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城戸朱理のブログ

2020年06月24日

人形町今半の牛肉で

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親友が人形町今半のすき焼き用牛肉を送ってくれた。

言わずと知れた東京の老舗だが、娘さんが就職したのだという。


なんと桐箱入り、見事な肉は一枚ずつシートでラップされている。

これは空気に触れて酸化するのを防ぐためだろう。



材料を買い出しに行き、バンビことパンクな彼女が醤油・酒・味醂を煮きって割下を作った。


京都の三嶋亭のやり方を真似て、まずは肉だけを焼き、砂糖をかけて食し、さらに塩だけ、醤油だけで肉の味を聞き分け、それからネギを焼き、割下を入れて、すき焼きにしたのだが、霜降りの和牛だけに2、3枚食べただけで満足感がある。



「こってりきちゃうなあ!」とバンビ。



たしかに、さすが人形町今半と思わせる牛肉だった。


翌日も、すき焼きをしたのだが、これだけの肉だと、塩か醤油だけでも十分に美味しい。
posted by 城戸朱理 at 10:59| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月23日

コロナ時代の読書~カミュ『ペスト』(宮崎嶺雄訳、新潮文庫)



コンビニでは雑誌のコーナーに文庫本も少し置かれているが、映画化やドラマ化された話題作が多い。

ところが、最近だと、近所のセブンイレブンにカミュの『ペスト』が並んでいる。

さすがに驚いたが、5冊ほど入荷した『ペスト』は数日で売り切れ、さらに2冊が追加で入荷したので、間違いなく売れているらしい。


新型コロナのパンデミックで注目されたためだが、まさかコンビニでカミュの著作を目にする日がくるとは思ってもみなかった。


私がカミュの『異邦人』や『ペスト』『シーシュポスの神話』などを読んだのは高校生のときで、当時はカミュの著作が文庫本の棚の一画を占めていたものだった。

そのころの新潮文庫版のカミュの著作は、銀色のカバーで統一されていて、なんとも格好よかった。


久しぶりに読み直してみたが、識者が指摘しているように、現在のコロナ禍の情況を予見するようなところが多々あって、目が醒めるようだった。


カミュの『ペスト』は、194X年に死病に襲われ封鎖されたフランス領アルジェリアのオラン市を舞台としている。

まるでドキュメンタリーのように読めるが、オラン市でペストが流行して封鎖された事実はなく、カミュによるフィクションなのだから、作家の想像力というものは恐ろしい。


政治家の危機感のなさや官僚的な責任回避と無為無策による感染の拡大、壊滅する観光、そして、買い占め、市民の諦念と楽観。

まさに、コロナ禍で経験したような事態が繰り広げられてゆく。


起こっていないのは、放火だろうか。

火事が頻繁に起こるようになったのは、オラン市の西口の別荘街。

作者はその理由を「喪の哀しみと不幸に半狂乱になった人々が、ペストを焼き殺すような幻想に駆られて、自分の家に火をつけるのであった」と説明している。

火による浄化には宗教的なイメージがつきまとうが、いかなる超越性も認めなかったカミュを思うと、この一節も意味の深度を変えるかも知れない。


私がとりわけ共感を覚えたのは、次のような記述である。


「この点に関して、たとえば人を力づけるなんらかのヒーローとか、めざましいなんらかの行動とか、古い記述に見られるそれにも似た真に観物(みもの)たりうるような何ものをもここに述べえないことが、どんなに遺憾なことであるかは、筆者も十分承知している。それはつまり、天災ほど観物たりうるところの少ないものはなく、そしてそれが長く続くというそのことからして、大きな災禍は単調なものだからである。みずからペストの日々を生きた人々の思い出のなかでは、そのすさまじい日々は、炎々と燃え盛る残忍な猛火のようなものとしてではなく、むしろその通り過ぎる道のすべてのものを踏みつぶして行く、はてしない足踏みのようなものとして描かれるのである」


「単調なもの」「はてしない足踏み」としての災禍。

コロナ禍もまた、そのようなものとして全世界を覆い尽くしたのではないだろうか。

ひたすら、それに耐える日々は、これからも続くのだろう。
posted by 城戸朱理 at 10:11| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3ヶ月ぶりのクルベル・キャン

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私が行きつけにしている鎌倉、裏小町のダイニングバー、クルベル・キャンが、6月5日にようやく営業を再開した。

5月の終わりから連日の締切に追われていたが、行かないわけにはいかない。

開店時間に予約を入れたのだが、滝澤貴シェフとはLINEで連絡を取っていたとはいえ、最後に寄ったのが3月5日だから、3ヶ月ぶりのクルベル・キャンである。



オーナー・バーテンダーの秋山正治さんも滝澤シェフもマスクをして、客数限定での営業再開だが、少しだけでも日常が戻ってきたようで嬉しかった。


カウンターに座って、私はジントニック、バンビことパンクな彼女はジンリッキー。

本職のバーテンダーに作ってもらうカクテルは、やはり格別である。


自粛生活のあれこれを話しながら、頼んだのは前菜盛り合わせとマッシュルームの石窯グリル。

コロナ対策で、ひとり分ずつ分けて供される。


ラフロイグ10年に少しだけソーダを入れてもらって、ミラノ風カツレツ。


シャンパン、Mummを開け、秋山さん、滝澤さんと再開を祝して乾杯した。


クルベル・キャンのパスタはポーションが少なめなので、バンビと相談して、ボロネーゼにミンチ海老とズッキーニのふた皿を頼んだ。



次第に常連が集まってきたが、かつてのように話ができるわけではない。

長居はせずに帰宅したが、コロナ時代にはバーで飲むのでさえ緊張を強いられる。
posted by 城戸朱理 at 01:28| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月22日

仔羊を煮たり、骨付き鶏を煮たり

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先月から、バンビことパンクな彼女がキッチンに立つことが増え、私は主に土釜で御飯を炊いたときの朝食と週末のピンチョス作りを受け持つことになった。

もちろん、ピンチョスだけを作るわけではなく、ほかにも調理はするのだが、執筆の合間の気分転換になる。

とりわけ煮込み料理だと、煮込んでいる時間はほかのことができるので効率がよい。


だから、週に一、ニ度は煮込みを作るのだが、バリエーションをつけるようにしている。

たとえば仔羊なら、クミンやコリアンダー、オイスターソースで北京風に仕立てたり、写真のように白ワインとトマトで煮たりもする。

これは仔羊のナヴァランというフランスの家庭料理。

本来なら煮汁をこして、もっとなめらかにするのだが、そのあたりは省略してしまうのが男料理というもの。



骨付きの鶏もも肉や手羽元は、骨からいい出汁が出るので、煮込み料理に向いている。

焼き色を付けてから、白ワイン、生クリーム、粒マスタードで煮込んだり、写真のようにオリーヴといっしょに白ワインで煮込んでもいい。

これを鴨で作ると、さらに旨みが増すが、骨付きの鴨肉はなかなか手に入らない。



今日は、砥石をふたつ、中砥と仕上げ砥を取り出して、久しぶりに庖丁を研いだ。

これで、調理がもっとスムースにできるだろう。
posted by 城戸朱理 at 12:19| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月21日

コロナ時代の読書~川勝義雄『魏晋南北朝』(講談社学術文庫)

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コロナ禍のおかげで、読書の傾向が明らかに変わった。


藤沢周氏から室町時代が舞台の小説は書けるのに、現代物は筆が進まないというメールが来たが、目の前の現実が一変してしまったのだから、それも当然かも知れない。

生活が激変してしまったので、藤沢さんも現代を舞台とする小説が書けなくなったのだろうし、私も読むのが辛くなった。

これは純文学に限ったことではなく、ミステリーでも同じで、手が伸びない。

こうした感覚は一時的なものだろうが、自粛生活に入って、私が熱心に読み耽っていたのは、川勝義雄『魏晋南北朝』(講談社学術文庫)だった。



私が『三国志』や『水滸伝』といった中国の物語に夢中になったのは小学生のときで、小学五年のとき、両親に連れられて初めて訪れた神田古書店街の信山社で岩波文庫版の『三国志』全10巻を揃えたものだった。

中国への関心は、その後も変わることなく、『論語』や『老子』『荘子』なども読み、小学、中学の読書感想文に『論語』を選んで書いたこともある。


それだけに、6年前、杭州に白居易(白楽天)や蘇軾(蘇東坡)ゆかりの西湖をたずね、北京から北上して万里の長城を歩いたときは感慨深いものがあった。

西湖には、中国史上、『三国志』の関羽と並ぶ武将として名高い抗金の英雄、岳飛を祀った岳王廟もあるのだから、なおさらである。



ところで、以前から不思議に思っていたことがあった。


後漢が滅び、魏・呉・蜀の三国が鼎立した『三国志』のような分裂の時代は、西晋による中国全土の統一で終わったわけではない。

西晋はわずか10年で「八王の乱」と呼ばれる内乱の時代を迎え、それから隋によって全土が統一されるまで、さまざまな国が興っては滅びていった。

後漢の末期から隋建国に至る「魏晋南北朝」の400年は政治的分裂の混乱期であり、西晋滅亡後は、五胡十六国の時代になる。

異民族の五胡の国に漢民族の国が勃興と滅亡を繰り返し、400年にわたって戦国時代が続いた。

にもかかわらず、この時代の中国の文化は、魏の建安文学の隆盛から始まって、書なら王羲之、絵画なら顧ト之、詩なら陶淵明、さらに南朝粱の昭明太子による隋唐以前の文学作品を収めた『文選』の編纂と実に華々しいものがある。

建安文学は魏の曹操(武帝)の庇護のもとで花開いたが、曹操の三男、曹植が「詩聖」と呼ばれ、王羲之が「書聖」、顧ト之が「画聖」と称されることからも分かるように、魏晋南北朝は分裂と混乱のなか、中国芸術のジャンルが成立した時代でもあった。


戦乱と文化的な隆盛がなぜ共存しえたのか。


この逆説が、長年の疑問だった。

川勝義雄『魏晋南北朝』は華北と江南の生産力の違いや社会の変容を明らかにすることで、おそろしく混乱した「輝かしい暗黒時代」を描き出す。


もちろん、安易な答えがあるわけではない。

ただ、中国における一貫した貴族制社会が、つねに教養ある文人であることを条件とし、武人が華々しい戦功を挙げたとしても、それだけでは貴族階級には受け容れられなかったという記述には教えられるものがあった。

このことは、これからも考えていきたいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 17:42| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月20日

料理に合わせて器を揃えてみると、その2

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5月29日、注文しておいた「じき宮ざわ」の料理が届いた。

取り寄せは3回目になるが、お願いしたのは前回と同じく「晩酌せっと」と「伝助穴子の薬膳鍋」。


バンビことパンクな彼女は「晩酌せっと」の箱を開けて、「ばちこが入っているよ!」と興奮の極致に。

日本三大珍味に数えられるのは、塩ウニ、このわた、カラスミだが、このわたはナマコの腸の塩辛である。

それに対して、ナマコの卵巣を天日干しにしたものが「ばちこ」で、三味線のバチの形をしているところから、そう呼ばれるようになったもの。

「ばちこ」ひとつを作るにも数十匹ものナマコが必要になるが、珍味にしては癖がなく、上品な香りと味わいが特長である。

三大珍味にひけをとらない。

純米酒にも吟醸酒にも合うが、普通に流通しているばちこは茶褐色で硬いのに、じき宮ざわ特製のばちこはオレンジ色で、半生のような柔らかさ。

こんな「ばちこ」は食べたことがない。



「晩酌せっと」は、前回と同じくカラスミと鰆の薫製が入り、ばちこと蛸の柔らか煮、大根とキュウリの醤油漬け、山菜のやぶれがさの佃煮という内容だった。



「宮ざわさん気分になる器を出してあげて!」というバンビのリクエストで、またもや器を揃えてみることになったのだが、なかなかに難しい。

今回は、北大路魯山人で器組みを試してみることにした。


鼡志野角皿を中心にして、奥に伊賀釉の鉢、織部向付、手前が薬膳鍋用に刷毛目茶碗、ここまでが魯山人。

取り皿に尾形乾山の土器皿、蓮華は清朝も末期の色絵で、箸置きには平安時代の猿投陶片。

乾山の土器皿は、前回の五客組の一枚ではなく、離れの一客を求めたもので、ひと回り小さい。


しかし、いざ盛りつける段になって、「ばちこ」に感激したバンビが、いちばん大きい鼡志野に懐紙を敷いて「ばちこ」をドーンと置いてしまったものだから、さらに器が必要になり、鰆の薫製は魯山人の絵志野に、タコの柔らか煮とヤブレガサの佃煮は、それぞれ古唐津の馬盥小鉢に盛ることになった。



ばちこは目が覚めるほど素晴らしいし、カラスミや鰆の滋味深さは言うまでもない。

バンビはタコのあまりの柔らかさに驚いたり、ばちこに感激したりと忙しい。


明石産伝助穴子と鶏つくねに野菜がふんだんに入った薬膳鍋は、相変わらずの美味しさで、酒を飲むのを忘れるほど。

鍋用の魯山人の刷毛目はバンビが使い、私は昨年、ソウルの仁寺洞の骨董屋で求めた李朝の白磁小鉢を使った。



色絵の蓮華は、東京で五客組を求め、さらにハワイのアラモアナのアンティークショップで同じものをニ客見つけて買い足したもの。

中国系の移民が持ち込んだのだろうが、思いがけない出会いだった。

蓮華は、古作もめったにないし、作る陶芸家も少ないので、器組みのときに苦労するもののひとつだ。


そう言えば、陶芸家として、ぐい呑みや箸置きを初めて作ったのは魯山人だが、魯山人は蓮華も作っている。

およそ、食に関わるものすべてに、自分が納得できるものを求めたのだろうが、その徹底ぶりには脱帽するしかない。
posted by 城戸朱理 at 18:58| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月19日

永澤康太「すべてのうたをわすれて あたらしいうたをうたう」

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3枚、あるいは4枚の紙をふたつ折りにすると、冊子が生まれる。

そこには数篇の詩が印刷されている。


永澤康太による「すべてをわすれて あたらしいうたをうたう」は簡素でありながら、実に魅力的なたたずまいを見せる。

作品は、日常のなかで、その常同性に抗いつつ、生命の光芒を探すもので、ここに至って、作者は自分なりの詩法を獲得した感がある。



傷は、傷のままで残った
かさぶたにはならなかった
とめどなくながれた結果
内と外が入れ替わった
魑魅魍魎があふれだした
蜘蛛の糸をつたって這ってでた
じゃぶじゃぶ池の真ん中で
遊んでた娘もまつさおに染まった
(「蒼白」より)




どの詩にも諦念がわだかまっているように思えるのだが、決して、そこに留まろうとしているわけではない。

作者の家庭や生活をうかがわせる詩行も散見するが、生活そのものを語ろうとしているわけではない。

現代の閉塞感と通低する息苦しさのなかで、狂気に傾きがちな心を抱えながら、正気を保とうとする静かな闘いの記録として読んだ。
posted by 城戸朱理 at 10:36| 詩誌・詩集評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

桃みたいな蕪???

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盛岡での所用を終え、5月27日に鎌倉に帰ったのだが、盛岡駅で野菜や果物を売っていた。

ふと目に止まったのが、「もものすけ」という蕪。

蕪なのに手で皮が剥け、桃のような食感のフルーツ蕪をうたっている。


おまえは桃を意識した蕪なのか?

それとも蕪のふりをした桃なのか?


200円だし、買ってみたのだが、たしかに皮は綺麗に剥けるものの、味の方はーー蕪だった。
posted by 城戸朱理 at 10:04| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月18日

コロナ下の暮らし



コロナ禍で、現金を使うことが、ほとんどなくなった。

買い物をするとしても食材と日用品のみ、支払いはカードを使うので、現金を使うことがない。



バンビことパンクな彼女は、夏の部屋着に麻の蚊帳生地のワンピースを新調していたが、軽くて涼しいらしい。

蚊帳生地の布巾も、実に使い勝手がいいのでストックしているが、洋服の素材としても夏向きなのだろう。


私は仕事で外出することがなくなったので洋服を買う必要がないし、部屋着も足りている。

買うものといえば本だけだが、古書店を回るわけにもいかず、購入するのは新刊書のみ。



世界的なブームとなった「あつ森」こと「あつまれどうぶつの森」をやってみたかったのだが、任天堂のSwitchが手に入らないし、プレミアもついている。

なんでも、コロナで中国製の部品が輸入できなくなったため、生産のめどが立たないのだという。

サプライチェーンの混乱はゲームにも及んでいることになる。


先行きの不安から、お金を使うことがためらわれるし、国内はともかく、海外に行けるのは、いつになるのか、まったく分からない。


6月15日の段階で、全世界の新型コロナ感染者は800万人を超えた。

アジアに続いて、欧米でも、ようやく感染拡大のピークは超えたようだが、南米では感染爆発が起こっており、終息の時期はいまだに見えない。

あるいは、今が混乱の始まりなのかも知れず、これから世界は、混迷の度合いを、さらに深めていくのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 16:20| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

吉浜食堂へ

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5月26日の夕食は、予約をしていた吉浜食堂へ。

神奈川から行くのですが、お店に行っても大丈夫でしょうかと確認してから予約を入れたのだが、コロナのおかげで、あれこれ気を使わなければならなくなった。


久しぶりの吉浜食堂は、メニューが一新されていた。


ビールで乾杯し、付きだしはワラビ。

南部かしわの玉子を使った小蕪と金美ニンジンのフリッタータは、トマトソースも自家製で、ニンジンが驚くほど香り高く、甘みがある。


吉浜食堂は、特産の「吉浜鮑」で知られる大船渡市三陸町吉浜で漁師をされている松川寛幸さんと奥さんの麻由さんの店だが、漁師さんの店だけに、刺身盛り合わせと焼き魚盛り合わせには唸った。

刺身はなんと、そい、ほうぼう、すずき、いしかれい、まこかれいと白身尽くし。

焼き魚の盛り合わせは、チダイ、みずかれい、まこかれい、そいのカマに、かじかの肝が添えられている。

普通、焼き魚を盛り合わせにすることはないが、麻由さんによると、漁師さんにとっては、よくあることなのだそうだ。

これも漁師料理なのだろう。

香りと味のバリエーションを楽しむことができる。


吉浜産塩ウニと海藻の天ぷらを当てに、寛幸さんおすすめの日本酒を順番にもらい、新メニューの吉浜風スープ・ド・ポアソンを。

これはフレンチの手法による濃厚な魚のスープで、実に豊潤な味わい。


締めは自家製の冷し麺。

コロナ禍で時間ができた寛幸さんが試行錯誤の結果、完成させた自家製麺の冷麺なのだが、蕎麦と間違えそうな風味で、見事だった。



吉浜食堂の外観は、お洒落なブティックにしか見えないが、料理はダイナミックでありながら繊細、酒も、日本酒、ワインともに選び抜かれた美酒が揃っている。
posted by 城戸朱理 at 16:19| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする