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城戸朱理のブログ: エッセイ

2020年05月03日

人間のいないところ、自然は

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今年は桜の開花が早かった。

例年なら、鎌倉では4月になってから染井吉野が咲き始め、染井吉野が散って葉桜になるころ、山桜が満開になるのだが、今年は3月後半には、山桜が先に満開となり、山桜が散るころ、染井吉野が咲き始めた。

そして、5月。道を歩けば、あちこちに花が咲き、山々には山藤が紫にけぶるようで、麗らかな日々が続いている。

新型コロナウイルスの感染拡大さえなければ、素晴らしい春として記憶したかも知れない。


感染爆発が起こった国々では、強硬な外出禁止令が出され、人々は在宅を余儀なくされているが、日本のように自粛で家籠りをしている人も少なくない。


人間が家から出ないため、世界は様変わりしているようだ。

ハワイのノースショアでは海亀が群れ、ニュージーランドだったろうか、市街を羊が我が物顔で闊歩し、日本の沿岸部でも、普段と違ってイルカやエイの姿が確認されている。

「人間がいないところ、自然は荒涼を極める」。

これはウィリアム・ブレイクの詩句だが、人間がいないほうが、地球の動物は伸び伸びと過ごすことができるのだろう。


鎌倉では、ウグイスが鳴き、殿入川には鴨が泳ぎ、木にはリスが駆け回っているが、これはいつものこと。

コジュケイとガビチョウの鳴き声がやかましい。


ところが今年は、わが家のベランダから手を伸ばせば届くところの枝に、ヒヨドリが巣を作り始めた。

ヒヨドリは雄が巣作りをし、雌は上空で見張り役をつとめ、危険を察知すると鳴いて知らせるらしい。

バンビことパンクな彼女が気づいて、洗濯物に身を隠しては、望遠レンズを持ち出して、写真を撮ったり、動画を撮ったりしていたのだが、3日ほどで居心地のよさそうな巣が出来上がった。

5月が終わるころには、雌が卵を抱いていることだろう。


小さな来訪者のおかげで、ささくれだった日々が少し別のものになった気がする。
posted by 城戸朱理 at 20:35| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月16日

令和恐慌は避けられるのか?



内閣府は昨年10月から12月の四半期の経済成長率を修正、年率に換算してマイナス7.1%と発表した。

驚くべき数字だが、デフレから抜け出せないままだった日本経済に、昨年10月の消費税増税が、とどめを刺した感がある。

マイナス7.1%というと、約38兆円の損失になる。


OECDの発表によると2019年の日本国民ひとり当たりのGDPはOECD加盟国36カ国中18位で、OECD平均を下回り、イタリアやニュージーランド、韓国とほぼ同水準。

就業者ひとり当たりの労働生産性は21位でトルコやスロベニアとほぼ同じ水準であり、G7のなかでは最下位に転落している。

日本はもはや先進国ではないと指摘する識者がいるが、それは、こうした数字からも確認できる。



さらに、驚くべきデータがある。

税金・年金・健康保険料など国民の負担は、2010年代初頭まで23%ていどだったが、自民党・公明党の連立政権下で上がり続け、2018年の段階で44%に達した。

つまり、私たちは収入の半分弱を税金等で納め、わずか半分強が手元に残るだけになったのだ。


そこに消費税を増税したわけだから、内需がGDPの約6割を占める日本で景気が後退するのは当たり前で、しかも不況に突入しかけたところで、新型コロナウィルスのパンデミックが起こってしまった。


まず問題視されたのは、訪日外国人による旅行消費、インバウンドの落ち込みだが、インバウンド消費は2018年で4兆円を上回っているものの、名目GDPに占める比率は0.8%にすぎない。

インバウンドに特化したホテルやレストランなど観光業にとっては死活問題だが、昨年末四半期の落ち込みがあるだけに、現在の自粛による個人消費の冷え込みは、日本経済を断崖絶壁に追い詰めつつある。


コロナウィルスの終息が見えるまで、個人消費の冷え込みは続くだろうし、その期間が長引けば長引くだけ、中小企業や個人事業主の倒産が増え、失業率は上がることになる。

企業も減収を余儀なくされるし、リーマンショック後の2019年の派遣切りや正社員でも解雇されるケースが増えかねない。


しかもヨーロッパ、中東とパンデミックとなった今、経済の大収縮は日本だけの問題ではない。


通貨の流通量が大きく減り、収入・物価・雇用が大きく減退すると世界恐慌の怖れさえあるわけで、ウィルスとの戦いは生命だけではなく、経済の問題に拡大してしまった。

不況もまた人を殺す。


イギリスのボリス・ジョンソン首相は、イタリアやフランスと違って、学校を休校にせず、国民の6割が感染して集団的免疫を獲得し、パンデミックを鎮静化させるという思い切った方針を打ち出した。

この場合、全英の人口の5%が重症化し、さらに0.4%に当たる27万人が死亡すると予測されているが、封じ込めに失敗したら、それしか方法がないのも事実で、感染者が次第に増えている日本は、はたしてどうなるのか、緊張ばかりが高まる。


リーマンショック後、政府は15.4兆円の国費を投入したが、今回はそれ以上の財政出動と大胆な減税が必要となるだろう。
posted by 城戸朱理 at 13:06| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月13日

世界的コロナショック



3月9日、新型コロナウィルス感染拡大を受けて、ニューヨーク株式市場はパニック売りに見舞われ、ダウ平均株価が暴落、なんと2013ドル安を記録した。

株価安定のためにサーキット・ブレーカーが発動され、一時的に取引停止となったが、コロナウィルス禍のみならず、OPEC(石油輸出国機構)とロシアなど非加盟産油国の協調減産体制が崩壊し、サウジアラビアとロシアが増産に転じたため石油価格競争が激化、原油安が続いており、この逆オイルショックも暴落の原因となった。


さらにトランプ大統領のEU諸国からの入国禁止措置がもたらす経済的影響を懸念して、12日のニューヨーク株式相場は、またもや過去最大の下げ幅となる2352ドル安という大暴落。

一方、日本も、13日に東証の日経平均株価が暴落、17000円を割り込んだ。


2008年のリーマンショック以来の不況を予測せざるをえない状況だが、いまやコロナショックは、WHOによると致死率3.4%というウィルス自体の危険性ばかりではなく、経済崩壊の危険性にまで拡大した。

グローバルな資材・部品のサプライチェーンが機能しなくなり、インバウンドばかりではなく、外出を控える自粛によって国内の人の動きも絶え、地域経済にとどめを刺しかねない。

私が行きつけにしている鎌倉のある店では、この状況が続くと個人経営の店は潰れかねないと言っていたが、鎌倉も数ヵ月前までの混雑が嘘のように閑散としており、ウィルスだけではなく、経済的問題によって、市民が死にかねない状況になりつつある。


中国は50日かけて新型コロナウィルスの封じ込めに成功したように見える。

最後の感染者が陰性になり、さらに2週間の観察を経て陰性になるまで、あと50日と考えられているが、日本のコロナ対策は中国のように徹底したものではないので、今後も感染拡大が続くだろう。

先行きが見えない。
posted by 城戸朱理 at 15:24| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月18日

もう靴は買わない〜ジョッパーブーツ

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ジョッパーブーツは、乗馬用のショートブーツで、くるぶしを一周するストラップを外くるぶしのバックルで留めて固定する。

ポロ競技に由来するという説もあるが、スポーツに起源を持つだけにフォーマルなスーツには合わせられない。

だが、足首で交差するストラップ、それを留めるバックルと特徴のあるデザインで、ブーツのなかでもインパクトがある一足だ。


ストラップを留めるだけなので、紐靴よりは着脱も楽だし、ブーツならではの安定感もある。

スーツに合わせられないため、決して一般的ではないが、好きなデザインで、黒と茶の2足を持っている。


ジョッパーブーツはストラップとバックル以外には装飾性がなく、細みのデザインになっているのが普通だが、写真のものはキャップトウでブローギング(穴飾り)が施された珍しいデザインになっている。

これはルイ・ヴィトンのブーツだが、ツイードのジャケットや、セーターにショートコートで散歩するときに重宝している。


どうしたことか、ことジョッパーブーツに関しては、黒もサンローランのもので、革靴の専業メーカーではなく、メゾンのものしか買ったことがない。

それは、フォーマルなものではないため、専業メーカーのショップを覗くときには意識していないせいだろうか。



私は夏以外は、ほとんどブーツで過ごしているが、ジョッパーブーツはチャッカブーツに次いで出番が多い。

サイドゴアブーツと並んで、バーのカウンターに似合う靴だと、ひそかに思っている。
posted by 城戸朱理 at 12:35| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月17日

「裏勝り」と刺青

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現代では、刺青と聞くと「反社会的」という言葉は条件反射のように出てきてしまうが、かつては決して「反社会的」なものではなかった。

幕末から明治にかけて、日本を訪れた欧米人の多くが、日本における刺青に言及しているが、それを読むと、刺青は庶民が「粋」を誇示する装飾にほかならなかったようだ。


「火事と喧嘩は江戸の花」と言われたほど、江戸は火事の多い町だったが、当時の消火活動は、燃え移りそうな家屋を倒して延焼を食い止めるというもので、武家屋敷の火災には大名火消しと定火消しが、町人の居住地では町火消しが消火に当たった。


異端美学の研究者、平井倫行氏によると、町火消しは、火消しに向かうときは半纏の無地藍染めの表に水をかぶって出かけ、無事に消火を終えたときは、派手な絵柄の裏地を表にして凱旋したそうだが、この絵柄が刺青の絵柄と通底するものなのだとか。

江戸時代には幕府によって、たびたび奢侈禁止令が出され、人々の服装の素材や色・柄まで制限されたが、町民は絹の着物が禁止されると、裏地に絹を用い、さらに裏地に凝った絵柄を施すなど、反骨ぶりを発揮した。

これを「裏勝り」と呼ぶが、平井さんは「裏勝り」を身体化したものとしての刺青を考察しようと考えたらしい。


武士や大店の主人、火消しの頭は刺青を入れることがなかったそうだから、「裏勝り」は、そうした階級の人々に好まれたのかも知れない。


こうした嗜好は日本だけのものかと思っていたのだが、稀に欧米の服にも「裏勝り」を見いだすことがある。


家内はパンクだけに、いつもヴィヴィアン・ウェストウッドを着ているが、最近、愛用しているハリスツイードのコートは、いかにも英国的な手紡ぎのウール地でありながら、ヴィヴィアンのアイコン、ハート型のラブカラーというデザインで、しかも風景画をプリントした裏地が使われている。


写真は私のジャケットだが、赤系のツイードでシルクの裏地には花鳥画がプリントされており、これも「裏勝り」と言えそうだ。

これはフリーダ・ジャンニーニ時代のGUCCIのジャケットだが、別に赤系のツイードが欲しかったわけではなく、この裏地に惹かれて購入したもの。

つまり、私も「裏勝り」に食指が動いたということになる。

このジャケットには、GUCCIが同じコレクションのときに出した黒地に黒の糸で鳥を刺繍したセーターを合わせる。



見えないところに施された装飾、その深層は、たしかに刺青に通底するものなのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 00:18| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月16日

熟睡するならハムスター気分???

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バンビことパンクな彼女が買い物に行って、A5等級の和牛を買い込んできた。


「今晩はすき焼きだよ!」


すき焼きも久しぶりである。


「あと、いいものを買ってきたよ!」
???


バンビが取り出したのは、フェイスタオルほどの大きさのふわふわした代物だったのだが、タグを見たら「ペット用毛布」と書いてあるではないか!?



「そ。
これを首に巻いて寝るんだよ!」

なぜ、ペット用毛布を巻いて寝なくちゃならないんだ?

「ペット用だからね、これを巻いて寝ると、人間であることから解放されて、ハムスター気分で熟睡できるんだよ!」
・・・・・・



分かるようで、よく分からない理屈だが、パンクだから仕方がない。



「たった217円なんだけどね、これを巻いて寝るかぎり、にゃんこみたいなものだから、あらゆる悩みからも解放されるんだよ!」



よく分からないが、ペット用毛布を首に巻くと、ハムスター気分で、にゃんこみたいなものになってしまうらしい。


そして、バンビは嬉しそうにペット用タオルを首に巻いて寝てしまったのである。


しばらく観察していたら、たしかにハムスターのように「はむはむ」したり、にゃんこのように弱々しい猫パンチを繰り出したりしている。

夢のなかで、ハムスターになったり、猫になったりしているのだろうか?


パンクだから仕方がないが、より一層の注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 17:11| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月07日

中国の新型コロナウィルスとアメリカのインフルエンザ



新型コロナウィルスの感染が拡大している。

もっとも、当初からウィルスのアウトブレイクのピークは3月から4月と予想していた有識者も少なくないので、しばらくは感染が拡大することになるのだろう。


ただし、新型コロナウィルスの発症は99%が中国本土であり、それ以外の国では、いまだにアウトブレイクを思わせる事例はない。

WHOのグローバル危機準備担当局長、シルビー・ブリアン医師は、新型コロナウィルスに関して、根拠のない情報が大量に拡散するインフォデミックが起きていると警告を発したが、たしかにネットでは、どれが信頼できる情報なのか分からなくなっている。

不確かな情報に惑わされずに、インフルエンザが流行したときと同じ姿勢で過ごすのが正解だろう。


インフルエンザよりコロナウィルスのほうが恐ろしいと思っている人もいるかも知れないが、2009年に世界的なパンデミックを記録した新型インフルエンザの場合、アメリカでは1万2千人もの死者が出ており、日本では198人の死亡が記録されている。


また、コロナウィルスの影になって日本では話題になっていないが、アメリカでは、この冬、インフルエンザが猛威を振るっており、全米で1900万人が感染、すでに1万人を超える死者が出ており、中国の新型コロナウィルスをしのぐエピデミックとなっている。

アメリカ疾病対策センター(CDC)は、このインフルエンザによる死者が最終的に2万人に達する怖れがあると警告しているが、毎年、冬になると流行する季節性インフルエンザに比べて、毒性の強い新型インフルエンザは、新型コロナウィルスと同じほどには恐ろしいことを認識しておく必要がある。


結局、私たちに出来るのは、免疫を下げないように食事と睡眠をきちんと取り、不要不急の外出を避けること、それに外出後の手洗いくらいしかないのだから、騒いでも仕方がない。

中国、そして武漢での新型コロナウィルスの沈静化を祈りつつ、日々を過ごしている。
posted by 城戸朱理 at 08:42| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月26日

貧困と自炊



自炊できるのは経済的に余裕がある人で、食材は高いうえに、貧困層には調理をする時間的余裕もないという主張が、SNSで、自炊か外食かという論争を巻き起こした。

旧来であれば、自炊したほうが節約になるというのが常識だったが、今や、そんな簡単な話ではなくなったようだ。


先日、同じような話を内モンゴルから来て、日本で仕事をしている青年から聞いた。

阿斯汗(アスハル)さんという名前からモンゴルの方と推測はできたが、モンゴル自治区の出身なので、国籍は中国。

御実家は内モンゴルの大都市で、物価が上がり続け、自炊するよりもウーバーイーツのようなデリバリーで食事をするほうが安上がりなのだという。

中国の発展は、予想を超えたものがあって、今や、内モンゴルの都市でも、スマートフォンで注文すると、コーラ1本から何でも宅配される時代なのだとか。

買い物のためには、誰も外出しなくなったというのだから、日本よりも未来的である。



中国の場合は、経済成長でインフレが続いているため、給与が増える以上に物価が上がっており、自炊より宅配のほうが安くつくようになってしまったわけだが、日本では、デフレから脱却できず、賃金が下がり続けているため、同じようなことが起こってしまったということになる。

好景気の中国と不況下の日本で、まったく逆の理由で同じようなことが起こるのだから、皮肉としか言いようがない。

飲食店の原価率は、25〜30%だから、食材を買って自分で調理するほうが外食するよりは安くなるはずだが、ひとり分を作るとなるとロスが大きいし、何よりも調理する時間がないというのが、日本の低所得世帯の現実なのだろう。


若者の貧困と格差社会が社会問題になってから、10年以上がたった。

しかし、問題は解決するどころか、さらに深刻なものになっている。

自炊さえ贅沢になりかねない労働環境が、当たり前のはずはない。


消費税の増税によって、日本はリーマン・ショック以上の不況に陥りつつある。

オリンピックの特需が終わったとき、この国はさらに沈没していくことになるのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 22:20| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月23日

ラーメン・デート???

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昨年、酷暑の8月にナタリア・ドーンさんがCS放送の番組に出演するために来日してくれた。


ナタリアはアメリカ建国の父とされるピルグリム・ファーザースまで家系をたどれるアメリカの名家の出身だが、イギリスのオックスフォード大学の大学院博士課程に在籍しており、昨秋からはフェローとして教壇に立っている。

最初に会ったのはニューヨーク、再会したのはハワイ、この数年は日本で会うようになったが、「元号が令和になって平成生まれとしては、少しさびしいです」と不思議なことを言っていた。

自分が「平成生まれ」と認識しているアメリカ人なんて、ナタリア以外にいるのだろうか?


専門は日本近世、幕末というのだから面白いが、好きな和食は「カルビ!」と言うので、焼肉も和食なのかという疑問を抱きつつ、歓迎会は焼肉屋で催した。

ナタリアの横で嬉しそうな井上春生監督も面白い。



最近、海外でも日本のラーメンが人気だと聞いていたバンビことパンクな彼女が、ナタリアに、どんなときにラーメン屋に行くのか尋ねたら、思いがけない答えが。


「デートのときですね」
!!!!!!


ラーメン屋でデート???


ラーメンという食べ物が、日本人にとってのエスニック料理ようにエキゾチックなものと認識されているのかと思ったが、どうやらそうではなく、ラーメンの値段が関係しているらしい。


日本でラーメンといえば、1000円以下。ところが欧米ではラーメンは2000円はする。

トッピングを追加し、ビールでも頼んだら、チップと物品税を足すと、ひとり4000円以上になってしまうだろう。

つまり、高級品なのである。


だから、デートのときにラーメンが選ばれるのだろうが、奇妙な感じがするのは否めない。


ちなみにナタリアは、ひとりで牛角に入って、カルビを焼くこともあるそうだ。
posted by 城戸朱理 at 13:50| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月19日

「物憑き」の果てに



かつて大西時夫氏が発行していた詩誌「ミルノミナ」に「物憑き抄」という随筆を連載していたことがある。


瀧口修造の言葉に導かれ、私にとって「物」とは何なのかを考えてみるためのエッセイだったのだが、年齢を重ねた今、再び、「物」について考察してみたい気持ちが強まってきた。



人類の歴史は、道具とともにある。

縄文時代なら、狩猟と漁労、そして保存のための土器が作られ、弥生時代には稲作のための道具や煮炊きするための土器が作られ、次第に生存のための道具から、余剰としての「物」が生産されるようになっていく。


近代の日本、とりわけ戦後の昭和という時代は、家庭に物が増え続け、やがては溢れるまでの時間だったと言ってもよい。



それが、2007年にiPhoneが発売されてから、劇的なまでに変化した。

とりわけ、書物や音楽、映画などは、旧来の書籍、CD、DVDという「物」から、形のない情報を買ったり、レンタルするといったスタイルに変わっていったが、こうした変化は不可逆的なものであり、私たちの生活を一変させるものとなったのは間違いない。


昭和を象徴する家電でもあったテレビは、一家に一台からひとりに一台まで普及したが、今では若者の部屋にはテレビがないのが当たり前になりつつあるという。

こうした変化のなかで、私たちにとっての「物」も大きな変容を被らざるをえないのではないだろうか。


身の回りを見渡してみると、必要だと思って入手したはずなのに、物という物がうとましく思えることがある。

「物憑き」と「物疲れ」。

昔の人は、百年を経た器物は生命を得て「付喪神」という妖怪になると考えたが、「物」には何らかの用途があるという道具としての側面ばかりではなく、限りなく情緒的な正面があるということなのかも知れない。

そうした「正面」に向かい合ったのがシュルレアリスムにおける「オブジェ」という概念であったわけだが、それは、柳宗悦が民芸運動で唱えた「用の美」とは真逆の「無用の用」であった。


瀧口修造は自らの書斎を「影どもが住む部屋」と呼んで、次のように語っている。



〈物の遍歴。物への遍歴。私の一生は「持たざるもの」の物憑きとして終わったとしたらどうだろう。怖ろしいようなものだ。〉



この怖ろしさに向き合うところから、私も新しい仕事を始めてみたい。
posted by 城戸朱理 at 14:00| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月08日

もう靴は買わない〜JHON LOBBのカジュアルシューズ

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酷暑の夏以来、スーツ着用時にヘビロテしたJHON LOBBのダブルモンクストラップシューズ「ウィリアムII」をフルメンテした。


シューツリーを入れて、まずは大きめの馬毛ブラシに丹念に埃を払う。


クリーナーはオレンジオイルが香り立つM.モウブレイのステインクレンジングウォーター。

乾燥気味のアッパーにアボカドオイル配合のM.モウブレイ/リッチデリケートクリームを入れて、しばらく待ち、さらにホホバオイル配合のサフィール・ノワール/スペシャル・ナッパ・デリケートクリームを入れると、レザーはみずみずしい艶を取り戻す。

仕上げにはサフィール・ノワールのシアバター配合、クレム1925のブラックをペネトレイトブラシで塗布し、豚毛ブラシでブラッシングしてから、コットンで、さらにセーム革で磨き上げる。



日本アロマ環境協会公認アロマセラピストの資格を持つバンビことパンクな彼女も「ほとんどアロマテラピーの世界だね!」と面白がっていたが、近年、シューケア用品の発達は目覚ましいものがあり、南仏プロヴァンスのロクシタンのような高級化粧品と同じ天然成分で作られたクリームが当たり前になった。


当然、香りもいいし、靴の表情も見違えるほどになる。


かつては革靴は水を嫌うというのが通念だったが、乾燥した革はひび割れを起こし、クラックが入ってしまうので、革に水分も補うデリケートクリームが流通するようになったのは、この5年ほどだろうか。

昔はクリーナーで汚れを落とし、油脂分ばかりを補って靴墨で磨き上げていたわけだが、変われば変わるものである。


私自身にも変化があった。

以前なら、これというときにしか履かなかったジョン・ロブを、むしろ積極的に履くようになったのだ。

革靴は手入れをしながら履き込んでいったほうがいいのは言うまでもない。


スーツのときは、パンチドキャップトウのフィリップIIか、ウィリアムII、ふだん散歩をするときは、やはりジョン・ロブのカジュアル・シューズを愛用している。


夏にはスカイブルーのミスティカーフのエプロンフロント・ダービーとネイビーのスエードのローファー、秋から冬にかけては茶のウィングチップブーツと黒のチャッカブーツ。

ウィングチップブーツは、ミュージアムカーフでラストは6965。


どこまでも歩いていけると思える靴を履いたときの安心感は、何物にも替えがたいものがある。
posted by 城戸朱理 at 10:56| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月07日

もう靴は買わない〜正しい革靴のサイズ選び

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革靴が苦手だという人は少なくない。

たしかに、窮屈な革靴を履いていると足が痛くなるし、靴ずれもするから、革靴を避けたくなるのは、分からないでもない。

だから、革靴となると余裕のあるサイズを選ぶ人が多い。


ところが革靴に関しては、余裕があるということは大きすぎるということに他ならない。


足の爪を剥がしかけ、整形外科医に診てもらった友人が、紐をゆるめずに履ける靴は大きすぎると医師に注意されたのだが、革靴はややタイトなものを選ばないと、靴のなかで足が遊び、発汗が増えて靴ずれしやすくなるし、足に負担をかけることになる。

履くときは靴紐をゆるめて靴べらを使い、脱ぐときは靴紐をほどくというのが基本で、そうやって履ける靴がジャストサイズだと思えば間違いない。


革靴の製法は、大雑把に言うと、アッパー(甲革)とソール(靴底)を、どうジョイントするかで、英国的なグッドイヤーウェルト製法、イタリア的なマッケイ製法、簡便なセメント製法に大別できる。

アッパー(甲革)とソール(靴底)を接着剤で付けるのがセメント製法、マッケイ、グッドイヤーは縫い合わせるのだが、マッケイは軽く、グッドイヤーがもっとも堅牢な造りになる。


革靴はソールと靴紐が消耗品なので、ソールの張り替えができないセメント製法の靴は、ソールがすり減ったら捨てるしかないが、デザインの自由度は高い。

マッケイやグッドイヤーは、ソールを張り替えることができるが、構造の違いからグッドイヤーの方が耐久性は高い。


革靴は横には伸びるが縦には伸びないので、爪先が当たる靴は選ぶべきではないが、足の甲はややきつめのものを選んだほうがいい。

セメントとマッケイに関しては、足入れしたときに違和感なく足の甲を包み込むものがジャストサイズになるが、グッドイヤーの場合は中敷きのコルク材が履き込むにつれて履く人の足の形に沈み込み、最高の履き心地になるので、新品のときはタイトに感じるものを選ばないと、次第に緩くなってしまうので注意しよう。


革靴クラスタになると、激痛に耐え、血を流しながら、時間をかけてジャストフィットする靴を選ぶ人もいるが、これは趣味の問題。

フランスの名靴、J.M.ウェストンなどは「万力締め」と言われる苦痛を経て、最高のフィッティングが得られるので有名だが、私はそこまでやるつもりはない。



スリッポンの場合は、靴紐で調整できないだけに、サイズ選びが難しい。

写真のGUCCIのアイコン、ビットモカシンはマッケイ製法、20年ほど履いているがジャストサイズ。

茶色のプレーントウは、イギリスのグレンソンで、これは、スエードではなく、あえて銀面(革の表皮)を傷つけて仕上げたディストレクト・レザーのアッパーでグッドイヤーウェルト製法。

コルクが沈み込み、余裕が出てきたが、紐靴は靴紐の結び方でフィッティングを調製できる。


ウィングチップはイギリスのチャーチが、オールデンと同じくホーウィン社のコードバンで作ったグッドイヤー製法の一足。

オールデンのカラー8と同じバーガンディだが、この色は色素が紫外線で壊されやすいため、履き込むにつれて色が抜けてくる。

そのあたりがエイジングの醍醐味なのだが、このウィングチップはウィズがFと広く、やや緩いので中敷きを入れ、厚手のソックスを履いて調整している。


グレンソンもチャーチも10年以上、履いているが、国産のグッドイヤー製法のMOTOは、履き下ろしから10か月。

新品のときより、だいぶ馴染んできた。

クリームを入れず、ブラッシングのみのノーケアで酷使してきたが、そろそろフルメンテしてオイルアップしなければならない。

MOTOの靴は作りが大きめなので、厚手のソックスを履くとジャストサイズになる。
posted by 城戸朱理 at 10:26| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月31日

壊れていく国




日本は、OECD加盟国のうち、実質賃金が下がり続けている唯一の国になった。


1997年を100としたとき、日本人の1時間あたりの賃金は、2018年時点で、8.2%の減少。

それに対して、イギリスは92%増、アメリカ81%増と倍近い伸びになっている。


アメリカなら、シリコンバレーが背後に控えるサンフランシスコだと年収1400万円でも低収入、ニューヨークやロサンゼルスでも年収1000万円でも低収入という報道があったが、実際のところ、ニューヨークのマンハッタンなら単身者用のもっとも安いアパートメントの家賃が年500万ほど、外食しようとするとランチで5000円はかかるので、年収1000万円では、まったく余裕がないし、低収入の部類になってしまうのが現実だろう。


ところが、日本だと年収1000万円超は、就労人口の、わずか4%ほどの高額所得層となる。

上海など中国の大都市部の平均年収は、もはや日本のそれを凌いでおり、日本の凋落は、あらゆる統計でもに明らかになっている。



賃金が減るばかりか、税金は上がり続けている。

日本の就労者は、所得税・住民税・消費税に健康保険・年金を合わせると所得の42%が税金で持っていかれるが、これは江戸時代の農民が四公六民と40%の税を取られていたのと変わらぬ重税である。

所得は減り、税金ばかりが増え、雇用破壊が進んだ結果、貧困層が増えるのも当たり前だろう。

貧困層は生活保護水準の年収200万円以下、厚生労働省によると、3人家族で年収が約210万円、4人家族で240万円以下が相対的貧困層とされている。

そして、今や40%の家庭が、年収300万以下なのだ。



非正規雇用は1997年の 23.2%から 2018年には 37.8%に増加し、今や5人に2人が不安定な雇用、低い賃金での労働を余儀なくされているうえ、正規雇用の正社員でさえ、給料が上がらないと言われる時代になってしまった。


日本という国が壊れていく音だけが、聞こえてくる。
posted by 城戸朱理 at 13:46| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月22日

北国のコート

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東京ならば、厚手のウールコートは必要ないが、最高気温でも氷点下の真冬日が続く北国では、欠かせないものになる。

私の場合、寒さに備える気持ちが強いのか、必要以上にコートを持っているが、冬場にはチェスターコートを愛用しており、ワードローブを確認してみたら、チェスターコートだけでも六着あった。


写真は一見したところ、チェスターコートに見えるかも知れないが、ポロ競技に由来するポロコート。

チェスターとは違って、アルスターカラー、袖口のターンナップカフ、腰ポケットは、フレームド・パッチポケット、さらにバックベルトという特徴的なディテールを持つ。


本来はキャメル・ヘアーで仕立てたらしいが、ポロコートを生んだイギリスでは次第に廃れ、むしろアメリカとイタリアで愛用されるようになった。

私は若いときからポロコートが好きだったのだが、なぜか入手する機会がなく、ビスポークで仕立ててもらおうかと思っていたのだが、昨年、出会った。

イギリスで、1935年に創業したチェスターバリーのポロコートである。


ビスポーク・テーラーが軒を連ね、「背広」の語源にもなったロンドンのサヴィル・ロウに本店を構えるチェスターバリーは、既製服でありながら、全工程の八割以上を職人の手仕事で仕上げており、「スーツのロールスロイス」と呼ばれるほどクオリティが高い。


だが、このポロコートはイタリア製なので、チェスターバリーの自社工場ではなく、ベルベストあたりのOEMだろう。



この分厚いコートを羽織って、北国に向かった。
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2019年12月19日

3分間入浴法のこと

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10年ほど前までは、鎌倉駅西口の御成通りに銭湯、滝の湯があった。

戦前の風情ある木造建築で、お湯は漢方薬を浸した薬用中将湯。


夕方、一番湯に浸かってから、向かいの酒屋・高崎屋本店の角打ちで生ビールを飲み、それから小町に飲みに出かけたものだった。


滝の湯の番台には、おばあさんが座り、いつもテレビを見ていたが、再放送の「水戸黄門」を見ながら「あんた、違うでしょ」とかドラマの登場人物に文句を言っていたのが実に面白かった。

だが、おばあさんがクレームをつけても、悪人は、やはり悪事を働くのである。

そうでなければ黄門さまの見せ場が作れないではないか。



さて、そのおばあさんに聞いたのだが、湯船に三回浸かるようにすると、身体がよく暖まるのだとか。


実践してみたら、たしかに本当だった。


その後、3分間入浴法なるものを知ったのだが、これは3分入浴し、上がって3分間、身体を洗い、再び3分入浴し、3分間上がって、また3分入浴するというもので、やはり三回、湯船に浸かるというもの。

これが実に暖まるのだが、なんと、この3分間入浴法では、約30分のジョギングに相当するエネルギーを使うそうなので、病中、病後の人にはお勧めできない。


冬場には、この3分間入浴法で湯船に浸かると身体が暖まって安眠できる。


ただし、夏場だと代謝がよくなりすぎて、一時間以上、汗がおさまらないのでお勧めできないのだが。
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2019年12月10日

いかれバンビの三陸土産???

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岩手県の三陸鉄道南リアス線のロケに、アシスタント・プロデューサーとして同行したバンビことパンクな彼女が、面白いお土産を買ってきてくれた。


三陸地方では名産の生うにを牛乳瓶に詰めて、よく売っているが、そこから発想したという海産物の瓶詰「瓶DON」である。

これは浄土が浜パークホテルのオリジナルらしいが、瓶の中身を御飯に乗せると海鮮丼になるというアイデア商品。

バンビは「いくら」「いくら&サーモン」「いくら&めかぶ」の三種類を買ってきたので、さっそくお昼にいただいてみたのだが、手軽に海鮮丼ができて、しかも贅沢な気分になる。

浄土が浜パークホテルに泊まったときは「いくら&めかぶ」をサービスしてもらったので、海鮮丼にしていたそうだ。



しかし、これはやりすぎだろうというのが、リアルな「いくらアイマスク」。

バンビは、これを佐野インターで見つけ、「衝撃的なアイマスク発見!」というLINEが来ていたので、まずいと思っていたら、やはり買っていたのである。



このアイマスク、冷やしても温めても使えるという優れものなのだが、見た目は「いくら」そのもの。

新幹線や飛行機で、これを使って眠っていたら、まわりの人はギョッとすることだろう。


パンクだから、こうしたヘンなものは見逃さないのだが、困ったものである。
posted by 城戸朱理 at 15:54| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月09日

神楽坂名物、ペコちゃん焼き???

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昭和の洋菓子と洋食といえば不二家。

神楽坂の不二家には、日本でここにしかないというペコちゃん焼きがある。

なんのことはない、ペコちゃんの顔の形をしたお焼きなのだが、いつも行列しているほど人気がある。


実は鎌倉駅東口の不二家でも、鎌倉店限定のペコちゃん焼きを始めたのだが、こちらは「開運 ペコちゃん焼き」といって七福神の格好をしているペコちゃん。

鎌倉では行列しているのは見たことがない。


神楽坂店のペコちゃんは、照明が作る影で凶悪な人相になっていた。
posted by 城戸朱理 at 14:29| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月01日

酒とともに馬齢を重ねてきたが

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いよいよ12月、日本の衰退ばかりが露になった2019年も残すところ、ひと月だけになった。

意識してもしなくても毎年、誕生日は巡ってくる。


2日後にはハワイへのフライトを控えていたので、5月23日の誕生日はささやかに自宅で祝った。


バンビことパンクな彼女が、ハモンセラーノとマンゴー、テリーヌにトマトサラダ、牛テールの煮込みを作ってくれたので、モエ・エ・シャンドンで乾杯する。


気づくと60歳、なんと還暦である。

ようやく老人になったかとも思うし、もう老人ななってしまったのかとも思う。


年を重ねるにつれて、1年が短く感じられるというのは誰もが口にすることだが、たしかに、それが実感でもある。

もっとも、五歳の子供にとっての1年は人生の5分の1だが、還暦の人間にとっての1年は人生の60分の1でしかないわけだから、時間の感覚が変わるのは当然なのだろう。


去年、和合亮一氏と飲んだとき、和合くんが「もう50ですよ、信じられますか、城戸さん!」と嘆いていたが、信じられなくても年は取る。


私がこれまで刊行してきた著作は詩集9冊、選詩集2冊、評論や随筆、翻訳や共著を含めても20冊強でしかない。

酒だけは浴びるように飲んできたが、考えていたことの半ばも実現できていないことを思うと情けない気持ちになる。

これからは新詩集とアメリカで刊行される英訳詩集を始めとする単行本に専念していこうという思いを新たにした。



作家の藤沢周氏や中沢けいさん、歌人の水原紫苑さんといった友人も還暦を迎えたが、藤沢さんは赤いちゃんちゃんこを着てお祝いしたらしい。


「赤いちゃんちゃんこを買ってあげようか?」とバンビは嬉しそうにしている。


せっかく買ってもらっても、いざ着るかというと着る機会がなさそうなので止めたのだが、バンビは、かわりに長谷の骨董屋で見つけた、赤い彩色が残る江戸時代の虚空蔵菩薩像を贈ってくれた。

弘法大師・空海も入唐前に、徳島県室戸岬で虚空蔵求聞持法を修したと伝えられるが、無量の知恵と慈悲を蔵する仏で、像高20cmほどの念持仏である。


私自身は、何か赤いものを買おうと思って、年明けにGIORGIO ARMANIのワインレッドのベルベットのジャケットを購入した。

別に還暦とは関係なく、消費税の増税前に、還暦を理由に買っただけという気がしないでもないが。
posted by 城戸朱理 at 11:33| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月30日

もう靴は買わない〜JHON LOBBのダブルモンクストラップ

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8年前の東日本大震災発生時には首都圏で、およそ10万人の帰宅難民が発生した。


私の知人にも東京から鎌倉の自宅まで徒歩で帰宅した人がいるが、家にたどり着いたときには夜が明けていたそうだ。

ひと晩中、歩き続けていたわけだが、当時、SNSで、やはり徒歩で帰宅した人が、もうローファーで通勤するのは止めると投稿していた。

たしかに靴紐のないローファーのようなスリッポン・シューズは、着脱こそ楽だが、長距離を歩くのには向いていない。


日本では家や座敷に上がるとき、靴を脱がなければならないので、着脱が楽な靴が好まれる傾向があるが、非常時には足に負担をかけることになる。



そもそも、ローファーはスーツに合わせる靴ではない。

スーツにはストレートチップ、プレーントウ、ウィングチップといった紐靴を合わせるのが、欧米ではルールになっているが、紐靴以外で、唯一、スーツと合わせられるのがモンクストラップだ。

モンクストラップは15世紀、スイスの修道士(モンク)が履いていた靴を原型としているが、ストラップが1本のものと2本のものがある。

後者をダブルモンクストラップ・シューズと呼ぶが、こちらは稀代のダンディとして知られる英国王エドワード八世(のちのウィンザー公)の注文を受けたジョン・ロブが、飛行士のアビエイターブーツを元にデザインしたもので、ダブルモンクストラップの原型となった。


ジョン・ロブでは今でもダブルモンクストラップを作っており、モデル名はウィリアムII。

最高級のフルグレイン・レザーを使用し、ラストは9795。

アウトステッチが360度、コバを全周するオールアラウンド・グッドイヤー製法、厚みのあるダブルソールと頑健なカントリーシューズの製法を応用しながらも、手縫いのトウステッチを施しストレートチップ風のデザインにすることで、ドレスシューズの洒脱さも兼ね備えている。

さすがジョン・ロブ、キング・オブ・シューズの名に恥じない。



これは意外なほど知られていないが、紐靴は着脱のたびに紐をゆるめ、結び直すように作られている。

足の親指の爪をはがしかけた旧友が整形外科に行ったところ、医師から靴紐をゆるめずに着脱できる靴はサイズが大きすぎると注意されたそうだが、これは革靴の常識で、余裕があるという理由で大きめのサイズを選ぶと、遊びがあるため足が靴のなかで安定せず、いつも緊張して発汗が増え、靴ずれを起こしやすいばかりか、靴も傷みやすい。

だから、紐靴は紐をほどいて履けるていどの、ややタイトなサイズを選ぶべきなのだが、モンクストラップの場合は、紐をといたり、結び直す必要がない。

ダブルモンクストラップだと、手前のストラップだけ外して履けるので、ローファー並みに着脱が楽なのに、紐靴並みの安定感がある。


今年のような酷暑の夏に、スーツを着なければならないときには、この靴に頼りっぱなしだった。
posted by 城戸朱理 at 12:46| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

面白い形???

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「んふ。ヘンなかたちになっちゃったなあ!」

変な形?

「おもしろいかたちでもあるんだよ!」

変なのに面白い形?

いったい、何のことだろう?


「7月、8月は一緒にお散歩して、すっきりしてたんだけど、
最近、お腹がちょっとぷくっとしてしまったんだよ!」
!!!!!!


面白い形になったのは、なんと、バンビことパンクな彼女自身だったのである!


それほど変わったようには見えないし、だいたい、野菜中心の極めて健康的な食事しかしていないのに、どうしてお腹がぷくっとしたんだ?


「お仕事が忙しくて、お散歩も行けてないし、
城戸さんが作ってくれる御飯が美味しいから、つい食べすぎちゃうんだなあ!」
!!!!!!


たしかに、バンビは、ここのところ、編集の仕事を不定期で手伝っているので、散歩をする余裕がなくなっているのは分かるが、まさか私の作る料理が原因だったとは!?


「仕事が一段落したら、プールに行って泳ぐぞう!」


どうやら、バンビのプール通いが、また始まるらしい。


しかし、プールで泳いだあとは、大船に出て餃子でビールをしてしまうので、結果は火を見るより明らかだと思うのだが。


パンクだから仕方がないとはいえ、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 12:46| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする