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城戸朱理のブログ

2017年06月11日

いかれバンビの悪だくみ???

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バンビことパンクな彼女は、紅茶党。

もともと、コーヒーはあまり飲まなかったのだが、最近、なぜか、コーヒーにハマり、あちこちから豆を取り寄せては、毎朝、ハンドドリップで淹れるようになった。

おかげで、美味しいコーヒーには不自由しなくなったのだが、コーヒーだけではなく、ひと晩かけて水出しした冷茶も、毎日、冷蔵庫に入っている。

ありがたいことだと思っていたら、冷蔵庫の脇に「冷茶制作」なるリストがマグネットでとめてあるのを見つけた。

作った日には、○が付いているのだが、余白には130円×116本=15080円という謎の計算が!?


「手作りだから、1本、130円として、このリストが埋まったら、15080円のお小遣いを城戸さんにもらおうという計画なんだよ!」
!!!!!!


なんと、バンビは冷茶を私に売りつけて、お小遣いをせしめようとしていたのである!!!


「ペットボトルは買わなくて済むし、美味しいお茶は飲めるし、バンビくんはお小遣いを貰えるし、一石三鳥というものなんだあ!」
・・・・・・


そう言われると、そんな気もするが、騙されてはいけない。

たんにお小遣いをゲットすべく、あの手この手を考えているだけなのだから。


パンクなだけに油断大敵、さらなる注意が必要である。
posted by 城戸朱理 at 13:47| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月09日

詩の容器

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フランスのロディアのメモ帳をよく携帯している。

耐水ペーパーだから、雨にも強く、旅行のときは欠かせない。

ミシン目があって切り離せるのも便利だが、逆に、せっかくのメモが散逸してしまうこともある。

そこで、書きとめた詩のメモを、蓋付きのガラス瓶に入れておくことにした。

この戦前のガラス瓶は、京都、寺町の古家具を主に扱うクラフト・キャンディ・ジョイで見つけたもので、吹きガラスだけに気泡が入り、味わい深い。

ここに詩のメモを投げ込んでいくと、ガラス容器じたいが、書物とは違った詩の器になっていくようでもある。


そこで、ふと思い出したのが、子供のころの憧れだった「おもちゃの缶詰め」のこと。

そう、森永チョコボールを買って、金のくちばしなら1枚で、銀のくちばしなら5枚でもらえた、あの「おもちゃの缶詰め」である。

もらった人と会ったことがないので、どんなおもちゃが入っていたのかは分からないが、おもちゃが缶詰めになっているというところが、子供には魅力で、憧れの的だった。

人間には袋であれ、缶であれ、箱であれ、何かしらの容器に入ったものに惹かれる習性があるのかも知れない。

マルセル・デュシャンの代表作のミニチュアを詰めたトランクは、ボックス・アートの先駆的作品だが、その制作をジョセフ・コーネルも手伝っている。

コーネルもまた、ひたすら箱のなかに世界を作ろうとしたアーティストだった。


「詩のガラス瓶」は、別に作品ではなく、あくまでも詩作のための準備だが、それでも、ボックス・アートと同じような欲求が潜んでいるのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 18:37| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月08日

岡晋吾の天平窯〜使い勝手がよすぎて困るもの?

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佐賀県の唐津で、初期伊万里と見紛う器を焼いている陶芸家が、天平窯の岡晋吾。

私は、2015年に鹿児島で開催された国民文化祭に出演したあと、天平窯を訪ねてみたが、京都は「ごだん宮ざわ」の宮澤政人さんも、窯に行ったことがあるそうだ。

それだけ、器好きに注目されているということなのだろうが、ここのところ、東京のデパートやギャラリーでも個展が、たびたび開催されている。


最初の写真は、銀座のギャラリーおかりやで6月14日〜19日に開催される「岡晋吾陶展 日本のかたちを求め」の案内状。

染付に白磁、李朝の鶏龍山を模した片口と、いずれも魅力的で、使ってみたくなる。

さらに、天平窯は酒器もいい。


実際、天平窯を訪ねたときに求めた色絵の小皿や染付皿、生がけの釉だまりが美しい白磁皿は、和洋を問わず料理が映えるし、サイズもいいものだから、食卓に並ばぬ日がないほどだ。

民芸運動を代表する陶芸家、河井寛次郎は、物を買う基準を娘に問われ、「誠実、簡素、健全、自由」と答えたそうだが、岡晋吾さんの器も、そうした条件を満たしているのだと思う。

ほかにも器はたくさんあるのに、使い勝手がいいものだから、バンビことパンクな彼女も、つい天平窯の皿に手が伸びてしまうらしい。


「でも、ほかにもいい器がたくさんあるんだから、岡晋吾さんのお皿ばかりじゃなくて、ほかのも使わないとね!」とバンビが言い始めた。


まったく、その通りである。

食卓に変化をつけるべく、北大路魯山人の絵志野皿や木の葉皿、織部の向付けなど、数点を桐箱から出して食器棚に移し、ふだん使いできるようにしたのだが、それでも天平窯の皿の出番は多い。


今度の個展も、時間があったら行きたいと思っているが、新作を求めたら、また、そればかり使うようになってしまうのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 11:00| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

一生モノの意味



中沢けいさんが、ツイッターで、一生モノの買い物と言えば、20代のころなら耐用年数50年は考えなければからなかったが、もうすぐ還暦となると、一生モノと言っても、せいぜい20年、いや10年の耐用年数があればいいといった主旨のツイートをされていた。

私は中沢さんと同い年なので、深くうなずいてしまったが、モノの意味が、年齢によって変わっていくのは、実に面白い。


雑誌などが、高価なモノを「一生モノ」として推奨したりするが、実際は、一生使えるものなど、めったにあるものではない。


身の回りを見回してみると、私が長年、愛用しているものと言えば、16歳のとき、父親が選んでくれたスウェーデン製のデスクがいちばん古く、40年以上になる。

20代なら、20歳のときに買ったアメリカ、イーグル社製のデスクライトと資生堂ザ・ギンザで求めたブックエンドにペン立て、それにモンブランとオマスの万年筆くらいだろうか。

家電の耐用年数は10年ていどだし、洋服は流行があるから、一生モノと言えるのは、むしろ包丁や鍋などのキッチン用品だろう。

実際、20代なかばのときに求めた業務用のアルミの寸胴など、いまだにパスタを茹でたり、シチューを煮込むときに重宝しているし、鉄製のフライパンも現役である。

有次や正本の包丁を砥石とともに揃え、鋳物ならフランスのル・クルーゼやストゥブ、ステンレス多層構造の無水鍋ならアメリカのビタクラフトやドイツのフィスラーなどを若いうちに買っておくと、長く使えるわけだし、結局は得かも知れない。

つまり、一生モノなどといったものは、実はそれほどあるわけではないということになる。


例外は、やはり本だろうか。

書架を見ると、11歳のときに神田で揃えた『三国志』(岩波文庫・全10巻)や15歳のときに求めた蒲松齢『聊斎志異』(柴田天馬訳、角川文庫・全4巻)、高校生のときに買った粟津則雄訳『ランボオ全詩』や父から譲られた『ヴィリエ・ド・リラダン全集』など、10代のころから持っている本も少なくない。

20代に求めた本となると、さらに多く、自分の思考の方向性を決定した感がある。

そう考えると、若いうちに「一生モノ」の本と出会うか否かが、いちばん大切なような気がする。
posted by 城戸朱理 at 07:27| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月06日

鰻の串焼きで、その2

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短冊は、タレと塩で。
塩焼きにはワサビが添えられているが、鰻は塩焼きにすると、川魚の風味が強くなるのが面白い。

やはり、タレ焼きが考案されてから、鰻が独立した料理になったのが、よく分かる。


食事は鰻重をふたりで取り分ける。


バンビとほろ酔いで、部屋に帰ったのだが、鰻を肴に飲むと、飲みすぎないのがいい。
posted by 城戸朱理 at 14:14| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鰻の串焼きで、その1

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朝食は取らずに「まんぱく2017」に出かけたのだが、気づくと一万歩近く歩いていた。

フードフェスもディズニーランドのようなものかと思いながら、ホテルに戻って、小憩。


夜は、バンビことパンクな彼女と相談し、先日、設楽実氏に連れていってもらった鰻の串焼きの店「うなくし」に行くことにした。

鰻のさまざまな部位を串焼きで出してくれる店は、渋谷のうな鐵や荻窪の川勢など、都内に何軒かあるが、高柳克弘・神野紗希夫妻によると国立にもあるらしい。

たしか「うなちゃん」という店だったと思うが、開店と同時に常連で満席になってしまうため、なかなか暖簾を潜れないのだとか。

立川の「うなくし」は、テーブル席がメインなので、その点、気楽である。


ビールは、「赤星」ことサッポロのラガー。

突き出しは、バンビ好みのもずく酢。

まずは、トマトとつるむらさきのお浸し、冷やしトマト、奈良漬のマスカルポーネチーズ、肝わさびを頼み、乾杯する。

湯剥きしたトマトのお浸しは、出汁が染みて美味しい。

マスカルポーネと奈良漬の組み合わせも秀逸だった。

肝わさびは、茹でた肝を出汁に浸し、ワサビを添えたもので、肝刺のバリエーション。


串焼きは、ひと通りを頼んでみたら、まずは鰻の背のくりからと肝焼き、それにニラを巻いたヒレ焼きが出た。

鰻串となると、やはり日本酒を頼まないわけにはいかない。

ヒレ焼きは、鰻串の定番だが、ニラと鰻の風味が実によく合う。

川勢だと、蓮根の細切りをヒレで巻いたものもあったっけ。
posted by 城戸朱理 at 14:12| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

まんぱく2017@立川・昭和記念公園

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翌日の試写に備えて東京泊まりになったので、日中は、立川の昭和記念公園で開催されている「まんぱく2017」に行くことにした。

なぜか、ロッキングオン主催、日本最大級のフード・フェスティバルで、「まんぱく」とは「満腹博覧会」の略なのだとか。


これが凄かった。

ラーメン、餃子から、蟹や牡蠣などの海鮮、そして、名古屋コーチンの親子丼、牛舌、ステーキ、ビーフカツレツ、さらにはスイーツまで。

会場をひとまわり見て歩くだけでも小一時間はかかる。


バンビことパンクな彼女と相談し、まずは、「みやぎ石巻 かき小屋」の焼き牡蠣とチーズ焼き牡蠣、「大洗 カニ専門店かじま」の本ずわい蟹かにみそ甲羅めしを買って、秋田の地ビールを。

さらにA4・A5ランクの上州和牛を使った「上州和牛 とろける和牛のステーキ」で、角切りとロースのステーキセット、「十勝牛とろ丼」のハーフをもらって、厚木の地ビール飲みくらべセットを買う。


ほかにもアワビのステーキやオマール海老がまるごと一匹乗ったピザなど目移りするほどだったが、会場は若いカップルや家族連れで賑わっていた。


さらに仙台の牛舌の利久で、まんぱく限定の牛舌焼きを買ったのだが、これは、たこ焼きのタコのかわりに牛舌が入っている。


なぜ、ロッキングオンが主催なのかは分からないが、実に楽しいフードフェスだった。
posted by 城戸朱理 at 13:08| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鯨井謙太郎の新作コレオグラフ「桃」の稽古へ

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笠井叡さんの天使館でオイリュトミーを学んだ鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)氏は、昨年、初のソロ公演となる「灰のオホカミ」を発表、自らの肉体でもって、旧来のダンスのコンテクストを振り切るかのような踊りを見せた。

その鯨井氏が新作のコレオグラフを準備中で、なぜか、稽古を観に来て欲しいという連絡が。


タイトルは、「桃」。

何事かと思ったら、鯨井氏は、吉岡実の詩から感得した「桃」をテーマに、それを量子力学的な解釈によって身体化しようとしているらしい。


「シュレディンガーの猫」ではないが、観察者の存在によって、ダンスの変容をはかるべく、私の視線が必要とされたということか。


かくして、5月25日に、国分寺のもとまち公民館での稽古を観に行くことに。

今回の新作コレオグラフは、構成・演出・振付が、鯨井謙太郎。

出演者は、鯨井氏とユニット〈CORVUS〉を組む定方まこと氏が、音・ピアノも担当し、桃澤ソノコ(オイリュトミスト)、大倉摩矢子(舞踏家)、四戸由香(ダンサー)と、ダンスのジャンルを越境した顔合わせになっている。

舞踏とコンテンポラリー・ダンス、そしてオイリュトミーでは、身体の造られ方が異なるが、その差異がどんな融合と離反を見せるのか、まだ構造を手探りしている段階だったが、通常のダンスの力学ではない方法を、鯨井氏が模索していることは、稽古からも見えてくるようだった。


「桃」の公演は、神楽坂セッションハウスで、7月8、9日。

詳細は追って、お知らせするが、私は、かなうなら、2日間の全3公演を観たいと思っている。
posted by 城戸朱理 at 12:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月02日

吉岡実『薬玉』『ムーンドロップ』のこと

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吉岡実晩年の詩集『薬玉』『ムーンドロップ』の2冊は、今のところ、古書で求めるか、『吉岡実全詩集』を買わないと、読むことが出来なくなっている。

『全詩集』となると、10万を超える古書値がつくことがあり、『薬玉』『ムーンドロップ』も、かなりの古書値を呼ぶ。

若い世代の人たちに、手軽に後期吉岡実が読めるようになるためにも『現代詩文庫 続々・吉岡実詩集』が出るといいのだが、今のところ、頓挫したままだ。

実は10年ほど前に、刊行の企画はあった。

『現代詩文庫 続・吉岡実詩集』の裏表紙の推薦文を私が書かせていただいたあと、思潮社の小田久郎会長から打診があり、『薬玉』『ムーンドロップ』を中心に、『現代詩文庫』未収録作品も収録する一冊を私が編纂したのだが、事情は分からぬものの、企画自体が頓挫してしまった。


次の世代に、吉岡さんの晩年の詩を手渡す機会が失われたのは、今でも残念だ。


吉岡実といえば、初期の『静物』と『僧侶』、中期の引用の詩学の達成である『サフラン摘み』と『夏の宴』が頂点を形成しているが、後期の『薬玉』と『ムーンドロップ』も、それらと並ぶ高峰であり、シュルレアリスムが土着化し、神話と通底するかのような趣きをたたえている。


これは『吉岡実の肖像』(ジャプラン)にも書いたが、装幀も手がけた吉岡さんは、装幀用の麻布である特上シュランクをこよなく愛していた。

『薬玉』はイタリア製の深みがある紫の紙が表紙になっているが、背に使われているのが、特上シュランクであり、『ムーンドロップ』、さらには『吉岡実全詩集』も特上シュランク装になっている。


また、『薬玉』には、通常の版以外に表紙の色が違う著者本、さらには限定の特装版もあり、愛書家を悩ませている。


写真が、『薬玉』特装版で、限定40部。

ダンボールの保護函を開けると、濃紫のクロース貼りの箱に本が収められている。

表紙は、小野麻里による手描染布で背革という造本。

本文紙は、耳付きの雁皮紙で、吉岡実による毛筆書きによる一葉が挿入されている。


20代の私には高い買い物だったが、当時でも目にすることがなかったほど凝った造りで、吉岡さんの没後、陽子夫人から形見として贈られた「静物」の自筆ペン書き原稿、さらには『僧侶』とともに愛蔵している。
posted by 城戸朱理 at 06:46| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月01日

広瀬大志デビュー!?

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昨年、10月29日に、現代詩文庫刊行を記念して開催されたイベント「田野倉康一×広瀬大志 80s⇔2010s」でのトークのテープ起こしが、「現代詩手帖」編集部から届いた。

田野倉・広瀬両氏に高貝弘也氏を加え、私が司会を担当したトークである。


30数年来の詩友とのトークだけに感慨深いものがあるが、そこに驚愕のニュースが。

なんと、広瀬大志くんが、先月の前橋ポエトリー・フェスティバルで、演歌歌手・広瀬川たいしとしてデビュー、自作のムード歌謡「前橋恋時雨」を披露したというのだ。

しかも、年内にCDも発売されるそうで、写真のジャケットが会場で配布されたらしい。

話は聞いていたが、まさか本気だとは思わなかった――


広瀬大志くんは、モダンホラー・ポエトリーの創始者として、若い世代から絶大な支持を受けているが、ムード歌謡が支持されるとは思えない。

そう、思っていたら、なんと前橋の奥さま方が、広瀬川たいし後援会を組織するという動きもあるそうで、何がどうなっているのやら、あまりに面白い状況に。


もっとも、大志くんの歌の上手さは舌を巻くほどで、社会人になって会社で作ったバンドでもヴォーカルを担当、スティービー・ワンダーの「伝説」をシャウトしたテープを聞いたときは、プロ並みの歌唱力に圧倒されたこともある。

ちなみに、そのテープは今でも大切にしているが、まさか冗談を本気でやらかす日が来るとは思わなかった。

面白すぎるが、はたして、本当にいいのだろうか、これで?
posted by 城戸朱理 at 07:57| イベント告知など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする