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城戸朱理のブログ

2017年05月08日

Edge公式ホームページについて



リニューアル公開されたEdge公式ホームページは、トレーラー付きで、番組の一部が試聴できるようになったが、もうひとつ特徴がある。


それぞれのコンテンツの紹介を、新たに、石田瑞穂、菊井崇史氏ら気鋭の執筆陣に依頼し、たんなる紹介に終わらないドキュメンタリー批評をアップしていくというのが、それである。


私も企画・監修者として、紹介を担当しているコンテンツがあるが、連休中にカニエ・ナハ篇、新國誠一篇の紹介を執筆したので、まもなくアップされると思う。

これから、これまで制作されたコンテンツが、順次、アップされていく予定なので、ぜひ、アクセスしてもらいたい。

Edge公式ホームページのURLは下記の通り。



http://edgeofart.jp



開始から16年、Edgeは、新たなフェーズを迎えた。
posted by 城戸朱理 at 09:43| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Edge水原紫苑・桜三部作のこと

IMG_6562.jpgアート・ドキュメンタリー「Edge」が、2001年にスタートして、ポエトリー篇10本が完成した後、翌年から、詩人以外のアーティストを対象とするEdge2が始まった。
このコンテンツで、企画・監修者として私が最初に提案したのが、歌人、水原紫苑さんが吉野山に桜を前に即詠するという企画だった。

これは、水原さんの初期歌集の桜を詠んだ名歌から発想したものだが、訪れた吉野山は、西行が庵を結んだ奥千本が満開。撮影が終わってから、水原さんと前登志夫さんをお訪ねしたのも懐かしい。

翌年は、水原さんが、岩木山、弘前で桜を見てから、青函連絡船で津軽海峡を渡り、五稜郭の桜を見るという北国の桜篇を撮影。

三年目は、日本三大桜として知られる根尾谷の薄墨桜(岐阜県)、山高神代桜(山梨県)、三春の滝桜(福島県)を訪ねてもらうという念願の企画が実現した。


水原紫苑・桜三部作のディレクターは井上春生氏。

今や、ディレクターとして活躍している平田潤子氏は、当時はまだアシスタント・ディレクターだったっけ。

それから、10年近くを経て、今度は岡崎の真澄寺別院・流響院を舞台に、水原さんが京都の桜を詠む「H(アッシュ)」がスタートしたわけだが、こちらは、現在、3本目。

再び、井上春生氏がプロデューサー兼任でディレクターをつとめる。鬼気迫る歌が次々と生まれているが、最後は、やはり、豊臣秀吉の「醍醐の花見」の舞台となった醍醐寺の桜を見て、短歌を詠んでもらう番組を企画している。

また、桜守として名高い十六代佐藤藤右衛門さんと水原さんの対話が実現できたらと考えてもいる。

(写真は流響院での水原紫苑さん。撮影=小野田桂子)
posted by 城戸朱理 at 09:43| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月07日

旅に出た連休、その2





5月4日、連休中日。

世間は連休だが、私の連休はどこかに行ってしまったので、この日は打ち合わせと会議が続いた。

起床して、まずはバンビことパンクな彼女と経費及びギャラの請求書の起票作業。

私のように文筆業の場合、原稿料などは新聞社・出版社が登録してある私の銀行口座に各社の規定にそって、自動的に振り込まれるのが普通だが、請求書を提出しなければならないケースもかなりある。

この場合は、請求書が届いてから処理されることになるので、請求書を起票しないかぎり、ギャランティは支払われない。

一昨年など、忙しさのあまり、請求書を書く余裕がなくて、年が明けてから半年分ほどたまった分の請求書を起票したら、数百万になったものだから、これで、しばらく仕事をしなくても暮らしていけると安心したりしたのだが、結局、消費税と市民税で、半分以上が吹っ飛んでしまったので、結局、私の生活は、何も変わらなかった。


バンビが、PCで次々と打ち込んでいってくれたので、3時間ほどで終わったが、やはり手間がかかる。


そのまま、食事を取る暇もなく、東京へ。


4時に立川に到着し、まずは、テレコムスタッフの寺島高幸プロデューサーと平田潤子ディレクターによるEdge公式ホームページのプレゼンテーションと、修正箇所の確認をする。

開設から一週間で2000アクセスがあったそうだから、まずは順調というところか。


6時すぎに、寺島さん、平田さんが帰ってから、平島進史、西森基文、松浦梓、Edgeの担当3氏と、今後の展開、及び懸案事項についての会議。

そして、場所をかえ、7時からEdge立ち上げ時のプロデューサーである設楽実氏と打ち合わせになった。

この日は、ワシントンホテル泊まり。

部屋に戻ってから、綾野剛主演の「日本で一番悪い奴ら」(白石和彌監督)を観てしまったので、休んだのは午前2時。

綾野剛の狂気を孕んだ演技は、やはり特筆に値する。

藤沢周氏原作、綾野剛主演『武曲(むこく)』の公開が待ち遠しい。
posted by 城戸朱理 at 09:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月06日

旅に出た連休?



いよいよ、ゴールデンウィーク。

鎌倉は、たいへんな混雑ぶりで、街に出ても身動きが取れない。

ならば、自宅でくつろいでいられるかというと、そうは行かなかった。


4月30日は、まず「岩手日報」投稿欄の選評2回分を執筆して、メール。

仙台に鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)のソロ公演「灰のオホカミ」を撮影に行っていたバンビことパンクな彼女が、夕方、帰宅したので、土産話を聞きながら、仙台土産の牛舌で晩酌する。

このあたりから、体調がおかしかったのだが、翌朝、起きたら、完全に失調していた。

やや熱っぽく、関節が痛み、身体に力が入らないので起きていることが出来ない。

風邪だろうか?


そんな状態なので、横になったまま、「現代詩手帖」大岡信追悼特集の原稿を書く。

昼過ぎに、所定の枚数を書き上げることが出来たのでメールし、そのまま『現代詩文庫 三井喬子詩集』の作品論に取りかかる。

こちらも、横になったまま、なんとか、夕方に書き終えることが出来た。

体調が悪いとはいえ、自分でも納得できる原稿を20枚ほど書くことが出来たので、気分はいい。

『現代詩文庫』は、昨年から『田野倉康一詩集』『広瀬大志詩集』『渡辺玄英詩集』と作品論・詩人論の執筆が続いているが、『三井喬子詩集』の次は、『和合亮一詩集』の解説を書くことになる。

連休明けには、編集部に渡すつもりだが、私自身、楽しみだ。


とはいえ、この日は入浴も控え、酒も飲まなかったのだから、やはり風邪だったのだろう。


5月2日は、本調子ではないものの、やや回復の気配が。

この日は、「Edge カニエ・ナハ篇」と「Edge Special 新國誠一篇」のDVDを見直し、Edge公式ホームページのための紹介を執筆した。

午後になって、体調がよくなってきたので、突発的にカレーを仕込む。

カレーが食べたかったわけではないのだが、病人は何をするか分からない(?)。

「美味しいカレーだね!」とバンビが喜んでいたので、よしとしよう。


5月3日になって、ほぼ復調。

この日は、「洪水」のための嶋岡晨編によるアンソロジー『詩国八十八ヵ所巡礼』の書評を書き始めた。


しかし、これでは――どう考えても連休ではない!


ゴールデンウィークに旅に出るのではなく、私のゴールデンウィークの方が、どこかに旅立ってしまったらしい。
posted by 城戸朱理 at 12:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月05日

連休を前に



野村喜和夫・眞理子夫妻のエルスール財団記念館にお邪魔したあとは、タクシーで新宿に出て、つな八本店で、天ぷらの昼食。

それから、設楽実氏のリクエストで、靴好きの聖地、ISETANメンズ館地下一階の紳士靴売り場へ。

設楽くんは、パリ出張のときに求めたJ.M.ウェストンの修理代を確認するのが目的。

設楽くん、ウェストンの代表的なモデル、Uチップのゴルフを3足、すでに廃盤になった貴重なキャップトウ(ストレートチップ)と合わせて4足も持っているのだとか。


私は、イタリアきっての靴職人、シルヴァノ・ラッタンジのキャップ・トゥのあまりの美しさに見とれていたのだが、値段を見て愕然とした。

靴一足が45万――

「でも、片方だけなら22万5千円と思えば納得できるな」と設楽くん。

ちょっと待ってくれ、靴は片方だけあっても何にもならないではないか!

しかし、シルヴァノ・ラッタンジといえば、わが国の人間国宝に当たるようなイタリアの職人だから、手仕事の工芸品と思えば、納得できないわけではない(?)。

納得するのと、買うか、買わないかは、また別の話だが(要するに買えない)。

私が持っているラッタンジは、だいぶ前に求めたローファーだけだが、当時はジョン・ロブと変わらない値段だったと思う。

全体に値上がりした感があるのは、円安のせいだろうか?

イタリアの靴ならば、エズラ・パウンドも顧客だったストール・マンテラッシが好きなのだが、最近、日本では見かけないのが、残念だ。


旧友と、いかにも連休前といった時間を過ごしたが、悲しいことに、連休は気分だけなのが、じきに判明することになるのだが。


翌日、28日(金)は、フェリス女学院大学で講義。

今年は、土曜日の女子美術大学大学院の講座が開設されないことになったので、気楽である。
posted by 城戸朱理 at 10:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月03日

鎌倉で筍掘り

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今年は、例年より桜の開花が一週間ほど遅れたが、筍も5月の連休前まで掘ることができた。

ちゅうど頭を出したくらいの筍のまわりを掘っていくと、若茸が姿を現す。


掘った筍は、すぐに糠と鷹の爪を入れて茹で、火が通ったら、糠臭さを抜くために、水から煮る。


わが家の筍御飯は、出汁・酒・醤油で炊き上げるが、筍御飯じたいは薄味なので、油揚げを加えたり、鳥そぼろを添えることも。

今年は、2本掘ったが、筍掘りをする余裕は、この何年もなかったような気がする。
posted by 城戸朱理 at 14:54| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月02日

エルスール財団記念館・詩とダンスのミュージアムへ

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連休を前にした4月27日(木)は、4月1日にオープンしたエルスール財団記念館・詩とダンスのミュージアムに行った。

井の頭線新代田駅から歩いて10分ほど。

野村喜和夫・眞理子夫妻が設立したエルスール財団は、現代詩・フラメンコ・コンテンポラリーダンスの新人賞を運営されているが、かつての野村邸を改装した記念館は、前例のない詩とダンスのミュージアム。


詩人、野村喜和夫の展示室、ダンスの展示室のほかに、野村さんの20年来の書斎も公開されている。

そこで、野村さん自身も展示品となって(?)、執筆の様子まで公開するのかと期待したが、現在の書斎は、隣の自宅にあるそうだ。

残念。


かつての眞理子さんのフラメンコのアトリエだった一階のスペースは、カフェになり、イベント会場にもなる。

二階には視聴覚室もあり、ここでEdgeをライブラリー化したいという要請が野村さんからあったので、今回はEdgeの歴代担当者である設楽実、平島進史、西森基文氏とうかがった。

近日中に、Edgeが、エルスール財団記念館でも視聴できるようになる予定である。


カフェであれこれ話していたとき、バンビことパンクな彼女が見つけて喜んだのが、「食品衛生管理者 野村喜和夫」のプレート。

さっそく、野村さんに持っていただいて、記念撮影をした。


約3000冊の詩歌関係の蔵書は、書斎に、カフェ・スペースには、それ以外の蔵書が壁一面の書架に並べられ、階段を始めとして、至るところに野村さんがコレクションした版画などの美術作品が展示されている。

いわば、野村喜和夫の内面が、外在化したかのような記念館なのだが、実に居心地がいい。


私たちが雑談していたら、アーティストの石田尚志さんがふらりと訪れたりしたが、次第に、さまざまな人が集う場所になると面白いだろう。

野村さんは、草野心平のやっていたバー「学校」や吉原幸子が自宅の一部を解放した「水族館」のように、
詩人たちが集う場を作るのが「歴程」の伝統であり、それを踏まえたものと言っていたが、踏まえようにも、現実にやろうとしたら、経済的にも時間的にも大変な労力が必要となる。

実際、エルスール財団記念館の開設には1億円以上がかかったそうだが、それを飄々と実現してしまうあたりが、野村さんの真骨頂なのだろう。
posted by 城戸朱理 at 13:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月01日

Edge田村隆一篇のこと



アート・ドキュメンタリー「Edge」がスタートしたのは、2001年のこと。

田村隆一さんは、新世紀を見ることなく、すでに亡くなっていたが、なんと、生前の田村さんの姿を見ることができる「Edge Special 田村隆一篇」が、放送されたのは、2005年1月のことだった。

なぜ、すでに世を去った詩人の番組を制作することができたのか。

思い出してみると、そこには、実に不思議な経緯があった。


ことの起こりは、CX系の「ワーズワースの冒険」という番組である。

1990年代に放送され、地上波では異例の教養・情報番組として話題を呼んだこの番組に、田村隆一が出演したのだが、それは、アガサ・クリスティが生んだ名探偵、ミス・マープルが暮らす架空の村、セント・メアリーミードのような村を探してイギリスを旅するという企画だった。

題して「ほろ酔い詩人の優雅な休日〜アガサ・クリスティ 英国の旅」。

私も放送時に見て、詩人がテレビに出ているということに驚いたり、それが田村隆一であることに納得したりしたものだった。


制作はテレコムスタッフで、プロデューサーは寺島高幸、ディレクターは狩野善彦、カメラは中村健と、スタッフはみなEdgeの関係者。

しかも、ディレクターの狩野さんは、詩人・田村隆一がセント・メアリーミードを訪ねるという番組でも、詩人がイングランドを旅するという番組でも、どちらでも作れるように撮影したというではないか。


さっそく、フィルム(そう、当時は、まだフィルムだったのだ!)を探してもらったのだが、これが見つからない。

廃棄処分にする場合は、取締役の寺島さんのサインが必要なのだが、寺島さんはサインをした覚えがないという。

そして、3年後。

未整理のフィルムを入れたダンボール箱から、そのフィルムが見つかったのである。

そこには英国を旅しながら、詩について語る、生前の田村さんの姿があった。


そして、田村さんの七回忌となる2004年に、再び、狩野さんをディレクターとして、鎌倉の田村悦子夫人、著作権継承者の美佐子さんを訪ね、田村隆一篇の制作が始まった。


もし、狩野さんがEdgeに関わっていなければ、田村さんのイギリスでの映像は眠ったままだったかも知れないし、寺島さんがEdgeのプロデューサーでなければ、田村隆一篇は幻のままだったかも知れない。


しかも、それで終わったわけではなかった。

テレコムスタッフがナレーションを依頼した阪茂さんは、番組を見るなり「田村少尉ですか!」。

なんと阪さんは、田村隆一が海軍少尉として、若狭で終戦を迎えたとき、田村さんの当番兵だったというではないか!?


後日、阪さんにテープを回しながら(そう、当時は、まだカセットテープだったのである!)、インタビューして、当時の田村さんのことをうかがったが、これは、いまだに発表していない。
posted by 城戸朱理 at 20:11| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月30日

お小遣いの行方?

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最近の調査によると、日本の家庭のお小遣いの平均月額は、夫が3万1764円、妻が1万8424円なのだそうだ(明治安田生命保険調べ)。

これは、過去最高だった2007年に比べて、約9千円〜1万3千円少ない結果なそうで、それは現在の景気に関わるものであるよりは、右肩上がりの経済成長が望めなくなった時代の、先行きの不安に起因するものなのかも知れない。


そして、わが身を振り返ってみると――文筆業という仕事柄、どこまでが経費で、どこからが小遣いなのか、自分でもよく分からないのだが、書籍代や文具代は紛れもなく必要経費だから、私が使うのは酒代くらい、ということは、酒代分が小遣いということになるのだろうか?


そこに、バンビことパンクな彼女が、嬉しそうな顔をしてやってきた。

こういうときは、注意が必要である。


「あのね、いいことを思いついたんだよ!」

いったい、何だろう?

「城戸さんは、毎晩、ビールから始めて日本酒で晩酌しているけど、健康のことを考えて少し酒量を減らしたらいいんじゃないかな?」

たしかに。

年齢を考えるなら、いや、考えなくても飲みすぎである。

「かりにエビスのロング缶を一本減らすだけでも、月に9千円、年間で10万ちょっとの節約になるんだよ!」

そんなことは、考えてもみなかったな。

「もし、2本減らしたら、なんと年間で20万超だよ!」

それは、凄い。

それだけあったら、また、お酒が買えるだろう(?)。


「それで、節約したお金を子供のお小遣いにあげるのは、どうかな?」

子供?

「そ。
バンビの仔のお小遣いだよ!」
!!!!!!

なんで、そうなるんだ!?

「お手々にのせてあげて!」
・・・

「たっぷり、のせてあげて!」
・・・・・・


勝手なことを言って、バンビはくるくる踊っているではないか!


パンクだから仕方がないが、より厳重な警戒が必要である。
posted by 城戸朱理 at 16:07| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月26日

鎌倉の筍

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今は亡き日本画家・瓜南直子さんは、初夏になると鎌倉に自生している野草を摘んで、お浸しや天ぷらなどの摘み草料理を作ってくれたものだった。


太平洋戦争で視力を失い、生涯、定職に就かず短歌を詠み続けた放浪の歌人・山崎方代の随筆集『青じその花』を読むと、
方代さん、春には鎌倉の野山で山菜を摘み、秋には茸を集め、海岸を歩いては、ウニに舌鼓を打ち、海藻を拾うといった調子で、まるで縄文人のような狩猟と採集の日々を送っていたことが分かる。

方代さんは、春の山菜摘みのとき、倒木に接骨木(にわとこ)の枝をぎしぎしとなすりつけておくと、秋にキクラゲが採れると書いていたが、本当だろうか?


バンビことパンクな彼女のお父さんは、若いころ、鉄砲の免許を取り、北鎌倉の台峯で野鳥を撃っていただけあって、自然薯掘りの名人だったが、鎌倉で暮らしていると、海と山の恵みが、身近にあるのを感じる。


そろそろ、筍を掘りに行こうと思っていたら、朝掘りの筍をいただいた。

鎌倉では、筍は買うものではなく、掘りに行くか、掘りたてをもらうものだったりする。

皮を剥いて、糠ひとつかみと鷹の爪を入れて、すぐに茹でる。

筍は、掘ってから時間がたつほどエグみが増してくるので、掘ったら、すぐ茹でたほうが美味しい。


かくして、その夜は、穂先を刺身に、なかほどを若筍煮に、根元を刻んで、出汁・酒・醤油で筍御飯を炊き、筍尽くしの夕食に。

筍の刺身と湯豆腐、鮭の粕漬けで晩酌を始めたのだが、バンビも筍の刺身や筍御飯が美味しいので、びっくりしていた。


後日、私も筍掘りに出かけたのだが(出かけるといっても、自宅から徒歩数分である)、もう大きくなりすぎて、次に出てくるのを待つしかない状態だった。
posted by 城戸朱理 at 08:24| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする