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城戸朱理のブログ: 城戸朱理の本

2010年11月09日

新詩集『世界-海』(思潮社)発売中!

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『幻の母』と同時刊行された詩集『世界-海』も、先週末に書店に並んだ。


ほぼ10年にわたって書き継いできた『幻の母』とは違って、
こちらは、『非鉄』や『地球創世説』のように一気に書き下ろしたものであり、
求めに応じて発表しながら、数年、手元に置き、検討してきた作品群となる。


この詩集は一見すると、文語的な印象を抱くかも知れないが、
実はきわめて口語的な詩行が織り込まれており、
その振幅でもって、変化して止まない世界の諸相に向かい合うことから、
生まれた詩篇ではないかと、今は思っている。


今回の二冊の新詩集に関しては、次号「表現者」に、
文芸評論家の富岡幸一郎氏によるインタビューが掲載される予定なので、読んでいただきたいと思うが、
詩を書くということは、およそ無意識的で、本能的な行為であって、
作者の意図など、言葉が裏切っていくことがあるし、
また、そうでなければ、詩の名に値しないのではないか。
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2010年11月08日

新詩集『幻の母』(思潮社)発売中!

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私にとって7冊目の詩集となる『幻の母』(思潮社)が、
先週末から書店店頭に並んでいる。


かつて、「不来方」、つまり「二度と来ないところ」という古名を持つ私の故郷、盛岡を舞台に、
詩集『不来方抄』で起源をめぐる詩作を試みたが、
『幻の母』は、その詩的探求の続きとも言うべき詩集であり、
私が構想している「起源をめぐる三部作」の二作目に当たる。


この詩集は、私の郷里を流れる北上川を、河口から遡り、源流を訪ねる詩的旅誌に、
夏のふた月だけタクラマカン砂漠に姿を現すという幻の大河ホータン、
そして、ガンジス河、インダス河など四つの大河の源流とされる
聖山カイラスのイメージが重層化するものとなっているが、
方法としては、芭蕉の『奥の細道』のような俳文を意識した。


俳文は、散文が詩の措辞となり、詩の緊張を高めるとともに、
散文じたいも詩的に研ぎ澄まされているというものだが、
詩が散文的になるのではなく、詩と散文が緊張状態にある一冊を、意識したと言ってもいい。


書店で見かけたら、ぜひ、手に取っていただきたいと思う。
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2010年10月15日

新詩集『世界-海』『幻の母』完成!

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私にとって、7年ぶりとなる新詩集『世界-海』と『幻の母』が完成し、今、宅急便で届いた。


都内の大きな書店ならば、週末には店頭に並ぶかも知れないが、
来週には全国の思潮社の本を取り扱っている書店で手にすることができると思う。


まったく、傾向の違う2冊の詩集を同時に刊行するのは、
もちろん、初めてのことなので、自分でも、いつもとは違う感慨があるが、
いずれは新詩集3冊同時刊行にも挑戦してみたい。

無理だろうか(笑)。


すでに、このブログでお伝えしたように、『世界-海』には、
本文以外に未発表書き下ろしの詩が一篇、隠されている。

手にした方は、探してみて欲しい。
posted by 城戸朱理 at 13:05| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月08日

新詩集『世界-海』(思潮社)見本出来!

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『幻の母』とともに、私の第八詩集となる『世界-海』の見本も完成した。


インドへの旅と、ゴータマ・ブッダの名高い山上の説教、
「修行者たちよ、この一切は燃えている」という言葉を発端に書き下ろされた36篇を収録する新詩集である。


表紙の写真は、詩集『地球創生説』、詩論集『潜在性の海へ』と同じく、小野田桂子。

飛行機をチャーターしての太平洋上の空撮で、標題は黒の箔押し。

実は、この本には本文以外に書き下ろしの詩篇が、隠されている。

すぐ見つかるとは思うが、探してみて欲しい。


思潮社では、予約受付中。

来週後半には、『幻の母』とともに書店に並ぶ予定である。
posted by 城戸朱理 at 12:27| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新詩集『幻の母』(思潮社)見本出来!

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私にとって、第七詩集となる『幻の母』の見本が出来上がった。


これは、「源流考」というタイトルで、約10年にわたって書き継いできた連作であり、
私の郷里を流れる北上川の河口から源流を訪ねる幻の詩的旅誌に、
タクラマカン砂漠で、夏のふた月だけ、突然、姿を現す大河ホータン、
そして、インダス河、ガンジス河など、四つの大河の源流とされる
永久凍土の独立峰、聖山カイラスのイメージが重層化するものとなっている。


装幀は思潮社装幀室で、標題は、銀の箔押し。

その冷ややかさは、起源を求める旅の道行きに垂れ籠める寒冷と響き合っているのだろうか。


思潮社では、現在、予約受付中。

来週、後半には書店に並ぶ予定なので、ぜひ、手に取っていただきたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 12:13| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月02日

『日曜日の随想』(日本経済新聞社)

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昨年の「日本経済新聞」の
文化欄に掲載された日曜随筆が、一冊になった。

執筆者は、小説家が津島佑子、川上弘美、島田雅彦ら、
歌人は佐佐木幸綱、永田和宏、俳人は宇田喜代子、
詩人だと、吉増剛造、荒川洋治ら、全48人。


私の随筆「鎌倉の大仏」も収録されている。


「日本経済新聞」の日曜随想は、
「日曜日の午前中に読むような軽いエッセイ」という主旨らしいが、
執筆者によって、「軽い」のとらえ方も違えば、
問題意識も違うから、
ある意味では、「現代」の諸相と、その断面が、
一冊のなかに開かれていくようなところがあって、
そこが、面白いと思う。


現代では、「何を書いてもいい」といった依頼は、
およそ、なくなってしまったので、
依頼を受けたときには、しばらく何を書くか考えたが、
思えば、そんなことはめったにあるものではない。

それも楽しかったが、随想というものは、
批評より書くのが難しいものなのが、
年とともに痛感されるようになった。

これは若いときには、まるで分からなかったことだが、
分かったところで、まともなものが書けるのかというと、
そうではないあたりが、いよいよ難しい。


品位ある装丁は、菊地信義によるもの。

日曜日に手にするのに、
ふさわしい佇まいの本である。
posted by 城戸朱理 at 05:45| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月21日

もう一冊の新詩集『幻の母』、入稿へ

新詩集『世界-海』の入稿原稿を思潮社に送るとともに、
これまで、「源流考」という表題で書き続けてきた
もう一冊の新詩集の入稿準備にとりかかった。

既発表作品は、15篇。
これを全面的に改稿しながら、清書し、14篇に。

その過程で、詩集のタイトルは、
『幻の母』に変更しようかと考え始めた。


『世界-海』が、2007年以降の作品であるのに対して、
こちらは、2000年代前半に
発表した作品が中心になっている。
その意味では、『幻の母』が私の第7詩集、
『世界-海』が第8詩集ということになるが、
刊行は、『世界-海』のほうが先になるかも知れない。


ちなみに『世界-海』は、約1350行、
『幻の母』は、908行で、
前者のほうがボリュームのある本になるだろう。


『幻の母』の諸篇は、発表場所があちこちに散らばっており、
まだ、初出は調べられないでいる。


「現代詩手帖」に発表したもののほかに、
「朝日新聞」や「共同通信」はともかく、
尾崎左永子先生の「星座」や「Esパラディウム」といった歌誌、
あるいは、「月刊健康」(共同通信社)といった雑誌に
寄稿したものもあるので、
いささか混乱しているのだが、
既発表作品の改稿・清書のあと、
17日には、新たに3篇を書き下ろし、
「あとがき」を書き上げて、入稿原稿は完成した。


翌日、コピーを取って、思潮社に送り出したので、
次は、3冊目の詩論集『都市の文書』の
入稿作業に専念したい。
posted by 城戸朱理 at 00:45| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月17日

新詩集『世界-海』、入稿へ



2007年に一気に書き下ろした詩集、『世界-海』を推敲・清書し、入稿原稿を完成させた。


既発表作品は、「現代詩手帖」に15篇、「文學界」と「文藝春秋」に各1篇で、計17篇になるが、既発表分に関しては、掲載前のゲラで、
すでに推敲の手を入れてあるはずなのに、清書をする過程で、さらに変貌し、まったく別の作品になってしまうことも少なくない。


なかには、新作を書くのと変わらないほど、全面的に書きかえたものもあった。


未発表作品は、18篇。


今回は部分的に手を入れるのではなく、全体を新たな目で見直したかったため、全作を原稿用紙に万年筆で手書きすることにしたのだが、
これは、私にとっても、身体的に作品を生き直すような、新鮮な経験になった。



推敲と清書にかかったのは、3日間。


この仕事が要求するエネルギーは尋常なものではなく、「あとがき」を書き上げたあとは、
虚脱感に襲われたが、入稿から刊行までの間は、なんとも落ち着かない気持ちになるものだ。


しかし、今回は、その間にも、次の詩論集、そして、もう一冊の新詩集『源流考』の入稿に取りかかろうと思っている。
posted by 城戸朱理 at 01:22| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月01日

『戦後詩を滅ぼすために』(思潮社)をめぐって、その2

東北学と呼ばれる学問がある。

それは、民俗学の展開から生まれたもので、
辺境であるがゆえに残された
東北の風俗や慣習、祭事や信仰などに、
日本人の心性と祖型を探ろうとするものなのだが、
詩においても、宮沢賢治や草野心平に見られるように、
詩における風土としての東北という問題は、
さらに考察されるべきものかも知れない。

私も『戦後詩を滅ぼすために』の
最終章である「三つ石伝承」において、
「岩手」という地名と盛岡の古名「不来方(こずかた)」の
起源とされる東顕寺の「鬼の手形」が残る三つ石をめぐる伝承と
柳田国男『遠野物語』を分析して、
風土の心性を隆起させようと試みたが、
岡本勝人「城戸朱理と東北盛岡〜『戦後詩を滅ぼすために』によせて」
(「交野が原」65号、2008年10月)は、
そうした詩的風土としての東北を考察するものである。

それだけに、私の詩業だけではなく、
秋田の吉田文憲氏、福島の和合亮一氏などへの言及もあって、
いよいよ興味深いものとなっている。

もちろん、ここに福島出身の稲川方人氏を含めて、
さらに論旨を展開することもできるだろう。

かつて、桑原武夫は「詩は東北、批評は関西」と語ったというが、
吉本隆明も初期詩篇に次のような詩行を残している。


銀河はわたしたちの未来圏ですと
そのやうに言ひ切った詩人の居ることは
兎に角東北の風土が凄いのです
(「銀河と東北」より)


ここで吉本隆明が語っている「東北の風土」の「凄さ」とは、
同時に「厳しさ」でもあるわけだが、
そこからしか隆起しない詩が
あるということでもあるのだろう。

岡本勝人氏のエッセイは、
そうした詩的風土としての東北を考察するものであり、
ありがちな詩史的な評価とは、まったく別の
詩をめぐる批評の可能性を
示すものであると言っていい。

私もまた、この問題については、
考えていかなければならないと思っている。

「三つ石伝承」をさらに展開する民俗学的論考として、
あるいは、宮沢賢治論として、
そして、何よりも自分自身の詩作において。
posted by 城戸朱理 at 10:32| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『戦後詩を滅ぼすために』(思潮社)をめぐって、その1(再掲載)

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私の2冊目の詩論集『戦後詩を滅ぼすために』が、
今年の2月末に刊行されてから、
メディアに最初に出た紹介は、
安藤元雄「戦後詩とは何だったのか」
(「読売新聞」3月18日)、
次いで、富岡幸一郎「新たな創造への確信と覚悟」
(「産経新聞」4月7日)だったが、
その後、私自身へのインタビュー「私のいる風景」
(「読売新聞」4月19日)が掲載され、
「週刊読書人」5月23日号には、
和合亮一氏による書評が掲載されるとともに、
「現代詩手帖」8月号では、
笠井嗣夫・石田瑞穂・森悠紀三氏による書評特集が組まれた。

著者としては、こうした反響に、
それなりの手応えを感じるとともに、
次の仕事に背中を押される気持ちにもなるが、
すでに『潜在性の海へ』『戦後詩を滅ぼすために』に続く、
詩論集3部作の完結篇となる『都市の文書』は、
入稿できる状態になっているし、
『潜在性の海へ』のあと、
2005年から今日に至るまで、執筆してきた詩論も
4冊目の詩論集『アンティ・コスモス』を編むのに足る枚数になりつつある。

また、「天為」編集長、対馬康子氏を始めとして、
何人かの俳人から、俳句の現在を考えるための
アクチュアルな詩論として
受け止める評が俳句誌に発表されたのも嬉しい反響だった。

さらに刊行されたばかりの「交野が原」65号には、
「『戦後詩を滅ぼすために』によせて」という副題を持つ、
岡本勝人氏のエッセイ、「城戸朱理と東北盛岡」が掲載されている。

このエッセイは、書評であるとともに、
詩的風土としての東北を考察するもので、
私にとっても、たいへんに興味深いものだった。(つづく)
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2008年09月17日

『戦後詩を滅ぼすために』(思潮社)をめぐって、その1

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私の2冊目の詩論集『戦後詩を滅ぼすために』が、
今年の2月末に刊行されてから、
メディアに最初に出た紹介は、
安藤元雄「戦後詩とは何だったのか」
(「読売新聞」3月18日)、
次いで、富岡幸一郎「新たな創造への確信と覚悟」
(「産経新聞」4月7日)だったが、
その後、私自身へのインタビュー「私のいる風景」
(「読売新聞」4月19日)が掲載され、
「週刊読書人」5月23日号には、
和合亮一氏による書評が掲載されるとともに、
「現代詩手帖」8月号では、
笠井嗣夫・石田瑞穂・森悠紀三氏による書評特集が組まれた。

著者としては、こうした反響に、
それなりの手応えを感じるとともに、
次の仕事に背中を押される気持ちにもなるが、
すでに『潜在性の海へ』『戦後詩を滅ぼすために』に続く、
詩論集3部作の完結篇となる『都市の文書』は、
入稿できる状態になっているし、
『潜在性の海へ』のあと、
2005年から今日に至るまで、執筆してきた詩論も
4冊目の詩論集『アンティ・コスモス』を編むのに足る枚数になりつつある。

また、「天為」編集長、対馬康子氏を始めとして、
何人かの俳人から、俳句の現在を考えるための
アクチュアルな詩論として
受け止める評が俳句誌に発表されたのも嬉しい反響だった。

さらに刊行されたばかりの「交野が原」65号には、
「『戦後詩を滅ぼすために』によせて」という副題を持つ、
岡本勝人氏のエッセイ、「城戸朱理と東北盛岡」が掲載されている。

このエッセイは、書評であるとともに、
詩的風土としての東北を考察するもので、
私にとっても、たいへんに興味深いものだった。(つづく)
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2008年04月11日

『召喚』のこと



このブログを読んで下さっている方から、
『召喚』は、どこで入手できるのかという
問い合わせがあった。

私の第一詩集『召喚』は、80年代末には、
版元在庫切れになっていたため、
古書店で探すしかない。

ネットで検索すれば、見つかるかも知れないと思って、
そうお伝えしたところ、
やはり、見当たらなかったという。

しかし、それから間もなく、古書店を訪ね歩いて、
文京区の古書店で、『召喚』を見つけたという連絡があった。

求める人の前に、本は現れるということなのだろうか。

ちなみに値段は6千円だったそうで、
さらに詩誌「洗濯船」のバックナンバーも
何冊かあったというのだから驚く。

田野倉康一・広瀬大志・高貝弘也らに私も参加した
詩誌「洗濯船」は、号によって違うが、
古書店では3千円から8千円の値段がつけられているようだ。
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2008年04月09日

『戦後詩を滅ぼすために』(思潮社)をめぐって

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『戦後詩を滅ぼすために』の刊行から、ひと月。
大冊のため、書評はこれからになるだろうが、
早くも新聞紙上に評が掲載されている。

刊行後まもなく掲載されたのが、
「読売新聞」3月18日の安藤元雄「戦後詩とは何だったのか」。

さらに「産経新聞」4月8日の富岡幸一郎の連載コラム「旬を読む」で、
「新たな創造への確信と覚悟」と題して、
『戦後詩を滅ぼすために』が取り上げられた。

安藤元雄氏は本書を「詩というものを
巨大な文化史の結節点として捉えようとする」と評し、
留保を置きつつも次のように語っている。



言えるのは、このような広い視野での
思考をぶつけあうことによってしか、
道は開けないだろうということだ。



また、富岡幸一郎氏は、戦後文学と
それ以降の文学の可能性という視座から、
次のように語る。



城戸は、この「戦後詩」を滅ぼすために、
いや滅ぼすことによってしか、
日本語の詩の新たな創造はありえない、
との確信と覚悟を持って戦後詩壇に現れたのだった。



自著だけに、こうした評を読むのは、面はゆくもあるが、
評価も批判もともに、切実に受け止めていきたいと思っている。

『戦後詩を滅ぼすために』の書評は、
今後、「現代詩手帖」「週刊読書人」などに
掲載される予定である。
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2008年03月14日

詩論集『都市の文書』入稿へ

『潜在性の海へ』『戦後詩を滅ぼすために』に続く、
詩論集3部作の完結篇、
『都市の文書』の入稿原稿が完成しつつある。

内容的には、近代詩、現代詩についての論考を中心に、
アメリカ詩についてのエッセイや、
詩と朗読に関する考察、さまざまな書評、
そして、散文詩についての論考である
「都市の文書」を集成するもので、
全2著に劣らぬ大冊になる予定である。

詩論集3部作が完結すると、
私が20代のなかばから、
20年にわたって書き継いできた
2000枚を超える詩論のうち、
主要なものは、すべて単行本となるわけだが、
それは、さらに私に新しい仕事を
促すものでもあるのだろう。
posted by 城戸朱理 at 07:37| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月10日

『戦後詩を滅ぼすために』(思潮社)

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詩論集『戦後詩を滅ぼすために』が、ついに完成した。
今週なかばには書店に並ぶ予定である。

全体は4章で構成されており、
内容的には次のようなものである。


T アレクサンドリアの復興
「戦後詩を滅ぼすために」という標題のもと、
書き継いだ詩論群。

U 沈黙と哄笑
書評を中心に構成。

V 退唐のミメーシス
おもに詩人論を集成。

W三つ石伝承
風土と言語の関わりを考察すべく、
執筆した民俗学的論考。


第V章の最後の一文は次のようなものである。

はたして、いかにして、郷里を滅ぼすことが可能だろうか。

この問いに対して、書かれたのが、
第W章の「三つ石伝承」ということになる。

今回、この詩論集が完成するに及んで、
私自身、「三つ石伝承」のような考察を
さらに続けていくことの必要を感じたが、
それは、日本の原像を探るものになることだろう。
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2008年03月03日

詩論集『戦後詩を滅ぼすために』(思潮社)

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詩論集『戦後詩を滅ぼすために』が、いよいよ刊行される。

400字詰め原稿用紙で、おそらくは700枚以上、
400ページを超える大冊である。

先の『潜在性の海へ』と合わせると、
私がこれまで書いてきた詩論は、
およそ、千数百枚が単行本化されることになったわけだが、
今回は、1980年代後半、
私が20代に執筆した論考が中心となっている。

表紙の写真は、私が海外で撮影したもの。
表紙のタイトル下の
「The Regeneration of Alexandria」は、
当初、本書のタイトルに予定していた
『アレクサンドリアの復興』を山内功一郎氏に訳してもらった英題になる。

早ければ、今週末には書店に並ぶ予定である。

『戦後詩を滅ぼすために』が刊行されたならば、
次は、私が1990年代に執筆した詩論を集成する
『都市の文書』を準備することになるが、
この詩論集3部作が完結するまでには、
4冊目の詩論集『洪水の後で』の原稿も、
完成していることになると思う。

それ以降のことは、まだ分からないが、
私としては、西脇順三郎、柳宗悦、
道元といったモノグラフの
執筆に専念したいと考えている。
そして、いずれ3回目となる
「手帖時評」を書くことになれば、
その連載を中心に5冊目の
詩論集を刊行する日も来るだろう。
posted by 城戸朱理 at 07:54| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月28日

詩論集『戦後詩を滅ぼすために』(思潮社)刊行!

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私の20代の詩論を集成することになる
『戦後詩を滅ぼすために』の見本が出来(しゅったい)した。

最初の詩論集『潜在性の海へ』をしのぐ
400ページを超える大冊であり、
今でこそ、当たり前に語られるようになった
戦後詩の臨界を初めて語った詩論であるとともに
私にとっては、詩的思考の可能性を探る
出発点となった論考でもある。

来週末には書店に並ぶ予定なので、
ぜひ手に取っていただきたいと思う。
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2007年11月01日

詩論集『戦後詩を滅ぼすために』(思潮社)装丁出来(しゅったい)!

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私にとって、『潜在性の海へ』に続く
2冊目の詩論集となる
『戦後詩を滅ぼすために』の装丁案が出来上がった。

表紙の写真は、私自身によるもの。
英題『The Regeneration of Alexandria』は、
山内功一郎氏に考えていただいた。
もちろん、「アレクサンドリアの復興」という意味である。

内容的には、『潜在性の海』が
2000年代に執筆した論集であるのに対して、
『戦後詩を滅ぼすために』は、
1980年代後半、私が20代後半に執筆した詩論を集成するもので、
『潜在性の海へ』をしのぐ大冊となる。

すでに印刷・製本に入っているが、
版元と相談の結果、書店に並ぶのは、
来年、1月の予定である。
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2007年06月23日

自著の古書値

ときおり、古本屋の棚に自分の本を見つけると、
やはり、手に取って、どれくらいの値段がついているのか、
確かめてみるのは、もの書きの習性のようなものだろう。

萩原朔太郎も『月に吠える』が
定価の5倍という高値を呼び、
それをそのままにしておきたいという思いから、
絶版のままにしておきたいと思ったと
『月に吠える』再版の序文に書いている。
今では、『月に吠える』無削除版初版は、
300万円を超える古書値がつけられていることは、
言うまでもない。

朔太郎には比べるべくもないが、
私の第一詩集『召喚』も、
刊行から5年ほどは、早稲田の古書店街を歩くと、
何冊かを見かけたものだし、
値段も500円から1000円ほどだったが、
1990年を境に古書店では、見かけなくなり、
90年代の終わりには、
定価の4、5倍の値をつける古書店も見かけるようになった。
しかし、最近、驚いたのは、
『召喚』ではなく、私にとっては第三詩集に当たる『不来方抄』で、
なんと、東京のある古本屋が、
2万6千円という値付けをしているという知らせがあった。
友人から連絡を受けて、
素知らぬ顔で問い合わせてみたところ、
たしかに2万6千円とのこと。
『不来方抄』は、刊行から半年で売り切れ、
版元在庫切れになったが、
それにしても、この値段には驚いた。

一時は詩集もそれなりの値付けがされたものだが、
最近は人気のない戦後詩人の詩集は値崩れが目立ち、
店頭ワゴンに投げ出されるようになっている。
1970年以降、今までの
37年間に刊行された詩集のうち、
例外的に高値を付けたのは、
荒川洋治『娼婦論』と松浦寿輝『ウサギのダンス』で、
前者は今なら2万以下で見つかるが、
一時は2万4千円まで上がり、
後者はいまだに2万円はするだろう。
しかし、40部限定の吉岡実『薬玉』特装版のような
限定出版をのぞくと、今回の『不来方抄』は、私が知るかぎり、
ここ40年ほどの詩集の最高値ということになる。

持っていたら売りたいところだが(笑)、
あいにく残部は、ほとんどない。
おまけに、古書値がついても、
私には一円にもなるわけではないので、
喜ばしく思うとともに、
複雑なところがあるのも否めない。
posted by 城戸朱理 at 09:23| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月02日

『潜在性の海へ』(思潮社)

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私の最初の詩論集となる、
『潜在性の海へ』への感想が届き始めた。
装丁も大いに好評で、著者としては、嬉しいかぎりだが、
おかげで、続く2冊の詩論集の装丁案も固まってきた。
いや、より正確には、
さらに、そのあとの4冊目の詩論集まで
装丁のイメージが出来上がっており、
おそらくは、こんなふうにして、
ひとつの仕事が背中を押すようにして、
次の仕事が形を成していくのだろう。

『潜在性の海へ』の核となるのは、
1999年に発表した「海洋性ー世界は何で出来ているのか」から始まって、
2004年に「現代詩手帖」に連載した「手帖時評」だが、
それらの論考が「海洋性」というタイトルのもと、第T章を構成し、
書評など短文を集成した第U章「さまざまな波頭」、
ある潮流を作り出してきた詩人や作品を論じる、
第V章「海流を生むもの」という構成のなかで、
詩的言語の潜在的な海と海流が、
うねるように明らかになっていくことを、
著者としては目指したつもりである。
はたして、その意図が、
どのていどまで実現できたかは、私には分からないが、
第T章だけで、400字詰め原稿用紙、280余枚、
ぜんたいだと500枚以上になるため、
それなりに重量があり、
通読することに囚われず、
任意のページを選んで開き、
潜在性の海の飛沫を感じてほしいとも思っている。

予定されている詩論集、3冊の刊行が終わると、
ぜんたいで原稿用紙1500枚を超える論考が、
書物としてまとまることになるわけだが、
いざ、その段階になると、自分のしてきた仕事の量は、
これくらいだったのかという、すこし驚くような思いと、
このていどでしかなかったのかという思いが、
なかばするところがあるのは否めない。
posted by 城戸朱理 at 01:29| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする