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城戸朱理のブログ

2017年08月01日

自炊部・湯治屋の共同炊事場

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今回の大沢温泉滞在では、夕食3回を共同炊事場で準備した。

豊泉豪さんが泊まった夜は、佐助豚のしゃぶしゃぶがメイン。

しゃぶしゃぶ用に白菜を刻み、フルーツはメロンとさくらんぼ。

とうもろこしを茹で、佐助豚のソーセージをボイルし、佐助豚のコンフィを温め、シャンパンを開けた。

高橋昭八郎さんの思い出などを語り合いつつ飲んだのだが、忘れがたい一夜である。


自炊部・湯治屋の共同炊事場は、鍋に土鍋、フライパンや食器が完備され、電子レンジやトースターもある。

ガスは、10円を入れると7〜8分使える仕組みになっているが、なんともレトロで面白い。


バンビことパンクな彼女が、包丁やまな板、ゲランドの塩を始めとする調味料まで持ち込んでいたので、調理は手早く済んだ。


面白かったのは、共同炊事場で調理をしていた方々である。

自炊しているのは、男性ばかり。

山男の比率が高く、持ち込んだ食材で、手早く5、6品の料理を作っていたりする。

鰹とタコを引いて、プロとしか思えない見事なお造りを仕立てている人もいれば、自分で栽培した無農薬野菜や糠床まで持ち込んでいる人もいた。

女性はひとりしか見かけなかったが、冷房病で苦しみ、毎年、夏には2、3ヵ月を大沢温泉の湯治屋で過ごしているのだという。

共同炊事場にいると、互いに名前も知らないまま、なぜか話が弾み、顔見知りになってしまうが、これも自炊部ならではと感じ入った。
posted by 城戸朱理 at 07:04| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月31日

Edge吉増剛造篇、山形国際ドキュメンタリー映画祭へ



今や世界三大ドキュメンタリー映画祭に数えらるまでになった山形国際ドキュメンタリー映画祭。


同映画祭が主催する「3・11ドキュメンタリーフィルム・アーカイブ」の金曜上映会では、昨年、8月19日に「3・11アーカイブ選・平田潤子監督特集」が組まれ、Edge Specialとして制作された「語りえぬ福島の声を届けるために―詩人・及川俊哉 現代祝詞をよむ―」が上映されたが、
今年は、千数百本もの応募作品のなかから、Edge Specialとして制作された「怪物君 詩人・吉増剛造と3.11」(伊藤憲監督)が、東日本大震災を受けて新設された「ともにある Cinema with us」部門に選出され、上映されることになった。


また、今年の第20回ゆふいん文化・記録映画祭でも、Edge高橋昭八郎篇「言葉を超え、境界を超える詩」(細田英之監督)が、上映されたが、こうした形で、Edgeというアーカイブが開かれていくのは、企画・監修として、制作に関わってきた者には嬉しいかぎりである。


上記作品は、いずれも公式ホームページで、一部が視聴できるので、ぜひアクセスしてもらいたい。


http://edgeofart.jp/


posted by 城戸朱理 at 10:58| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

音羽山清水寺

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音羽山清水寺も、征夷大将軍、坂上田村麻呂の草創とされ、京都、播磨と並んで日本三清水として知られる古刹である。

同じく田村麻呂に由来するとはいえ、清水寺は陽、多岐神社は陰と言えるだろうか。


本尊は田村麻呂が祀ったとされる十一面観音。

門前の市は、古くから賑わい、遠く三陸海岸や仙台からも参拝客が訪れたという。


宮澤賢治も、その宵祭の賑わいを「田園浅草」ん名づけ、教え子を連れて、幾度となく訪れたらしい。


また、賢治の詩「境内」(『詩稿補遺』)は、清水寺を舞台にするものと考えられている。
posted by 城戸朱理 at 10:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

多岐神社〜アラハバキ神を封じたところ?

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次に訪れたのは、多岐神社。

正一位、多岐大明神を祀る社だが、神社の由来は実に興味深いものだった。


桓武天皇の御代、蝦夷征伐を命じられた征夷大将軍、坂上田村麻呂は、陸奥の鬼神・悪路王、高丸らを退治するために下向した。

ところが、田村麻呂の軍勢は、三光岳に潜み、悪路王に組する鬼神・岩盤石に苦戦、道に迷い、渇きに苦しむことになった。

そのとき、翁が現れ、泉の場所を教えたために、田村麻呂の軍勢は息を吹き返し、岩盤石を破ることができたのだとか。

この翁が、万病を癒すとされた東光水という滝の化身で、多岐大明神として祀られることになる。


この由来には、二重性がある。

まず、悪路王とは、大和に対する東国だった日高見国(ひたかみのくに)の蝦夷の首長、大墓公(おおつかのきみ)阿弖流爲(アテルイ)の時代が下ってからの呼び名であり、鬼神とされる岩盤石も、大和朝廷の侵攻に対抗した蝦夷の指導者のひとりであったのだろう。

田村麻呂は大軍を率いながらも、阿弖流爲の蝦夷軍に勝つことができなかったというのが史実であり、和議を結んで、京都まで田村麻呂に同行した阿弖流爲は、田村麻呂の嘆願にもかかわらず、貴族たちに斬首されてしまう。


時代が下って、武士が台頭し、田村麻呂が武門の象徴としてもてはやされるようになると、蝦夷はことごとく悪鬼とされ、阿弖流爲は悪路王に書きかえられていく。

それを考慮するならば、今日に伝えられる多岐神社の由来の成立は、室町期ということになるだろうか。


また、蝦夷が信仰していたアラハバキ神は、石を御神体とするのがもっぱらなので、岩盤石とは、アラハバキ神を言うものであり、すなわち、それは東光水の滝にほかならなかったのではないか。


多岐神社の奥には、滝が流れる巨石がある。

この巨石が、上代にはアラハバキ神として祀られていたと考えられているが、多岐神社とは、蝦夷のアラハバキ神を封じ、大和の神に変化(へんげ)せしめるための霊的装置だったように思われる。


多岐神社もまた、東北の古層をうかがわせるひとつの例と言えそうだ。
posted by 城戸朱理 at 10:49| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひじり塚

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日本現代詩歌文学館の展示を見たあと、豊泉さんが連れていってくれたのは、「ひじり塚」。

かねてから、貴人が葬られたところと伝えられてきたが、近年に至って、時宗の開祖、一遍上人の事跡を描いた「一遍聖絵」(国宝)に描かれていることが分かり、一遍上人の祖父に当たる鎌倉時代の武将、河野道信の墓であることが分かった。


河野道信は、伊予の名族の出身で、平家を滅亡させた檀浦の合戦で活躍し、鎌倉幕府を開いた源頼朝の妻、政子の妹を妻とした有力者だったが、後鳥羽上皇が幕府に反旗を翻した承久の乱(1221)で上皇側につき、岩手の江刺郡に流罪となった。


道信は、江刺の極楽寺に庵を結び、余生を送ったという。


ひじり塚は、四角の段に円く盛土をし、堀を巡らした貴人にふさわしい墓所だが、一遍上人は、それと知って祖父の墓参りをしたわけである。


まわりには畑しかなく、訪れる人もなかった。
posted by 城戸朱理 at 10:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月30日

「詩歌と音のプリズム」展@日本現代詩歌文学館

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今回の目的のひとつが、日本現代詩歌文学館で開催されている「詩歌と音のプリズム」展を観ること。

音を題材とする詩歌の自筆原稿が展示されているのだが、俳人・歌人・川柳作家が色紙で、詩人は原稿用紙。

当たり前といえば当たり前だが、この違いは面白い。


詩人だと、暁方ミセイさん、岸田将幸さん、渡辺玄英さんなどの自筆原稿を興味深く拝見した。

詩人その人とは面識があっても、どんな字を書くのかは分からない時代だけに、手書きの文字を見るのは、人格の別の面に触れるような面白さがある。


また、自筆原稿の合間に、新国誠一のコンクリート・ポエムやヨーゼフ・リンシンガー、北園克衛、高橋昭八郎、伊藤元之、金澤一志といった諸氏のヴィジュアル・ポエムが展示されていたのも、効果的だった。

バンビことパンクな彼女は、伊藤元之さんのミクストメディアによる作品「plastic poem No.0」を見るのが目的だったらしい。

金澤一志さんの抽象画のような写真に文字を配した作品「音を書く音」「音を消す音」も鮮やかだった。

ちなみに、ポスターに使われているのは、藤富保男「4minutes33seconds of John Cage」である。


不安定な気候が続いていたが、この日は晴天が広がり、暑いが、気持ちのよい一日になった。
posted by 城戸朱理 at 08:29| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

北上の魚菜の寿司

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7月19日。

日本現代詩歌文学館の学芸員、豊泉豪さんが大沢温泉まで車で迎えに来てくれた。

文学館に行く前に、昼食を取ることになり、連れていってもらったのが、魚菜。


私は3回目になるが、やはり豊泉さんに案内してもらったのが最初で、2回目は石田瑞穂くんも一緒だった。

あれは、吉増剛造さんと笠井叡さんが詩歌文学館で共演されたときのこと、
イベントの翌日、笠井叡さんが、陸前高田の海岸で、突然、踊られたことを思い出す。

そのときことは「現代詩手帖」2013年5月号の「アントロギュノス言語から身体へ―笠井叡の3.11」に書いたが、もの凄いものを見てしまったという想いは、時を経るにつれて、ますます深まるばかりだ。


魚菜では、上握りと3人でつまめるように鉄火巻きを頼んだ。


上握りは、湯引きした鯛や大トロ、イクラにアワビやウニまで入って、2000円。

東京なら信じられない値段だが、鮮度も良ければ、握りも絶妙。


鉄火巻きも凄かった。

細巻きが一本のつもりでいたら、中トロのサクを切った大振りのネタを巻いたもので、太巻きに近いものが、二本分。

とても食べきれる量ではない。

結局、鉄火巻きはお土産に包んでもらったのだが、バンビことパンクな彼女も、握りの美味しさに目を丸くしていた。

ちなみに、握り寿司を食べるとき、バンビはお箸を使わない。

手で持ったときに「もちっとした感じ」がすると、いいネタなのだという。

なるほど、触感も、お寿司を味わう要素のひとつなのかも知れない。
posted by 城戸朱理 at 08:16| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

湯上がりには

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温泉から上がったら、水分補給。

バンビことパンクな彼女が、毎朝、ハンドドリップでコーヒーを淹れ、水だしの煎茶も作ってくれたが、やはり、湯上がりには牛乳かコーヒー牛乳が気分だ。

フルーツ牛乳もあったが、いずれも私には馴染み深い小岩井の製品なのが嬉しい。

毎日、売店で買っては、部屋の冷蔵庫に入れておくようにしたのだが、オリジナルのアイスクリームや奥中山高原アイスクリームもあった。

そして、私が一本、120円の牛乳かコーヒー牛乳を飲んでいるとき、バンビは一本300円もする「山のきぶどう」を得意気に飲んでいたのである!
posted by 城戸朱理 at 09:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

御食事処やはぎの夕食、その1

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以前、エッセイストの平松洋子さんに、東中野の面白い店に連れていってもらったことがある。

メニューは、「肴」のみ。

これを頼むと、野菜や豆腐、煮豆や青魚を締めたものなど十数品が出てくる。

通いたくなるような店だったが、店を出てからの平松さんの「美味しすぎないところがいいよね」というひと言には、思わず、うなずいてしまった。


食事にも「ハレ」と「ケ」がある。

美味しすぎるものは、毎日は食べられない。

美味しすぎない、それは家庭料理にも通じるよさだろうし、職人やシェフによる手の込んだ料理も、だからこそ際立つのではないだろうか。


柳美里さんは、以前、温泉宿に長期滞在して執筆していたとき、宿の人たちと同じ料理を出してくれるように頼んでいたそうだが、たしかに毎晩、お造りに天ぷら、牛肉のオイル焼きやら何やらが並ぶような温泉宿の豪華な食事では、数日で参ってしまうことだろう。


その点、やはぎの料理は、美味しいが美味しすぎず、長期の湯治客でも飽きることがないメニューになっているのが、ありがたい。


一週間の滞在で、私とバンビことパンクな彼女が、やはぎで夕食を取ったのは4回。

晩酌がてらの食事なので、酒の肴と定食を一人前だけ頼んで、取り分けた。


ある日の夕食は、焼鳥を塩で2本、そして、餃子。

生ビールで乾杯し、定食は、鰈の唐揚げの野菜餡がけを。

これをつまみながら、飲む。


どれも素直に美味しいし、温泉のあとのビールは、ひときわ旨い。
posted by 城戸朱理 at 09:31| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月28日

大沢温泉・南部の湯

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豊沢川にかかった曲がり橋を渡った対岸にある茅葺きの菊水館の男女別内風呂が、南部の湯。


木の湯船が心地よい。

南部の湯は、豊沢川と大沢の湯を見下ろす高台にあり、日中は窓が開け放たれているため、半露天風呂の気分。

大沢温泉の源泉は、50℃を超えるそうだが、南部の湯は、男湯ではいちばんぬるく、長湯が出来る。

そして、温泉にゆったり浸かっていると、時間が伸長し、止まるような感覚に満たされていく。

これは何なのだろうか。
posted by 城戸朱理 at 04:53| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする