濯機に放り込むのだが、冬にバスタオルをラルフ・ローレンで新調したとき、チェックのフェイスタオルも買ったので、バンビことパンクな彼女が「白いタオルは傷んだら雑巾にして、いずれラルフ・ローレンに交換したらどうかな?」と言い出した。


猛暑日が続くだけに、一日で使うタオルの量も半端ではない。

少しずつ、新しいタオルに交換していったら、気持ちがいいかも知れない。


バンビは白いシーツを一週間分買い込み、頻繁にシーツを交換している。


「この猛暑だから、洗い立てのさらっとしたシーツで、よく眠れるようにするんだよ!
毎日、交換したらどうかな?」


たしかに洗い立てのシーツは気持ちがいいが、今年の記録的な猛暑は、それでも耐え難いものがある。

シーツもタオルも、洗って干すとあっという間に乾いてしまうのが、せめてもの救いだが、そういえばインドのガンジス川中流域を旅したとき、昼食のあとシャツを洗って屋外に干すと30分ほどで乾いたのを思い出した。

今や、日本もインド並みかと思って、インドの気温を確認してみたら、日本のほうが暑いではないか!

日本は熱帯ではなく、超熱帯になってしまったようだ。
posted by 城戸朱理 at 22:14| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月05日

酷暑の熱中症対策

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自然災害レベルの酷暑が続いている。

気象庁気象研究所の荒木健太郎さんのツイートによると、熱中症による死亡者は毎年約500名、今年と同様、記録的な猛暑だった2010年には1745名に達したそうだ。


そうなると、たしかに自然災害としか言いようがない。

例年ならば、熱中症対策は、こまめな水分補給だが、今年は水分だけではなく塩分の補給も呼びかけられている。

発汗によってナトリウムが失われると、体内のナトリウム濃度を一定に保つため、水分が汗として体外に放出されるので、脱水症状を起こし、熱中症になりやすくなるためだが、もうひとつ注意しなければならないのがアルコールの摂取だ。

猛暑のなか、過度の飲酒をすると、アルコールを分解するために体内の水分が使われ、やはり脱水症を起こしやすくなる。


先日、東京の立川駅で、20代、学生とおぼしき若者が熱中症を起こしかけていたのに遭遇した。

様子がおかしいのに気づいたバンビことパンクな彼女は、常時、携帯している梅干しの錠剤を渡し、すぐに駅員を呼びに行った。

若者は、ミネラルウォーターを持っていたので、水を飲むように促し、私が雑誌を団扇がわりにしてあおいでいたら、やはり若い男性と女性が足を止め、扇子で風を送ってくれた。

若者は、昨夜、飲みすぎたと語っていたので、脱水症状になりかけていたのだろう。


体力のある若者でさえ、熱中症になることがあるのだから、高齢者や子供はさらに注意する必要がある。


日傘を持つと、木陰を持って歩いているようなものらしく、だいぶ楽になるそうだが、私もこの数年、かぶることのなかった帽子を外出時にはかぶるようにしている。
posted by 城戸朱理 at 13:27| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

例外的に小さいもの

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鎌倉に帰って、コンビニを覗いているとき、バンビことパンクな彼女が「なんでもちっちゃくてさびしいね〜」と言い出した。

そうなのだ。

ハワイのスーパーに比べるとあらゆるものが小さい。

牛乳も大きい容器だと5リッターほどのものがあるが、肉や魚の切身であれ、あるいはパックされたものでも、とにかく、アメリカでは、すべてが大きいのだ。


そんななか、カパフラ通りのSAFEWAYで、例外的に小さいものを見つけた。

何かというと卵一個分のフライパンである。

これは小さい。

本当に小さい。

あまりに小さくて玉子を焼く以外にはーー使えない。

玉子をきれいな円形に焼くためのリングも一緒に売っていたので買ってみた。


これは単身者向けなのだろうか。

それとも目玉焼きだけは、一個ずつ焼くのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 09:15| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月12日

アラモナア・センターのJ.CREW

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J.CREWは日本から撤退したが、アメリカでは完全に復活し、人気を博している。


この復活劇の立役者は、2008年にクリエイティブ・ディレクターに就任したジェナ・ライオンズ。

彼女は、それまでのベーシックなアメリカン・カジュアル路線から、クオリティを重視するシックなプレッピー・スタイルを打ち出し、J.CREWを全米屈指の人気ブランドに育て上げた。

新生J.CREWは、オバマ前大頭領一家が愛用したせいもあって、一気に勢いづいたが、私もハワイとニューヨークでJ.CREWのコレクションを見て、驚いた記憶がある。

とりわけ、レディースは、ヒップなテイストを上品さに落とし込んだ魅力的なコレクションだった。


J.CREWにはカジュアルなイメージがあるが、メンズでは、イタリアの老舗生地メーカー、カノニコなどの高級素材を使ったラドロー・スーツがファンを獲得した。

皺になりにくいハイツイストの生地を使ったラドロー・トラベラー・スーツも発表されたが、これなど出張の多いビジネスマンには最適だろう。

日本には店舗がないので、オンラインで注文するしかないが、ラドロー・トラベラー・スーツは、私も気になるもののひとつだ。



ジェナ・ライオンズは、昨年、クリエイティブ・ディレクターを退いたが、コレクションを見るかぎり、彼女が作り上げたテイストは踏襲されているようだ。




5月末のハワイは、夏休み直前で、セールの季節。


今回は、アラモナア・センターのJ.CREWで友人へのお土産を物色したのだが、自分のものも何点か購入した。

バンビことパンクな彼女が選んだのは、夏らしい藤を編んだ小さなバッグ、私はマスタード色のコットンのサマーセーターとピンクのフラミンゴが刺繍されたオックスフォード地のボタンダウンシャツ。

セーターは秋口にオリーブ色のパンツと合わせようと思ったのだが、シャツは、ハワイでなければ買わなかったかも知れない。

気になると言いながら、スーツをまったくチェックしなかったのは、やはり南国だからだろう。
posted by 城戸朱理 at 08:27| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月11日

ハワイの日系人

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今回の六泊の滞在では、ハワイの地元新聞「Star Advertiser」を毎日、チェックしていたのだが、連日、キラウェア火山噴火の記事が一面で報道されていた。

そんななか、5月26日付の一面に「GANNENMONO 元年者
150's ANNIVERSARY」という記事が。


総勢153人の日本からの移民が、初めてハワイに渡ったのは、今から150年前の1868年。

慶応4年だが、この年の秋から明治元年にかわるので、彼らは「元年者」と呼ばれる。


日系移民は、その後も増え続け、1920年ごろには、ハワイの総人口32万のうち12万を占めるほどになった。

日本にルーツを持つ人が、これだけ大勢暮らしているのは、ハワイを除けばブラジルだけだろう。


そのために「BENTO」や「MUSUBI」「FURIKAKE」は完全に現地化しているし、「SUSHI」もポピュラーで、ABCストアでも当たり前に売っている。

日本のコンビニで何種類もの寿司を売っていることがないのを思うと、ハワイのほうが、一般化したと言えなくもない。


ただし、寿司もハワイという土地に合わせて、変化している。

カハラモールでは「KuruKuru Sushi」という店があった。

その名の通り、回転寿司だが、メニューは海老と鰻の寿司ケーキ、サーモンとアボカドの寿司ケーキにソフトクリーム、カレーうどんやポケ丼と、日本人が考える寿司屋とは、まるで違う。


アラモアナ・センターにも「HONOLULU SUSHI」という店ができていた。

こちらはハワイ初の手巻き寿司の店だが、ネタは海老の天ぷらや照り焼きチキンと、およそ寿司ネタとは思えないものがある。


ハワイでは、まぐろ・サーモン・海老・アボカドのレインボー寿司がポピュラーだが、これなどは、まだ納得できるほうかも知れない。

まぐろやサーモンの握り、鉄火巻やかっぱ巻も、よく見かけるが、こちらは日本のそれと同じである。


スパムむすびに代表されるハワイのお握りは、俵形が基本だが、フードランドでは、フライドチキンむすびや真っ赤なウィンナソーセージむすびもあった。


三世、四世になると日系人は、日本語を話せない人がほとんどだと聞いたが、寿司やお握りの変容ぶりを見ると、それも分かるような気がする。
posted by 城戸朱理 at 09:11| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする