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城戸朱理のブログ: 詩誌・詩集評

2017年01月18日

菊石朋『耳の生存』(七月堂)

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文庫本のサイズで、本文は44ページ。

小さくて薄い、蕭洒な本だが、その見かけとはうらはらに、一冊で一篇の長篇詩を収録する力作が登場した。

『耳の生存』とは、不思議なタイトルだが、耳という言葉が示すように、言葉を聞くことの可能性と不可能性をめぐって、生者と死者、自己と他者の輪郭をなぞっていくかのような趣きがある。



わたしは見ていた
それが
名前を与えられるようなはじまりならば
終わりはなくなる 泥土の深い静けさの中で
頭骨は輝いているのだと それは、
わたしの頭の中の ときめきのような痛みで
共鳴しあい、そこから涙があふれるようだ
孤独というのならば
夏の空よりも晴れ 雨より冷たく
わたしのからだは目覚めている


これが長篇詩の始まりなのだが、これから何かが起こるのではなく、すでに何事かが起こってしまったかのような事後の感覚に満ちた始まりだと思う。

その感覚は、一冊を貫くものの予兆であるとともに、主題を指し示しているのではないだろうか。


なかほどに村上昭夫『動物哀歌』の「雪」の引用をはさんで、ゆるやかに繰り広げられるのは、生の鼓動と死の呼吸にほかならない。

『耳の生存』は、著者の第一詩集。

ひとりの詩人の誕生を刻む、鮮やかな一冊である。
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2016年11月23日

瓜南直子へのオマージュ――「妃」18号

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田中庸介氏を編集・発行人とする「妃」18号に、鎌倉に生きた日本画家、瓜南直子さんに寄せる月読亭羽音さんの連作詩「游心記」が掲載されている。


「游心記」の語るところによると、東大阪在住の作者は、今年の3月5日に、姫路で見た「画家の詩、詩人の絵」展で、瓜南直子の「夜の図鑑」「あきつしま」「望月」、3点の絵と出会い、閉館時間まで、絵の前から動けないほど魅了されたのだという。

帰宅して、画家のブログを探り当て、瓜南さんの言葉に、絵画に、さらに酔った月読亭羽音さんは、瓜南さんが通い、看板を描いた店が鎌倉にあることを知り、3月25日に北鎌倉を訪ねる。

その店とは、侘助。


店主の菅村睦郎さんは私の高校の先輩で、作家、藤沢周さん、香港でブレイク中のアーティスト、稲田吾山さんらが集う。

瓜南直子さんや伴清一郎画伯もかつては常連で、睦郎さんの依頼を受けて瓜南さんが描いた看板が、今でも掲げられている。

月読亭羽音さんは、侘助に寄られたのだろうか?


「妃」も創刊から20年以上を経て、18冊目。

編集・発行人の田中庸介さん以外の同人の顔ぶれは、創刊当時とはすっかり変わってしまったが、ベテランの鈴木ユリイカさんや文化人類学者でもある菅啓次郎さんも加わり、仲田有里、後藤理絵、広田修氏ら、幅広い世代の同人を擁する同人誌になった。


田中庸介氏は、東大医学部に籍を置く研究者でもあり、その論文は世界的に権威のある学術誌「ニュートン」にも掲載されているが、ひとつのテーマの研究には、およそ10年がかかるのだという。

医学と詩をともに生き抜く姿勢が、田中さんの詩にも反映されている。
posted by 城戸朱理 at 08:54| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月02日

気になる松本秀文詩集『環境』の予告篇

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ここのところ、文学フリマが活況のようだ。

800組もの出店があるというのだから、さぞや壮観に違いない。

いちど覗いてみたいと思いながら、まだ果たせないでいるが、スケジュールが合わないのだから、こればかりは仕方がないだろう。


驚いたのは、東直子さんが送ってくれた「エフーディ」第一号だった。

これは、三浦しをん(作家)、平田俊子(詩人)、神野紗希(俳人)、石川美南、川野里子、東直子(歌人)という、いずれも廃墟好きの豪華メンバーが、松山の別子銅山に吟行に行ったあと、文学フリマで売るために作った雑誌で、全員が売り子もしたらしい。

今年も別の廃墟に吟行に行ったと聞いたので、第2号が出るのだろうか?


ほかにも気になるものがあった。


文学フリマが近づくと、ツイッターで、持参する雑誌等を紹介する人が増えるが、そこで見かけたのが、写真の小冊子、松本秀文詩集『環境』予告篇である。

予告篇というのが奮っているが、表紙のキャットフードの缶詰の猫は、川上澄夫装幀の萩原朔太郎『猫町』のパロディというところもいい。

比較のために手元にある朔太郎『猫町』の写真もアップしておく。


後日、松本秀文氏から送っていただいたので、ようやく実物を見ることができた。


詩集『環境』は五章から成り、第五章は「野良太郎全詩集」と銘打たれている。

野良太郎は博多生まれ、最初は飼い猫だったが、飼い主の没落とともに野良猫に。

生涯、朔太郎の詩を愛していたという設定で、つまりは野良猫が書いた詩、ということになる。

だから、表紙もキャットフードなのかと納得したが、納得している場合ではない。


こんな奇妙な設定を思いついた人は、今までいなかったことだけは確かだ。


ところで、本体の詩集『環境』は刊行されたのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 06:36| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月08日

「エフーディ」vol. 1 松山・別子銅山吟行編

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去年、もっとも驚いた雑誌が「エフーディ」だった。

これは、石川美南(歌人)、川野里子(歌人)、神野紗希(俳人)、東直子(歌人)、平田俊子(詩人)、三浦しをん(小説家)という豪華メンバーが、
廃墟となった愛媛の別子銅山を訪ねて吟行した俳句・短歌・詩・エッセイをまとめたもの。


俳人・鈴木真砂女が開いた小料理屋、銀座の卯波で月一回、開かれているのが、エフーディの会で、句会と歌会を毎月交互に開催しているのだという。

会員は、ほぼ女性で、肩身が狭い男性会員が、野村喜和夫氏。

相変わらず場違いな感じが、さすが野村さんである。


ちなみに、エフーディとは、三浦しをんさんの詠草に登場するティッシュの妖精なのだとか。

ティッシュペーパーが取り出しやすいように箱のなかで手助けしてくれる妖精がいるとは知らなかった――


ここまでなら、分かる。

神野紗希さんによれば「異業詩交流歌会句会」が、エフーディ。

その例会で、なぜか廃墟の話で盛り上がって、別子銅山行きが決まったらしい。

ここまでも分かる。

せっかく行くのなら、吟行にしようというのも、エフーディの会なら当然だろう。


分からないのは、ここから先である。


四国旅行の詩とエッセイも書いて、冊子にして、秋の文学フリマで売ろうというあたりから、分からなくなる。

そう提案したのは、石川美南さんらしい。


文学フリマは、文芸同人誌の即売会だが、去年は全国から八百組が参加するほど盛況だったと聞いた。

とはいえ、いつも締切に追われているに違いない顔ぶれで、同人誌を作って、文学フリマで売ろうということ自体、意外すぎないか?

しかも、当然、このメンバーが売り子をするわけだから、豪華すぎないか?


文学フリマは、ちょうど東直子さんの京都ロケが始まる前日だったから、東さんも売り子をしてから京都入りしていたのだが。

しかも、東さんは東京に戻ったら、「エフーディ」の発送作業をするのだと言っていた。

旅先にまで、ゲラを抱えてくることが珍しくない東さんが、発送のための宛名書きをしているのを想像するだけでも愉快だが、
なにはともあれ、廃墟好きの廃墟紀行である「エフーディ」、作品もエッセイも面白く、読み耽ってしまった。

平田俊子さんの「いよいよ伊予」から。


男らの悪口いえば女らの旅の車内はいよよ華やぐ


野村さんの肩身の狭さが、充分にうかがえる一首である(笑)。


気になるのは、vol.1となっていること。

ということは、今年はvol.2が出るのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 11:48| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月28日

和合大地個人誌「赤蒸気」

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和合大地の個人誌「赤蒸気」創刊号が刊行された。

1998生まれ(!)、高校一年での個人誌の刊行は異例と言っていい。

大地くんは、和合亮一氏の御子息。

親子二代で、詩に取り組んでいることになる。


創刊号では、和合大地が2篇、ゲストとして広島の春野涼音(1999年生まれ!)が3篇を寄稿している。

題字は、福島在住の書家、石上香艸によるもの。

本文18ページ、表紙を入れても20ページのシンプルな冊子だが、そこに籠められたエネルギーは、尋常ではない。


ここでは、和合大地「SCREW」の後半を紹介しておこう。



網戸から新たに生まれる昆虫には悲哀は分かるまい。ブラウン管が類焼したような焼け跡。
この「ような」を「やうな」と変換するきみの、美しい手首の、滴る人影の、凄惨さに憧
れた、鳥の首を眺める。並べる。灰を積もらせる。

ゆっくりと一転二転三転前転後転逆回転していく雨の軒先で詩行を廃棄する。



書くことを意識化したうえで、詩篇に織り込み、さらに最終行で詩の定立じたいを問う展開は、瞠目せざるをえない。

春野涼音による作品も、異様なまでの完成度で、圧倒された。


彼らの年齢のとき、自分が何をしていたかを考えると蒼くなるが、詩は年齢ではないことを改めて確認することに。

今後の展開に期待したい。
posted by 城戸朱理 at 07:34| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月16日

「杉中昌樹詩論集 I」

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小樽で個人誌を編集・発行している杉中昌樹氏の詩論集が届いた。

手製らしく、無綴だが、逆に品位のある仕上がり。

今日では、さまざまな活動の仕方があるのを教えてくれるが、
内容的には、私も含めた4人の詩人の1冊の詩集を取り上げて論じるもので、
このテクストに寄り添う姿勢は貴重だと思う。


感覚的に好悪や良し悪しを語るのでは、読書感想文にもならない。

一篇の詩を、そして一冊の詩集を、きちんと読み解くむという、
忘れられがちな詩論の基本が、ここでは踏まえられている。


取り上げられているのは、以下の4冊。


瀬尾育生『ハイリリー・ハイロー』

杉本真維子『袖口の動物』

城戸朱理『非鉄』

野村喜和夫『言葉たちは芝居をつづけよ、つまり移動を、移動を』


この選択じたいに、論者の現代に対する視点と詩観が現れているのだろうが、
I巻ということは、続きも刊行される予定なのだろう。

次は、どんな詩集が取り上げられるのか、楽しみだ。
posted by 城戸朱理 at 07:14| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月05日

「木槿通信」第32号〜震災後の言葉

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「木槿通信」は、『単独者のあくび 尾形亀之助』の著書もある吉田美和子氏の個人誌。

作品やエッセイのみならず、文学をめぐる旅行記も掲載され、
ひととき、読むことの愉悦を約束してくれるが、
この号は東日本大震災後の6月に刊行されたもので、大震災以前の号とは様子が違っており、
「詩・ぼんやりした煩悶〜ことばは震災にどう向かいあうのか」という長文の論考を興味深く読んだ。


「大震災に放りこまれた時、みんながその衝撃を名付けられなかった。
自分が直面したものは、自分が感得したものは、いったい何だったのか」


東日本大震災を岩手県盛岡市で経験した吉田氏は、
停電して、闇のなかにいたという。

そのなかで、見知らぬ世界に触れるように短歌を詠み、
3日後に通電して、ようやく外界の様子が分かるようになる。


「――みんなは、どうしているんだろう。みんなは、この事態をどう語っているのだろう。
盛岡は被災地ではないから、灯油ガソリンが滞った以外には、さしたる被害はない。
けれども欲しい救援物資は「言葉」だったのである。
それも、「東北は負けない」だの、「頑張ろうニッポン」だのではなくて、
詩は生き残ったのか、詩はどうするのか、ということであった。
ありていに言えば、谷川俊太郎は、吉増剛造は、城戸朱理は、△△は、××は、
…どう語り出すのか、ということであった」


寒冷地の盛岡で、停電し、灯油ガソリンが滞るというのは、
実は死活問題であるはずなのだが、沿岸部に比べるならば、
倒壊・半壊家屋もなかった盛岡は、被災地とは言えない。

しかし、私は、この吉田氏の「欲しいのは言葉」という一節に、
何かを教えられたような気がした。


この論考は、長谷川櫂『震災詩集』と谷川俊太郎「言葉」(「朝日新聞」5月2日)への微妙な違和感を語ったあと、
和合亮一『詩の礫』、辺見庸「眼の海――わたしの死者たちに」(「文學界」6月号)、
そして、私の「コバルトの空」(「ユリイカ」5月号)に論及しているのだが、
『詩の礫』の作品としての評価と「文化化」された社会現象としてのそれを、分けたうえで、
語られていることは、もっとも早い時期の精確な批評というべきだと思う。


また、詩壇では語られることのない辺見庸の、
「詩の礫」の大衆性の対極に位置する「眼の海」への評言も的を得たものだと思った。


「辺見の詩は魔王のように険しいから、若い人は畏れて近寄ってこないかもしれない。
誰もこの道を通ってはこの先には行けないだろうからである。
群れることを拒否する彼の周りには人影が見えない」


たしかに、辺見庸の詩は、凡百の凡庸な追悼詩を一蹴するほど、鬼気迫るものがある。


吉田氏は和合亮一「詩の礫」と辺見庸「眼の海」を震災詩の双璧として語ったあと、
私の作品にも言及しているのだが、私は震災についての詩は、いまだに書いていない。

吉田氏は、「コバルトの海」から、私の真意を推測しているのだが、
これも当たっていたので、いささか驚いた。


「ぼんやりした煩悶」は、明確ではない煩悶に、
明確な形を与えるために書かれたのだろうが、
この煩悶だけは、いまだに消えないままだし、安易な解消は、いらない。

それが大震災以後の耐え方なのではないか。
posted by 城戸朱理 at 10:25| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月06日

「ウルトラ」第14号、吉岡実特集刊行!

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「ウルトラ」第14号、特集「吉岡実2011」が刊行された。

昨年の吉岡実没後20年を期に企画されたもので、なんと、「現代詩手帖」や「ユリイカ」より分厚い400ページの大冊。


特集は2部に分かれ、第一部の「吉岡実2011」は、澤正宏福島大教授へのインタビュー(聞き手/和合亮一、及川俊哉)、城戸朱理インタビュー(聞き手/及川俊哉)、
白石かずこの寄稿、及川俊哉、高塚謙太郎、タケイ・リエのエッセイなどで構成され、吉岡実の今日的な意義を検証するとともに、
第二部の「吉岡実 この一篇」では、同人のほかに、文月悠光、山田亮太、松尾真由美、杉本徹らが、吉岡実から一篇を選んで論じ、その魅力と秘密に迫るものになっている。


同人誌で、これだけ充実した特集が組まれるということは貴重だが、これまで「ウルトラ」が特集してきた詩人を見ると、田村隆一、堀川正美、そして、今回の吉岡実と、同誌ならではの詩的系譜が浮かび上がるところも興味深い。


編集・及川俊哉、発行・和合亮一の体制になってからの「ウルトラ」は、ひたすら分厚くなる傾向があるが、次号の特集にも期待が募る。

いや、特集だけではない。

今回よりも分厚い「ウルトラ」が出る日は来るのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 11:03| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月20日

和合亮一『詩の礫』、一気に3冊刊行!

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マグニチュード9. 0の巨大地震から、5日後、ツイッター上で発表が始まった和合亮一の『詩の礫』は、被災地からの切実な声として、また東日本大震災以降の言葉の力の所在を示すものとして注目を集め、新聞・週刊誌・テレビ・ラジオとメディアを賑わせたが、早くも単行本化が実現した。



『詩の礫』(徳間書店)
『詩ノ黙礼』(新潮社)
『詩の邂逅』(朝日新聞社)


この3冊で構成されるのが「詩の礫」シリーズで、詩歌としては、1980年代の記録的なベストセラー『サラダ記念日』以来の話題作となっている。


怒りと祈りの間を、絶望と希望の間を揺れ動きながら、叩きつけられる言葉は、壮絶。


『詩の礫』に関しては、「毎日新聞」6月22日夕刊に掲載予定の月評で触れたが、近日中に「現代詩手帖」短期集中連載の詩論でも論じるつもりである。



刊行に当たっては、私も和合亮一氏から電話で相談を受けたので、この3冊の出版を、まずは喜びたい。


また、『詩の礫』は、10数年来の徳間書店の私の担当である加々見正史氏が編集を手がけたが、私も意見を求められ、ツイッターと同じく横組み、日付ごとにその日に起こった東日本大震災関連の出来事を記載するといった提案をした。

ツイッター発表時から、「詩の礫」を注視し、
揺り動かされた加々見さんの手によって、この本が日の目を見たことにも、運命のようなものを感じてならない。



ひとりでも多くの人に、この叫びのような書物を、手に取ってもらいたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 09:46| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月11日

高橋昭八郎『ペ/ージ論』(思潮社)

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伝説の視覚詩人、高橋昭八郎、待望の新詩集が刊行された。


高橋昭八郎といえば、わが国の前衛運動の拠点となった、北園克衛の「VOU」の後期を代表する存在であり、
もっぱら海外でのみ知られてきたその詩業が、このような形で日本でも開示されつつあることを喜びたい。


海外でも高い評価を得る「VOU」は、近年、古書値も高騰しており、実際に手にすることは難しいが、
西脇順三郎や田村隆一、鮎川信夫ら「荒地」の詩人たちまで、会員だった時代もあり、戦後の一時期はモダニズムの拠点でもあったようだ。


そして、前期「VOU」が、寺山修司や白石かずこらの巨大な才能を輩出したのに対して、後期「VOU」を代表する高橋昭八郎らは、北園克衛の詩的精神を継承し、詩という形式じたいを問いつづけた。


『ペ/ージ論』も、まさに、その成果であり、「VOU」最後の会員であった奥成達氏による帯文は、高橋昭八郎の詩業の骨格を実に見事に語るものと言っていい。

次のようなものである。



ヴィジュアル・ポエット高橋昭八郎の魅力は、
ひとえにその繊細な日本的感性の美しさにある。
北園克衛の後を引き継ぐ「詩の純粋形式への限りない探索」は、
止むことなく続けられ、
過剰な文学的〈意味〉によって遮断されてしまっていた
詩の可能性が、ここに新たに浮かび上がってくる。



高橋昭八郎自身による装丁も素晴らしく、ラディカルな問いとともに開かれるべき一冊と言えるだろう。

本書に関しては、機会を見て、論考を発表したいと考えている。
posted by 城戸朱理 at 09:11| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月02日

現在と対峙する詩誌「紫陽」

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リーマン・ショックが、
ネオ・リベラリズムの終焉を露わにするとともに、
世界的に進行する雇用破壊を背景に、
日本でも、小林多喜二『蟹工船』がベストセラーになり、
さらに、徳永直『太陽のない街』、
そして、石川啄木が次々と文庫化されるなど、
いきなりプロレタリアート文学が、復権した感がある。

経済に政府が介入せず、
市場の自由競争にすべてを委ねるネオ・リベラリズムのもと、
企業に都合がいい労働力のダンピングが進み、
ワーキングプア層を生んだが、
それが、ようやく社会問題になったところで、
世界的な金融危機と不況に直撃されて、
企業も危機的な状態に陥り、
派遣切りに見られるように、
雇用までもが破壊されつつあるのは、
およそ、20世紀後半には、
経験したことがなかったような出来事であり、
こうした変化は、当然のように、
今日を生きる人間の心理にも
長い影を落とすことになるのは言うまでもないだろう。

私たちが直面する、こうした現在に、
もっとも自覚的に対峙してきた
先駆的な詩人のひとりとして、
『薄明行』『ひなたやみ』の詩人、大谷良太がいるが、
リアルな「現在」に向かい合っている詩誌として、
京谷裕彰・藤井わらび編集の「紫陽」も忘れることはできない。

たんなる詩の良し悪しを超えて、
誌面に渦巻く混沌としたエネルギーは、
時代の転変の予兆のようでもある。

最新の17号では、藤井わらびの「夜双曲」に目を見張った。

また、「毒舌編集後記」の
旧詩壇とジャーナリズム批判は必読。

よくある「毒舌」ならば、
評者の無能を示すだけであって、
なんということもないが、
ここで語られているのは、
まさに正攻法の批判と言っていい。
posted by 城戸朱理 at 11:43| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月12日

広瀬大志、待望の長篇詩!

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広瀬大志の長篇詩『約束の場所』が、ついに刊行された。


これまで、人間の原初的な感情である「恐怖」をめぐって、その情動を言語に象ってきた詩人は、この長篇詩においては、生の還り着く場所を主題に選び、言葉によって人間の生死の実相を紙上に刻み込もうとしているかのようだ。



新国誠一のコンクリート・ポエトリー(具体詩)を思わせるようなページ組みもあって、その実験的精神は、いささかの衰えも見せてはいない。


つねに前衛でありつづけることの、こよなき実例がここにある。



私家版、79部限定。


表紙には和紙の大礼紙を使い、長篇詩を生むきっかけとなったという一葉の写真があしらわれている。


入手はむずかしいかも知れないが、要望に応えての増刷を、著者に望みたい。
posted by 城戸朱理 at 10:18| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月18日

『現代詩文庫 高岡修詩集』(思潮社)

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本州の最南端、鹿児島で
孤独に続けられたきた詩的営為が、
2003年に刊行された
『高岡修全詩集』(ジャプラン)によって、
初めて、その全貌を現すとともに、一気に注目を集め、
その後も、『犀』『死姦の都市論』『蛇』(いずれも思潮社)と、
凝縮力の高い詩業で、読者を圧倒してきた
高岡修氏の現代詩文庫が、いよいよ刊行される。

収録されているのは、詩人初期の「水の木」連作から、
『鏡』全篇、そして近作まで。

高岡修氏による書き下ろしの「死の詩論」のほかに、
三浦雅士、富岡幸一郎、北川透3氏の解説を収め、
さらに私も、「柔らかな〈絶対〉の探求」
(『高岡修全詩集』解説、『潜在性の海へ』所収)に続く
高岡修論「孤独が貫くもの」を寄稿している。

「見たこともないもう一つの創世記」(藤沢周)を
ぜひ、手に取って体感してもらいたい。
posted by 城戸朱理 at 07:30| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月14日

注目する詩誌〜「えこし通信」10+4号

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中村文昭氏を中心とする「えこし会」こと江古田詩人会による「えこし通信」は、ラディカルに、詩と言葉を考察しようとする、もっとも充実した詩誌のひとつである。


今号の特集は、「日本語の魅力、魔力」と題する座談会。


モンゴルのチョルモン、ギリシアのカテリーナ両氏が参加することで、示唆に富む興味深いものになっている。


今、日本語そのものに思いを巡らすところから、詩作を始めようとする詩人は、はたして、どれだけいるだろうか。


この真摯さは、本当に貴重だと思う。



今号の詩作品は、えこし会同人の田村、クリハラ、中右3氏のほかに、岸田将幸、豊原清明両氏が寄稿、「私はカタコトの雨たべています」という謎めいたクリハラさんの詩行が印象に残る。



中村文昭氏による詩集『オルフェの女』シリーズは、第3巻となる『オルフェの女 蝶、海の貴婦人』が、刊行間近とのこと、こちらも期待がつのるところである。
posted by 城戸朱理 at 12:27| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月07日

相次ぐ西脇順三郎特集!

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昨年は西脇順三郎没後25年を記念して、
大詩人のエッセンスを集成する
『西脇順三郎コレクション』全6巻が、
新倉俊一編によって慶應義塾大学出版会から刊行されたが、
今年になってからも西脇順三郎の特集が
相次いで組まれている。

最初は、このブログで新年に紹介した「英語青年」1月号、
さらに「三田文学」冬季号が、「西脇詩論の国際的評価」を特集し、
その仕事を海外からの視点で検討、
さらに「言語文化」25号(明治学院大学言語研究所)が、
大野一雄と並んで西脇順三郎を特集した。

「言語文化」の西脇特集の内容は次のようなものである。


飯野友幸「歩行の詩学ー西脇順三郎とA.R.アモンズ」

佐藤紘彰「西脇順三郎の詩との長いつきあい」

富山英俊「西脇順三郎の詩行(序説)」

長畑明利『「捨てること」の限界ー「えてるにたす」に見る「否定」』

山内功一郎『「忘却の楽しみー西脇順三郎における「象徴脱落症」の展開』


おもにアメリカ詩の研究者を執筆者とする特集だが、
多彩な視点から、西脇順三郎を
検討するものになっており、
それが逆に西脇順三郎の
巨大さと多面性を示すものになっている。
posted by 城戸朱理 at 12:48| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月07日

注目する詩誌〜「gui」83vol.30

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「gui」は、届くたびに
読みふけってしまう雑誌のひとつだ。

いつも印象的な表紙は、
世界的な視覚詩人、高橋昭八郎によるもの。

最初に読むのは、長大な引用でも名高い
奥成達のエンドレスな連載(?)「北園克衛『郷土詩論』を読む」。

今回も長大な引用のおかげで、
北園克衛が訳したケネス・レックスロスの詩を
初めて読むことが出来た。

秋元幸人の連載「レオン=ポール・ファルグの詩」も楽しみだし、
井出正隆による旅行記「ピサ地方瞥見」も
よくある旅行記とは違って、引き込まれる。

かつて、連載されていた吉田仁の「葉山日記」は、
まるでユートピア文学のようだったが、
今は、かわりに山口眞理子「深川日誌」が連載されているし、
吉田仁「ケイリン放浪記」も好調である。

「gui」はモダニストの集団ということ以外は、
何も制約がなく、同人は各自がそれぞれ、
書きたいことを書けばいいらしいが、
大人の余裕を感じさせる成熟と
前衛性の共存が、やはり「gui」の魅力だろう。

同誌は、読み物も充実しているが、
同時にヴィジュアル・ポエトリー(視覚詩)の拠点でもあり、
「gui」に連載された高橋昭八郎「ページ・イヴェント」は、
今年、新詩集として刊行される予定だという。
高橋昭八郎の新詩集の刊行、
これはひとつの事件と言っていい。
posted by 城戸朱理 at 09:24| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月07日

注目する詩誌〜「ガニメデ」第41号

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「ガニメデ」は、400ページに及ぶ
大冊で、
しかも発行部数が3千部という怪物的詩誌である。

今号も、たなかあきみつによる巻頭翻訳、
アレクセイ・パールシチコフから始まって、
藤本真理子によるイーデス・シイットウェルの翻訳連載詩、
小笠原鳥類の連載エッセイ「動物、博物誌、詩」、
田中亜美の小句集、そして、時評に詩作品と圧倒的な質量を誇る。

そして、少なからぬ人が、「ガニメデ」が届いたとき、
最初に、編集人、武田肇氏による「編集後記」に
まず目を通すのではないだろうか。

言語芸術に過激に邁進する氏の言説は、
凡庸さを苛烈に攻撃してやまないが、
その無私の姿勢は、すがすがしい。

私にとっても、「ガニメデ」は貴重な詩誌であり、
これまで、詩作品のみならず、
エッセイや翻訳詩をたびたび寄稿させてもらっている。

エズラ・パウンドの「ペリゴール近郊」と
「セクストゥス・プロペルティウスへの讃歌」の翻訳も
同誌に発表したものであり、
「ガニメデ」がなければ
『エズラ・パウンド長詩集成』(思潮社)は、
まだ、まとめることが出来なかっただろう。

ほかにも、T.S.エリオット『聖灰水曜日(アッシュ・ウェンズデイ)』(第33号)、
ウィリアム・ブレイク『天国と地獄の結婚』(第34号)の試訳も、
「ガニメデ」に発表したものであり、
これらにも、いずれ形を与えたいと思っている。

さらに、プロジェクト・アララットの
マニュフェストたるエッセイ、
「プロジェクト・アララット」(第32号)や
高橋昭八郎展のドキュメント、
「始まりつづけるもののために」(第34号)も
「ガニメデ」に寄稿したもので、
私にとって重要な仕事の
発表場所になっていることは間違いない。

しかし、私が寄稿するかどうかより、
「ガニメデ」が高踏的な姿勢で、
その異様なまでの質量を貫いていることが、
何よりも貴重だと思う。
posted by 城戸朱理 at 07:08| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月06日

注目する詩誌〜「紫陽」第14号

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現代の諸問題に即応するかのような不穏な気配に満ちた、アンデパンダン的詩誌として、以前、「紫陽」を紹介したが、その最新号も、変わらぬエネルギーに満ちている。


編集は京谷裕彰・藤井わらび。


執筆者は、後藤和彦・椎名卓樹・窪326・西きくこら14人。


ここでは、後藤和彦「朝の道」の冒頭を紹介しよう。




水の中に友達がいる
さんぽしているとそんな気がする

たいようは水鉄砲で簡単に堕ちて
あしたはびしょびしょになってしまったけど

ぼくのともだちは生きているようなきがする
ずっとそこに昔のままで
笑い声まで聞こえてくるから




漢字と平仮名の細心な使い分けと、意表を突くイメージの展開が、素晴らしいと思う。
posted by 城戸朱理 at 16:37| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月29日

注目する詩誌〜「水火」第1号

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近年、見かけることがなくなった活版印刷、
そして、アンカットという
簡素にして瀟洒な詩誌が届けられた。

同人は朝吹亮二・川上弘美・松浦寿輝。
2人の芥川賞作家を擁しているが、
純然たる詩誌で、長年、詩作から遠ざかっていた朝吹亮二氏の
参加も事件といっていいだろう。

表紙には誌名と参加者の名前が空押しされている。
この装丁も鉛の鋳造活字を紙に押しつける活版ならではのもので、
机上に置いて、その陰影を楽しんでいる。

アンカットなので、ペーパーナイフでページを切らないと、
読むことが出来ないのだが、
今、しばらくは、ページを切らず、
そのたたずまいに触れていたいと
思わせるような詩誌である。

誌名の「水火」は、本居宣長に由来するものだろうか。
posted by 城戸朱理 at 08:16| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月19日

注目する詩誌〜「洪水」第1号

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この雑誌は、厳密な意味での詩誌ではない。

「詩と音楽のための」雑誌であり、
裏表紙の「詩が音楽を決壊させる、
音楽が詩を漂流させる・・・」という言葉が示すように、
詩と音楽が切り結ぶ時空を考察し、
詩と音楽の、もっともラディカルな
深みを探ろうとするものと言っていい。

第零号では、特集「伊福部昭を考える」を組み、
今回は「西村朗との対話」を特集。
現代の作曲家にスポットを当て、
西洋の古典音楽という伝統に対して、
日本の作曲家が何を考え、
東洋にあって、どのような音楽を創造しようとしているのかを
明らかにしていこうとする。
これは、貴重な試みだと思う。

ヴェルレーヌは「何よりもまず音楽を」と歌ったが、
現代の作曲家の軌跡は、詩人にとっても、
詩の問題として共有すべきものではないだろうか。

今号では、川口晴美・海埜今日子・田口犬男・小笠原鳥類らの諸氏が、
詩を寄稿しているが、
さらに深いところで、言葉と音、詩と音楽が、
その沈黙の深さを計り合うような展開を期待したい。
posted by 城戸朱理 at 10:26| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする