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城戸朱理のブログ: エッセイ

2016年01月18日

持つ者、持たざる者



昨秋の総務省の労働力調査によると、非正規雇用の労働者は、前年同時期比で38万人増加して2003万人に達し、就労人口の38%を占めるまでに至った。

今や、東京都の人口をしのぐ労働者が、派遣などの非正規雇用であり、その過半が生活保護水準以下のワーキングプア層となってしまっているのだから、これは異常な事態と言うしかない。


消費税を8%に引き上げるとともに、政府・日銀によって円安が誘導されたわけだが、円安は自動車を始めとする輸出産業には有利に働くものの、小麦粉や大豆などの輸入品は値上がりすることになり、庶民の食卓を直撃している。

しかも、消費税は、さらに10%まで引き上げられるわけだから、状況はさらに悪くなるだろう。


実際、日本のGDPのうち、輸出が占める割合は10%にすぎないわけだから、60%近い個人消費が低迷すると、景気は停滞することになる。

消費税値上げ前のデフレ化でも好調だったコンビニの売上さえ下がったが、非正規雇用の増加は、経済と社会の不活性化を招いたとしか言えないのが、日本の現状だろう。


新自由主義を代表するサプラサイド経済学におけるトリクルダウン理論は、富める者がさらに富めば、自然とその富が貧困層にまで滴り落ちるというものであり、アベノミクスもこの理論を背景にしている。

だが、供給側(サプラサイド)だけに着目し、供給力の増大によって経済成長が達成されるとするサプラサイド経済学は、供給されるものが需要と等しいことを理論の前提としている。

この前提は、経済学者、ジャン=バティスト・セイが提唱したため、セイの法則と呼ばれるが、供給を拡大すると、需要もそれに応じて拡大し、供給と需要が等しいものになるという、およそ非現実的なものであり、経済学者からは批判の対象となっている。

目の前に商品を積み上げられたからといって、それが必ずしも欲しくなるとは限らないことを思えば、サプラサイド経済学の現実味のなさが分かるだろう。

また、ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・E・スティーグリッツ・コロンビア大学教授は、トリクルダウン理論を、経済理論にも、歴史的な経験にも反するものとして批判しており、
サプラサイド経済学もトリクルダウン理論も、大企業と富裕層が、既得権益を拡大するための根拠として仮構されたものでしかないというのが識者の指摘するところである。


何よりも、日本における非正規雇用と貧困層の増加が、それを証明しているではないか。

たしかにアベノミクスによって、昨年の名目GDP(国内総生産)は28兆円増え、500兆円を超えたし、雇用も110万人以上、増えている。

問題は、大企業や富裕層の富が増大しても、企業と富裕層の富が上積みされるだけで、低所得層や貧困層に配分されないことであり、その行き着く先は、アメリカのように1%の富裕層が99%の貧困層を支配する社会にほかならない。

今や、アメリカでは年収1500万円以下が中間層、シリコンバレーの大卒新入社員の平均年収が1800万円と、日本では考えられない所得体系となっているが、一方で年収200万円以下の貧困層は5000万人に及ぶ。

今のところアメリカ経済は順調で、平均所得も右肩上がりなのだが、そのほとんどが上位数%の富裕層の所得増加分であり、所得下位60%には還元されていない。

2000年以降、アメリカではインフレが続き、物価は13年間で35%も上がったが、庶民の実質賃金は、同じ期間で27. 6%も下がり続けたため、庶民が貧困層に転落し、深刻な格差が生じた。

そして、物価が上がり、実質賃金が下がるというのは、今日の日本の現状なのだから、現在のアメリカの姿は、近い将来の日本のそれにほかならないのは簡単に予想できる。


こうした事態に憂慮して、中間層の崩壊と貧困層への転落を食い止めるべく、アメリカの次期大統領有力候補であるヒラリー・クリントン元国務長官は、「インクルーシヴ・キャピタリズム(包括的資本主義)」を旗印に掲げたが、具体的にどんな富の再配分ができるのかは、まだ未知数のままだ。


世界中でテロが多発し、中近東で、そして東アジアで、安全保障が深刻化するなか、ひたすら持つ者がさらに富み、持たざる者がさらに失っていくという新自由主義が世界を覆っていく。

これが、破局への序奏としか思えないのは、私だけではないだろう。
posted by 城戸朱理 at 04:58| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月17日

いかれバンビのタヌキ寝入り???

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バンビことパンクな彼女が、お昼になっても起きてこないので、寝室を覗いてみたら――

布団に潜り込んだままiPhoneで遊んでいるではないか!

しかも、見つかったとたんに、iPhoneをパタッと下ろし、寝たふりをし始めた。


「ぐーっ、ぐーっ」
・・・・・・


もう起きているのに、布団から出たくないのである。


「んふ。
見つかっちゃったなあ」

もう起きるように言ったところ――


「舌を出して、くたっとするコ」
・・・・・・


なぜか、ペコちゃんのように舌を出して、くたくたと脱力してしまった。

全身で起きるつもりがないことを表現しているのである。

さらに、寝たまま、弱々しいネコパンチを繰り出しているではないか。

断固としてではなく「にゃんことして」起きる気がないことを表明しているらしい。


仕方がないので放っておいたのだが、よく次から次へとヘンなことを思いつくものだと感心してしまった。

いや、感心している場合ではない。

パンクなだけに油断大敵、たゆまぬ警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 08:50| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月14日

大人ランドセルと水沢ダウン



昨年12月24日付け、柳美里さんのブログで、迷ったあげくに、いつも焦げ茶色のバッグを選んでしまうという記事があった。

添えられた写真では、土屋鞄製造所の肩掛けバッグにダナ・キャランのハンドバッグ、マックス・マーラのトートバッグ、柳さんが愛用している三つのバッグが紹介されていたが、
次は土屋鞄製造所の「大人ランドセル」の黒を買いたいと柳さんが書かれていたので、「大人ランドセル」なるものを検索してみた。

なるほど、ランドセルを作って半世紀、土屋鞄製造所がビジネス用に開発しただけあって、スタイリッシュなうえに、革質も見るからにいい。

革はヌメ革とオイルドレザーの2種類で、それぞれ黒と茶がある。


この「大人ランドセル」、土屋鞄製造所が創業50周年を記念して、昨年11月に発売したが、10万円という値段にもかかわらず、即日完売したという。

第二弾は、今週末、16日の発売。

土屋鞄製造所の店舗は鎌倉にもあるので、見てみたいと思ったが、私がいちばん気にいった黒のヌメ革は鎌倉店には入荷しないことが分かった。

一瞬、私も買おうかと思ったのだが、柳さんとお揃いになるのもヘンだし、やはり買わないほうがいいだろう。

しかし、考えてみると、10万円もする鞄が飛ぶように売れるということ自体、興味深い。

高いが、長く使えるからという理由で選ぶのだろうが、余裕があるのなら賢明な選択と言えるだろう。


もうひとつ、高いのに売れているのが、デサントの水沢ダウンだ。

こちらの価格帯は8〜12万円。

モンクレールのようなグレードの高い輸入品と、さして変わらない値段だが、従来のダウンジャケットにはなかった防水性を備え、薄手なのに保温性が高いらしい。

水沢ダウンは、国内で唯一、ダウンの縫製と防水加工がともに出来る岩手県水沢の工場で作られているが、職人の手仕事によるハイテクジャケットだけに、値段は安くない。

それがバカ売れしているというのだから、これも大人ランドセルと同じ現象と言えそうだ。


両者に共通しているのは、日本ならではの発想による商品開発と、それを支える職人技ということになる。



大阪芸術大学や神奈川工科大学の教授も歴任した漫画原作の大御所、小池一夫さんは、昨年、79歳でツイッターを始め、名言を連投して話題を呼んだが、そのなかに印象に残っているものがある。

正確ではないが、次のような内容だった。



安くていいものはない。安くてもそれなりのものはあるが、いいものは必ず高い。問題は高いのによくないものもあることだ。



安くていいものがあったら、それにこしたことはないが、いいものを作ろうとすると、材料費や手間がかかるから、どうしても高いものになるのは仕方がない。


柳宗悦の民芸運動は、庶民のための安価な雑器のなかにこそ美を見出したが、今日のような工業化された社会では、手仕事自体が高くつくものになってしまった。

その意味では、暮らしづらい社会だし、安くてそれなりでも、そこそこ満足できるものを探すか、せめて内実を伴わない高価なものは避けるしかないのかも知れない。

多少、高価でも内実があるものをと考えたとき、消費者は、大人ランドセルや水沢ダウンを選ぶようになるのだろうが、それはそれで社会的な成熟と呼ぶべきものなのだろう。
posted by 城戸朱理 at 09:21| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月10日

いかれバンビのお正月???

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柳美里さんのブログでは「アイドル桂子」。

このブログでは「バンビことパンクな彼女」。

ツイッターのアカウントを@mad_bambiにしたものだから、いつの間にか「バンビさん」とか「バンビちゃん」と呼ぶ人が増え、今や石田瑞穂くんのブログでは、わざわざ「akaマッド・バンビ」と書かれるようになってしまった。

ちなみに、akaはas known as「〜として知られる」の略である。


以前、勤めていた会社でのニックネームは「B.D.」。

これは「ブラック・ダイアモンド」の略で、白石かずこさんは、今でも「B.D.元気?」といった具合に、昔の名前(?)で呼ぶが、最近はバンビのほうが浸透してしまったようだ。

吉増剛造さんが年賀でカレンダーを送って下さったのだが、封筒には「城戸朱理様、bambi様」と書いてあったっけ。


バンドではベース担当、ときにヴォーカルも取るが、パンクでイカれたマッド・バンビ、バンビことパンクな彼女は今日も絶好調。


「バンビコ、バンビコ、バンビコ♪」

また始まってしまった。

「バンビコ、バンビコ、バンビコ♪」

バンビのテーマ曲である。

「子どもに人気のバンビコ♪」
??????

「バンビぃ〜♪」


何なんだ、その「子どもに人気のバンビコ」というのは?


「電車に乗ったら、乳母車に乗った赤ちゃんが、にこにこして、ずっとバンビくんに手を振っていたんだよ!」

よほど気に入られたらしい。

「中国人の若い御夫婦だったんだけど、お母さんがすまながって、乳母車の向きを変えたんだけど、赤ちゃんは隙間から、ずっとバンビくんを見て、にこにこしていたんだなあ!」

赤ちゃんは直感で、自分と同類と思ったのではないだろうか?

「人気のコなんだなあ!」
・・・・・・


ある日のこと、LINEでリラックマのトートバッグの写真が送られてきた。

「このバッグはどうかな?」

ちょっと子どもっぽいんじゃないか。

「こどもだもの〜」
・・・・・・


ふだんは「こけしな頭をした素敵な大人の女性なんだよ!」とか言っているくせに、都合のいいときだけ、子どもになってしまうのである。


「んふー、ちっちゃい、ちっちゃい」
???

「今日もちっちゃいよ〜」
・・・・・・


デパートが売り出した1000万円の福袋が発売5分で完売というニュースがあった。

そんな福袋を買える人は100万円が、私にとっての1万円くらいの感覚なのだろう。


「きっとそうだよ!
バンビくんにとっての1000円は、城戸さんにとって10円くらいなんじゃないかな?」

無茶苦茶な言い分である。

「大人と子どもの差だね!」
・・・

「子どもにはお小遣いをあげたりしてみたいものだね!」

やっぱり、こうなるのである。

「お手々に乗せてあげて!」
・・・

「たっぷり乗せてあげて!」
・・・・・・


そう言って、くるくる踊っているではないか。


パンクだから仕方がないが、今年も厳重な警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 11:20| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月06日

こけし時代???

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「また、こけしみたいな髪型にしようかな!」

バンビことパンクな彼女が、こけしのような髪型にして、「生きているこけし=生(なま)こけしなんだよ!」と騒ぎ出してから、2年。

これも一種のコスプレなのだろうか?

もう止めるように言ったら――


「んふう。
分かったよ〜。じゃあ、ソフトアシメにするよ」


不満気な顔で、パタパタ出かけていった。

しかし、帰ってきたバンビの髪型を見たら、ソフトアシメは入っているものの何となく、こけしっぽい。

バンビはソフトアシメと言い張っているが、これはソフトこけしではないのか?

しかし、前髪を切り揃えた完全なこけし頭ではないので、よしとするしかない。


そして、年の瀬。

バンビのデスクに、こけし型の怪しいカレンダーがあった。

木形子可鎌倉???

これは、鎌倉は長谷の伝統こけしとマトリョーシカの専門店、コケーシカ鎌倉のカレンダーではないか!

キャッチフレーズが「夢を売る店」、コケーシカ鎌倉には、こけしとマトリョーシカがずらりと並んでいる。

しかも雑誌まで刊行していて、その題名が「こけし時代」。


「今こそ、時代はこけしなんだよ!」
・・・・・・

バンビは気勢を挙げていたが、今年も生こけしになって遊ぶ気なのだろうか?

パンクなだけに油断大敵、ますます厳重な警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 09:59| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月30日

bambi in Vivienne Westwood!

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つな八で昼食を取ったあとは、バンビことパンクな彼女が「久しぶりにヴィヴィアンに行くのはどうかな?」と言い出した。


今年はあまりの忙しさにヴィヴィアンをゆっくり覗く余裕もなかったから、ニューヨークに行く前に新作のトレンチコート、黒とベージュの二着と黒のヴェルヴェットのドレスを購入して以来である。

というわけで、バンビを連れて、パンクの聖地、ヴィヴィアン・ウエストウッドへ。


バンビが欲しかったのは、仕事にも着ていけるベーシックなワンピース。

ところが、ヴィヴィアンに「ベーシック」なものなど存在しない。

パンクでアバンギャルド、ときにゴージャスで、あるときはガーリー、それがヴィヴィアンの魅力だろう。


「an・an」の読者に語りかけるような文体を作り上げ、戦後女性ライターの草分けと呼ばれた三宅菊子さんは、その晩年に、認めるデザイナーはヴィヴィアン・ウエストウッドただひとりと語ったことがある。

三宅さんは、白洲正子さんとも親交があって、白洲正子ブームの火付け役にもなったが、戦後まもなく、両親に連れられて、白洲邸に行ったとき、白洲次郎さんがTシャツにジーンズ姿でバーベキューをしてくれたそうで、生まれて初めてバーベキューというものと男性のTシャツ・ジーンズ姿を見たと言っていたっけ。

ちなみに、三宅菊子さんの父親はシュルレアリスムの画家、安倍金剛、母親は女流作家で青山二郎の青山学院のメンバーでもあった三宅艶子、哲学者・評論家の三宅雪嶺は大伯父に当たる。


ヴィヴィアン・ウエストウッドは、流行を意に介さず、あくまでも独自のスタイルを貫くデザイナーだが、三宅さんは、そのあたりに共鳴したのだろう。


一方、バンビは、パンクだから、学生時代からヴィヴィアンが憧れで、よく代官山に見に行ったらしい。


「バンド仲間とよくヴィヴィアンに行ったんだけど、見るだけなんだよ!」
???

「学生には高くて買えなかったんだなあ!」

たしかに当時は、直輸入品だけだったから、学生に手が出るようなものではなかった。

ヴィヴィアンの本店は言うまでもなくロンドン、オリジナルはイタリア製だが、今でもイタリア製のアイテムは、やはり高価である。


店頭には、やはり「ベーシックな」ワンピースは見当たらなかった。

ところが、店員さんが次々とバックヤードから出してきてくれるではないか。


やはり特徴あるデザインだが、仕事にも着ていけそうなワンピースもある。

バンビは喜んで次々と試着し、黒や紺、グレーなどのワンピース4着を選んだ。


さらに革手袋とマフラー、合わせて6点の買い物に。


バンビは、ヴィヴィアンなら買ってもらえるものと思っているのである。


「いつも、お洒落にしているのは大変なんだよ!」
・・・

「バンビくんは、人知れず努力してるんだなあ!」

いったい、どんな努力なんだろう?

何かパンクな努力なのだろうか?

「だからヴィヴィアンを買ってあげて!」
・・・

「いっぱい買ってあげて!」
・・・・・・


いつも買ってあげてるじゃないか。

かくして、私の年末年始資金は、バンビのヴィヴィアン代に化けてしまったのだった。

パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 09:44| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月22日

曹操「短歌行」



わが国でも人気が高い『三国志』だが、一般に流通しているのは、晋代に陳寿が著した正史の『三国志』ではなく、明初に羅貫中の筆になるとされている『三国志演義』である。

前者が歴史書であるのに対して、後者は小説であり、史実ではない脚色が施されているが、両者のクライマックスが、赤壁の戦いであるのは異論のないところだろう。


魏の曹操が、80万と号する軍を率いて、呉の孫権に臣従を迫るが、孫権は、のちに蜀を起こす劉備の軍師、諸葛亮(孔明)の説得で劉備と組み、曹操を赤壁に大破する。

ここから、魏呉蜀の三国鼎立へと歴史が動き出すのだが、『三国志演義』では魏と曹操を悪役に描いているため、曹操の姦雄ぶりばかりが強調されており、人気もなかった。

しかし、近年、正史の『三国志』を下敷きにした漫画『蒼天航路』などによって、曹操が正しく英雄として描かれ、歴史への関心が高まるにつれて、曹操の人気が高まり、日本人が好きな中国史上の人物の一位に選ばれるなど、様相がだいぶ変わってきたようだ。


曹操は魏王として亡くなり、その子、曹丕が漢最後の帝たる献帝から禅譲を受けて、魏の文帝となるわけだが、このとき父に諡号を贈り、曹操は魏の武帝とも呼ばれるようになる。

杜甫の詩にも現れる「魏武」が、すなわち、曹操にほかならない。

曹操の五男で曹丕と帝位を争った曹植は中国文学史に屹立する大詩人であり、「詩聖」と呼ばれた。

そして、曹操もまた偉大な詩人であった。


『三国志演義』では中国統一を賭けた赤壁の戦いを前にして、曹操が「短歌行」という詩を朗々と歌う場面がある。



酒に對して当に歌ふべし
人生 幾何(いくばく)ぞ
譬(たと)ゆるに朝露の如し
去りし日は苦(はなは)だ多し
慨して当に以て慷すべし
何を以って憂いを解かん
唯杜康(さけ)あるのみ



『文選』にも収録された不朽の名作「短歌行」の冒頭である。

大意は、酒を前にしたならば歌うしかない。人生はどれほどか。たとえるなら朝露のようなものだ。
過ぎ去った日々ばかりが多く、悲憤に暮れ、わだかまる想いに囚われる。
この憂いをいかにして解くのか。ただ酒があるのみだ、というもの。

杜康は酒を作ったという伝説上の人物で、転じて酒を意味する。


「短歌行」は悲憤から始まって、広く天下に人材を求める志操を歌う雄大な展開を見せるが、その調子の高さとともに、私の年になると、「去りし日は苦だ多し」といった一節に、深く感じいることになる。


実際のところ、「短歌行」は、赤壁の戦いの前に賦したものではないが、赤壁の戦いのとき曹操は54歳。

ちなみに呉主・孫権は27歳、劉備は48歳、諸葛孔明は28歳だった。

おそらく、赤壁の戦いも、そのとき何歳だったかによって、意味合いが違うものになったことだろう。
posted by 城戸朱理 at 13:33| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月20日

今日もふわふわ???

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バンビことパンクな彼女から、LINEで写真が送られてきた。

タイトルまであって、「昨日のふわふわ」。
???

続けて、もう一枚の写真が。

今度のタイトルは、「今日のふわふわ」。
!!!!!!


この脱力した生き物は――


「裏駅のペットショップに面白いにゃんこがいるんだよ!」

やはり、鎌倉駅西口のPET PLUSを覗いていたらしい。


「お昼に見に行くと、ちっちゃいにゃんこ3匹が輪になって、ネコパンチを繰り出し合っているんだよ!」

それは――面白そうだ(笑)。

「それで、夕方になると、3匹とも寝てるんだなあ!」

なにせ、江戸時代にはネコを「寝子」とも書いたほどだから、猫は寝るのが仕事とばかりに、よく寝ている。

そこが面白いのだが、どうやら、仔猫を見るために、毎日、昼と夕方にPET PLUSを覗いているらしい。


「にゃんこは、柳美里さんが飼ってるトラみたいなキジトラの仔と灰色の仔と、ふわふわの三毛なんだよ!」

面白そうな取り合わせである。

「バンビくんは、ふわふわの仔が好きなんだけど、あのにゃんこは3匹まとめて飼ったほうがいいね!」


バンビは何でも飼いたがるので、本当は仔猫を飼ってみたいのである。

しかし、これだけ出張が多いと、金魚とウーパールーパーが限界で、犬や猫は飼えないのが分かっているものだから、PET PLUSに通って仔猫を観察しているらしい。

寝床でもネコパンチをしていたが、仔猫の夢でも見ているのだろうか?


パンクだから仕方がないが、より厳重な注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 19:57| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月17日

謎の死骸???

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バンビことパンクな彼女が、カエル王子号で鎌倉の市役所通りを爆走していたらしい。

ちなみに、カエル王子号とは、スプリンググリーンのバンビの自転車である。

パンクだから、バイクは安全運転だが、自転車だと爆走してしまうのである。


そして、LINEで写真が送られてきた。

これは!?


「市役所通りに謎の死骸があったよ!
うちゅうじんかな?」
・・・・・・

違う。

絶対に違う。


「子タヌキかな?」


まさにタヌキの子供だった。

車にはねられてしまったのだろう。

合掌。


それにしても、ひと目でタヌキと分かるのに、まず宇宙人を疑ってみるあたりが、バンビらしい。

宇宙人だといいなと思ったのだろうが、どう見てもタヌキである。

だいたい、宇宙人が鎌倉の市役所通りなぞに落ちているはずはない。

もし宇宙人が地球にいるとしたら、やはりペンタゴンあたりだろう(?)。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 09:41| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月13日

詩人の猿蟹合戦、その2

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京都に着いて、吉増剛造さんに「現代詩手帖」1月号作品特集の詩を書かれたかお尋ねしたら、「まだ。城戸さんは?」。

私もまだ書いていなかったので、そうお伝えした。

そして、翌朝のこと。

北山杉の産地、中川に向かうべく、ロビーで待ち合わせたら、現れた吉増さん、なぜか晴れ晴れとした表情をしているではないか。


「城戸さんより先に編集部に送ろうと思って、詩を書き上げたよ」
!!!!!!


そういえば、夏の撮影のときも、東直子さんが京都で、撮影のあとに、毎日、10首ほど短歌を書いているのを知った吉増さんは、ロケが終わってから詩を書き上げていたが、こうしたささやかな競争が、無邪気にもお好きらしい。

夏の詩篇の自筆原稿は、吉増さんがバンビことパンクな彼女にプレゼントしてしまったので、今はバンビのmy世界遺産コーナーにある。


吉増さんはロケの途中でも、ロケバスの車内で原稿に手を入れていたが、どうやら夕方には完成したようだ。

中川地区でのロケを終え、ホテルに戻ってから、コンビニに買い物に行ったバンビからLINEで写真が送られてきた。


「吉増先生がコンビニでコピーを取ったり、FAXしたりしてるよ!」
!!!

「城戸さんに負けないぞっておっしゃってたよ!」
!!!!!!


締切はまだ先だし、私と競っても仕方がないと思うのだが、原稿を送ってしまったものだから、それから吉増さんは得意気である。


「城戸さん、京都に6泊もするんだから、原稿が書けるねえ」とおっしゃるが、連日、ロケの立ち会いで、そんな余裕はない。


かろうじて、京都にいる間に詩想を練り、鎌倉に戻ってから書き上げたが、これまた猿蟹合戦のような一幕だった。
posted by 城戸朱理 at 08:41| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月10日

詩人の猿蟹合戦?



柳美里さんと毎日、葉書を出し合うハガキ・プロジェクトのために、京都にも絵葉書を持参したのだが、52円切手が足りなくなったので、
移動中に郵便局に寄ってくれるように井上春生監督に頼んだところ、ロケバスの後ろの座席に座っていた吉増剛造さんの手が伸びてきた。

「はい、魔法の手」と吉増さん。

見れば、52円切手である。


ありがたく52円切手3枚を頂戴し、柳さん宛ての葉書を投函することが出来た。

せっかく吉増さんからいただいた切手なので、最近、書道を習い始めた石田瑞穂くんにも、東寺で買った空海「風信帖」の絵葉書を出すことにした。

吉増さんからいただいた切手であることを明記したが、こういう遊びに展開していくところが面白い。


そして、流響院で撮影中のこと。

吉増さんがいつも持ち歩かれているICレコーダーが電池切れになったので、私が持ち歩いている非常用のポーチを確認したところ、単4電池2個のパックが入っていたので、吉増さんに差し上げることに。


ちなみに私の非常用ポーチは東日本大震災以降、災害時に備えて持ち歩くようになったもので、ごく小型のラジオ、ミニマグライト、NASAが開発した保温シート、安定ヨウ素剤、携帯電話の予備電池、それに予備の単3、単4電池などが入っている。


かくして、私と吉増さんは、結局、切手と単4電池を交換することになったのだが、何やら、柿の種とおにぎりを交換する猿蟹合戦のようで楽しかった。
posted by 城戸朱理 at 14:44| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月03日

今日はパンクに鳥羽僧正???

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本屋で、狩野博幸監修「筆ペンで描く鳥獣戯画」というムックを見つけて買ってきたので、嬉しくて仕方がない。


12月中旬になると、余裕ができるはずなので、腰を据えて原稿を書くことができるようになる。

執筆に疲れたときは、気分転換に鳥獣戯画を描いて遊んだら、さぞや楽しいに違いない。


私は昔から鳥獣戯画が大好きである。

この平安時代の戯画は、「日本最古の漫画」とも呼ばれるが、なにせ、ウサギとカエルとサルが同じ大きさで擬人化されており、絵柄も愉快このうえない。

ディズニーより800年ほど前にそれをやったのだから、20世紀の人類の感受性をも先取りした傑作(?)と言えるだろう。


京都、高山寺に伝えられた鳥獣戯画は、戯画の名手、鳥羽僧正の作とされてきたが、今では、12〜13世紀に複数の作者によって制作されたものと考えられている。


鳥獣戯画を筆ペンで描いて、絵葉書にするのもいいなと他愛もないことを考えて喜んでいたのだが、ある朝、居間のテーブルにヘンなものを見つけた。


これは――鳥獣戯画!!!

しかも、自称「前衛活動家」マッド・バンビのサイン、m☆bが入っているではないか!!!

どうやら、私のムックを見つけたバンビことパンクな彼女が、「にゃふふ」と喜びながら、さっそく、深夜に鳥獣戯画を描いてみたらしい。

なにせパンクだから、楽しそうなことを見つけたら最後、やってみないと気が済まないのである。


おまけに唐津の絵付けを真似した松絵や千鳥も描いて遊んでいたようだ。


すると、バンビが起きてきた。


「にゃふ〜ん!」
・・・

「どっちが上手に描けるか、鳥獣戯画対決だよ!」
・・・・・・


それも面白いかも知れないが、とにかくバンビが鳥獣戯画をあちこちに描いて歩かないように注意しなくては。

パンクだから仕方がないが、年末に向けて警戒しなければならないことが増えてしまったのだった――

はたして、本当に、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 07:15| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月02日

百鬼園先生曰く、「美味なるものは、常用にあたわず」。

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内田百聞(ただしくは、門構えに月)の最後の著作となった『日没閉門』(新潮社)を久しぶりに読み直した。

以前、鎌倉駅に近い古書店、游古洞で買ったのだが、貼り函入り、クロース装の美しい本である。


夏目漱石門下の名随筆家、百鬼園先生こと内田百聞は、借金の達人としても名高い。

借金を楽しんだ節さえあるが、百聞という号も「借金の語呂合わせさ」とうそぶいていたという。


「春夏秋冬日没閉門」という札が掲げられた自宅は、三畳間が三つ横並びになった三畳御殿。

百聞は目覚めると、布団のなかで、まず夕食の献立を考えたという。

考えるだけではなく、毎日の献立を書いたメモも残されている。


朝食はアルファベット形をした英字ビスケットと牛乳のみ、昼食は決まって、出前のもり蕎麦。

ひたすら夕食を楽しみに、原稿を書く。

そのかわり、夕食は珍味の口取りから始まって、お刺身紅白、煮物、焼物と、毎晩、十数品が並ばないと気がすまなかったというのだから、家人は大変だったろう。

もっとも、こうした食事は、お酒なしでは成立しない。

その意味では、酒好きならではの献立と言えるし、下戸には理解できない世界かも知れない。


百鬼園先生は、戦後、食糧難の昭和21年(1941年)に、なんと食べ物の話ばかりを集めた随筆集『御馳走帳』を出版し、これが、ベストセラーとなった。

文庫化もされているが、偏屈だったり、まっとうだったり、実に面白い本である。

百鬼園先生には「美味なるものは、常用にあたわず」という哲学があって、それを徹底しているところが要だろう。

美味しすぎるものは、毎日は食べられないということだが、これはまったく、うなずける話だ。


以前、エッセイストの平松洋子さんに、東中野の面白い店で御馳走になったことがある。

メニューは「肴 3800円」のみ。

それで、野菜や豆料理、締めた青魚や豆腐など、十二品ほどが出る。

豆腐は美味しかったし、締め鯖やどんこの糟汁で飲む酒は悪くなかった。

店を出て、私が「いい店だね」と言うと、「美味しすぎないところがいいよね」と平松さん。

まさに、百鬼園先生の言葉と同じ答えが帰ってきた。

美味なるものは、常用にあたわず。

美味しすぎないからこそ、毎日でも通える店、毎日でも食べられる肴になるわけだが、百鬼園先生、鰻がお好きで、東京でも老舗の鰻屋、秋本から、なんと29日間も出前を取って食べ続けたという記録がある。

鰻は常用に耐えたわけだが、では、鰻は「美味なるもの」ではなかったのだろうか?


百聞は、借金をしてまで、毎年正月に東京ステーションホテルに友人や弟子を招き、御慶の会を開いた。

「無駄な事に使ふお金なら惜しくない」という、これまた彼一流の哲学には、やはり、脱帽せざるをえない。
posted by 城戸朱理 at 06:31| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月20日

憎しみの連鎖



鹿児島の国民文化祭、「現代詩の祭典in南九州市」において、高岡修氏は、次のように語った。


「20世紀は戦争の時代でした。
私は、21世紀は文化の時代になると思っていた。
けれども、違いました。
21世紀は、テロの時代になった」


その言葉を聞いてから、わずか5日後の11月13日。

早朝に、BBCのニュースで、パリにテロが起こったことを知った。

続報が出るたびに、死者の数が膨れ上がっていく。

凍りつくような想いで、ネットを検索してみたら、ベイルートでも自爆テロで、たいへんな被害があったことが分かった。


テロの時代――

たしかに、21世紀は、まず9. 11の同時多発テロから始まった感があるが、今回のテロは、性格がまったく違う。

アルカイーダは、大使館や軍事施設をテロの対象としていたし、ワールドトレードセンターもグローバル資本主義の殿堂という意味で、ペンタゴンとともにテロの対象となったことは、まだ理解できた。


しかし、今回のISの犯行とされるパリやベイルートのテロは、対象が一般市民であり、備えようがない。


オランド大統領は、すぐさま報復でシリアを空爆、英国やロシアも足並みを揃えた。

ドイツも集団的自衛権の行使を申し出たし、今や、欧州と中東は第三次世界大戦に突入した感がある。


テロは決して許されるべきではないが、同時にその背景には、欧州諸国のアラブ世界の植民地化と、1960年代フランスの労働力としての移民の受け入れがあるのも事実だろう。

抑圧と差別が抵抗を生み、それに応じた空爆がテロを呼び、テロがより過激な空爆を呼ぶという憎悪の連鎖は、もう止めようがない。


パリのバタクラン劇場でテロリストに妻のエレンさんを射殺されたジャーナリストのアントワーヌ・レリス氏は、SNSでISに向けて、僕は君たちを憎まない。君たちの負けだと語りかけ、賛同を集めたが、レリス氏のように憎悪の連鎖を断ち切るすべを、人類はどうしたら学ぶことができるのだろうか。


エズラ・パウンドは、その晩年に「友人たちがいがみ合うとき/どうして世界に平和が訪れるというのか」と『詩篇(キャントーズ)』の「断片と草稿」に書いた。

少なくても私は、憎しみの言葉を自分の生活からそぎ落とし、追放していこうと思う。
posted by 城戸朱理 at 22:03| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月19日

博多っ子、マッド・バンビ???

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屋台バーは私たちが入店して満席になった。

すると、突然、のれんを潜ってお爺さんが、

「まだ帰らんとね!
まだ席ばあかんとね!」

常連なのだろうが、先客に早く帰れと言っているのだから、なかなか強烈である。


諦めて帰ったと思ったら、数分後にまた現れた。


「まだ席ばあかんとね!
まだ帰らんとね!」


ここで、バンビことパンクな彼女の隣に座っていた若者3人が席を立ち、お爺さん3人が入店。

すると、いちばん騒がしいお爺さんが、バンビにいちゃもんをつけ始めた。


「なんで、近頃の若者はこげん長居ばするとね!」

すると、バンビはすかさず博多弁で切り返しているではないか!

「せからしか!
どげんもこげんもなか!
長居しとるんじゃなか!
これが二杯目たい!」
!!!!!!


それから、お爺さんと博多弁での応酬が続いたのだが、バンビはお父さんの転勤で、幼少期を博多で過ごしているため、英語同様に博多弁を話せるのである(?)。


バンビに言い負かされたお爺さん、今度はマスターに絡み始めた。


「この爺、息子夫婦に早くこの仕事ば譲って、引退せんとね!」


憮然とするマスター。

ちなみに、このお爺さんは72歳で、マスターは74歳。

お爺さん同士が「爺!」と悪態をつき合う様子に、客は大爆笑。


博多の愉快な夜は、こうして始まった。
posted by 城戸朱理 at 20:39| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月18日

その名は、カエル王子号???

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「バンビコ、バンビコ、バンビコ♪」
・・・

「バンビコ、バンビコ、バンビコ♪」

バンビことパンクな彼女のテーマ曲である。

「バンビコ、チャリンコ、バンビコ♪」
???

「チャリンコ、チャリンコ、チャリンコ♪」
??????

「チャリンコ・バンビぃ〜♪」
??????

何なんだ、そのチャリンコというのは?


「健康のためにチャリンコに乗ることにしたんだよ!」
!!!

「これからチャリンコを買いに行ってくるよ!」
!!!!!!


そう言うと、バンビは、バイクでパタパタと出かけてしまった。

パンクだから、思いついたら即行動、なのである。


この日のバンビの出で立ちは、ニューヨークでゲットしたニール・バレットの稲妻プリントのジャケットに襟元が破けたTシャツ、そこに柳美里さんからプレゼントされたマフラーを巻いている。

このTシャツ、破れてはいるが、ヴィヴィアン・ウエストウッドの今夏の新作で、破れは加工されたもの。

新品なのに破れているだけでも年配者なら信じられないだろうが、そのうえ、中央にスカルを配し、右胸には「ANARCHIST PUNK GANG」、左胸には「CREATE HELL AND GET AWAY WITH IT」という旗がプリントされたとんでもない代物である。

なにせ、アナーキストでパンク、しかもギャングなのである。

地獄を作り出したかと思うと、無責任にもさっさと逃げてしまうのである。

迷惑きわまりないが、パンクだから仕方がない。


ニール・バレットのジャケットは、吉増剛造さんとつるやに行ったときも着ていたが、そのときもインナーはヴィヴィアン・ウエストウッド、テディベア・プリントTだった。


こちらは、PUNK-HELLプリントTシャツのような迷惑感はないが、やはりヘンである。

恐るべし、ヴィヴィアン・ウエストウッド――


そして、バンビは、あの英国車、MINIのお洒落な自転車を買って、得意気に帰ってきたのだった。

色は綺麗なグリーンである。


「緑色だから、このチャリンコは、カエル王子号と呼ぶことにするよ!」
・・・・・・


こうして、綺麗なスプリング・グリーンの自転車は、王子とはいえカエルの仲間にされてしまったのである。


パンクだから仕方がないが、いいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 23:57| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月16日

知覧のゆるキャラ

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知覧のゆるキャラ、「お茶むらい」。


武家屋敷が残り、日本屈指のお茶の産地だけに、「侍」と「お茶」をミックスしたストレートさが、逆に潔い。


お茶むらいとバンビことパンクな彼女を撮影したのは、石田瑞穂くんである。
posted by 城戸朱理 at 10:32| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月12日

スピングルのスニーカー

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アシックスが発表したオニツカ・タイガーが海外で人気を呼んでいる。

オニツカ・タイガーは、アシックスに社名を変更する前のブランド名で、60〜80年代のクラシックなフォルムが人気を呼んで、まずはヨーロッパでブームに。

アディダスの本拠地であるベルリンでも、オニツカ・タイガーを履いたファッショニスタを何度か見かけたほどだから、その人気のほどが分かる。


国産スニーカーといえば、アシックスかミズノだが、ミズノはジョルジオ・アルマーニがプライベートでジョギングに愛用しているところから、アルマーニとのコラボを発表したのも記憶に新しい。


アシックスやミズノは、本来はアスリート用の専業メーカーだが、近年、とみに話題なのが、ハンドメイドの国産スニーカー、スピングルだ。

スピングルは、広島県府中市で2002年に誕生した。


府中市は、職人の町として知られているが、スピングルも職人の手仕事による巻き上げ式のバルカナイズド製法のソール、カーフのみならず、コードバンやカンガルー、ウォーターバッファローと、稀少な革を使ったアッパーと、一度見たら、忘れられないスニーカーになっている。

日本ならではの物作りを感じさせる、このスニーカー、2004年には、すでにパリ・コレクションやミラノ・コレクションに登場しており、オニツカ・タイガーに続いて、海外でもブームになる日が近いかも知れない。


私も以前から注目していたが、なんと鎌倉駅西口にもスピングルのショップが出来たので、バンビことパンクな彼女と覗いてみた。

今季のラインナップに、編み上げのレザーブーツがあったので、京都で井上春生監督に教えたところ、井上監督は、京都のショップを探して、さっそく購入。

井上監督は、私がブーツばかり履いているのを見て、試してみたところ、たちまちブーツマニアになってしまった。

足場の悪い離島のロケにも重宝したらしいが、仕事柄、ブーツは必需品だろう。

井上監督は、台湾でもニューヨークでも、私が薦めるブーツやハイカットのスニーカーを買っていたが、奥様には「趣味が出来て良かったわね」と言われているらしい。

そうか、監督のブーツは、もはや必需品であることを超えて、趣味の領域に突入したのか!?


鎌倉に戻ってから、バンビもスピングルの黒のエナメルのモデルを購入。


「アッパーが柔らかくて、とても履きやすいんだよ!
スピングルを知ったら、もう他のスニーカーには戻れないよ!」


バンビもロケにアシスタント・プロデューサー兼スチールで立ち会っているので、スニーカーは必需品になったが、スピングルが気に入った様子である。


国産といえば、岡山がデニムの製織工場やジーンズの縫製工場が集中しており、世界的に名高い。

ジョルジオ・アルマーニやラルフ・ローレンも、ハイエンド・ラインのジーンズを岡山に発注しているほどだが、広島スニーカーも、いずれ岡山デニムのようになる日が来るのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 19:17| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月07日

UNIQLOに行こう!?〜その2

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せっかくユニクロに来たので、前から買おうと思っていた黒の折り畳み傘も買おうとしたら、隣でバンビことパンクな彼女が騒ぎ出した。


「スターウォーズのダースベーダーの折り畳み傘があるよ!」
・・・

「黒を2本じゃなくて、1本はダースベーダーにしてあげて!」
・・・・・・


要するに、自分が欲しいのである。

仕方がないので、ダースベーダー柄も買うことに。


そういえば、バンビはキイホルダーもダースベーダーのフィギュア付きのものを使っている。


「足の裏がライトになっているんだよ!」
・・・


ダースベーダーのテーマ曲を歌いながら、得意気にライトを点けていたが、そこで疑問が生じた。

バンビは「スターウォーズ」を観たことがあるのだろうか?


「ないよ」
!!!

1本も?

「1本も観たことないよ」
!!!!!!


そうなのである。

バンビは映画といえば、タルコフスキーやゴダール、カラックスなどはよく観ているが、ハリウッド映画は、ほとんど観ない。

ひょっとしてと思ったら、やはり「スターウォーズ」も観ていなかったのである。

なのに、なんでダースベーダーなのだろう?

1本も観ていないということは、当然、どんなキャラクターなのかも知らないはずである。


パンクだから、強そうな悪役が好きなのだろうか?

聞いたら、ますます分からなくなる答えが帰ってくる可能性がある。

よく分からないが、分からないままにしておくことにした。
posted by 城戸朱理 at 06:52| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

UNIQLOに行こう!?

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ユニクロが、エルメスのクリエイティブ・ディレクターだったクリストフ・ルメールとのコラボ「ユニクロ・アンド・ルメール」を発表したのは、このブログでも紹介したが、バンビことパンクな彼女はセーター2着を、私は黒のカシミアのタートルネックを発売日に購入した。

タートルネックは、実に肌触りがよく重宝しているが、バンビが買ったラムウールのクロップドカーディガンもも暖かいらしく、部屋着に愛用している。

油断すると、着たまま寝ていたりするから、注意が必要なのだが。


「ホントにあったかいよ!
この冬を暖かく過ごすために、もう一着、買いに行くのは、どうかな?」


それは名案である。

そんなに暖かいのなら、私も自宅で着ようと思ったのだが、「ユニクロ・アンド・ルメール」は、取扱い店舗が限られている。

調べてみたら、辻堂駅に隣接したテラスモール湘南のユニクロで扱っているのが分かったので、平塚市美術館の帰りに寄ってみることにした。


「ユニクロ・アンド・ルメール」は、発売と同時に完売してしまったアイテムも多く、すでにプレミアが付いているものまであるが、幸いにもセーターは在庫があったので、ふたりで選ぶ。


結局、バンビは、黒のラムロングカーディガン(カタログ写真・女性)と黒のミラノリブセーターを、私は黒のショールカラーセーター(カタログ写真・男性)とモスグリーンのスウェットパンツを購入。

ルメールとはいえユニクロだから、セーターが3990円。


エルメスのセーターが、15万以上するのを考えると、格差社会の縮図のようだが、だからこそ、ルメールとユニクロのコラボというのが面白い。

ルメールはミニマリズムのデザイナーだから、装飾性はいっさいないが、シンプルなだけではなく、とくにレディースはドレープが美しい。

編み方で表情を出したレディースのミラノリブセーターなど傑作である。

素材も、カシミアやカシミア混など通常のユニクロより上質なものが使われているが、ヒートテック以外のものを久しぶりにユニクロで購入した。
posted by 城戸朱理 at 06:51| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする