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城戸朱理のブログ: エッセイ

2017年02月10日

いかれバンビと時代劇???

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井上春生監督が、この20年でいちばん好きな時代劇と語っていたのが、山田洋次監督「たそがれ清兵衛」だった。

原作は、藤沢周平。

藤沢周平の読者なら、おなじみの海坂藩(うなさかはん)七万石を舞台とする物語である。

東北の小藩、海坂藩は架空の藩だが、実在しなかったがゆえに史実にとらわれることなく、物語を紡ぐことができる。

「平成のベストセラー作家」佐伯泰英の累計2000万部超の人気シリーズ、「居眠り磐音江戸草紙」も、主人公の坂崎磐音(いわね)の故郷を、架空の豊後関前藩としているが、これも藤沢周平の海坂藩にならったものだろう。


映画の「たそがれ清兵衛」は、アカデミー賞外国語映画部門の候補になっただけあって、リアリティも、主演の真田広之も素晴らしい。

そのせいで、バンビことパンクな彼女は、時代劇にハマり、藤沢周平原作の映画を続けて観ることになった。

「隠し剣 鬼の爪」(山田洋次監督)と「必死剣 鳥刺し」(平山秀幸監督)である。


そして、バンビは興奮し、すっかり江戸時代の剣客モードになってしまったのである。


「隠し剣、バンビの爪!」
・・・

「あれ、バンビは爪じゃなくて蹄かな?」
・・・・・・

「バンビ剣、鳥刺し!」
・・・

そして、エアー素振りを始めてしまったのである。

「隠し剣、バンビ刺し!」
・・・・・・

今度は、映画2本が混ざっている――


その翌日、私が夕飯の支度を終えたころ、バンビがバイクで帰ってきた。

ドアを開けたら、


「鹿千代にござりまする。
ただいま、戻りました」
!!!

「鹿千代は、着物も帯もいらないのでございます。
ただ、お父さんやお母さんの、仇を討ってやりたいのでございます」
!!!!!!

何なんだ、鹿千代って?

「小美人剣士、鹿千代物語だよ!」
・・・・・・

「小鹿千代」では様にならないので、「小」と「鹿」を分割したらしい。

しかし、鹿千代では、武家ではなく芸者のような名前である。


とにかく、お風呂に入るように言ったら、


「鹿千代は、お風呂をいただきます」
・・・・・・


夕食を終えると――


「鹿千代は、勉強しとうございまする」
・・・・・・


困ったことに、鹿千代になったバンビが「勉強」というのは、Amazon Videoで時代劇を観ることなのである。


そこで、小林正樹監督「切腹」(1962)を観ることにした。

切腹という武家の作法を通して、武士の体面と虚飾をスタティックな画面で描き、カンヌ国際映画祭でも審査員特別賞を受賞した時代劇の傑作である。

三池崇史監督、市川海老蔵主演でリメイクされたのが「一命」だが、海老蔵の熱演にもかかわらず、やはり、「切腹」には及ばない。


「鹿千代は、切腹はイヤでございまする。
走って逃げまする」
・・・・・・


鹿千代になっても、やはりパンクなのである。

それにしても、鹿千代はやけに子供っぽい。

いったい、何歳という設定なのだろう?


「ちっちゃいよ」
!!!

「六つか、七つ」
!!!!!!

まだ、子供じゃないか!?

「鹿千代にござりまする!」
・・・・・・


どうやら、当分は子供の鹿千代になって、時代劇モードで遊ぶつもりらしい。

パンクだから仕方がないが、厳重な警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 00:12| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月09日

田村隆一が日参した酒屋

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材木座海岸、光明寺のそばに、昭和のたたずまいを残す酒屋、萬屋がある。

なんとも懐かしい雰囲気で、店内には角打ちのスペースがあり、常連が、飲んでいる様子が、外からも見えるものだから、つい誘われてしまう。

今は、テーブルと椅子になったが、以前は、靴を脱いで上がり框に上がるようになっていた。


実は、この店、田村隆一が、一時期、日参していた店。

田村さんは、萬屋さんのことを『鳥と人間と植物たち―詩人の日記』(主婦の友社)で、二度、言及している。

店名が出てくるほうの一節を紹介しておこう。



昭和四十五年の秋、ぼくは東京から逃げ出して、鎌倉の材木座海岸の借家に移った。昔の漁師町の名残りのせいか、この町内の朝はいたって早い。
豆腐屋さんの朝の早いのはわけがわかるが、軒をつらねている明治中期創業の酒屋さんも床屋さん(バーバー・ショップでは断じてない)も、朝七時から店をあける。おかげでぼくは、酒屋さんの朝の常連となった。
冬だと、古風な上り框のそばに、石油ストーブがあかあかと燃えていて、店に入っていくと、お内儀がだまって座布団をおいてくれる。それから、朝の挨拶をして、ビールを一本おねがいする。朝刊ももってきてくださるので、ビールをゆっくり飲みながら、新聞を読む。
毎朝通うと、アル中と思われるから、二週間ぐらい、朝のビールを断つときもある。二日酔いの迎え酒には、この店で、ビールを二、三本飲み、すっかりご機嫌になると、ウイスキーと「かに」のカンヅメをもらって、近くの友人の家におしかけて、夜まで酒がつづくということも、まま、ある。(中略)
そのうちに、このお店の常連と仲良くなった。五十がらみの実直な人で、横浜の工場の警備員をやっているという話である。夜から朝までの仕事をおえて、自宅に帰る途中、萬屋さん(お酒屋の屋号)によって、日本酒を冷やで二杯飲むのが、きまりとなっているらしい。
夜は、町内の人たちでにぎあう。植木屋、大工、鳶、漁師、菊造り、市営バスの運転手(非番の日は、引越の運送のアルバイトをしている)といった陽気な人たちで、みんな小学校の同窓らしいから、はたで見ていて、気持ちがいい。
それに、この人たちは、みんなハンサムである。新聞、牛乳を配達する青年たちも、いたってハンサムなのだ。しずかで、おちついていて、実があって、しかも快活なのだから、云うところはない。
この町には、東京の下町にもあった「町内」が、じつにこのましい形で、そっくり残っていて、この小さなコミュニティの活力になっている。
中世の鎌倉文化の血が、ぼくの眼に見えない部分で、しずかに呼吸しているのかも知れない。(「家の中の死者」)



というわけで、私も散歩の途中で、萬屋さんの角打ちに混ぜてもらうことにした。

冷蔵庫から氷を出して、焼酎の水割りを作る常連、持参した崎陽軒の焼売を開き、振る舞う常連と、昭和と変わらぬ風景が、いまだにある。

エビスビールを飲みながら、常連のやり取りを聞くともなく聞いていたのだが、この雰囲気は、北鎌倉の侘助に通じるものがあるなと思った。

侘助も、藤沢周氏のような芥川賞作家や美術家、鳶職や植木屋に元会社重役や編集者と、さまざまな仕事の人が集う「町内」が息づいている。

田村さんがこよなく愛した下町的な共同体が、鎌倉には、まだ残っているのだろう。

田村さんは、先に引用した「家の中の死者」で、次のように書いている。



ぼくも、こういう土地で生れて、そして死にたかった。



その言葉通り、鎌倉で生まれはしなかったが、田村隆一は鎌倉の妙本寺に眠っている。


田村さんの材木座海岸の借家時代は、1970年9月から、翌年の11月までで、同月に田村さんは稲村ヶ崎の「持ち家」に転居している。

稲村ヶ崎の引越しには、萬屋の常連が手助けしてくれたことを、田村さんが書いていた。

、『退屈夢想庵』(新潮社)、巻頭の一節である。



三年半まえ、材木座の借家から、稲村ヶ崎の谷戸の奥に引越してきたとき、材木座の明治中期創業の酒屋さんの常連のお世話になった。(中略)
なかでも植木屋のイタさん(イタリア人に似ているので、こういうニックネームがついている。別に板前さんではない)と、その仲間には、わが小庭づくりのお世話になった。



田村さんは、イタさんを始めとする常連に手伝ってもらって、二十坪ほど小庭に、花水木や夏柑、金モクセイや柚子の木を植えたらしい。



角打ちならば、鎌倉駅から近い御成通りの酒屋、高崎屋も、店頭で酒が飲める。

正しくは、店頭ではなく、店の奥右手の立ち呑みスペースなのだが、是枝裕和監督の「海街diary」で、長澤まさみが立ち呑みしていたところが、まさに高崎屋だった。


私が、鎌倉に転居した13年前は、高崎屋の向かいに滝の湯という銭湯があった。

原稿を書き終えた日には、まだ明るいうちに一番湯に浸かり、それから向かいの高崎屋さんで、初夏ならヒューガルデン、それ以外の季節は、エーデルピルスを飲んでから、飲み屋に繰り出したものだった。

滝の湯は、薬草を浸した中将湯で、お湯は茶褐色。

一番湯ともなると、痺れるほど熱く、備え付けの板で、お湯をよく揉まないと入れないほどだった。

端午の節句に、菖蒲湯に気持ちよく浸かっていたら、アメリカ人が四人、どやどやと入ってきて、菖蒲を怪訝そうに摘まんでいたので、由来を英語で説明したこともあった。

けれども、滝の湯で冬至の柚子湯に入った記憶はない。

銭湯で、柚子湯に入ったのは京都、錦小路の錦湯だったっけ。


滝の湯は廃業してしまったが、戦前の木造建築で、なんとも言えない風情があった。
posted by 城戸朱理 at 08:38| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月05日

換気扇と電傘を掃除して

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わが家では、照明はすべて骨董屋で探した戦前の電傘に、白熱灯を使っている。

気がついたら、居間のシーリングライトに、ずいぶんと埃がたまっていた。

目線から外れたところは、どうしても掃除が行き届かないが、それより気になっていたのは、キッチンの換気扇である。


この何年か、忙しさにかまけて、ろくに掃除していなかったので、換気扇のまわりには油汚れも目立つ。


バンビことパンクな彼女と一緒に換気扇を掃除することにした。

外した換気扇をバンビが洗う間に、私が高い位置の換気扇回りを掃除したのだが、エタノールを使っても、こびりついた油汚れは、なかなか落ちない。

何か、木べらのようなものがあるといいのだが。


「赤福のへらみたいなのがあるといいのかな?」

たしかに、赤福に付いているへらなら、うってつけかも知れない。

「あるよ」
???

バンビが引き出しから取り出したのは、赤福の木べらではないか!

どうして、こんなものが?

「三味線のバチみたいで、好きなんだなあ!」
・・・・・・


そんな理由で取ってあったとは――


試しに使ってみたら、こびりついた油汚れも、こそげ落とすことができる。


「こうやって、いざというときに、お役に立つ賢い子なんだよ!」
・・・

「お手々にたっぷりお小遣いをのせてあげたりしてみたいものだね!」
・・・・・・

バンビが、換気扇本体を磨き上げる間に、エタノールを含ませた雑巾で拭いていたら、ステンレスもピカピカになった。


椅子に乗って、不自然な姿勢で作業をしていたものだから、汗だくになってしまったが、新品のようになった換気扇は気持ちよい。


勢いで、居間のシーリングライトを始めとする電傘も掃除したのだが、部屋が明るくなった気がする。
posted by 城戸朱理 at 08:51| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月04日

裏地で選んだジャケット

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1980年代には倒産さえ囁かれたが、1994年、クリエイティブ・ディレクターにトム・フォードを迎えて、GUCCIは再建を果たした。

それだけに、トム・フォード辞任後が危ぶまれたが、2005年にクリエイティブ・ディレクターに就任したフリーダ・ジャンニーニは、ブランド・イメージを損なうことなく、トム・フォードの男性的なラインから、より中性的なコレクションを展開し、高い評価を得た。


実は、私が、GUCCIを意識するようになったのは、東日本大震災以降、GUCCIが、被災地の子供たちに返還不要の奨学金を給付するユネスコ協会就学支援金の支援を続けていることを知ったからで、フリーダ自身も仙台を訪れ、奨学生と会ったり、ワークショップを開催したりしているという。


フリーダ・ジャンニーニは、2015〜16秋冬コレクションを最後に、GUCCIを退いたが、ここ数年のコレクションは魅力的だった。


なかでも、裏地が気になって購入したジャケットがある。

一着は、赤系のツィードで、裏地には鳥をプリントしたシルクを使ったもの。

このジャケットには、黒のモヘアに黒糸で鳥を刺繍したタートルネックセーターを合わせるようになっている。


もう一着は、カナダの現代画家クリス・ナイトが、GUCCIの伝統的なパターンであるフローラを独自に解釈した「フローラナイト」をシルクプリントした裏地のブレザーだった。

フローラナイトは、ベラドンナやダチュラといった妖しい花に、魔除けでもあるクローバーやイヌホウズキを配したもので、妖艶な雰囲気が漂う。


どちらも裏地だから、着用しても見えるわけではないが、こうした遊び心は、洋の東西を問わず、惹かれるものがある。


2015年の暮れから翌春にかけて鎌倉文学館で開催された「作家 身のまわり」展では、大の猫好きとして知られた大佛次郎が、日本画家に猫を描いてもらったと裏地の羽織が展示されていたが、それに通じるものがあるのだろう。
posted by 城戸朱理 at 12:28| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月27日

ホテル・ニューカマクラ

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年間観光客が1200万人を超える観光地なのに、鎌倉にはホテルが少ない。

プリンスホテルを始めとして、いくつかあるホテルは、ぜんぶ泊まったことがあるが、抜群に面白いのは、やはりホテル・ニューカマクラだろう。


鎌倉駅のホームからも見える木造の洋館は、大正13年(1924)に建てられたもので、関東大震災前には、文人がよく利用した料亭・貸し別荘、平野屋があったところ。

大正12年に、岡本かの子は、避暑で平野屋を訪れた芥川龍之介と偶然、出会い、小説「鶴は病みき」を書いた。


バス、トイレは共有ながら、掃除が行き届き、赤いカーペットに、シャンデリア、ステンドグラスと内装は、実に洒落ている。

レストランはないので、素泊まりのみ。

鎌倉駅西口から徒歩一分、平日なら一泊5000円からというという手頃さ。


吉増剛造さんも気に入られて、鎌倉に来るときは、バンビことパンクな彼女が予約を入れるのが恒例になった。

吉増さんは、いつも和室を利用されるが、御自宅の書斎も、和室に文机だから、ホテルな部屋でも「怪物君」の制作を続けているのだろう。
posted by 城戸朱理 at 14:30| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月20日

bambi in Vivienne Westwood!?

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洗面所から、バンビことパンクな彼女の楽しげな歌声が聞こえてきた。


「バンビコ、バンビコ、バンビコ♪」

バンビのテーマ曲である。

「バンビコ、バンビコ、バンビコ♪」

いつもより、威勢がいいような気がする――

「ビコバン、ビコバン、ビコバン〜♪」

今度は、逆転してしまった――

「バンビィ〜♪」


何をやっているんだろう?

「毛繕いをしているんだよ!」
・・・・・・

バンビなのに、猫のようなことをしていると思ったら、たんなるブラッシングを毛繕いと言っていたのである!

一事が万事、こんな調子だが、バンビと言ってもマッド・バンビ、パンクなので、仕方がない。


「試写のあとで、ヴィヴィアンに寄れるね!
きっとセールになってるよ!」

それが狙いだったのか!


仕方がないので、試写と打ち合わせを終えてから、バンビを連れて、パンクの聖地、ヴィヴィアン・ウエストウッドへ。


まだ春物の新作は入荷していなかったが、秋冬物は定番を除き、セールになっていた。


とはいえ、昨年のうちに、レザーのライダース・ジャケットはすでに入手済みだし、ベーシックなカーディガンも買い足したし、コートも足りている。

あれこれ試着してみて、着丈の長いスウェット地のラヴジャケットとカラフルなパターンの巻きスカートの2着を買ってあげることに。

「この巻きスカートは、前から目をつけていたんだよ!」

目はつけたものの、イタリア製の輸入品だけに、コート並みの値段だから迷っていたらしい。

巻きスカートと言っても、ヴィヴィアン・ウエストウッドならではのアバンギャルドなデザインで、セールなら半額である。

かくしてバンビは、2着のヴィヴィアンをゲット、帰宅すると、さっそく着ている。


「このジャケットは、裏地がふわふわしてて、とってもあったかいね!」


そして、そのまま寝てしまったのである!

バンビは気に入ったものを枕元に置いたり、寝床に引っ張りこむ癖があるが、ジャケットはパジャマではない。

パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 20:33| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月14日

犯人は誰だ?

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寝室からバンビことパンクな彼女の歌声が聞こえてきた。


「にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ♪」

いつものテーマソングである。

「にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ♪」
・・・

「にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ、にゃんこ♪」
・・・・・・

「にゃんこ〜〜♪」


何をしているのだろうと思って覗いてみたら、お腹に大きなキティちゃんの顔をのせて、なごんでいるではないか。

何なんだ、そのキティちゃんは?

「これは湯たんぽキティだよ〜」
・・・

「このキティちゃんをお腹にのせておくと、ポカポカなんだなあ!」
・・・・・・

「貸してあげようか?」
・・・・・・


そんなものがあったとは――


東京でホテル泊まりになったときのこと。

コンビニでミネラルウォーターやビールを買っていたら、バンビがパタパタとやって来た。

「これも買ってあげてね!」

見れば、妙に四角っぽいキティちゃんである。

何なんだ、これは?

「これは使い捨てのカイロを入れるキティちゃんだよ!」
・・・・・・

こんなものまであったとは――


海外から日本に戻ってきて、いかにも日本に帰ってきたなと思うのは、空港でコンビニに寄ったときである。

日本人は、どんなものでもキャラ化するのかと思えるほど、やたらとあるのだ、「カワイイ」ものが。

何も湯たんぽをキティちゃんの顔にしたり、使い捨てカイロのケースをキティちゃんにしなくてもいいのではないかと思うのだが、してしまうのである、日本人は。


そして、バンビの身辺は、次第にキティちゃん化していくのだった――


ある日、気づいたらデスクのマウスパッドが、イチゴに化けたキティちゃんになっていた。

さらに、携帯用のウェットティッシュのケースにまで、キティちゃんの顔が付いている。

バンドエイドまで、キティちゃん柄に――


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 23:42| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

トランク、ついに壊れる

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東京のホテルからトランクを宅急便で送り返し、鎌倉に届いてみたら、本体に亀裂が走っていた。


2013年にフィンランドから帰ったら、角が割れていたので修理に出し、2015年にハワイだったがニューヨークだったか忘れたが、海外から戻ったら、今度は取手が取れたので直し、騙し騙し使ってきたのだが、どうやら寿命らしい。


このトランクは、ドイツのリモア社のサルサで、発売直後に、バンビことパンクな彼女が、誕生日プレゼントに買ってくれたものだから、もう15年ほど酷使したことになる。

海外が20回以上、国内に至っては旅行、出張、さらにはホテルでの缶詰と100回以上、使ったのではないだろうか。


トランクの亀裂を、バンビに見せたら――


「ぼく、トランクだよ」
・・・

いきなり、トランクになってしまった――

「お腹がさけちゃったんだよ」

パンクだから、なんでも、お遊びのネタにしてしまうのである。

「だから、こうやって、しゃべることが出来るようになったんだなあ!」
・・・・・・

別にトランクが、しゃべれなくてもいいのである。


ともあれ、私にとって、トランクは必需品だから、新調しなければ。

「でも、唐津くんちのステッカーが勿体ないね!」

飛行機をよく利用する人なら分かるだろうが、トランクのメーカーは限られているから、空港で受け取るとき、見分けがつくようにステッカーを貼ったりして、カスタマイズする必要がある。

私のトランクには、唐津で買った「唐津くんち」のステッカーが貼ってあるのだが、これは、諦めるしかない。

唐津神社の秋季例大祭である唐津くんちは、14の曳山が町を練り歩くのだが、この曳山は、乾漆によって、江戸時代から明治初期に作られた工芸品で、赤獅子、青獅子、金獅子、飛龍など神話的なモチーフや、酒呑童子と源頼光の兜、源義経の兜、上杉謙信の兜、武田信玄の兜など雄壮なものが多い。

そのなかで、小学生のいちばん人気は、魚屋町の曳山の鯛。

鯛は――たんなる「お魚」である。

龍や酒呑童子に混じって、ただの「お魚」が曳山になっているところが傑作だし、これが実にかわいい。

唐津くんちを見に行くのは、私の夢のひとつである。


新しいトランクは、またリモアを買うか、グローブトロッターにするか、迷っているのだが。
posted by 城戸朱理 at 15:46| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

バンビ、覚醒???

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初めてのスターウォーズ、しかも3Dの「ローグワン/スターウォーズ・ストーリー」にバンビことパンクな彼女は大興奮、とりわけ、ジェダイ騎士のフォースとライトセーバーが気に入ったらしい。


「フォースが覚醒しちゃったなあ!」

嘘である。

「騎士名は、バンビ・ケノービだよ!」

冬毛が伸びたバンビのような名前である。

「オビ=ワン・バンービのほうがいいかな?」

わんことバンビが合体したようで、まったく強そうではない。

千世代にわたる銀河共和国の守護者、ジェダイ騎士の名前としてはどちらもヘンである。


毎年、無印良品のスケジュールを書き込めるカレンダーを使っていたのだが、今年の分を買い忘れていたので、チェックしたところ、湘南テラスモールの無印良品でも売り切れだった。

すると、帰宅してから――


「カレンダーが、大船の無印良品にあるのが分かったよ」
???

「フォースを使ったんだよ!」
・・・

嘘である。

ネットで在庫を調べたに違いない。

「フォースの力が、ぴくぴくしちゃうなあ!」
・・・・・・

フォースは「力」という意味だから、同語反復である。


スーパーで新鮮な野菜を見ても――

「この野菜は、フォースがあるね!」
・・・・・・

お湯を沸かすと――

「フォースで沸かしたんだよ!」

嘘である。

ガスコンロで沸かしたのである。


一事が万事、こんな調子で、しかも、ネットでライトセーバーの玩具をチェックしているではないか!

油断すると、玩具のライトセーバーを買って、家のなかで「むーん、むーん」とか言いながら振り回しかねない。

パンクだから仕方がないが、いよいよ厳重な警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 05:08| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

2016年、最後に買ったもの〜ライカ・ゾフォート

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ただでさえ、増え続ける本と格闘する毎日なのだから、何も増やしたくないのだが、つい手が出てしまうものもある。

12月29日に、鯨井くんと待ち合わせた駿河台下の三省堂書店で出会ったインスタントカメラがそうだった。


デジタルカメラが一般化したため、撮った写真がその場で見れるのが売りだったインスタントカメラは衰退し、その先駆たるポラロイド社は、2008年にフィルム生産から撤退したが、富士フィルムのインスタントカメラ・チェキは、いまだに若者に人気があったりする。

デジタルとは違って、コピーもレタッチも出来ない一回性が、若者には逆に新鮮なのかも知れない。


そのチェキフィルムを使うインスタントカメラ「ゾフォート」の発売を、突如、ライカが発表、11月から日本でも販売が開始された。

デザインは、ミュンヘンのライカ・デザインチームによるもので、F12.7レンズ「ヘクトール」を搭載。

ボディカラーは、ホワイト、オレンジ、ミントの3色で、ライカらしくないカラーリングが、製品の特徴を物語っている。


今や、オリンパス・プロサロンのメンバーとなったバンビことパンクな彼女は、ここのところ、一眼レフはオリンパスOMD、二眼レフはローライフレックスを使っているが、
チェキもよく持ち歩いていて、ローライ同盟の忘年会のときも、吉増剛造さんと今道子さんのツーショットを撮影、その場でおふたりからサインをいただいていた。

そんな遊び方ができるのが、インスタントカメラの身上だろう、

ライカ「ゾフォート」で、どんな遊びが出来るか、ちょっと楽しみだ。
posted by 城戸朱理 at 15:24| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月16日

ヨージ・ヤマモトのコート

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先月の歴程祭の翌日、銀座で少し時間があったので、松屋を覗いた。

バンビことパンクな彼女は、最近、気になっているセルジオ・ロッシの靴をチェック。

私は、いつものようにアルマーニを見に行こうと思ったのだが、その手前のヨージ・ヤマモトのコレクションに目が止まった。

「どこの誰だ?」というか、国籍不明、職業不明という感じのスタッフのファッションが、やたらと斬新に映る。


「カッコいいね!
ヨージ・ヤマモトをひと揃い買って、お散歩するときに着たらどうかな?」

「最近は鎌倉で飲みに行ってないし、たまには自分のものを買うといいんじゃない?」とバンビ。


コートを試着してみたら、一枚の布をまとうような感覚が、やたらと新鮮である。

考えてみると、スーツやジャケットなどは、身体に合っているかどうかが重要なので、サイズが細かく分かれている。

それに対して、ヨージ・ヤマモトは、フリーサイズだったり、SMLだったりと、サイズがざっくりしており、しかも、作りがきわめて大きい。

コートなどMサイズでも、身長182cmの私でさえ大きいくらいだから、着るというよりは、まとう感覚になる。


結局、写真のマントのようなフード付きコートと、シワ加工をほどこしたパンツを購入した。

どれも仕事で着られるような服ではないが、そこがまた面白い。


ふだん、私は、アルマーニやGUCCIなど、イタリアのモード系の服を着ており、たまにブリオーニなどクラシコ・イタリアの服に手を出すこともあるが、その対局にあるような、ノマド的な洋服である。


京都ロケのときも着ていたのだが、気に入ったので、現代詩花椿賞贈賞式の前に、またヨージ・ヤマモトに寄って、またもやバンビにそそのかされ、今度はざっくりとした茶系のタートルネックセーターを購入した。


デザイナーの山本耀司氏自身、ポケットに全財産とパスポートを入れ、リュックに着替えだけを入れて持ち歩く、遊牧民的な暮らし方をしているのだとか。

晩年の永井荷風もそうだったが、最後は、かなうかぎり何も持たない生活が好ましくなるのは分かる気がする。
posted by 城戸朱理 at 15:47| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月03日

明日、開催! かまくら学府・第31回定例会「鎌倉ゆかりの人々〜田村隆一、川端康成、西田琴、堀多恵)」



明日、12月4日は、文芸評論家・鎌倉文学館館長、富岡幸一郎氏を会長とする「かまくら学府」の第31回定例会が開催される。

詳細は下記の通り。



かまくら学府第31回定例会

「鎌倉ゆかりの人々〜田村隆一(詩人)、川端康成(作家)、西田琴(教育者・西田幾多郎夫人)、堀多恵子(随筆家・堀辰雄夫人)など」

時間/14:00〜17:00

会場/二楽荘(JR鎌倉駅東口から徒歩3分)

会費/7000円(食事・飲み物付き)


【出演】

太田愛人(随筆家・日本エッセイストクラブ常任理事・元牧師)
城戸朱理(詩人)
富岡幸一郎(文芸評論家・関東学院大学教授)


対談後は、川端康成、大佛次郎ら鎌倉文士が通った中華料理店「二楽荘」で食事をしながら、交流の時間も。


問い合わせ/銀の鈴社(担当・西野大介)
TEL 0467-61-1930


鎌倉文士や文学など、幅広い内容をジャンルが異なる3人が語り合う異色のトーク・イベント。

ぜひ、御参加を!
posted by 城戸朱理 at 17:49| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

ルイ・ヴィトンの小さなバッグ

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まだ残暑が厳しかったころのこと。

ルイ・ヴィトンからの秋冬物の新作案内のメールで、気になるブーツがあったものだから、東京に出たついでに銀座のルイ・ヴィトンを覗いてみた。

購入するつもりでいたのだが、現物を見てみたらイメージとは微妙に違う。

結局、見送ることにして、バンビことパンクな彼女を探したら、モノグラムの小さなポシェットを熱心に見ていた。


「ルイ・ヴィトン展のときもそうだったんだけど、ヴィトンの女性スタッフは、みんなこのポシェットを下げてて、いいなあと思ったんだよ!」


店内を見渡してみると、たしかに女性のショップスタッフは、みんな黒のお洒落なユニフォームに、モノグラムのポシェットを斜めがけにしている。

ポシェットには、計算機やペン、メジャーなどがセットされているらしい。


バンビも、写真撮影のために、メモリーカードやメモ帳、iPhoneを入れるための小さなバッグをいつも持っているから、ルイ・ヴィトンのポシェットが気になったのだろう。


今年の6月に「海へ、空へ、彼方へ――旅するルイ・ヴィトン」展を見にいったとき、バンビは、展示されていた船旅用のトランクを作るためのさまざまな木工用の工具やフランス人職人の実演を見て、ルイ・ヴィトンの職人技に支えられた実用性に魅了されたらしく、帰宅してから手持ちのルイ・ヴィトンを全部並べて、よく使っていた。

私も、トランク大小にトートバッグ、ブリーフケースと、一時期、ヴィトンを愛用したが、気づくとバンビも普段使いできるヴィトンを沢山持っている。


「ヴィトンは、濡れても平気だから、天気を気にせず使えるのがいいね!」


バンビは、写真の機材を始めとして、バックアップを取るためのPCなど、いつも大量の荷物を持ち歩いているから、バッグも実用性で考えるらしい。

もちろん、バンビにとって、バッグよりカメラとレンズのほうが大事なのは言うまでもない。


「んふ」


「んふふふふん」
!!!

欲しいのである。

ものすごく欲しいのである。


たしかに便利そうなので、ひと足早い誕生日プレゼントに買ってあげることにした。


このポシェット、ヌメ革のストラップで斜めがけもできるし、チェーンにかえて、パーティーバッグに使うこともできる。


ちなみに、ヌメ革は雨に降られると、すぐ水染みになるので、使用前に2週間ほど日光に当てて皮膜を作るか、専用のクリームを塗って皮膜を作る必要がある。

わが家では、皮革メンテナンスのクリーム類は、靴の手入れのために完備してあるので、クリームで保護することにした。


それ以来、バンビが、どこかに出かけるときには、必ずこのポシェットを持っているが、こうした小さなバッグは、腰のあたりに大きなポケットがあるようなものだから、使い勝手がいいのだろう。
posted by 城戸朱理 at 23:04| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月30日

大こけし???

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バンビことパンクな彼女が、美容室ユアーズに予約を入れている。

いやな予感がしたので、こけし頭にしないように注意したら――


「わからないよ〜。
また、こけしになるかも知れないよ〜」
・・・・・・

そして、「にゃふふふ」と怪しい笑いを残すと、パタパタ出かけてしまった。

困ったものである。


しばらくして、LINEで連絡が。


「ハーフこけしになったよ!」

ハーフこけしって、どんな髪型なんだ!?

「サイドはアシメなんだけど、前髪だけはこけし風にぱっつんと切ってもらったんだよ!」
・・・・・・

要するに、アイドル風のこけし頭ということか?

よく分からないが、パンクだから仕方がない。


そして、Amazon Videoで「大魔神」シリーズを見て、興奮したバンビが、またまた奇妙なことを考え始めたのである。


「大こけしという映画があったら、面白いね!」

大こけし?

「そ。
巨大なこけし様が、変身して悪者を踏み潰す映画だよ!」

ちっとも怖くない。

「あれ、こけしは足がないから、悪者を踏み潰せないかな?」
・・・

「ぴょんぴょん跳べばいいのかな?」

それでは、滑稽なだけである。

「んふ。
んふふふふん」
・・・・・・


バンビは悩み始めたが、こんな企画が実現するはずはない。

悩むだけ無駄である。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 07:08| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月28日

「ローライ同盟新聞」第1号

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吉増剛造名誉会長の提案で「ローライ同盟新聞」を制作することになり、同盟幹事の小野田桂子が編集を担当。

第1号が刊行されたのは、竹橋の東京国立近代美術館で「声ノマ 全身詩人、吉増剛造」展が始まる1日前の6月6日で、展覧会初日、7日の内覧会のときに、会員に配布された。


題字は、吉増さんによるもので、同盟会長の城戸朱理による「ローライ同盟宣言」から始まって、石田瑞穂「ローライ同盟発足会」、菊井崇史「ローライ同盟一回感想」、カニエ・ナハ「ROLLEI&CIGARETTE」など会員の原稿と、井原靖章氏が二眼レフで撮影した写真が掲載されている。

この新聞は、原稿を切り貼りし、罫線などは手書きという、あえて昔ながらの方法で、小野田幹事が版下を作成、mad bambi pressを発行元に、50部だけが制作された。


つまり、ローライ同盟の会員10人に5部ずつ配ったら、なくなってしまうという代物で、めったにお目にかかれない不思議な新聞である。

こんな印刷物を「新聞」と呼べるかどうかは別にして、それもまた、いかにもローライ同盟らしい(?)。


12月には、第2回の撮影会が予定されているので、「ローライ同盟新聞」第2号も年明けには発行される予定である。
posted by 城戸朱理 at 00:40| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月27日

怪獣王、ゴジラ!!!

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今年、大いに話題になった庵野秀明総監督「シン・ゴジラ」を見たのは、京都で短い夏休みを過ごしていた8月18日のこと。

新京極の映画館でだった。


すでに、さまざまな批評や感想が氾濫しているので、ここでは詳しくは触れないが、これまで制作されたゴジラ・シリーズ全29作のうち、第一作の「ゴジラ」(1954)と比肩しうる怪獣映画の金字塔である。

ゴジラ、ひいては怪獣というもの自体が、広島・長崎と二度の被曝を経験した日本という国が生んだ核のメタファーだが、「シン・ゴジラ」は、さらに福島第一原発事故という日本人にとって三度目の被曝のメタファーにもなっているあたりも、つねに時代ごとの社会問題を反映させてきたゴジラ映画の名に恥じない。



私が、初めて観たゴジラ映画は「モスラ対ゴジラ」(1964)で、5歳のときだった。

両親は、盛岡の材木町にある民芸店、光原社によく通っていたが、当時は材木町にも映画館があって、「総天然色」の「ゴジラ対モスラ」のポスターに私が見とれていたら、父に「見たいのか?」と聞かれ、父に連れられて、そのまま映画館に入ったのを覚えている。

ちなみに、モスラの原作は、なんと、中村真一郎、福永武彦、堀田善衛による『発光妖精とモスラ』で、原作は1994年に摩摩書房から単行本が刊行されている。


「モスラ対ゴジラ」以来、中学生くらいまでは、ゴジラ映画が封切られるたびに、映画館に通ったのではないだろうか。

ゴジラ・シリーズは、1974年の「メカゴジラの逆襲」を最後に長い休止期間をはさみ、1984年に原点回帰的な「ゴジラ」が制作され、復活する。


それ以降の作品も、レンタルなどで観ているので、気づけば、全作を観ていることに。

5歳のときから、およそ半世紀もゴジラ映画に付き合ってきたのだから、感慨深いものがある。


一方、バンビことパンクな彼女は、ゴジラ映画を観たことはあるのだろうか?

「ないよ」

一本も?

「一本も観たことないよ」
・・・・・・・


「スターウォーズ」と同じく、一本も観たことがなかったのである。

バンビは、映画といえば、タルコフスキーとゴダール、それにカラックス、邦画だと小津安二郎くらいしか観たことがないらしい。

したがって、バンビにとっては「シン・ゴジラ」が初ゴジラになったわけだが、むしろ、それは、幸運だったかも知れない。


バンビが怪獣映画に目覚めたおかげで、京都の「シン・ゴジラ」以来、「ゴジラ全映画DVDコレクターズBOX」を買い込むなど、わが家ではゴジラ・ブームが続いている。
posted by 城戸朱理 at 00:11| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月26日

厳冬に備えて

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11月24日、東京では初雪が。

目覚めると、鎌倉もしんしんと雪が降っていた。

東京で、11月に初雪が降ったのは、54年ぶりのことだという。

この日の鎌倉は、最低気温が2℃、最高気温でも、わずか7℃。

今年の冬は、厳冬という長期予報が出ているが、そうなりそうな気配である。


私は北国生まれだけに、厳冬と聞くだけで身構えてしまうところがある。


北国で厳冬期に猛烈な吹雪になると、視界は1mもなくなり、暴風雪ともなると、自宅のそばまでたどり着きながら、凍死した例も過去にはあるほどだから、防寒を意識してしまうのは、北国生まれの人間の本能のようなものかも知れない。

そのせいか、冬物の衣料となると、まずコートに目がいく。


とりわけ、昔ならば外套と呼んだような厚手のウールコートが好きなのだが、これは、やはり重いウールコートを好んだ父の姿が、刷り込まれているからかも知れない。


もちろん、関東で北海道のような暴風雪になることはないだろうが、今年は厳冬に備えて、イタリアはコロンボ社のキャメル地のチェスターコートを出した。

キャメルヘアーは、繊維が中空構造になっており、ウールの5倍の保温力を持つので、厳冬に向いているのだ。


もう一着は、ジョルジオ・アルマーニ、ブラックレーベルのムートンコートを。

どちらもダブルで、前合わせが深いだけに保温力も高い。


さらに、いきなり冷え込んだので、フィルソン社のダブル・マッキーノ・クルーザーまで出したのだが、これは、24オンスというヘビーウェイトの未脱脂ヴァージンウールを二重に使った、アラスカの厳寒にも耐えられる究極のアウトドアコートである。

赤と黒のバッファロー・プレイドは、ハンターの誤射を避けるためで、いかにもアウトドアという感じがするのが好ましい。

これに合わせるブーツは、「キング・オブ・ブーツ」と呼ばれるホワイツのセミドレスか、分厚いビブラム100をソールに搭載したレッドウィング最強のロガー・ブーツしか考えられない。

もっとも、そんなコーディネートをすると、アメリカの木こりのようになってしまうのだが。


さらに、UNIQLOのヒートテックを補充して、ひと安心。

しかし、よくよく考えるとおかしな話である。

ヒートテックが発売される前は、真冬でも長袖のTシャツはもちろん、タイツをはくこともなかった。

例外はスキータイツだが、これはスキーをするときしか使わない。

ところが、いったんヒートテックを着るようになってからは、ヒートテックなしだと寒く感じるようになってしまった。


身体がそれだけヒートテックを着た状態に慣れてしまって、寒さへの耐性がなくなってしまったのだろう。


エアコンに頼りすぎると自律神経の働きが弱くなることが知られているが、程度の差はあるにしても、同じようなことがヒートテックでも起こるのかも知れない。


人類の文明というものは、つねに快適さを目指してイノベーションを重ねてきたわけだが、私たちは、そのかわりに何を失ったのか、ふと、考えてしまった。


しかし、考えたところで、寒いのが苦手なのは変わらないのだが。
posted by 城戸朱理 at 12:50| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

「禅――心をかたちに」展@東京国立博物館

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上野公園は、木々が色づき始めていた。

東京国立博物館で開催されている「禅――心をかたちに」展は、臨済禅師御遠忌1150年、白隠禅師御遠忌250年記念するもの。


唐の臨済義玄は、言うまでもなく、中国・臨済宗の開祖。

「五逆聞雷」、五逆の大罪を犯した者が、百雷を聞くがごとき厳しい棒喝で知られ、その言行は『臨済録』にまとめられている。


白隠は、「五百年間出の大徳」と呼ばれる江戸時代、臨済宗妙心寺派の禅師である。


禅は、6世紀初頭に達磨が中国に伝え、唐代、宋代に隆盛を迎えた。

中国の禅宗は、五家七宗に分かれるが、そのうち臨済宗を栄西が、曹洞宗を道元が、鎌倉時代に日本に伝えた。

ただし、日本の曹洞宗は、中国曹洞宗とは別のものであり、道元を開祖とする宗派と考えるべきだろう。

その背景には、道元の透徹した言語と世界への認識があるのは言うまでもない。


さらに、禅は中国では廃れ、日本だけに残されることになったことも興味深い。


「禅――心をかたちに」は、会場を回るだけで、禅宗の特徴を感得できる貴重な展覧会だった。

、仏教であるのに、禅宗においては、仏像は展示の中心にはならない。

もっとも多いのは、開山や高僧の画賛であり、あくまでも修業者の系譜によって宗門が成立していることが分かる。


禅の基本概念、「不立文字」「教化別伝」は、経典に記述されているところに仏道はなく、
「直指人心」「見成仏性」は、禅が目指すべき境涯をただちに把握、実践して大悟に至ることを言うものだが、
その意味では、大乗仏教諸宗のなかで、禅とは、時代と風土に即した方法で、釈尊に回帰する仏教のラディカリズムだったのだと言えるだろう。


釈尊の時代、初期仏教から上座部の仏教においては、出家修業者は働かず、托鉢によって食を得たが、中国の禅宗は人里離れた山中に僧堂が作られたため、僧侶も作務として自給自足の生活を営んだ。

8世紀、百丈懐海の「一日作(な)さざれば一日食らわず」とは、そのことを言うものである。


また、禅は、絵画や茶の湯にも大きな影響を与えたので、会場には、大巧如拙「瓢鮎図」を始めとして、雪舟等楊、雪村周継、長谷川等泊、狩野探幽らの絵画、
そして、油滴天目茶碗、大井戸茶碗の銘「有楽」など、国宝、重要文化財の茶道具まで観ることができた。

千利休以前、茶の湯で茶碗の首座とされた井戸茶碗は、国宝の銘「喜左衛門」、重要文化財の銘「筒井筒」などがあり、銘「有楽」もバランスの取れた名碗として名高いが、実物は、図録で見るよりも、何やら、あっけらかんとしていて、私には、それが面白かった。


さらに「平安の秘仏――滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」展を観て、会場を後にしようとしたら、バンビことパンクな彼女が、「写真を撮ってあげて!」と言うので、見たら、バンビが羅漢像のパネルから顔を出しているではないか。

パンクだけに、こういう機会は、決して逃さない。

いよいよ、注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 09:28| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月21日

bambi in Vivienne Westwood〜いかれバンビの悪だくみ???

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明日は、新保祐司さんの出版記念会だというのに、バンビことパンクな彼女が、毛玉だらけのニットワンピースを着ているではないか。

着替えは、持ってきたのだろうか?

「ないよ!」
!!!

「明日のパーティーは、ずっと写真を撮ってるから、毛玉ワンピでもいいんだよ!」
・・・・・・


いつものヴィヴィアン・ウエストウッドではなく、クリストフ・ルメールによる新ライン、ユニクロUのワンピースなのだが、部屋着にしているうえに、リュックやらポシェットやらバッグをたくさん持っていたものだから、摩擦で毛玉が出来てしまったらしい。


「もし、このワンピじゃダメなら、ヴィヴィアンに行って、新しいワンピを買ってあげるのもいいね!」
!!!!!!

「買ってあげて!」
・・・

「新しいワンピを買ってあげて!」
・・・・・・


仕方がないので、パンクの聖地、ヴィヴィアン・ウエストウッドにバンビを連れていくことに。


あれこれ試着して、パーティー用に襟元がリボンになっている黒のワンピースを、
さらに大人っぽいツィード風のワンピースと黒のカーディガン2着、計4着を買ってあげることにした。


「いいコにしてたら、いいものを買ってもらえたなあ!」
・・・・・・

都合のいいときだけ、「いいコ」になるのは、バンビの得意技である。


ひょっとして、バンビは、新しいヴィヴィアンを買ってもらおうと、部屋着にしていた毛玉だらけのワンピースを、わざと着てきたのだろうか?


パンクなだけに油断大敵、さらなる注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 07:59| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月16日

素振り刀の顛末???

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私が、赤樫の木刀で素振りを始めたのは、夏のこと。

一時、中断していたが、また再開した。

素振りは、毎日、500回。

夏場だと、200回を超えたあたりから、汗が噴き出し、500回を終えると、Tシャツが絞れるほどだったが、冬だと、500回でも汗ばむていど。

それから、入浴するのだが、風呂上がりのビールが、このうえなく美味い。


ただし、濡れそぼってまで素振りをする気はないので、雨の日は休みになる。

すると、ある日、バンビことパンクな彼女が――


「いいものを見つけたから、買ってあげたよ!」
???

いったい、何だろう。

「室内でも素振りが出来る短い素振り刀が、あったんだよ!
これで、雨の日でも、ふりふりできるね!」
!!!!!!

そんなものがあったとは!


見れば、竹刀風のしつらえにはなっているものの、ツチノコのような膨らみが。

これは――木刀というよりはこん棒である。

しかも、私が使っている赤樫の木刀より重いではないか!

鈍器のような迫力があるが、短いので、室内でも素振りが出来る。

かくして、雨の日は、室内で、この素振り刀を振ることになったのだが――


ある日のこと。

隣の部屋から、パタパタと怪しい音が聞こえてきた。

当然、犯人はひとりしかいない。

こっそり、覗いてみたら――


バンビが、素振り刀を持ち出して、素振りの真似をしていたのである!

しかも、やり方を知らないものだから、ペコちゃんのように舌を出して、素振り刀であちこちを突ついているではないか!


私が素振りをしているのを見て、面白そうだと思ったのだろうが、そう思ったら、最後、パンクだから、自分もやってみなければ気がすまないのである。


そして、翌朝――


「んふう。
痛いよ〜、痛いよ〜
筋肉痛だよ〜」


重量のある素振り刀を振り回して遊んだものだから、バンビは筋肉痛に悩まされることに。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 15:45| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする