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城戸朱理のブログ

2020年06月10日

三陸の海産物

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コロナ禍で外出を控え、通販を利用する人が増えたが、わが家でもバンビことパンクな彼女が、ときどき利用している。

4月の始めには、石巻から海産物を取り寄せた。


朝、水揚げされた魚が翌日には届くので、鮮度は抜群にいい。

届いたのは、目鉢鮪、メカジキ、真鱈に水たこだった。


普通、鱈を刺身にすることはないが、鱈特有の臭みがなく、少し水っぽいものの、鯛に似た味わい。

昆布締めにしたら、水分が抜けて、さらに美味しくなった。

生のメカジキも脂が乗っている。


南三陸町で、三陸のタコの美味しさに目覚めたバンビは、今回もタコだけはリクエストしたらしい。


タコをカルパッチョにしたり、鮪とメカジキを漬けにした海鮮丼を作ってくれたが、食卓に変化があるのは嬉しいものだ。
posted by 城戸朱理 at 18:03| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月09日

自宅でスペイン・バル?

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自粛要請で飲食店が閉まり、外食できなくなってから、わが家ではスペインのバル風にピンチョスを作って、スパークリングで家飲みするのが流行っている。


最初に試したのは、バゲットにジャガイモ・茹で玉子・ツナ・アンチョビ・オリーブを乗せた塔のようなピンチョス。

これに新タマネギとピーマンを刻んで、ビネガー、オリーブオイル、塩で和えたレリッシュを添えたのだが、
バンビことパンクな彼女もピンチョスの楽しさに目覚め、週に2、3回はピンチョスで家飲みするようになった。

ピンチョスには微発泡のスパークリングが合う。


ピンチョスが定番化してから、赤と黄のパプリカや茄子を焼いて皮をむき、オリーブオイルに浸けた焼き野菜を常備するようになり、玉子とジャガイモを茹でると準備が終わるようになった。

ピンチョス作りは私の仕事だが、回数を重ねるうちに、赤黄パプリカ・アンチョビ・オリーブやジャガイモ・茹で玉子・ツナ・アンチョビ・オリーブなどが定番となり、レバーペーストとラズベリージャムの組み合わせもよく登場するようになった。


ピンチョスのいいところは、アンチョビやサーディン、アーティチョークなど、瓶詰めや缶詰めを利用して、目にも鮮やかなつまみが手軽に出来ることだが、味覚的にも多彩で飽きない。



ピンチョスのほかに、ミネストローネやシュクメルリ(鶏とニンニクのミルク煮)など、一、二品は作るが、自粛が解除されても、わが家のピンチョス作りは終わりそうにない。
posted by 城戸朱理 at 15:16| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

締切が続いて



「現代詩手帖」のコロナ禍特集のエッセイ、10枚を書き上げたあとは、「びーぐる」特集のための長谷川龍生論13枚を執筆したのだが、これは私にとっては現代詩の戦後性を再考する機会になった。

さらに「詩とファンタジー」に依頼された次号特集「愛は食卓にある」の巻頭詩を書く。

編集部から同号特集のため、若い詩人を紹介してほしいと依頼されたので、リストを作って送ったのだが、若い世代に執筆の機会が生まれるとしたら、嬉しいことである。

だが、特集が特集だけに関心がない人もいるだろうし、人選は難しかった。

私のリストから編集部がふたりを選び、依頼したようだが、楽しみだ。



ふと気づくと、この二月ほど、詩誌の依頼が相次ぎ、改めて商業的な詩誌の存在を確認することになった。


4月に創刊された「ココア共和国」の5月号に新作の詩を寄稿し、さらに「抒情文芸」の夏季号に詩を寄せ、「みらいらん」の吉岡実特集のために朝吹亮二さんとメールで対談をして、「現代詩手帖」特集のエッセイを書き、「びーぐる」に長谷川龍生論、そして「詩とファンタジー」 の詩を書いたわけだが、「詩と思想」からも特集座談会の依頼があった。

詩の文芸誌がこれだけあることは意識していなかったが、会員誌としての性格を持つ「詩と思想」以外は、いずれも原稿料が出る商業誌として維持されている。

これは、驚くべきことではないだろうか。
posted by 城戸朱理 at 11:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

コロナ禍で変わったこと



リモートワークで在宅している人もいれば、社会を維持するため、通勤して仕事をしている人もいるわけだが、誰であれ、新型コロナウイルスのおかげで生活が一変してしまったというのが現実だろう。


原稿執筆は、もともと自宅でするものだから、私の場合、その点での変化はない。

外出できなくなった分、むしろ原稿が、はかどるようになった気がする。


そして、打ち合わせや講演など、仕事で外出することがなくなったので、スーツを着るということがなくなり、コットンセーターやカットソーなどの部屋着で過ごしている。


最初は、曜日の感覚も曖昧になりかけたが、こういう状況下で生活のリズムが狂うと、精神的にも失調しかねないので、できるだけ決まった時間に起き、決まった時間に寝るように意識するようにした。

それでも、週に1日か2日は、ネット配信の映画に夢中になって、夜更かししてしまうことはあるのだが。



バンビことパンクな彼女の朝は、ヴィヴィアン・ウェストウッドに着替えて、メイクをするところから始まるが、これも生活のリズムを作るためなのだろう。

メイクは目尻を上げた「にゃんこ目」になっていることが多い。



外食することができないので、食事は自炊するしかないわけだが、食事の時間が一日のリズムを作ってくれるのを痛感した。

料理はもっぱら私がしているが、私が執筆に追われているときは、バンビがキッチンに立ってくれるので、わが家では問題はない。

ただ、買い物に頻繁に行くことが出来ないので、あらかじめ何を作るか決めてから買い物をしなければならないし、調理の時間も、それなりに取られる。

必然的に野菜などは加熱してから小分けして冷凍しておくようになった。

ただ、一日三食、毎回、家族の食事を作らなければならない立場の人は、一日中、料理に追われているような気分になってしまうだろうし、SNSで「自炊疲れ」がトレンド入りするのは仕方がないことだと思う。


清潔を意識して、タオル等のリネン類は、毎日、洗濯するので、洗濯の頻度は真夏並みになったが、クリーニングに出す衣類は減った。


それでも、この状況下では、在宅したまま仕事ができるというだけで、恵まれているのだと思う。


だが、社会のすべてが回らなくなっているのだから、私の仕事にも、いずれ少なからぬ影響があるに違いない。



日本政府のコロナ対策は、海外メディアから「驚くほど無能」と揶揄されたほど何ひとつ見るべきところがなく、当然のことながら、内閣支持率は危険水域まで落ち込んでいる。

コロナ禍という災厄があらわにしたものを、忘れないようにしていきたいと切に思っている。
posted by 城戸朱理 at 00:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月04日

コロナ禍の日々



新型コロナウイルスのために自粛生活が続いている。

対面での打ち合わせや会議は、すべてなくなり、大学も遠隔授業なので仕事で外出することがなくなった。

鎌倉の飲食店も、次第に店を開けるところが出てきたが、積極的に外食しようという気にはならない。

執筆には専念できるが、大学の遠隔授業は、あらかじめ講義の概要を書いておいてアップするようにしているので、準備に半日も時間が取られるようになった。



5月30日(土)は「神奈川新聞」に依頼されたエッセイを執筆。

これは神奈川新聞文芸コンクール50周年記念企画の依頼で、テーマは「冒険」。

歴代の審査員がリレー連載するのだが、第一回目となる作家の辻原登さんの原稿は、4月19日に掲載された。

私は6回目で、6月14日の日曜版に掲載される予定。



31日(日)は、共同通信の連載月評「詩はいま」を書いて送った。

今回、取り上げたのは『アンバル・パスト詩集』(細野豊編訳、土曜美術社出版販売)と、たかとう匡子『耳凪ぎ目凪ぎ』(思潮社)。

パストは、私にとっても初めて出会った詩人だが、9世紀にポーランドに王朝を開いたピアスト王の末裔で、アメリカに生まれたが、メキシコの文化に魅せられ、メキシコに帰化、メキシコで長年、暮らしていたが、今はインドのヒマラヤ地方の山中で清貧の暮らしを送っているという。

なんという人生だろう!

叙事詩的な趣さえある作品に感銘を受けた。



そして、6月1日(月)は、岩手日報の投稿欄「日報文芸」の投稿作品を選び、「びーぐる」に依頼された長谷川龍生論を書き始める。



2日(火)は、午前中に「岩手日報」の投稿欄選評2回分を執筆してメールし、入選作を宅急便で手配した。

午後は「現代詩手帖」の特集のためにコロナ禍についての原稿を書いたのだが、夕方には所定の10枚を書き終えることができた。



3日(水)は、「現代詩手帖」の原稿を見直して送り、午後はリモートですることになった岩手日報随筆賞選考会のためにZOOMのテスト。

実はZOOMなどのリモートワークのために新たにパソコンを購入したのだが、結局、いつも使っているiPadでテストした。


「現代詩手帖」の特集原稿は、翌日、見直してから送ったが、コロナ禍の日々が続いている。
posted by 城戸朱理 at 15:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月06日

人気のない大型連休

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緊急事態宣言下の大型連休は、鎌倉も人気がなく、静かに時が過ぎていった。

もっとも、週に一度のスーパーでの買い出し以外は、せいぜい近所を散歩するだけだから、鎌倉も駅周辺は、多少の人出があったのかも知れない。

近所を歩くと、あちこちに野草が咲いていて、北条氏常磐亭跡は新緑が美しい。


常磐亭跡は、鎌倉幕府第七代執権、北条政村の別荘があったところで、国指定史跡になっている。

北条政村は、幼少の北条時宗にかわって執権をつとめ、時宗が第八代執権となってからは、連署として時宗を支えた。

ちょうど二度にわたる元寇という国難のさなかに政権の中枢にあったわけだが、彼が時宗と酌み交わした酒は、どんな味がしたのだろうか。


人類の経済活動が止まってしまったものだから、ヴェネツィアの水路の水は澄みわたり、ヨーロッパでも中国でも大気汚染が改善されて、青空が広がっているそうだが、私たちは、人類がいなくなった世界の様子をコロナウイルスのパンデミックという亀裂から覗いているのかも知れない。



私の場合、連休はまったく休みではなく、「岩手日報」投稿欄の選評を書き、「共同通信」の詩の月評を書き、さらにCS放送の番組の構成を考えてナレーション原稿を仕上げ、大学の遠隔授業のための講義をタイプするといった具合に、連日、執筆に追われたが、それでも余裕はある。

こんな巣籠もりの暮らしが出来るのも、感染の危険があるなか、医療に従事して下さる方々、ライフラインを保持し、物流を維持してくれる方々、食品・日用品を売る店を開けて営業を続けてくれる方々がいるからなのを切に思う。

本当に感謝しかない。



首都圏では、自粛要請が5月末まで延期になった。

緊張が解ける日は、いつか来るのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 21:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月05日

韓国の季刊文芸誌「ASIA」で詩三篇が翻訳、紹介されました

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韓国で刊行されている季刊文芸誌「ASIA」に、私の詩、三篇の翻訳が掲載された。

新型コロナウイルスのパンデミックのさなかだけに、刊行が遅れるのではないかと思っていたのだが、韓国はコロナ封じ込めに成功し、すでに経済活動を再開、コロナ対策の世界的な規範として仰がれているだけに、出版も遅延なく進んでいるようだ。

「ASIA」誌は、裏表紙が本文紙をくるむ形の凝った装幀で、本文にも写真を地に敷くなど、実に洗練された造本になっている。

私の詩が韓国で紹介されるのは、これで三回目になるが、今回は、光栄なことに、表紙にも私の写真やプロフィールが配されており、いささか驚いた。


翻訳されたのは、「漂鳥」(『幻の母』所収)、「凍った空」(「現代詩手帖」2013年1月号)、「国境」(「現代詩手帖」2020年1月号)の3篇。

作品はハングルだが、プロフィールなどはハングルと英語併記になっており、日本よりはるかに世界を意識しているあたりが、文学も含めた韓流の特長だろう。


私の詩が海外で紹介されるのは、近年ではドイツで『漂流物』が部分的に翻訳、紹介され、フィンランドで『幻の母』が全訳、単行本化されて以来だが、自分の書いた作品が、異国語へと越境していくのは、不思議な興奮があるのは否めない。

次は、アメリカで刊行される選詩集になるが、こちらも遠藤朋之和光大准教授が翻訳を進めてくれており、実現を待っているところだ。

アメリカのいくつかの大学で講演する予定があったのだが、これはコロナ禍で実現しそうもない。

実現できないという障害があるならば、実現できることに向かい会えばいいわけだから、迷いはないが、
世界が、目に見えないウイルスのせいで、ここまで変わってしまったということは、人類の文明の黄昏を感じさせるものがある。
posted by 城戸朱理 at 22:19| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月04日

新連載、共同通信配信の月評「詩はいま」



4月から、全国の地方紙に配信される共同通信の月評「詩はいま」を担当することになった。

5年間、担当した「毎日新聞」の月評以来の時評になるが、「毎日新聞」の月評は、東日本大震災発生直後の2011年4月からのスタートだったし、今回は新型コロナウイルスのパンデミック下での連載開始となった。

危機の時代と対峙する言葉に耳を澄ましながら、この連載に向かい合っていきたいと念じている。


連載を打診されたころ、ちょうどマーサ・ナカムラ『雨を呼ぶ灯台』(思潮社)に感銘を受け、4月の月評に取り上げたいと思っていたのだが、前任者の平田俊子さんが、最終回となる3月の月評で書かれていたので、断念せざるをえなくなり、
どうしようかと思っていたら、タイムリーにも時間を象る異形の詩集、広瀬大志『ライフ・ダガス伝道』(書肆妖気)が届いたので、今年、1月に亡くなられた沖縄の詩人、与那覇幹夫さんの『時の中洲で』(あすら舎)とともに取り上げることができた。

『時の中洲』は、三好達治賞を受賞したが、選考に当たられた方々は、著者が生きているうちに、受賞を伝えたかったことだろう。


5月の月評は、原稿を送ったばかりだが、原成吉『アメリカ現代詩入門』(勉誠出版)と『岡田隆彦詩集成』(響文社)を取り上げ、コロナ禍における詩の言語について語っている。


新型コロナウイルスのパンデミックによって、世界が一変した今、危機の時代の言葉を見据えていきたい。
posted by 城戸朱理 at 20:42| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月03日

人間のいないところ、自然は

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今年は桜の開花が早かった。

例年なら、鎌倉では4月になってから染井吉野が咲き始め、染井吉野が散って葉桜になるころ、山桜が満開になるのだが、今年は3月後半には、山桜が先に満開となり、山桜が散るころ、染井吉野が咲き始めた。

そして、5月。道を歩けば、あちこちに花が咲き、山々には山藤が紫にけぶるようで、麗らかな日々が続いている。

新型コロナウイルスの感染拡大さえなければ、素晴らしい春として記憶したかも知れない。


感染爆発が起こった国々では、強硬な外出禁止令が出され、人々は在宅を余儀なくされているが、日本のように自粛で家籠りをしている人も少なくない。


人間が家から出ないため、世界は様変わりしているようだ。

ハワイのノースショアでは海亀が群れ、ニュージーランドだったろうか、市街を羊が我が物顔で闊歩し、日本の沿岸部でも、普段と違ってイルカやエイの姿が確認されている。

「人間がいないところ、自然は荒涼を極める」。

これはウィリアム・ブレイクの詩句だが、人間がいないほうが、地球の動物は伸び伸びと過ごすことができるのだろう。


鎌倉では、ウグイスが鳴き、殿入川には鴨が泳ぎ、木にはリスが駆け回っているが、これはいつものこと。

コジュケイとガビチョウの鳴き声がやかましい。


ところが今年は、わが家のベランダから手を伸ばせば届くところの枝に、ヒヨドリが巣を作り始めた。

ヒヨドリは雄が巣作りをし、雌は上空で見張り役をつとめ、危険を察知すると鳴いて知らせるらしい。

バンビことパンクな彼女が気づいて、洗濯物に身を隠しては、望遠レンズを持ち出して、写真を撮ったり、動画を撮ったりしていたのだが、3日ほどで居心地のよさそうな巣が出来上がった。

5月が終わるころには、雌が卵を抱いていることだろう。


小さな来訪者のおかげで、ささくれだった日々が少し別のものになった気がする。
posted by 城戸朱理 at 20:35| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月02日

パンデミック下の仕事



中国で新型コロナウイルスがアウトブレイクした1月、日本には、まだ切迫感がなかったが、2月後半になると緊張が高まり、3月に予定されていた打ち合わせや会議、ロケや試写はすべて延期になった。

私が仕事のために外出したのは、3月6日が最後だったが、この日はジム・ジャームッシュ「デッド・ドント・ダイ」の試写のために東京に行った。

「映画芸術」から新作映画評を依頼されたためだが、この作品に関してはDVDの貸出がなく、試写会に足を運ぶしかなかったのだ。

3月11日、奇しくも東日本大震災から9年目になるその日に、WHO(世界保健機構)が新型コロナウイルス感染症、COVID-19のパンデミックを宣言。

日本の感染拡大も明らかになり、マスクが店頭から消えた。



4月から、全国の地方紙に配信される共同通信の月評「詩はいま」を連載することになっていたのだが、担当と顔を合わせての打ち合わせも、延期。

鎌倉文学館の専門委員会も延期になり、気づくと、誰にも会わない日が続いている。


家にいる時間が長いおかげで、執筆に専念できるが、原稿を送ってからゲラが出るのも異様に早くなった。

出版社も新聞社も、通勤する日を減らしているからだろうか。


3月31日に、「映画芸術」の新作評のゲラを戻し、詩誌「ココア共和国」に詩篇を送り、第一回目となる「詩はいま」の原稿を書き上げて、共同通信に送ったところ、その日のうちにゲラが帰ってきた。

4月1日には「毎日新聞」4月9日夕刊に掲載される吉岡実没後30年の原稿を執筆、メールしたところ、翌日にはゲラが出た。

コロナウイルスが、働き方まで変えてしまった感がある。


また、4月上旬は美術家の秋山祐徳太子、そして北園克衛率いる「VOU」後期を代表するヴィジュアル・ポエット、伊藤元之さんと、親交があった方々の訃報が相次いだ。

元之さんの葬儀には何とか参列したかったのだが、いまだに感染者ゼロの緊張のなかにある岩手に行くわけにはいかない。

元之さんの書物の形をとった唯一の作品『耳の祭』を本棚から出して、遠く鎌倉から献杯し、追悼原稿を「岩手日報」に寄稿した。


一方、コロナ禍だから実現したこともある。

会えないだけに、高貝弘也、広瀬大志、田野倉康一といった友人とは、毎日、メールで情報を交換しているが、3月17日からパンデミック下の日常をテーマとする連詩を始めた。

また、詩誌「みらいらん」では、吉岡実没後30年特集を予定しているが、この特集のため朝吹亮二さんとの対談を考えていたものの実現できず、かわりにメールによる往復書簡的な対話を試みたのだが、『吉岡実全詩集』をかたわらに、朝吹さんとやり取りする日々は、実にスリリングだった。


コロナウイルスが、いつ終息するのかは、誰にも分からない。

そして、かりに終息したとしても、かつての日常は戻ってこないだろう。

今は、緊張と自粛のなかで原稿を書いていくしかない。
posted by 城戸朱理 at 18:57| 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする