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城戸朱理のブログ: エッセイ

2018年02月14日

日が沈むように



中国の勃興によって、アメリカの覇権が揺らぎ、ふたつの大国が並び立つG2の時代になりつつある。

だが、いかに凋落を語られようと、アメリカは中国の2倍以上のGDPを誇る超大国であることに変わりはない。


それに対して日本は、全世界に占める名目総生産(GDP)が、1994年には17.5%だったが、2015年には5.6%まで下がり、存在感を失っている。


アメリカと比較するならば、1人当たりGDPは1995年には147.9%と1.5倍水準だったのが、2015年には57.9%、1人当たりの実質賃金は1991年には、アメリカの81.8%だったが、2015年には60.9%まで下落した。

つまり、日本は生産性も賃金も、この20年ほどで大きく目減りしたことになる。

それは、すなわち日本が貧しくなったということにほかならない。



それを実感するのは、アメリカやヨーロッパに旅をして、物価の高さに直面したときだ。

ニューヨークのマンハッタンならば、単身者用のいちばん狭いアパートメントの家賃が、月40万。

ミッドタウンで、前菜とパスタのランチにグラスワインをつけると、チップも合わせて5000円はするし、年収1000万円水準だと貧しく感じると言われるほどなのだ。

たしかに家賃だけで、年間500万もかかるとしたら、年収1000万でも、余裕はないかも知れないが、日本の給与所得者の平均年収は414万円。


日本で、年収1000万以上といえば、上位4%ほどの高所得層になるわけだから、どれだけ日本給与体系が低くなってしまったかが分かる。


ちなみにウォール街のある金融会社の大卒新入社員の年収は1700万。

社員の平均年収が4000万の会社もあるそうだから、物価に合わせて給与も増えているのだろう。


日本では海外からの観光客が増えているが、欧米の旅行者には、日本の食費を初めとする物価は、きわめて安く感じるらしい。

それも当たり前で、欧米ではワンコイン、500円で食事ができるところなど、ほとんど見当たらない。



政府が打ち出した2%のインフレターゲットは
金融政策としては間違ってはいないが、円安の誘導は、輸出に依存する大企業には有利なものの、国民には恩恵がない。


日本は、GDPの60%以上を内需に頼っているわけだから、輸出が増えるだけでは景気が回復するはずはなく、非正規雇用の増加と下がり続ける賃金が、デフレからの脱却を妨げている。

大企業の内部留保が増えるだけで、労働者の賃金が減るばかりという現状は、人間不在の資本主義と言うしかない。


日が沈むように、日本も黄昏を迎えたかのようだ。

その停滞感は、ファシズムを招きかねない。

スウェーデンやフランスでは、徴兵制を復活させることを決めたが、日本で何が起こりつつあるのかは、国民ひとりひとりが注視しなければならないだろう。
posted by 城戸朱理 at 12:53| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月09日

澁澤龍彦さんの石笛

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昨年の11月9日の記事で、澁澤龍彦さんの「石笛と亀甲について」というエッセイを紹介したが、そこで澁澤先生が「十数年も前に鎌倉の海岸で拾った」と書かれていた石笛が、澁澤邸の応接間のテーブルにあるのを見つけた。

貝が棲みついて穴を穿った、青みを帯びた石である。

この石に澁澤先生は、息を吹きかけてみたのだろう。


私が由比ヶ浜で拾っきたものより、ふた回りほど大きい。


鎌倉の海岸を歩いていると、同じような貫通孔が空いた石を、今でも、ときどき見かける。


自分の石笛はひとつでいいが、そのうち友人に渡そうと思って、適当なサイズのものは持ち帰るようにしているが、あるていどの数になるには数年がかかるかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 13:30| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月08日

オリエンタルカレーの金張りスプーン

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オリエンタルカレーに初めて出会ったのは、雑貨屋のような本屋、ビレッジ・バンガードだった。


戦後、カレーが家庭料理として普及しつつあることに注目し、粉末のカレールウを開発、オリエンタルカレーは全国的なシェアを誇ったが、固形のカレールウが主流になるにつれ、1970年代以降、本社のある名古屋と東海エリアに業務を縮小したという。


だから、私の世代でもオリエンタルカレーは知らなくて当然で、ゼロ年代になってから、初めてその存在を知ったのだが、パッケージがなんともレトロで、マスコットのオリエンタル坊やが可愛い。


ビレッジ・バンガードでカレーも買ってみたのだが、学校給食を思い出させるレトロな味で、思わずのけぞったっけ。

オリエンタル坊やがついた「カレーが無性に食べたくなるスプーン」もあったので、5本購入、これは今でも使うことがある。


2002年には「がっちりプレゼントキャンペーン」と称して、24金張りのオリエンタル坊やスプーンが当たるキャンペーンをやっていたので、2通応募してみたら、なんと2通とも当選してしまった。

そんなものだから、わが家には金のスプーンが大小2本ある。


オリエンタル坊やが金張りになっているだけでもシュールだが、もったいなくて(?)、なかなか使えない。

このオリエンタル坊やスプーン、時代ごとに微妙な違いがあって、30種類以上のバリエーションがあり、古いものだと5万もするのだとか。

ただし、「カレーが無性に食べたくなる」感は、チープなステンレス製のオリエンタル坊やスプーンのほうがあるような気がする。
posted by 城戸朱理 at 09:43| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月06日

シャツを新調して

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2月5日は、かまくら春秋社の伊藤玄二郎代表に呼ばれて、若宮大路のかまくら春秋社に出向いた。

会議の内容は「詩とファンタジー」の今後と、吉増剛造さんも期待しているイベントのこと。

「吉増さんに発破をかけられたので」と伊藤さんもやる気になっている。


伊藤さんは海外に出かけるたびに必ず万年筆を購入し、20本ほどのコレクションがあるという。

見せてもらう約束をしたので楽しみだ。



会議が終わってから久しぶりにMaker's Shirt 鎌倉本店を覗いてみたところ、創業25周年を記念してフェアをやっていた。

「鎌倉シャツ」の愛称で親しまれているMaker's Shirt鎌倉は、鎌倉本店の一店舗から始まって、今や東京のみならず、ニューヨークにも支店がある。

私も愛用しているが、今回は初めて見る200番手のシャツがあった。

シャツ地の番手は糸の太さを表し、番手が高いほど糸は細くなるので、生地はなめらかになって光沢を帯び、シルクの風合いに近づいていく。


一般に売られているシャツは80〜100番手ていど。

ちなみに「世界最高のカミチュリア」と呼ばれ、クラシコ・イタリアを代表するルイジ・ボレッリのシャツは140番手あたりの生地が多い。


鎌倉シャツでは奇跡のような300番手のシャツもあって、私もビスポークで仕立てたことがあるが、200番手でも高級品である。

前立ても胸ポケットもないイタリアのドレスシャツ仕様。


痛んだシャツを2枚処分したので、ワイドスプレッドとセミワイドスプレッドのカラーの2枚を購入することにした。

200番手なのに良心的な価格で、ニューヨーク店も好評らしいが当然だろう。


私の場合、ドレスシャツは、スーツに合わせて買ったジョルジオ・アルマーニがもっとも多く、1ダースほど。

ほかにはルイジ・ボレッリとエルメスが各半ダースあるが、夏物のリネンも合わせると鎌倉シャツがいちばん多いかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 13:11| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月01日

詩作と食生活の関係



12月8日から書き始めた詩篇が100篇を超えるころは、さすがに異様な疲れを感じるようになった。


とりわけ、詩作の前後に批評やエッセイを書いたり、打ち合わせをしたりすると、さらに疲労感が深まって、最後には頭が真っ白になってしまう。

右脳と左脳がフル稼働して、脳全体が疲れた感じと言えばいいだろうか。



それと同時に奇妙な変化が起こった。

どうやら身体が、肉類、とりわけ牛肉を欲しているようなのだ。

買い物に行っても、ついステーキ肉を選んでしまうし、外食するときでも牛肉を選んでしまう。

驚いたのはバンビことパンクな彼女である。


「いつもお豆腐しか食べない城戸さんが、牛肉を食べたくなるんだから、ビックリしちゃうね!
きっと、脳が牛肉を欲しがっているんだよ!」


バンビは自分もステーキやら何やらを食べられるので喜んでいるが、執筆のみならず、バンビを連れて歩き回っているせいもあるのかも知れない。



そういえば、私が鬱病になったとき、鬱病の先輩の柳美里さんから牛肉を勧められたものだった。

鬱状態になると、脳内の神経伝達物質、セロトニンが欠乏することが知られている。

セロトニンは精神を安定される働きがあるが、その原料となるのが必須アミノ酸のトリプトファンで、牛肉に多く含まれているのだ。


また、牛肉の含まれる必須アミノ酸、フェニルアラニンやチロシンからノルアドレナリン、さらにはドーパミンが作られるので、こうした神経伝達物質が、詩作に酷使した脳には必用になるのかも知れない。


本当のところ、何が起こっているのかは分からないが、一時的なものだとしても嗜好が変化したのは事実である。

詩作が鎮静化するにつれて、食卓には、また湯豆腐や鰯のつみれ鍋が並ぶ日が戻ってきたが、バンビは今でも、私のためと称して、よく牛肉を買ってくる。

本当は自分が食べたいのは言うまでもない。

パンクだから仕方がないが、いいだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 17:50| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

こけし一家???

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バンビことパンクな彼女が、秋田、木地山系のこけしを見て、
「どこかで見たことがあるなあと思ったら、バンビに似ているんだよ! ということはバンビはこけしに似ているということだよ!」と言い出し、
前髪をパッツンと揃えたこけし風の髪形にして、生きているこけし=生(なま)こけしになって遊び始めてから、もう5年になる。


最近は、ようやく昭和の子供のようなこけし髪形は止めたものの、相手はパンク、油断してはいけない。

髪形を普通にするかわりに、こけしのピアスを買い込んだりと、いまだにこけしの怪しい影が身辺に落ちているのである。


ある日、気づいたら、居間のテーブルにこけしが並んでいるではないか!?

何なんだ、これは?


「こけし一家だよ!」
・・・

今まで見たことがない素朴なこけしも二体あるがーー


「それは山形県鶴岡在住の津軽系こけし工人、五十嵐嘉行さんの作品なんだよ!」
!!!

いつの間にそんなものを!?

「五十嵐工人はもう91歳とお年だから、なかなか手に入らない貴重なこけしなんだなあ!
仙台のこけし専門店で目が合ったから、連れて帰ってきたんだよ!」
・・・・・・



小さなこけしのピアスもあるし、こけしは一家になるほど増殖しているし、着々とこけし化が進行しているではないか。

こうなると、いつまた、こけし風の髪形にして、生きているこけし=生(なま)こけしになってしまうか分からない。


パンクだから仕方がないが、厳重な警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 09:49| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月20日

スニーカーの時代





日本の靴・履物小売り市場は、この10年、1兆4000億円ていどで横ばい状態なのだが、スニーカーだけは、過去10年間で32.8%から43.8%と市場が拡大している。

実際、鎌倉で観光客の若者の足元を見てみると、コンバース・オールスターやアディダス・スタンスミスは、女子にまでタウンユースとして定着したのが確認できるが、どうやら1990年代以来のスニーカー・ブームが到来したようだ。



90年代のスニーカー・ブームはNIKEのエアマックス95やエア・ジョーダンといったハイテクモデルが牽引したが、現在のスニーカー・ブームは2014年に再発されたアディダスのスタンスミスから始まった。

スタンスミスに代表されるシンプルな白のスニーカーは世界的な流行となり、ハイブランドも参入、トム・フォードの白いパイソンのテニスシューズに至っては2490ドル、なんと30万円近いモデルまで登場したのは記憶に新しい。


おまけに、この白いスニーカー・ブームは真っ白なまま履くのがよしとされ、業界人は汚れ落としに躍起になっていたのが面白かった。



スニーカーのコレクターも増えて、今や世界のスニーカーの転売市場は60億ドル(約6730億円)に達するという。

カニエ・ウェストやファレル・ウィリアムスとアディダスのコラボレーション・モデルなどは千ドルから数千ドルと、定価の何倍もの高値で取引されているほどで、こうなるとスニーカーも財産になりかねない。

ただし、スニーカーは素材として使われているポリウレタンが空気中の水分と反応して加水分解を起こすため、保管しておいても10〜20年で、ボロボロになってしまう。

時限装置付きのようなものだが、何かに使えるわけではないフィギュアをコレクションする人もいるわけだから、鑑賞用にスニーカーを買う人がいても不思議はないのかも知れない。



私も白いスニーカーなら、アディダスのスタンスミス2足にコンバースのレザーのオールスター、レザーのジャック・パーセルを持っていて、ローテーションで履いている。



最近、注目しているスニーカーはスピングル。


広島県府中市の自社工場で、職人によるバルカナイズド製法によって作られている国産スニーカーだが、鎌倉にも店舗があるので、シーズンごとに覗いている。

バンビことパンクな彼女もスピングルの黒エナメルを愛用しているが、たしかに歩きやすい。


散歩するときにはスタンスミスを履くこともあるが、長距離を歩くときは、私はブーツ派である。
posted by 城戸朱理 at 10:50| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月08日

非常事態の行方



グテーレス国連事務総長は、新年の挨拶で「世界に向けて非常事態の警告をしています。紛争は深まり、新たな危険が浮上している。核兵器の脅威は冷戦以降でもっとも高まった」という警告を世界に発した。


一方、北朝鮮の金正恩委員長は、いつもの人民服ではなく、ライトグレーのスーツ姿で、韓国で開催される平昌冬季オリンピックに選手団を送るかも知れないことを示唆し、韓国は、これを歓迎する声明を発表したが、
この新年の辞で、金正恩委員長は、これまでと同じように核とミサイル開発を続けることも語っており、韓国が期待するような対話は望めないだろう。


実際、これまでの6回もの核実験と相次ぐミサイル発射で、国際社会からの批判を受けながら、北朝鮮は韓国と対話する姿勢を一度も示したことはなく、交渉相手として考えていないことは明らかだ。


北朝鮮にとっての脅威は、あくまでもアメリカであり、その真意は政権と国体の維持のために、アメリカが北朝鮮を核保有国と認めることなのに対して、
アメリカが、太平洋のパワーバランスを崩しかねない北朝鮮の核保有を認めるはずはなく、北朝鮮の核開発の凍結、さらには非核化だけが、その要求するところなので、論点が交差するところはない。


韓国とは違って、アメリカは、金正恩委員長の新年の辞に対して、トランプ大統領が自らの核兵器の威力が北朝鮮のそれを上回るものであることを強調し、恫喝したが、
結局のところ、韓国の期待とは違って、昨年から繰り返されてきた北朝鮮とアメリカの舌戦が反復されただけの新年となった。


つまり、事態は、見かけほどは変わっていない。


アメリカは、北朝鮮の平昌オリンピック参加を時間かせぎと見ており、グテーレス国連事務総長の警告の通り、危機は、さらに高まっている。


ただし、北朝鮮が、自国の崩壊を賭けてまで先制攻撃に出るとは思えないし、アメリカが先制攻撃に出るとしたら、何よりも中国との調整が必要だろう。


アメリカとしては、今後の北朝鮮の核実験とミサイル発射の様子を見て、最終的な判断を下すことになるのだろうか。


妥協点としては、北朝鮮の核保有は認め、アメリカを攻撃可能な大陸弾道弾開発は中止させるというところだろうが、そうなると韓国に戦術核を再配備せざるをえないし、アメリカが北朝鮮の核保有を認めるとは思えない。


どちらにしろ、何も起こらないに越したことはないが、誰も望んでいないはずなのに、なぜ戦争は起こるのかを考えてしまうのも事実だ。


軍需産業が「産業」として存在するかぎり、その問いの答えは、政治や地政学的条件だけに帰するものではないのだろう。
posted by 城戸朱理 at 19:35| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月07日

いかれバンビのお正月???

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「お正月だから、パトロールに行かなくちゃ!」


パトロールではなくて初詣なはずなのだが、バンビことパンクな彼女は、とにかく出かけたいらしい。

そわそわしているので、どうしたのかと思ったら、ポケモンGOをやりたかったのである。


スマートフォンを片手に歩き回り、ときどき「ピカチュウが出てきたよ!」とか「やったね! 日本限定のポケモン、カモネギを捕まえたよ!」と歓声をあげている。

期間限定で珍しいポケモンが出没するらしい。



私が漂流物を探しているときは、バンビは由比ヶ浜で写真撮影。


バンビは縁日の露店で買い食いをするのが大好きなので、鶴岡八幡宮ではたこ焼きを買い、さらに「ワタアメを買ってあげて!」と騒ぐので、買ってあげたら、さっそく食べ始めてしまったではないか。


こうして、毎日、散歩に出かけることになってしまったのだが、連日、一万歩以上、歩き回っているものだから、筋肉痛になってしまった。


それなのにーー



「ちっちゃいコをお散歩に連れていってあげて!」


毎日、バンビのポケモンGOに付き合うことに。


結局、バンビは2000匹目となるポケモンを捕獲したのだが、バンビにノウハウを教えてくれたポケモン・マスター、金澤一志さんなら、トータルで10万匹くらいは捕まえているのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 21:19| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月30日

バンビ、大活躍???

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部屋着として愛用していた迷彩柄のニットジャケットの右肘のあたりに穴が空き、袖もほつれてきた。

プリントではなく毛糸で森林地帯用のウッドランド・カモフラージュを再現したニットだが、買ったのは20年ほど前だし、
毎年、部屋着として酷使してきたので、もう捨てるしかないだろうと思って放り出しておいたところ、気づいたら完璧に直っているではないか!?



なんと、バンビことパンクな彼女が、鉤針を持ち出して直してしまったのである。


肘の部分を編み直し、袖はネイビーブルーの毛糸で補強して、何やらお洒落になっている。



「迷彩柄なんて、めったにないし、面白いセーターだから直しておいたよ!」


こんなに見事に直ってしまうとは。


「編み物は無心になれるから楽しいね!」


子供のころ、バンビは庭に大きな穴を掘って、目だけ出していたり、ヨットスクールでヨットを沈没させたりと、パンクの片鱗を発揮するかたわらで、ピアノと編み物が得意だったらしい。

だから、セーターが痛んでも、ひと目で修復可能か、どうかが分かってしまうのだとか。


「あとで両肘のところに革のパッチを付けてあげるよ!」


かくして、迷彩柄のニットは復活してしまったのだった。

昔は、セーターが傷んだら、毛糸にほどいて、また編み直したそうだが、本来、衣服とは、そんなふうにサスティナブルなものだったのだろう。


「年末にバンビが大活躍という記事をブログに書いておいてね!」
・・・

「それから、とてもお役に立つコにお小遣いをあげてね!」
・・・・・・



ーーそんなわけで、記事をアップしておく。
posted by 城戸朱理 at 17:56| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

来年の手帳

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この10年ほど、手帳はクオ・ヴァディスのリフィールを専用の革カバーに入れて使っていたが、来年から1年単位の手帳に変えることにした。

きっかけは偶然で、バンビことパンクな彼女とISETANを見ているときに、イギリスのスマイソン社の手帳の色鮮やかな革表紙に惹かれたからである。


スマイソン・オブ・ボンドストリートは、1887年から続く文具と革製品の専門店で、ヴィクトリア女王やグレース・ケリーなども顧客に名を連ね、エリザベス女王、エディンバラ公、チャールズ皇太子、3つのロイヤル・ワラントを戴く老舗である。

老舗と聞くと、かたくなにスタイルを守り続ける店を想像してしまうが、スマイソンの場合は、伝統と革新のバランスが絶妙で、古い感じがかけらもない。


私が選んだ「パナマダイアリー」は、スーツの内ポケットに収まる手帳として、1908年に発売されたモデルだが、どれにするか迷うほどのカラーヴァリエーションを誇る。

型押しされたラム革の表紙は、しなやかで硬さを感じさせない。


私は、スマイソン・カラーのナイルブルーをセレクトしたのだが、文具好きのバンビも欲しくなって、華やかなフィーシャピンクを購入。


オリジナルのフェザーウェイトペーパーは、軽いのに打ち込みが強いらしく、万年筆で書いても裏うつりしないところが素晴らしい。


さっそく、来年の締切や講演の予定などを書き込んでみたのだが、この手帳でスケジュールを管理しながら、強い力に貫かれた仕事をしていきたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 08:45| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月26日

都内ロケのときの靴

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今回のロケは都内だったので、靴はアウトドア用のものを持つ必要はなかったが、打合せや会議もあったので、スーツを着る必要があり、スーツに合わせる靴を持つことになった。

公園など屋外のロケのときは、最近、ロケといえばこれというフランスのパラブーツ。

自社製のラバーソールを搭載したパラブーツの靴は、この「シャンボード」がアイコン的存在だが、同じくUチップで、よりスマートな「アヴィニョン」というモデルもある。

グリップが効くうえに雨に強いので、ヘビーローテーションしている。


スーツ用にはフェラガモのブラインドフルブローグを持った。

メダリオンやパーフォレーションといった装飾をいっさい排したブラインドフルブローグは、穴飾りがないだけに寡黙だし、手入れもしやすい。

ただし、今回はブリオーニのスーツを着用したので、フェラガモでは軽快すぎて、位負けするのは否めない。

靴は、ジョン・ロブを持つべきだった。



ホテル内で履くスニーカーは、GUCCIのモノグラムを。


一足は履いていくわけだから、トランクには二足をパッキングすることになる。


靴というものは値段に関わらず、ファッションのアイテムである以上に、道具としての要素が強いので、すべてをまかなえる靴は存在しない。

スニーカーはスニーカーであり、革靴は革靴であって、革靴であってもスーツに合わせられないものがある。


アメリカ人ならば、スーツにチャッカブーツを合わせるのは珍しくないが、これはヨーロッパではありえないコーディネートだし、Uチップも本来はスーツに合わせる靴ではない。

日本では、このあたりは曖昧だが、イギリスならフルブローグ(ウィングチップ)でもスーツに合わせる場合は黒だけとか、イタリアならスーツでもUチップを合わせることがあったりと、国によっても違うから、
それこそ、日本以外の国には存在しない冠婚葬祭用の黒の礼服のように、日本なりのルールが生まれるのを待つしかないのだろう。


それまでは、ヨーロッパなりアメリカなりのルールを踏まえるべきだろうが、若い世代はそのあたりを体感的に理解しているのに対して、
西洋的なるものがアメリカ経由で、まとめて伝わってしまった感がある団塊の世代には、それを理解するのは無理なようだ。
posted by 城戸朱理 at 00:44| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月13日

大人ランドセルが欲しい



小学校の6年間使っても壊れないランドセルを大人仕様で作るという発想が当たって、10万円という価格にもかかわらず完売が続いている土屋鞄製造所の「大人ランドセル」。


以前、柳美里さんも欲しいバッグとしてブログに書かれていたが、革の質感もいいし、たしかに気にかかる。

ところで、柳さんは買ったのだろうか?


半世紀にわたってランドセルを作り続けてきたメーカーだけに、造りも間違いないだろう。


もともと、大人用にランドセルを作ったのは、皇室御用達の老舗、大峽製鞄(おおばせいほう)で、「リューク」というモデルなのだが、ミラノのファッションショウで披露され、ファッショニスタの注目を集めた。

こちらも14万超という価格だが、売り切れが続いている。


2014年に、赤いランドセルを背負ったハリウッド女優、ズーイー・デシャネルの写真が出回ったあたりから話題を呼び、今や欧米でひそかな流行になっている。


日本人には、どうしても子ども用という先入観があるが、ランドセルと思わず、革製の四角いバックパックと思えば別に不思議はない。


私は本や資料、ゲラなどを持ち歩くことが多いので、鞄はもっぱら大きめのトートバッグを使っているが、背負ってしまえば両手が空くので、便利かも知れない。


漂流物を探して海岸を歩くときのバッグは、京都の一澤信三郎帆布で見つけたので、仕事用に大人ランドセルを求めようか、迷っているところだ。
posted by 城戸朱理 at 11:15| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月08日

チワワも凍る寒さ???

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鎌倉もずいぶん冷え込むようになった。



「ふるふる。
ちゃっぷいね〜」


バンビことパンクな彼女も震えている。



「つい俳句が出来ちゃうなあ!」
???


「チワワも凍る寒さかな」
!!!!!!



どう見ても俳句ではなく川柳だが、おまけに上五がない。


「自由律俳句だからね!」
・・・・・・



しかも「凍る」と「寒さ」で季重ねになっている。


「チワワはメキシコ原産だから、夏の季語だよ!
メキシコの暑さが冬の季語をひとつ打ち消すから季重ねにならないんだよ!」



無茶苦茶な言い分である。



しかし、自称「駄句の泉」、パンク俳句だから仕方がない。



ところで、なんでチワワが凍るんだ?



「ちっちゃいからだよ」
・・・・・・


「バンビもちっちゃいから暖かくしてあげないとね!」



たしかに寒い。まだ氷点下になる日はないとはいえ、週末には鎌倉の最低気温も2、3℃まで下がるらしい。



「バンビヶ池も凍っちゃうんじゃないかな?」



バンビがベランダに私の古備前の鉢を勝手に持ち出して、水を張っているのがバンビヶ池なのである。


以前、バンビが「風流を極めるよ!」と言って、「古池やバンビ飛び込む水の音」と詠んでいたが、バンビヶ池は鉢こそは古いものの古池ではないのだった。



昨年は暖冬だったが、今年は寒さの厳しい冬になるのだろうか。




パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 19:24| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月06日

三大こけし力!?

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バンビことパンクな彼女が嬉しそうにしている。


どうしたのだろう?



「三大こけし力だよ!」

???


よくよく見たら、なんと木製の小さなこけしのピアスを両耳にしているではないか!


生きているこけし=生(なま)こけしの自分と、両耳のこけしで三大こけしということらしい。


だが、こけし力の「力」とは何だろう?


こけしはたんなる置物だから、神通力や霊力があるわけではない。


次から次へとヘンなことを思いつくバンビのおかげで脱力してしまったが、ひょっとして「こけし力」とは人を脱力させる力なのだろうか?



パンクだから仕方がないが、さらなる注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 10:44| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月27日

ヴィヴィアンで貰ったもの

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ヴィヴィアンのイベントでは、受付で来場者全員にお土産のハンカチがプレゼントされたが、ほかにも射的やピンボールで、さまざまな景品が用意されていた。


とりわけ、ピンボールはA〜D賞があって、D賞でもソックスやストッキングが貰える。


A賞は、なんとレザーの長財布だった。


バンビが欲しがっていたモレスキンのノートは、私が射的でゲット。



結局、このイベントで約6万相当のヴィヴィアン・グッズを貰って、バンビは、帰途についたのだった。




ヴィヴィアン・ウェストウッドは、かねてから環境問題に積極的に関与してきたが、衣類も長く着られるものを、というコンセプトがある。


襟がハート型になったアイコンのラブジャケットなどは素材やデザインを変えて、毎回、コレクションに登場するが、
ラブジャケットが最初に発表されたのは、1987〜88年A&Wの「ハリスツイード」コレクションだから、30年近く同じデザインを踏襲しているわけで、ほかにもパターンや素材など特徴的なものが多い。


とはいえ、定番というわけではなく、つねにアバンギャルドで流行とも無縁である。


それだけに、数年前、十数年前のアイテムを新作とコーディネートしても違和感がないものだから、バンビも自由に組み合わせている。
posted by 城戸朱理 at 12:32| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月24日

私のレインブーツ

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大雪が降ったときや、北国に行くときは、「100年ブーツ」の異名を取るアメリカ、レッドウィングの乗馬用ロングブーツを履くことが多い。


レッドウィングの商品名は「ペコスブーツ」だが、ローパーブーツがアメリカでは普通の呼び方で、レッドウィングでは、農作業用のステムが太いものと、乗馬用のステムが細いものがある。


乗馬用と言っても、優雅な貴族階級のそれではなくて、牧場で牧童が使うものだから、オイルを含んだホーウィン社のクロムエクセル・レザーが使われている。



もう、20年近く愛用しているが、「100年ブーツ」だけに、いまだに現役である。



当然、雨天にも重宝するが、ステムの長いロングブーツなので、スーツには合わせられない。





そこで、鎌倉で激しい雨に降られたときには、丈の短いレインブーツを履くようにしている。



イタリアのサルバドーレ・フェラガモのものだが、レインブーツだけにラバー製。

ただし、ライニングはレザーで、履き心地がいい。



実家で雪かきをするときにも使えるだろうと思って、厚手のウールソックスを履くのを前提に、ワンサイズ大きいものを選んだので、鎌倉で使うときは中敷きを入れて調整している。



足元を気にせず動けると、雨の日のストレスを軽減できるので、私にとっては必須アイテムのひとつだ。



レインブーツは、雪国に旅するときにも必携の一足になる。
posted by 城戸朱理 at 03:51| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月20日

旅のコート

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旅に出ることが増えると、旅行用品を意識するようになる。


2015年10月19日にアップした記事のトラベラーズ・ジャケットなどは、まさにそれだが、ほかにも、急に雨に降られたときや、思いがけず冷え込んだときのためのコートやパーカもそうだ。


2年前のベルリンでは、サンダーストームの豪雨に襲われたし、京都だと、春や秋でも、思いがけないほど冷え込むことがある。


そんなときに、薄手のコートが一着あると、まったく違うのだ。


しかも、ナイロンのコートは、たたむとスウェットシャツほどの容量になるので、かさばらないし、トランクの空きスペースに詰め込むことができる。


旅の必需品である。



今回、トランクに詰め込んで持っていったのは、ビタミンイエローのナイロンコート。

エンポリオ・アルマーニのもので、首に当たる襟の部分だけコットンになっている。



もう一着、着ていったのがPRADAの黒のパーカである。

こちらは、やや厚手で防風性のみならず、防水性も高い。

しかもフードが付いているので、急に雨に降られたときに重宝する。


10月に岩手県久慈市の小袖海女センターで雨に降られたときも、このパーカのおかげで濡れずに済んだ。


たしか7、8年前に買ったものだが、愛用している一着だ。



ブルーグレーのパーカは、ポリウレタンコーティングを施した完全防水のGUCCIのパーカ。

これ以上の防水性を求めるとなると、登山用のゴアテックス製マウンテンパーカを求めるしかないだろう。


GUCCIは、ブランド隆盛の立役者だったフリーダ・ジャンニーニが、クリエイティブ・ディレクターを2015年に辞任し、後任はアレッサンドロ・ミケーレになった。

ところが、クリエイティブディレクターが変わったとたんにデザインも一変、異様にポップで、ヤンキー向けとしか思えないコレクションになってしまったので、今や、私が選ぶようなアイテムは、見当たらない。



最後の一着は、コートでもパーカでもないが、やはり旅行用に購入したもので、フリーダ・ジャンニーニ時代のGUCCIのジャケットである。

中綿入りで、ファスナーを完全に閉めると首まですっぽりと覆うデザインになっており、ポケットもサファリジャケット風に4つ。

厚手のセーターのうえに羽織ると、厳寒期以外は、コートなしで動くことが出来る。


こんなふうに機能的な服をGUCCIが作る日は、もうこないのだろうか。



私の場合、コートなどの重衣料は10年は着られることが選ぶときの条件だが、こと旅行用に関しては、あくまでも道具であって、機能性で選ぶものであるのが見えてくる。
posted by 城戸朱理 at 09:58| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月16日

散歩用のバッグ

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旅先で散歩するときやホテルで食事に行くとき、財布や文庫本、スマートフォンなどを入れる小さなバッグがあると便利だ。

分かっているのに忘れることが多いのは困ったものだが、今回はPRADAのたすき掛けできる小さなショルダーバッグを持参した。



私が旅先での散歩用に使っているのは、このショルダーバッグとエルメスの小さな革製のリュックタイプのサコッシュ・プール・セルというモデルのふたつ。


廃版になったサコッシュ・プール・セルはサイクリング用のバッグをアレンジしたもので、ヴォー(雄仔牛の革)をナチュラルに仕上げたヴォー・バレニアが使われており、夏に似合う。



今回、持参したPRADAは10年以上前に求めたものだが、ナイロンタフタ製なので軽く、
サブバッグにはうってつけで、このバッグに最小限のものだけ入れて出かけると身軽に動ける。



今回、読書用に持ち歩いていた本は文庫化された澁澤龍彦『高丘親王航海記』だが、これは澁澤さんのなかでも、とりわけ好きな作品のひとつだ。
posted by 城戸朱理 at 16:05| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月11日

銀鼠(シルバーグレイ)のスーツ

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男のスーツは紺とグレイが基本だが、モード系ならば黒もある。


面白いことに、大学生の就職活動のときのスーツも2003年ごろから黒が主流になり、今や、黒以外のスーツの学生の方が珍しいそうだ。



どちらにしろ、スーツというものは地味なダークカラーが基本なのだが、異色なのはシルバーグレイだろう。

シルバーグレイは、銀色のような光沢を帯びた灰色で、日本では銀鼠と呼ぶ。


江戸時代の流行色でもあり、古くは錫色とも言われたそうだ。



銀鼠の生地で仕立てられたスーツは、地味な中にも花があって、独特の魅力があるが、年を重ねないと似合わないような気がする。


父が還暦前にダンヒルのシルバーグレイの生地でスーツを仕立てたことがあったので、私には思い入れがあるスーツでもある。


だいぶ前に野村喜和夫さんが、やはりシルバーグレイのスーツを着ていたことがあったが、風格を感じさせていいものだった。

野村さんにどこで求めたのか尋ねたら、ヨーロッパで買ったけど、どこだったかは忘れたという、いかにも野村さんらしい返事が返ってきた。

ヨーロッパのどこかでは、アジアやアフリカやアメリカではないと言っているようなもので、あまりに漠然としているではないか。

曖昧な雲を曖昧に写し出す気象衛星のような答えに、絶句したのを思い出す。



父親がスーツをオーダーしたのと同じ年齢になったら、私も着てみたいと思っていたのだが、このシルバーグレイのスーツは、滅多にお目にかからない。


初めて見つけたのは、4年ほど前のことだった。


どちらもイタリアのもので、ノッチトラペルのものはヴェルサーチ、ピークトラペルのものはエルメネジルド・ゼニアのコレクションである。

私のイメージする銀鼠は、ゼニアのほうが近いが、父が着ていたのも、この生地に似た風合いのものだった。


私が持っている20着ほどのスーツは、いずれも黒か、照明の下だと黒に見えるミッドナイト・ブルーばかりだから、グレイのスーツというだけで異色だが、袖を通すたびに、当時の父のことを思い出す。


父は、スーツもコートもオーダーしたものしか身につけなかったが、あの年代の男性は、みんなそうだったように思う。
posted by 城戸朱理 at 02:59| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする