封筒に封入されているのは、A4の紙が2枚。
散文記事一葉と手書きの詩作品のコピーが一葉で構成されている。
それが、及川俊哉氏が5月6日に創刊したばかりの個人通信「水熊通信」だ。
インターネットが当たり前の時代に、あえてアナログな紙片の郵送という形にした理由を、及川氏は「自分のなかで過剰な情報から逃れたい気持ちもあり、皆様とネット上ではない時間を共有したいとの思いもありました」と書いている。
記事は「折口信夫『水の女』を読む」と「菅原道真の漢詩の超訳」で、どちらも興味深いものだが、詩作品はコロナ禍における「現代祝詞」の新作「瀬織津姫大神(せおりつひめのおおかみ)に新型コロナウイルスを息(やす)ませることを冀(こいねが)う詞」で、「水熊通信」は、紙2枚とは思えぬ重みを持っている。
「瀬織津姫大神」は「大祓詞(おおはらえのことば)」に現れる神で、天照大神の荒魂をいい、本居宣長は禍津日神(まがつひのかみ)と同体としたそうだが、「折口信夫『水の女』を読む」とも響き合うように、及川氏の「現代祝詞」が文字以前の言葉の呪力を詩作の場において取り戻そうとする果敢な試みであることには、やはり目を見張るものがある。
「水熊」とは福島の伝説に登場する妖怪で、その正体は巨大なカワウソとのことだが、得体の知れないものを拒絶するのではなく、向かい合うという姿勢は、新型コロナウイルス禍にある世界にとって、今まさに必要な態度なのではないだろうか。
「水熊通信」は、年に三回の発行を目標とし、30部のみの限定刊行。
マンデリシュタームからパウル・ツェランに受け継がれた「投壜通信」の詩学に改めて出会うような思いを抱いた。