サーチ:
キーワード:
Amazon.co.jp のロゴ
城戸朱理のブログ

2017年11月29日

エッセイの打ち合わせ




かまくら春秋社の山本太平さんから連絡があり、24日(金)は、若宮大路のかまくら春秋社に行った。


鎌倉で飲み歩いてはエッセイを書くという「夜の鎌倉」という企画の打ち合わせのためである。





これが仕事でいいのだろうか?


たんに飲み歩くのであれば、いつもやっていることと変わらないし、それを原稿にするとしても苦労するわけではない。



これはユートピア、「われアルカディアにもあり」だなと渋沢孝輔さんの詩集のタイトルを思い出しながら打ち合わせに臨んだのだが、私が勝手に「かまくら春秋」誌の連載と思っていたところ、渡された企画書を見たらーー単行本の企画だった。


別に雑誌連載でも単行本でもやることに変わりがあるわけではない。


ただし、軒数は増えるので、飲みに行く店が増えるだけである。




私に尻尾があったら、パタパタ振っているところだ。



しかし、気づいてみたら、尾崎左永子さんの歌誌「星座」に掲載される学生の詩の選評に、北海道東和町にある椅子博物館の図録に寄せるエッセイと、かまくら春秋からの依頼が重なっている。


飲み歩くのが先か、執筆が先か、迷うところである。




伊藤玄二郎代表から聞いたのだか、鎌倉の飲み屋で日本酒というと、小林秀雄が好んだ立山、永井龍男が好んだ八海山、そして里見ク常飲の菊正宗が御三家なのだとか。



小町通りの奈可川では、柳川鍋を出したところ、小林秀雄に「こんなのは柳川じゃねえ、俺の言う通り作ってみろ」と言われて、それを永井龍男に出したところ「こんなのは柳川じゃねえ」と言われ、
それ以来、小林風柳川と永井風柳川がメニューに載るようになったそうだが、天ぷら・ひろみにも、小林秀雄が好んだ天種の小林丼と、小津安二郎監督の好みの小津丼がある。



かつての鎌倉文士は、肩で風を切っていたと伊藤代表が言っていたが、江藤淳のように飲み歩かなかった文士は、何の逸話もなかったりするのだから、飲み屋というのは不思議なところだ。




一方、田村隆一のように逸話だらけの詩人もいるが、田村さんが日参した長兵衛も、今はない。


田村さんは「かまくら春秋」の連載が、詩集『夜の江の電』になったが、私も飲み歩くかたわらで詩を書いてみよう。





打ち合わせのあとは、山本太平さんとクルベル・キャンに繰り出し、この企画にふさわしく、飲みながら、さらに具体的な打ち合わせをしたのだが、やはり仕事とは思えない好企画である。


誰にとっていいのかは問題だが、考えれば解決するのが問題というものではないか(?)。

posted by 城戸朱理 at 09:05| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月28日

荻窪のもつやきカッパ

IMG_9123.JPG




「お話は何度も聞いたけど、行ったことないから、
バンビくんを荻窪のカッパに連れていってあげて!」



バンビことパンクな彼女が騒ぎ出した。



「連れてってあげてよ〜」



荻窪のカッパは、もつ焼きの専門店。


なぜ、何度も話に出たかというと、焼き鳥屋としては、初めてミシュラン・ガイドで星を獲得した銀座バードランド店主、和田利弘さんが、新しい弟子を勉強のために必ず連れていく店が二軒あって、そのうちの一軒が、カッパなのだ。


ちなみに、もう一軒は京橋の伊勢廣。

伊勢廣は、創業大正10年(1921)、高級焼き鳥店の先駆けとなった老舗だが、カッパはまったく逆で、ひと串100円という廉価店。


扱うのは豚のもつ焼きだが、鮮度がいいうえに、丁寧な下処理をしているのだろう、これがもつなら、ほかの店で出しているのは何なんだと思えるほどで、癖になる。



私は、最初、和田さんに連れていってもらったのだが、荻窪に住んでいたころは、ふらりと飲みに行ったものだった。



バンビが騒ぐので、高円寺に行く前に、荻窪まで足を伸ばし、久しぶりにカッパを訪ねた。


雰囲は昔と変わらないが、御主人は引退し、今は若い息子さんが焼き台に立っている。


焼き物はタレか塩で頼むのだが、五香粉が香るタレは健在で、まず、レバーにヒモやトロといった白もつを頼んだのだが、タレのせいか、老酒と相性がいい。


バンビは、物凄く気に入ったらしく、次々に追加注文をしている。




「53本くらいは食べれちゃうね!」



いくら何でも、50本は食べ過ぎだが、3本という端数は何だろう?


パンクだから、意味不明なのだった。



カッパは、酔客入店禁止、しかもビール以外の酒は三杯までという決まりがあるので、泥酔する客はいない。


みんな、軽く飲みながら、十数本の串を食べては立ち去っていく。



中野と吉祥寺にも、系列店があるそうだが、テレコムスタッフの寺島高幸社長や宮内文雄撮影監督も気に入りそうな店だ。



そして、翌日。




「もつ焼きが食べたいね〜

今日もカッパに行くのは、どうかな?」



バンビは、すっかり気に入ったようだが、ふらりと立ち寄るならともかく、もつ焼きを食べるためだけだとしたら、荻窪はあまりに遠いーー
posted by 城戸朱理 at 03:00| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オイリュトミー公演「おしごとは呼吸すること」

IMG_9125.JPG




11月22日(水)は、再び東京へ。


柳美里さんが、移動中にiPhoneのアプリ「iライターズ」で原稿を書くことがあると言っていたが、バンビことパンクな彼女がインストールしてくれたので、車中で原稿を書いてみることにした。

これが、意外と使いやすく、新宿に着くまでに「鎌倉ペンクラブ会報」に寄せる原稿、5枚弱を書き上げることが出来た。


バンビを連れていく約束をしていた荻窪のもつやき専門店カッパに寄ってから、高円寺の劇場「座・高円寺2」に向かう。


入場するなり、バンビが「貴子ちゃんだ!」と手を振っているので、見たらミュージシャンの嶺川貴子さんではないか。


嶺川さんもバンビに手を振っている。


思いがけないところでお会いすることになったが、嶺川さんは、誰かに招かれたわけではなく、興味を覚えていらっしゃったそうだ。




笠井叡さんの天使館でオイリュトミーを学んだ野口泉さんによるオイリュトミー公演「おしごとは呼吸すること」は7時の開演。


この公演は、「呼吸」の意味を問い直すことで、世界と私たちの関係性に思いを馳せるものだった。

出演は、野口泉、三上周子、清水靖恵、オイリュトミスト3人。


朗読が、甲田益也子、灰野敬二。


甲田さんは、1980年代に「an・an」の専属モデルとして活躍され、その後、レコードデビューされたが、憧れの人だけにバンビが興奮している。


たしかに甲田益也子さんと嶺川貴子さんが同じ会場にいるというのは、驚くべきことかも知れない。



公演は、エスキモー族の「魔法の言葉」やアイヌの昔話「口くらべ」や「バガヴァット・ギーター」などのテクストの朗読をはさみながら、空間に意識の流れを作り出すかのようだった。




野口泉さんのお父さんは、アスベスト禍で亡くなられたが、その最期は泉さんの腕のなかだったという。

パンフレットから野口さんの文章を紹介しておこう。




それからしばらくして父はベッド脇に置いてあった椅子に移動しようとしました。ですが、体勢を変えようとした拍子に激しく呼吸困難に陥ったため、私が両脇から体を支える形になりました。

この数ヶ月でかなり体重が落ちていたとはいえ、父はとても重く私ひとりの力では支えきれずに、椅子のそばにしりもちをつく体勢になりました。

父はとても浅く短い息で、苦しい様子が全身から伝わってきました。私の両腕は父の上半身を支えているため呼吸器をつけてあげることもできません。かなり乱れている呼吸が整うのをそのままの体勢で待っている時でした。

父は突然、とてつもなく長い深呼吸をしたのです。まるで高原の香りを胸いっぱいに吸い込むかのような、あるいは刷毛で真っすぐ天に向かって線を引くような、清浄というより他に表しようのない呼吸でした。そして次に息を吐いた時、戻ってきたのは父の肉体だけでした。




呼吸を終えるとき、人間は、この世界から旅立つ。

つまり、呼吸とは生の証であり、生きているものにとっての仕事にほかならない。


だから、「おしごとは呼吸すること」というタイトルに込められた意味は、限りなく深いものがある。


最近、ダンス公演といえば必ずのように顔を合わせる遠藤朋之和光大准教授と鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)さんと、しばし、立ち話。ついでに記念撮影。


その後、遠藤先生とビールを飲みつつ、感想を語り合い、終電で鎌倉に戻った。
posted by 城戸朱理 at 02:23| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月27日

ヴィヴィアンで貰ったもの

IMG_9117.JPG



ヴィヴィアンのイベントでは、受付で来場者全員にお土産のハンカチがプレゼントされたが、ほかにも射的やピンボールで、さまざまな景品が用意されていた。


とりわけ、ピンボールはA〜D賞があって、D賞でもソックスやストッキングが貰える。


A賞は、なんとレザーの長財布だった。


バンビが欲しがっていたモールスキンのノートは、私が射的でゲット。



結局、このイベントで約6万相当のヴィヴィアン・グッズを貰って、バンビは、帰途についたのだった。




ヴィヴィアン・ウェストウッドは、かねてから環境問題に積極的に関与してきたが、衣類も長く着られるものを、というコンセプトがある。


襟がハート型になったアイコンのラブジャケットなどは素材やデザインを変えて、毎回、コレクションに登場するが、
ラブジャケットが最初に発表されたのは、1987〜88年A&Wの「ハリスツイード」コレクションだから、30年近く同じデザインを踏襲しているわけで、ほかにもパターンや素材など特徴的なものが多い。


とはいえ、定番というわけではなく、つねにアバンギャルドで流行とも無縁である。


それだけに、数年前、十数年前のアイテムを新作とコーディネートしても違和感がないものだから、バンビも自由に組み合わせている。
posted by 城戸朱理 at 12:32| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月26日

牡蠣フライの季節

IMG_9019.jpgIMG_9022.jpg



イベント前に食事をするべく、久しぶりに鎌倉駅西口の勝烈庵へ。

カツレツの専門店なのに、棟方志功の作品が飾られた店内は、いつも年配のお客さんが目につく。


バンビことパンクな彼女に言わせると「年を取っても食べられるトンカツ」ということになるが、この店の揚げ物は、軽やかで、もたれることがない。



バンビは大好物の牡蠣フライを、私は若鳥フライ定食に牡蠣フライ2個を追加。

若鳥フライをふた切れ、バンビに上げる。


バンビは、別オーダーのタルタルソースも注文して、牡蠣フライをソースとタルタルソースで。

私は、牡蠣フライに塩で、ビールを飲んだ。


勝烈庵は、パン粉もマヨネーズもソースも自家製だが、何種類ものフルーツを使ったソースが素晴らしい。
posted by 城戸朱理 at 09:28| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Vivienne Westwood Winter Street Festival!

IMG_9066.jpgFullSizeRender.jpgFullSizeRender0001.jpgIMG_9104.jpgIMG_9112.jpg



ヴィヴィアン・ウエストウッドのイベント会場は、東京タワーの真下、スターライズタワー。

やたらお洒落な人が目につくが、みなイベント会場に吸い込まれていく。



受付で、お土産のハンカチと会場で使えるチケット3枚をもらって、いざ会場へ。


これが凄かった。


DJが、かけるのは70年代のヒット曲。

蝉の声が聞こえる会場は、完全に縁日の雰囲気である。


わた飴やチョコバナナ、ベビーカステラにかき氷などがふるまわれ、京都のジン「季の美」を始めとして、ビールも日本酒も無料。



ステージのうえでは、佐渡おけさ、マッチョな法被姿の男たちが踊り出したりと、夏祭りを意識したパーティーである。



しかも受付でもらったチケットで、スーパーボールすくいや射的、ピンボールなどが出来るのだが、ほぼ外れなしでヴィヴィアンのアイテムが貰える。



バンビと私は、まずスーパーボールすくいに挑戦した。


流れているのは、ヴィヴィアンオリジナルのスーパーボールと、LEDが仕込まれた光る指輪である。

一個もすくえなくても好きなものを4個もらえるのだが、バンビも私も金魚すくいは得意なので、スーパーボールがすくえないはずはない。


ふたりとも光る指輪を含めて3個ずつすくい、さらに2個もらったので、合計10個。



ピンボールでは、A賞を獲得して、なんと革財布をゲットしてしまった。



最後に一枚残ったチケットで、私が射的に挑戦し、バンビが欲しがっていたヴィヴィアンのモールスキンのノートをもらって、チケットは終わりに。



21:30から会場ぜんたいをランウェイに見立てたショウが始まり、バンビは撮影に夢中になる。


ヴィヴィアンのアングロマニアのコレクションだが、スタイリングはヴィヴィアン・ウエストウッド本人だけあって、ユニセックスでアバンギャルド。

モデルも個性的だった。


なにせ、大好きな縁日とヴィヴィアンが合体したようなイベントだけに、バンビは大興奮。


会場を出ると、ライトアップされた東京タワー。



かくして、バンビは、興奮続きの3日間となったのだった。
posted by 城戸朱理 at 09:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

バンビ、大興奮!?

IMG_9017.jpgIMG_9026.jpg



2日続けて、「BUTOUプロジェクト」公演を見たバンビことパンクな彼女は、いささか興奮気味だが、翌日、20日もそわそわしていた。


この日は、ヴィヴィアン・ウエストウッドのウィンター・ストリート・フェスティバルが開催されるからだ。


これは顧客を招待しての催しなのだが、「アングロマニア」のショウがあることだけは分かっているものの、どんなイベントなのか、皆目、見当がつかない。


バンビは、何を着ていくか迷っていたが、結局、リボンワンピースにレザーのライダース・ジャケット、タータンチェックのカシミアストールを選び、靴は、会場で新作のプラットフォームベルトパンプスに履きかえることにしたらしい。

もちろん、バッグまで含めて、すべてヴィヴィアン・ウエストウッドである。



しかも、なぜか素通しの伊達眼鏡をかけ、小脇に分厚い洋書を抱えているではないか。

よくよく見たら、ヴィヴィアン・ウエストウッドの自伝だった。



「今日は、ヴィヴィアンに憧れているお勉強っ子というコンセプトで行くことにしたんだよ!」
・・・・・・



よく分からんコンセプトだが、パンクだから何を言ってもムダである。


私もヴィヴィアンのベルベット・コートを着ようかと思ったのだが、面倒になって、ジョルジオ・アルマーニのカシミアのチェスターコートをはおって出かけることにした。


雰囲気としては、パンクな子供を連れた保護者という感じである。


フェスティバルは、20:30会場なので、鎌倉駅西口の勝烈庵で食事をしてから東京に向かった。
posted by 城戸朱理 at 09:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月25日

神楽坂で蕎麦屋酒、その2

IMG_8981.jpgIMG_8982.jpgIMG_8987.jpg



ビールのあとは、菊正宗に燗を付けてもらう。

寒かっただけに、燗酒が染み渡るかのようだ。


殻牡蠣と蕎麦屋酒には欠かせない玉子焼きをもらって、盃を傾けたのだが、飲みすぎると公演に集中できなくなるので、加減が難しい。

さらに、そばがきを頼んだのだが、これも実にいい酒の当てになる。


江戸時代には、蕎麦が茹で上がるのを待ちながら、飲む酒を「蕎麦前」と呼んだが、開場の時間が近づいてきたので、この日は、蕎麦なしの蕎麦前になった。
posted by 城戸朱理 at 14:29| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神楽坂で蕎麦屋酒、その1

IMG_8985.jpgIMG_8986.jpgIMG_8975.jpgFullSizeRender.jpg



「BUTOUプロジェクト 」昼の公演は13時からだったのに、なぜか勝手に15時からと思い込み、のんびりと赤城神社の福井物産展を見たりしていた私とバンビことパンクな彼女は、
結局、17時からの公演を見るしかなくなったので、昼の公演を見た遠藤朋之氏を誘って、時間まで蕎麦屋で飲むことにした。



入ったのは浅野屋という店だが、なかなかの雰囲気。


一階、カウンター席後ろの壁面には、同じ書家の手になる作品が三点飾られていたのだが、そのうちの一点が、なんと鮎川信夫「橋上の人」だった。


鮎川さんの詩と、こんなふうに出会うのは、意外性がある。



遠藤くんとバンビは、すでに公演を見ているので、当然、話題はステージのことになるのだが、それにしても遠藤くんも、よくダンス公演に足を運ぶようになった。

ある意味では、舞踏とは肉体による文学という要素も孕んでいるので、そこに遠藤くんは反応したのかも知れない。

この問題に関しては、いずれ詳述したいと思っている。



とりあえず、ビールを頼んだら、お通しは、蕎麦のゼリー寄せ。

珍しいメニューだが、トッピングの蕎麦の実の食感が楽しい。


この店の名物は、馬肉のさくらしゃぶしゃぶのようだから、馬刺盛り合わせを頼んでみたのだが、これが口のなかで、じわりとほどけるような、いい馬刺だった。
posted by 城戸朱理 at 14:22| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月24日

BUTOUプロジェクト@神楽坂セッションハウス

IMG_8970.jpg



神楽坂の赤城神社では、福井物産展「越前・若狭まつり」をやっていた。

覗いてみたのだが、のどぐろの一夜干しや越前蟹など、酒肴になるものに惹かれても買うわけにはいかない。



これから、「舞踏」を見るのだから。


会場は、神楽坂セッションハウス。

ダンスブリッジ・インターナショナル2017「BUTOUプロジェクト」は、三組の出演者によって、18日と19日に開催された。


バンビことパンクな彼女は、すでに18日のゲネプロを撮影し、夜の公演も見ていたが、私は19日の13時の公演を見るつもりが、時間を間違え、結局、17時からの公演を見ることになった。

おかげで、仙台から、この公演のために上京した富田真人氏にも会えたし、それで良かったのかも知れない。


13時の公演を見た遠藤朋之氏と蕎麦屋で飲みつつ、開演時間を待つ。


夜の公演には、笠井叡さん、久子さんを始めとする笠井家のみなさんも見えられた。



BUTOUプロジェクトのプログラムは、鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)+定方まことによるCORVUSの「血と雪」、奥山ばらば「カバネダタリ」、そして工藤丈輝による「荒漠器〜かくも人間的な廃墟」。



笠井叡の天使館のメンバーであるCORVUSのふたりに、麿赤兒の大駱駝艦の艦員だった奥山ばらば、そして、土方巽が創設したアスベスト館で舞踏手であるとともに振付けも手がけた工藤丈輝と、
舞踏を担ってきた伝説的存在のもとで学んだ第二世代の舞踏家を集めることで、舞踏の現在を開示する企画と言えるだろう。


公演時間は、1時間40分。これが異様に濃密な時間だった。


CORVUSは、舞踏概念にとらわれないオイリュトミーで作られた肉体で、言語と格闘するような「血と雪」を踊り、
奥山ばらばは、関節を感じさせないなめらかな動きで、30分もの間、重力に抗い続けた。


工藤丈輝は、白塗りならぬ黒塗りで、爬虫類から獣へ、そして人間への生成を踊ったが、子供が見たら泣き出しかねない異形の恐怖、これは詩友、広瀬大志くんに見てもらいたかったところである。



今や、「舞踏」も、創草期とは違って、規定しがたいものになっている。


日本発の前衛的身体表現として、世界に知られるようになった「BUTOU」は、新たなステージを迎えたというべきなのだろう。


それは踊りとしての様式化をつねに脱ぎ捨てていくことであり、言語と身体の関わりに根差した問題なのではないだろうか。


ラディカルな問いを突きつける公演だった。
posted by 城戸朱理 at 15:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする