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城戸朱理のブログ: 城戸朱理の本

2006年09月15日

城戸朱理詩論集『潜在性の海へ』(思潮社)、出来!

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私にとって初の詩論集となる『潜在性の詩へ』が、ついに完成した。

現在、見本が出来上がったところなので、来週には、書店に並ぶ予定である。



内容的には、一昨年に「現代詩手帖」に連載した「手帖時評」約260枚を中心に
2000年代になってから執筆した原稿を集成したもので、全体は400字詰め原稿用紙で500枚を超える重量になっている。


カバーのタイトルの英訳「Toward the Sea of Latency」は山内功一郎氏によるもの。


また、帯文は書かないという信念をお持ちであるにもかかわらず、
私信の一節を帯に掲げることを快諾して下さった吉増剛造氏の御好意で、帯には、次のような一文が印刷されることになった。




「大きな門」がひらく音が聞こえますー吉増剛造




世界を、そして存在と時間を詩の言葉は、どのようにして貫いていくのか。

この詩論集から始まった問いかけは、これから、私自身によって、
そして読者によって、さらに開かれていくことになるだろう。
posted by 城戸朱理 at 11:20| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月15日

『エズラ・パウンド長詩集成』(思潮社)について

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かつて、『海外詩文庫 パウンド詩集』(思潮社)の訳編を担当したとき、
私は、解説で次のように書いている。


パウンドは、20世紀のアメリカ詩の沃野の形成に大きな役割をはたすとともに、
現在でこそその輪郭を露わにしつつある重要な諸問題、
近代的自我の棄却、伝統と現代、翻訳の詩学、多言語的世界、
多文化主義(マルチカルチャリズム)、オリエンタリズム、ポスト・コロニアルっいった
実にさまざまな問題をはっきりと意識されたものではないにしろ
自らの詩の実践のうちに生きた詩人でもあった。
およそ「詩」に関わるすべての問題を自らの問題として生きたのが、
パウンドという詩人であったと言ってもいい。
ウィリアムズはパウンドとの出会いを次のように表現した。
パウンドとの出会い、それは紀元前と紀元後の違いであった、と。


こうしたパウンドの先見性と先駆的要素は、
『パウンド長詩集成』に収録した3篇の長詩にも、集約して現れている。
収録詩篇のうち、『プロペルティウスへの賛歌』は、本邦初訳。
紀元前1世紀のラテン詩人、プロペルティウスの劇場の恋愛詩を
パウンドが翻案したものであるが、
人間という主体が、自然に働きかけることで何らかの創作を行うという
近代的な芸術観を超えて、言葉から言葉を作り出していくようなスリルに満ちた雄篇である。
ギリシア神話のモティーフをちりばめたラテン詩の翻案だけに
さまざまな人名や地名が頻出するが、
遠藤朋之氏による詳細な「註解」を参照しながら読めば、
その詩的世界は十分に理解できるようになっている。
ぜひ、書店で手に取ってみてもらいたい。
ここには、いまだに汲みつくすことが出来ない、
詩の可能性というものがある。
posted by 城戸朱理 at 09:50| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月19日

『エズラ・パウンド長詩集成』(思潮社)、ついに刊行!

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事実は終わった。虚構に進もう。オートフォールの塔の一室に
アン・ベルトラン、日没のころということにしよう
赤く交差する光のなかで、リボンのような道が
南へ、モンテニャックへと伸びている。そして彼は机にかがみこみ
書き散らしてはくいしばった歯の間から呪詛を吐く

             (「ペリゴール近郊」より)


すでに、お伝えしたように『エズラ・パウンド長詩集成』が、
ついに刊行され、書店に並んでいる。
造本はフェイバー・アンド・フェイバー社の英国版選詩集にならって、
パウンドとともに前衛運動ヴォーティシズムを押し進めた、
画家・作家、ウィンダム・ルイスによるパウンドの肖像画を配した深紅の表紙で、
しかも、タイトルを黒の箔押しであしらい
パウンドの詩の強靭さと響き合うものになっているように思う。
「明日のために世界の壊滅を予告する詩」(モンターレ)とも評される、
2万7千行に及ぶ不撓不屈のダンテ的巨篇『詩篇(キャントーズ)』の
祖型とも言えるパウンド初期の3篇の長詩を集成するもので、
この1冊には、パウンドという詩人の祖型があると言ってもよい。
本書のための書き下ろしの「解説」、45枚を収録するとともに、
気鋭の研究者、遠藤朋之氏による詳細な「註解」をあわせて収録し、
パウンドの意図と、その詩的達成が多角的に理解出来るように構成されており、
20世紀最大の詩人にして、オデュッセウス、パウンドの
危険な魅力を開示する1冊になっている。
ぜひ、書店で手に取って、
優雅で凶暴なパウンド・サウンドを体感していただきたい。

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2006年07月13日

書籍など御注文のみなさんへ



このブログで、『吉岡実の肖像』、『T.E.ヒューム 全詩と草稿』、
そして「漂流物」シルクスクリーン・ヴァージョンの御注文を受け付けたところ、
思いがけず、北海道から九州まで、多くの方の御注文をいただきました。


厚く御礼を申し上げます。




御注文をいただいた書籍などは、本日、7月13日の正午までに、御入金を確認出来た分に関しては、すべて冊子小包で発送済みとなっております。

御到着まで、今しばらくお待ち下さい。


また、入金から一週間たっても、お手元に本が届かない場合は、御手数ですが、メールにて御連絡下さい。


本来ならば、おひとりずつメールを差し上げるべきところですが、ブログ上にて失礼させていただきます。


どうもありがとうございました。

posted by 城戸朱理 at 13:09| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月11日

『漂流物』シルクスクリーン・ヴァージョン

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『漂流物』(龍骨舎)
2006年7月7日、50部限定
テクスト・写真/城戸朱理
印刷/ギグル・プレス
エディション・ナンバー、サイン入り


龍骨舎を発行元とする〈草子〉のひとつとして制作された、
シルクスクリーンによる「漂流物」は、
私が撮影した漂流物の写真に言葉を添えたもので、
ノンブルは打たれていないが、私としては、
写真の額装したものの配列が、まずイメージとしてあった。
これは、「書物」ではない。
しかし、いずれ「漂流物」が一冊の書物としてまとまったときには、
この「漂流物」シルクスクリーン・ヴァージョンは、
まるで、書物のページがはぐれて、漂流しているように見えるかも知れない。




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2006年07月10日

書籍などの頒布について

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現在、下記3点の注文を受け付けています。


『吉岡実の肖像』(ジャプラン)、限定770部
頒価2500円(送料込み)


『T.E.ヒューム 全詩と草稿』(ジャプラン)、限定300部のうち250部のみ頒布
頒価1000円(送料込み)


「漂流物」シルクスクリーン・ヴァージョン、限定50部のうち20部のみ頒布
頒価3500円(送料込み)



御注文はkidoshuri@yahoo.co.jpまで、御希望のタイトルを明記のうえ、
郵便番号・御住所・お名前を御連絡下さい。

折り返し、銀行口座を御連絡いたしますので、入金確認後、発送させていただきます。


「漂流物」はエディション・ナンバーとサイン入りですが、
『吉岡実の肖像』と『T.E.ヒューム 全詩と草稿』に関しては、
サインを御希望の方は、おっしゃって下されば、サイン本をお送りいたします。
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2006年07月07日

『T.E.ヒューム 全詩と草稿』(ジャプラン)の造本について

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『吉岡実の肖像』に続き、鹿児島の高岡修氏によって、書物としての形を得た『T.E.ヒューム 全詩と草稿』は、
『吉岡実の肖像』と同じく、高岡修氏が装丁を手がけて下さったもので、当初、私がイメージしていた造本は、フランスのガリマール書店の
「ブランシェ」という版にならったものだったが、高岡さんは、大胆にも白黒を反転させ、よりヒュームにふさわしいモダニスティックな装いを与えてくれた。


しかも、カバーと帯は、鹿児島の印刷所で刷り上がってから、福岡の印刷所に送って、
薄いビニールをかぶせるTP加工を施し、高岡さん自身が自らの手で、手折りして仕上げて下さったものである。


鹿児島では製本所が潰れ、印刷所が製本も手がけるようになっているそうだが、印刷所の仕事だと、カバーや帯の折りが、きれいに仕上がらないため、
高岡さん自身が作業をするようになったとのことだが、こうしたことを聞くにつれ、どれだけの思いと労力が、1冊の本に込められているのか、改めて気づかざるをえない。


だからこそ、「書物」というものが、人を魅了するのだろうが。



『吉岡実の肖像』のカバーは、あたかも天体のような卵が、宇宙で黎明を迎えるような趣があるが、
あの黒は、たんなる黒ではなく、4色を重ねて発色させたもので、それだけに、深い奥行きが生まれている。


さらにTP加工が施され、強度を増すとともに、汚れにくくなっているのだという。



『T.E.ヒューム 全詩と草稿』も、4色印刷による黒につや消しとなるマットTP加工が施されるという仕様で、
神経が細やかに行き届いた造本となったのは、すべて高岡さん御配慮の賜物である。



私自身、詩を「発表」するということは、紙や書体を選ぶところから始まるものだと思っているが、
そうした思いを共有できる詩人であり出版人である高岡修氏に、本作りを委ねることが出来たことは、喜びと発見を伴う、嬉しい出来事だった。



モダニズムの先駆者の全詩集となる『T.E.ヒューム 全詩と草稿』は300部限定。うち250部を頒布する。


頒価、1000円。



この本は書店には並ばないので、注文は直接、kidoshuri@yahoo.co.jpまで。

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2006年07月06日

『エズラ・パウンド長詩集成』(思潮社)

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『エズラ・パウンド長詩集成』(思潮社)
2006年7月1日刊行
訳編/城戸朱理
註解/遠藤朋之
装画/ウィンダム・ルイス
装丁/思潮社装丁室定価2200円


20世紀文明の感受性の変革者、エズラ・パウンド。
彼によって、ロマン主義も象徴主義も過去のものとなったことを思えば、
その存在の重要性は、e.e.カミングズが指摘したように
物理学におけるアインシュタインのそれと
比較することが出来るだろう。
パウンドといえば、2万7千行に及ぶダンテ的巨篇『詩篇(キャントーズ)』が名高いが、
その紹介は、まだ新倉俊一先生による『ピサ詩篇』(みすず書房)があるだけで、
日本語で『詩篇』の全貌を知ることが出来るのは、当分、先のことになりそうだ。
私も『詩篇』のあるパートの翻訳を進めているが、
ここに訳出したのは、パウンドの初期の長詩3篇である。
パウンドがその詩的出発において意識したであろうヴィクトリア朝の詩人たちの方法、
ラファエル前派の絵画的な叙景、ロバート・ブラウニングの劇的独白といった詩法を織り成して、
中世的世界を歌い上げる「ペリゴール近郊」、
自らが主導したイマジスム、ヴォーティシズムといった
前衛的方法の結実であり、現代批判でもある「ヒュー・セルウィン・モーバリイ」、
紀元前1世紀のローマの詩人、プロペルティウスの詩を翻案し、
現代と重層化させる翻訳の詩学の先駆的実践、
「セクストゥス・プロペルティウスへの讃歌」(本邦初訳)。
この3篇を集成する書物は、世界に本書しか存在しないが、
パウンドが『詩篇』以前に発表した3篇の長詩こそは、
その詩的出発と同時に、あの巨大な『詩篇』の祖型(アーキタイプ)を示すものだと思う。
気鋭のパウンディアン、遠藤朋之氏による詳細かつ、
それ自体が見事なパウンド論であるような註解を付す。
来週後半には書店の店頭に並ぶ予定である。


posted by 城戸朱理 at 00:52| 城戸朱理の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月05日

『T.E.ヒューム 全詩と草稿』(ジャプラン)

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『T.E.ヒューム 全詩と草稿』(ジャプラン)
2006年7月1日、初版300部限定出版
装丁/高岡修
頒価 1000円


モダニズムの先駆者であり、哲学者として
20世紀の諸芸術の行方を予言したヒュームの全詩集が、
龍骨舎〈草子〉の1冊として、高岡修氏の造本によって、完成した。
本書に収録されているのは、草稿の断片を含むヒュームの全詩作であり、
この薄い書物は事実上、ヒュームの全詩集ということになる。
「あとがき」にも書いているが、「書物」とは、
1950年のユネスコ会議で、
表紙を除いて49ページ以上の不定期刊行物であると規定されているので、
本書も高岡修氏によって、「書物」としての体裁が整えられたわけだが、
それは、私にとっても思いがけない出来事となった。
ヒュームの詩作と理論から、エズラ・パウンドによるイマジスム運動が始まったことを思えば、
ヒュームとは英語文化圏における現代性の父親だったと言うこともできるだろう。
本書は一般書店では入手することが出来ない。
注文はkidoshuri@yahoo.co.jpまで。


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2006年06月12日

『地球創世説』(思潮社)

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『地球創世説』(思潮社)
2003年6月30日初版刊行
装丁/思潮社装丁室、写真/小野田桂子
定価2200円(品切れ)


巻末の「付記」に私は次のように書いている。


火山の島に渡り、降りそそぐ灰を浴びてから四十五日後、再び旅先にあった私を、一篇の詩が襲った。
「終わり」と「始まり」が言葉のなかで衝突するように。
名状しがたい晴れやかさのなか、十日ほどで書き上げたのが、ここに編む一冊である。


この詩集は今のところ、私の最新作ということになるのだが、
最初の一篇を書いたのは、愛媛県松山市でのことだった。
正岡子規国際俳句賞の選考等調整委員をつてめている関係で、
松山で開催されていた国際俳句フェスティバルのために、
松山を訪れたのだが、会場の愛媛県民会館で、シンポジウムの途中、
煙草を吸いにロビーに出た私は、突然、「もし黄金のナイフがあったなら
太陽を 刺し貫きたいと
思うのが、少年」という詩行に見舞われて、
そのまま、ロビーで一篇の詩を書きあげた。
それが、巻頭に収めた「高波の神話」なのだが、
この作品は、その後、依頼があって「読売新聞」2002年12月14日夕刊に掲載された。
そして、そのころ、私は、再び詩が降ってくるような思いのなかにいて、
この一冊に収録した詩篇を10日ほどで書きあげたのだった。
刊行は、その半年後になるが、この詩集は賛否が分かれ、著者としては、たいへんに面白かった。
しかも、新川和江さんが熱心に称揚して下さるていった例外はあったが、
おおむね、50代以上の「戦後詩」のフィールドに属する先行世代は批判的であり、
一方、20代から40代の若い世代からは好意的な評価が多く、
そのためか、わずか6ヵ月ほどて版元在庫切れになるという思いがけない支持を得た。
したがって、現在、書店に流通している分がなくなると入手できなくなるわけだが、
なかには、愛読のあまり、本が痛んだので3冊も購入したという人まで現われ、有り難いことだと思っている。
また広瀬大志氏によって、70枚に及ぶ『地球創世説』論がすでに「妖気」に発表されているが、
私自身は賞賛の言葉をそのまま信じるわけではないし、
批判の言葉に重きを置くわけでもない。
ただ、この詩集に寄せられた評価の違いは、そのまま旧世代と新世代に対応しているようにも思われて、興味深いものがあった。
それは、詩をめぐる時代の変化の、目に見えるかたちでの分水嶺であるのかも知れない。


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2006年06月06日

『召喚』の帯について



初めての本というものは、何から何まで分からないことばかりで、分からないなりに勉強して、少しずつ進んでいくしかないのだが、
装幀に関しては、すでに「洗濯船」同人の詩集、高貝弘也『中二階』、広瀬大志『水階』の装幀を担当していた清水将文くんが、
私と相談のうえ、『召喚』の装幀を考えてくれていたので、思うように形を成していったのは、有り難いことだった。



清水くんも「洗濯船」同人だが、絵を描いて、個展を開き、そのころは版画家、加納光於氏のアシスタントもつとめていた。


のちに吉増剛造『螺旋歌』の本文構成も担当したが、彼が美術やブックデザインの仕事を続けなかったのは、残念なことだと思う。


装幀も決まり、『召喚』の再校を書肆山田に戻したとき、私としては、すでにひと仕事終えた気分だったから、
「帯をどうなさいますか?」と書肆山田の大泉さんに尋ねられたときには、何も考えていなかっただけに途方に暮れた。


そのとき、ちょうど自著の打ち合わせか何かで、鈴木志郎康さんが書肆山田にいらっしゃったのだが、
「帯の背は〈愛の詩〉といったように〈〜の詩〉とするといいよ」とアドバイスを下さったので、背には単純に「連作詩」と打つことにした。


しかし、背以外の部分には、どんな言葉を入れたらいいのか、皆目、見当がつかない。


私は吉岡実氏に相談してみますと大泉さんに答え、結局、吉岡さんが快く帯文を執筆して下さることになったのは、
『吉岡実の肖像』(ジャプラン)に書いた通りである。


吉岡さんの帯文をいただいてから、『召喚』の詩句からの引用である「死者よ、とどまれ。」という一行を中央に引き、その左右に吉岡さんの文章を配したのだが、今にして思うと、
処女詩集で、そうしたことが実現したのは、忘れがたい思い出であり、いまだに信じがたいことであるような気もする。


とりわけ、吉岡さんが急逝されてからは、その思いが強い。


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2006年06月05日

『召喚』著者本

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装丁家としても知られた吉岡実が愛してやまなかった素材が、適当な粗さと光沢を持つ麻布、特上シュランクで、
吉岡さんの著作としては『薬玉』の背と『ムーンドロップ』、そして『吉岡実全詩集』に用いられている。


私もその素材感に憧れて、第一詩集を刊行したときに、特上シュランク装の著者本15部を作ったのだが、
私の手元に残っているのは、そのうちの5番で、1番を吉岡さんに献呈したほかは、友人たちに贈ったように記憶している。


ふつうの版はタイトルと著者名が背に空押しされているが、著者本は写真のように金押しで、奥付は別紙を貼り込み、番号を打った。


この本を手にしたときの吉岡さんの嬉しげな様子は、今でもありありと覚えているが、そのことは『吉岡実の肖像』(ジャプラン)に書いた通りである。


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『召喚』(書肆山田)

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詩集『召喚』(書肆山田)
1985年10月27日 初版500部刊行
装丁/清水将文
帯文/吉岡実
定価2000円(品切れ)



私の第一詩集となる『召喚』は、24歳から25歳にかけての半年で書き下ろした千行を超える連作長篇だが、その成り立ちについては、
『吉岡実の肖像』(ジャプラン)所収の「わたしの処女詩集のころ」に書いたので、ここでは繰り返さない。


当時は先行世代が後続世代を無視する傾向があからさまだった時代で、この詩集も一本の書評が出ることもなく、
「現代詩手帖」の詩書月評で岩成達也氏が取り上げて下さったほかは、翌年の新鋭特集の鮎川信夫、鈴木志郎康両氏による対談で、言及されたことがあっただけだったと思う。


しかし、私にとっては吉岡実氏が単行詩集に初めて帯文を寄せて下さったというだけでも、十分だったし、
のちに、『召喚』を熟読したという方々に出会い、さらに、より若い世代の声も聞くようになって、
書物というものは、その場ではこれといった反響がなくても、どこかに届くことがあるということを痛感したのだった。


刊行から四半世紀を経て、和合亮一氏が今月号の「現代詩手帖」の連載「詩人誕生」で 
『召喚』について論述してくれているのに触れ、私も久しぶりに書架から自分の最初の本を取り出してみた。



本文は活版印刷、貼り函に和紙の題箋をあしらった造本は、今日では不可能な手仕事だが、
この詩集の刊行当時は、こうした造本を試みることが出来る最後の時代だったのではないかと思う。


題箋には書名と著者名の間に、フランス語で「cite」という単語が印刷されているが、私の詩集のうち、同じように表紙に書名が外国語で並記されているものとしては、
『夷狄』(ギリシャ語)と『千の名前』(ラテン語)があり、いまだに形を成していない連作「世界の涯て World on the Edge」では、英題があらかじめ並記されている。

「cite」には、「召喚する」のほかに「都市」という意味があるのは、かつて評論家、陣野俊史氏が指摘した通りである。


この本には外函はまったく同じだが、カバーを違えた非売品の別装著者本15部が存在する。



『召喚』は4年ほどで、ようやく版元在庫切れとなったが、80年代後半には早稲田あたりの古書店を歩くと2、3軒で見かけたものだった。

それが、90年を境に古書店から姿を消し、90年代後半からは、定価の何倍かの値がつくようになっているが、
自分の著作を古書店の棚に見いだすのは、面はゆいもので、手に取ってみたいという気持ちと、
その前から、すぐに立ち去りたいという気分が相半ばするようなところがある。



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2006年05月31日

『吉岡実の肖像』の造本について

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生前、吉岡実が公にした散文集は『「死児」という絵』、『土方巽頌』、『うまやはし日記』の3冊。

そして『土方巽抄』の表紙には卵型のオブジェの写真があしらわれている。

土方巽から吉岡さんに贈られた中西夏之のアクリル製のコンパクト・オブジェである。

吉岡実と卵・・・

言うまでもなく、卵は初期吉岡実にとって、もっとも重要な詩的モティーフであり、象徴性を削ぎ落とされた究極の事物として現われるものにほかならない。

高岡修氏が『吉岡実の肖像』のカバー写真選んだのも、やはり卵であった。

スタジオで後方から光を当てて、卵の輪郭だけが輝くような写真をという案に、私もすぐさま同意したが、実際の撮影は難航したという。

卵を強力な接着剤で細い棒に付けて、中空に浮かせておくと、ライティングやカメラをセッティングしているうちに、
卵の重みで次第に棒がたわんで、位置が下がってしまい、また、1からやり直しになってしまうのだとか。

そんな苦労の結果、まるで曙光に輝く惑星であるかのような卵の写真が完成したのだった。

細心を極める装丁は、高岡修氏によるもの。

また、本文校正中に高岡さんから、吉岡さんの肖像画を自分で描きたいというお話があって、
はたして、

どのような絵が完成するのか期待していたら、結果は写真のような精緻なリアリズムの肖像画となって、私を驚かせた。


この原画は今、私の書斎に飾られている。


『吉岡実の肖像』は限定770部、定価2500円。

一般の書店では入手出来ないので、注文は、直接、版元のジャプランへ。

TEL 099ー251ー3783

FAX 099ー251ー0735

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2006年05月30日

『吉岡実の肖像』の成り立ち、その2



私が鹿児島での講演会に招かれて、高岡修氏と出会ったのは、2002年10月のこと。

空港まで出迎えて下さった高岡修氏は、まず車で桜島を案内して下さり、その夜は黒豚のしゃぶしゃぶを囲んでの大宴会。

翌日の講演も納得できる内容となり、その要約は「南日本新聞」(2002年10月19日)に掲載されたが、講演を誰よりも喜んで下さったのは、高岡さんだったかも知れない。

それからのことは、いまだに忘れることが出来ない。

鹿児島に2泊した翌日、私と高岡さんは長崎に向かった。

長崎で1泊した次の日には唐津に高橋昭八郎さんをお訪ねし、高岡さんは私を福岡まで送って、鹿児島に帰る予定が、さらに福岡に1泊、那珂川のほとり、中洲の屋台で夜遅くまで語りあった。

高岡さんがこよなく愛するサルバドール・ダリの大作「ポルト・リガドの聖母」を見るために、福岡市立美術館を訪れたのもこのときのことで、
昭和の大茶人だった松永耳庵のコレクションを見ることができたのも私には嬉しい経験だった。


この連日の宴会の間中、私と高岡さんは、冗談以外は詩を始めとする文学や美術の話ばかりしていたのだが、高岡さんが誰よりも吉岡実を敬愛していることは明らかだったので、
私は生前の吉岡さんの姿を語る『吉岡実の肖像』を高岡さんに、ぜひ読んでいただきたいと思った。

帰宅してから、久しぶりに『吉岡実の肖像』の原稿を取り出して再読した私は、懐かしさとともに、再び、この本を世の中に送りだしたいという気持ちに駆られた。

そして、もし、『吉岡実の肖像』を実際に本にするのなら、吉岡実を愛してやまず、詩人であるとともに出版人でもある高岡さんにお願いしたいと思ったのだった。

高岡さんは原稿を一読して、出版を決意、かなうかぎり美しい装丁を考えて下さることになった。

そのことを初めて話し合ったのは、翌年、鹿児島の知覧に残る武家屋敷を散策しているときだったように記憶している。

そして、その次の年に『吉岡実の肖像』は現実に書物となった。

それは、私にとってはいまだに信じがたいような出来事であって、もし、高岡さんとの出会いがなければ、
『吉岡実の肖像』は、いまだに原稿の束のまま、私の書斎の片隅で眠っていたかも知れない。

このようにして、『吉岡実の肖像』は誕生したのだった。

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2006年05月29日

『吉岡実の肖像』の成り立ち、その1




『吉岡実の肖像』の「あとがき」に私は次のように書いている。


本書は吉岡実氏の急逝後、求めに応じて執筆した追悼文、「吉岡実と指環」(「小説新潮」1990年7月)と「盛夏の人」(「現代詩手帖」1990年7月)に
「詩人の肖像 吉岡実」と題して「投瓶通信」(矢立出版)に94年3月から翌年5月まで連載したエッセイを一書に編み、さらに巻末に、本来は吉岡実氏の詩篇とともに小冊子として刊行することを予定していた小論を付したものである。


そして、この、ささやかな書物は95年には、刊行の準備が整っていたのだが、96年に見舞われた交通事故という私的な出来事によって、いっさいの余裕を失った私は、原稿を抱えたまま、それ以降を過ごすことになったのだった。

戦後50年に当たる1995年には私と野村喜和夫氏による「討議 戦後詩」の連載が、「現代詩手帖」誌上で始まり、それまで、その重要性は認められながら、詩史的には異端の存在として扱われることが多かった吉岡実の詩史的な定位を試みることになったが、
翌年には『吉岡実全詩集』(筑摩書房)も刊行され、吉岡実という詩人の再評価の気運が高まっていたころでもあった。

私もその一端を担うべく、ささやかなエッセイと小冊子の刊行を企画していたわけで、『吉岡実全詩集』の編集を担当された淡谷淳一氏から、筑摩での出版も打診されたが、
私としては、あくまでも、ささやかで私的なものとして、心ある人にそっと差し出したいという思いが強かったのを思い出す。

また、こうした吉岡実再評価の気運に対して、旧来の価値観と詩観のなかに止まり続けようとする旧世代からの反発も激しく、その急先鋒となったのが、北川透氏であったことは言うまでもないだろう。

『吉岡実全詩集』に関しては、私も「産経新聞」(96年5月5日)に書評を執筆しているが、松浦寿輝氏が「読売新聞」に書いた書評に対して、北川透氏が激しく反論し、それは『討議 戦後詩』への批判へと展開されていく。

あげくのはてに、北川氏は「鮎川信夫のほうが吉岡実よりも優れた詩人だ」といった趣旨の呆れるしかない発言をするに至る。

これは、まったく無意味な発言であって、ひとりの詩人のみならず、何かを真に選ぶということは、多数を比較して、より優れているものを選択するなどという主婦の買い物のようなものではなく、選んだものの前で、その他のいっさいが沈黙するということにほかならない。

「詩」を選ぶとか、「詩人」を選ぶというのは、そうでないかぎり、たかだか「趣味」を語るものにしかならないだろう。

北川氏のような主婦的選択では、鮎川信夫も浮かばれないというものである。

そして、こうした世界への北川氏の視座が、果敢で完成度が高いにもかかわらず、北川氏の詩を語るに足りないものとしているのではないか。

北川氏の詩集を通覧すると、どんなタイプの詩でも書き分けられるような卓越した技術はあるのだが、逆にそれは、このひとつという詩を氏がいまだに書きえない理由になっている。

少なくとも、私には吉岡実と鮎川信夫のどちらが優れているかなどということには、何の関心もない。

こうした、あれこれは、私が出口のない介護生活のあげく吐血して生死の境をさまよった2000年までのことで、療養を終えて、私がごくふつうの健康状態に戻ったのは、2002年のことだったから、私は5年もの間、病院から離れられなかったことになる。

そして、健康を取り戻すのと、時期を同じくして、旅に出る機会が増えていったのだが、そこで、運命的に出会ったのが、鹿児島の詩人、高岡修氏であった。(つづく)

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『吉岡実の肖像』(ジャプラン)

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『吉岡実の肖像』(ジャプラン)
2004年4月15日、初版770部限定出版
写真/谷山茂 装幀・イラスト/高岡修
定価2500円



私にとっては師父ともいうべき存在だった吉岡実は、いまだに、その作品が読者に「謎」を投げかけ続ける希有なる存在である。


実際、生前の吉岡さんを知るものにとっては、気取りのないべらんめぇ口調の江戸っ子だった吉岡さんと、
畏るべき詩的言語の創造者であった詩人、吉岡実とが同一人物であるとは、にわかには信じがたいことでもあって、奇妙な、それでいて快い違和感を覚えたものだった。



しかし、その違和感のなかに潜んでいたものこそ、詩人としての吉岡実をこよなく示すものにほかならなかったことは、
『吉岡実散文抄 詩神が住まう場所』(思潮社、詩の森文庫)の「解説」に書いたとおりである。



本書は吉岡さんの晩年、6年間に渡ってお付き合いいただいた、まだ若い日の私の目に映った吉岡さんを語るものであり、
吉岡さんを敬愛して止まないジャプラン社主にして詩人、高岡修氏との出会いによって、形になった随想集である。


その成り立ちについては別に書くことにするが、少なからぬ詩論や批評などの散文を執筆してきた私の、
最初の散文集が吉岡さんをめぐるエッセイ集だったということには、私自身が感興を覚えている。


この本は、一般の書店では入手することが出来ない。

注文は版元ジャプランに直接、連絡を。

TEL 099ー251ー3783

FAX 099ー251ー0735



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