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城戸朱理のブログ: エッセイ

2016年11月14日

マッド・バンビGO???

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ハワイ、ワイキキのシーサイド・アベニューを歩いていたときのこと。

バンビことパンクな彼女が、歓声をあげた。


「ピカチュウが出てきたよ!」


ポケモンGOをやっていたら、ついにピカチュウが出てきたらしい。

そして、バンビは、無事、ピカチュウを捕獲。


「やったね!
ピカチュウを捕まえたよ!
ハワイまで来たかいがあったなあ!」


どうやら、バンビはハワイでポケモンGOをやって、レアなポケモンをゲットするのが目的だったらしく、ダイアモンドヘッドに登るときも、ポケモンを捕まえていた。


そもそも、バンビがポケモンGOを始めたのは、解禁の一週間後のこと。


決して熱中しているわけではないが、旅先でも、よくポケモンを捕まえている。


世界中のあちこちで、ポケモンが出没するのだから感心するが、よくよく考えてみると、バンビもポケモンに似ていないこともない。


福島県の南相馬に現れ、珍念さんと記念撮影したかと思うと、翌日には会津の只見に行き、柳美里さんとツーショット、京都から戻った翌日には、及川俊哉氏のイベント「よみがえりの風」を撮影するために福島へ。

イベント制作に関わった和合敦子さん、わが国の音楽写真の第一人者、菅野秀夫さんと一緒に撮った写真が送られてきた。


今年は、澁澤龍彦没後30年。

8月に山の上ホテルで、澁澤先生を偲ぶ会があった。

私は、出席できなかったのだが、バンビも澁澤龍子さんから案内をいただいていたので、カメラ持参で参加。


「麿赤兒先生と笠井叡先生から、城戸さんはお元気ですかって聞かれたよ!」

澁澤先生の会なら、お二人がいるのも当然だろう。

「それとね、大岡玲先生が、バンビを見て、〈伝説のマッド・バンビ! パンクな彼女!〉って、とっても喜んで下さったんだよ!」
・・・・・・


いつの間に「伝説」になったんだ!?

大岡玲さんも、このブログを見て下さっているのだろうか?


それにしても、これだけ、あちこちに出没していると、ポケモンGOならぬマッド・バンビGOというゲームのような気がしてくるのは否めない。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 08:42| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月09日

平塚市美術館・開館25周年記念「香月泰男と丸木位里・俊、そして川田喜久治」展

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11月4日は、急ぎの締切がなかったので、バンビことパンクな彼女と、平塚市美術館に出かけた。

開館25周年記念の「香月泰男と丸木位里・俊、そして川田喜久治」展を観るためである。

香月泰男(1911〜1974)は、1943年の応招から始まって、47年までのシベリアに抑留の経験を描いた全57点の連作「シベリア・シリーズ」から、34点。

丸木位里(まるき・いり、1901〜1995)、俊(とし、1912〜2000)夫妻は、広島の原爆投下の惨禍を描く屏風形式の全15部の連作「原爆の図」から6作が、
そして、川田喜久治(1933〜)は、原爆ドームのしみや特攻隊員の遺影など、歴史の不条理を写した、初期の代表作である写真集『地図』が展示されており、
洋画、日本画、写真という三つのジャンルによって、とらえられた戦争体験を主題に据えた企画展の視覚的な重量は、言葉を失うほどだった。


とりわけ、「シベリア・シリーズ」は、個人的かつ極限的な体験を超えて、絵画としての普遍性を獲得しており、添えられた画家自身の言葉とともに、圧巻だった。


展示を見てから、土方明司館長代理と学芸員室で話していたら、鉛筆画の木下晋さんが来館され、紹介してもらったのだが、木下さんは、最近、鎌倉のある寺院の天井画を手がけられたとのこと。

これも、見に行きたいものである。
posted by 城戸朱理 at 18:15| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月08日

トリ・リチャードのアロハシャツ

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ハワイでは、ワイキキ国際空港に向かう前に、ロイヤル・ハワイアンのなかにあるトリ・リチャードを覗いた。

創業60年、オアフ島でみリゾート・ウェアを扱う高級店である。


ハワイでは、当然のことながら、アロハシャツを扱う店は多い。

とりわけ、名高いのはハワイ島のシグ・ゼーンだろう。

シグ・ゼーンは、ハワイの植物をモチーフに、シルクスクリーンでコットンにプリントする。

ひとつのパターンにつき、5枚しか作らないので、希少性が高い。

私も10年前にハワイ島でキラウェア火山をトレッキングしたとき、シグ・ゼーンに寄って、2着購入したが、カラーはボタンダウンで、モダナイズされたアロハシャツである。


それに対して、オアフ島のトリ・リチャードは、厚手のレーヨン製でココナッツボタン。

オープンカラーで、古典的なハワイアンシャツを踏襲しているのが特徴だろう。

しかし、デザインは、実に洒落ていて、クリスマス用に毎年、リリースされるアロハシャツは、刺繍で模様がほどこされている。


今年のクリスマス・ヴァージョンは、サーフィンをするサンタクロースと、なんとゴッホの「星月夜」にサンタクロースをあしらった2パターン。

色は、黒とネイビーだった。


MOMA(ニューヨーク近代美術館)で観たゴッホの「星月夜」を思い出し、私も一着を購入。

しかし、クリスマス用とはいえ、半袖である。

ハワイでは、クリスマスでも半袖で過ごせるが、日本では、いつ着たらいいのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 15:35| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月04日

秋のローライ同盟

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「現代詩手帖」11月号に、菊井崇史氏によるレビュー「ローライ同盟の仲間とともに」が掲載されている。

これは、7月24日に、ワタリウム美術館で開催された「吉増剛造 詩と写真」トークと朗読の夕べを紹介するもの。

イベントは、ナムジュン・パイク展が始まったばかりのワタリウムを舞台に、ローライ同盟幹事の小野田桂子が制作、遠藤朋之が司会をつとめた。

菊井崇史は、ローライ同盟参加の経緯を語り、私と遠藤朋之は、エズラ・パウンドの原詩と訳詩を、カニエ・ナハは吉増作品を、石田瑞穂は、自作詩にエミリー・ディキンソンの原詩を朗読した。

さらに、京都の四季を歩く吉増剛造を追ったドキュメンタリー映画「幻をみるひと。」(井上春生監督、ローライ同盟顧問)予告篇の特別上映も。


圧巻だったのは、「怪物君」の制作過程をパフォーマンスとして披露してからの、吉増剛造名誉会長の朗読だったが、その様子は、菊井氏の熱を帯びたレビューに詳しい。


現在、会員のスケジュールを調整し、次回の撮影会日程を決めている最中だが、撮影ではなく、またもや、ただの飲み会に終わる可能性も高い。

ローライ同盟は、カメラと写真を中心にした前衛活動グループだから、それでいいのである(?)。
posted by 城戸朱理 at 06:46| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月27日

名店レザーソールで靴を

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ウルフギャング・ステーキハウスと同じく、ロイヤル・ハワイアンセンター内にあるレザーソールは、靴好きならば知らぬ人のない靴専門店。

とりわけ、アメリカ靴の代表格、オールデンの聖地として知られている。

そして、オールデンといえばコードバン。

「キング・オブ・レザー」とも称されるコードバンは、農耕馬の臀部の革で、強靭かつ美しい光沢を持つ。

とりわけ、ホーウィン社が供給するコードバンを使ったオールデンの靴は、エージングするにつれて、皺が深く刻まれ、光沢も深みが増していく。


今回のハワイ旅行では、買い物はレザーソールでオールデンと決めていたのだが、コードバンのモデル自体が品薄で、気に入るものがなかった。

オールデンのコードバンは、黒のストレートチップ、ウィングチップブーツがラスト違いで2足、ヴァーガンディのタンカーブーツにチャッカブーツと、すでに5足を所有している。

やはり、ハワイで購入したカーフのチャッカブーツもあるので、もう必要ないかと思ったとき、目についたのが、ジョン・ロブだった。

英国靴の最高峰として知られるジョン・ロブは、1849年の創業。

オスカー・ワイルドやウィストン・チャーチルらが顧客に名を連ね、3つのロイヤル・ワラント(英国王室御用達)を持つ。

ビスポークを扱うロンドン本店以外は、エルメス傘下にあり、「007 カジノロワイアル」で、ダニエル・クレイグ演じるジェームス・ボンドが、ブリオーニのスーツにジョン・ロブの靴を合わせたこともあって、知名度がさらに上がった。


結局、私が購入を決めたのはストレートチップのフィリップII。


ジョン・ロブといえば、まず思い浮かぶモデルは、ストレートチップのシティIIとフィリップIIだろう。

私にとってジョン・ロブは、今回のフィリップIIが5足目となるが、 なぜか、これまでストレートチップとは縁がなかった。

ストレートチップは、スーツはもちろん、タキシードにも合わせられ、冠婚葬祭すべての場面で使えるため、社会人なら必須とされるモデルである。


私のサイズを出してもらって足を入れたら、シュッと空気が抜ける音が。

手で触って確認した店員さん、「ジャストサイズですね」。


靴を買うたびに、もう靴は買うまいと決意を新たにするのだが――
posted by 城戸朱理 at 10:54| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

全日本なぎなた連盟ハワイ支部長、三浦花枝先生との会食

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バンビことパンクな彼女のお母さんは、薙刀四段。

日々、後進の育成に余念がない。

アラモアナ・ショッピング・センターのセンターステージで、演武をしたこともあるのだが、そのとき知り合ったのが、全日本なぎなた連盟のハワイ支部長、三浦花枝先生で、今回のハワイ旅行の最大の目的は、三浦先生とお会いすることだった。


薙刀の段位は五段までで、その上は錬士、導士、そして最高位が範士になるそうだが、三浦先生は範士で、古流は直新陰流。

お母さんにとっては、雲の上の存在であり、憧れの方なのだという。


待ち合わせは、ウルフギャング・ステーキハウス。


三浦先生は、85歳という年齢が信じられないほど、素敵な方だった。

単身、ハワイに渡って、40年。

異国で日本古来の武道の普及につとめてきた先生の半生は、伝説の柔道家、アントン・ヘーシンクとの交流から始まって、あまりにドラマチックなもので、ただただ圧倒された。
posted by 城戸朱理 at 10:52| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月23日

bambi in Vivienne Westwood??? A&W篇

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打ち合わせのために、東京のワシントンホテルに泊まっていたときのことである。

どこからか、怪しい声が聞こえてきた。


「にゃふ」


「にゃふふふふ」
???

ま、まさか!?

「にゃふ〜ん!」
!!!!!!


突然、バスルームから飛び出してきたのはバンビことパンクな彼女だったのである!?


「ヴィヴィアンの秋冬物が店頭に並び始める時期だから、城戸さんの趣味を充実させるためにも、行ってみなくちゃね!」
・・・・・・


お目当ては、それだったのか――

仕方がないので、バンビを連れて、パンクの聖地、ヴィヴィアン・ウエストウッドへ。

たしかに、秋冬物がほぼ出揃っていた。


私が気に入ったのは、またもや、ヴィヴィアンのアイコン、襟がハート型になったラヴジャケットをアレンジしたレザーのライダースジャケット。

バンビは、ワインレッド×チャコールグレイ×ホワイトのストライプワンピースとオーブ柄のマフラーを選んだので、結局、3点を買ってあげることに。


バンビは自分の思惑通り、事が進んだので御機嫌である。


「城戸さんの趣味も、これで充実したし、あとは、バンビくんに天ぷらをご馳走してあげるといいんじゃないかな!」
・・・

「御馳走してあげて!」
・・・

「いっぱい御馳走してあげて!」
・・・・・・


例によって、無茶苦茶である。

そして、バンビは、昼食に天ぷら茶漬けを頼んだのだった。

無茶苦茶で天茶なのである(?)。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 22:09| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

bambi in Vivienne Westwood??? S&S篇

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ヴィヴィアン・ウエストウッドの春夏物が出揃ったころの話である。


バンビことパンクな彼女が、嬉しそうな顔をしてやってきた。

こういうときは、注意が必要である。


「去年は忙しすぎたから、今年は自分の仕事と趣味を大切にしなくっちゃね!」

たしかに。

「とくに城戸さんの趣味を充実させるのが大切なんだよ!」
???

私の趣味って何のことだろう?

「バンビくんにヴィヴィアンを買ってあげるという趣味だよ!」
!!!!!!

どうして、それが私の趣味になるんだ?

「ヴィヴィアンを買ってあげて、バンビくんで着せ替えをして遊んでいると思えば、立派な趣味と言えるんだよ!」
・・・・・・

どう考えても、ヘンな趣味である。

いや、趣味としては、あまりにヘンである。

そもそも、こういうのを「趣味」と言うだろうか?


「買ってあげて!」
・・・

「いっぱい買ってあげて!」
・・・・・・


相変わらず、無茶苦茶なことを言って、クルクル踊っているではないか。


結局、パンクの聖地、ヴィヴィアン・ウエストウッドにバンビを連れていくはめに。

春夏物の新作も、ほぼ出揃い、例年よりもカラフルなコレクションになっている。


私が気に入ったのは、ヴィヴィアンのアイコン、襟がハート型になったラヴジャケットのロング丈の新作。

バンビがスプリングコートを試着して、黒にするか、ベージュにするか迷っていたので、結局、2着とも買ってあげることにした。

ジャケット1着、コート2着の買い物である。


これでバンビのヴィヴィアン・コレクションは、秋冬物のコートがウール2着、トレンチ2着に、襟がハート型のプリンセス・コートで計5着、
スプリングコートが黒とベージュの2着になったので、コートは、当分、買わずに済むだろう。

気づくと、バンビのワードローブは、ほとんどヴィヴィアンになっている。

ときどき、あれこれ広げては「ヴィヴィアン・ウエストウッド鎌倉店で〜す」とか言っているが、相手はパンク、これからも、厳重な警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 17:20| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月24日

柳美里さんの暑中見舞

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柳美里さんから暑中見舞をいただいた。

可愛いイラストが書いてあるのが楽しい。

すると、バンビことパンクな彼女が――


「あっ! 私が描いてある!」


そうなのである。

バンビは金魚すくいが得意だし、わた飴が好物だから、よく特徴をとらえている。

これは柳さんが描いたのだろうか?


「柳さんはイラストを描かないから、珍念さんじゃないかな?」

今度、柳さんに尋ねてみなくては。


「でも、柳さんはバンビが、こけし頭じゃなくなったのを知らないんだよ!
にゃふふふふ」

たしかに、イラストのバンビはこけし風の髪型になっている。

しかし、ようやく、こけし頭ではなくなったとはいえ、この先、どうなるか分からない。


なにせ、昨日も新しく買った手拭いを得意気に広げていたのだが、それが、こけし柄だったのを私は目撃したのである!

しかも「やっぱり、こけし頭に未練があるんだなあ」と言っていたから、いつまた、こけし風の髪型に戻ってしまうか、分かったものではない。

パンクだから仕方がないが、さらなる注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 09:59| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月22日

いよいよ明後日、吉増剛造「詩と写真」@ワタリウム美術館



ワタリウム美術館でのトークと朗読の夕べ、吉増剛造「詩と写真」は、明後日、18時30分から。

現在、竹橋の国立近代美術館で「声ノマ
全身詩人 吉増剛造」展が開催されているが、6月6日に内覧会が開催され、私とバンビことパンクな彼女も招待していただいた。

その会場で、ワタリウム美術館の和多利恵津子館長と和多利浩一CEOに再会、展示を観て興奮した浩一さんからワタリウム美術館で吉増さんの朗読会をしたいという申し出があった。

バンビが吉増さんに打診したところ、「それは、渡りに舟だねえ」と即決。

バンビが制作を担当することに。

そして、吉増さんの希望でローライ同盟のメンバーも参加することになったのだった。

当日は、吉増さんが、このイベントのために特別な朗読パフォーマンスを見せてくれることになっている。

詳細は下記から。


http://www.watarium.co.jp/exhibition/1608paik/yushimasu/yoshimasu.pdf
posted by 城戸朱理 at 10:22| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月21日

柳美里さんからの誕生日プレゼント

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5月23日、私の誕生日に柳美里さんから、ツイッターで「プレゼント、何がいいですか」と尋ねられたのだが、すぐには思いつかなかった。

さらに、お葉書をいただくに及んで、私が柳さんにリクエストしたのは、石鹸。

そう、わが家では食器洗いも洗濯も、すべて石鹸を使っている。

水質汚染の原因となる界面活性剤を使わないように、石鹸にかえたのだが、慣れるとこれが、実に心地よい。

さすがに、バンビことパンクな彼女は、日本アロマ環境協会公認のアロマセラピストだけに、天然成分のシャンプーを使っているが、私は髪を洗うのも石鹸である。


それだけに、旅先でも石鹸を買うことが多い。

柳さんから、仕事で東京に出たときに探してみますとメールがあったが、後日、届いたのが写真の石鹸だった。


発売されるやいなや版を重ねている新刊『ねこのおうち』(河出書房新社)のプロモーションの忙しい合間を縫って、探してくれたらしい。

嬉しいことに、メッセージと『ねこのおうちの』一節が書かれたミニ色紙付き。

お手紙もネコの水引付きである。


さらに、相馬野馬追いの「旗祭り」の風呂敷まで入っていた。

栞によると、旧相馬領あげての野馬追祭に出場する騎馬武者の家には、先祖伝来の旗指物があり、正式な旗帳によって相馬藩全領の旗を写したのが「旗祭り」なのだそうだ。

そういえば、母方の祖父も野馬追いに出場したことがあったが、どの旗なのだろうか。


柳さんからいただくものは、お土産でも贈り物でも、詰め合わせ感があるのが楽しい。

柳さん、ありがとうございます!
posted by 城戸朱理 at 16:57| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月02日

さらば、こけし時代???

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暑い日が続く。

だいぶ夏らしくなってきた。

「暑くなってきたから、髪を切ってくるよ!」

バンビことパンクな彼女に、もう、こけし風カットを止めるように言ったら――

「んふう。
分かったよ〜」


不満気だが、ようやく、こけし頭を止める気になったらしい。


私がフェリス女学院大学の講義に行っている間に、バンビは藤沢に髪を切りに行った。


そして、LINEで連絡が。

「逆椎名林檎になったよ!」

逆椎名林檎???

「分け目が逆なんだよ!
みぢかいよ!」

分け目が逆の椎名林檎風アシメのショートにしたらしい。


これで、バンビが生きているこけし=生(なま)こけしになってパタパタと遊び回る「こけし時代」は、ようやく終わりを告げたらしい。

すると、さらに――


「こけし頭との別れがつらくて、靴を4足、爆買いしたから、よろしくね!」
!!!!!!


勝手な理由をつけて、靴を爆買いしていたのである!

しかも、「よろしくね」ということは「買ってあげて」ということだから、私に払わせるつもりらしい。

生こけしではなくなったとはいえ、相手はパンク、厳重な警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 09:53| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月01日

瀧口修造のノアズ・オリーブ

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瀧口修造は、西落合の自宅庭のオリーブの実を塩漬けにして、ラベルを貼り、親しい友人に贈った。

それが、セラヴィ農園製オリーブの瓶詰め、「ノアズ・オリーブ」で、私が実物を初めて見たのは、銀座の佐谷画廊だった。


ところが、澁澤龍彦邸にもあったのである、ノアズ・オリーブの瓶が。

これまで、何度も訪れながら、気がつかなかったのだが、応接間の貝殻やドクロが飾られたサイドボードの上、龍子さんの写真やサソリの標本とともに、それはあった。

後列で、しかもラベルが後ろ向きに置いてあったので気づかなかったのだが、「NOAH'S OLIVE1973」なので、瀧口修造が70歳のときの作。

その6年後に瀧口修造は世を去るのだが、瀧口さんも、まだ若かった澁澤さんの仕事に注目していたのだろう。


龍子さんから、澁澤邸を訪れた人々の話をいろいろとうかがったのだが、瀧口さんがいらしたことがあるかは、聞きそびれた。
posted by 城戸朱理 at 15:36| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月28日

ヌメ革の経年変化

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ヌメ革は、植物成分のタンニンで鞣し、染色や塗装がなされていない皮革である。

タンニン鞣しの加工法の結果、繊維がびっしりと詰まった状態になるため、ほかの革より強靭で、使い込むにつれて飴色に変化していく。


ヌメ革は、ルイ・ヴィトンのモノグラム・キャンバスのバッグなどに使われているが、バッグならば、ドイツのBREEが名高い。

また、10万という高価格にもかかわらず、発売日に完売が続いている土屋鞄製造所の大人ランドセルもヌメ革のモデルがある。


ただし、使い始めは雨などで水染みが出来やすいので、革自体に染み込んだ油脂分を浮き上がらせるため、使う前に2週間ほど日光に当てて日焼けさせるなり、クリームで保護膜を作る必要がある。


革自体の油脂分と手の皮脂分によって保護膜が出来ると、ヌメ革は水濡れにも強くなるが、経年変化が楽しめるという点でも、革らしい革と言えるだろう。


ちなみに最後の写真が20年以上、使ったルイ・ヴィトンのワンストラップの大型リュック、「ランドネGM」のヌメ革。

旅行に、普段の買物にと使い倒したので、底はすり切れ、ヌメ革は飴色を通り越して、ただ汚いだけの焦げ茶色になってしまったが、それだけ愛用したわけだから、鞄も本望だろう(?)。

それでも、白洲次郎が愛用した「スティーマーバッグ」の域に到達するには、あと20年はかかりそうだ。


最初の写真は、もう10年以上、使っているヌメ革のメモカバーと、2年前に購入したペンケース。

私は、フランスのRHODIAのメモを愛用していて、どこに行くときでも必ず携帯するが、ヌメ革のメモカバーは、銀座の伊東屋がRHODIA用に作ったオリジナル。

やはり、頑丈このうえない。

ペンケースは、銀座の画材屋、月光荘のオリジナルで、万年筆用に使っている。


誕生日プレゼントにもらった「海へ、空へ、彼方へ――旅するルイ・ヴィトン」展限定のパスケースもヌメ革だが、これが飴色に変わるには、10年以上かかることだろう。
posted by 城戸朱理 at 14:14| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月21日

こけし風味???

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ふと気がついたら、冷蔵庫にマグネットで、こけし型のカレンダーが留められていた。

バンビことパンクな彼女の仕業なのは言うまでもない。

鎌倉は長谷の「こけしとマトリョーシカ」の専門店、「夢を売る店」コケーシカ鎌倉のカレンダーである。


「にゃふ」
・・・

「にゃふふふふ」
・・・・・・

洗面所からバンビの喜ぶ声が聞こえてくる。

いったい、何を喜んでいるのだろう?


「こけし風味、100%!!!」
!!!!!!!!!


バンビは、こけし風にカットした髪を、さらに、こけし風にピタッと整え、喜んでいたのである!

しかし、こけし風味も100%になると、それは、もはや「風味」ではない。

「こけし」そのものである。


ますます、生きているこけし=生(なま)こけしとなって、パタパタとパンクに遊び回ろうという魂胆なのは間違いない。

さらなる注意、厳重なる警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 19:45| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月14日

誕生日プレゼントをもらって

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吉増剛造さんと対談した翌日、5月23日は、私の誕生日だった。

この年になると、誕生日も祝う気にはならないが、バンビことパンクな彼女がモエ・エ・シャンドンを買ってくれたので、シャンパンで乾杯した。


わが家では、バンビの誕生日にはプレゼントを用意するが、私は欲しいものもないし、誕生日は外食するか、自宅で乾杯するかのどちらかである


それでも、ときどきバンビが面白いものを見つけて贈ってくれることがあって、以前、誕生日にプレゼントしてくれた日本で唯一の馬具メーカー、ソメスが作った革製のデスクマットなどは、ずっと愛用している。

デスクマットを敷くと、万年筆を使った手書きの執筆が、スムースになるのは、驚くほどだ。


さて、ルイ・ヴィトン展に出かけるとき、バンビは今回の「海へ、空へ、彼方へ――旅するルイ・ヴィトン」展限定のグッズが何かあるのではないかと楽しみにしていたのだが、展覧会場限定の商品は、天然鞣し革のカードケースだった。


これにイニシャルを入れてもらって、バンビが誕生日プレゼントに贈ってくれた。

ヌメ革は、使い込むにつれて飴色に変化していく。

経年変化が、楽しみだ。
posted by 城戸朱理 at 08:25| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月13日

板垣退助と白洲次郎のルイ・ヴィトン

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ルイ・ヴィトンのモノグラムは、日本の家紋から発想されたものだが、ルイ・ヴィトン展では、板垣退助と白洲次郎が愛用したトランクやバッグも展示されていた。


自由民権運動の板垣退助とルイ・ヴィトンの結びつきは意外だが、船旅用のトランクは、ルイ・ヴィトンしかない時代だったのだろう。

板垣退助のトランクはレイエ・キャンバスの「スティーマー・トランク」。

白洲次郎は、モノグラム・キャンバスのトランク「ビステン」と「スティーマー・バッグ」だった。


スティーマー・バッグはもともと、船旅用のトランクに収納できるサブバッグとして作られたそうだ。


以前、白洲正子展を観たとき、白洲次郎愛用のルイ・ヴィトンとエルメスにオーダーしたトランクがあったが、白洲正子さんもルイ・ヴィトンを愛用したらしい。

『かくれ里』や『近江山河抄』を読めば分かるように、白洲正子さんは旅を愛したが、旅に出るときは、必ずルイ・ヴィトンのバッグを携えたそうた。

とりわけ「サックプラ」というトートバッグが、原稿用紙がすっぽり入るという理由で、お気に入りだったことを、娘さんの桂子さんが語っていた。

白洲さんのことだから、骨董やお能を見る目でバッグを選んだら、ルイ・ヴィトンになったのだろう。


私もサックプラを愛用しているが、たしかに原稿用紙やゲラを持ち歩くのに重宝する。
posted by 城戸朱理 at 11:12| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月02日

ジャケットを新調して

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原稿とゲラに向かい合う日々が続いている。

書斎に腰を据えて仕事ができるのが、今は心地よい。

すると、バンビことパンクな彼女が――


「ようやく、落ち着いてきたから、久しぶりにシャツでも買いに行ったらいいんじゃない?」と言い出した。


それもいいかも知れないと思ったのだが、ワードローブをチェックしてみたら、シャツは今のところ足りている。

衣替えのときにジャケットを2着、処分したので、シャツでははなく、夏物のジャケットを見に行くことにした。

2着処分したら、1着購入することにすれば、次第に洋服は減っていく。

これを続けていけば、いずれは過不足ないワードローブになることだろう。


去年はアルマーニのリネンの明るいブルーのジャケットを愛用したので、今年は、やはりアルマーニで、ピンク系のコットン・ジャケットを選んだ。


仕事のときは、いつも黒やネイビーのスーツだから、鎌倉にいるときは明るい色のジャケットを着ることが多い。


NASAの予想だと、今年の夏は、観測史上、最高の猛暑になるとのこと、すぐに袖を通すことになるだろうと思っていたのだが、鎌倉は6月に入っても最高気温が25℃前後。

過ごしやすい日が続いていて、着るのは、まだ先のことになりそうだ。
posted by 城戸朱理 at 10:52| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月01日

こけし時代、再び???

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「バビッコ、バビッコ、バビッコ♪」

バンビことパンクな彼女のテーマ曲なのだが――

「バビッコ、バビッコ、バビッコ♪」

いつもは「バンビコ、バンビコ♪」なのに、今日は「バビッコ、バビッコ♪」にバージョンアップしているではないか!?

「バビッコ、バビッコ、バビッコ♪」
・・・

「バンビぃ〜♪」
・・・・・・


ますます勢いづいているらしい。

こういうときは注意が必要である。


「ユアーズに予約を入れたから、これから髪を切ってくるよ!」
!!!!!!


髪を切るたびに、おかしなことになるのは、バンビの得意技である。

しばらくすると、LINEでメッセージが送られてきた。

「日本のおもしろい子になったなあ〜」

おもしろい子?

「土門拳の写真に出てくるような、昭和の子どもだよーん」
!!!

要するに、こけし風のおかっぱ頭ではないか!

「メイクがあればモード系だけど、メイクなしだと座敷わらしだよーん」
・・・・・・

座敷わらし……


そして、バンビは帰宅。

どう見ても、ヘンな髪型だが、本人は得意気である。


「岡本かの子もこけしだし、キキ・ド・モンパルナスも山口小夜子も広瀬すずも、みんなおかっぱなんだよ!」

キキ・ド・モンパルナスは日本人ではないし、広瀬すずはグルーピングが違うような気がする。


「激しいこけし、なんだなあ!」
・・・・・・


厳密に言うならば、激しくこけし風のおかっぱにしてしまったということだが、どうやらバンビのこけし時代は、まだまだ続くらしい。

パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 16:35| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月12日

日本列島と地震



東日本大震災のとき、「想定外」という言葉が連発された。

しかし、実際は、巨大津波をともなう明治三陸地震(1896)、昭和三陸地震(1933)と、三陸地方は、近代になってから、二度の大地震と巨大津波によって甚大な被害を受けている。

しかも、明治三陸地震から39年後の昭和三陸地震は、アウターライズ地震と考えられており、今後、三陸地方は東日本大震災のアウターライズにも備えなければならない。

気象庁が観測を始めたのは1875年だから、明治・昭和三陸地震と大津波は記録されていたわけであり、その意味では「想定外」という言葉は、使われるべきではなかった。

三陸地震は、いつか起きるはずのものだったのだ。


今回の熊本地震でも、熊本には大地震は来ないという思い込みがあったことを被災された方が語っていた。

それだけに食糧の備蓄もなかったようだが、熊本地震は、余震が1200回を超えるという異常なもので、揺れる船に乗っているような「地震酔い」も辛いものがある。

東日本大震災のあとでも、ここまでの余震はなかったが、それでも、いつも大地が揺れているような気分になったことを思うと、被災地の方々は気持ちが休まるときがないだろう。

余震が遠のき、平安な日々が戻ることを祈るしかない。


気象庁は、熊本地震を「想定外」としているが、たしかに1875年以降の観測史上では九州の大地震は例がない。

ただし、識者は、江戸時代初期の慶長地震との類似を指摘している。

これは慶長年間(1596〜1615)に頻発した地震の総称なのだが、記録をたどると言語に絶するものがある。

発端は1596年。

9月に伊予(愛媛)で巨大地震が発生、その3日後には豊後(大分)で、さらにその翌日には伏見で巨大地震が発生した。

伏見城の天守閣や石垣が崩壊したという記録があるので、近畿地方を襲った地震も、今回の熊本地震級のものだったのだろう。

さらに1605年には南海トラフ地震と考えられている慶長大地震が発生、千葉から九州に至る太平洋岸が巨大津波に襲われ、死者は、1万から2万人を数えたという。


そして、1611年には会津地方が直下型地震に襲われ、同年暮れには慶長三陸地震が起こる。

慶長三陸地震は、東日本大震災と同じ海溝型地震で、やはり巨大津波が押し寄せ、東北地方は甚大な被害を受けた。


しかも、地震は慶長年間で終わったわけではなかった。

続く元和・寛永年間、1619年には肥後(熊本)地震が発生、八代の麦島城が崩壊、6時間後には豊後(大分)地震で、竹田の岡城が破損している。

1625年は、1月に安芸(広島)地震で広島城が崩壊、4月に伊予(愛媛)地震、7月には肥後(熊本)地震で熊本城の天守閣が崩れ、11月には四国・中国大地震と1596年から、ほぼ30年にわたって、東日本大震災級、熊本地震級の巨大地震が頻発していたらしい。


まず日本最大の活断層、中央構造線断層帯の西端である熊本で地震が起こり、断層帯を東進するとともに、南海トラフ、さらには三陸沖と海溝型巨大地震が誘発されたことになるが、
平成の巨大地震は、海溝型の東日本大震災の5年後に中央構造線断層帯の西端、熊本、続いて大分と大地震が続いたわけで、
今後、中央構造線断層帯に沿って、慶長年間と同じように大地震が起こる危険があるし、南海トラフ地震も誘発されるかも知れない。


政府の発表によると、もしM9クラスの南海トラフ地震が発生した場合、静岡から京都、大阪、高知は震度6〜7の揺れとなり、太平洋岸は、最大32mの巨大津波に襲われるという。

想定される死者は、最悪で33万人。


絶句するしかない予想だが、東京直下型地震もいつ起こるか分からないわけで、日本列島は慶長年間と同じような地殻の活動期に突入した感があるのは否めない。


これだけ天災が頻発する国で生きている以上、どこで暮らしていても地震は起こりうるという覚悟が必要だが、それが日本人の死生観を形成したのだろうか。

今のところ、関東は平穏だが、その平穏さが、逆に幻のような気がする。
posted by 城戸朱理 at 08:50| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする