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城戸朱理のブログ

2017年11月01日

鰻の串焼きで飲む、その1

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鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)、定方まこと両氏との待ち合わせは、9時。

軽い昼食を食べただけなので、立川に着いたバンビことパンクな彼女と私は、鰻の串焼き専門店「うなくし」で飲むことにした。

まずは、ビールをもらって、串焼きの「ひと通り」と帆立の刺身、かぼちゃ煮を頼む。

突き出しは、キャベツの浅漬けだった。


「ひと通り」は、鰻の背のくりから焼きから始まって、ニラをヒレで巻いたもの、肝焼きと続く。

エリンギと一緒に煮たカボチャも面白い取り合わせだった。


「ひと通り」の最後は鰻の身の短冊で一本はわさび醤油、一本はタレで。


タレだけではなく、塩焼きやわさび醤油で食べると、鰻の風味がよく分かる。

バンビは「鰻の串焼きはいいものだね!」と喜んでいた。
posted by 城戸朱理 at 09:29| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

怒涛の3日間



ペルセパッサ・オイリュトミー団の公演を見に行った翌々日から、またもや怒涛の日々が続いた。


27日(金)は、バンビことパンクな彼女と夕方に待ち合わせて、武蔵小杉経由、南部線で立川へ。

鰻の串焼き専門店、うなくしで夕食がてら飲み、9時に天使館の定方まこと、鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)両氏と焼肉・暖家で待ち合わせた。

ベルセパッハ・オイリュトミー団公演の打ち上げに乾杯するも、これから仙台公演、さらにふたりのユニット、CORVUSの公演も控えているので、すべては現在進行形である。


ワシントンホテルにチェックインしたのは、11時すぎだった。


翌、28日(土)は、ホテルをチェックアウトしてから、井上春生監督と立川駅で待ち合わせ、午前10時から、柳美里さんが三陸鉄道北リアス線に乗って、久慈を訪ねる番組の試写。

担当の平島進史、西森基文、松浦梓さんと意見交換をして、さらに、オックスフォード大学の博士課程に在籍しているアメリカの作家、
ナタリア・ドーンをイギリスから招いて、12月に撮影する番組のコンセプトを確認し、具体的な内容を打ち合わせる。

ナタリアと初めて会ったのはニューヨーク、前回の撮影はハワイだったので、日本で会うのは初めてだけに楽しみだ。


打ち合わせ終了後は、井上監督と昼食を取りながら、「幻を見るひと」の今後の展開を打ち合わせた。


それから、私とバンビは、町田に向かう。


雨のなか、在庫200万冊を誇る古書店、高原書店にたどり着いたのは、3時半。

和光大の遠藤朋之准教授はすでに到着していた。

3人で思い思いに本を物色し、戦利品を抱えて、6時に柿島屋へ。

広瀬大志、高貝弘也くん、遅れて田野倉康一くんも合流した。

今回は、馬刺と桜鍋で飲みながら、いちばん最近、古本屋で買った本を持参して披露するという飲み会である。

この会については、別にアップしよう。


そして、29日(日)。

台風22号が日本列島に上陸、鎌倉も豪雨に見舞われた。

バンビは、午前中、依頼された和文英訳に専念。

午後になって、雨のなか、旧友の作曲家・ヴァイオリニスト、ツルノリヒロさんのコンサートに立ち会うべく、タクシーで鶴岡八幡宮先の歐林堂に向かった。

今回は、ツルさん率いるアコースティック・カフェによるコンサートで、AYAKO(チェロ)、西本梨絵(ピアノ)と、2012年に、ソウルで聞いたときと同じ、ベストメンバー。

アコースティック・カフェは、韓国のミュージック・シーンで、ニューエイジ部門の1位を長年、独走しており、韓国でのツアーでは、数千人のホールが満員になる。

その演奏を、歐林堂のアールデコ調のサロンで、目の前で聴けるのだから、韓国のファンにしたら、夢のような催しだろう。


コンサートは、ツルさんのオリジナルだけでなく、プッチーニやラヴェル、エリック・サティといったクラシックから、アストル・ピアソラのタンゴまで、素晴らしい演目で、至上のひとときだった。


コンサートのあとは御成通りのビストロ・オランジュで打ち上げ。

自家製のフォアグラ入りパテ・ド・カンパーニュや鶏レバーのムース、藤沢産生ハムなどのシャルキュトリー、
野菜4種の盛り合わせ、ストゥブ料理で羊肉の煮込み、さらに高座豚のローストというコース料理は、みんなに好評だった。

しかも飲み放題で、ひとり4000円は格安だろう。


ツルさんたちに別れを告げ、帰宅したのだが、あわただしくも濃密な3日間だった。
posted by 城戸朱理 at 09:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月31日

早めの夕食は、天ぷらを

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早めの夕食を取るべく入ったのは、天ぷら・つな八の新宿総本店。

チェーン店の天丼てんやが出来る前は、つな八と神保町界隈のいもやが天ぷらを手軽に食べられる店だったが、メニューがもっとも充実しているのは、つな八だろう。


いちばん軽い御膳にしたのだが、それでも、量的にはかなりのもの。


最初に海老とキスが出る。

続けて、蓮根などの野菜、穴子が出て、最後は掻き揚げ。


黄身揚げを追加したのだが、これは天つゆではなく、醤油が合う。

口直しは、珍しくも冷製スープのガスパチョだった。


「冷たい雨のなかを歩いてきたんから、揚げたての天ぷらが美味しいね!」


バンビことパンクな彼女は、「あまり食べられないかも知れないよ〜」と言っていたのだが、いざ天ぷらを出されると、ペロッと平らげている。

だが、ふたりとも掻き揚げまでは食べられなかったので、これは包んでもらった。

家で、天ぷらうどんか鍋焼きうどんをすることにしよう。


天ぷらの名店と言えば、銀座の天ぷら近藤だが、私は言語学者の前田英樹、テレコムスタッフの清田素嗣(もとつぐ)両氏と御一緒して以来、長らく行っていない。

あれは、もう10年以上前になるだろうか。


バンビは、天ぷら近藤には行ったことがないので、一度、連れて行かなくては。
posted by 城戸朱理 at 13:23| 美味しい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ペルセパッサ・オイリュトミー団「轟 GO! ROLL OVER BEETHOVEN! 」へ



10月25日は、笠井叡率いる天使館の第二期オイリュトミーシューレを卒業し、
さらにフォルトクラスを修了したメンバーを中心とするペルセパッサ・オイリュトミー団の公演を見に行った。

笠井叡と麿赤兒の歴史的競演となった2012年の「ハヤサスラヒメ」で踊った笠井禮示、寺崎礁、定方まこと、鯨井謙太郎(正しくは良扁に邑)の4人が揃うのも久しぶりである。


開演は7時半からだったので、バンビことパンクな彼女と湘南新宿ラインで新宿まで出て、ISETANを覗き、
早めの夕食を取ってから、会場となる西国分寺のいずみホールに向かうことにした。


ISETANで来年の手帳を選び、食事は天ぷら新宿つな八総本店で。


いずみホールには、開演の30分前に到着した。


ロックンロールの創始者、チャック・ベリーの名曲のタイトルを借りた、今回の「轟! ロール・オーバー・ベートーヴェン!」は、
ピアノソナタ第14番「月光」第3楽章や自作主題による32の変奏曲など、ベートーヴェンの楽曲を、身体によって可視化する試みで、
足の運びを多様な線で表すオイリュトミーフォルムをベルセパッサ・オイリュトミー団のメンバーがそれぞれ担当、圧巻の群舞が繰り広げられた。

上田早智子によるピアノ演奏も素晴らしかったが、激しい動きが続く演目が多く、
寺崎礁さんによると「一日一公演で限界、ゲネプロも出来ない」というほど激しいものなのが、見ているだけでも伝わってくる。


公演後は、みなさん、かなり消耗した様子だったが、私が真似をしたら、1、2分で死んでしまうだろう。

チャック・ベリーの「ロール・オーバー・ベートーヴェン」を公演タイトルに提案したのは、笠井禮示さんだそうだ。


終演後、笠井叡さん、久子さんにご挨拶して、横浜能楽堂で初演された「左右左」のニューヨーク公演の様子をうかがった。


日付がかわる前に帰宅できたが、冷たい雨が降り続けている。
posted by 城戸朱理 at 12:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月30日

いよいよ来週、吉増剛造「幻を見るひと」、京都での特別先行試写!

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吉増剛造さんが、京都、岡崎の真澄寺別院・流響院を訪れ、春には醍醐寺、夏は貴船神社、
秋は北山杉の産地、中川地区、そして、冬には相国寺、妙心寺を訪ねて、
言葉を紡ぐドキュメンタリー映画「幻を見るひと」の特別先行試写が、いよいよ来週に迫った。


「幻を見るひと」は、京都でドローンを飛ばすことが出来なくなる寸前に撮影したので、
ドローンによる撮影場面やヘリコプターによる空撮の場面もあって、画面に広がりと奥行きを与えている。


井上春生監督による映像詩を、ぜひ体験してもらいたい。


同志社大学での、特別先行試写は、11月9日(木)18時30分から、会場は同志社大学寒梅館ハーディーホール。

入場無料(予約不要・先着850名)。

試写のあと、吉増剛造さんによるアフタートークもあり。


詳細は下記から。



http://d-live.info/program/movie/index.php?c=program_view&pk=1507272223



「幻を見るひと」公式ホームページは下記から。


http://www.maboroshi-web.com/


「幻を見るひと」は、公開日が決まり次第、マスコミ試写を東京で行う予定。

詳細は、公式ホームページ&ツイッター、及び、当ブログにてお知らせします。
posted by 城戸朱理 at 13:33| Edge | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ワカサギ釣りに行ってみたい

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子供のころは、父親や友だちと、よく釣りに行ったものだった。

沼釣り、川釣り、渓流釣り、海釣りとひと通り経験したが、いちばん難しいのは沼釣りで、逆にいちばん簡単なのは海釣り。

海釣りで、いちばんよく釣ったのはアイナメ、そしてサバで、ときどきフグもかかった。

フグは釣り上げられたとたん、ぷうっーと膨れるので、針を外して海に投げても、しばらくぷかぷか浮いているのが愉快だった。


もう釣竿を持つことがなくなって、40年以上になるが、先日、ロケのときに訪れた盛岡市の岩洞湖は、冬場、ワカサギ釣りの名所になるらしい。


まだ父が元気だったころ、今度、ワカサギ釣りに行ってみようと言われたことがあるが、岩洞湖のことだったのだろう。


岩洞湖のある寒川は、本州でいちばん寒くなる所だという。

冬には湖にも氷が張り、そこに穴を開けて、釣り糸を垂らすわけだが、氷上の釣りは、まだやったことがない。

釣り上げたワカサギを天ぷらにして、雪で冷やしたビールを飲んだら、さぞや気分がいいに違いない。


いつか行ってみたいものだ、ワカサギ釣りに。
posted by 城戸朱理 at 13:32| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月29日

なんでも鎌倉???

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鎌倉は小町のよしろう。

夜は飲み屋だが、日中は「甘処 あかね」になる。

名物は「煮あずき」で、白玉入り煮あずきや夏場なら、かき氷もお勧め。

店主は姫田茜さん。

茜さんのお父さんは、戦前から戦後のフランス映画の字幕をほとんどひとりで受け持ち、「字幕スーパーインポーズの神様」と呼ばれた秘田余四郎である。

秘田余四郎は高見順と親交があったので、店内には茜さんが生まれたとき、高見順が贈った書が飾られている。


さて、10年ほど前に、茜さんが北鎌倉の市に出店したときのこと。


「鎌倉、小町の茜の煮あずきですって言うと、みんな立ち止まるのよ。
やっぱり、小町って言わないと駄目みたい」


鎌倉でも「小町」がブランド化したということだろう。


そして、10年前なら、年間800万人ていどだった観光客が、今や2200万人。

観光客が増えるとともに「鎌倉」と冠した商品が増えている。

今度は、鎌倉じたいがブランド化してしまったらしい。


ある日のこと。

バンビことパンクな彼女が「リニューアルしたアンデルセンで、鎌倉あんパンを買ってあげたよ〜」と言って、包みを取り出した。

あんパンのどこが鎌倉なんだ?

「鎌倉っていう焼き印が押してあるんだよ!」
・・・・・・


たしかに、「鎌倉」という焼き印が押してある――


別に鎌倉産の何かを使っているわけではなく、焼き印を押しただけではないか!?

これなら、「鎌倉おにぎり」やら「鎌倉玉子焼き」やら、何でも「鎌倉〜」に出来そうだ。


ちなみに、このあんパン、小豆餡とカスタードクリームが入っており、すこぶる美味しい。

美味しいのだから文句はないが、複雑な気分になった。
posted by 城戸朱理 at 23:50| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月28日

ファストファッションの本当のコスト、その2



バングラデシュのラナプラザ崩壊事故のあと、バングラデシュ政府とファストファッションのメーカーに非難が殺到したが、
働く女性たちの日給が2ドルでは、収入が肉体を維持することさえできない「絶対的貧困」(一日あたりの生活費、1.25ドル)を、わずかに上回っているだけで、
実際のところ、バングラデシュの縫製工場で働く女性たちの月給は、現地で米5キロを買える程度だという。

これでは、フェアトレードとは言えないが、安価な衣類を提供するために、こうしたシステムが作られたわけであり、良識ある人々からはファストファッションの不買運動も起こった。


衣類というものは生活必需品であり、消耗品ではあるが、本来ならば数週間で捨てるような消費材ではない。


もちろん、経済的な理由でファストファッションしか買えない人もいるだろうし、
ファストファッションで十分という人もいるだろうが、そこに流行を持ち込んだとき、負のスパイラルが始まる。


労働力に見合った、それなりの値段の、サスティナブルな衣類を購入することが、いちばん望ましいのは言うまでもないが、とにかく、時代と逆行する大量消費の使い捨て文化と決別することが重要だろう。


使い捨てにされたファストファッションがゴミになるばかりではなく、リサイクルで海外に送られる古着も、90%はゴミになり、大量の売れ残りもゴミになる。

どう考えても異常な超大量消費(ハイパーコンシューマリズム)の申し子たるファストファッションと、どう付き合うかは、私たちひとりひとりの問題にほかならない。
posted by 城戸朱理 at 23:38| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月27日

ファストファッションの本当のコスト



2013年4月24日、バングラデシュの首都ダッカで、縫製工場などが入居する8階建ての商業ビル、ラナプラザが崩壊し、生き埋めとなった1000人以上の労働者が死亡した。

この最悪の産業事故は、世界中で報道されたが、それをきっかけにして制作されたドキュメンタリー映画がある。

アンドリュー・モーガン監督による「ザ・トゥルー・コスト〜ファストファッション 真の代償」である。


この映画は、衝撃的だった。


この20年ほど、安価で、一週間単位のマイクロサイクルの流行を踏まえたファストファッションが、世界的な人気を博している。

ダッカのラナプラザの縫製工場も欧米の大手ファストファッションの縫製を請け負っていたのだが、今日、世界では、約4000万人の労働者が25万もの工場で、毎年、15億着の衣類を縫製しているという。

その工場は、人件費が安いバングラデシュのような貧しい国にあり、そこでは、主に女性が一日2ドルといった安い賃金で長時間の過酷な労働に従事している。

彼女たちが受け取る月給は、約7000円。

開発途上国の女性の労働力を搾取して作られるファストファッションは、先進国で消費されるわけだが、平均すると5週間だけクローゼットに置かれ、捨てられているのだという。

ちなみに、日本だと衣料の廃棄量は年間約100万トン。

およそ、33億着が捨てられていることになるそうだが、1990年に約15兆円だった日本のアパレル産業は、2010年には三分の二規模の11兆円弱まで縮小している。

ところが、衣類の供給量は、1990年の16億着が、2010年には40億着と250%も増加している。

市場が縮小しているのに、供給が増えたのは低価格のファストファッションの流行のためで、しかも2010年だと供給された111万トンに対して、廃棄されたのが94万トン。

実際に使われたのは、なんと17万トン分の衣類だけで、約85%が捨てられていることになる。

ファストファッションは、開発途上国の労働力を搾取して成立するだけではなく、資源の浪費であることも見えてくる。


それだけではない。

ファッション・アパレル産業が排出する二酸化炭素は、石油産業に次いで2位、つまり、衣類の大量生産・大量消費は、環境破壊にもつながっている。

衣類の素材としては、コットンが大量に使われるが、綿花の栽培に使われているのは、世界の耕地面積の5%に満たないのに、そこに全世界で使用されている農薬のなんと20%が散布され、土壌汚染が広がっている。

石油から作られる化学繊維と違って、コットンは天然素材と思われているが、農薬漬けの綿衣料は、廃棄してから200年たっても土には還らないのだという。


ファッション・アパレル産業は、年間210万トンの二酸化炭素ガスを排出し、7000万トンの水を消費する。

洋服の大量消費は、間違いなく環境汚染の原因となっているのだ。


アンドリュー・モーガン監督は「ザ・トゥルー・コスト」を通して、ファストファッションというアパレル産業の大量生産・大量消費のシステムが、権力と貧困、欲望と環境破壊の問題にほかならないことを提起する。



「服を作るのがどれだけ大変か 人は知りません。
ただ買って着るだけ。
でもその服は 私たちの血でできています。
私たちの血で作ったものを
誰にも着て欲しくありません」


映画のなかで、バングラデシュの女性は、涙ながらに語る。


ファストファッションの価格が、誰かの、そして地球の犠牲のうえに成り立っているとしたら、それは本当に「安い」と言えるのだろうか?
posted by 城戸朱理 at 00:34| エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月26日

盛岡で買ったもの〜舞良雅子のストール

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着物を着る女性ならば、南部紫根染めを知っている人は多いと思う。

平安時代から続く南部紫根染めは、京紫、江戸紫と並んで三大紫と称されたが、たしかに匂うがごとき気品がある。


それに対して、盛岡で良質なホームスパンが織られていることを知っている人は、少ないかも知れない。

私の父も若いときに手織りのホームスパンでオーダーしたオーバーコートを愛用していたが、これが頑丈で、父のあとは兄が学生時代に、さらに私まで着ていたことがあるほどだ。

グレーのヘリンボーンのコートだったが、ずっしりと重く、いかにも防寒着としてのオーバーコートという風情だったのを思い出す。


今回は、県産品を扱うCUBEで、実に美しいシルク・ウールのホームスパンのストールを見つけて購入した。


舞良雅子(もうりょう・まさこ)さんの作品である。

舞良さんは学生時代に染織と出会い、盛岡のホームスパン工房で修行してから、絹を中心にした染織に取り組んでいる作家で、日本のみならず、フランスやドイツ、スウェーデンなど、海外でも作品が紹介されているという。


作品は、素朴さと品格が同居する不思議な柔らかさがあり、なんとも魅力的だ。

どの色にするか迷ったが、黒のスーツやジャケットと相性が良さそうな紫を選んだ。


こうした作品を手にすると、柳宗悦が「手仕事の国」と呼んだ日本の手仕事が、いまだに脈々と生きていることを実感する。
posted by 城戸朱理 at 09:27| 骨董・工芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする